原作4章からここまでを簡単に整理します。
・王位争いに揺れるシレジアを平定
・その直後、ランゴバルト卿が反乱軍を討伐するためシレジアへ侵攻
・シグルド軍はそれを機に、王都まで攻め上がり潔白を証明することを決意
・その救援に向かっていたキュアン・エスリン夫妻、合流できず砂漠で死亡
・継承者たちをなぎ倒し、ヴェルトマー城(王都手前)に到達
ヴェルトマー城までたどり着いた後、
凱旋式まで待つように言われた。
背後から、レプトール卿率いるフリージ軍を焼き払った奴ら。
相変わらずヴェルトマーはおっかない。
味方のようにも思えるが、信頼できない。
そこで、少し離れた位置に陣を敷くことを提案したら許可された。
必要な物資すら快く譲ってくれた。
それでも、なぜか信じ切れない。
拭えない不安から、既に軍内の子供たちは疎開させている。
首脳陣だけが集まり今後のことを話し合う。
どうしても主要な敵や逃走経路のことばかりになってしまう。
外では、鎧の擦れる音が絶えない。
休んでいいって言ったのによ。
あいつらも何かを感じてるんだろうな。
あらかた話すべきことは片付いた。
だが、誰もここから出ていこうとはしない。
天幕内に伝令が表れた。
「王の使者を名乗る者が馬車で現れました。
武装は見あたらず、御者以外に1人です」
動揺が走る。
本当に凱旋を迎えるつもりなのか。
それとも、騙し討ちか。
「ああ、ありがとう……」
シグルド様は机を見つめたまま動かない。
机上には撤退路がいくつも書き込まれている。
使者への対処に悩んでいるのだろう。
このタイミングで王の使者。
ヴェルトマーの奴だが、王の名前で来やがった。
傍らに置いた斧を取り、立ち上がる。
「俺とティルテュ、それにアゼルは控えておくぜ。
政治的に不味いだろ」
親父は、俺が討った。
アゼルや仲間たちにも力を借り終わらせた。
業突く張りめ。
斧を握りしめる。
レプトール卿もティルテュがとどめを刺した。
最後の一撃だけだが、あいつにさせちまった。
今も天幕の端で、肩を抱いて座ってる。
休んでりゃいいのによ。
……俺とアゼルでやるって決めていた。
神器ってやつは、全く厄介だ。
無性に腕を振るいたい。
「レックスたちを疑う者はここにはいないよ。
君たちを肉親と戦わせてしまった。
……本当に済まないことをした」
シグルド様が俺とティルテュを見ている。
仲間に向ける目だ。
俺たちは、あんたの親の仇の子供だっていうのによ。
「それに、アゼルも知り合いと会えた方が嬉しいだろう」
相変わらず、お人よしだ。
だからこそ、俺たちはついて行ったんだが。
「僕は隠れておきます。
みんなに余計な心配をさせたくありません。
何かあった時、相手の不意を打てるかもしれません」
アゼルが立ち上がり、言ってくれた。
俺はともかくティルテュは不味い。
「よし、なら使者への対策を立てるぞ。
湿った空気のままじゃ、まともな対応は出来ないぞ」
レヴィンが腕を組んだまま発言した。
いつもなら、楽器でも鳴らすだろうに。
こいつも何かを感じているんだな。
天幕の隙間から、遠くに懐かしい王都の塔が見える。
あそこに帰れるのか。
―――――
使者は陣の中ほどで迎えることになった。
馬車は陣の中には入れない。
使者のみを受け入れる。
入口からそう離れない場所で対応する。
完全武装の兵たちがそいつを取り囲み、首脳陣は正面で対応する。
使者が暗殺者の可能性があるからだ。
ヴェルトマーの連中は、常に命をかけている。
敵国に単身で乗り込み、諸共火の海にする。
そんな家だ。
神器を4つも所有する、うちの軍相手では無理だろうがな。
だが、甘く見られる相手じゃない。
神器を携えたシグルド様とレヴィンは正面に立ち、
離れた位置からブリギッドが狙いをつけている。
あの殺し間に立てば、神器の圧で会話どころじゃないな。
アイラは、使者を側面で見張る。
他にも表に出るべきでない、それ以上の剣士は居ない。
