ゲーム的には、☆2で周囲3マスの味方に回避・命中に+10%の効果を与えられます。
☆が一つ増えるにつき+10%増加。つまり、☆5だと+40%。
バグ以外で元々の数値を変えることはできません。
☆5:作中7人、アルヴィスやエルトシャンが該当。
トラキアの盾ことハンニバル以外は全員直系。
☆4:作中10人、アンドレイやブルーム、マンフロイ、リデールが該当。
後半二人とライザ以外は神の血を持つ者です。
☆2:シグルドやシャガールが等該当。賊から王まで幅広い。
天幕内で家臣団との軍議の最中、伝令が飛んできた。
随分汚れているが、こいつには覚えがある。
姉上の元に居たはずだ。
立っているのもやっとの状態で告げた。
「ユングヴィが襲われました‼」
父上が反射的に叫ぶ。
「そんなはずはない」
かがり火が揺れる。
誰も動けない。
僕は伝令に肩を貸してやる。
机上にある僕の飲み物をゆっくりと飲ませる。
落ち着かせることを意識し、声を出す。
「状況を正確に伝えろ。
焦らなくていい」
彼は杯を押しのけた。
「ヴェルダン王国が突如攻めて来ました。
シグルド公子が防衛の援助にまわってくれています。
出発時は保っていましたが、そう長くは……」
何故だ。
手薄な防備を抜けても、占領統治が出来るはずはない。
大した利益を得られない。
「エーディンは無事か⁉」
「……姫は城に最後まで残られました」
支えている男が嗚咽を漏らし始めた。
姉上も末裔としての努めを果たしたか……。
「そんな……エーディンまで……」
父上は憔悴してしまった。
戦場でこれは不味い。
帰らせるべきだ。
一呼吸置いて、発言する。
「父上、一度ユングヴィの様子を見に行っていただきたい」
「……駄目だ。
この戦が終われば、アグストリアにもブリギッド*1を探しに行ける。
今抜けたら、約束を果たせなくなる」
王子と密約でもあったのか。
……こんな時まで、姉上。
だが、僕たちの家を放っては置けない。
バイゲリッター達も浮き足立ってしまう。
僕が行くしかないか。
「僕が向かいましょう。
ここで初陣も済ませました。
それに蛮族の剣技とも鎬を削った。
同じ蛮族といっても、所詮ヴェルダン。
鎧袖一触どころか、トンボとりのようなものです」
「そうか……助かる。
エーディンのこと、頼んだぞ」
僕が抜けることには何もなしか。
エーディン姉上までも……。
僕が挫けてはいけない。
ウルの末裔は挫けない。
指示を飛ばす。
「選抜した者だけを連れて行く。
僕がいるから腕はいい。
顔が広い者と、実務を担える者を選んでおけ。
僕は王子と諸侯に伝えてくる」
外套を羽織り、天幕を抜ける。
父上はいまだ椅子から立ち上がろうともしない。
―――――
遠くに故郷が見えてきた。
ワープと馬を酷使して、ようやくたどり着いた。
出立の時の姿とは変わってしまっている。
城壁はところどころ崩れ、大門は閉じきれなくなっている。
隣の騎士が僕に警告する。
「アンドレイ様。
御覚悟ください。
ここは別の戦場です」
「……略奪の跡を見るということか。
分かっている」
蛮族どもめ。
普段は材木の取引をしていたくせに、不意打ちとは非道だ。
手綱を握りしめる。
「それもあります。
ですが民から襲われることも考えられます。
守れなかった我らへ憤りをぶつけるしかやりようがないのです」
「あり得ない。
僕はユングヴィの公子だぞ。
これまで我が家が守ってきた」
聖戦の末裔が自領で貶められるなどあり得ない。
この騎士もあまりのことに動転しているのだろう。
