この場にいる誰もが、全てを理解しているわけではありません。
遠くから行進曲が聞こえる。
天幕の布が風に揺られ、外のざわめきが届く。
陽気な日和に反し、不思議な寒気がする。
胸元のレースが細かく上下している。
無意識か、ドレスの縁を撫でている。
慣れない天幕というだけではない。
凱旋式の場に緊張なされているのだろう。
「王女殿下は顔をお見せになるだけでよろしいのです。
聖ヘイムの末裔と謁見する。
そのこと自体が最大の恩赦であり、承認ですので」
「うん……」
小さく頷かれるが、視線は落ちたまま。
予感めいたものを殿下も感じられているのか。
天幕の入口へ視線をやる。
護衛は規定通りに立哨し、問題は起きていない。
隣の侍女に耳打ちし、私と殿下の二人だけにする。
「多少御髪が乱れております。
風のせいでしょう。失礼いたします」
嘘だが、必要なことだ。
―――――
式典用の臨時待合天幕。
予め殿下用に机と椅子、鏡台を運び込ませた。
鏡台の前にお座りいただく。
サークレットを外し、台座に置く。
クルト王子殿下がシギュン様に授けた物。
私心を捨て、丁重に扱う。
簡単に髪をとかす。
殿下を落ち着けるため、頭皮周辺を多めにする。
特に歯の粗いものがお好みだ。
わざと音を立てるように行う。
殿下の要望で、私の椿瓶から髪油を垂らす。
ずれはないが、胸元の飾りを整える。
腰の紐も締まっている。
ラインに崩れはない。
袖口に乱れはない。
普段のドレスと靴より、簡素なものだ。
パニエ無し、足首丈のガウン。
万が一に備え、裾が短めで動きやすいものを選んだ。
非常時には、脱いで逃げやすい靴。
裾も踏んだ形跡は無い。
最後に冠を再び被せ、起立していただく。
多少身体を動かせば、血が巡る。
顔のこわばりと呼吸回数が減った。
距離を取り、指を指標に全体確認をする。
元から問題なかったのだから、必要はない。
だが、慎重であるべきだ。
「ご協力ありがとうございました」
退出させた者を呼びに天幕の出口へと向かう。
「待って、少し二人でお話ししましょう。
そう、今日のことをもう一度教えて」
鏡に映るお姿を茫洋と眺めておられる。
殿下の心はまだ晴れないか。
―――――
楽曲が後半のものになっている。
それ程時間はない。
「これまで不当に反乱軍とされていた者達を迎えます。
この儀式と殿下への謁見を以て、彼らは元隊復帰します」
「どうしてその様なことになったのですか?」
「非常に複雑ですので、端的に。
前フリージ家当主及び前ドズル家当主の謀りです」
「どういったことをされたのですか?」
声は静かだが、指先はまだ落ち着かない。
会話を長引かせたいようだ。
気分を沈ませることは適さない。
「現在精査を進めております。
判明次第ご説明させていただきます」
意識を式典へ向けていただくべきだ。
「本日はアルヴィス様のお呼びがあり次第、
お顔をお見せください。
本来、向こうがこちらに足を運ぶべきですが、
殿下の寛容さをお示しください」
「気にしていません。
わたしからっていうのも新鮮ね」
微笑む余裕も出てきた。
これなら問題ない。
「このような天幕でご不便をおかけします」
天幕の外から軽い足音がする。
ドズルから送り込まれた侍女の声だ。
「殿下、どうやらお時間のご様子。
ご準備はよろしいですか」
頷いていただけた。
幕越しの侍女へ向け、指示を伝える。
「あなたたちは残って天幕内を片付けなさい。
終わり次第城へ戻り、次の準備に取り掛かりなさい」
入口を開ける。
天幕外には侍女と警備兵。
どれも顔を知っている。怪しい者はいない。
内側へ目くばせする。
殿下が脇を通り外へ出る。
万一に備え、リカバーの杖を持ち殿下の後ろに就く。
―――――
アルヴィス様から少し離れた位置で合図を待つ。
アルヴィス様とシグルド様の所作がかろうじて把握できる。
