ユリスの物語はあと5話で終わります。
クロード神父を迎えると、話があるとのことだった。
城の小汚い大部屋にうちの主要メンバーだけが集められる。
海賊の根城に会議室なんて高尚なものはない。
机も地図すらないただ広いだけの部屋だ。
酒瓶や武器がそこら中に転がっている。
壁には略奪品と思われる品が飾られている。
日の光も入らず、照明だけが薄暗く部屋を照らす。
なんだか、先輩たちのアジトを思い出す。
シグルド様が代表して口を開く。
「クロード様、皆に状況を説明していただきたい」
神父の巡礼以外に目的があったのか。
神聖な世界には、戦時下も関係ないものと思っていた。
つまり、それだけ重要な要件。
「私がこのような時期に巡礼した理由をお答えします。
まずは、グランベル王国の状況からご説明します。
ティルテュ、貴女は退室しても良いのですよ」
正直、助かる。
アグストリアにずっと居たからな。
国内の現状なんざほとんど知らねえ。
イザーク戦もどうなってんのか気になる。
親父達のことだから、生きてはいるだろうが。
「あたし、むずかしいことは分かんない。
でも、聞いておいてユリスにも教えてあげたい」
ユリスが情報を掴めていない。
相当忙殺されてるな。
王国内で何かあったのは間違いない。
「……楽しく無い話です。覚悟しておきなさい」
ティルテュはピンと来ていなさそうだ。
神父の口ぶりからして政治か。
この軍にはティルテュと俺たち反王子派の家、
シグルド様とユングヴィ姉妹の王子派の家の子息がいる。
加えて、中立のヴェルトマーまで揃ってる。
ここでは争いなんてないが、王都で当主たちがやりあってるんだろう。
そりゃあ、気まずいよな。
神父には伝えられないが、イザークの王女までいる。
政治的には聞かせるべきじゃないが、仲間に隠し事をしたくない。
シグルド様が目で神父を促す。
「では、お話ししましょう。
イザーク遠征からの帰り道、クルト王子が暗殺されました」
神父の落ち着いた声が響き渡る。
誰も声を発せない。
王子が殺された。
神器の長を持っている奴がやられる。
人間程度じゃない。
暗黒神を下すための魔導書が負ける。
想像できない。
俺たちのイチイバルやゲイボルグより強いんだぞ。
親父のスワンチカでもだ。
それに王子には跡継ぎも居ない。
年老いたアズムール王しか聖ヘイムの血は残っていない。
つまり、イザークの策略だな。
「え~!?
嘘でしょ!?」
ティルテュの声が場に響く。
誰だって信じられない。
こいつも知らないあたり、国内でも秘密にされているのか。
「宮廷では常に王子の側にいたバイロン卿*1とリング卿*2が疑われています。
反王子派が多数を占めている以上、その様な風向きになってしまいました。
神託により真実を確かめ、陛下へ伝えるべくブラギの塔に参りました*3」
王子暗殺には、並みの戦士じゃ足りない。
絶対に直系が複数必要だ。
それなら、親父とレプトール卿でも足りるはず。
だが、元から敵対的な立場にある以上、そう簡単には近づけないだろう。
出来たとしても、気を抜くはずが無い。
そんなところか。
シグルド様が問いただす。
大将には動揺が無い。事前に知らされていたな。
「ティルテュ、君はレプトール卿の娘だ。
なぜ来たんだ」