休ませる暇はないが、気を配ってやるのも務めだ。
「鎧は緩めてはなりません。
貴方が健在ならば、民も安心します」
当たり前だ。
馬を早足で進める。
―――――
城内は変わり果てていた。
家々は崩れ、石畳が抉れ、馬上が揺れる。
遠くから声が聞こえる。
「ウルの旗だ‼
来てくれたんだ‼」
子供たちが走り寄ってきた。
どれも小汚く、臭いがする。
騎士が、響き渡るように叫ぶ。
「散れ。
こちらにおわすは、ウルの末裔にしてユングヴィ公子アンドレイ様である」
大男にたじろいだのか、煤だらけの子供たちは口を開けたまま黙った。
その声が聞こえたのか、建物の影から人々が這い出してきた。
この子供たちよりも窶れている。
「やっぱり‼
帰って来たんだ‼
俺たちは見放されてなかった‼」
笑顔で飛び跳ね始める子供。
つられて大人たちも騒ぎ出した。
口々に我が家に対する賞賛の声をあげる。
やはり、末裔が蔑ろにされるなどあり得ない。
取り越し苦労だったな。
瓦礫になった街でも、明るさは残っている。
―――――
騎士たちが人々を統制し、移動の邪魔をさせない。
館は略奪に会い、まともに使えそうにないらしい。
状況確認のため、騎士に教会へ先導された。
大聖堂の外観は変わらない。
子供の時の洗礼もここでやった。
出立式の時のままだ。
神聖な場所には手を出さない分別は残っていたか。
中から年老いたシスターが飛び出してきた。
僕らの前に立ちはだかる。
「教会で何かあったのか。
僕はユングヴィのアンドレイ。もう大丈夫だ」
何とも言えない顔で返答する。
「よくお戻りになられました。
……ここから先は……」
言いづらそうな気配がある。
騎士から声がかけられる。
「アンドレイ様、御覚悟を。
シスター、我らはここで話を聞かせていただきたい」
「……ありがとうございます。
ですが、もう少し離れた場所でお願いします」
シスターが僕を疎んでいるわけではなさそうだ。
事情があるのは分かるが、その先が読めない。
「緊急時だ。僕たちには時間がない。
ここで話せ」
教会の窓を指差し、懇願するシスター。
こちらを伺うような影が複数見える。
「……お願いします」
これが、騎士の言っていたことか。
反乱分子が城内に潜んでいる。
この老女は脅されているのだろう。
蛮人が故郷に潜んでいる。
それも聖堂の中に。
卑劣だ。許せない。
老女の肩に手を置き、怪我をさせぬよう、
だが抵抗させない力で横に動かす。
「僕に任せろ」
階段を駆け上がり、教会の門を蹴り開ける。
後ろから老婆の哀願が聞こえる。
―――――
教会の中は普段よりも暗く淀んでいた。
長椅子が撤去され、薄汚い布が並んでいる。
先ほどとは別種の不快な臭いがする。
あの静謐な空気は残っていない。
「出てけ‼」
横から燭台が振りかぶられる。
反射的に掴みとり、ねじり上げた。
敵を床に転がす。
蛮人が。そんなもの当たらない。
奪い取った燭台の先でローブをめくりあげ、下手人の顔を曝す。
若い女だ。
怯えている。
「う……ぁあっ‼」
身をかき抱き、這いつくばりながら奥へ逃げていく。
その先には、布を身に巻き付けた集団がある。
燭台やろうそくをこちらに構えている。
ヴェルダンの蛮族が潜んでいるのでは無いのか。
なぜ、僕を見てそんな顔をする。
「僕はユングヴィのアンドレイだ。聖痕持ちだ。
敵じゃない。守りに来た」
集団の中から返答があった。
「なんで私たちは辱められたんだ‼」
怒号が続く。
「娘は攫われていった‼
なにも守れちゃいない‼
