学園の入学式へ参加した後、ヴェルトマー邸へ招かれた。
先ほどまで若者の前で演説をしたのだから休ませてほしい。
アルヴィス卿に導かれ、窓のない部屋に通される。
空気が重く淀んでいる。
侍従たちすらいない。
円卓には三席しかない。
少し前とは対照的だ。
アルヴィス卿は扉から離れた席につき、発言する。
「お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
「御託はいい。何の用だ」
面倒を嫌うランゴバルト卿らしい。
「同感だ。
ヴェルトマーが呼び出すなぞ、粛清か王族からの内密の要件に限られる」
このようなハレの日に呼び出すとは、
いったい何が控えている。
「先にこちらをお渡しします」
アルヴィスが机にあった本箱から魔導書、壁にかけた斧を寄越す。
だ。
誰かを討てと言うことか。あるいは、抗えと言いたいか。
「では、本題へ。
貴殿らは王子に満足していない。そうですね」
落ち着いた声音だ。
我らには殺されないとでも言いたげだ。
魔力から神器を装備していないことは分かっている。
「力で語る。
武人になったな、アルヴィス卿」
ランゴバルト卿が如何にも好きそうな演出だ。
だが、アルヴィス卿らしくない。
「それでも結構。だが、勘違いされている。
私を成敗していただくために渡しました」
立ち上がって両腕を上げ、非武装であることを示す。
懐に盛り上がりは無く、腰にも魔導書は吊るされていない。
ヴェルトマーは中立だが、個人としては王子寄りだったはず。
我らの粛清ではなく、自身を誅罰とは。
「残念だ。
だが、その姿勢は男だ。
聞いてやる」
笑みを深めるランゴバルト卿。
冷静に見定めなくては。
「私は武断派ではない。
まずは説明をしてくれ」
席につき、滔々と発言する。
「現実的な未来の話をしたい。
お二人は当主の中で地に足が着いている。
だから、お呼びした」
当主をえらぶ、つまり王族からの命ではない。
「前置きはいい。結論を言え」
「イザークを討ち、王子に退位していただく」
先ほどと変わらない、ごく当たり前のことのように言い放った。
話のつながりが分からない。
「武器を構えていただいて構いません。
話に飽きたら首を落としてください」
反逆と見なされかねない密談だ。
だが、交渉の余地はあるということか。
―――――
まずは主導権を取る。
「一体、どういった風の吹き回しだ。
我らを謀るにしても稚拙すぎる。
卿ならもっと上手くできるはずだ」
「炎の紋章に対する姿勢は認めていた。
それすら捨てたのか。
アルヴィス卿‼」
熊男は武人だ。政治家ではない。
だからこそ変節は許せない。
「ランゴバルト卿、私はその覚悟を抱くから発言した。
撤回しろ」
喉が締め付けられる錯覚。
アルヴィスの魔力が高まっている。
私以上、もしかするとブルームにすら匹敵する。
しかも、神器も無しに。
既にランゴバルト卿は席を立ち、扉の前に陣取っている。
私もさび落としをせねばな。
トローンを掴む。
「申し訳ない。つい熱くなってしまった。
悪い癖です。家臣の娘にも注意されました。
私は武装していない。魔術は発動できません」
頭を下げた。
本当に恥じ入っている。
熊が気まずそうに目を逸らした。
「……わしが悪い。
貴様を7つから知っている。
それを投棄するはずが無いことも」
席に戻り、謝罪する熊男。
だが、ランゴバルト卿の言も理解できる。
近衛が王子を排するとは。
「ランゴバルト卿の言うとおりだ。
あまりにも衝撃的な発言だ。
順を追って説明してくれ」
一筋縄ではいかないようだ。
「では、まずは王子の事から始めましょう。
イザークよりも気になっているでしょうから」
我らは仕切り直すべく、姿勢を正した。
ただし、すぐに武器とれるように。
―――――
アルヴィスが口を開く。
「ヴェルトマーは王族の極秘任務を請け負います。
その中の一件が関係しています」
身の安全のため、確認は忘れない。
「それは我々が聞いてもいい事なのだな」
「王家の存続、そして子供たちの未来のために」
つまり、王子の奥方が決まったか。
だが、なぜ退位につながる。
アルヴィスは王になるからなどという言葉遊びをしない男。
「……アルヴィス、一度休憩を入れぬか」
不器用な熊男。
アルヴィスは、我らにとって長年の同僚にして教え子のような者。
母の一件と、兄のように慕った王子の事をつつきたくない。
「私には紅茶を頼む。砂糖は無しだ。
娘たちには、いつまでも格好良く思われたい」
私にも情はある。
ヒルダの件でランゴバルト卿よりも付き合いは深い。
苦境の中、研鑽を欠かさず育った男を傷つけたくない。
「ご心配ありがとうございます。
我が家が崩壊した原因は知っています。
……悲しいことではありますが、それ以上に未来が大切です」
ランゴバルト卿と目を見合わせる。
アルヴィスの声は震えていない。
瞳も狂気の色には染まっていない。
……正気なのか。
だが、そのようなことがあり得るのか。
「私には、学園に通う弟が居ます。
ただの復讐のために暴れたりはしません」
彼が最も愛する家族とティルテュとヒルダから聞いている。
他にもユリスだっている。
だが両親を奪われ、重責を押し付けられたのだ。
警戒は解かない。
「お二人に御足労いただいたことが、狂っていない証拠です。
もし違うならファラフレイムで王宮を焼いていますよ。
それか、父上のように自殺してます」
茶化すようなアルヴィス。
再びランゴバルト卿へ目配せする
見てはいられない。
表面には出ていないが、深く傷ついたのだろう。
ランゴバルト卿が告げる。
「あまり無理をするな。
我らは他家の当主。だが、共に聖戦士の末裔。
弱る同胞を嬲ることはしない。
ネール*3に誓う」
「そうだ。
幾らヴィクトルでも、君たちの父親。
卑下しなくていい」
少し悲しそうな顔だ。
「ありがとうございます。
私にとってお二人は、師範のようなお方です。
厳しくも、一線は超えない。
得難い方々です」
そういわれるのは悪くない。
ヒルダもそうだが、ヴェルトマーは育て甲斐がある。
叩けば叩くだけ頑強に、そしてしなやかに育つ。
「それを知った時の話をさせていただけませんか?
