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エルトシャン
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先に補足すると、原作で確認できる範囲では、
この二人以外アグストリアに聖痕を持つ者はいません。
グランベル王国のように複数の末裔と神器(7種)はありません。
ヘズルの血と、剣の神器ミストルティンだけです。
本作では、それだけでグランベルに比肩していた点を評価しています。
天井は高く、ざわめき声が吸い込まれていく。
石造りの梁から、各家の大旗が垂れ下がっている。
中央奥に一段高い玉座。
背後には黒布。
偉大な先王への哀悼を表している。
その左右には、半円状に諸王の席。
王達が盟主を戴く。
ユグドラル唯一の政治形態。
兄上は入口に最も近い席に座っている。
魔剣の継承者。
だが、王に最も近いわけではない。
先代とは違う。
ハイラインのエリオットが私を見る。
舐めるような眼差し。
遠くの席からわざとらしく足を組み替え、視線を外さない。
王もだ。
玉座に深く腰掛け、笑顔で肘掛けを撫でている。
父を悼む気持ちが見えない。
そこに座れた喜びを体現している。
これからグランベル王国の使者が来るというのに。
騎士の国。
名声と忠誠を重んじるはずの国。
だが、この場で相応しいのは、兄上だけ。
兄上だけは、背筋を伸ばし前を見ている。
揺るがぬ視線。
冷遇されようが、忠義は変わらない。
大扉の向こうから、槍の柄が打ち鳴らされた。
広間のざわめきが消えた。
―――――
赤髪の小柄な女性だ。
黒を基調とした礼装。
胸元には炎門を示す印。
思わず目を疑う。
背丈は侍従の少女と変わりがない。
だが、一切頭がぶれない。
迷いもない。
この場でただ一人、歩いている。
中央の赤絨毯よりも深い髪色。
胸にも携えた朱色。
同じ色でも、染まらない。
「アグストリア諸公連合盟主シャガール陛下に謹んで申し上げます。
グランベル皇帝アズムール陛下の名代として参りました、ヴェルトマー家のユリスにございます。
このたびのイムカ前王陛下のご崩御、誠に痛惜の念に堪えません。
先王陛下が築かれた両国の信義と盟約は、我らが大陸にとってかけがえのない礎でありました。
皇帝陛下は、陛下がその志を継がれ、アグストリアをより一層の繁栄へと導かれることを心より願っておられます。
我が国は先王の御代に交わされた盟誓を重んじ、今後も変わらぬ誠意をもって隣国と向き合う所存にございます。
ここに弔意の証として、ささやかながら供物をお納めくださいませ」
ユリスさん⁉
思わず、肩が跳ねてしまった。
学園では、いつもおかしな事ばかりする先輩だった。
騒動があれば、大抵この人が関わってた。
私はからかってばかり。
でも、気軽に頼りやすい人。
それが今、諸王と対峙している。
兄上と変わらない風格を纏って。
玉座では、シャガール新王が笑う。
「若い名代であるな。
グランベルも人材に事欠くと見える。
だが、聖痕持ちを寄越したことは評価しよう。
我が国を軽んじていない証であろうからな。
盟約は守られよう。
ただし、我らの名誉が損なわれぬ限りにおいて」
大仰な振る舞い。
まるで、どの様なことでも許されると思っているかのよう。
「若輩ではございますが、
皇帝陛下の信任を受け、この場に立っております。
どうか、我が国の誠意としてお受け取りください」
凛とした声。
ティルテュ先輩とわめいていたあの人とは思えない。
離れてから、半年も経っていないのに。
「その血を無駄にしてはおるまいな?