私も……」
泣き声が混じり始める。
そちらが優勢になり、最後はすすり泣く音だけになった。
「……僕は、」
何を言っていいのか分からない。
それでも、彼女たちの涙を拭うくらいはしなければならない。
燭台を離し、一歩踏みだす
「く゛る゛な゛‼」
ろうそくが飛んできた。
石床に落ちて乾いた音が響く。
布切れ、すり棒、櫛。
雑多なものが投げられて、落ちる。
僕には一つも届かない。
それなのに、こんなにも痛い。
もし僕が、継承者だったなら。
高い天井に反響し、
やがて、またすすり泣きだけが残る。
「アンドレイ様、行きましょう」
いつの間にか、シスターが背後にいた。
優しく肩に手が置かれている。
その力に任せて、僕は彼女たちに背を向ける。
―――――
門をゆっくりと閉める。
冷たい風が頬を撫でる。
階段を一段一段降り、教会から離れる。
この女性と会った場所より遠い、小さな公園だった場所。
あそこの臭いも空気の重さもない。
シスターが僕を瓦礫の上に座らせ、話し始める。
「アンドレイ様はまだお若い。
だから、彼女たちを怖がらせてしまったのです。
私は落ち着けてまいります」
言い終わるなり、行ってしまった。
その背を見送ることしかできない。
見えなくなった頃、隣の騎士が切り出してきた。
「私の見通しが甘かった。
アンドレイ様はまだ戦場しかご存じでなかった。
この一件が終わりましたら、私をいかようにでもなさってください。
代わりに、彼女たちだけはお許しを」
「あぁ……」
誰かを罰するなんて出来ない。
僕が悪い。
言ってくれなくちゃ、わからないじゃないか。
騎士が僕の肩を掴む。
痛い。
「アンドレイ様、思いを吐き出した方がよろしい。
先ほどのことは、衝撃的過ぎた。
上に立つ者は最後まで壊れてはいけない」
「……僕は、聖戦士の末裔で、帰ればみんなを安心させられると思ってた」
「子供たちを思い出してください。
大人たちだって、あれほど喜んでいました」
労わるような声で答えてくれる。
出迎えてくれた者たちよりも、あの泣き声がこびりついている。
「でも、彼女たちは……恐れていた。
僕を……」
僕だからじゃない。
末裔だからでもない。
若い男が入ってきたからだ。
あの中に姉上はいないのだろうか。
エーディン姉上があのようになって欲しくない。
でも、姉が一人も残らなくなるのも嫌だ。
父上が今より幻影を追いかけてしまう。
「それは貴方のせいではない。
不敬を承知で申します。
当主様が悪いのです」
「父上は‼
父上は……」
父上は、姉上の事ばかり考えている。
僕の代わりに来れば、多くの民を安心させられた。
きっと、彼女たちを苦しませるようなことだってなかった。
僕たちの故郷が傷つけられても、見つかるはずのない姉上を優先している。
鎧が残った石畳を叩く。
騎士が僕の正面で、跪いている。
「アンドレイ様、お願いがあります」
頭を垂れて、両手で弓を差し出してきた。
首をかけるつもりだ。
「ユングヴィを、我らバイゲリッターの故郷を安定させてください。
御当主は捜索のため、国力を切り崩すばかりです。
だからこんなにも早く落ちてしまった。
存在しないブリギッド様より、
我らと戦ったアンドレイ様に未来を託させていただきたい」
この騎士の名前すら知らない。
それでも、共に戦っていた。
騎士は戦場で散るものだ。
それでも、命を懸けて進言をしてくれている。
父上でも姉上でもない。
ここには、こんな僕しかいない。
弓が陽光を反射する。
使い込まれて、細かな傷だらけ。