不穏な動作を認めたら、殺さない程度に斬る手筈になっている。
顔見知りの可能性がある俺たちは、人ごみに紛れて見守る。
力ずくで逃走しようとしたら、抑える。
それだけは全うしなけりゃな。
「使者の方を通してくれ。
私達は正義の旗の元に集ったんだ。
警戒するが、早まって手荒なことはしないでくれ」
シグルド様が号令を発した。
皆武器を構える。
―――――
入口からざわめきが聞こえる。
使者如きに怯えるようなことも無いはず。
まさか、アルヴィス卿か。
だが、あの魔力圧は感じない。
兵が自然と後ずさり、列が広がっていく。
俺達は巻き込まれて、想定より前に出る形になった。
奥から現れたのは、
群衆で設けられた道を歩む女。
鎧どころか、動きを阻害する宮廷礼服。
赤を基調としたロングドレス。
微かに持ち上げて、泥がつかないようにしている。
ガーデンパーティーにでも参加しているかのようだ。
シグルド様達の前まで進み、一礼する。
「コーエン家のユリスと申します。
聖騎士シグルド卿。
国王陛下の書簡を、謹んでお届けに参りました。
バーハラでの凱旋の儀に関するご下命です。
どうぞお改めください」
あのユリスと同一人物とは思えない。
だが、鉄火場に化粧をしてやって来る。
いかにも、あいつらしい。
シグルド様とレヴィンの口も空いたままだ。
―――――
ユリスは書簡筒を差し出そうとする。
「待てよ。
シグルドと知り合いみたいだが、警戒を下げるべきじゃない。
ドレスの中に魔導書を入れている可能性もある。
そんな格好で来たんだ。脱いで潔白を証明して見せろよ」
確かにそうだ。
ユリスとはいえ信頼すべきじゃない。
……アンドレイだって、敵になっちまったんだ。
「レヴィン、それはやり過ぎだ。
婦女子の名誉を傷つける」
「ご配慮いただき、ありがたく思います。
風とは気まぐれなもの。
臆病風が吹く日もあるでしょう。
まして、神器を携えたシレジア王子の言。
断る理由は一切ありません」
凛とした声で、ユリスはさも当然のように返す。
「銀製の容器をお願いします。
私がいくら汚されようが、構いません。
王命を穢すことは許されません。
一命を賭して抵抗いたします」
兵士たちの槍が揺れる。
「吐いた唾は飲めないぞ。
誰か、手紙用に皿を持ってきてやれ」
不機嫌そうにレヴィンが、横の兵の肩を叩く。
そいつが走って取ってくる。
その間も、レヴィンは一切敵意を隠さない。
魔導士特有の圧を発している。
ユリスは皿の上へ、恭しく筒を置いた。
決して落とさないよう伝え、離れるよう指示をする。
まるで、こいつが女主人みたいだ。
「それでは、御見苦しいものをお見せします」
おもむろに手袋を外す。
内側に何もないことを正面に見せつける。
膝をおり、泥の上に手袋を広げて置く。
ドレスの裾が汚れた。
次に髪飾りを外した。
同時に結わえていた髪が広がる。
髪の中にも何もないことを提示するように、
一度後ろ髪をかきあげる。
装飾品が暗器でないことを示し、手袋の上に置く。
うちの大将が止める。
「ユリス、そこまででいいんだ。
私達の気が立っていたから、レヴィンが悪役をかって出てくれたんだ」
「なればこそ、私の行うべきことは明らかです。
不要な警戒心を解きほぐす。それも使者の職分です」
誰よりも堂々と言い放つ。
一切恥じる様子が無い。
ユリスは前面の刺繍パネルを外す。
そのままガウンを脱ぎ、地面に広げる。
泥の中、そこだけが赤絨毯と化す。
あいつは、本気だ。
横にいるティルテュの口を塞いでおく。
このままだと、叫んで所在がばれかねない。
その下にある胸元の留め具をほどいていく。
晩餐会に出るような本物のせいで時間がかかっている。
誰も言葉を発せない。
ユリスから目を逸らせない。
布が擦れる音しかしない。
責められている。
そう、感じてしまう。
留め具が全て外された頃、レヴィンが嘲る。
「グランベル王国はストリッパーを寄越すのか。
