ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

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印有り、タコ無し ―グラン歴758年

春の陽気に包まれる回廊を進む。

まだ雪に閉ざされているシレジアとは違う。

あとひと月はあそこに行きたくない。

やはり、王都は過ごしやすい。

 

若からの呼び出しだ。

おかげで昨日は、ベッドで寛げた。

今日は腰の調子も良い。

 

当主執務室に入ると、侍従が告げてくる。

 

「奥にてお待ちです。飲み物は無しとの事です」

 

短く済みそうだ。

アグストリアの統治状況か。

あるいは、イザーク利権の整理の内訳か。

戦況が伝えられるのだろうか。

 

なんにせよ、報告程度だ。

その後はユリスの顔でも見に行こう。

 

―――――

 

若の前には果実茶が置かれていた。

 

「私の分が見当たりませんが」

 

「今はユリスが滞在しているからな。

あいつに淹れさせた」

 

若は悪びれずにカップを傾ける。

 

「ほう、ならば私にもお願いしたい。

最近ユリスとも、ほとんど会えていません」

 

久しぶりにリーネの果実茶が飲みたくなってきた。

 

「安心しろ、直ぐに終わる。

その後で頼め」

 

―――――

 

若はカップをソーサーに置く。

 

「手短に済ませる。王子が退位なされる」

 

思わず眉を顰める。

 

未婚の王子が、政治から下りる。

イザークで何かあったか。

だが、誰が上に立つ。

 

言葉の意味を測る。

 

「……それだけでは分かりません。

肝心な事は、情報共有を徹底。

そうお教えしました」

 

「流石のお前でも分からないか。

私が王の実務を担う」

 

既に一門が肩代わりしている。

元暗黒教団の連中まで動員している。

クルト王子が出征され、アズムール王は御心細くなられている。

 

それを改めて宣言する。

つまり、王位簒奪か。

 

扉へ視線を向けた。

確かに閉まっている。

 

周囲を確かめ、口を開く。

 

「……王族を排するおつもりか」

 

「違う。姫に王位についていただく」

 

姫。

 

頭で言葉が繋がらない。

 

高齢の王には王子以外に子はいない。

あの若造にいるはずが無い。

どこか遠縁の娘を据えるつもりか。

 

「どなたにせよ、宮廷雀どもが認めません。

神器の王、ナーガを扱えぬ者なぞグランベル王足りえません」

 

若は肩を竦めた。

 

「王子の娘だ。直系だ。

何も問題あるまい」

 

ありえない。

あの男はシギュン様の後、女に近づこうとしなかった。

仮に、極秘裏に存在していたとしても、私が知らぬはずが無い。

 

思わず身を乗り出す。

 

「そんな話聞いたことがありません!!」

 

若が私を手で制す。

 

「貴様には知らせていなかっただけだ。

私も数年前に知らされた」

 

私に伝えない。

つまり、事情がある。

外部に赴く者が知るべきで無いこと。

 

「……説明していただけますね」

 

「良いだろう。

ここで貴様と話すといつも長くなるな。

短く済ませよう。飲み物は無しだ」

 

果実茶をすする若。

 

―――――

 

若はカップを揺らし、水面の果実を弄ぶ。

 

「姫は、母上が逃げた時についた女が産んだ」

 

……なに?

 

シギュン様の件を……ついに……。

 

まずは落ち着けることを主眼に置かねば。

 

「直系であることは確認済み。

王子が亡くなられる前には、王都に到着される」

 

謀殺か。

 

情報が足りない。

 

おどけた声を意識する。

 

「若、もしや錯乱なされましたか。

シギュン様がどのようになったのかは、我が家でも掴めていません。

それに王子が暗殺されるのであれば、近衛である我らが動かなくては」

 

「安心しろ。

私は狂気に染まっていない。

王族、いや、全ての人類を神の軛から解放する」

 

話が掴めない。

まずは心理的揺さぶりをかけ、主導権をとらなければ。

事実の確認からだ。

 