イチイバルとは比べ物にならない。
それでも、弓だ。
僕たちの信条は砕けてない。
汗にまみれた手で弓を押し戻す。
力が出ず、触るだけになった。
「貴様の首で何が得られる。
それよりも行政を復活させろ。
僕はヴェルトマーへ頭を下げに行く」
顔を上げて呆けている男の腕をつかむ。
無理やり立たせて、肩を叩く。
「僕たちを責務が待っている。動け」
瓦礫の上を進んでいく。
―――――
ワープの杖で王都へ飛ぶ。
バーハラ在中の家臣を指揮し、本城の復興物資をかき集める。
エッダ家には司祭の派遣を要請した。
僕にしかできない仕事のため、アルヴィス卿との会談を取り付けた。
王城の一室で会見する。
「戦中の忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」
情報収集に各国との交渉、
王都の守護や各家の防備の補助までしているヴェルトマー家。
それなのに涼しい顔で疲労は見えない。
怜悧な眼光と威圧するような雰囲気に圧倒される。
「それほど固くならなくて良い。
以前会議で会っているじゃないか」
アルヴィス卿は椅子に深く腰掛け、鷹揚に返してくれる。
僕を覚えていてくれた。
口ぶりは優しいものだ。
「私は君へ謝罪しなければならない。
ヴェルダンの事を察知しきれなかった」
頭を下げられてしまった。
最低限の防衛なんて、各家が出来て当たり前の義務なのに。
そんなことすら出来なかった僕らが悪い。
「あれは、誰にも読めなかったでしょう。
彼の国に同盟を破ってまで侵攻する合理的な理由がありません。
それに、卿自らが助力していただけたとか」
現地の者の話では、空すら染めてしまう何かと隕石が蛮族を倒していたとか。
シグルド様の軍も来てくれたそうだが、そちらの印象が強いと聞いた。
アルヴィス卿は事もなさげに言ってのける。
「陛下の勅使として赴いただけだ。
ファラフレイムもそれほど使わなかった。
ユリスの方が魔法を使っていたまである」
あいつも守ってくれたのか。
僕はイザークで誅罰、あいつは故郷の防衛戦。
学園を出てからも僕たちは変わらない。
二人でなら完璧な作戦を作り上げられる。
それに、脱出の時みたいだ。
あの時は僕が補ったが、今回はあいつがやってくれた。
「それでも、僕は嬉しいです。
おかげで笑える民も残りました」
目を逸らし、何かを思い出すような卿。
「その様子だと、被害はあったようだな。
……私にも覚えがある。
疫病で村々を焼いた時のことだ。
全体のために必要なことであっても、恨まれる。
我らの立場では避けられぬこととはいえ、辛いものだ」
姉上の母が亡くなった時の事か。
あの時の炎がちらつく。
そういえば、火葬してくれたのは目の前にいる卿だった。
無表情で貴人を焼き殺す、恐ろしい人だと思ったものだ。
「胸の思いは誰でもいいから、吐き出すといい。
部下に言いづらいのであれば、私たち他の当主でもいい。
我らは別の家、別の血を持つ。
だが、同じ王国に集う者でもある」
確かな熱と優しさがこもっている。
アルヴィス卿が、このようなことを言ってくれるとは思っていなかった。
いつも中立を保つべく、冷徹な方だとばかり。
「あの時、私は何も感じないようにしてやり過ごそうとした。
今思えば、他の当主たちも慰めようとしてくれたが、我が家は中立だ。
頼られることは有っても、頼れない」
幼い頃から当主を務めるこの方でも、そのような事があったのか。
僕はまだ人を見る目が足りない。
「……卿はどうやって乗り越えたのですか?
