記憶喪失直後なのでお許しください。
まだ目が開ききらない時間にユーちゃんが来る。
涼しい風が窓から入る。
掛け布団を抱きしめていると、そのまま鏡台に運ばれた。
わたしの髪をユーちゃんの櫛が通るたび、だんだん眠気が抜けていく。
ぼーっとしていると、ユーちゃんに頭をゆすられる。
「朝シェイク。諸刃の剣」
目は覚めるけど、くらくらする。
頭を預けると軽く叩かれた。
でも、もう一回髪を整えてくれる。
「起きました。ゆるしてユーちゃん。
自分で着替えます。ちょっと手伝って」
「ドラちゃんは甘えん坊」
手には、動きやすそうな衣類を持っている。
普段はもっと装飾が多い。
実は少し苦手。なんだか窮屈。
でも、拾ってもらってるから言いづらい。
「その服は?
いつもと違うよ」
ユーちゃんも寝ぼけてるんだ。
一緒に二度寝したい。
ここに来たばかりの時みたいに、一緒に寝てくれないかな。
「今日はこっち。身体の記憶を探す」
何するんだろう。
改めて服を見る。
かなりヒラヒラしている。
どうやって着るんだろう。
―――――
ユーちゃんの力を借りて朝の支度を終わらせた。
朝ごはんを貰いに行くと思ったら、呼び止められる。
「今日は魔法を試そう」
ユーちゃんは大きな鞄を持っている。
いつの間に運んだんだろう。
ユーちゃんは小さいから、大変そう。
ベッドの上に置いて、手招きしてる。
鞄を挟んで、並んで座る。
中身を見せてくれる。
豪華な装丁の分厚い本が5冊並んでいる。
「炎・雷・風・光・闇。
どれに惹かれる?」
「一番きれいなのは光?だね。
でも、汚してしまいそう。
手に取りやすそうなのはこれ」
黒色の魔導書を両手で掴み取る。
日の光を吸い込む深い黒。
手に吸いついてくる。
でも、嫌な感じもする。
なんだか不思議。
ユーちゃんは何も言わない。
ただ、わたしの手を見ている。
「わたしの手に馴染むけど、
味方をしてくれないような気がする」
鞄の中に戻す。
あんまり長い間持っていたくない。
昔に嫌なことがあったのかも。
「アンビバレント。
光も持ってみて。
魔導書は食器。使い込んでも綺麗に保つことが重要」
金細工の付いた白い魔導書を差し出すユーちゃん。
朝日を反射して輝いている。
受け取ると、更に書が光った気がする。
初めて持つのに、身体の一部みたい。
「それはアルヴィス様がくれた。
ヤバ森探索でおねだりした」
当主様のだから豪華なんだ。
「なかなかアツイ奴。
止まったハートも動き出す」
ユーちゃんの眼差しはこの本に注がれている。
まるで信頼する友達みたい。
「たしかに暖かい感じがする。
森の明かりになってくれるんだね」
「もっと刺激的。
ドラちゃんと親和性があるみたい。
あげる。後で試そう」
「贈り物だよね。アルヴィス様からの」
それなのに、貰っていいのかな。
「……実はまだ使いこなせない。
その書も雑に扱われるより、
ちゃんと使えそうなドラちゃんの方が嬉しい」
ユーちゃんが表紙を軽く叩く。
わたしを撫でる時よりもぞんざい。
でも、気心が知れている。
わたし達もそうなれるかな。
「お名前を教えて。
この子のことを大事にしたいの」
持ち上げて、朝日にかざす。
反射だけではない輝きがある気がする。
「その魔導書は、上級光魔法オーラ*1。
固有の名前はない。発想で負けた」
オーラ。
どこか耳馴染みがある。
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
「懐かしい感じがする」
ずっとわたしと一緒にいた、そんな気がする。
それがまたわたしの手元に戻って来てくれた。
そんな感覚がぬぐえない。
「記憶の手掛かりになるとは思いもしなかった。
どの魔法を使っていようが、私は差別しない。
炎を取らなかったことは根に持つけど」
赤い魔導書を手に取り、戦うポーズを取っている。
とても様になっている。
その本だけは、少し色あせている。
「炎の魔法も教えてね。
光より、もっと暖かそう」
「アチアチな奴。ヤケドするぜ」
顎に手を当てて、ユーちゃんがかっこつけてる。
