序章
・ユングヴィがヴェルダン王国に攻められる
・シグルドが家臣と助けに行く。
・アゼル達やレンスター(外国)のキュアン・エスリン夫妻がその助けに来る。
1章
・エーディンが攫われていたのでヴェルダンに攻め込む
・その背後をハイライン(アグストリアを構成する国の一つ)に突かれるが、エルトシャンが片付ける。
・アイラ(イザーク王女)等様々な人材を仲間にして全土併合。
・侵攻の途中、シグルドとディアドラが一目惚れ。結ばれる。
2章
・エルトシャン、盟主に進言し投獄される。(開始時点)
・ノディオン(ラケシス達の城)がハイラインに攻め込まれる。
・防衛戦をシグルド軍が手伝う。
・その内にアグストリアの南半分を併合。
・盟主を追い詰めるが、エルトシャンが庇う。
・1年後に返還するとシグルドが約束し、駐留。
まだ空気が冷たい。
雪は融けたけど、外套が手放せない。
巡視で村々へ向かうため、森を抜ける。
ただでさえ馬を進め辛いのに、ぬかるんで難易度が上がってる。
でも、騎乗行軍の練習には丁度いいね。
前からレックスの声がする。
「なあ、アゼル。
うちの軍に、別嬪さんが多い理由が分かるか?」
確かに綺麗な人が多い。
桃色の髪を靡かせて、いつも明るいエスリン先輩。
キュアン先輩と一緒に加勢に来たらしい。
軍内の内向きのことを取り仕切ってる。
光を跳ね返す黒髪でクールなイザーク剣士、アイラさん。
僕にもシャナン*1と一緒に剣を教えてくれる、心優しい人。
あまり外に出れないから、剣の手入れをしてくれている*2。
神秘的な銀髪で、子供達の面倒を見ているディアドラ様。
あんなに積極的なシグルド先輩、初めて見た*3。
産まれたばかりのセリスの世話をしてる。
輝く金糸を携えて、騎士らしく振舞おうとするラケシス。
エルトシャン先輩と離れて辛いだろうけど、訓練に取り組んでる。
ラケシスがユリスから僕宛にと、ライブの杖を渡そうとしてきた。
きっと、ユリスはラケシスにあげたかったんだろうけど、恥ずかしがったんだ。
サラサラの緑髪で空を飛ぶ、忠義に篤い天馬騎士のフュリーさん。
飛行兵視点で、魔導士の立ち回りについてアドバイスをくれる。
ペガサス達のお世話をしてる。
二つ結びの若草髪で舞う、ムードメーカーのシルヴィアさん。
見ているとなんだか、ティルテュを思い出す。
みんなに踊りを披露してくれている。
それにエーディン先輩。
ヴェルダンのことがあったのに、今も変わらない。
優しく、芯を貫く強さを持ち続けている。
きっとどんな辛い世界の果てでも、輝き続ける。
僕と同じ、赤髪はいない。
「先輩たち、
いや、この呼び方は早く直さないとね。
公女が多いからじゃないかな」
シグルド軍では学園の呼び方は使えない。
多国籍軍の上、色々な階級が参加しているから敬称はあまりつけないことになってる。*4。
それのおかげで、軍全体が学園の時みたいで過ごしやすい。
「早く慣れろよ。気持ちは分かるけどな」
僕たちから先輩って呼ばれたせいで、エスリン様が怖い人って勘違いされてた。
……そんなに外れてもないと思う。
「正解だ。
ついでに付け加えると、義勇軍で統一性がないからだ。
うちなんて、むさっ苦しい男しかいねぇ」
レックスは僕に付き合ってくれている。
アグストリアにとっては、僕たちは侵略軍だ。
例え、わざとそうなった訳でなくても。
ただの騎士だと怖がられることがある。
でも、聖痕持ちが巡視をすれば、民も安心できる。
アイラさんやキュアン様も回れば、もっと安心してもらえる。
でも、グランベルの人じゃないから、政治上良くない。
学園では、出身なんて関係なかった。
そういうことも覚えていかなきゃいけないんだろうな。
「ドズルってそんな感じなんだ。
僕の所は色々だったね。
魔導士も多いから、女性もいたよ」
あの大きなランゴバルト卿しか知らない。
レックスは、実家とは仲が悪いみたい。
嫌がる事を聞きたくないから、よく知らない。
「ユリスの姉貴もそうだっけか。
あいつの血縁者だから、さぞヤバイ奴なんだろ。
父親だって、アグストリアの首都を燃やしたって話じゃないか」
ヴァルターさんは、いつもユリスと僕にプレゼントをくれた。
そんなに恐ろしいイメージはない。
兄さんは得意じゃないみたいだけど。
結構面白い人だけどなぁ。
「そんなに会ったことはないけど、
アイーダさんは頼りになる人だよ。
僕たちが学園に入る年齢よりも幼い頃から、
ヴェルトマーで働いてくれてるんだって」
「人手不足か?