僕は、ご婦人方の隠しておきたい部分へ土足で立ち入ってしまった」
僕はこの重さから解放されたい。
どうすれば、償えるのだろう。
血しかない無能、貴族の役目すら果たせなかった僕は。
「私はユリスに叱られた。
あいつとは言い合いになったよ。
神器を掴んで、感情をぶつけた。
その後アゼルと話していたら気持ちが落ち着いていた」
あいつ、本当に神器と対峙していたのか。
父上も姉上もその様な事はしない。
姉上は慰めてはくれるだろう。
だが、気持ちを叩きつけ合うようなことは起こりえない。
血が繋がらなくとも、ぶつかって来てくれる人。
僕にはそんなのいない。必要とも思ってなかった。
「アゼルらしいですね。
一緒にいると自然に心が前を向いている。
弓術が上達しているか不安になった時、僕もアゼルが側にいるだけで落ち着けた」
なんだか空気が明るくなった気がする。
アゼルもここに居てくれたらもっと良かった。
「私の知らない学園での思い出も興味深い。
だが、君は上に立つ者としてここにいるように見受けられる」
そうだった。
僕はユングヴィのアンドレイ。
姿勢を正し、卿の目を見て発言する。
「アルヴィス卿にお願いがあります。
僕の縁談をまとめていただきたい」
いまだ椅子の背に預けたままだが、眼力だけが強くなった。
「まずは説明を聞きたい」
状況を把握しているはずだ。
それでも、僕の口から説明させるつもりなのか。
「ウルの血が消えかかっているからです。
父上は後妻を娶る気は無い。
直系のブリギッドは行方不明。
我が姉エーディンは侵攻に伴い、拉致されたと目されています。
つまり、僕しか残ってない。
絶やさぬためにも、早急に後継を儲けなければなりません」
「その通りだ。聖戦士の血は統治の裏付けに便利だからな」
不思議な方だ。
継承者なのにその事を特別視していない。
あくまで、ツールとして捉えている。
「現在、グランベル王国のどの家も戦争にかかり切りになっています。
その中で防衛を務めるヴェルトマー家に仲を取り持っていただきたい」
「エッダ家の方が手が空いている。
我らは君が思うよりは忙しい」
「……僕は現当主クロード様と面識がありません。
それに中立のヴェルトマーの仲介であれば、
どこと繋がろうが国を揺るがすことはありません」
「その言い分だと、私に相手も一任すると聞こえるが」
「……その通りです。正直にお答えします。
父上は姉上にしか興味がありません。
継承者さえ居れば安定すると考えています。
だから僕の婚姻も、自城の様子も見に来ない」
「リング卿は、神器による安心を与えようとしているのだろう。
責めるわけではないが、君では代われない」
「……分かっています。
神器の凄まじさはイザークで目に焼き付けました。
スワンチカ。
トールハンマー。
ティルフィング。
どれも敵には回したくない」
強兵が一振りで血霧になる。
あの武力が味方なら、誰も不安を抱かない。
無意識に拳を握りしめる。
「ですが、それでも、彼女たちは今苦しんでいる」
祈りの場が、諦念と恐怖で満たされていた。
僕が不甲斐ないばかりに。
「僕には聖痕しかない。
それでも、聖戦士だ。
正しき道を貫き、悪を射抜くウルの末裔だ‼」
アルヴィス卿の髪を見ていると、あの変人を思い出す。
三年も過ごしたせいで影響されてしまった。
「涙を直接拭えずとも、平穏を与えてみせる」
彼女達をあのままにはしておけない。
それが、僕の果たすべき責務だ。