同じ貴族の女でも、母上はその様な下品な真似はしない」
胸元を緩めて、ユリスは返す。
既に胴衣が覗いている。
「陛下へはラーナ王妃の貞淑さをお伝えしましょう」
再び、生地が擦れる音だけになった。
腰ひもを外し、ペチコートも脱ぐ。
それをあいつだけの絨毯におく。
流れるように脱衣し、
今やシュミーズとコルセットしか纏っていない。
薄い肌着が日差しを浴びて輝いている。
戦場では見ない輝きだ。
スカートって骨組みみたいなやつの上に着てるのか、
なんて余計な事を考えてしまう。
どこからか咳払いが聞こえてきた。
皆が武器を握り直し、装備がこすれる音がした。
ユリスが流麗に横を向き、口を開いた。
「そこのイザーク剣士の女性。
お力をお貸し願えませんか。
コルセットを切っていただきたい」
知らないんだろうが、アイラはイザーク王女だ。
とんでもないことを言いやがった。
一拍遅れて、口を開く。
「おい、私を舐めているのか。
剣でその様なものを切れなど、侮辱が過ぎる。
亡国だからと、軽く見過ぎだ」
俺なら相手をぶん殴ってる。
「剣聖の流派であれば、私を傷つけることもないと愚考したまでです。
この程度で気分を害されるほど、浅い道だとは思っていなかったのです。
私の不明を謝罪します」
アイラが首に剣を押し付ける。
「おまえは死地にいる。言葉は選べ」
「これでも、グランベル王女殿下の筆頭近侍兼教育係も担っています。
コルセットの外し方、お教えいたしましょうか?」
相変わらず声に震えはない。
指でコルセットを指し示し、どこを切るのか教え始めた。
シグルド様が声を荒げる。
「アイラ、そこまでにしてくれ‼
ユリスもだ。ここは学園では無いんだぞ‼」
アイラが剣を鞘に納め、ユリスから離れる。
死角にまわっている。
「聖騎士様、一つお願いがあります」
「ユリス……私は君を傷つけたくない。
頼むから、荒立てるようなことは止めてくれ」
シグルド様が哀願している。
どっちが上かわかりゃしない。
「私にフォルセティをお使い下さい。
さすれば、レヴィン王も安心できます」
何でもないことのように、告げた。
鎧が擦れる音だけが残った。
誰も意味を理解できない。
神器だぞ。
アイラの剣とは違う。
アゼルに手を引かれる。
ティルテュ共々、前に出ようとしていたようだ。
「君は何を言っている‼
本当に死ぬぞ‼」
シグルド様が吠えた。
「先ほど申しました。
私は王女殿下の教育係でもあります。
日々、ナーガを受け慣れています。
それをフォルセティが上回れるとは思えません。
2発まででお願いします」
理解できない。
なぜ、神器の長を受けて生きていられる。
第一、おまえが教育係ということ自体がおかしい。
「……お前は何を言っている」
聖風を軽んじられたことも気にならない様子。
そりゃあ、そうだ。
衝撃的過ぎる。
「真実を申しております。
脱衣の手間が省けます。
それにより、私が武器を隠していないことも証明できます。
全て貴方様に落ち着いていただくためです。
私が虫の息になれば、臆病風も止むでしょう」
「異常者め‼
肌を曝し、フォルセティをハサミ扱いする。頭がおかしい‼」
理解できないものを見るレヴィン。
神器を持つ手が震えている。
「レヴィン、落ち着いてくれ。
ユリスはこんな女性なんだ。
誰か、羽織るものを渡してやってくれ。
ユリス、天幕で話そう」
シグルド様の命令でも、誰も動けない。
「了解しました。
お心遣いに感謝します。ですが、上着は必要ありません。
シレジアが、グランベル王の使者をどの様に扱ったかの証拠になります。
帰りも泥にまみれたドレスで帰ります」
俺たちを脅すつもりか‼
それでいて帰れるつもりでいやがる。
なにか隠し玉でもあるな。
こいつはそういう奴だ。
「……頭が冷えた。
使者に対して無礼を働いてしまった。
謝罪する。屋根のある所で会談をやり直させてくれ」
怯えが隠せていない。
微笑みを携えて頷くユリス。
