ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

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入学者の制服費用が減少傾向 ―グラン歴755年

学園の入学式へ参加した後、ヴェルトマー邸へ招かれた。

先ほどまで若者の前で演説をしたのだから休ませてほしい。

 

アルヴィス卿に導かれ、窓のない部屋に通される。

空気が重く淀んでいる。

侍従たちすらいない。

円卓には三席しかない。

少し前とは対照的だ。

 

アルヴィス卿は扉から離れた席につき、発言する。

 

「お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」

 

「御託はいい。何の用だ」

 

面倒を嫌うランゴバルト卿らしい。

 

「同感だ。

ヴェルトマーが呼び出すなぞ、粛清か王族からの内密の要件に限られる」

 

このようなハレの日に呼び出すとは、

いったい何が控えている。

 

「先にこちらをお渡しします」

 

アルヴィスが机にあった本箱から魔導書、壁にかけた斧を寄越す。

私にはトローン*1、ランゴバルト卿にはぎんの斧*2

だ。

誰かを討てと言うことか。あるいは、抗えと言いたいか。

 

「では、本題へ。

貴殿らは王子に満足していない。そうですね」

 

落ち着いた声音だ。

我らには殺されないとでも言いたげだ。

魔力から神器を装備していないことは分かっている。

 

「力で語る。

武人になったな、アルヴィス卿」

 

ランゴバルト卿が如何にも好きそうな演出だ。

だが、アルヴィス卿らしくない。

 

「それでも結構。だが、勘違いされている。

私を成敗していただくために渡しました」

 

立ち上がって両腕を上げ、非武装であることを示す。

懐に盛り上がりは無く、腰にも魔導書は吊るされていない。

 

ヴェルトマーは中立だが、個人としては王子寄りだったはず。

我らの粛清ではなく、自身を誅罰とは。

 

「残念だ。

だが、その姿勢は男だ。

聞いてやる」

 

笑みを深めるランゴバルト卿。

冷静に見定めなくては。

 

「私は武断派ではない。

まずは説明をしてくれ」

 

席につき、滔々と発言する。

 

「現実的な未来の話をしたい。

お二人は当主の中で地に足が着いている。

だから、お呼びした」

 

当主をえらぶ、つまり王族からの命ではない。

 

「前置きはいい。結論を言え」

 

「イザークを討ち、王子に退位していただく」

 

先ほどと変わらない、ごく当たり前のことのように言い放った。

 

話のつながりが分からない。

 

「武器を構えていただいて構いません。

話に飽きたら首を落としてください」

 

反逆と見なされかねない密談だ。

だが、交渉の余地はあるということか。

 

―――――

 

まずは主導権を取る。

 

「一体、どういった風の吹き回しだ。

我らを謀るにしても稚拙すぎる。

卿ならもっと上手くできるはずだ」

 

「炎の紋章に対する姿勢は認めていた。

それすら捨てたのか。

アルヴィス卿‼」

 

熊男は武人だ。政治家ではない。

だからこそ変節は許せない。

 

「ランゴバルト卿、私はその覚悟を抱くから発言した。

撤回しろ」

 

喉が締め付けられる錯覚。

アルヴィスの魔力が高まっている。

 

私以上、もしかするとブルームにすら匹敵する。

しかも、神器も無しに。

 

既にランゴバルト卿は席を立ち、扉の前に陣取っている。

私もさび落としをせねばな。

トローンを掴む。

 

「申し訳ない。つい熱くなってしまった。

悪い癖です。家臣の娘にも注意されました。

私は武装していない。魔術は発動できません」

 

頭を下げた。

本当に恥じ入っている。

熊が気まずそうに目を逸らした。

 

「……わしが悪い。

貴様を7つから知っている。

それを投棄するはずが無いことも」

 

席に戻り、謝罪する熊男。

 

だが、ランゴバルト卿の言も理解できる。

近衛が王子を排するとは。

 

「ランゴバルト卿の言うとおりだ。

あまりにも衝撃的な発言だ。

順を追って説明してくれ」

 

一筋縄ではいかないようだ。

 