「君なりの考えを持つことは理解した」
アルヴィス卿が椅子から立ち上がる。
影が机越しの僕の眼前にまで届く。
血のような瞳に見下ろされる。
「ここが分水嶺だ。ついてきたければ来い。
そうすれば、君を弟たちの友人とは見ない。
一人の、責務を担おうとする者として扱う」
背中を向けた。
扉を開け、廊下へ靴音が流れていく。
一拍遅れて、僕はその背を追いかける。
―――――
先ほどの部屋から離れた小部屋に導かれる。
装飾も絵画もない。
机と椅子、それに照明だけだ。
窓すらない。
扉の閉まる音がやけに響く。
外部の音はここには届かない。
椅子に浅く腰掛けた卿が質問をする。
「アンドレイ、望みをもう一度聞こう」
先ほどまでの優しさは感じ取れない。
僕のことを一人の男として認めてくれたんだ。
「ユングヴィの安定です。そのための縁談を任せたい。
僕は相手に対して一切文句をつけません」
あの珍妙な女でもいい。
背中を見せるのは絶対に禁止する。
僕の前だけだ。
「論外だ。
君は当主じゃない。許可も取っていないのだろう」
見通されている。
「……そうです。
ですが、父上は僕のことを見たりしない」
「つまり、ヴェルトマーにユングヴィを割る手伝いをしろと言っているのだな」
反駁する。
「そんなことをしたいわけではありません」
赤いのに冷たい瞳に射抜かれる。
あいつとは大違いだ。
「なら、国を割る相談か。
王国の政治は絶妙な緊張の上に成り立っている。
そこに中立の我らが介入するとは、そういうことだ」
息が苦しい。
卿の魔力だ。
ここは粛清部屋だったのか。
この距離では、確実に殺される。
声を振り絞る。
「本当にそのようなつもりではなかったんです」
卿が優しく微笑む。
「安心しろ。分かっているさ。
昔は私もこのように詰められた。
気を付けることだ」
圧力が消え、肺に空気が戻ってきた。
上に立つ者に軽率な発言は許されない。
実感した。
「以上の問題点を回避する方法が思いつくか」
卿は僕のことを鍛えようとしてくれている。
父上はしてくれなかった。
「父上に決めてもらうことです。
ですが、時間がかかりすぎる。
姉上含め、縁談に一切手を付けていない」
許嫁が居れば良かった。
これまで訓練時間が減るとしか捉えていなかったツケだ。
「簡単だ。リング卿に許可を取ればいい。
許しがあれば解決する。
相手はヴェルトマーに一任すると念書をいただければ、面倒を見てもいい。
それをエッダ家にも追認してもらえば、政治上の問題は少ない」
委任状を得るということか。
父上なら面倒を押し付けられると、直ぐに書いてくれるだろう。
同じく戦地にいる王子や諸侯にもそのことを直ぐに伝えられる。
「だが、最大の疑問が残る」
問題は全て解決されるはずだ。
卿の手間を除いては。
「君はリング卿を排するつもりか」
「……」
父上は、良い当主とは言えない。
だが、直系だ。
それに親だ。
「そのつもりが無いのであれば、話は進めない。
そうでなければ、君はただの我儘なお坊ちゃんだ」
家同士を繋ぐ一大事。
家長が差配すべきこと。
それを他所に願い出て決めようとしている。
父上を押し退けると言っているに等しい。
反逆の意思有りとして、命をとられてもおかしくない。
だが、瓦礫の上で弓に誓った。
そのつもりとは、父上を……。
殺す……しかないのか。
だが……。
赤髪が目に入る。
そうだ、言葉は額面通りにとるべきじゃない。
「時間はどの程度いただけますか?