もう嫁ぎ先は決まっているのか」
騎士王に相応しくない言葉。
拳を握る。
ユリスさんは変わらず微笑を浮かべている。
「未だご縁は結ばれておりません。
ただ、騎士の国において良縁に恵まれるならば、
これ以上の光栄はございません」
一部の貴族がざわめきだす。
兄上はユリスさんだけを見る。
……止めて。
ここは騎士の国だったはず。
賢王は、もういない。
―――――
前王への公式弔問の後も行事は続いた。
王の承認。
諸侯との顔合わせ。
同じような言葉が紡がれる。
同じ礼。
同じ沈黙。
幾度も繰り返す。
それらが終わった頃には、夜になっていた。
王城の燭台には明かりが灯され、揺れている。
宴席の音が遠くから聞こえる。
兄上は、そこに呼ばれなかった。
でも、王都のノディオン邸には戻れない。
ユリスさんから、王城内の一室で会えるようお願いされていた。
兄上と一緒に待つ。
二人きりで過ごせるのは久しぶりだ。
グラーニャ義理姉様の帰郷や王都への移動で忙しかったからだ。
グランベルに軍靴が響き始め、
私は学園から帰ってこざるをえなかった。
学習できなかった分、兄上は私のことを見てくれるようになった。
剣は勿論、軍学のことも。
前みたいに遊ぶことはできなくなったけど、一緒にいられるならいい。
学園も思い出深いが、兄上は居なかった。
あと3年早く通いたかった。
侍従がユリスさんの到来を告げる。
兄上が許可を出す。
―――――
弔問とは違い、黒い細身のドレスに身を包んでいる。
胸元の炎の紋章は変わらない。
なんだかさっきより、いつものユリスさんに戻ったみたい。
「ノディオン国王及び公女様、お時間を割いて戴き感謝申し上げます」
兄上と目を見合わせる。
公式の姿を見て、この人でも礼儀は弁えられると分かってはいた。
でも、目の前でやられると違和感がすごい。
ユリスさんと眼前の淑女を結び付けられない。
「ここでは固くならなくていい。従者たちも俺に仕える者だ」
気遣いを見せる兄上。
その方が私としてもありがたい。
また、いたずらでもされそうに思ってしまう。
「ありがと。
ラケシス、エルト」
エルト⁉
「兄上をそう呼ばないで‼」
その呼び方は、私だけのもの。
「ごめん。
でも、炎の中で抱きしめ合った仲」
侍女たちも動きを止めた。
空気が固まる。
またこの冗談だ。
学園でもほざいていた。
誠実な兄上がそんなこと、する訳ない。
「またユリスさんはそんなこと言う‼
嘘は許しません‼」
ユリスさんが兄上を指さす。
「当事者にお話しを聞いてみるべき」
これで証明できる。
自ら虚偽を認めるのね。
「兄さま‼
嘘ですね‼」
「……誇張されている」
視線を逸らした⁉
「事実では?」
きっと、ユリスさんのいたずらだ。
そうに決まってる。
「……ユリスが飛び込んできて炎に巻かれただけだ」
「まるで意味が分かりません‼」
嘘じゃなかったの……。
羨ましい。
「俺もだ。
このネタでからかわないでくれ。
騎士として嘘はつきたくない。だが、真実を言っても誤解される」
不名誉であっても、偽ることをしない。
兄上こそ、騎士の中の騎士。
「アイスブレイク。
ひえっひえの場をアツアツにできる」
平然と言ってのけた。
こういう人だった。
そこまで時間も経ってないのに忘れてた。
訓練場の木剣を全部壊したとか、
ファイアーを剣に纏わせようとしてたとか、
兄上がするわけないことばかり吹き込んでくる。
きっとそれも嘘か、偏向報道だ。
「……また私のことからかったんですか」
「事実を言ったまで。
決して、私より背が高くて、
先輩と呼ばない後輩が気に食わないわけじゃない」
だからです。
「語るに落ちたな。
そんなだからだ」
「第二、第三のネタがあることを忘れてはいけない。
ワナビー」
また兄上が顔を逸らした。
何のことかしら?
