ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

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リーネ様はなんかこわい ―グラン歴743年

 

朝からアゼルは元気にしている。

この間出来た初めてのお友達と会えるのが楽しみなのね。

あの娘が来てから、皆さんの空気が和らいでいる気がするわ。

いつか私も外に出られるかも知れないわね。

 

あの時だって、アルヴィス様とヴァルター様の珍しい表情が引き出されていた。

それに、ユリスへ何を教えたかをヒルダ様が私へ伝えにいらっしゃった際も、

何とも言えないお顔をなされていた。

 

ヴィクトル様ご逝去の後、館から人が減って、

いつも忙しそうにされていた方々が素の表情でいられるのは喜ばしいこと。

ユリスにはもっと皆様をほぐしてもらいたいわ。

 

―――――

 

一足先にアゼルを連れ、育児室へ向かう。

前回ここで引き合わせたから、またアゼルが元気になってしまったわ。

疲れてしまって、眠らないといいけれど。

 

私はユリスが来る前に飲み物を用意しておく。

 

ヒルダ様からハーブティーは苦手とお聞きしたので果実茶にしよう。

どうせなら、シギュン様がお好きだった配合を甘くしよう。

よくあの方に褒めていただいた私自慢のブレンド。

いつかユリスもアルヴィス様に出せば、懐かしい気持ちになってくれるでしょう。

 

侍女に用意してもらった干し林檎、砕いたラズベリーそれに蜂蜜。

ラズベリーをカップへ先に入れ、上から蜂蜜をかける。

そうすると抽出中に破片が浮かび上がりづらくなって味と色がしっかり出る。

 

最後にカップの中へ輪切りにした干し林檎を2枚置く。

上手く行けば、中心の空洞からラズベリーが顔を出してくれる。

シギュン様は真ん中から浮かび上がった数でその日の運勢を占っておられました。

 

ローズヒップを入れれば見た目が紅茶に近づくけれど、酸っぱくなっちゃう。

今回は無し。

小皿で蓋をしておく。

こうすれば、ユリスが着いた後にお湯を入れて待つだけ。

 

侍女が到着を知らせてくれる。入るように促す。

ユリスが入室するなり、挨拶をしてきた。

 

「コーエン家のユリスともうします。

つつしんでごあいさつもうしあげます」

 

カーテシーもしっかり出来ている。

挨拶は貴族でなくても大切。

ヴァルター様がしっかり教えていらっしゃるのね。

 

「ちゃんとした挨拶が出来ました。えらいわねぇ。

でも、かしこまるのは最初だけでいいのよ」

 

軽く手を合わせ音を出す。

 

「折角だから、アゼルもお返ししましょう。」

 

軽く息子の背中を押す。

 

「ヴェルトマー家のアゼルともうします。

つつしんでごあいさつもうしあげます」

一礼。

少し恥ずかしそうに小さな声でご挨拶。

もっと堂々としてほしいけど、これから上手くなればいいでしょう。

 

「二人ともよく出来ています。

今日から一緒に勉強するのだから、区切りになったわね」

 

お互いをつつき合う二人。

 

「今日はそれぞれがお勉強したことをお互いに教えてもらいます。

アゼルがユリスの先生、ユリスはアゼルの先生ってこと」

 

歓声を上げてはしゃぐ二人。

腰に手を当て反り返る程胸を張るユリス。

 

「じゃあリーネ様は、わたしたちのせいと?」

 

「ママは大先生だよ」

 

「先生方、始める前に喉を潤しましょうね」

 

―――――

 

テーブルへと移り、席に着く。

ナーサリールームの家具は子供に合わせてあり、私には小さすぎる。

床に座った方が楽だけれど我慢する。

 

ユリスは目の前の蓋をされたカップが気になるようで凝視している。

 

「つけものドリンク?」

 

一体なんのことだろう?

茶葉や果実の代わりにお漬物で淹れる飲み物なんて、聞いたことがない。

 

お茶請けにそれを出すこともあるそうだから、

お茶のことをそう覚えてしまったのかしら。

 

アゼルが肩を震わせ、うずうずしている。

これは早速のチャンス。

 

「アゼル先生~、教えてあげて下さい」

 

「これはかじつちゃ

あまくておいしいやつ。

はいってるものでいろとあじがかわるんだ」

 

得意げに説明してくれた。

細かいところは、覚えていないみたいね。

 

「ここにお湯を入れて少し待つと出来るの。

お茶会ならホストの役割だからね。覚えておいて。

今回は危ないから私が注ぐわ」

 

こぽこぽと心地の良い音を立てる。

ユリスは音に合わせて、身体を揺らしている。

 

お湯に手を出すような子じゃなくてよかった。

 