身長もあいまって、子供みたい。
「ユーちゃんに杖使ってもらうから大丈夫だね」
わたしは空から落ちてきたらしい。
意識を取り戻さないから、
リカバーの杖*2をユーちゃんが使ったと教えてくれた。
わたしも誰かを癒せるようになりたい。
「ついでに雷も試してみて。
幼馴染のパチっ娘の十八番」
パチッコさん。
どんな人なんだろう。
きっと優しいんだろうな。
「雷は明るいし、光に似てるんだろうね。
わたしにも使えるかも」
「柔軟な思考は素晴らしい」
ユーちゃんが真面目な顔をしてる。
「でも、あまりそんな風に言わない方がいい。
愚弄と思われかねない。
系統ごとに誇りを強く持ちすぎてる人が多いから」
話を打ち切るように手を叩いた。
「つまり、魔導士はめんどくさい。
ついでに戦士も武器のこだわりがめんどくさい」
そうなんだ。
戦う人達は装備にプライドがあるんだ。
「……さっきはごめんなさい。
炎を光と混同してしまって」
炎の魔導書を振りながら答えてくれる。
「私は気にしない。
魔法は所詮道具。
炎がアイデンティティになっている所はあるけど、それはそれ。
むしろ、他魔法と混ぜて強くしたい」
「そんなことも出来るんですね」
目を逸らされた。
「……不可能。
息の合った術者が完璧に調整しないと、ただぶつかり合うだけ。
つまり、現実的では一切ない」
「わたしとならいつか出来るようになるよ。
ユーちゃんが教えてくれるんだから」
腕を組み、胸を強調するユーちゃん。
「良い心がけだ、我が弟子よ。
ちなみにうちでは、魔法とかを最初に教えることを火継ぎと呼ぶ。
まさか、私が火継ぎが出来るとは思ってなかった。感動」
深く頷きながら、感慨深そうにしている。
そんなに大事なことなんだ。
「ユーちゃんはそれする予定がなかったの?」
「うん。いつ嫁ぐか分からないから。
超絶完璧新妻になると、うちから出ていくことになる。
こういう風習は相手の家には無いと思う」
記憶が無くなったわたしに優しいユーちゃん。
また、失われる。
何も分からない内に。
「……いなくなっちゃうんだ」
ユーちゃんが立ち上がり、
わたしを正面から抱きしめてくれる。
小さくて暖かい。
包み込まれていると落ち着く。
「いつかはね。でも、今日じゃないよ」
ずっと一緒にいたいな。
「ヴェルトマーは婚期ノロノロ族。
それに今は時期が悪い。すぐには行かないよ」*3
―――――
いつも通り、私用の食堂に連れていかれる。
大食堂は人数が多く、驚いちゃうからと教えられてる。
だんだんと焼きたてのパンの香りがしてきた。
隣でユーちゃんのお腹が鳴ってる。
ユーちゃんが扉をあけると、先に当主様がいた。
「おはよう、アルヴィス様」
一切ぶれないカーテシー。
ユーちゃんに続く。
「おはようございます、アルヴィス様」
わたしはまだふらついてしまう。
練習として毎朝やっているけど、慣れない。
アルヴィス様は書類から顔を上げて、こちらを見ている。
「おはよう、二人とも。
席に着け」
―――――
朝食がそれぞれに配膳されていく。
白パンとチーズ、それに香草入りオムレツ。
デザートにはいちごもある。
朝日に照らされていて、新鮮そう。
オムレツを切りながら、ユーちゃんが注意する。
「アルヴィス様、またうねってる。
サボりすぎ」
アルヴィス様はユーちゃんと同じ赤髪。
だけどウェーブがかかってる。
またユーちゃんが叱ってる。
意外と身だしなみにうるさい。
「私が止まれば、国が止まる。
髪なぞに割く時間はない」
無理に固い表情をしている感じがする。
「王様気取り。
アグストリアのせいで忙しいのは分かる。
でも、乙女の変化に気付けないのは駄目」
服のことかな。
今日は動きやすいし。
パンにチーズを塗るナイフを、ユーちゃんから向けられる。
よく伸びるチーズだなぁ。
「ドラちゃん、アルヴィス様のことどう思う?」
アルヴィス様。
ユーちゃんと仲よさそう。
こんなわたしを置いてくれている。
見た目は少し怖いけど、悪い人では無いと思う。
「ユリス。
突然何を言い出す。