今度きいてみましょう。
きっと、偏向した事実に違いない。
「それよりも席について本題に入れ。先輩命令だ」
ユリスさんが敬礼で返す。
この人は相変わらずよくわからない。
―――――
私たちの正面に座ったユリスさん。
指を三本立てる。
「今回呼んだのは主に三つのことを伝えたいから。
私個人の意向が強い」
姿勢を正す。
兄上は信頼の証に神器を机上に置いた。
「一番軽いものから聞かせてください。
からかいは無しですよ」
「アンドレイが結婚した」
ユリスさん達と同級生だった人。
弓術に熱心で、気位の高い方だった。
訓練で少しだけ教えてもらったことがある。
「あいつはイザークに行っていたはず。何があった」
兄上は陣容もご存じなのね。
確かに不思議だ。
イザークには多くの継承者が向かっている。
でも、聖痕持ちも大きな戦力。
彼が抜けるのは痛手のはず。
「ヴェルダン侵攻でとんぼ返り。
当時はエーディン様が連れ攫われていたから、ウルの血は実質彼だけになった。
だから、急いで子孫を残そうとした。
うちの一門から嫁を迎えた。私が仕上げた娘」
そういえば、ユングヴィだったわね。
エーディン先輩……。
優しくて私に救護科について教えてくれた。
ユリスさんたちの悪ふざけにも乗るのが、玉に瑕。
シグルド軍に助けられたそうだけど……。
心も無事だといいわね……。
それにアンドレイ先輩は恋に破れたんだ。
どうせなら、ユリスさんをお願いすればよかったのに。
私と違って実現できたのに。
「そういう事情か。
エーディンは保護されたそうだが、知っているのか」
「私は関知してない。安心した」
顔が柔らかくなった。
ユリスさんは知らなかったんだ。
「王家の使者ならシグルド軍とも連絡を取るだろう」
確かに。
知らない方がおかしい気がする。
「ユグドラルは情熱大陸」
また変な事を言ってる。
「ほう、その分だとシレジアも騒がしいのか」
流石、兄上。
たわごとからも情報を汲み取って見せる。
「教えてもいいけど、代わりにお願いがある」
兄上の手腕で、勅使から情報を引き出した。
「聞くだけ聞こう。無理は言うなよ」
……何を言い出すのかしら。
「アゼルに後で渡す杖を届けて。
それまではラケシスの練習用にしていい」
プレゼントを使うのは、気が引けるわね。
「分かった。
シグルドがヴェルダンとの戦いを落ち着かせたら持っていく」
「ありがとう。アゼルの居場所が分かった」
兄上までからかわれてしまった。
苦い顔になってしまった。
「……知らなかったのか」
「うん。いきなりいなくなったから。
せめて、私には伝えてほしかった。
メティオとかボルガノンとか持たせられた」
ということは、魔導書無しで飛び出したのかしら。
アゼル先輩もこの人の乳兄弟なだけはあるわね。
でも、ユリスさんにも言わなかったなんて、なんでかしら?
「そもそも、アゼル先輩はどうしてシグルド先輩の元に行ったんですか?
てっきり、ヴェルトマーからの援軍と思っていました」
「ピュアボーイが白馬の王子様になろうとした」
馬上を写した肖像画のポーズをとっている。
先輩は優しいだけじゃなかったのね。
片思いでも、そこまで出来る人だったんだ。
「あいつは魔導士だが、その心意気は良いものだ。
杖を渡すときに褒めてやろう」
兄上もしたり顔だ。
「エルトシャン先輩はデリカシーがない。
ちなみに、うちの中年以上の男性陣もそんな感じだった」
がっかりしてる。フォローしないと。
「兄上はオヤジなんかじゃありません‼
恋愛の機微に疎いだけです‼」
「……ともかく、渡すまではラケシスに貸しておく。
救護科の授業、受けきれなかったでしょ」
