ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

26 / 39
原作の指揮レベルからこのような軍に関わる判断を出来るとしました。

ゲーム的には、☆2で周囲3マスの味方に回避・命中に+10%の効果を与えられます。
☆が一つ増えるにつき+10%増加。つまり、☆5だと+40%。
バグ以外で元々の数値を変えることはできません。

☆5:作中7人、アルヴィスやエルトシャンが該当。
トラキアの盾ことハンニバル以外は全員直系。

☆4:作中10人、アンドレイやブルーム、マンフロイ、リデールが該当。
後半二人とライザ以外は神の血を持つ者です。

☆2:シグルドやシャガールが等該当。賊から王まで幅広い。





王家のキャパがやばいかも ―グラン歴757年

天幕内で家臣団との軍議の最中、伝令が飛んできた。

随分汚れているが、こいつには覚えがある。

姉上の元に居たはずだ。

 

立っているのもやっとの状態で告げた。

 

「ユングヴィが襲われました‼」

 

父上が反射的に叫ぶ。

 

「そんなはずはない」

 

かがり火が揺れる。

誰も動けない。

 

僕は伝令に肩を貸してやる。

机上にある僕の飲み物をゆっくりと飲ませる。

落ち着かせることを意識し、声を出す。

 

「状況を正確に伝えろ。

焦らなくていい」

 

彼は杯を押しのけた。

 

「ヴェルダン王国が突如攻めて来ました。

シグルド公子が防衛の援助にまわってくれています。

出発時は保っていましたが、そう長くは……」

 

何故だ。

手薄な防備を抜けても、占領統治が出来るはずはない。

大した利益を得られない。

 

「エーディンは無事か⁉」

 

「……姫は城に最後まで残られました」

 

支えている男が嗚咽を漏らし始めた。

姉上も末裔としての努めを果たしたか……。

 

「そんな……エーディンまで……」

 

父上は憔悴してしまった。

戦場でこれは不味い。

帰らせるべきだ。

 

一呼吸置いて、発言する。

 

「父上、一度ユングヴィの様子を見に行っていただきたい」

 

「……駄目だ。

この戦が終われば、アグストリアにもブリギッド*1を探しに行ける。

今抜けたら、約束を果たせなくなる」

 

王子と密約でもあったのか。

……こんな時まで、姉上。

 

だが、僕たちの家を放っては置けない。

バイゲリッター達も浮き足立ってしまう。

僕が行くしかないか。

 

「僕が向かいましょう。

ここで初陣も済ませました。

それに蛮族の剣技とも鎬を削った。

同じ蛮族といっても、所詮ヴェルダン。

鎧袖一触どころか、トンボとりのようなものです」

 

「そうか……助かる。

エーディンのこと、頼んだぞ」

 

僕が抜けることには何もなしか。

エーディン姉上までも……。

 

僕が挫けてはいけない。

ウルの末裔は挫けない。

 

指示を飛ばす。

 

「選抜した者だけを連れて行く。

僕がいるから腕はいい。

顔が広い者と、実務を担える者を選んでおけ。

僕は王子と諸侯に伝えてくる」

 

外套を羽織り、天幕を抜ける。

父上はいまだ椅子から立ち上がろうともしない。

 

―――――

 

遠くに故郷が見えてきた。

ワープと馬を酷使して、ようやくたどり着いた。

出立の時の姿とは変わってしまっている。

城壁はところどころ崩れ、大門は閉じきれなくなっている。

 

隣の騎士が僕に警告する。

 

「アンドレイ様。

御覚悟ください。

ここは別の戦場です」

 

「……略奪の跡を見るということか。

分かっている」

 

蛮族どもめ。

普段は材木の取引をしていたくせに、不意打ちとは非道だ。

手綱を握りしめる。

 

「それもあります。

ですが民から襲われることも考えられます。

守れなかった我らへ憤りをぶつけるしかやりようがないのです」

 

「あり得ない。

僕はユングヴィの公子だぞ。

これまで我が家が守ってきた」

 

聖戦の末裔が自領で貶められるなどあり得ない。

 

この騎士もあまりのことに動転しているのだろう。

休ませる暇はないが、気を配ってやるのも務めだ。

 

