ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

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私は弱い ―グラン歴760年

微笑みを作り、教えられた台詞を諳んじる。

大理石の床が冷たく、玉座の間の天井へ声が吸い込まれていく。

 

「王城へようこそお越しくださいました。

本日のご訪問を、心より歓迎いたします」

 

これまで何回も言った。

返事も同じようなものばかり。

それへの返答も慣れきって、飽きちゃった。

 

相手はいつも感動するか、恐ろしいものを見たような顔をする。

横のユーちゃんは冷たい顔で何かを書き留めている。

何がわかるんだろう。

 

ここには、ナーガの温かさしかない。

 

―――――

 

御前の謁見が終わり、次は訓練。

服を着替えて、地下訓練場に行く。

 

反乱軍が攻めてきているし、

暗黒神との戦いで必要だから鍛えさせられている。

アルヴィス様が居るのに、必要なのかな?

 

この時間はユーちゃんと身体を動かせるから好き。

宮廷司祭がいるから、あだ名では呼べないけど。

 

少し遅れてユーちゃんも到着。

 

わたしたちは動きやすい格好。

ヴェルトマーの時のものより手触りがいい。

どっちにしても、さっきよりは気分がいい。

 

「本日は出来るだけ私に直撃させてください。

命中しなければ、相手は倒せません。

予定が詰まっていますので、5回だけに限定します」

 

早速始めるみたい。

もう少し、のんびりしたいのに。

 

ナーガを構える。

人の動きが遅くなる。

わたしだけの世界。

 

魔力収束もすぐに終わる。

範囲を狭めて、威力も軽めにする。

全力でやった時は、王都中が大騒ぎになっちゃったからね。

ユーちゃんも1発しか受けてないのに、満身創痍になっちゃった。

 

「ナーガ」

 

白い光が一瞬で訓練場を塗りつぶす。

光の奔流が竜となり、ユーちゃんを襲う。

 

魔法が消えるまでは、明るすぎてどこにいるか分からなくなっちゃう。

地下はかなり広いのに、不便。

外ならそんなことなかったのに。

 

「当たっていません。直線では容易に回避できます」

 

司祭に手を振っている。

ユーちゃんの服に傷はない。

 

あれで外れたんだ。

 

「行使後は対象が見えません。

そのような状況でどう直撃させるというのですか」

 

前みたいな話し方がいいなぁ。

なんか冷たい感じがする。

 

「あと4発です」

 

教えてくれないんだ。

ケチ。

 

―――――

 

2発連続で唱えてようやく当てられた。

片方を囮にして、間髪入れずに放ったら命中。

前は普通に避けられていたのに。

 

ユーちゃん、ボロボロになってる。

横たわって荒い呼吸。

肉の焦げた臭いもする。

 

……毎日こんな風にするのは嫌だな。

ヴェルトマーの時前みたいにオーラやライトニングでやりたい。

それならユーちゃんもほとんど怪我しない。

 

その傷を司祭から借りたリカバーの杖で直す。

出血が治まり、傷口が塞がる。

傷跡も元の肌に戻っていく。

 

スキンケアだって、ユーちゃんに教わった。

毎日面倒だけど、頑張っている肌が汚れなくてよかった。

 

こんなことのために、杖の使い方を覚えたくなかった。

 

ユーちゃんの息が整った頃、おもむろに立ち上がった。

 

「殿下、あと1発です。

今のは効果的でした。

ですが、一撃で命中させられるようになりましょう」

 

……治せるけど、傷つけたくない。

 

―――――

 

訓練の後は、お昼ご飯。

この時もテーブルマナーの練習。

ヴェルトマーの時よりも厳しい。

 

ご飯は前よりも豪華になったけど、常に量がすくなめ。

銀皿の数が増えた分、小鳥の餌みたいになっちゃった。

 

毎日しっかりコルセットをしなきゃいけないせいだ。

ユーちゃんが滅べと言っていた気持ちが、心の底から分かった。

 

正面でユーちゃんも食べるけど、遠くなった。

 

今日のユーちゃんは、アグストリアの貴族設定。

会話も毎回パターンに沿ったものばかり。

わたしらしさを出しすぎると、怒られちゃう。

 

ユーちゃんは、なんかいつもよりゆっくり食べてる。

 

普通のユーちゃんと話したいな。

 

―――――

 

鏡台の前に座るアルヴィス様の後ろで、髪をとかす。

寝室でアルヴィス様に相談してみる。

 

「ユーちゃんが疲れているみたいです。

それに、わたしもお休みしたいです」

 

鏡に映る渋い顔のアルヴィス様。

前より感情を露わにしてくれるようになった。

こんな表情でも嬉しい。

 

