ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

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有志作成のユグドラル大陸地図
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原作開始
ご飯抜きすぎ ―グラン歴757年


春の日差しが、封蝋が割られた書類へ降り注ぐ。

左右に並ぶ執務官達の机の山が影を落とす。

地図の東ばかりに駒が偏っている。

 

ペンと紙が擦れる音ばかりが響く執務室。

あの疫病を超えた私たちに、動揺はない。

だから、禍根を初動で片付ける。

 

イザークへの逆侵攻に合わせて、ヴェルダン王国が攻めてきた。

 

陛下は条約破棄に対し、誅殺を選ばなかった。

代わりに、王子派の家へ補助を決定なされた。

 

その一件でユリスに指令を下す。

あの子にとって、本当の意味での初実戦。

私も出来ることはしてあげたいわね。

 

「ユリス様がいらっしゃいました」

 

近侍が到来を告げる。

中へ通すよう伝えた。

 

ここからは、執務。

姉としての顔は抑えなきゃ。

 

「お茶持ってきた」

 

大きなお盆には、焼き菓子と執務中の人数分のカップ。

 

窓を見やる。

時間的にはあってるわね。

 

この子は本当にマイペース。

 

―――――

 

ユリスがそれぞれの執務机に配膳していく。

紅茶の香りが心地いい。

筆は動いたままだけど、みんなもほっとした顔。

仕事ばかりで、周りが見えてなかったかも。

 

盆を脇に挟んだユリスが私の正面に来た。

この子だけは立っている。

 

一つ咳払いをし、任務を伝える。

 

「陛下の命よ。

ヴェルダン王国*1のユングヴィ侵攻に対応している、

シアルフィ家のシグルド公子へぎんの剣*2が下賜されることになったの。

アルヴィス様が勅使として届けることになりました。

その供に就きなさい」

 

この子にこんなことをいう日が来るなんて、不思議な気分。

忙しすぎて滅多に会えなかったから、まだ小さな子供という印象が消えない。

実際、小さいしね。

 

「了解。

丁度いいお仕事だね」

 

家業は任せられないって、理解してるわね。

嫁ぐまでは内向きの仕事か、こういうことしかさせてあげられない。

 

姉妹一緒にお仕事っていうのにも、憧れてたんだけどなぁ。

ユリスの面倒を見てあげたかった。

 

壁にかけられた、王国南部の詳細な地図を指し示す。

ユリスがそれへ近づく。

 

「一度使節を務めてたわよね。

今回は、確実に戦闘もある。

覚悟はしておいて」

 

士官学校に通ったから戦力にはなるはず。

学校と並行して騎士団の訓練にも参加させた。

実力は十分。

 

まあアルヴィス様が居るから、

二度目の初陣みたいなものだけど。

それは内緒。

 

どうしても、心配になってしまう。

私と違って聖痕もあるのに。

証さえ無ければ、ずっと一緒にいられるのに。

 

小さな背中を見つめてしまう。

 

ユリスは視線を地図に向けたまま、不思議そうに聞いてくる。

 

「どういうこと?

陣中見舞いではない?」

 

こんな任務は普通じゃないもの。

下賜品を渡すのなら、戦闘は避ける。

でも、これがヴェルトマー。

 

「そうよ。

そのまえに現状をどれくらい把握しているか、確認させて」

 

あえてユリスに問う。

壁の地図をなぞりながら、回答した。

 

「イザーク討伐のため各家は戦力を東に回している。

西のアグストリア諸公連合*3とヴェルダンは王国と同盟済み。

だけど、ヴェルダンがユングヴィ城を急襲した。

シアルフィは最低限しか残ってない戦力*4で援護に向かった」

 

本当に最低限しか知らされてないのね。

きっと、その方が幸せ。

ユリスは汚れた世界へ来なくていい。

 

「そう。

だから、アルヴィス様が行くの」

 

分かるかしら。

 

「見せしめ。

王都とアグストリアへの備えは大丈夫?」

 