「鎧は緩めてはなりません。

貴方が健在ならば、民も安心します」

 

当たり前だ。

馬を早足で進める。

 

―――――

 

城内は変わり果てていた。

家々は崩れ、石畳が抉れ、馬上が揺れる。

 

遠くから声が聞こえる。

 

「ウルの旗だ‼

来てくれたんだ‼」

 

子供たちが走り寄ってきた。

どれも小汚く、臭いがする。

 

騎士が、響き渡るように叫ぶ。

 

「散れ。

こちらにおわすは、ウルの末裔にしてユングヴィ公子アンドレイ様である」

 

大男にたじろいだのか、煤だらけの子供たちは口を開けたまま黙った。

 

その声が聞こえたのか、建物の影から人々が這い出してきた。

この子供たちよりも窶れている。

 

「やっぱり‼

帰って来たんだ‼

俺たちは見放されてなかった‼」

 

笑顔で飛び跳ね始める子供。

つられて大人たちも騒ぎ出した。

口々に我が家に対する賞賛の声をあげる。

 

やはり、末裔が蔑ろにされるなどあり得ない。

取り越し苦労だったな。

 

瓦礫になった街でも、明るさは残っている。

 

―――――

 

騎士たちが人々を統制し、移動の邪魔をさせない。

館は略奪に会い、まともに使えそうにないらしい。

状況確認のため、騎士に教会へ先導された。

 

大聖堂の外観は変わらない。

子供の時の洗礼もここでやった。

出立式の時のままだ。

神聖な場所には手を出さない分別は残っていたか。

 

中から年老いたシスターが飛び出してきた。

僕らの前に立ちはだかる。

 

「教会で何かあったのか。

僕はユングヴィのアンドレイ。もう大丈夫だ」

 

何とも言えない顔で返答する。

 

「よくお戻りになられました。

……ここから先は……」

 

言いづらそうな気配がある。

 

騎士から声がかけられる。

 

「アンドレイ様、御覚悟を。

シスター、我らはここで話を聞かせていただきたい」

 

「……ありがとうございます。

ですが、もう少し離れた場所でお願いします」

 

シスターが僕を疎んでいるわけではなさそうだ。

事情があるのは分かるが、その先が読めない。

 

「緊急時だ。僕たちには時間がない。

ここで話せ」

 

教会の窓を指差し、懇願するシスター。

こちらを伺うような影が複数見える。

 

「……お願いします」

 

これが、騎士の言っていたことか。

反乱分子が城内に潜んでいる。

この老女は脅されているのだろう。

 

蛮人が故郷に潜んでいる。

それも聖堂の中に。

卑劣だ。許せない。

 

老女の肩に手を置き、怪我をさせぬよう、

だが抵抗させない力で横に動かす。

 

「僕に任せろ」

 

階段を駆け上がり、教会の門を蹴り開ける。

後ろから老婆の哀願が聞こえる。

 

―――――

 

教会の中は普段よりも暗く淀んでいた。

長椅子が撤去され、薄汚い布が並んでいる。

先ほどとは別種の不快な臭いがする。

あの静謐な空気は残っていない。

 

「出てけ‼」

 

横から燭台が振りかぶられる。

反射的に掴みとり、ねじり上げた。

敵を床に転がす。

 

蛮人が。そんなもの当たらない。

奪い取った燭台の先でローブをめくりあげ、下手人の顔を曝す。

 

若い女だ。

怯えている。

 

「う……ぁあっ‼」

 

身をかき抱き、這いつくばりながら奥へ逃げていく。

その先には、布を身に巻き付けた集団がある。

燭台やろうそくをこちらに構えている。

 

ヴェルダンの蛮族が潜んでいるのでは無いのか。

なぜ、僕を見てそんな顔をする。

 

「僕はユングヴィのアンドレイだ。聖痕持ちだ。

敵じゃない。守りに来た」

 

集団の中から返答があった。

 

「なんで私たちは辱められたんだ‼」

 

怒号が続く。

 

「娘は攫われていった‼

なにも守れちゃいない‼

私も……」

 