何やらシグルド様が叫んでいる。
杖を強く握る。
殿下はそれ程早く動けない。
相手は騎兵。まずは足を潰す。
杖を差し込み落馬させるしかない。
右利きだったはず。
左側から攻めるべきだ。
アルヴィス様がわずかに右手を上げる。
シグルド様の前に殿下を出すということは、
危険はないのか。
だが、警戒をするに越したことはない。
―――――
殿下を先導しながら周囲を観察する。
アルヴィス様とシグルド様以外は、離れた位置にいる。
魔導士にとっては短く、戦士にとっては長い距離。
アルヴィス様は外套だけは儀礼用だが、内側は戦闘にも使える装いだ。
漏れ出ている魔力から、神器を所持しているようだ。
シグルド様は完全に戦闘服だ。
凱旋パレードだからというのもあるが、
礼服が手に入らなかった可能性もある。
祭礼用の馬服だけは着せている。
武装は聖剣だけのようだ。
鞍にも荷物はない。
先ほどは口論でもあったかと思ったが、そうではなさそうだ。
シグルド様は目を見開いて王女殿下を見つめている。
杖尻を小さく振り、殿下へ合図を送る。
殿下の歩みを止めていただく。
一礼し、口上を述べる。
「グランベル王国王女殿下、
ディアドラ様の御成になります。
一同、お控えください」
―――――
「ディア……ドラ……?」
シグルド様が呆けている。
無意識だろうが、ティルフィングの柄に手をかけた。
継承者はいつもこうだ。
一度咳払いをする。
まだ気が付かない。
「アルヴィス様、式の続行をお願いします」
目を伏せ、背を向けずに殿下の後ろに控える。
規定より殿下の側に控えるべきだ。
「わが妻、ディアドラだ。
この男が君の父上を殺したバイロン卿の息子、シグルドだ。
うらみ言の一つでも言ってやれ」
シグルド様は賊軍扱い。
だとしても、なぜこんな手間のかかることを。
武力は驚異的だが、政治に疎い。
悪手が過ぎる。
「ディアドラ⁉
そうだね‼君なんだね‼」
異様なほど馴れ馴れしい口ぶり。
この方は立場を弁えることも出来たはず。
「……なぜそのように……わたしを……。
わたしを……ご存知なのですか……」
殿下の失われた記憶と関係があるのか。
だとしても、この場では不味い。
どうなるにしても、仕切り直すべきだ。
目線でアルヴィス様に合図を送る。
反応が無い。
呆けている。
この状況は、誰にとっても想定外らしい。
はしたないが杖を振って、もう一度合図を送る。
アルヴィス様がようやく気が付いた。
「もういい。
ディアドラ、下がっていなさい。
この男は危険だ。反逆者として処罰しなければ」
凱旋式で処罰を言い渡すか。
公衆の面前で反省を示させる心積もりか。
それに恩赦を与えるのが、落し所だな。
殿下がシグルド様に歩み寄る。
夢でも見ているかのような足取り。
「でも……この方は……。
おねがい、もう少しお話を……」
殿下がアルヴィス様に振り向き、懇願している。
よほど心に残る関係だったのか。
「駄目だ、姫を安全な場所へ‼」
やっとアルヴィス様も正気に戻った。
いち早くこの場を去るべきだ。
「殿下、失礼します」
手を取り、先ほど待機していた場所まで戻る。
王城まで行くと、そのまま攻めて来かねない。
抵抗はあるが、強引に連れて行く。
「待って‼ディアドラ‼
アルヴィス、頼む‼
ユリス‼
その人は私の……」
記憶の手掛かりが見つかるのは喜ばしい。
だが、今ではない。
―――――
「ユーちゃん、もう一度会わせて‼」
殿下は私の外套を掴まれている。
まだ錯乱されているご様子。
「まずは凱旋式を終わらせましょう。
その後であれば、いくらでもお会いになれます」
王都を指さし、申し上げる。
城壁の上には兵が並び、式典の旗がたなびいている。
「率直に申し上げます。
どうやら場は混乱しているご様子。
上に立つ者が乱れれば、民も困惑してしまいます」
多少落ち着きを取り戻された。