旗色を明らかにする必要がある。
さもなくば、吊し上げになる。
大将とはいえ、嫌な役回りを押し付けちまった。
同じような立場の俺が率先すべきだった。
「あたし、そこまで考えてなかった……。
神父様が無事に帰ってこれるようにって……。
でも、お父さまはきっと間違ったことはしてないはず。
神父様、真実を教えて」
身体の前で祈るように手を握っている。
やっぱり、こいつは知らなかった。
父親に対する信頼は大したもんだ。
多分、親父達がやったんだろうな。
……馬鹿だぜ。
「イザーク戦争が激化した原因、
マナナン王*4の殺害もレプトール卿が仕組みました。
イザーク征服の口実のためです」
ティルテュの顔が青ざめる。
……初めて見る顔だ。
そんなの、一生目にしたくなかった。
アイラが柄に手をかけた。
殺気が部屋に満ち始める。
親兄弟と祖国の仇、そして幼いシャナンに流浪を強いた奴。
その娘が目の前にいる。
気持ちは分かる。
だが、させない。
俺も斧に手をかける。
勝てるなんざ思わないが、壁にはなってやる。
神父が続ける。
「王子暗殺を企み、その罪をバイロン卿とリング卿に擦りつけました。
実行犯にはランゴバルト卿もいます」
……やっぱり親父もか。
何がしてえんだよ。
「……ほんと……なんだよね……」
「お姉さま……さみしがってた……。
産まれたばかりのイシュタルも見せられてない……。
帰ってきたら……紅茶飲むって言ってたのに……。
お父さま……どうして……」
床にへたり込み、俯いている。
祈りを捧げているようにも見える。
声を殺そうとしているが、漏れている。
アイラも柄から手を離した。
今の状態じゃあ、こいつは逃げられない。
諦めてくれて助かった。
「レプトール卿の野望は明確な罪です。
ですが、ブラギ神にも見通せない邪悪な意思が背後にうごめいています」
斧を握りしめる。
そんなこと言われても慰めにならねえよ。
こいつがどれだけあんたと、父親を信じているか知ってんだろ。
こいつは、あんたのこと本当に気に入ってんだ。
そこまでにしてくれよ。
「……ッ‼
まさか、……暗黒教団が‼」
あいつらも関わってんのか。
だが、親父のやったことは許されない。
親父と兄貴の首で済めばいいが。
……俺も年貢の納め時だな。
あのアンドレイだって、当主をやってんだ。
労苦を下に押し付ける奴を、いい男とは呼べない。
ブリアン*5たちが立派になるまでは助けてやるか。
「そうです。
バイロン卿の命脈はまだ絶えていません。
決して軽挙妄動に走ってはなりません」
神父を無事に王都へ送り届ける。
それが俺の最後の仕事になるかもな。
「……お父さまを止めなきゃ。
あたしはトードの末裔……。誤りを正す稲妻。
あたしは……詳しいんだ……。
なんで……お父さまが……教えてくれたのに……」
震える手が魔導書を取り落とす。
こいつには、やらせない。
最悪の時は俺が、親父諸共討つ。
神器があろうが関係ない。
先輩たちやユリスの力を借りて、殺る。
―――――
ティルテュのすすり泣きだけが響く。
アゼルが抱きしめて落ち着かせようとしてる。
足音が外から聞こえてきた。
扉を叩くことなく、許可を出す前に飛び込んできた。
「錦旗を掲げたグランベル軍が、我らに投降を呼びかけています‼」
……は?