泣き声が混じり始める。

そちらが優勢になり、最後はすすり泣く音だけになった。

 

「……僕は、」

 

何を言っていいのか分からない。

それでも、彼女たちの涙を拭うくらいはしなければならない。

 

燭台を離し、一歩踏みだす

 

「く゛る゛な゛‼」

 

ろうそくが飛んできた。

石床に落ちて乾いた音が響く。

 

布切れ、すり棒、櫛。

雑多なものが投げられて、落ちる。

 

僕には一つも届かない。

それなのに、こんなにも痛い。

もし僕が、継承者だったなら。

 

高い天井に反響し、

やがて、またすすり泣きだけが残る。

 

「アンドレイ様、行きましょう」

 

いつの間にか、シスターが背後にいた。

優しく肩に手が置かれている。

その力に任せて、僕は彼女たちに背を向ける。

 

―――――

 

門をゆっくりと閉める。

冷たい風が頬を撫でる。

 

階段を一段一段降り、教会から離れる。

この女性と会った場所より遠い、小さな公園だった場所。

あそこの臭いも空気の重さもない。

 

シスターが僕を瓦礫の上に座らせ、話し始める。

 

「アンドレイ様はまだお若い。

だから、彼女たちを怖がらせてしまったのです。

私は落ち着けてまいります」

 

言い終わるなり、行ってしまった。

その背を見送ることしかできない。

 

見えなくなった頃、隣の騎士が切り出してきた。

 

「私の見通しが甘かった。

アンドレイ様はまだ戦場しかご存じでなかった。

この一件が終わりましたら、私をいかようにでもなさってください。

代わりに、彼女たちだけはお許しを」

 

「あぁ……」

 

誰かを罰するなんて出来ない。

僕が悪い。

言ってくれなくちゃ、わからないじゃないか。

 

騎士が僕の肩を掴む。

痛い。

 

「アンドレイ様、思いを吐き出した方がよろしい。

先ほどのことは、衝撃的過ぎた。

上に立つ者は最後まで壊れてはいけない」

 

「……僕は、聖戦士の末裔で、帰ればみんなを安心させられると思ってた」

 

「子供たちを思い出してください。

大人たちだって、あれほど喜んでいました」

 

労わるような声で答えてくれる。

出迎えてくれた者たちよりも、あの泣き声がこびりついている。

 

「でも、彼女たちは……恐れていた。

僕を……」

 

僕だからじゃない。

末裔だからでもない。

若い男が入ってきたからだ。

 

あの中に姉上はいないのだろうか。

エーディン姉上があのようになって欲しくない。

でも、姉が一人も残らなくなるのも嫌だ。

父上が今より幻影を追いかけてしまう。

 

「それは貴方のせいではない。

不敬を承知で申します。

当主様が悪いのです」

 

「父上は‼

父上は……」

 

父上は、姉上の事ばかり考えている。

僕の代わりに来れば、多くの民を安心させられた。

きっと、彼女たちを苦しませるようなことだってなかった。

僕たちの故郷が傷つけられても、見つかるはずのない姉上を優先している。

 

鎧が残った石畳を叩く。

騎士が僕の正面で、跪いている。

 

「アンドレイ様、お願いがあります」

 

頭を垂れて、両手で弓を差し出してきた。

首をかけるつもりだ。

 

「ユングヴィを、我らバイゲリッターの故郷を安定させてください。

御当主は捜索のため、国力を切り崩すばかりです。

だからこんなにも早く落ちてしまった。

存在しないブリギッド様より、

我らと戦ったアンドレイ様に未来を託させていただきたい」

 

この騎士の名前すら知らない。

それでも、共に戦っていた。

騎士は戦場で散るものだ。

それでも、命を懸けて進言をしてくれている。

 

父上でも姉上でもない。

ここには、こんな僕しかいない。

 

弓が陽光を反射する。

使い込まれて、細かな傷だらけ。

イチイバルとは比べ物にならない。

 

それでも、弓だ。

僕たちの信条は砕けてない。

 

汗にまみれた手で弓を押し戻す。

力が出ず、触るだけになった。

 