ヴェルトマーは色々やってるし、忙しそうだもんな」
……今考えると、迷惑をかけちゃったな。
あの時は、エーディン先輩のことを助けたかったのもある。
でも、僕も兄さんの力になりたかった。
僕は兄さんみたいに政治や軍事に関わったことが無かった。
それに、実力も足りないし、実戦もしたことが無かった。
何も持ってなかった。
だから、唯一出来そうなヴェルダンからの防衛に飛び出した。
そんな向こう見ずな思いつきにも、レックスは付き合ってくれた。
アグストリアが落ち着いたら、帰ろう。
ちゃんと謝る。
それまでに、僕はもっと大きくなる。
「まあね。
それより、村が見えてきたよ」
何度も目にした門。
家々の煙突から、煙が見える。
あの鐘は鍛冶屋さんの自慢だ。
小さいけど良く響き渡る。
なんだか、いつもより静かだ。
子供の声がしない。
―――――
入口に近づくと、顔見知りの少年が走り寄ってくる。
足の速さを自慢してくる子だ。
クロスナイツになるのが夢で身体を鍛えている。
手まで振ってる。
「こりゃあ、何かあるな」
斧を鞍から外し、担ぐレックス。
僕は怖がらせないよう武装は見せない。
魔導書を懐深くにしまう。
下馬して、レックスに僕の馬を任せる
「どうかしたの?
何か手伝えますか?」
掴んで引っ張ってくる。
「アゼル様!!
役人が暴れてんだ!!
今も村長が広場で責められてる!!」
「分かったよ、僕が行きます。
レックス、馬を預けたら合流しよう」
―――――
ぬかるんだ道を転ばないように走る。
広場では、陶器の破片と一緒に種や豆が散らばっている。
大人に抱きしめられた子供が、声を殺して泣いている。
陶器が割れる甲高い音。
「吐け!!
まだ隠してるんだろ!!」
並べられた壺を蹴り壊す男性。
村人より立派な服装。
裾にしか泥汚れが無い。
その横暴を、誰も止めない。
ただ村人たちは、壺が割られ種がまき散らされるのを見ている。
「そのような事は……」
役人らしき男が、村長に詰め寄っている。
あの長は、腰が痛いと言い、杖を手放せないと言ってた。
ユリスの真似をして、マッサージをしてあげるといつも喜んでくれる。
それなのに、支えもなしに立っている。
男が腕を振りかぶった。
まずい!!
背中に衝撃が走る。
喉の奥から、空気が押し出される。
背中が熱を持つ。
腕の中の村長は無事だ。
驚いた顔をしてる。
強く抱きしめすぎてはいなかったみたい。
鍛えてて良かった。
「邪魔するな!!
下賤な小僧!!」
村長にだけ聞こえるようにつぶやく。
「もう大丈夫です。僕に任せて」
ゆっくりと老人を離し、まだ割れていない壺を杖替わりにしてもらう。
刺激しないようゆっくり男へ振り向く。
胸を張って、堂々と宣言する。
「僕は、グランベル王国聖騎士シグルド様の元で腕を振るう魔導士です。
治安維持の巡視のため、ここにいます。
暴力的な様子が見えたので、介入させていただきました」
拳を下げてくれた。
少なくとも、詐欺師ではなさそう。
「貴様も我が王国の一員か。
庇うべきではなかったな」
悪びれる様子は無い。
何かの職務だったのかもしれない。
「グランベルのお役人とお見受けします。
よろしければ、何があったのか教えてくれませんか」
出来るだけ刺激しないように気を付ける。
「このクズ共が、徴税を拒むのだ。
ここに並ぶ壺しか、種籾が無いなどとほざく」
周りを見れば、既にいくつかの割られている。
種が泥に混ざり、斑点になっている。
「まだ冬が明けたばかりです。
それに、種まきもまだなのですから……」
「だからだ!!