「……王子とシギュン様の事はご存じなのですね」

 

「ああ。4年程前、姉上に確認した。

イシュトー*1が産まれた後だ。

大事な時に心労をかけてはいない。

ユリスすら知っていたとは、驚いたよ」

 

……やはり、ご存じだったか。

 

だが、ユリスには誰が伝えた。

もしやアゼル様まで。

 

「そんな顔をするな。

私はお前たちには感謝している。

当主として一角になるまでに知れば、父上のようになっていたに違いない」

 

ヴィクトル様の名まで出すか。

声も震えていない。

本当に感謝しているようにしか見えない。

 

「きっかけは、王子の命令だ。

姫を探すように命じられたよ。

その探索で期せず、な」

 

賢しらな若造め!!

一門を破壊した挙句、その様なことまで!!

 

家を離れるべきでなかった。

若とアイーダが成長し、任せてしまった。

重石が抜けた途端、恥知らずめが。

 

「魔力を高めるな。貴様らしくない」

 

喉が焼けつく。

身体が背もたれに押し付けられ、自由が利かない。

若の魔力か。

 

神器。

いや、先ほどまでは何も感じなかった。

これ程までに、魔道を極められた。

 

「落ち着いたな。続けるぞ」

 

圧が消えていく。

空気が肺に戻ってくる。

 

この私が、ただの魔力で気圧された。

もう若に、正面切っては勝てないのですね。

だが、それだけでは決まらない。

 

「シギュン様を奪った王子への復讐ですか。

それなら早く言ってくださいよ。

今から王を燃やしてまいります」

 

「許さぬ。

我らは近衛、王を守る一族だ」

 

王子だけが対象。

立ち回り次第で家は潰れない。

 

姫がいるのであれば、国体は維持できる。

問題は、若がどこまで耐えられるか。

 

それに、若はあの者を兄のように慕われていた。

衝動で動かれて、後悔に沈まれては不味い。

 

「ならば、王子を殺す道理が通らない。

一体何を考えておられるのか」

 

「王子が壊れてしまう前に、終わらせる。

私が新王の実務を担い、完全なる法治国家を実現させる」

 

つまり、事実上の王権奪取狙い。

王子への愛憎でそこまで至ったか。

止めねば、家が潰れる。

 

「若が次の王子になるだけです。

重責に押しつぶされますよ。それに皆が巻き込まれる。

そこまでせずとも良いではないですか。

若は幼い頃から苦労なされた。

嫁でも探して、これまで通り過ごしましょう」

 

若の瞳が冷たくなる。

 

「貴様には、一門としての自覚が無いな。

残念だよ、心から」

 

その発言は許さない。

 

「何をおっしゃる。

私が貴方に伝えた!!」

 

「ならば、なぜ世界へ目を向けない」

 

「筋が掴めません。

王子を討つことは、炎の紋章とは関係ない。

ただの復讐だ。

そんなもので、我らの信念を汚すな!!」

 

「勘違いするな。

私は王子を休ませることが目的ではない。

王子ですら、この世界の犠牲者の一人だ。

その先に目指すものがある」

 

何を言い出すんだ。

口ぶりから、王子へは恩讐を抱いているようだ。

だが、殺して救うとは、一体。

 

若はカップを傾け、口を湿らせる。

 

「神器と聖血、それらが世を支配している。

そのせいで持つ者も持たざる者も苦しむ」

 

「貴様には直系の苦しみが分かるだろう。

父上を見ているのだからな」

 

ヴィクトル様……。

あのお方は、凡人だった。

なのに、この家に産まれてしまった。

だから王子を殺せなかった。

 

狂い、脅迫観念に襲われながらも、

直系のせいで当主から降りられなかった。

 

それに、目の前の若もだ。

7歳にして当主など、尋常じゃない。

我らと若造の支援だけで、勤めたのが異常なのだ。

 

この方もついに……。

早く世継ぎを作っていただかなければ。

 