「貴様の首で何が得られる。

それよりも行政を復活させろ。

僕はヴェルトマーへ頭を下げに行く」

 

顔を上げて呆けている男の腕をつかむ。

無理やり立たせて、肩を叩く。

 

「僕たちを責務が待っている。動け」

 

瓦礫の上を進んでいく。

 

―――――

 

ワープの杖で王都へ飛ぶ。

バーハラ在中の家臣を指揮し、本城の復興物資をかき集める。

エッダ家には司祭の派遣を要請した。

 

僕にしかできない仕事のため、アルヴィス卿との会談を取り付けた。

王城の一室で会見する。

 

「戦中の忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」

 

情報収集に各国との交渉、

王都の守護や各家の防備の補助までしているヴェルトマー家。

それなのに涼しい顔で疲労は見えない。

怜悧な眼光と威圧するような雰囲気に圧倒される。

 

「それほど固くならなくて良い。

以前会議で会っているじゃないか」

 

アルヴィス卿は椅子に深く腰掛け、鷹揚に返してくれる。

 

僕を覚えていてくれた。

口ぶりは優しいものだ。

 

「私は君へ謝罪しなければならない。

ヴェルダンの事を察知しきれなかった」

 

頭を下げられてしまった。

最低限の防衛なんて、各家が出来て当たり前の義務なのに。

そんなことすら出来なかった僕らが悪い。

 

「あれは、誰にも読めなかったでしょう。

彼の国に同盟を破ってまで侵攻する合理的な理由がありません。

それに、卿自らが助力していただけたとか」

 

現地の者の話では、空すら染めてしまう何かと隕石が蛮族を倒していたとか。

シグルド様の軍も来てくれたそうだが、そちらの印象が強いと聞いた。

 

アルヴィス卿は事もなさげに言ってのける。

 

「陛下の勅使として赴いただけだ。

ファラフレイムもそれほど使わなかった。

ユリスの方が魔法を使っていたまである」

 

あいつも守ってくれたのか。

僕はイザークで誅罰、あいつは故郷の防衛戦。

学園を出てからも僕たちは変わらない。

二人でなら完璧な作戦を作り上げられる。

 

それに、脱出の時みたいだ。

あの時は僕が補ったが、今回はあいつがやってくれた。

 

「それでも、僕は嬉しいです。

おかげで笑える民も残りました」

 

目を逸らし、何かを思い出すような卿。

 

「その様子だと、被害はあったようだな。

……私にも覚えがある。

疫病で村々を焼いた時のことだ。

全体のために必要なことであっても、恨まれる。

我らの立場では避けられぬこととはいえ、辛いものだ」

 

姉上の母が亡くなった時の事か。

あの時の炎がちらつく。

 

そういえば、火葬してくれたのは目の前にいる卿だった。

無表情で貴人を焼き殺す、恐ろしい人だと思ったものだ。

 

「胸の思いは誰でもいいから、吐き出すといい。

部下に言いづらいのであれば、私たち他の当主でもいい。

我らは別の家、別の血を持つ。

だが、同じ王国に集う者でもある」

 

確かな熱と優しさがこもっている。

 

アルヴィス卿が、このようなことを言ってくれるとは思っていなかった。

いつも中立を保つべく、冷徹な方だとばかり。

 

「あの時、私は何も感じないようにしてやり過ごそうとした。

今思えば、他の当主たちも慰めようとしてくれたが、我が家は中立だ。

頼られることは有っても、頼れない」

 

幼い頃から当主を務めるこの方でも、そのような事があったのか。

僕はまだ人を見る目が足りない。

 

「……卿はどうやって乗り越えたのですか?