隠さなければならない部分もあり、長くなってしまいますが……」
内にため込むよりも、吐き出した方が良い。
アルヴィスは立派に当主をやっている。
同じ立場の者が聞いてやらねば。
目で促す。
「構わん」
「事実を知ったのは、王子からご自身の娘を探すように命じられてからです」
惨い。
あまりに人道から外れた行い。
甘ちゃんだと思っていたが、外道だ。
いや、それより娘?
ランゴバルト卿が机をたたき、立ち上がる。
「なんと‼」
斧を掴んでいる。
私は状況把握に努める。
人情は任せた。
落ち着いた声で続けるアルヴィス。
「私はお二方に謝罪したい」
筋がつかめない。
「何を言う‼」
巌の剣幕は収まらない。
「これまで、お二人を強欲と誤解していました。
この件でようやく霧が晴れた。
国家を、未来を考えているのはあなた達だけだ」
王子に対する尊敬が消えたのか。
それとも、復讐の情からか。
しかし、物事を正しく捉えられる者が増えるのは国家にとって有益だ。
恥ずかし気に、席につく大男。
「……わしは武人だ。
その様な事は管轄外だ」
「続きを話します。
コーエン家の娘、お二人はご存じですね。
ユリスが母上の遺品と姫の手掛かりを見つけてきました」
「あの娘もレックスと学園にいるはずだ。
どうやった」
ランゴバルト卿もユリスを知っているのか。
息子の嫁に迎えるつもりだな。
「詳しくはご説明できません。
ただ、聖戦士の末裔が必要だったのです。
隠里には直系が赴く必要があると分かりました」
怪しい話だ。
だが、否定もできない。
棚上げし、根本を突く。
「存在証明は出来ているのか。
根拠もなしでは、話にならん」
「二つの証拠があります。ですが、一つはご容赦を。
直系同士の感応です」
ブルームが継承者と判明した頃から、
お互いの生存が分かる様な感覚が生まれた。
これが親になることかと思ったが、ティルテュやエスニャの時には感じなかった。
継承者にしか分からぬが、証拠にはなる。
リング卿もそれに従い、娘を十年以上探し続けている。
「私は最初懐疑的でした。
なにせ、神器を継いだ時に直系は私しかいなかったので」
アルヴィスは、そんな当たり前のことすら知らなかったのか。
つまり、王子から教わったと。
またこの男を虐めるような形になった。
必要とは言え、あまり触れないようにしてやりたい。
「王子達の関係はユリスに教えてもらいました。
今思えば、悪いことをした。
まだ15になりたての娘に、あのような事……説明させてしまった」
あの娘……知りながら隠していたのか。
ファラの女は強い。
ティルテュを任せて良かった。
「それでも私は信じられなかった。
なので、フリージに嫁いだ姉、ヒルダにも確認しました」
悲しみが滲み出ている。
「その時、私はいかに守られていたかに気付かされました。
あの無分別なヴァルターですら、隠してくれていた」
あの禿鷹はそうする。
万が一にも王家への反逆を許さぬため。
だが、愛情も嘘ではない。
「私はこのような優しい者が安心して暮らせる世界にしたい。
我ら継承者がそう導くべきと決心しました」
復讐ではなさそうだ。
ランゴバルト卿が告げる。
「兵は守るために立つ。
貴様も本物になった」
嬉しそうに斧を撫でている。
私は宰相だ。
情だけで動いてはならない。
「個人としては王子より君の方が好ましい。
だが、政治は別だ。
なぜ王子を除くのだ」
王子の下で理想を目指せばいい。
述懐するように答えるアルヴィス。
「王子はもう限界に近い。
心も実務も。
私書斎に通される機会が何度もあります。
そのたびに部屋が書類に埋まっていきます」
私は立ち入れない。事実かは分からない。
だが、裁可までの時間が伸びているのも事実。
王にもう少し政務に興味を持っていただければ。
「既にいくつかの業務は我が家が肩代わりしています。
それもあり、ユリスを動員しました。
あと1年程で我が家の人員補充は終わります」
近衛かつ私的にも近しい家に任せてあれか。
疫病での活躍からヴェルトマーの名声は高まっている。
移住者や交易に赴く者も増えた。