「王子も、他の当主たちもそうだ。

皆、望まぬ役目を押し付けられている。

真面目な者程苦しむ」

 

戦友にして政友を思い浮かべる。

彼は、力不足の王を今でも支え続けている。

イザークにありながら、宰相として国家を回す。

 

それよりも家族と共に過ごしたがっていた。

私にもその気持ちが分かる。

 

「自らの苦しみを他人に投影しているだけです」

 

「そう捉えるか。まあいい。

聖痕持ちもそうだ。

姉上の事は貴様の方が詳しいだろう。

私が産まれる前も知っているのだからな」

 

ヒルダ様は、先代の長女として誕生された。

聖痕が浮かび上がった当初は問題なかった。

だが、しばらくすると風向きが変わった。

 

天賦の才に加え、長女としての信念を持ち、万事を修められた。

学園に入る前ですら、炎魔法以外は先代を上回っておられた。

 

先代はその非凡さと黒髪から自らの子で無いとお考えになった。

それが伝播し、多く囲っていた愛人たちからも馬鹿にされていた。

それでも、先代を補い、家のために尽くしていた。

 

「私が産まれた後、

そして当主になった後のことも思い出せ。

常に辛苦に苛まれていた」

 

逆風は強くなった。

若が生まれて間もない頃に、直系であることが判明したからだ。

 

先代にとって、ヒルダ様は不要となった。

 

自分より仕事が出来、

愛人やシギュン様の扱いに口を出す娘を疎んでいた。

実務の観点から、私達の反対で残っていただいたが、申し訳ないことをした。

それからは、内向きの仕事と若の教育に押し込められた。

 

極めつけは、先代の死後だ。

後目争いを起こさないための振る舞いを強制させてしまった。

仲睦まじいアルヴィス様へ姉として接することすら奪われた。

ブルーム様との婚姻を先延ばしにしてまで家に尽くした。

彼女が居なければ、今のヴェルトマーは無い。

 

「我が家で言えば、ユリスもだ。

それに、ユングヴィの次期当主もそうだ。

聖痕持ちも血に縛られている」

 

胸が痛む。

だが、ヴェルトマーを支えるのが我らの使命だ。

 

「ユリスは、我が子です。

覚悟が出来ている」

 

あの子には、大したことを教えてやれなかった。

だが、ヒルダ様とリーネから教育を受けている。

その程度の労苦なぞ、当然だ。

 

「そうか。押しつぶされないといいな。

血を持たぬ者もそうだ。

征服したヴェルダン、アグストリアでは不正が絶えない。

貴様のように、聖痕を持たぬ聖戦士に連なる者が横暴を働いている。

それを受けるのは、平民だ。

抑えるものが必要だとは思わないか」

 

「……それは、官僚不足のせいです。

占領地が増えたから、仕方ありません」

 

「土地が減れば満足か。

だが、今の戦争は未来の王国経済を支えるためのものだ。

貴様も理解できるだろう」

 

若もイザーク戦の意義を理解されている。

経済にも配慮していたか。

 

「……何がしたいのですか。

我らには血と神器がある。それは変えられない」

 

理想論者は現実を見ない。

だが、若は実態に取り組まなくてはならない。

 

「遍く全てを従える律を作る。

神から脱却し、人間の作る仕組みが統治する。

だが、それだけでは貴族と民は従わない。

現世の長が服従すれば、誰も逆らわない。

血に纏わる属人的な今を変える。

神器をただの道具に下ろす」

 

意思は固いようだな。

 

ならば、現実を突きつける。

思いだけなら、折る。

 

「それで実権剥奪ですか。

家として何も利益がありません」

 

「それがどうした。

我らは炎を抱く者。

ただの貴族や商人なぞではない。

貴様と姉上から引き継いだ、ファイアーエムブレム」

 

家是を出されると弱い。

それだけは、我らが否定してはならぬ。

 

「王子を殺すことが正義ですか。

随分と御冗談が上手くなりましたね。

クルトにいさまに甘えられなくなりますよ」

 