まだ書状すら見てないのに、格付けが決まっちまった。
―――――
ユリスを女性用の天幕に移動させる。
その案内すら、ユリスの指示で女性兵が選ばれた。
さっきの騒ぎのせいで、兵は妙に落ち着かない。
武器は離さないが、戦う姿勢ではない。
俺たちはその間に、天幕に戻る。
逃走経路の記された地図を隠し、返答を考える。
天幕の外では、まだざわめきが止まない。
女の礼服の構造についての話が耳に入る。
やっぱり男には分かんねえよな、なんてぼやいてる。
俺もそう思う。
「……あの女はなんなんだ。
脱いだと思ったら、脅してきやがった」
少し呆然としたレヴィン。
あいつを知らない奴らは頷いている。
「ごめんね、レヴィン。
小さい頃からユリスはああいう子なんだ。
アイラさんもごめんなさい。
本当にイザーク剣術を信じていたから言ったと思うんだ。
疑ってるなら、炎魔法で焼くよう提案するだろうし」
あいつの後始末をアゼルがする。
なんだか、学園に居た頃みたいだ。
「でも、少し嬉しいんだ。
ユリスは3年前と変わって無かった。
ちょっと痩せたかもだけど。
なんだか兄さんもそうなのかなって思えたよ」
頬をかくアゼル。
学園組は苦笑いしている。
俺もフォローしてやらなきゃな。
「正直、俺も少し安心した。
お互い立場は変わっちまったが、根っこは変わらない。
あいつは嘘をつくことは滅多にしない。誇張と紛らわしい言い方はするがな。
大方、王女の戦闘訓練を担っているってとこだろ」
アゼルを小突きながら皆に伝える。
神器を数発受ける前提で考える奴が敵なんて、恐ろしい。
……本当にそんなことしてないよな?
「私も初対面でユリスさんにからかわれました。
アグストリアに使者に来た時は、兄上に魔剣を突きつけられてもいましたね。
敵意が無いことを伝えつつ、
学園の知り合いに昔の関係を思い出させようとしたんだと思います」
そういえば、ラケシスもあいつに巻き込まれてたな。
学園ではよくユリスから絡まれていた。
とんでもない発言の上、過大評価な気もするが敵意はないことを強調してくれた。
グランベル外からの援護は助かる。
「お前たちから学園の話は何度も聞いた。
人外魔境が本当に存在したとは。
俺は行かなくて正解だったな」
レヴィンの瞳の揺れは収まり、声の震えもなくなった。
「それにオイフェが居なくてよかったな。
女の身体は、まだ早いだろう?」
いつもの軽口を叩く余裕も戻ってきた。
あいつは、怖い奴……じゃないこともない。
ティルテュはノってこないか。
父親をなくしたばかりで、あいつが人前で脱いだんだ。
整理がつかなくても仕方ない。
だが、率先して片付けをしている。
「ラケシスに言われて気が付いたよ。
確かにユリスならやりかねない。
私も初対面で肩を踏まれ、真剣を首に突きつけられたよ」
そういえばそんなこともあったな。
あの後もう一度やられてたよな。
シグルド様としては、思い出話のつもりなんだろう。
俺たちにとっては、楽しい思い出だ。
だが、知らない奴らがギョッとしている。
「あくまでお遊びの範疇でな。
本気じゃなかったよ、多分。
その剣で干し肉を焼いて、手打ちにしたよ。
要するに、変な奴ってことだ」
シグルド様の首に手刀を突きつける。
情けない声を上げてくれた。
あいつを恐れる雰囲気は減ったと思う。
「……すまない。
イザークに送ったシャナンと子供たちが頭によぎり、
つい熱くなってしまった」
そうだよな。
皆も元から不安だったんだ。
それなのに、あんなことがあった。
過剰反応しちまうよな。
「まだ陛下の手紙を確認できていないが、きっと大丈夫さ。
ユリスもファラの聖痕を持っている。
その彼女が徒手で来たんだ、
アルヴィス卿も私達が謀られただけと分かってくださっているさ」
使者到着前よりも明るい空気になった。
やっぱり、大将がこの軍の中心だ。
「……信じ切るのはまだ早いだろう。
まずは、あの女との会談を済ませよう。