もしかして、私のことも気にかけてくれてるのかしら。
「アゼル先輩、杖使えませんよね?」
「そう。でも他の誰かは使えるはず。
例えば、道を切り開く系シスターとか」
上手いアシストね。
アゼル先輩が活かせるかは分からないけど。
シグルド軍には、エスリン先輩もいるし、きっとどうにかなる。
「シグルド軍にそのような人材がいるとは聞いたことがない。
それならレックスも使えるものの方が良いだろう」
本当に朴念仁なんだから。
だから、私も側にいられる。
「……私のおこずかいだとそれしか手が届かなかった。
大陸中を駆け回ってるのに……」
意外と金欠なのね。
闘技場*1に出れば、それくらいすぐに稼げるのに。
「悪かった。
魔法の指輪*2は値が張る。仕方ないさ」
ふふ、それじゃ意味がない。
「埋め合わせを要求する。
具体的には、いい感じの男」
「ユリスさんもついに気にするようになったんですね。
アンドレイ先輩の影響ですか?」
興味無いって言ってたのに。
いや、だからあの格好が出来てたのか。
ユリスさんの結婚相手かぁ。
想像つかないな。
旦那さんが振り回される事は確定してる。
「それもある。
真面目な話、姉さまがヤバい。三十路が見えてきた。
どうなるか分からないけど、妹として出来ることはしておきたい。
ずっと頑張ってきた姉さまにだって、幸せになって欲しい。
可能なら、私が嫁ぐ前に姉さまの未婚の夜に参加したい」
それは心配になる。
あまり話は聞いたことはないけれど、大切に思っているのね。
私の未婚の夜には、寮メンバーが居てほしい。
……無理って分かってるわ。
「カッコいい系のお姉さま。
仕事がバリバリ出来る。
出来るから……時間がなかった。
性格は優しくて面倒見がいい。婿募集中」
仕事は出来る人の元にやってくる。
兄上を見てるとその通りだと思う。
ユリスさんのお姉さんもそんな人なんだろう。
アグストリアの男は……思いつかない。
騎士たちなら、誠実な者も多い。
でも、王侯貴族になると全くお勧めできない。
「分かった。こちらでも探してみよう」
兄上ならきっといい人を見つけてくれる。
「ありがとう。お代にマル秘情報をあげる。
イザークとシレジア、どっちがいい?
かなり重要度は高い。
姉さまのためだから奮発」
イザークは、戦中の状況だと思う。
知っておいて損はない。
でも、シレジアはよくわからない。
戦争はしていなかったはず。
北アグストリアと海を挟んで接しているから、無視はできない。
でも、我が家としてはイザークの方が大事かな。
「イザークだ」
兄上と同じ方を選べた。
「分かった。長くなるからご飯ちょうだい。
朝から固形物を身体に入れられてない」
「あぁ……私たちが出た後も会談してましたもんね。
紅茶と軽食を用意させます」
すかさず、止められた。
「紅茶はやめて。
各王との謁見ごとに出されて、口の中が渋い」
すごい顔をしてる。
飲まないわけにいかなかったんだろうな。
「流石のお前にも効いたようだな。
これからは紅茶でお前を攻めることにするよ。
果汁と俺用に酒も頼む。
再開を祝って、とするにはお前は疲れすぎているがな」
兄上が机から神器をどける。
政治の話というには、緩すぎる。
でも、ユリスさんとなら、これくらいがいい。
―――――
ユリスさんは軽食をとり、
兄上は肴とお酒を楽しみながらしばらく雑談をした。
私は各王家の男たちについて紹介してあげた。
ハイラインのエリオット。
いつも私を下心を込めた目で見てくる。言動も下劣。
絶対あいつとの縁談はやめておいた方がいい。
私の説明でユリスさんもこんなことまで聞いてきた。
「ラケシスのために攻めてきたりしそう?