「では、まずは王子の事から始めましょう。

イザークよりも気になっているでしょうから」

 

我らは仕切り直すべく、姿勢を正した。

ただし、すぐに武器とれるように。

 

―――――

 

アルヴィスが口を開く。

 

「ヴェルトマーは王族の極秘任務を請け負います。

その中の一件が関係しています」

 

身の安全のため、確認は忘れない。

 

「それは我々が聞いてもいい事なのだな」

 

「王家の存続、そして子供たちの未来のために」

 

つまり、王子の奥方が決まったか。

だが、なぜ退位につながる。

アルヴィスは王になるからなどという言葉遊びをしない男。

 

「……アルヴィス、一度休憩を入れぬか」

 

不器用な熊男。

アルヴィスは、我らにとって長年の同僚にして教え子のような者。

母の一件と、兄のように慕った王子の事をつつきたくない。

 

「私には紅茶を頼む。砂糖は無しだ。

娘たちには、いつまでも格好良く思われたい」

 

私にも情はある。

ヒルダの件でランゴバルト卿よりも付き合いは深い。

苦境の中、研鑽を欠かさず育った男を傷つけたくない。

 

「ご心配ありがとうございます。

我が家が崩壊した原因は知っています。

……悲しいことではありますが、それ以上に未来が大切です」

 

ランゴバルト卿と目を見合わせる。

 

アルヴィスの声は震えていない。

瞳も狂気の色には染まっていない。

……正気なのか。

 

だが、そのようなことがあり得るのか。

 

「私には、学園に通う弟が居ます。

ただの復讐のために暴れたりはしません」

 

彼が最も愛する家族とティルテュとヒルダから聞いている。

他にもユリスだっている。

 

だが両親を奪われ、重責を押し付けられたのだ。

警戒は解かない。

 

「お二人に御足労いただいたことが、狂っていない証拠です。

もし違うならファラフレイムで王宮を焼いていますよ。

それか、父上のように自殺してます」

 

茶化すようなアルヴィス。

 

再びランゴバルト卿へ目配せする

見てはいられない。

表面には出ていないが、深く傷ついたのだろう。

 

ランゴバルト卿が告げる。

 

「あまり無理をするな。

我らは他家の当主。だが、共に聖戦士の末裔。

弱る同胞を嬲ることはしない。

ネール*3に誓う」

 

「そうだ。

幾らヴィクトルでも、君たちの父親。

卑下しなくていい」

 

少し悲しそうな顔だ。

 

「ありがとうございます。

私にとってお二人は、師範のようなお方です。

厳しくも、一線は超えない。

得難い方々です」

 

そういわれるのは悪くない。

ヒルダもそうだが、ヴェルトマーは育て甲斐がある。

叩けば叩くだけ頑強に、そしてしなやかに育つ。

 

「それを知った時の話をさせていただけませんか?

隠さなければならない部分もあり、長くなってしまいますが……」

 

内にため込むよりも、吐き出した方が良い。

アルヴィスは立派に当主をやっている。

同じ立場の者が聞いてやらねば。

 

目で促す。

 

「構わん」

 

「事実を知ったのは、王子からご自身の娘を探すように命じられてからです」

 

惨い。

あまりに人道から外れた行い。

甘ちゃんだと思っていたが、外道だ。

 

いや、それより娘?

 

ランゴバルト卿が机をたたき、立ち上がる。

 

「なんと‼」

 

斧を掴んでいる。

 

私は状況把握に努める。

人情は任せた。

 

落ち着いた声で続けるアルヴィス。

 

「私はお二方に謝罪したい」

 

筋がつかめない。

 

「何を言う‼」

 

巌の剣幕は収まらない。

 

「これまで、お二人を強欲と誤解していました。

この件でようやく霧が晴れた。

国家を、未来を考えているのはあなた達だけだ」

 

王子に対する尊敬が消えたのか。

それとも、復讐の情からか。

しかし、物事を正しく捉えられる者が増えるのは国家にとって有益だ。

 

恥ずかし気に、席につく大男。

 