僕は、ご婦人方の隠しておきたい部分へ土足で立ち入ってしまった」

 

僕はこの重さから解放されたい。

どうすれば、償えるのだろう。

血しかない無能、貴族の役目すら果たせなかった僕は。

 

「私はユリスに叱られた。

あいつとは言い合いになったよ。

神器を掴んで、感情をぶつけた。

その後アゼルと話していたら気持ちが落ち着いていた」

 

あいつ、本当に神器と対峙していたのか。

 

父上も姉上もその様な事はしない。

姉上は慰めてはくれるだろう。

だが、気持ちを叩きつけ合うようなことは起こりえない。

 

血が繋がらなくとも、ぶつかって来てくれる人。

僕にはそんなのいない。必要とも思ってなかった。

 

「アゼルらしいですね。

一緒にいると自然に心が前を向いている。

弓術が上達しているか不安になった時、僕もアゼルが側にいるだけで落ち着けた」

 

なんだか空気が明るくなった気がする。

アゼルもここに居てくれたらもっと良かった。

 

「私の知らない学園での思い出も興味深い。

だが、君は上に立つ者としてここにいるように見受けられる」

 

そうだった。

僕はユングヴィのアンドレイ。

姿勢を正し、卿の目を見て発言する。

 

「アルヴィス卿にお願いがあります。

僕の縁談をまとめていただきたい」

 

いまだ椅子の背に預けたままだが、眼力だけが強くなった。

 

「まずは説明を聞きたい」

 

状況を把握しているはずだ。

それでも、僕の口から説明させるつもりなのか。

 

「ウルの血が消えかかっているからです。

父上は後妻を娶る気は無い。

直系のブリギッドは行方不明。

我が姉エーディンは侵攻に伴い、拉致されたと目されています。

つまり、僕しか残ってない。

絶やさぬためにも、早急に後継を儲けなければなりません」

 

「その通りだ。聖戦士の血は統治の裏付けに便利だからな」

 

不思議な方だ。

継承者なのにその事を特別視していない。

あくまで、ツールとして捉えている。

 

「現在、グランベル王国のどの家も戦争にかかり切りになっています。

その中で防衛を務めるヴェルトマー家に仲を取り持っていただきたい」

 

「エッダ家の方が手が空いている。

我らは君が思うよりは忙しい」

 

「……僕は現当主クロード様と面識がありません。

それに中立のヴェルトマーの仲介であれば、

どこと繋がろうが国を揺るがすことはありません」

 

「その言い分だと、私に相手も一任すると聞こえるが」

 

「……その通りです。正直にお答えします。

父上は姉上にしか興味がありません。

継承者さえ居れば安定すると考えています。

だから僕の婚姻も、自城の様子も見に来ない」

 

「リング卿は、神器による安心を与えようとしているのだろう。

責めるわけではないが、君では代われない」

 

「……分かっています。

神器の凄まじさはイザークで目に焼き付けました。

スワンチカ。

トールハンマー。

ティルフィング。

どれも敵には回したくない」

 

強兵が一振りで血霧になる。

あの武力が味方なら、誰も不安を抱かない。

 

無意識に拳を握りしめる。

 

「ですが、それでも、彼女たちは今苦しんでいる」

 

祈りの場が、諦念と恐怖で満たされていた。

僕が不甲斐ないばかりに。

 

「僕には聖痕しかない。

それでも、聖戦士だ。

正しき道を貫き、悪を射抜くウルの末裔だ‼」

 

アルヴィス卿の髪を見ていると、あの変人を思い出す。

三年も過ごしたせいで影響されてしまった。

 

「涙を直接拭えずとも、平穏を与えてみせる」

 

彼女達をあのままにはしておけない。

それが、僕の果たすべき責務だ。

 

「君なりの考えを持つことは理解した」

 

アルヴィス卿が椅子から立ち上がる。

影が机越しの僕の眼前にまで届く。

血のような瞳に見下ろされる。

 

「ここが分水嶺だ。ついてきたければ来い。

そうすれば、君を弟たちの友人とは見ない。

一人の、責務を担おうとする者として扱う」

 

背中を向けた。

扉を開け、廊下へ靴音が流れていく。

 

一拍遅れて、僕はその背を追いかける。

 

―――――

 

先ほどの部屋から離れた小部屋に導かれる。

装飾も絵画もない。

机と椅子、それに照明だけだ。

窓すらない。

 

扉の閉まる音がやけに響く。

外部の音はここには届かない。

 

椅子に浅く腰掛けた卿が質問をする。

 

「アンドレイ、望みをもう一度聞こう」

 

先ほどまでの優しさは感じ取れない。

僕のことを一人の男として認めてくれたんだ。

 