斧を取り落とす。
石床から鈍い音がする。
ティルテュの泣き声しか聞こえない。
「フリージ家、ドズル家の当主旗も見えます。
反逆者シグルド一味を捕らえると申しております。
歯向かうなら、容赦はしないとのことです」
親父は敵対派閥の次世代も潰すつもりか。
だが、ここには中立のヴェルトマーとエッダもいる。
……邪魔者全てを葬る。
本気で、簒奪するつもりか。
「そんな……王は神父を待てなかったのか……」
シグルド様は壁に背中を預け、ずり落ちていく。
「何のためにエルトシャンまで死なせて戦ったんだ‼」
拳を叩きつける。
壁が砕け、破片が飛び散る。
バルドの血に、石壁が耐えられなかった。
そのまま蹲ってしまった。
シグルド様はまだ立ち直れそうにない。
俺が反逆人の息子として、立ち向かわなければ。
拾い上げた斧の柄尻で床を叩き、天高く掲げる。
「聞いてくれ、みんな‼
俺は、シグルド様に斧を捧げる‼
柄じゃないが、俺も聖戦士の末裔。悪事に手を貸すつもりはねぇ。
親父を討つ。
オイフェ、作戦をくれ」
「えっ⁉ですが……」
「ガタガタいってる場合か。
継承者相手だ、時間がねえ。
お前は作戦を考えとけ」
アゼルがティルテュから離れ、立ち上がる。
「戦うつもりがある人は、ここに残って戦いの準備。
そうじゃない人は、ブラギの塔に行って。
クロード様、引率お願いします。
あなたが聖地に居れば蔑ろにされないはずです。
最悪の場合でも、それなりの兵力があれば下手なことはされません」
アゼルも分かってくれたか。
「レンスター組とシレジア組、それとラケシスは絶対そっちに向かって。
シャナンにアイラさん……ごめん、戦いが始まったらどさくさに紛れて逃げて」
政治方面が抜けてた。
俺も頭に血がのぼってるな。
「おい、ここまで来てそれはないだろ。
俺は王宮よりこっちが気に入ってるんだ」
レヴィンが食ってかかる。
アゼルは顔を逸らさない。
「ごめん。
君が戦うとシレジアまで巻き込む。
民を巻き込むのは、君も嫌だろう」
「それはそうだ。
俺が死ねば王位継承争いは終わる。
どうなろうが叔父上は、グランベルと戦わないさ」*6
レヴィンの意思は固そうだ。
直系が一人でも多く欲しい場面だ。
正直助かる。
「私も共に戦います。
兄上と同じく、正道を歩み斃れるのなら後悔は有りません。
それがノディオンの生き方です」
ラケシスもか。
地元住民の協力も得やすくなるな。
「あたしも……戦う。
お父さまの目を覚まさせてやるんだから‼」
膝は笑ってる。
だが、トローンをこちらに突き出している。
……嫌な決意をさせちまったな。
―――――
兵士全体に伝えたが、誰一人塔へ向かう奴は出なかった。
背中を撃つわけがないって、分かってるだろうに。
全く、頼りになる奴らだぜ。
勝てるなんざ思わないが、
逃げ出せる位の隙は作ってやらないとな。
もう一度、集合し軍議を開く。
継承者二人は勿論、騎士団も恐ろしい。
重装魔法兵を主体とするゲルプリッター。
ティルテュの家の騎士団。
機動力を駆使して対抗するしかない。
重装斧騎兵のグラオリッター。
うちの騎士団だからこそ、その恐ろしさが骨身にしみている。
固い、強い、早い。
魔法に弱い位しか弱点が思いつかねえ。
暗い雰囲気の中、扉が叩かれる。
まさか、ロートリッターのおかわりは無いよな。
今度は見慣れない奴が入ってきた。
緑髪で白い軽装鎧。
うちのフィリーと似ている。天馬騎士か。
明らかにシレジアの女だ。
レヴィンを連れ帰りに来たか。
それにしても、タイミングが良すぎる。
「私はシレジア天馬騎士団団長のマーニャ。
シレジア王女ラーナ様の命令で、シグルド様達をお迎えに参りました」
「……祖国に裏切られた私を救ってくれるというのか」
壁にもたれたままのシグルド様が顔を上げる。
お人よしの大将が、疑っている。
……親父のせいか。
本当に取り返しのつかないことをやりやがった。
「今はシレジアに退避し、名誉が回復されるまで機をお待ち下さい。
我ら天馬騎士団が護送します。
追討軍に神器が二つあろうが、無事送り届けて見せます」
この部屋で、初めて光明が見えた気がする。
この流れは原作と同じです。
・イザーク遠征の帰路、クルト王子暗殺(レプトール&ランゴバルド)
・バイロン卿とリング卿が行ったとされている(冤罪)
・シグルドは父と共謀しているとされ、自国の軍に追われる立場になった
・シレジアへペガサスで空を飛び脱出。
・何かが暗躍している可能性あり
登場人物は全てを把握できているわけではありません。
それぞれの持つ情報で判断しています。