我らが播種を管理する。
収穫量を管理し、アグストリアの戦力を徹底的に削ぐ。
また裏切られては溜まったものではないからな」
散らばっているのは、それか。
でも、保存用の壺を割る意味が分からない。
回収しづらくなるだけだ。
何より、そんな政策をシグルド様が許可するはずない。
「そうなんですか。
僕はその様な話を伺っていません」
「貴様のような巡回を押し付けられた下っ端には届かなかったのだろう。
私だって、このような面倒なことをしたくない。
娘が秋に産まれたばかりだ。とっとと国へ帰りたい」
イシュタル*5と同じだ。
僕もアグストリアを落ち着けるため、まだ姉さんにも会えてない。
この人は寂しさから暴れてしまったのかもしれない。
「そうですか。それはお辛いですね。
僕も同じ頃に姪っ子が産まれました。
まだ顔も見れてません。
では、命令書をお見せください」
多分、本物の役人だと思う。
まずは確認を取ろう。
「分からん奴だ!!
末端は栄えあるグランベル国民としての自覚が足らん!!
言われる前に動く。それが管理する者!!
騎士の国なぞと嘯く輩を矯正してやるのも役目だ!!」
賄賂か個人的な徴発が目的だ。
そうでないとしても、やり過ぎだ。
絶対に止めなきゃ。
「王国からシグルド様が統治を任されており、
将来的に返還する手筈となっています。*6
失礼ですが、貴方の役職をお聞きかせ願えませんか?
最近、役人を名乗る犯罪者も出没していますので」
少し攻撃的すぎたかな。
でも、これくらいしないとな。
「私を疑うのか!!
無礼な奴だ!!
雷門に連なる、この私を!!」
フリージの関係者。
あの家にこんな人がいるなんて。
国境を接してるから、恨みもあるのかな。
呑気な声が聞こえてくる。
「おいおい、随分熱くなってるじゃないの。
一体、どうしたんだ。
役人ってのはクールなもんだろ」
重い足音が泥を踏み潰す。
音の方向を見ると、村人たちが道を空けている。
みんなの顔は安心したものだ。
レックスが来てくれた。
抜き身の斧を担いでる。
「邪魔するか!!
あっ……貴方様は……」
役人が姿を見た途端、たじろぐ。
「俺の勇名が広まってるのか。嬉しいね。
ドズルのレックスだ。ここでは、ただの与力さ」
内乱では、騎兵組は四方八方を走り回っていた。
レックスは頑丈な身体を活かして、先陣を担っていた。
それでグランベルにまで名前が知れ渡ったらしい。
僕はワープの杖で村の近くの城に行って、
略奪軍と戦うしかできなかった。
「それで、どうしたんだ。
教えてくれよ」
目だけは笑ってない。
斧の柄で何度も肩を叩いてる。
―――――
「あんた、フリージの係累なんだって。
聞こえてきたよ。
俺の同級生に、そこの公女がいるんだ」
そうか、血統すら嘘かもしれないんだ。
聖血を偽るなんて、想像すらしてなかった。
「ティルテュ様ですね。ご存じとは。
幼き頃、算術を教えさせていただきました」
嘘だ。
本当なら姉さんの話も出るはず。
「ほぉー、それはすごい。
アゼル、お前も教わったのか?」
「このような若造なぞ、知るわけありません」
ティルテュが、僕の名前を出さないはずが無い。
「僕は初対面かな」
「末端などと関わる程、卑しい身分ではありません。
4代前にフリージ家から分かれた、高貴な家なのです」
占領地の村を周るような役割は、任されないはず。
いくらなんでも、仕事内容が軽すぎる。
イザーク戦に、ヴェルダン統治、それにアグストリアの監視。
そんな状況で遊ばせられる身分じゃない。
本当だとしても、重用されてないんだろう。
うちでも、ユリスの家も3代前にヴェルトマーから分かれた。
ヴァルターさん達の能力と忠誠心で側近の地位を築いてる。
コーエン家は、みんないつも忙しそうにしてる。
ユリスだって、時間があれば内向きのことをしてた。
「こいつはその公女様と育ったんだ」
役人が青ざめる。
なんだか、吊し上げみたいで嫌だな。
「そんな顔しなくていいぜ。