全てのカップに入れ終えたら、小皿で蓋をする。

これをすると開けた時に香りが強く立ち上がる。

きっとこの子達もよろこんでくれるでしょう。

 

配合について語りたいところだけど、

それはもう少し大きくなるまで待ちます。

 

「すっぱくない?」

 

「すっぱくない」

 

酸味がとても苦手みたい。ローズヒップを抜いて正解ね。

ヒルダ様が嫌われていないといいけれど。

 

「待っている間にやることを確認しましょう

アゼル先生は立ち居振る舞いを担当。

ユリス先生は髪のお手入れ。

私の髪を二人で綺麗にしてみせてね。

飲み終わったら始めましょう」

 

ユリスが伏せていた小皿を開けようとする。

すかさずアゼルが、その手を掴んだ。

 

「それはホストのしごと

もてなされるのが呼ばれた方のしごと

のむのはうながされてから」

 

手をひっこめるユリス。

ちゃんと言うことを聞ける子ね。

前評判で構えすぎちゃったかしら。

 

「今から開けますよ〜。

ほら、見てて~」

 

ユリスのカップから蓋を外す。

小皿の内側についた水滴をこぼさないようテーブルへ。

 

留め置かれていた香りが蒸気に乗って、舞い上がる。

狙い通り、林檎の額縁に木苺が浮かぶ。

目を輝かせ、待ちきれない様子で愛らしい。

 

アゼルと私のも同じように机に置き、号令をかける。

 

「召し上がれ~

熱いからゆっくりね」

 

飛びつくユリス。

あちっと短い声を出している。

 

「はちみつがそこにたまってるよ。

スプーンつかいなよ」

 

アゼルが誇らしげに教えている。

 

こういった顔は私ではさせてあげられなかった。

同い年の子が近くにいるとやっぱり良いわね。

 

―――――

 

果実茶を飲み終わったら、ユリス先生の授業開始。

 

姿見の前へ道具を持って移動する。

私はそのまま床に座る。さっきよりも楽になった。

 

「ユリス先生はアゼルに教えてあげて。

ある程度進んだら、先生も一緒に私の髪をおねがい。」

元気な返事が2つ。

 

「まずはひろいくし。

ゆっくりしたからうえにやっていく」

 

「なんで下からなの?」

 

「姉さまがハゲるから」

 

「つぎにきもちいいやつ。

これもしたから」

 

「めんどうくさくない?」

 

「それはそう。

ヒルダ様もいってた」

 

「かみながいもんね」

 

「さいごに油。

ゆびにつけて、けさきにぬる」

 

「びんごとやればはやいよ?」

 

「姉さまがサラダになる」

 

とても微笑ましい授業ね。

シギュン様と一緒にアルヴィス様に教えた頃を思い出すわ。

 

ヒルダ様は厳しいところがあるから、

子供に教えるのは合わないかと思っていたけれど、大丈夫そう。

 

本来は結って完成だけど、まずはここまでを完璧に覚えてもらわないと。

 

―――――

 

色々足りない部分はあった。

でも、まずは褒めましょう。

段々上手になればいいわ。

 

「二人ともありがとう~。

おかげで綺麗になったわ〜。

次はお互いにやってみましょう」

 

キャッキャと子供らしい声を上げながら、

お互いの髪を触り合う二人を眺める。

 

香油瓶は私が持っておく。

 

アゼルを産んでから、私の世界は急変した。

ヴィクトル様はご逝去、シギュン様*1は膨れ始めたお腹で行方知れず。

私の主に甘えに来ていた坊ちゃんは、御当主になられた。

 

私は聖痕*2持ちを産んだだけの侍女。

ヒルダ様のように家政を司ることは出来ない。

ヴァルター様のように政治は分からない。

坊ちゃんのような炎魔法も使えない。

 

私はアゼルと館の奥へ引き下がり、

世界は数人だけになった。

 

彼らを助けることも、主を探すことも出来ない。

 

ユリスもまた、この流れで押し込められた女。

与えられるはずの時間と教育は抜け落ちている。

世界の大きさは私と変わらないのに、

皆さまの心を温められる。

 

遠くない内、アゼル達には本物の教師が着くでしょう。

ですが、それまでは。

私でも、ヴェルトマー家のため尽くせる。

 

こういう内向きのことなら私の本領だ。

シギュン様の側仕えは私。

私が仕込む。

 

 

*1
ヴェルトマー家現当主アルヴィスの実母

*2
神器を授かった人々の子孫に現れることがある印(資料集情報らしい)。

概ね5歳までに発現するらしい。




今更ですがFE的中世です。
紅茶等現実の時代考証にはそぐわないものも登場します。

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