「ディアドラ、慣れないことを強いて苦労をかけるな。

会談のためすぐとはいかないが、休みを作る。

ユリスのことは気にするな。この程度、慣れている」

 

わたしは気にかけてくれるのに、ユーちゃんにはないんだ。

 

「せめて魔法の訓練は休ませてあげてください。

毎日ナーガを受けるのは大変です。

今日も連続で2発耐えてました。

ユーちゃんを傷つけるのは、心に来ます」

 

眉間の皺が深くなっちゃった。

櫛を通しながら、頭を撫でる。

 

「……必要なことだ。

他に耐えられる者も少ない。私か陛下くらいだ。

知っての通り、陛下は御病気だ」

 

おじいさまは床から出ることが少なくなってしまった。

最初の頃は毎日ナーガの使い方を教えてくれたのに。

 

反乱軍が近づくにつれて元気がなくなっていった。

信頼していた人に裏切られたからみたい。

 

わたしも忙しくて、たまに顔を出すことしかできない。

前みたいにお父様の話も聞きたいのに。

 

「少しでいいから、ユーちゃんと一緒に居たいです」

 

「普段から共にいるだろう。

本来なら使者として各地へ派遣している」

 

「違います。

筆頭近侍のユリスじゃなくて、ユーちゃんです」

 

鏡越しに瞳をのぞき込む。

 

「最近、アルヴィス様はユーちゃんを見ましたか?」

 

赤い瞳が松明みたい。

揺れているけど、アルヴィス様も目線だけは逸らさない。

 

「あいつも私と同じだ。

必要であれば、いくらでも耐えられる」

 

「ユーちゃんは何も選んでません。わたしと同じです。

気が付いたらここにいるだけです」

 

「ディアドラ……お前は、私を受け入れてくれた」

 

アルヴィス様が、目を閉じてしまった。

 

櫛が髪を通る音だけが響く。

細かい歯のものと入れ替える。

 

悲しい思いをさせたい訳じゃないのに。

でも、ここで止まったら、いつかユーちゃんが壊れちゃう。

 

「それとこれとは別です。

おじいさまに出会ったら、ナーガを押し付けられただけです。

ユーちゃんも突然そんな役職になっちゃっただけ。継承者の責任も無いのに」

 

わたしたちに付き合って王城に来たユーちゃん。

ヴェルトマーの時からお姉さんと滅多に会えないって言ってた。

ここでユーちゃんのことを考えるのは、わたしだけ。

 

「あいつに言葉は不要だ」

 

目蓋を開いて、わたしへ視線を返してくる。

心の底からそう思っているみたい。

 

「ユーちゃんは、アルヴィス様のこと面倒くさいお兄さんって言ってました。

妹に甘えすぎです。

アルヴィス様はユーちゃんに、何を返してあげましたか?」

 

俯いてしまった。

 

「……私達には必要ない」

 

最後に椿油を馴染ませる。

 

アルヴィス様も大切に思っているのに。

わたしのことは心配してくれるのに。

何もしようとしてくれない。

 

「必要です。ユーちゃんもわたしと同じ。

ユーちゃんの側に誰かいますか?」

 

「……」

 

道具をしまう。

 

「今日だけはわたしが横に行きます。

何も分からなかった時、わたしの側で寝てくれたのはユーちゃんです。

王女特権も使っちゃいます」

 

部屋を飛び出す。

 

……アルヴィス様は来てくれないんだ。

 

―――――

 

部屋の中には、書類に向かうユーちゃんがいた。

いくつもの書類が積まれている。

 

こんな時間にやらなくてもいいのに。

 

「殿下、何かございましたか?」

 

まだ筆頭近侍のつもりだ。

 

目の下に影が出来ている。

お化粧でごまかしていたんだ。

 

「今はユーちゃん。

アルヴィス様も命令で黙らせたよ」

 

後ろからユーちゃんを持ち上げる。

小さいからわたしでも運べる。

ベッドに放り投げる。

 

―――――

 

寝台の上のユーちゃんへ、逃がさないよう覆いかぶさる。

わたしの方が背が高いから、簡単に抑えられる。

 

「ユーちゃんは何が辛いの?」

 

手首を抑える。

護身術として、教えてくれた。

 

「唐突。

誰にでも運ばれる身長が辛い」

 

「そうじゃないってわかるでしょ。

最近いつも辛そう」

 

「神器のサンドバッグ、ユリス。

ほぼ毎日ナーガは辛い。

練習と分かっているけど、毎回命の危機を感じる」

 

ユーちゃんの肌が目に入る。

 

傷跡は一切ない。

それでも、残光が残っている気がする。

 

あの魔法に耐えてるんだもんね。

怖いし、痛いよね。

わたしも訓練の後にお肉を食べたくない。

 