「今じゃなきゃ、二度と会えなくなってしまう気がするの……
ユーちゃん、おねがい」
私の腰に抱き着いてきた。
この場面が見られては不味い。
肩を軽く押し、視線を合わせる。
「先ずは心を落ち着けましょう。
殿下が取り乱しては、臣下も」
背後から魔力の高まり。
とっさに殿下を抱きすくめ、地面へ伏せる。
顔だけを上げ、状況把握に努める。
空にはメティオの群れ。
青空に黒点が無数に散らばる。
魔法音と怒号が響く。
―――――
尋常ではないほどの圧力が、先ほど居た場所から発せられている。
双方、神器を抜いたか。
どう立ち回るべきか。
殿下の安全が第一だ。
だが、あの様子ではどこまでも追いかけ来る。
この場で処分するしかない。
戦力はアルヴィス様とロートリッター。
ナーガはここにはない。
あったとしても、動揺した殿下には使えそうにない。
相手は歴戦。
神器を4つ所有。
聖杖は効果不明。考慮外。
伝令時から、シグルド様が柱。
彼をどうにかすれば終わる。
あの間合いではアルヴィス様が不利。
加えて、聖剣の守護が魔導士殺し*1。
二撃は必須。
頭目の心理状態は正常ではない。
隙を生じさせれば、聖炎で仕留められる。
だが、手元には杖しかない。
それに、殿下を放り出せない。
「ユーちゃん、苦しい」
殿下を離す。
懐から椿瓶が零れ落ちた。
―――――
正面から戦闘音が響く。
いくつもの隕石が一条の矢に砕かれている。
「今は二人きりだよユーちゃん。
いつもみたいに話して。
わたしには何が起きているのか分かんないよ。
あの方は一体……」
殿下に覆いかぶさったまま、拝聴する。
論議している暇はない。
「私も分からない。
推測だけど、シグルド様が過剰反応したんだと思う。
アルヴィス様の騙し討ちの可能性もある」
口が滑った。
余計に不安にさせてしまう。
私も冷静にならないと。
「ユーちゃんは、どうすればいいと思う」
「今は何もわからない」
頬を両手で抑えられる。
冷えた手が頭の熱を払ってくれる。
「ユーちゃんは、どうしたい?
わたしにとって二人とも大切。
ユーちゃんの考えを教えて」
薄紫の瞳が揺れている。
それでも、私を見ている。
一呼吸。
微かに肉が焦げる臭いがする。
分からない時は、考え直せ。
ヒルダ様のように振舞え。
現状を捉えなおす。
大量のメティオなんて、相当練った計画。
あの伝令もアゼル達の生存確率を上げるためか。
……アルヴィス様の策略だ。
権力の一本化が目的か。
戦火に照らされて、地面の椿瓶が煌めく。
その輝きが、正義を為せと迫る。
私は……ヒルダ様から炎の紋章を授けられた。
「ユーちゃん、悲しいの?」
頬が撫でられる。
ドラちゃんだけは、いつも私のことを気にかけてくれる。
こんな時でも。
「……うん。
すべきことと、やりたいことが真反対」
正しいのは、シグルド様。
正義を守り育てるのが、炎の紋章。
アゼル達と一緒に戦うこともできる。
でも、アルヴィス様を殺す必要がある。
殺人的な量の執務をこなし、恐れている神器を使い続けてきた。
憎むべき仇を兄と慕い、王族を支え続けていた。
私には見当違いの贈り物を誕生日の度に渡してくる。
アゼルにすら素直になり切れない馬鹿兄。
ドラちゃんを口説くのも私が居なければ絶対失敗してた。
仕事しかできない駄目人間。
爆発する魔力。
昼なのに、世界が朱色に染まる。
余波で空の黒点が吹き飛ぶ。
ファラフレイムだ。
椿瓶を拾い上げる。
ヒルダ様、ごめんなさい。
私には、アルヴィス様とドラちゃんの方が大切。
「ヒルダ様考案の秘策を使う。
ドラちゃん、アルヴィス様を任せていい?」
外套と走りづらい靴を脱ぎ、機動力を確保する。
ドラちゃんへ、リカバーの杖を差し出す。
「任せて‼
一緒なら、なんでもできるよ」
私ごと抱きしめてくれた。
ドラちゃんも私を真似て靴を蹴り飛ばす。