顔見知りがあいつを制御しろよ」
俺には出来ねえ。
レヴィンから顔を逸らす。
頭をはたかれる。
「お前たちの態度で分かったよ。
レックスたちは天幕の目立たない所に居てくれ。
無いと思うが、逃げた時は任せる」
俺たちは綺麗になった机の上に、王の書簡を広げる。
―――――
王の書簡を確認し、対応を検討し終えた。
要は全軍で王にお目見えするというものだった。
その脇をヴェルトマーの騎士団が固める。
なぜか、正式な書類を得てもまだ信用しきれない。
情報を少しでも多くユリスから搾り取る。
そう決まった。
伝令に命じて、ユリスを連れて来させる。
天幕内は、すっかりいつもの雰囲気に戻っていた。
ここでならユリスも度肝を抜くような演出も出来ない。
女兵士に連れられてユリスがやってきた。
俺たちの魔導士と同じ格好をしている。
やけに着慣れているようにも見える。
……ユリスも俺たちと居てくれれば、なんて思ったこともあったな。
俺たちは入口付近、
ノイッシュやアーダンの後ろで目立たないように立つ。
こいつらなら俺たちのことを隠せる。
「ユリス、ここでは以前のように話してくれないか。
君に敵意が無いことは伝わった。
……肌を晒す真似をさせてしまって申し訳ない」
ユリスが何か言う前に大将が発言する。
先制し、自由を許さない。これは事前に決めていた。
「気にしてない。
外交の場で嫌がらせされるのには慣れている」
「……俺も済まなかった。
グランベルの継承者たちと戦って気が立っていたんだ。
それとシレジア王子は止めてくれ、この戦いが終わったら即位するんだ」
「レヴィン様、気にしていない。
社交ではよくあること。
ダッカー公や王妃に縁談を何度もすすめられた」
目を背けちまった。
絶妙にレヴィンの嫌な所を突いてくる。
それにしても、シレジアにも使者として赴いてたんだな。
俺たちとは別の戦いをしていたんだ。
この小さな背中が誇らしい。
「凱旋パレードについての確認。
基本は書簡の通りでお願い、私は詳しい情報を知らされていない。
拷問されても答えられないようにかもね。
嫌だろうけど、ロートリッターが周りを取り囲む」
平然とした顔で言ってのけるユリス。
あの騎士団に監視されるのは、正直勘弁願いたい。
悪事をしたつもりはないが、威圧感がある。
「つまり、俺たちは国王からも疑われているってわけだ」
聞きづらいことはレヴィンが聞く。
決めたことだが、座りが悪い。
「推測だけど、民のため。
反乱軍とされていた集団が王都に来る。
しかも、三家の当主を下し、神器を4つ所有している。
外国の王までいる。
これで怯えるなと言う方が無理」
……改めて指摘されると俺たちは随分なことをしたんだな。
「代表者だけを呼べばいいだろう」
「シグルド軍全体を正式に国軍として認めるためだと思う。
気を悪くするだろうけど、多国籍すぎる」
確かに、首脳陣にはレヴィンをはじめラケシスもいる。
外国の兵や要人を巻き込んだことは褒められることではない。
存在しない暴風が幻視される。
戦場で感じる聖風の気配だ。
レヴィンが神器を構えていた。
「知らないといった割には、詳しいじゃないか。
ヴェルトマーがこれまで、シグルドの肩を持たなかった理由を答えろ。
臆病風なんて大した事ないんだろう」
レヴィンは軽薄な口調で挑発する。
だが、神器を構えていたら、殺害予告だ。
「継承者の悪癖。
なんでも神器に頼ろうとする。
おしゃぶりから離れられないんだね」
ユリスは親指を唇につける。
表情を消したレヴィンが、魔力を更に高める。
自然と腰を落とし、俺は斧を握りしめていた。
ユリスはわざと音を立て、指を相手に向けて離す。
抜刀音が響く。
皆が完全に戦闘態勢に入った。
外の兵達が駆ける足音が聞こえる。
「それでいい。
あなたの魔力はその程度だって分かった」
ユリスだけ、背筋が伸びている。
腕を見ていやがったのか。
「レヴィン、そこまでにしてくれ。