そこから登用したのか。
「王子の知性は有名です。
ですが、宰相には及ばない。
そして、自身の考えを絶対とする傾向がある。
王は指針を示し、我らと磨き上げる。それがあるべき姿だ。
イザークへの会議でも明らかです」
中立とはいえ、聞き流していなかったか。
アルヴィスは王子への幻想を捨て去ったようだ。
だから、神輿を担ぐわけか。
「王子は私へ別の指令も下しています。
バイロン卿とリング卿の助力を得られる下準備です。
王子が彼らを信用しているのは分かります。
ですが、能力が足りない。
無条件の追従では王国は回らない」
そこまで来ていたか。
王子とは対立することが多かった。
だが、必要性は理解できていると信じていた。
「姫に王座へついていただき、実務は我らが担います。
宰相はフリージ家にお願いします。
ブルーム様は奥方が支えます」
私の懸念も抑えられたか。
ヒルダなら、孫の未来も守り切れる。
「わしは騎士ではない。武に生きる者。
口は挟まぬ」
支持に回るか。
戦闘欲求と情を満たされたのだ。そうもなる。
単純だが、頼りになる。
「私にはイザークとの関連が分からない。
秘密に関することか」
しかし、利益が少ない。
ブルームたちの苦労を減らすには不足している。
「いいえ。
それを利用し、実利を得ようと考えています」
「宰相のおっしゃった通り、このままではグランベル王国は衰退します。
その前にイザークの悪だくみを逆手に取り、逆侵攻を仕掛けます」
やはり、経済のことも理解できるか。
切り捨てるには勿体ないな。
「そこをエッダを除く家で攻めます」
あの家を働かせる腹積もりか。
幾ら宗教家とは言え、戦時に何もしないわけにはいかない。
統治政策か、治安維持か。
何にせよ、直接の利益は渡さない。
「わしの領域に入ったな」
得意げに手で斧を叩く熊。
もう少し突いてみるか。
「領地拡張で経済を立て直すつもりか。定石だな」
「そこで、シアルフィとユングヴィ当主も討ちます」
国家再編が狙いか。
武人が口を開く。
「随分と大きく出たな。
味方を背中から撃つつもりか」
残念そうに返答するアルヴィス。
「……そうなるかもしれません。
私が行います」
「理由を聞かせろ。王子派だからか」
瞳に揺れはない。
「違います。当主としてふさわしくないからです。
上に立つ者の義務も、家の安定にも努めていない。
そして、優れた次代がいる」
「我らがイザークへ侵攻する際、
ヴェルダンがユングヴィへ空き巣をするつもりです。
ですが、シアルフィの次期当主シグルドが居れば問題ありません。
むしろ、そちらも逆侵攻してしまうかもしれません」
ヴェルダンのことは初耳だ。
そしてシアルフィ次代の能力も把握できていなかった。
視野も広い。
味方として申し分ない。
「ヴェルトマーの情報戦は恐ろしいな。
ならば、私がその二人を討とう。
対アグストリアの防御を任せたい。
代わりにアグストリアをもらう」
そこさえ取れれば、王国が大陸を横断する。
そうなればブルームが失敗しようと家は傾かない。
ロートリッターが国境を監視していれば、イムカ王も手を出すまい。
愚鈍な王子に変われば分からぬが、そんなことは考慮せずとも良い。
「待て。わしにも戦わせろ。
神器同士の死合なぞ、そうそう出来ん。
イザークを切り取るから、そこはいらん」
切り取り自由とは如何にもだ。
さぞ、武人魂が燃え上がるだろう。
斧がアルヴィスに突き付けられる。
「だが、確認すべきだ。
貴様は必要とあれば、王子を殺せるか」
沈黙。
一瞬、魔力に押された。
すぐに収まる。
眉間にしわを寄せ、絞り出すように告げた。
「覚悟は、あります。
兄を……殺します。
クルト兄さまを、父上にはしない」
誰も言葉を継がない。
斧が下げられる。
私も魔導書を机に置く。
その音だけが、やけに響いた。
アルヴィスが握りしめた拳を開き、我らを見渡す。
その瞳に、迷いはない。
「守るべき者たちのために。
それが、ファラフレイムに選ばれた、責務です」
覚悟は本物だ。
ランゴバルト卿と目を合わせる。
それは我らの役目だ。