エーディン様の再現?」
兄上がいる限りは無いでしょう。
言いたいことは伝わったみたい。
正装のユリスさんとお茶をしていると、学園に来たばかりの頃を思い出す。
兄上が居なくなった場所に、私だけが行くことになった。
寮に着いたら、式典の時みたいな格好をしたこの人がからかってきた。
あれで不安なんて感じなくなってしまった。
それから2年間、楽しかった。
イザークさえあんなことをしなければ、まだあそこにいられたのに。*3
―――――
ユリスさんはサンドイッチに焼き菓子、ステーキまで平らげてしまった。
軽食の食べっぷりに触発された兄上のせいだ。
どんどん重い料理が追加されていった。
これじゃ、ハイティーすら超えている。
「エルトシャン様といると美味しいものが食べれる」
「俺も食べ過ぎた。夕飯は入らないな」
「二人とも食べ過ぎです。軽食って言ったのに」
「私は明日も会談の連続。食いだめ出来てよかった」
「だろうな。
久しぶりに気兼ねなく食事できただろ」
「うん。ありがとう。
じゃあ、本題に入ろうか。
イザークに関係するからまとめて話すね」
―――――
侍従がテーブルの上を片付け、飲み物を持ってくる。
紅茶を三つ持ってきてしまった。
ユリスさんが嫌そうな顔で口をつける。
カップを置き、私たちの顔を見渡す。
最後に兄上の椅子に立てかけられた神器を見る。
「結論を言えば、戦争を吹っ掛けないで」
ユリスさんらしい発言だ。
アグストリアがするわけない。
「いきなりだな。お前らしいが」
「確かに公式弔問では、
シャガール王の言葉は強かったですけど……。
そこまで愚かじゃないと思います」
会見では、実に下品な振る舞いだった。
対等な国家どころか、属国にだってあんなことはしない。
すましていたけど、腹が立っていたんだ。
あとでちゃんと謝ろう。
「ラケシス、言葉が過ぎるぞ」
窘められてしまった。
でも、同じく聖痕を持つ女として思うところはある。
「まず言っておきたいのは、これは私の考え。
陛下とはそれほど逸脱してないだろうけど、勘違いしないで」
私に向かって、あの頃のように話しかけてきた。
「ラケシス、もしグランベルを攻めるならどうする?
先輩らしく、採点してあげる」
ふてぶてしくカップを持ち上げ、偉そうに香りを楽しんでいる。
すぐさま音を立てて置いた。
自分で紅茶は止めろって言ってたのに、そんなことするからだ。
「何を言い出すかと思えば……。
やっぱり、フリージとの国境線を攻めるんじゃないですか。
ヴェルダン側はシグルド軍がいて、そこには二人も継承者がいますし」
そこには兄上の親友、シグルド様とキュアン様がいる。
その二人を相手するよりは、雷炎女帝の方が組みしやすい。
兄上に教わってるんだ。
これくらい答えられる。
「それが定石。
でも、もう少しでイザーク戦は終わる」
だとしても変わらない。
イザークとシグルド軍は関係ないのだから。
「それは特大の情報だな。
ならば、その前に王都まで攻めあがればいい」
今度は兄上が紅茶を楽しむ番。
兄上と同じ答えを出せた。
これも薫陶のおかげね。
私もカップを取る。
「ナーガはバーハラにある。イチイバルもイザークにない」
お砂糖を入れたいわ。
でも、さっきあれだけ食べちゃったし……。
兄上には綺麗に見られたい。我慢。
神器を二つ戦争にもっていかなかったのね。
イザークはそれほど強くなかったのかしら。
でもそれは関係ない。
「……っ‼」
隣で陶器が擦れる音がした。
テーブルに少し零れてしまっている。
「そういうこと。だからやめて」
カップを持たず、水面を弄ぶ風を装うユリスさん。
分かった顔されても困る。
「あの……どういうことですか?」
「我らが疑われているということだ」
兄上が答えてくれた。
私なりに考えを巡らす。
アグストリアとグランベルは先代の盟主イムカ王によって和平が結ばれている。
代が変わったが、また条約が結ばれるはず。
そうでないとしても、条約終了後の停戦期間がある。
すぐ戦争になるはずが無い。
「私はシャガール王が悪辣と言いたいわけじゃない。口は悪かったけど。
でも、イムカ王程の求心力を持っているとは思えない」
先王は神器が無くても、諸王をまとめあげた。