記憶を失った者にその様なことを聞くべきでない」
二人ともわたしを気遣ってくれているんだ。
なら、わたしもお返ししないと。
一旦、食器を置いてアルヴィス様の瞳をのぞき込む。
揺れる炎みたい。
なんだかわたしに遠慮がある気がする。
それなら、こっちから踏み込む。
わたしに出来るのはそれだけだから。
「寂しそうです」
アルヴィス様の食器も止まる。
普段は弟さんと食べてたってユーちゃんが言ってた。
今はわたしたちしか一緒に食べる人がいない。
「その様な事はない」
目を逸らされた。
「ごめんなさい。
でも、どこかそんな気がしました。
わたしは何もできないけど、側にいるくらいはできます。
話さなくても、となりに誰かいるだけで楽になりますよ」
何も分からなかった時、ユーちゃんが側にいてくれた。
記憶は戻らなかったけど、安心できた。
「必要ない……私は世界の責任を負う者だ」
腕を組んでわたしたちを見守るユーちゃん。
頷きながら、口はもぐもぐしてる。
偉い人でも、寂しくなるよね。
「なら、お話ししましょう。
わたしも記憶を思い出せるかもしれません。
きっと、楽しいですよ」
「……」
食器の音すら聞こえない。
困らせちゃったかな。
「ドラちゃんはまだマナーが不十分。
その試験として、当主様とのお茶会を命じる。
後で教えるから、お茶を振舞ってみせて。
私は闇系のお仕事があるから、二人でね」
ユーちゃんはいちごを食べ始めている。
「……その呼び方はなんだ。
名前は正しく呼ぶべきだ」
あだ名、気に入ってるんだけどなぁ。
今のわたしが手に入れたものだし。
「私のエゴと実益を兼ねてる。
ドラちゃんが当主から追い出されても、
私が責任を取ると態度で示している。
誰よりも男前な女、ユリス」
そうだったんだ。
ユーちゃんと離れなくていいかもしれないんだ。
どこに嫁ぐんだろう。ご飯が美味しいといいな。
「放り出す真似はしない。
保護する以上、当たり前だ」
「それだけだと周りは扱いに困る。
アルヴィス様は私にもっと感謝すべき」
「まともな方法を取れ。
貴様の私欲も含まれているのだろう」
「うん。リーネ様の真似。
シギュン様とあだ名で呼び合ったって言ってた。
……実はそういうのに憧れてた。
他に明るい話題もなかったから」
遠い目をしている。
ユーちゃんらしくない。
いちごのへたをお皿に投げている。
「……相手の許可を取ってからだ」
「わたしは嬉しいです。
なんだか、二人だけの約束みたいで気に入ってます。
アルヴィス様もどうですか?
アル様とか、ヴィー様とか」
アルヴィス様の手は止まったままだ。
ユーちゃんが膝からナプキンを取り、机の上に置く。
「気を使える女、ユリス。
無理強いなんてしたことない。
それより、ごはんを食べよう」
ユーちゃんのお皿は綺麗になっていた。
わたしとアルヴィス様はまだ残ってる。
「先に準備しておく。
ドラちゃんは食べ終わったら部屋に戻って来て。
急がなくていい」
立ち上がって、部屋から出ていくユーちゃん。
わたしにウインクしてきた。
アルヴィス様をわたしに任せてくれたんだね。
仲がいいからこそ、話しづらいこともあるよね。
「どっちがいいですか?
もっと打ち解けられますよ」
「……アルヴィスで頼む。
茶会を楽しみにしておく。それで許してくれ」
あだ名は好きじゃないみたい。
でも、お話しはしてくれそう。
「なら、好みを教えてください。
それに合わせてユーちゃんと用意します。
他にも、アルヴィス様のことも聞きたいです」
一緒に様々な話をした。
弟のアゼル様が好きな物。
よく読んでいた小説を教えてくれた。
あとで書斎で探してみよう。
姉のヒルダ様のすごい所。
魔法が得意で、ヴェルトマーを支えてたそう。
よく分からなかったけど、アルヴィス様が尊敬してるのは分かった。
のんびりしすぎて、ユーちゃんに連れて行かれちゃった。
もう少し話していたかった。
その話をしている間は、ずっと優しい顔をしていた。
終わりの時も朝ごはんが残ってた。
きっとこの人もわたしと変わらない。
それでも、我慢してるんだと思う。