皆も構えを解くんだ」
納刀状態の柄を握ったままのシグルド様が皆をなだめる。
ティルフィングの守り*1があるといえ、よく冷静でいられるな。
「私は気にしていない。
ナーガと比べれば大したことはない。
これは皮肉ではなくアドバイス」
「凱旋後、シグルド様含め継承者は政治の中心に立つ。
経験論だけど、不安になると継承者はすぐに神器を触る。
会議室で武装するつもり?」
教え諭すような声色。
「今だって、四人とも掴んでいる」
仲間たちを見る。
継承者は皆、神器を握りしめていた。
直系が神器を手にした時に発する圧。
それにすら気が付けなかった。
「丸裸の小娘一人相手にそれでは、政治家として不適格」
沈黙が降りる。
レヴィン達は気まずそうな顔をしている。
ユリスがまともじゃないことは骨身にしみていた。
だが、神器相手に真正面から喧嘩を売る異常者だとは思っていなかった。
こいつは変わっていないのか、それともこの三年で修羅場を潜っていたのか。
おもむろにユリスが口を開く。
「……私も、分かっている。
小娘を名乗るにはちょっと時間が経ちすぎ……」
声が沈んでいる。
「……ユリス、君は私より若いじゃないか」
大将も天然すぎる。
こいつに場を支配されちまった。
思うとおりに弄ばれている。
なら、もう肩肘張る必要もねえか。
こいつはどこまでもユリスだ。
騙すならもっと上手くやる。
「その言葉に安堵する自分が怖い。
騒乱のせいで、私は未だ行かず後家。
姉さま相手には禁句」
まだ独身だったのか。
それに姉さんはアイーダ、だったか。
ヴェルトマーで迎えてくれた人だ。
ユリスが、直系を見渡す。
皆の構えは解かれている。
指を鳴らした。
「本題に戻る。
次期シレジア王レヴィン様の命令だから答える。
誰もが不快だろうけど聞いて」
―――――
ユリスはラケシスを見つめる。
自然と俺たちもノディオンの姫を見る。
ラケシスは視線を受けて身じろいだ。
「そもそも、ヴェルトマーが激務。
関係維持のため通常より頻繁に外交に出向いていた。
それに占領地の監査と処分まで追加。
言いたいことはあるけど、ここまではうちの所轄」
ラケシスの肩が震えている。
……エルトシャン先輩のことをそう言われるのは辛いだろう。
ユリスだって分かっているだろうに。
先輩のことを思い出したのか、シグルド様も俯いている。
ティルフィングを撫でている。
次は、ブリギッドのイチイバルを指さす。
「イザーク懲罰の長期化。
イザークが精強だったのもある。
戦地でなぜか神器を持って来ない当主や派閥争いがあった。
そのせいで、各家の業務も一部肩代わりしていた」
ブリギッドは腕を組んでキョトンとしている。
1年前まで記憶を無くして海賊をやっていたんだ。
仕方がないだろう。
それにしても、リング卿は神器を持たずに従軍したのか。
もしかして、ブリギッドに聖弓を渡すまでエーディン様がずっと持っていたのか?
次は、クロード神父へ向き直る。
「ユングヴィ復興の補助。
イザークに赴いていたリング前当主の代わりに、アンドレイから頼まれた。
彼の当主教育から婚姻の世話までやっていた。
おかげで動けるヴェルトマーの人員が減った。
中立でもっと適した家があったのに」
神父は涼しい顔で聞き流している。
だが、聖杖を手の色が変わるほど握りしめている。
学園を出てからも、血反吐を吐いてたんだな。
あいつも別の場所で踏ん張ってたのか。
……いい男だったぜ、弓野郎。
ばれないよう、音を殺して深呼吸する。
「王子が亡くなってからは、王も体調を崩されていた。
それで王家の補助まで追加」
「私は王女の教育。
ナーガの相手の木人はつらい……。
光に身体が焼かれるのに慣れた。日焼けする暇もないのにね」
脱いだ時には、傷跡なんてなかった。
だが、冗談だとはもう思えない。
頭抜けた魔防を生かして学園でも魔法の的役を買って出ていた。
こいつなら不可能じゃない。
「何か質問は?