そして、連合をグランベルと比肩しうるまでに育て上げた。
新王はあの方の息子とは思えないくらいだ。
「そうだな。だから俺が仕えている」
立てかけた魔剣を撫でる兄上。
兄上は人が良すぎる。
ユリスさんは遊びを止め、真剣な顔になった。
「気分を害するだろうけど、率直に言う。
シャガール王はやり過ぎ。
内にも、外にも」
兄上の席次のことか。
今までは王の右だった。
それに、グランベル国王陛下の代理へも横暴な態度をとった。
それでそんなことを思ったのだろう。
想像が飛躍しすぎてる。
「……代替わり直後で自らの力を見せるためだ。
神器が側にあると霞んでしまう」
「内内の話。
何かあったらシグルド軍を頼って。
これはアルヴィス様から言われた」
我が家は事実上連合の第二席。
それに内応をかけるなんて。
戦争を吹っ掛けるのは、そっちじゃない‼
風切り音。
神器がユリスさんの眼前に突きつけられている。
鞘はついたまま。
「騎士に主君を裏切れと言うのか」
神器が発する圧が、私にも伝わる。
兄上なのに、怖さすら覚える。
それに対して、会談と変わらない、平然とした顔。
「忠臣のつもりなら、嫌われる覚悟も必要。
アルヴィス様はお父様の文句ばっかり言ってる」
騎士を体現する兄上になんて言い様。
ユリスさんは、ここを学園だと思っている。
だから、こんなに落ち着いているんだ。
王の使いとしての自覚がない。
「私たちは別の国に立っている。だから分かりあえない所もある。
でも、お互いにとって嫌なことは知ることが出来る。
ラケシスが苦いものが嫌いなことを、私が知ってるみたいに」
ユリスさんはミストルティンの切っ先を片手で掴み、首元に置いた。
この方が腕疲れないでしょ、なんて言ってくる。
舐められている。
兄上が。
「アグストリアの土地は全くいらない。
むしろ押し付けないで」
我慢ならない。
「ユリスさん‼
どういうことですか‼」
顔色一つ変えずに、問いかけてくる。
「ラケシス、戦争に勝ったら何が手に入る?」
「名誉と土地と賠償金です。馬鹿にしないで‼」
「それが答え」
ユリスさんが私の頭を撫でてくる。
その横で兄上が神器を椅子に立てかけた。
私も落ち着かなくては。
「統治限界が近いのか。
ヴェルダンを征服したからだな。
そこにイザークも加わる」
兄上は分かったんだ。
でもそれはアグストリアとは関係ない。
話に追いつかなきゃ。
「シグルド様が異様なほど強かった。
そのおかげで、数か月で終わる。*4
民はそれほど傷つかずに済んでる。
でも、管理する側にとっては大変」
戦後統治や裁判の処理、管理者には多くの仕事が舞い込む。
でも、兄上が疑われる理由にはならない。
ユリスさんは説明しているつもり、なのよね。
「私としては、あの森が綺麗なままでよかった。
でも、文化の違う民を支配するのは手間。
そんな土地が想定外に増えた。
殲滅すれば早いだろうけど、私たちは聖戦士の末裔。
ロプト帝国みたいなことはしない*5」
……何が言いたいんだろう。
きっと学園を卒業できなかったせいだ。
あと1年居られれば、私も話に付いて行けた。
「……それと私たちが疑われるのは関係ありません」
ユリスさんの言うことは変だ。
アグストリアがグランベルを攻める話だったのに、
ヴェルダンの話ばかりする。
「ラケシス、それがあるんだ。
ヴェルダンは不戦条約を破って急襲した。
あの温和なバトゥ王が、だ。
つまり、シャガール王もしかねないと疑われている。
その、……王はバトゥ王よりは気性が落ち着いていないからな」
要は、新王が信用ならないってことか。
あいつは兄上に迷惑ばかりかける。
ユリスさんが胸に手を当てる。
「陛下へ悪く伝えるつもりはない。炎の紋章に誓う。
でも、事実は報告はしなきゃならない」
……仕方ないわよね。
エーディン先輩みたいな事は、起こしちゃいけない。
それだけアグストリアへの信頼は失われてしまったのね。
騎士の国が、不意打ちをしてもおかしくないなんて……。
「フリージ城もユングヴィのようにさせたくない。
私も少しだけ防衛の手伝いをした。
普通に暮らしていた人達が逃げまどっていた。
アンドレイも緊急ハネムーン」
そういえば、そこにはユリスさんたちの師匠がフリージに嫁いだんだっけ。