学園ってすごいのね。

実務経験がないのに、そこまでは読めるようになるなんて。

でも、認識のすり合わせはしっかりね。

 

「騎士の国との国境には、ヒルダ様がいる。

ロートリッターも援護に向かっている。

それにイムカ王*5なら同盟破りなんてしないわ」

 

シャガール王子もそうとは限らない。

だから、そこまで厚くしてる。

 

「そのまま攻めちゃいそう。

北にシレジアもいるけど、王都は?*6

 

今度は北の地図を指すユリス。

手が届かないから、盆で示してる。

 

三正面作戦なんて正気じゃない。

だから、軍を貼り付けても相手を刺激しすぎない。

 

「まだあそこは雪の中よ。

それに雪解け後も道がぬかるんで、すぐには大群で侵攻できない。

それまでにはアルヴィス様も帰ってこれるわ。

あんまり遊んでちゃだめよ」

 

ユリスはまだ経験が足りないわね。

いつかそこにも出向いてもらうかもしれないわね。

 

ここまでには、ヴェルトマー城がある。

そこに残る一門が、死兵となって時間を稼ぐ。

敵がたどり着くまでには、アルヴィス様だって帰って来るはず。

最後の手段だけど、陛下にナーガを握ってもらう事だってできる。

 

こちらに向き直り、ユリスが盆で素振りをする。

 

「わかってる。アゼルを叩いたら帰って来る」

 

この子はっ‼もう‼

 

紙をめくる音が止まった。

机を叩く者までいる。

 

みんながユリスに注目してる。

手を止めさせてしまった。

 

「ユリス⁉

アゼル様の行方を隠してたの⁉」

 

「姉さま、零れるよ」

 

私は立ち上がっていた。

書類は濡れていない。

 

アゼル様が居なくなって、どれだけアルヴィス様が焦ったことか。

聞いた時には知らないって言った癖に。

 

でも手がかりがあって良かった。

姫につづいて、うちのお坊ちゃんまで探すことにはならなさそう。

 

「乳兄弟の勘。

純情火の玉ボーイは、初恋のお姉さんを助けに行くはず」

 

「エーディン様だったの⁉

って、そんなことはいいの。

失踪のことは他に言っちゃ駄目。分かるわね」

 

後でアルヴィス様に知らせなきゃ。

それと、カバーストーリーに、外への対処も。

美談として広めるかは、相談ね。

初恋、叶うといいわね。

 

大半の戦力が戦地に赴いている中、

後を任せた家の統制が取れていないと思われては不安が広がる。

それに、失踪や誘拐にシグルド軍が理由として使われかねない。

あそこには、まだ正義の軍でいてもらわなきゃ。

 

「当たり前。

ヴェルダン兵をある程度倒さなきゃいけないってことだね」

 

腰を掛ける。

一度、口を湿らす。柑橘の果汁も入っているわね。

フィナンシェの甘味も口に入れておく。

後で追加を頼みましょう。

 

アゼル様も突然どうしたのかしら。

あまり関わったことはないけど、落ち着いた優しいお方。

いくら恋していても、戦場を好むタイプではない。

誰かに無理やり連れていかれたと言われた方が納得できる*7

 

「そうよ。

だけど最低限の人数で行く。

一発はファラフレイムも使う」

 

ユリスの顔が引きつる。

 

実際に戦闘できるのは、アルヴィス様とユリスだけ。

他には雑事を任せる。

 

裏切り者を誅する。

それには我らの炎が分かりやすい。

まして、神器まで持ち出せば確実に伝わる。

 

忙しくなってきた所にアルヴィス様が抜けるのは痛い。

でも、今アグストリアに舐められないためには必要。

その一撃で楔を打つ。

 

「本気だね。

どこまで手伝うの?」

 

再び、地図へ向き直った。

 

「ユングヴィ奪還とユン川を超えた敵は殲滅。

勅使だからワープは禁止。

手早く済ませてね」

 