「ユングヴィの安定です。そのための縁談を任せたい。

僕は相手に対して一切文句をつけません」

 

あの珍妙な女でもいい。

背中を見せるのは絶対に禁止する。

僕の前だけだ。

 

「論外だ。

君は当主じゃない。許可も取っていないのだろう」

 

見通されている。

 

「……そうです。

ですが、父上は僕のことを見たりしない」

 

「つまり、ヴェルトマーにユングヴィを割る手伝いをしろと言っているのだな」

 

反駁する。

 

「そんなことをしたいわけではありません」

 

赤いのに冷たい瞳に射抜かれる。

あいつとは大違いだ。

 

「なら、国を割る相談か。

王国の政治は絶妙な緊張の上に成り立っている。

そこに中立の我らが介入するとは、そういうことだ」

 

息が苦しい。

卿の魔力だ。

 

ここは粛清部屋だったのか。

この距離では、確実に殺される。

 

声を振り絞る。

 

「本当にそのようなつもりではなかったんです」

 

卿が優しく微笑む。

 

「安心しろ。分かっているさ。

昔は私もこのように詰められた。

気を付けることだ」

 

圧力が消え、肺に空気が戻ってきた。

 

上に立つ者に軽率な発言は許されない。

実感した。

 

「以上の問題点を回避する方法が思いつくか」

 

卿は僕のことを鍛えようとしてくれている。

父上はしてくれなかった。

 

「父上に決めてもらうことです。

ですが、時間がかかりすぎる。

姉上含め、縁談に一切手を付けていない」

 

許嫁が居れば良かった。

これまで訓練時間が減るとしか捉えていなかったツケだ。

 

「簡単だ。リング卿に許可を取ればいい。

許しがあれば解決する。

相手はヴェルトマーに一任すると念書をいただければ、面倒を見てもいい。

それをエッダ家にも追認してもらえば、政治上の問題は少ない」

 

委任状を得るということか。

父上なら面倒を押し付けられると、直ぐに書いてくれるだろう。

同じく戦地にいる王子や諸侯にもそのことを直ぐに伝えられる。

 

「だが、最大の疑問が残る」

 

問題は全て解決されるはずだ。

卿の手間を除いては。

 

「君はリング卿を排するつもりか」

 

「……」

 

父上は、良い当主とは言えない。

だが、直系だ。

それに親だ。

 

「そのつもりが無いのであれば、話は進めない。

そうでなければ、君はただの我儘なお坊ちゃんだ」

 

家同士を繋ぐ一大事。

家長が差配すべきこと。

それを他所に願い出て決めようとしている。

父上を押し退けると言っているに等しい。

反逆の意思有りとして、命をとられてもおかしくない。

だが、瓦礫の上で弓に誓った。

 

そのつもりとは、父上を……。

殺す……しかないのか。

だが……。

 

赤髪が目に入る。

 

そうだ、言葉は額面通りにとるべきじゃない。

 

「時間はどの程度いただけますか?

一年以上いただけるのであれば、私が当主になれます」

 

父上の支持は騎士団からすらも低い。

領民も一大事に戻ってこない領主を慕うことはない。

僕がユングヴィを復興し、支持基盤を作り上げる。

 

継承者を実践で超える。

なんとも、僕らしいじゃないか。

 

「良い返しだ。

それが出来るなら、もうリング卿を超えている」

 

一瞬、目元が緩んだ。

お眼鏡にはかなったようだ。

 

「お言葉ですが、そこまで父上は悪くないですよ」

 

何とも言えない顔だ。

そこまでなのか。申し訳なくなってくる。

 

「本来ならば、君は相手に対して利益を示さなければならない。

だが、初陣を切り抜けた祝いだ。勘弁しよう」

 

そうだ、相手に利がない。

これではただ甘えただけだ。

 

臍を噛む。

 

「今後短い期間だが私について周るといい。

顔つなぎくらいはしてやる。存分に活かして見せろ」

 

卿は利益もないのに、僕を導いてくれるつもりだ。

父上の代わりに、教授してくれるんだ。

 

他家であれば、癒着を疑われ政治的失点になる。

だが、ヴェルトマーなら問題ない。

これが均衡を担い続ける中立か。

 