つい、口が過ぎただけなんだよな。
俺もそういうことあるぜ」
レックスが役人の肩を抱く。
こういうのは僕にはまだ出来ないな。
「えぇ、御見苦しいところを……」
「このアゼルは、フリージじゃなくて、
ヴェルトマー家継承順位第二位の男だけどな。
フリージ次期当主婦人の弟、
って言った方が分かりやすいか?」
そんな、持って回ったような言い方しなくても……。
役人が不快な音を立て、地面に伏せる。
泥が跳ねた。
足元の種が、より広がる。
村人たちから歓声があがる。
横暴な男が突然降伏の意を示したからだろう。
「お許しください!!」
変わり身が早くて驚いた。
レックスと目を見合わせる。
このまま有耶無耶にさせない。
「城で命令を確認させてもらいます。
どうであれ、あのやり方は良くありません。
聴取はさせてもらいます」
額を地面に擦り始めた。
袖も元の色が分からない。
「火刑だけはご勘弁を!!」
周りの歓声が大きくなる。
僕たちを囃し立てるものまである。
「僕はただ参陣しているだけです。
いきなり魔法で焼いたりしません」
不満げな声が村人からあがる。
普段はあれだけ良い人達なのに……。
何人かはどこかに行った。
「まだ産まれたばかりなんです!!」
より深く、泥へと身を沈める役人。
少し聞き取りづらい。
「一旦落ち着けって。
急にどうしたんだよ」
「物入りになるため蓄財を考えてました!!」
農具を持ち出し始めた。
素振りまでして、鼻息を荒げてる。
あれだけ離れていたのに、いつのまにか取り囲まれている。
何とか、みんなを制御しなきゃ。
「どうしてそんなに怯えるのか教えてください。
絶対に暴力を振るったりしません。
炎の紋章に誓います」
懐から、エルファイアーを掲げて宣言する。
みんなも少しは落ち着いてくれた。
急いで動いたから、背中の痛みがぶり返した。
役人の腕をつかみ、立ち上がらせる。
それでも、掴みかかるような人はいない。
―――――
広場から村長の家に移動した。
あのままあそこに居たら、村人が暴れ出すかもしれない。
家の周りを村人が取り囲んでいる。
奥の部屋に行くと、
会話を隠されたように思われ、刺激しかねない。
扉を閉じるが、入口の側に椅子を持ってくる。
「その……本当にお分かりになられないのですか?」
あの怯えようは異常だ。
それに、いきなり火刑だなんて。
「俺には分からん。
そんな嫌味なことはしないさ」
僕たちが分からないことが伝わったようで、役人が話し始めた。
「ヴェルトマー家は各家の監査も勤めています。
兵の反乱だけでなく、内政官の監視もなされています」
「うん、そうだね。
時期によっては、すごく忙しそうにしてる」
だから処罰されると思ったのか。
でも、レックスがシグルド様に伝えても同じ結果になるはず。
「……私のような者の不正にも処罰をされます。
悪質と判断されれば、三親等全て火刑です」
それは非常に重い場合に限られる。
これまで、バーハラとヴェルトマー城で実行された所を見たことが無い。
「……そりゃあ、慌てるよな」
どこか遠い目をしている。
レックスの知り合いが、そんなことになったのかな。
「それに、あの朱鷹がアグストリアにいるという噂があります。
あれは駄目だ。人の心が無い。
しかも、その娘すらアグストリアに来たことがあるとか」
ヴァルターさん?
ユリスは内乱前にラケシスと会っていたらしい。
でも、その二人は監査官として滞在してない。
この人は情報も足りてないみたい。
「あの化け物の処刑を何度か見ました。
磔にし、一人づつ弱火で焼いていくのです。
曰く、煙を出しすぎると気絶して、
苦しみを感じられなくなってしまうとか。
こんな解説を咎人の一族と観衆に語るのです。
そして、悲鳴を決して絶やさせない」
「……」
色々な国のことを教えてくれた、優しいあの人が……。
兄さんの先生役も勤めていた。
それなのに、そんな残虐なこと……。
「そんなの自業自得だ!!