「……わしは武人だ。

その様な事は管轄外だ」

 

「続きを話します。

コーエン家の娘、お二人はご存じですね。

ユリスが母上の遺品と姫の手掛かりを見つけてきました」

 

「あの娘もレックスと学園にいるはずだ。

どうやった」

 

ランゴバルト卿もユリスを知っているのか。

息子の嫁に迎えるつもりだな。

 

「詳しくはご説明できません。

ただ、聖戦士の末裔が必要だったのです。

隠里には直系が赴く必要があると分かりました」

 

怪しい話だ。

だが、否定もできない。

棚上げし、根本を突く。

 

「存在証明は出来ているのか。

根拠もなしでは、話にならん」

 

「二つの証拠があります。ですが、一つはご容赦を。

直系同士の感応です」

 

ブルームが継承者と判明した頃から、

お互いの生存が分かる様な感覚が生まれた。

これが親になることかと思ったが、ティルテュやエスニャの時には感じなかった。

 

継承者にしか分からぬが、証拠にはなる。

リング卿もそれに従い、娘を十年以上探し続けている。

 

「私は最初懐疑的でした。

なにせ、神器を継いだ時に直系は私しかいなかったので」

 

アルヴィスは、そんな当たり前のことすら知らなかったのか。

つまり、王子から教わったと。

 

またこの男を虐めるような形になった。

必要とは言え、あまり触れないようにしてやりたい。

 

「王子達の関係はユリスに教えてもらいました。

今思えば、悪いことをした。

まだ15になりたての娘に、あのような事……説明させてしまった」

 

あの娘……知りながら隠していたのか。

ファラの女は強い。

ティルテュを任せて良かった。

 

「それでも私は信じられなかった。

なので、フリージに嫁いだ姉、ヒルダにも確認しました」

 

悲しみが滲み出ている。

 

「その時、私はいかに守られていたかに気付かされました。

あの無分別なヴァルターですら、隠してくれていた」

 

あの禿鷹はそうする。

万が一にも王家への反逆を許さぬため。

だが、愛情も嘘ではない。

 

「私はこのような優しい者が安心して暮らせる世界にしたい。

我ら継承者がそう導くべきと決心しました」

 

復讐ではなさそうだ。

 

ランゴバルト卿が告げる。

 

「兵は守るために立つ。

貴様も本物になった」

 

嬉しそうに斧を撫でている。

 

私は宰相だ。

情だけで動いてはならない。

 

「個人としては王子より君の方が好ましい。

だが、政治は別だ。

なぜ王子を除くのだ」

 

王子の下で理想を目指せばいい。

 

述懐するように答えるアルヴィス。

 

「王子はもう限界に近い。

心も実務も。

私書斎に通される機会が何度もあります。

そのたびに部屋が書類に埋まっていきます」

 

私は立ち入れない。事実かは分からない。

だが、裁可までの時間が伸びているのも事実。

王にもう少し政務に興味を持っていただければ。

 

「既にいくつかの業務は我が家が肩代わりしています。

それもあり、ユリスを動員しました。

あと1年程で我が家の人員補充は終わります」

 

近衛かつ私的にも近しい家に任せてあれか。

疫病での活躍からヴェルトマーの名声は高まっている。

移住者や交易に赴く者も増えた。

そこから登用したのか。

 

「王子の知性は有名です。

ですが、宰相には及ばない。

そして、自身の考えを絶対とする傾向がある。

王は指針を示し、我らと磨き上げる。それがあるべき姿だ。

イザークへの会議でも明らかです」

 

中立とはいえ、聞き流していなかったか。

アルヴィスは王子への幻想を捨て去ったようだ。

だから、神輿を担ぐわけか。

 

「王子は私へ別の指令も下しています。

バイロン卿とリング卿の助力を得られる下準備です。

王子が彼らを信用しているのは分かります。

ですが、能力が足りない。

無条件の追従では王国は回らない」

 

そこまで来ていたか。

王子とは対立することが多かった。

だが、必要性は理解できていると信じていた。

 