今は何も返すことが出来ない。

だが、未来は違う。

 

努力は得意なんだ。

この師に報い、彼女たちに安寧をもたらして見せる。

 

―――――

 

朝の陽ざしが机を照らしている。

どこからか子供の声もかすかに聞こえる。

僕は一人、王宮の控室で時間を待つ。

 

エッダ家、ヴェルトマー家主催による若年貴族交流会。

戦争の影響で、学園は貴族子弟交流の機能が果たせなくなった。

代わりに、派閥色の薄い家がこの場を用意した。

 

各聖戦士一門ごとに、戦争に行かない若手を引き連れて参加する。

聖痕持ちや年長の者が引率を務める。

だからそのような声が聞こえたのだろう。

 

僕の周りには誰もいない。

本領が侵されて、参加する余裕はない。

だが、師から僕の妻と引き合わせると伝えられている。

 

彼は、あの会談の後も僕の面倒を見てくれた。

ユングヴィ復興資材も融通し、王宮へ代官の要請も手伝っていただいた。

炎の紋章は悪を焼き尽くすだけだと思っていたが、そうではなかった。

 

考えてみれば、あのアゼルの兄上だ。

当たり前だったな。

 

それにどの様な者でもいいのか、

要望は無いかと婚姻相手の条件を確認してくれた。

彼の選ぶ人間なら、文句はない。今なら本心からそう思える。

例え、どれだけ破天荒な者だろうが。

 

騒々しい足音が廊下から聞こえる。

扉が大きな音を立てて押し開けられた。

 

「あんた怪我してない⁉」

 

相変わらず声が大きい。

ここは学園ではないというのに。

 

「僕は弓騎兵だぞ。損傷するような運用は論外だ」

 

露骨に安心した顔のティルテュ。

感情を隠すことをしない女だ。

 

続いて扉を潜り、戸を閉める赤髪の小女。

 

「無事でよかった」

 

君たちは配下の子供たちを統率する立場だろうに。

僕の元に駆けつけている場合か。

 

「君は我が家を守りに来てくれたそうじゃないか。

感謝する」

 

「そうなの⁉

ユリス、ヴェルダンと戦ったの⁉」

 

君は知らなかったのか。

仲がいいのだから、把握しておくべきだ。

 

「隕石パラダイス。

気を付けたけど、跡地は問題なかった?」

 

こいつがメティオを使ったのか。

想像以上にヴェルトマーは助力してくれたらしい。

やはり、師は見た目に反して情に厚い方だ。

 

「火災などは報告されていない。

むしろ、その隕石で一部の侵入者は逃げ帰ったそうだ」

 

「頑張ったのね、ユリス。

頭撫でたげる」

 

ティルテュに抱きしめられて、なすがままにされている。

腕の中から問いを投げてくる。

 

「神器はどうだった?」

 

「正直、恐ろしいとしか言いようがない。

イチイバルだけだと思っていたが、他の神器も戦略を変えうる」

 

継承者は僕たち印持ちよりも強くなる*2

そこにあれだけの兵器が加われば、文字通り一騎当千だ。

 

「どうやって倒す?

私は学園の頃から考えてる」

 

「無理に決まってるわ‼

なんたって、お父さまが使ってるんだもの‼

それにお兄さまの方がもっと強い‼」

 

トールハンマーも凄まじかった。

雷が空からでなく、突如空間を裂いて現れた。

対峙するとしたら、どこへ意識を割けばいいのか分からない。

 

ティルテュが見せびらかしたトローンとも似ている。

だが、それは術者から電撃が伸びていた。

 

「まだそんなことやってるのか、君は。

戦うべきじゃない。それに尽きる」

 

「それはそう。

だけど考えることで運用上の注意も見つけられる」

 

対策の考察は防衛戦術、及び外交戦略上有用だ。

だが、あの力を見せつけられても言えるのは君くらいだ。

 

僕には、する気が起きない。

だから、そんな愚か者を近くに置くべきだ。

 

撫でまわすのに飽きたのか、ティルテュが解放する。

 

「それよりも、イザークで足りない物はない?