一年以上いただけるのであれば、私が当主になれます」
父上の支持は騎士団からすらも低い。
領民も一大事に戻ってこない領主を慕うことはない。
僕がユングヴィを復興し、支持基盤を作り上げる。
継承者を実践で超える。
なんとも、僕らしいじゃないか。
「良い返しだ。
それが出来るなら、もうリング卿を超えている」
一瞬、目元が緩んだ。
お眼鏡にはかなったようだ。
「お言葉ですが、そこまで父上は悪くないですよ」
何とも言えない顔だ。
そこまでなのか。申し訳なくなってくる。
「本来ならば、君は相手に対して利益を示さなければならない。
だが、初陣を切り抜けた祝いだ。勘弁しよう」
そうだ、相手に利がない。
これではただ甘えただけだ。
臍を噛む。
「今後短い期間だが私について周るといい。
顔つなぎくらいはしてやる。存分に活かして見せろ」
卿は利益もないのに、僕を導いてくれるつもりだ。
父上の代わりに、教授してくれるんだ。
他家であれば、癒着を疑われ政治的失点になる。
だが、ヴェルトマーなら問題ない。
これが均衡を担い続ける中立か。
今は何も返すことが出来ない。
だが、未来は違う。
努力は得意なんだ。
この師に報い、彼女たちに安寧をもたらして見せる。
―――――
朝の陽ざしが机を照らしている。
どこからか子供の声もかすかに聞こえる。
僕は一人、王宮の控室で時間を待つ。
エッダ家、ヴェルトマー家主催による若年貴族交流会。
戦争の影響で、学園は貴族子弟交流の機能が果たせなくなった。
代わりに、派閥色の薄い家がこの場を用意した。
各聖戦士一門ごとに、戦争に行かない若手を引き連れて参加する。
聖痕持ちや年長の者が引率を務める。
だからそのような声が聞こえたのだろう。
僕の周りには誰もいない。
本領が侵されて、参加する余裕はない。
だが、師から僕の妻と引き合わせると伝えられている。
彼は、あの会談の後も僕の面倒を見てくれた。
ユングヴィ復興資材も融通し、王宮へ代官の要請も手伝っていただいた。
炎の紋章は悪を焼き尽くすだけだと思っていたが、そうではなかった。
考えてみれば、あのアゼルの兄上だ。
当たり前だったな。
それにどの様な者でもいいのか、
要望は無いかと婚姻相手の条件を確認してくれた。
彼の選ぶ人間なら、文句はない。今なら本心からそう思える。
例え、どれだけ破天荒な者だろうが。
騒々しい足音が廊下から聞こえる。
扉が大きな音を立てて押し開けられた。
「あんた怪我してない⁉」
相変わらず声が大きい。
ここは学園ではないというのに。
「僕は弓騎兵だぞ。損傷するような運用は論外だ」
露骨に安心した顔のティルテュ。
感情を隠すことをしない女だ。
続いて扉を潜り、戸を閉める赤髪の小女。
「無事でよかった」
君たちは配下の子供たちを統率する立場だろうに。
僕の元に駆けつけている場合か。
「君は我が家を守りに来てくれたそうじゃないか。
感謝する」
「そうなの⁉
ユリス、ヴェルダンと戦ったの⁉」
君は知らなかったのか。
仲がいいのだから、把握しておくべきだ。
「隕石パラダイス。
気を付けたけど、跡地は問題なかった?」
こいつがメティオを使ったのか。
想像以上にヴェルトマーは助力してくれたらしい。
やはり、師は見た目に反して情に厚い方だ。
「火災などは報告されていない。
むしろ、その隕石で一部の侵入者は逃げ帰ったそうだ」
「頑張ったのね、ユリス。
頭撫でたげる」
ティルテュに抱きしめられて、なすがままにされている。
腕の中から問いを投げてくる。
「神器はどうだった?」
「正直、恐ろしいとしか言いようがない。
イチイバルだけだと思っていたが、他の神器も戦略を変えうる」
継承者は僕たち印持ちよりも強くなる*2。
そこにあれだけの兵器が加われば、文字通り一騎当千だ。
「どうやって倒す?
私は学園の頃から考えてる」
「無理に決まってるわ‼
なんたって、お父さまが使ってるんだもの‼
それにお兄さまの方がもっと強い‼」
トールハンマーも凄まじかった。
雷が空からでなく、突如空間を裂いて現れた。
対峙するとしたら、どこへ意識を割けばいいのか分からない。
ティルテュが見せびらかしたトローンとも似ている。
だが、それは術者から電撃が伸びていた。
「まだそんなことやってるのか、君は。
戦うべきじゃない。それに尽きる」
「それはそう。
だけど考えることで運用上の注意も見つけられる」
対策の考察は防衛戦術、及び外交戦略上有用だ。
だが、あの力を見せつけられても言えるのは君くらいだ。
僕には、する気が起きない。
だから、そんな愚か者を近くに置くべきだ。
撫でまわすのに飽きたのか、ティルテュが解放する。
「それよりも、イザークで足りない物はない?