「姫に王座へついていただき、実務は我らが担います。

宰相はフリージ家にお願いします。

ブルーム様は奥方が支えます」

 

私の懸念も抑えられたか。

ヒルダなら、孫の未来も守り切れる。

 

「わしは騎士ではない。武に生きる者。

口は挟まぬ」

 

支持に回るか。

戦闘欲求と情を満たされたのだ。そうもなる。

単純だが、頼りになる。

 

「私にはイザークとの関連が分からない。

秘密に関することか」

 

しかし、利益が少ない。

ブルームたちの苦労を減らすには不足している。

 

「いいえ。

それを利用し、実利を得ようと考えています」

 

「宰相のおっしゃった通り、このままではグランベル王国は衰退します。

その前にイザークの悪だくみを逆手に取り、逆侵攻を仕掛けます」

 

やはり、経済のことも理解できるか。

切り捨てるには勿体ないな。

 

「そこをエッダを除く家で攻めます」

 

あの家を働かせる腹積もりか。

幾ら宗教家とは言え、戦時に何もしないわけにはいかない。

統治政策か、治安維持か。

何にせよ、直接の利益は渡さない。

 

「わしの領域に入ったな」

 

得意げに手で斧を叩く熊。

 

もう少し突いてみるか。

 

「領地拡張で経済を立て直すつもりか。定石だな」

 

「そこで、シアルフィとユングヴィ当主も討ちます」

 

国家再編が狙いか。

 

武人が口を開く。

 

「随分と大きく出たな。

味方を背中から撃つつもりか」

 

残念そうに返答するアルヴィス。

 

「……そうなるかもしれません。

私が行います」

 

「理由を聞かせろ。王子派だからか」

 

瞳に揺れはない。

 

「違います。当主としてふさわしくないからです。

上に立つ者の義務も、家の安定にも努めていない。

そして、優れた次代がいる」

 

「我らがイザークへ侵攻する際、

ヴェルダンがユングヴィへ空き巣をするつもりです。

ですが、シアルフィの次期当主シグルドが居れば問題ありません。

むしろ、そちらも逆侵攻してしまうかもしれません」

 

ヴェルダンのことは初耳だ。

そしてシアルフィ次代の能力も把握できていなかった。

 

視野も広い。

味方として申し分ない。

 

「ヴェルトマーの情報戦は恐ろしいな。

ならば、私がその二人を討とう。

対アグストリアの防御を任せたい。

代わりにアグストリアをもらう」

 

そこさえ取れれば、王国が大陸を横断する。

そうなればブルームが失敗しようと家は傾かない。

 

ロートリッターが国境を監視していれば、イムカ王も手を出すまい。

愚鈍な王子に変われば分からぬが、そんなことは考慮せずとも良い。

 

「待て。わしにも戦わせろ。

神器同士の死合なぞ、そうそう出来ん。

イザークを切り取るから、そこはいらん」

 

切り取り自由とは如何にもだ。

さぞ、武人魂が燃え上がるだろう。

 

斧がアルヴィスに突き付けられる。

 

「だが、確認すべきだ。

貴様は必要とあれば、王子を殺せるか」

 

沈黙。

 

一瞬、魔力に押された。

すぐに収まる。

 

眉間にしわを寄せ、絞り出すように告げた。

 

「覚悟は、あります。

兄を……殺します。

クルト兄さまを、父上にはしない」

 

誰も言葉を継がない。

 

斧が下げられる。

私も魔導書を机に置く。

 

その音だけが、やけに響いた。

 

アルヴィスが握りしめた拳を開き、我らを見渡す。

その瞳に、迷いはない。

 

「守るべき者たちのために。

それが、ファラフレイムに選ばれた、責務です」

 

覚悟は本物だ。

ランゴバルト卿と目を合わせる。

それは我らの役目だ。

*1
威力20、射程1~2、重さ7、雷A。

ティルテュの初期装備。イシュトーもこれを装備。

*2
威力22、射程1、重さ18、斧A。

プレイヤーが使える武器では、神器を除けば最大の威力。

*3
聖斧スワンチカを授かった聖戦士。レックスたちの先祖。

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