「……ごめんね。

って、それじゃないでしょ。

それっぽいこと言ってごまかすんだから」

 

ユーちゃんの手首に力を入れる。

 

煙に巻かれるところだった。

惑わされなくなったのは、王城での成長。

 

「ばれているなら、仕方がない。

でナーガ漬けがきついのも事実」

 

「ユーちゃん、話してよ。

聞くだけしか出来ないけど、きっと楽になるよ」

 

顔を背けられる。

 

「……ドラちゃんに言えるようなことじゃない」

 

片手で顔をこちらに向ける。

 

「それを決めるのはわたし。聞かなきゃ分からないよ」

 

目だけ逸らされる。

身体を乗せて、顔を近づける。

 

暫くもがいていたけど、動きが止まった。

 

「……私は、ドラちゃんに謝りたかった。

私が上手くやっていれば、ドラちゃんが王様に会わなくても済んだかもしれない。

聖痕だって、知人や書物を探れば先に分かった可能性もある。

普段の職務にかまけて最善を尽くさなかった。

そのせいで、ドラちゃんが辛い目に合ってる」

 

「許します。

アルヴィス様と結婚すれば、いつか分かったことだよ」

 

「それだけじゃあ、ないでしょう?

ユーちゃんのことならなんでも分かるんだから」

 

「これはドラちゃんと関係ない」

 

「それでもわたしは聞きたい。

ユーちゃんのことだから」

 

ようやく、私を見てくれた。

ザクロみたいに綺麗な目。

 

手首を解放する。

 

「愛憎渦巻く現代社会。

聞いたら気分が落ち込むこと、間違いなし」

 

きっと、楽しくないことなんだろう。

 

「それでも聞かせて。

沈んでも、二人で一緒に寝れば大丈夫」

 

腕を回して抱きしめる。

さっきまで、体重をかけ過ぎないようにしていたから疲れちゃった。

 

しばらくすると、ユーちゃんが背中を叩いてきた。

横に転がり、わたしも仰向けになる。

 

「……今日だけね。

その、言いづらいけど、

夜はアルヴィス様と居ないと色々、……ね」

 

何が言いたいんだろう?

 

「ごまかされないよ、早く話す」

 

片手を掴む。

今度は、指を絡ませる。

 

「寝る準備ぐらいはさせて」

 

ユーちゃんに腕が振られる。

 

「アルヴィス様の髪はとかしたよ」

 

「ドラちゃんはまだでしょ。見ればわかる」

 

「わたしがユーちゃんのをやる。

わたしのはまかせた」

 

久しぶりに、やってもらえる。

 

―――――

 

入口を閉め、二人してお互いの髪をとかす。

 

この部屋には最低限のものしかない。

鏡台も椅子も一つ。

 

鏡の前は、書類の山で使えない。

 

ベッドの上で一緒に櫛を動かす。

 

月明かりの下、髪が擦れる音しか聞こえない。

春先の夜は少し寒い。

 

だからこそ、お互いの体温が気持ちいい。

 

―――――

 

二人で向き合ってベッドに入る。

 

ユーちゃんのことを見たいから、カーテンは開けたまま。

月光でも赤い髪は綺麗。

でも、ランプにシェーダーがかかっているみたい。

風が吹けば消えちゃいそう。

 

ユーちゃんの手を握りしめる。

 

「分かった、話す。

聞くのが嫌になったら言って。

それか、とっとと寝て」

 

「待ってました」

 

手に力を込める。

 

ユーちゃんは一度目を閉じ、深呼吸をする。

わたしの目は見てくれない。

 

「今、反乱軍が王都に向かっているのは知っている?」

 

「聞いたことあるような」

 

シレジアに隠れていたのに、突然出てきた。

それで、ドズル家当主を倒したらしい。

今はフリージ当主が討伐に行っているらしい。

 

出征式が長かったから覚えてる。

 

「私と一緒に育ったアゼルがそこに行ったまま。

多分、生きてはいると思う」

 

「……アルヴィス様の弟さん?」

 

ヴェルトマーでとても大事に想われている人。

読書が好きで、わたしも蔵書を楽しませてもらった。

 

「そう。3歳から一緒に育った。

この前ドラちゃんが会ったヒルダ様に教わっていた」

 

……どれがヒルダ様だろう。

人と会いすぎて分からない。

 

「アゼル様が心配なんだね」

 

「それもある」

 

なんだか、言いづらそう。

片手で頬を撫でる。

 

「……きっとみんなに置いて行かれるのが苦しいんだと思う。

昔から切り捨てられる覚悟はしていたつもりだった。

実際に置いてきぼりにされると、私の想いは弱いと突きつけられた」

 