心配よね。その人のために学園から脱走するくらいだもの。
「俺は王を諫めよう。
公式発言として取ってもらって構わない」
兄上は、あんな冷遇されても新王を立てるつもりだ。
騎士の鑑だ。
「無理はしないで。
エルトシャン様が居なくなる方が問題。
その後にラケシスがどうなるかも分からない」
ユリスさんは、私を舐めてる。
私だって、剣士として、公女として戦える。
「兄上の留守は守って見せます。
私も黒騎士の末裔、簡単にはやられません」
「現実的な話、ラケシスは玉座への扉。
子供が直系になるかもしれないから*6」
そんな風に見られてるんだ。
それもあって、エリオットが気持ち悪いのかしら。
昔からだから関係ないわね。
「分かった。
ラケシスから離れる時は信用の置ける者を複数つける」
「困った時はシグルド軍を頼って」
まただ。
私たちのことを軽視し過ぎている。
「クロスナイツは大陸一の騎士団。
ユリスさんも知っているでしょう‼」
「練度と数と連携がそろってるからね」
そんなの当たり前だ。
そこいらの騎士団とは格が違う。
「そういうことか。
グランベルは我関せずを決め込むつもりか」
「兄上、説明してください。
我らが騎士団が舐められているのですよ‼」
なんで、騎士が甘く見られて平然としてるんですか‼
「ノディオンがハイラインに攻められた際、シグルド軍に救援を求める。
苦しい言い訳だが、これなら外患誘致にはならない。
あくまで方面軍の独断。
救援し、すぐに撤退すればどうとでもなる。
あいつなら、助けも断らない上、信頼も置ける」
宥めるような優しいお声。
私に説明してくれている。
兄上の授業だ。
「ただ、そうなった場合諸侯がどう反応するか分からない。
既に反グランベル派が大半だ。
グランベルまで攻め込もうとするのはシャガール王くらいだろうが……」
シグルド軍に協力してもらって、倒せばいい。
先輩たちだっているんだし、手伝ってくれる。
「気に食わないだろうけど、私の考えを言っておく。
エルトシャン様がアグストリア諸公連合の盟主になって」
「話を聞かせてください。私も無関係ではいられません」
兄上が盟主になれば、あんな奴らに困らされない。
魔剣ミストルティンを持ち、騎士道を重んじる兄上にこそ相応しい。
「グランベルは、ヴェルダンの一件で裏切りに厳しくなってる。
騎士の国までそうなったら、最低でもナーガとファラフレイムを持ち出す。
本気なら、ティルフィングとゲイボルグも追加。
時間が経てば、トールハンマーにスワンチカ、イチイバルも来る。
最悪、グングニル*7も」
そんな……神器の大半じゃない……。
それだけじゃない、ロートリッターまで来る。
村々を焼却した騎士団が。
新王じゃ……勝てない……。
ユリスさんは胸の刺繍に手を当て、続ける。
本気だ。嘘なんて、つかない。
「私は民衆への被害を増やしたくない。
戦争のための重税、略奪への恐怖、裏切り者に対する圧政、悪党の増加。
そんなものが増えることが正義とは思えない」
私も同意する。
悪徳から弱き人々を守る、それが騎士だ。
「我々二か国が戦えば、イザークなんて比べ物にならないくらいの大戦争になる。
これ以上、ヴェルトマー一門の婚期を遅らせないで」
ユリスさんは、優しい笑みで話を閉じた。
再び、空中でカップを傾けるふりをし始める。
机を見るとクロスが濡れ、カップが全て床に落ちていた。
「ふっ、結局縁談の話か。
お前はそればかりだな」
「戦場より、こうやってご飯を食べる再会の方が嬉しい。
めでたい席なら、猶の事」
ユリスさんといると、最後はこうなる。
テーブルの上は台無し。
でも、どこか晴れやかな気持ち。
対応のステータスが+5、あるいは特殊効果を得られる。
最低限の人員とアゼル等義勇兵だけなのに、防衛から全土併合までこの期間で終わらせた(原作)。
そこの娘(推定傍系)がノディオン家(この兄妹の家)に嫁ぎ、直系を産んだ。
そのせいで盟主より武力を持つ家になった。
出典が明らかでないネット情報だが、本作では採用している。
原作でもラケシスはエルトシャンにそういう感情を持つ描写があります。
誇張気味かもしれませんが、独自設定ではありません。
親族の女の子や村人にもばれています。