私はドラちゃんの前紐を外し、ガウンをはぎ取る。
簡単に髪を結ぶ。
「ドラちゃん、アルヴィス様に杖を使って。
アルヴィス様に伝わるよう、大声で呼びかけて。
私は相手に忍び寄る」
「囮ね、分かった‼
怪我しないようにね‼」
二人して駆け出した。
―――――
元の場所に向かうと、継承者たちはお互い傷を負っていた。
周囲は神器で吹き飛び、二人だけが向かい合っている。
所々、残火が残っている。
聖剣のせいで馬はまだ健在。
私はシグルド様の左手側で機を待つ。
身体をかがめ、外套を胴に巻き付け、ガウンを腕に抱える。
神器の余波で抉れた地面に身を隠す。
背の低さに久しぶりに感謝。
アグストリアの不意打ちを思い出せ。
馬車を襲撃され、その動揺に付け込まれ槍を投げ込まれた。
逃げ出した先に伏兵が待ち構えていた。
三段構えであれば、対応されづらい。
私が二段になればいい。
私はリーネ様の直弟子。
まだ焼けていない芝生を踏みしめ、アルヴィス様に駆け寄るドラちゃん。
叫ぶような声に二人はドラちゃんの存在に気が付いた。
私の出番だ。
穴から飛び出し、
蓋を開けた椿瓶を顔めがけて投げつける。
椿油が弧を描く。
同時にシグルド様へ走りだす。
「シグルド先輩‼
間男になるつもりですか‼」
こちらを向いた。
上段から椿瓶は切り払われた。
だが、手綱を握る左手は緩んだ。
「油まみれでデート‼
エスリン様に怒られるよ‼」
「なっ‼ユリス‼」
シグルド様に飛びつく。
ガウンごと肘から先の左腕が切り飛ばされる。
熱い血が散る。
切断面を振り、血で目潰しを狙う。
右手で青髪を掴み、二人して落馬する。
空中で殴られ離れた位置に打ち付けられる。
痛みを感じない。辛いときはいつも何も感じなくなる。
だから、大丈夫。
シグルド様は落下の衝撃でふらついている。
ドラちゃんがアルヴィス様を治療しているのが見える。
王都側は綺麗だね。
ファラフレイムの発動まで時間を稼がなきゃ。
分からない時は、考え直せ。
武器はない。
片腕しかない。目の前に落ちてる。
二人までの距離はシグルド様と変わらない。
周りはメティオと聖炎のおかげで燃えてる。
もう一度、ドラちゃんを見る。
杖の光が収まってきた。
私はあの二人に幸せになってほしい。
外套を外し、切り落とされた腕に巻き付ける。
炎へ差し込み、たいまつにする。
椿油のおかげだね。
ありがと、母さま。
アゼル、ごめんね。
あのお酒は好きにして。
他人にあげてもいい。
元気でね。
アルヴィス様、重荷を増やしちゃうね。
自業自得。
悲しんじゃ駄目。
投げやすいよう、切れた腕と手をつなぐ。
重心がずれて走りづらい。
シグルド様へ駆けながら、投げつける。
「先輩‼馬に蹴られますよ‼」
こちらを振り返り、切り払われる。
燃えたガウンが広がった。
シグルド様は引火を消すために、仰向けで転げまわっている。
まだ聖剣を手放さない。
迷えば、みんな死ぬ。
故郷へ向けて全力で声を振り絞る。
「ア゛ル゛ヴィス゛フ゛ァイ゛ヤ゛ー‼」
剣を握る腕を踏みつけ、逃がさない。
上から全体重をかけ、
押しつぶすように自分の臍へティルフィングを突き刺す。
鍔がお腹に届くよう、残った右手と両足を燃える身体に絡みつける。
焼けているシグルド様の顔と目が合う。
「先輩、一緒に死ぬから私を恨んで。性騎士なんて嫌でしょ」
笑顔は女の武器。
何もなくても使える最終兵器。
何度も地面に叩きつけられる。
いろんなものが出る。
刺されるのはイザークへの使者以来かな。
あの時と違って魔導書はないけど。
私達には聖炎がある。
お腹の穴も広げられちゃった。
痛みもほんとになくなってきた。
赤い暖かさに包まれる。
ユリスの物語にお付き合いいただき、ありがとうございました。
Nintendo Classicsで原作「ファイアーエムブレム聖戦の系譜」配信中。