あの者への思いは捨てきれないでしょう。

恩讐は振り切れない。

 

「そうだ。

暗闇を切り開き、照らしだすのが我らだ。

ファラより以前から続く、我らの系譜」

 

若は空になった果実茶を眺める。

少しの悲しみを顔に浮かべ、私に向き直る。

 

「私はクルト兄さまを殺す。

そして、我らの痛みを未来から滅却する」

 

心理攻撃は効果が薄いか。

 

「現実的ではありません。

殺害は出来ても、そこまでです。

各家が専横を許さない」

 

ヴェルトマーは中立だ。

旗色を決めず、必要な時だけ出し抜く。

そんなことは、どこも許しはしない。

 

「ドズルとフリージは提携済みだ。

それに、ユングヴィの次期当主も私が面倒を見ている」

 

王家を除く六家の過半数を取っていたか。

王子派の家まで取り込んでいる。

政治も抜かりない。

 

残弾はあと一つ。

 

「ヒルダ様のご子息、

あなたの甥と姪も巻き込むおつもりか」

 

ヒルダ様を大切に思っているなら、

子供たちも説得材料になるはず。

 

「安心しろ、姉上は最初から味方だ。

その未来を暖めるためだ。

決して我ら姉弟のようにはさせない」

 

「姉上、いいな。

今なら家中でもそう呼べる」

 

手が浮かばない。

 

「……私は……」

 

若は、大きくなられた。

いつまでも小さな頃のままだと勘違いしていたのかもしれない。

当主としての全てを備えている。

もう、教えることは残っていないのだな。

 

「貴様に無理を強いるつもりはない。

長い間良く尽くしてくれた」

 

……最後のご奉公だな。

 

「効果的にお使いください」

 

「殺すなら、もっと上手くやる。

純粋な謝意からだ。

貴様をどうこうすることはない。

ただ、情勢が安定するまではユリスの縁談は待ってくれ」

 

良い返しだ。

本当に何もない。

 

私は、若の知らない部分を補うことにしよう。

 

「いつになったら、落ち着くんでしょうかね。

死ぬ前には、娘の花嫁姿を見せてくださいよ」

 

「私はファラの末裔探しを担当しましょう。外回りには慣れてます。

先代は様々な所に愛人がいましたからな。

若は家中で粛清した者しか知らないでしょう」

 

若が笑う。

この部屋で見たことがない表情だ。

 

「全く、父上は仕方ないな。

話を聞かせてくれ。まだお前が必要だ。

飲み物を持ってこさせよう」

 

若が立ち上がり、扉に向かって歩いていく。

 

不思議な解放感に包まれていた。

 

これまで、長かった。

娘たちにも寂しい思いをさせてしまった。

アムネリスにも長いこと挨拶出来てない。

これからは、家族のことも考えよう。

ユリスも暫くは嫁がない。

それまでは、父親らしいことをしよう。

 

外からこの密談部屋にまで届く音がする。

若は足を止めた。

 

私は懐から魔導書を取り出し、若へ手渡す。

若の前に立ち、携行ナイフを構える。

 

扉が叩かれる。

というよりは蹴られているのか。

 

若と視線を合わせる。

 

「誰だ。会談中だ」

 

「ユリス様です!!

よくわかりません!!」

 

侍従の返答が聞こえた。

彼らしくない、要領がつかめない返事。

 

私がやらなくてはならないことは、残っているらしい。

 

「若、空けますよ」

 

扉を開く。

向こうから若を見えぬような位置取りを意識する。

 

そこには、両肩に人の胴体を渡して運ぶユリスが居た。

片腕は、担がれた人物から垂れ下がった銀髪に覆われている。

手と足がユリスの上着で縛られている。

 

「緊急。解除済み。

空から降ってきた。

リカバーちょうだい」

 

……分からん。

*1
ヒルダの長男。

数年後に分かるが直系ではない。

おかあさんといっしょだね。




大胆な登場はヒロインの特権。
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