そんなことを考えていたんだ。

わたしはユーちゃんに置いて行かれたくない。

 

「反乱軍は2年前に出たんだよね」

 

「その頃までに、私の親友たちはそこに全員行ってしまった。

それだけじゃない」

 

「学友の一人が、最近反乱軍にやられてしまった。

その親友たちと一緒に学園で学んだ仲。

偉そうに愛人になれとか言われたけど、私はその人のこと嫌いじゃなかった。

親友たちもそう思っていたはず」

 

恋人、ではなさそう。

威張り散らす人だったのかな。

でも、なんだか複雑な関係だったのかも。

 

「……お名前を教えて」

 

それでも、ユーちゃんにとって大切な人。

わたしも覚えておきたい。

 

「駄目、ドラちゃんには背負えない。

何を言われようが変えない」

 

目を合わせて、断られてしまった。

 

「わたしは王女だよ。覚えておくべきだと思う」

 

「ドラちゃんは王女の幼虫。

未熟者に詰め込むのを教育とは呼ばない。

そんなことをしたら、血尿を出し続ける羽目になる」

 

「……分かったよ。わたしが立派になったら教えて」

 

アルヴィス様みたいにはいかない。

王女特権なんて、使いたくない。

 

「それでよろしい」

 

また、どこかを見始めた。

 

「他にも、多くの人が私に想いを置いて逝く」

 

「素直になれない不器用熊は、息子への伝言を託してきた。

自分で伝えないと意味がない。

生きている間じゃなきゃ、何も返せない」

 

「親バカ片眼鏡は、娘についての手紙をいくつも寄越してきた。

自分が死ぬまで開けるな、なんて言い残して出征した。

私じゃなくて、力だけの息子にやらせるべき」

 

誰のことかは分からない。

教えてもくれないんだろう。

 

誰も、ユーちゃんのことなんて考えないんだ。

 

「私は……何もできない。

伝言を届けられることも約束できない。使者失格」

 

赤い瞳が揺れている。

 

「ユーちゃんだから託されたんだよ。役職にじゃない」

 

「他にもある。

7歳からの親友を反乱軍に行かせてしまった」

 

ユーちゃんは涙を流している。

月明かりで雫の通り道が輝いている。

 

わたしは何も言えない。

分からないのに、口を挟めない。

ただ小さな手を握りしめる。

 

それなのに話し続けるんだね。

 

「最後に会った時、私のことばかり出してしまった。

自分なりに頑張っていたのに、否定してばかり。

用意してくれたお菓子と紅茶も、考えることもしなかった。

一生懸命やったことに気づかれず、否定され続ける。

あの娘を深く傷つけた。

だから、アゼルと同じになった……」

 

多分、パチッコさん。

とても大切にしているお友達。

うるさいけど、いつも素直な子って言ってた。

ヴェルトマーに居たら、楽しそうだと思ってた。

 

「ユーちゃんは人間でしょ。間違うことだってあるよ」

 

「宣言した目標には、光の上級魔法が足りない。

使いもしない闇だけは出来るのに」

 

「家のことも、教育も完璧に出来ない。

婚姻で他との架け橋になることは、目途すら立ってない。

望まれた役目すら果たせてない……。

私は、ヒルダ様みたいになれない……」

 

「ユーちゃんはユリスだよ。ヒルダさんじゃない。

わたしもまだ幼虫なんでしょ」

 

「私は……椿瓶に背いた」

 

指先が震えている。

わたしの熱を送り込もうと、握りこむ。

 

「忙しさを言い訳に状況把握すらしていない。

アゼルたちが今どうなっているのか分からない。

ファラ失格」

 

椿瓶のことは何回も聞いた。素敵な贈り物。

ヒルダさんから貰った、ユーちゃんの宝物。

わたしもいつかユーちゃんから何か貰うつもりだった。

 

「でも、火は消えていないんでしょう。

だから泣いている」

 

ユーちゃんを思いっきり抱きしめる。

 

なんだか久しぶり。

今までは抱きしめられる側だったけど、こっちもいいね。

 

「ヴェルトマーっぽかった?」

 

いつもみたいに話しかける。

 

ユーちゃんは腕のなかで、スペースを作ろうとしている。

力を強めたけど、押し退けられちゃった。

 

「ポエミー不足。

それに泣いてない」

 

「ふふ、そういうことにしておいてあげる」

 

ユーちゃんも素直じゃなくなった。

この城は、人を冷たくする。

 

目をこするユーちゃん。

 

「……もしかして、泣いてた?」

 

「ごまかしじゃなかったんだ」

 

そんなことあるんだ。

 

「……これは久しぶり。

限界が近かったみたい。

ありがとう」

 

私を強く抱きしめてくれる。

やっぱり、こっちの方が好き。

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