王女のことは一切答えられない。それは許して」
口を開くには、重すぎる事実ばかりだ。
それに、聞いたところで何が変えられるわけでもない。
「……まさか、本当にナーガを受けたのか?」
レヴィンのフォルセティに、レプトール卿のトールハンマー。
どちらも地形すら変えてしまう魔法だった。
それを受ける。
考えたくもない。
ユリスの纏う雰囲気が変わった。
武器すら持たないのに、有無を言わせない。
天幕内が張り詰める。
「光竜への偽りは許されない。
それが、聖王の特使。
光の使いは正道のみを往く」
自然と背筋が伸びる。
「だから、ワープすら使わせてもらえない」
茶化すような言葉だが、一切遊びが無い。
この変人すら、こうなってしまう。
ヴェルトマーは恐ろしい。
ユリスが指を鳴らす。
「無いなら反乱軍が出た後に進む。
あなた達の捜索は勿論、内通者のあぶり出し。
私は籠の鳥。おかげで久しぶりに外を歩けた」
……こいつにも迷惑かけてたんだな。
学園でのつながりに縛られていたのか。
そんなことになるなんて考えたこともなかった。
ユリスはシグルド様を見つめる。
大将は聖剣の柄から手を放し、ユリスを見返す。
「シアルフィ城の管理。
反乱軍頭目の根城の調査と統治。
安心して、炎の紋章に誓って虐げることはしていない。
うちの人員だけでやったから保証できる。
みんな殺人的な忙しさに怒っていたけど、当たり散らしたりしない」
シグルド様は安心したようだ。
おっかないが、そういう所だけは信頼できる家だ。
潜伏していたシレジアとシアルフィは王都を挟んでいる。
そのせいで一切連絡がとれていなかった。
大将やその騎士たちにとっても、故郷が無事で安心できただろう。
「この状態でも中立を保ち続けたヴェルトマー。
率直に言って、討伐側に傾く方が楽」
理詰めで解説されれば、納得できる。
俺たちにも反省点がある以上、心理的にも責められない。
むしろ、俺たちが感謝すべきだ。
「……だからって今更俺たちに尻尾を振るってのか」
レヴィンが神器を握りしめ、苦々しくつぶやく。
こいつは軽薄に見えて、仲間思いだ。
俺やティルテュのことを想ってくれているんだろう。
もし、アルヴィス卿が味方してくれれば殺さずに済んだかもしれない。
それどころか、争いも起きずクルト王子だって。
……余計な空想だな。
レヴィンには本当に、損な役目を押し付けちまった。
ユリスは懐から椿瓶を取り出し、底を正面に見せつける。
宣誓するかのように言い放った。
「ヴェルトマーは王の矛であり盾。
聖ヘイムの末裔へ無条件の忠誠を捧げている」
武器は抜かないが、皆身構える。
「陛下が王都での凱旋式を行うと決定なされた。
本当ならあなたたちを、ヴェルトマー城にも近づかせるべきではない。
そこをヴェルトマー城の側に陣を敷くことを許している」
「パレードでは最小限の武装だって許されている。
本来なら、罪人服でも纏って参列すべき。
あり得ない厚遇」
声に感情は乗っていない。
肩も揺れず、美しい姿勢のままだ。
だが、誰もがこの使者の逆鱗に触れたと理解できた。
「……ユリス。
私はそこまで王国に迷惑をかけていたんだね。
王へ直接謝罪する。
だが、君にも謝らせてほしい」
シグルド様ではなく、ジャムカを見ている。
「いらない。あくまで、これは私のお節介。
罪悪感を抱くなら、立場ある者としてしっかりして。
そうでないと、訳の分からない侵攻で民が傷つく」
ジャムカは顔を背けてしまった。
こいつ、八つ当たりをしに来ていないか?
