暖炉の火に手をかざす。
雪国は想像以上に進みにくい。
まだ秋だというのに雪が降る。
シレジアが中立を保ち続けられた理由を体感した。
あの女に押し付けられた防寒具が役立つとはな。
予備になって助かった。
……もう僕は既婚者だ。そんなもの送るべきではない。
だから、未だに相手が見つからないんだ。
侍従が茶を持ってきたことを知らせてくる。
口に含むと、身体の内側が温まり落ち着く。
ダッカー公*1との会談まで、思考を深めておくべきだ。
イザークもだが、地の利は机上で立てた計画よりも大きく影響する。
この土地に適した運用法を指揮官たちと練るべきだな。
気の進まない仕事だが、必要なことだ。
我がユングヴィは、蛮族どもの卑劣な略奪で多大な損害を被った。
ヴェルダンを征服した後、財を取り戻そうとしたが既に売り払われてしまった。
加えて、イザーク遠征の費用に僕の結婚式。
そして復興費用で、財はほとんど残っていない。
……聖堂の女性たちを保護し続けることも出来なかった。
薪が爆ぜる。
色といい突然破裂する所といい、あいつを思い出してしまう。
雪を溶かすには便利だろう。
ここにいれば外の兵士たちの雪かきでも手伝わせる所だ。
不幸中の幸いといえば、ヴェルダンが王国領になったことくらいだ。
良質な木材が入手しやすくなり、強靭な弓を作成しやすくなった*2。
加えて、関税撤廃により交易が活発化し、将来的な収入は上向くという推計が出ている。
ただ、手元の資産だけが心もとない。
そこに、シレジアの内乱を感知した。
以前からダッカー公とレヴィン王子を擁立する王妃ラーナが次の王座を争っていた。
だが、シグルド様が率いる反乱軍がシレジア入りしたことで状況が変わった。
王妃が匿っているようだが、ヴェルトマーの目はごまかせない。
その中に出奔していた王子がいるそうだ。
師の情報では、両派閥の軍事的衝突は目前とのことだ。
王妃側に、反乱軍がつく可能性が高い。
我らバイゲリッターはダッカー公に助力し、外貨を稼ぐ。
傭兵じみた行為だが、誇りでは民を養えない。
昔はトラキア王を見下していたが、今では尊敬している。
シレジア軍は伝統的に風魔導士と天馬騎士団で構成されている。
特に、後者の機動力と奇襲性に偏重傾向がある。
だが、我らにとって奴らはトンボに過ぎない。
イザークを切り抜けた精鋭にとって、
建国以来中立を保ち続けた国軍など大した敵ではない。
最小の労力で、最大の利益を上げる。
師から学んだことだ。
それに、これは我が家のためにもなる。
エーディン姉上が反乱軍に所属している。
真偽は怪しいが、イチイバルの使用も確認されている。
これを受けてユングヴィは反乱軍に寝返りかねないと疑われている。
父の殺害に協力していただいた、
ランゴバルト卿とレプトール卿には信じていただいている。
だが、国王には怪しまれている。
師はその疑いを減らして来いと仰った。
事前情報だと、反乱軍と我らが直接争う確率は低いとのことだ。
外部勢力だけで政争に決着をつけるほど、シレジアは愚かでないそうだ。
僕もそれを尊重し、求められなければ王妃派のペガサスナイト掃討で撤退しよう。
だが、反乱軍との戦闘も考慮しておくべきだ。
直接目にしたことが無い者も多い。
聖血を持たぬ者の中でも、注意すべきは二名だろう。
著名な傭兵ベオウルフ。
あのヴォルツやエルトシャン先輩の元で腕を磨いたそうだ。
戦時中に反乱軍に寝返ったらしい。
金銭を用意しておけば、引き込めるかもしれない。
ヴェルダン王子で恐るべき射手ジャムカ。
彼の弓術の腕はユングヴィにも知れ渡っていた。
あの蛮族どもの中ではまともな男。
シグルド先輩の統治にも力を貸していた。
エーディン姉上の救助にも一役買ったとか。
だが、弓を用いた機動集団戦は我らの方が上。
学園で鎬を削った者達は、まだ想定すべきでない。
……あの頃よりも成長しているはずだ。
暖炉を眺める。
火を見つめると心が落ち着く、そうアゼルから教わった。
彼ですら賊軍にいる。
あの純粋な灯が悪に加担するとは思えない。
先輩たちも末裔としての誇りを持ち、上位者としては軽いが、善良な人たちだ。
大脱出-エクソダス-の時と同じで、仲間外れにされているみたいだ。
今度はあの女も僕と同じだ。
アゼルと会えば向こうに行ってしまうのだろうか。
もう一度、薪が爆ぜる。
本当に、あの女みたいだ。
余計な思考に浸り過ぎてしまった。
紅茶を口に含む。既に冷めている。
侍従に取り換えさせる。
いつの間にか、外の吹雪も強くなっている。
窓を叩く音が大きくなっていた。
万が一、我らが敗北することになっても問題ない。
僕は、父上とは違う。
挽回策を常に備えている。
ヴェルトマーからもらい受けた嫁が、本城を回せている。
軍勢の一部もそちらに残してあり、後進育成をさせている。
既に、息子のスコピオも産まれている。
聖痕の確認まで待ちたいが、僕の息子だ。
この体制を築くまで2年もかかった。
最大の障害であった父上の排除からは円滑に進んだ。
僕はあんな男に認められようと無駄な努力をしていた。
愚かだった。
加えて、賊軍に姉上がいるのであれば、どちらかは官軍になれる。
どう転ぼうが、家は安定する。
……もしブリギッド姉上が帰還すれば、当主を譲るべきだろうか。
十分な能力があればすべきだな。
これまでの功績と僕の意地ごときよりも、家の安定が優先されるべきだ。
……彼女たちを繰り返してはならない。
新しい紅茶が運ばれてきた。
ここの茶葉は苦みが強い。
個人的には、ダッカー公の主張に好感が持てる。
継承者の癖に国を放り出し、出奔した王子は無責任すぎる。
王にならないのであれば、公の補佐を勤め、安定してから引退すればよかった。
王妃もそうだ。
いつ帰って来るかもわからない息子を待ち続けて国を荒らす。
確かに、神器は強大なものだ。
イザークで思い知った。
だが、それにかまけて政を蔑ろにすべきではない。
我らは神器を利用し治める者。
それに頼るだけでは、民を守れない。
まるで、父上だ。
ダッカー公は、その間グランベル王国との国境を守り、
本来政敵になりうる弟マイオス公爵すら味方につけた。
外部勢力を引き込むのは、通常であれば忌避すべきだ。
だが、今のグランベルは強大だ。
シレジアを除けば、トラキア半島と自由都市群以外全てを支配している。
そのような覇権国家と交友を深める選択肢にもなりうる。
一方、王妃は指名手配の集団を抱えている。
外交の観点からもダッカー公に軍配が上がる。
王になるのは、こちらであるべきだ。
王国の臣下としては、喜ぶべきことではないな。
扉の向こうから足音が聞こえる。
時間か。
もう一度だけ、暖炉に目をやる。
ぬるくなった茶を飲み干し、身だしなみを確認する。
「ユングヴィ当主アンドレイ様、ダッカー様がお待ちです」
可能な限り高値を引き出してみせる。
それが彼女たちへの贖罪だ。
おかしい。
原作にダイ大とぬきたしのエッセンスを大量投入して書いた筈なのに、なぜか男がしっとりしてしまった。
ジャンプ作品でも重い男が出るし仕方ないね。
お子さんに聖痕が出るといいですね、アンドレイ。