お父さまに送ってあげたいの」

 

ティルテュは一切変わっていない。

学園から脱出すらしてしまう家族愛だ。

 

僕にはそんな贈り物が来ない。

 

「国家をあげた戦争だから不足はない。

それに、ピクニックじゃないんだ。余計な物は邪魔になる。

行軍訓練を忘れたか」

 

「分かってるわよ‼」

 

数か月も経っていないのに、学園がもう遠い思い出のように思える。

アゼルとレックスもサボらず来るべきだった。

 

「つまり、実用的だけど足りないような物を送ればいい。

例えば、椿油とか」

 

ユリスは誇らしげに香油瓶を突き出している。

この椿瓶を使って何度も髪を整えてもらった。

相変わらず彫刻が薄れて鈍い色だ。

 

これの逸話も何度も聞いた。

サディストがたまに見せる優しさは効くとか。

 

「ユリスが好きなだけでしょ‼

戦場で髪をやる余裕はないでしょ‼」

 

「傷口に塗れば応急処置になる。

補給不足の時は飲める」

 

「だから、兵力も補給は十分だ。

直前に言ったことも覚えられなくなったか。

卒業して弛んだな」

 

「ならば、ヒルダ様考案の卑劣な技を授けよう。

アゼルには内緒」

 

その方はアグストリアとの国境を任されていると聞いている。

噂では力とそのカリスマで学園を支配したとか。

脱走の際に会ってみたかった。

 

その方の策、聞き逃す手はない。

 

「お姉さまの秘技。ヤバそう」

 

椿油を使うとは一体。

火矢なら普通の油で事足りるはず。

費用がかかる以上、それに見合う規模か、戦術的な効果が高いはず。

 

ユリスは瓶を机に置き、離れた。

何か瓶に仕掛けがあるのか。

 

「相手に投げつけて、ファイアー。

相手は死ぬ」

 

片手を振りかぶる動作をしている。

 

「サンダー用のは無いの?」

 

そうじゃないだろう。

 

「君は馬鹿か。

投げて当てる以上、接近戦でしか使えない。

その隙に切られるぞ。全く実践的じゃない」

 

「……ボコボコ。ヒルダ様かわいそ。

これにお世話になったことを思い出すべき」

 

ティルテュへ飛びつき、撫でまわすユリス。

負けじとティルテュも撫で返す。

 

二人とも最初の見る影はない。

折角の髪型も衣装も崩れている。

僕が戦場に行っている間も、こいつらはこんな風だったんだろうな。

 

チラリと、肌が覗く。

聖堂の彼女たちがよぎる。

彼女たちもお互いに身を寄せていた。

かき集めたぼろ布で必死に隠しながら。

 

僕が負けてしまえば、こいつらもああなってしまうのだろうか。

この瓶を、届きもしないのに、僕に投げつけるのか。

 

それは、嫌だ。

 

頭が撫でられる。

 

「頑張ったね。ここは戦場じゃないよ」

 

また、こいつか。

反則だ。

何も考えられなくなる。

 

「しかたないわねぇ~。

あたしも撫でてあげるわ‼

イシュトーで磨き上げた腕を披露してあげる‼」

 

反対側からも撫でられる。

もう少し強い方が好みだ。

訓練が足りないな。

 

「ほら、またお世話になるよ」

 

瓶を振り、見せびらかしてくる。

いつの間にか、櫛が反対の手に握られている。

 

髪と櫛が擦れる音。

それだけが聞こえる。

あの雷娘も静かに微笑んでいる。

 

この時間が続いてほしい。

君達を、ああはさせない。

*1
エーディンの双子の姉。アンドレイとは異母姉弟(資料集情報らしい)。

本作ではその設定を採用している。

*2
直系はHP以外のステータスの成長率も100%を超えることがある。

例:ユリア(魔力成長率100%)。




アルヴィスポイントを稼いだアンドレイ君には、ヴェルトマー一門からいいお嫁さんを出してあげないとね。好みのタイプは報告書で知ってるしね。

直接出てこないですが、参考までに。

ブリギッド
https://guide.fire-emblem-heroes.com/03002001000551-2/
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。