さっきからやたらと仲間たちを言葉で刺してくる。
ユリスが手を打ち鳴らす。
「ここから先は、完全に私的な用事。
そして、もっと耳が痛いこと。
話してもいい?」
選択権なんて俺たちにはない。
これ以上に何があるって言うんだ。
―――――
ユリスは肩を竦める。
「あくまでアルヴィス様の要望だから、断ってもらっても構わない」
王ではなく、ヴェルトマーからか。
「聞かせてほしい。
王国を支え続けた卿のお心も安らかにしたい」
俺たちだけじゃなく、王国中の尻ぬぐいを任せちまった。
出来ることなら従ってやるのが道理か。
「凱旋式では、
シグルド軍内のヴェルトマー、ドズル、フリージに類する者は最後列に並んでほしい」
アゼルと顔を見合わせる。
……そういうことか。
親父たちのしたことを思えば、仕方がない。
俺は要望通りにしよう。
「理由を教えてくれないだろうか?」
「私も知らされていない。
推測になるけど、式の主目的はシグルド様及びバイロン卿の名誉回復。
それらの家が目立つと意図が薄れる」
王はシグルド様のことを本気で許すつもりなんだな。
リング卿の名誉回復がないあたりアンドレイは相当大立ち回りしたらしい。
……弓野郎。
俺たちの前に立つんじゃねえよ。
直系の前に立ちはだかるのは、実践的じゃねえだろ……。
やけに斧が重い。
「彼らも私の仲間だ。
父上と私同様に不名誉を雪いでやりたい」
相変わらず大将は甘い。
俺たちが進み出なきゃならないな。
「だから最後列。
今の王国に余計な粛清をやる余裕はない。
それをするくらいなら、私の仕事を減らしてほしい」
声が柔らかくなっている。
「あくまでお願い。判断は任せる」
―――――
ユリスが伸びをする。
息が漏れている。
あいつにとっても、肩が凝る仕事だったんだな。
「次の用事で終わり。
シグルド様にとっては虫唾が走ること。
聞かない方がいいと思う」
身構えて、腰の聖剣に触れようとするシグルド様。
直前で手を止め、恐る恐る問いただす。
「一体、何をするつもりなんだ?」
「散った当主たちに託された言葉を伝える。
敵の言葉なんて聞く価値はない。
でも、聞くなら無駄にしないで」
親父の遺言か。
「……私は彼らを許すことはできない。
だが、その思いまで踏みにじるべきではないと思っている。
良かったら同席させてほしい」
あんたはそこまで背負わなくていい。
親の仇にまで優しくする必要はない。
「先に言っておく。私が彼らと内通していたわけじゃない。
干物ユリスが仕事漬けユリスにされてたから。
それぞれと顔見知りの上、シグルド軍との繋がりが深いから任されてしまった」
「無責任な事この上ない。報酬すらない。
当主は傲慢な人しかいない」
指を鳴らす。
「どうせここにいるんでしょ。
出て来なくていいから聞いて」
正面を向いたまま、俺たちの存在を看破しやがった。
バレてたか。
そりゃあそうだよな。
ユリスは一度咳払いをする。
「フリージ家当主のレプトール卿。
大量に手紙を託されたから、ヒルダ様に預かってもらった。
でも、この一言だけは伝えろと言われてる」
あの雷神は強敵だった。
ヴェルトマーの援護に、3つの神器、
俺たちの連携に加え、ティルテュを見たことによる動揺が合わさって倒せた。
「ティルテュ、エスニャ。何があっても私はお前たちを愛している」
すすり泣きが響き始める。
学園で口を開けば、お父さまとうるさかった。
そこまでの親バカが存在するとは思えなかった。
だが、本物なんだな。
ユリスは、何も聞こえなかったかのように続ける。
「次、ユングヴィ家当主のアンドレイ卿。
姉上の片方は必ず生き残ってください」
あいつは、本当にひねくれてる。
「同窓のよしみで補足する。
彼はユングヴィ侵攻の後、民をこれ以上傷つけないため家の安定を重視していた。
子供もいるから血は途絶えないだろうに。
素直じゃない彼らしい台詞」
……。
「最後に、ドズル家当主のランゴバルト卿。
戦士は強くあれ」
何が言いてえんだよ。
親父は城壁と相まってひたすら固かった。
全軍で攻めて、ようやく倒せた。
死んでも聖斧を手放さず、立ち往生しやがった。
スワンチカはその城に置いてきた。
あんな物、持っていたくない。
「ぶきっちょ熊さんの気持ちを汲んで、私の卒業式の酒瓶を持ってきた。
あの蔵は740年産が多すぎる。馬車に積んできたから、帰る時に渡す。
凱旋式の後、私に返して」
……俺のことも、想ってたのか。
言ってくれなきゃ、わかんねえよ……。
斧を抱きしめる。
「これで伝えることは全部。
凱旋式でまた会おう」
退出の許可も得ず、そのまま天幕を出て行った。
外では、兵のざわめきが大きくなる。
お前も辛いんだな。
HPと魔防の合計が61あれば、魔法系神器を一撃は耐えられます。
ファラフレイムだけは補正により、71必要です。
ちなみにランゴバルト卿は、物理に対する防御は作中2位(特殊効果除く)。
30%で攻撃を無力化し、城の効果で毎ターンHPも回復する仕様になっています。