わしらは、罪を犯さずとも貴様等に踏みにじられる!!」
村長が杖で床を叩く。
彼にとっては、あんな事をされた報いだ。
その気持ちも分かる。
でも、それは駄目だ。
村長がこの人と同じになってしまう。
「……僕がこの場で刑を決めることはできません。
ですが、他にも貴方のようなことをしている人、
手口を教えてくれるならこちらの協力者として減刑が見込めます」
「そんな奴焼いちゃってください!!」
外から村人達の声がする。
壁が蹴られるような音までする。
「……適正な罰を必ず下します。
ですが、こんな悪行を減らすことが重要です。
僕たちが居ない時に、同じような事が起きないようにしなくちゃ」
「俺がちゃあんと逃げられないように連れてくぜ。
レディーとの相乗りじゃねえ、全くそそられないぜ」
壁越しにも聞こえるように発言するレックス。
―――――
レックスが、役人を連れて行く。
僕は他の村人と地面に落ちた種を拾い集めた。
村人たちに甘いと怒られながら、
服は泥にまみれ、破片で手が切れた。
代わりの壺が無いから、僕のマントや使い古した布に包んだ。
「ごめんなさい。
僕たちがもっと早く来ていれば、あんなことにならなかった」
指示をしていた村長に向かって、謝罪する。
激情は収まっている様子。
「いいのです。
こんなことは、グランベルが来るまでもよくありました。
それこそ、内乱中にあなた方が強盗団から守ってくれたではありませんか。
あれはアンフォニー王の手勢です。
わしらは、それでも何とかやってきました」
意味が分からない。
自分の領民から略奪。何がしたいんだ。
僕たち貴族は、普通より良い生活が出来る。
それは、民を守り育てるからだ。
そんな統治者がいるなんて。
兄さんやレプトール卿は経済に心を配っていた。
ランゴバルト卿は、武人として戦い続けている。
学園の貴族だって、僕と一緒に未来に備えていた。
意地っ張りなアンドレイも、矜持があるからそうだった。
「……そう、なんですね。
僕は……何も知らないんですね」
身体が浮いている感覚。
空にいるわけでもないのに。
シグルド軍で戦っても、知らなかった。
ただ、魔法の腕があがっただけ。
今も馬術を訓練しているだけ。
僕だって、貴族に相応しくないじゃないか。
「じゃから、シグルド軍が来てくれて助かっとります。
一回分の略奪が無くなりましたからな。
誰が王であろうが、わしらは気にしません。
どの様に統治されるのかが重要なのです」
村長が肩に手をかけてくれる。
固い、働き者の手だ。
なんだか、足を地面に戻してくれたみたい。
「あなたは、まだお若い。
わしのような老人とは違う。
願わくば、あやつのようにはなって欲しくないものです」
兄さんが言っていた。
正しき法があれば、誰にとっても良い世界になる。
僕もそうだと思った。
でも、こんな背景があるなんて、想像できなかった。
貴族はみんな、位に見合う人物だと思っていた。
兄さん達が僕を守ってくれていたんだ。
だから、この現実を知らないままでいられた。
今なら、その意味が少しは分かる。
兄さんは失敗した人も助けようとしているんだ。
あの役人だって、罰が無ければ村人から私刑を受けてた。
ヴァルターさんも、残虐な姿を見せて抑止しようとしてるんだ。
ようやく、大人たちの事が分かり始めた。
きっと、飛び出したことにも意味がある。
無意味にしたら、駄目だ。
「僕は、ヴェルトマーの子供です。
今はシグルド様の元にいますが、火は消えていません」
情報を得たら、考える。
動きを止めたら終わり。
教官から習った。
戦術だけど、きっと活用できる。
軍に来たときは、考えずに動いてしまった。
その事を後悔はしてない。
でも、あの時のままじゃ家に居たのと同じだ。
ユリスがいれば、補い合えた。
僕が考えるなら、ユリスが動く。
ここにはユリスは居ない。
レックスには、そんな人が最初からいない。
だから、いつかは僕も一人で出来るようになる。
そうなれば、ユリスも安心してお嫁に行ける。
僕も兄さんの助けになれる。
「村長、壺を作りましょう。
僕が粘土を集めてきます。場所を教えてくれませんか?」
「あなたは、聖痕持ちでしょう。
そんなこと、なさらずとも……」
「聖痕のおかげで元気があります。力仕事は任せてください。
壊れたままだと不味いでしょう。
頑張りますよ!!」
地面には、もう一粒も種は落ちていない。
春は、まだ始まったばかり。
まだ、太陽は高い。
今からやれば、きっとみんなも助かる。
もう泥まみれなんだから、もっと汚れてもいい。