お父さまに送ってあげたいの」
ティルテュは一切変わっていない。
学園から脱出すらしてしまう家族愛だ。
僕にはそんな贈り物が来ない。
「国家をあげた戦争だから不足はない。
それに、ピクニックじゃないんだ。余計な物は邪魔になる。
行軍訓練を忘れたか」
「分かってるわよ‼」
数か月も経っていないのに、学園がもう遠い思い出のように思える。
アゼルとレックスもサボらず来るべきだった。
「つまり、実用的だけど足りないような物を送ればいい。
例えば、椿油とか」
ユリスは誇らしげに香油瓶を突き出している。
この椿瓶を使って何度も髪を整えてもらった。
相変わらず彫刻が薄れて鈍い色だ。
これの逸話も何度も聞いた。
サディストがたまに見せる優しさは効くとか。
「ユリスが好きなだけでしょ‼
戦場で髪をやる余裕はないでしょ‼」
「傷口に塗れば応急処置になる。
補給不足の時は飲める」
「だから、兵力も補給は十分だ。
直前に言ったことも覚えられなくなったか。
卒業して弛んだな」
「ならば、ヒルダ様考案の卑劣な技を授けよう。
アゼルには内緒」
その方はアグストリアとの国境を任されていると聞いている。
噂では力とそのカリスマで学園を支配したとか。
脱走の際に会ってみたかった。
その方の策、聞き逃す手はない。
「お姉さまの秘技。ヤバそう」
椿油を使うとは一体。
火矢なら普通の油で事足りるはず。
費用がかかる以上、それに見合う規模か、戦術的な効果が高いはず。
ユリスは瓶を机に置き、離れた。
何か瓶に仕掛けがあるのか。
「相手に投げつけて、ファイアー。
相手は死ぬ」
片手を振りかぶる動作をしている。
「サンダー用のは無いの?」
そうじゃないだろう。
「君は馬鹿か。
投げて当てる以上、接近戦でしか使えない。
その隙に切られるぞ。全く実践的じゃない」
「……ボコボコ。ヒルダ様かわいそ。
これにお世話になったことを思い出すべき」
ティルテュへ飛びつき、撫でまわすユリス。
負けじとティルテュも撫で返す。
二人とも最初の見る影はない。
折角の髪型も衣装も崩れている。
僕が戦場に行っている間も、こいつらはこんな風だったんだろうな。
チラリと、肌が覗く。
聖堂の彼女たちがよぎる。
彼女たちもお互いに身を寄せていた。
かき集めたぼろ布で必死に隠しながら。
僕が負けてしまえば、こいつらもああなってしまうのだろうか。
この瓶を、届きもしないのに、僕に投げつけるのか。
それは、嫌だ。
頭が撫でられる。
「頑張ったね。ここは戦場じゃないよ」
また、こいつか。
反則だ。
何も考えられなくなる。
「しかたないわねぇ~。
あたしも撫でてあげるわ‼
イシュトーで磨き上げた腕を披露してあげる‼」
反対側からも撫でられる。
もう少し強い方が好みだ。
訓練が足りないな。
「ほら、またお世話になるよ」
瓶を振り、見せびらかしてくる。
いつの間にか、櫛が反対の手に握られている。
髪と櫛が擦れる音。
それだけが聞こえる。
あの雷娘も静かに微笑んでいる。
この時間が続いてほしい。
君達を、ああはさせない。
アルヴィスポイントを稼いだアンドレイ君には、ヴェルトマー一門からいいお嫁さんを出してあげないとね。好みのタイプは報告書で知ってるしね。
直接出てこないですが、参考までに。
ブリギッド
https://guide.fire-emblem-heroes.com/03002001000551-2/