こんな時でも、ワープ無しは面倒ね。

王者の使徒は隠れない。

経由地を通ることで、公式記録がそこにも残る。

公正の証明とはいえ、大変。

 

防衛までは、私たちも手伝える。

バイロン卿の後目としての箔付け。

シグルド公子の功績のために、エバンス*8の制圧は任せる。

 

「ユリスは王子達に会っていたわね。印象は?」

 

大して心配はしていない。

でも甘く見てユリスに傷ついてほしくない。

一応、聞いておく。

 

「えっち。会談中に下ネタ振られた。

王家の衛兵も礼儀を仕込まれていない。お互いを突き合ってた。

首の太さから筋力はありそう。

それと魔導士らしい人が一人しかいなかった」

 

思っていたよりアットホームな感じね。

人質は効果あるかも。

そこまでしなくても、どうにでも出来そうだけど。

 

「すぐに終わりそうね」

 

ユリスの本格的な戦場には丁度いいわ。

手ごたえがあり過ぎるのも、良くない。

 

「メティオ*9を持っていきたい。

うちが来たって伝えられる」

 

たしかに隕石が降ってくれば、村々にも見てもらえる。

開戦で人心が不安定になり始める。

我らの象徴なら取り除ける。

神炎だけだと、怖がらせるだけだしね。

 

アグストリアへの警告にも効果的。

フリージ側の国境線以外にも我らの影がチラつけば、抑えが盤石になる。

メティオもあれば、アルヴィス様だけじゃないと伝わるでしょう。

 

「仕方ないわね。

ただし、村にも分かるように何発か撃ちなさい。

外していいのは二発まで」

 

私も妹には甘いわね。

命中率の割に修理費が高いから、あんまり無駄遣いさせないようにさせなきゃ。

 

 

「姉さま厳しい。

花はどれくらい?」

 

この子から見てもヴェルダンは大した相手じゃないようね。

 

「シグルド公子なら、時間をかければ一人でも倒せるわ*10

到着時にユングヴィを救助出来てなければ、全力でやりなさい」

 

それも出来ないようであれば、計画の変更も必要になる。

 

「そこまで私は強くない。

アルヴィス様にも負担をさせたくない」

 

そうね。

アルヴィス様にこれ以上心労をおかけしたくない。

 

もっと話していたいけど、仕事に戻らなくちゃ。

お茶請けを食べきり、紅茶を飲み干す。

 

「とにかく、ユリスはアルヴィス様のサポート。

絶対死んじゃ駄目よ。

さあ、準備をはじめなさい。

出発は二日後よ」

 

そんなこと起こるはずが無いけど。

どうしても、言いたくなる。

 

「分かった。

お父様も居なくて、姉さまは激務。

しっかり寝て」

 

お代わりを注ぎ、茶菓子の皿を持って退出した。

あの子がこの家にいる間は、楽になりそう。

 

私とユリスはお互い持っていないものを持っている。

姉妹で補い合う。

それがアルヴィス様のためになる。

 

印璽をとり、執務再開の合図とする。

私は、妹に持たせる手紙を封蝋する。

蠟の香りが部屋に立ち込める。

*1
グランベル王国の南西に位置する。ユングヴィと隣接している。

*2
軽くて威力の高い剣。

原作主人公の代名詞的武器の一つ。

*3
エルトシャンやラケシスが所属する。

*4
開始時点で4人のユニットしかいない。

*5
アグストリアの盟主。原作で賢王と呼ばれる。

*6
本作では地理的にヴェルトマーがその防衛も担うと設定している。

*7
原作で侵攻を聞きつけたアゼルは家に黙って飛び出した。レックスはそれについて行った。

*8
侵攻の橋頭保に使われた城。

*9
威力15、射程3〜10、重さ30、命中60%、炎C。

プレイヤーに大きな印象を残した武器。

*10
ゲーム的には彼一人でやった方が早いケースもある。




原作開始直後あたりです。

アンドレイの実家が奇襲され、
アゼルがレックスに呼び掛けて家を飛び出したと理解していただければ問題ありません。
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