ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

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分からないことがあっても、大丈夫です。
この場にいる誰もが、全てを理解しているわけではありません。


灰になるまで尽くす ―グラン歴760年

遠くから行進曲が聞こえる。

天幕の布が風に揺られ、外のざわめきが届く。

陽気な日和に反し、不思議な寒気がする。

 

胸元のレースが細かく上下している。

無意識か、ドレスの縁を撫でている。

 

慣れない天幕というだけではない。

凱旋式の場に緊張なされているのだろう。

 

「王女殿下は顔をお見せになるだけでよろしいのです。

聖ヘイムの末裔と謁見する。

そのこと自体が最大の恩赦であり、承認ですので」

 

「うん……」

 

小さく頷かれるが、視線は落ちたまま。

予感めいたものを殿下も感じられているのか。

 

天幕の入口へ視線をやる。

護衛は規定通りに立哨し、問題は起きていない。

 

隣の侍女に耳打ちし、私と殿下の二人だけにする。

 

「多少御髪が乱れております。

風のせいでしょう。失礼いたします」

 

嘘だが、必要なことだ。

 

―――――

 

式典用の臨時待合天幕。

予め殿下用に机と椅子、鏡台を運び込ませた。

 

鏡台の前にお座りいただく。

 

サークレットを外し、台座に置く。

クルト王子殿下がシギュン様に授けた物。

私心を捨て、丁重に扱う。

 

簡単に髪をとかす。

殿下を落ち着けるため、頭皮周辺を多めにする。

特に歯の粗いものがお好みだ。

わざと音を立てるように行う。

殿下の要望で、私の椿瓶から髪油を垂らす。

 

ずれはないが、胸元の飾りを整える。

 

腰の紐も締まっている。

ラインに崩れはない。

 

袖口に乱れはない。

 

普段のドレスと靴より、簡素なものだ。

パニエ無し、足首丈のガウン。

万が一に備え、裾が短めで動きやすいものを選んだ。

非常時には、脱いで逃げやすい靴。

 

裾も踏んだ形跡は無い。

 

最後に冠を再び被せ、起立していただく。

多少身体を動かせば、血が巡る。

 

顔のこわばりと呼吸回数が減った。

 

距離を取り、指を指標に全体確認をする。

元から問題なかったのだから、必要はない。

だが、慎重であるべきだ。

 

「ご協力ありがとうございました」

 

退出させた者を呼びに天幕の出口へと向かう。

 

「待って、少し二人でお話ししましょう。

そう、今日のことをもう一度教えて」

 

鏡に映るお姿を茫洋と眺めておられる。

殿下の心はまだ晴れないか。

 

―――――

 

楽曲が後半のものになっている。

それ程時間はない。

 

「これまで不当に反乱軍とされていた者達を迎えます。

この儀式と殿下への謁見を以て、彼らは元隊復帰します」

 

「どうしてその様なことになったのですか?」

 

「非常に複雑ですので、端的に。

前フリージ家当主及び前ドズル家当主の謀りです」

 

「どういったことをされたのですか?」

 

声は静かだが、指先はまだ落ち着かない。

 

会話を長引かせたいようだ。

気分を沈ませることは適さない。

 

「現在精査を進めております。

判明次第ご説明させていただきます」

 

意識を式典へ向けていただくべきだ。

 

「本日はアルヴィス様のお呼びがあり次第、

お顔をお見せください。

本来、向こうがこちらに足を運ぶべきですが、

殿下の寛容さをお示しください」

 

「気にしていません。

わたしからっていうのも新鮮ね」

 

微笑む余裕も出てきた。

これなら問題ない。

 

「このような天幕でご不便をおかけします」

 

天幕の外から軽い足音がする。

ドズルから送り込まれた侍女の声だ。

 

「殿下、どうやらお時間のご様子。

ご準備はよろしいですか」

 

頷いていただけた。

 

幕越しの侍女へ向け、指示を伝える。

 

「あなたたちは残って天幕内を片付けなさい。

終わり次第城へ戻り、次の準備に取り掛かりなさい」

 

入口を開ける。

天幕外には侍女と警備兵。

どれも顔を知っている。怪しい者はいない。

 

内側へ目くばせする。

殿下が脇を通り外へ出る。

万一に備え、リカバーの杖を持ち殿下の後ろに就く。

 

―――――

 

アルヴィス様から少し離れた位置で合図を待つ。

アルヴィス様とシグルド様の所作がかろうじて把握できる。

何やらシグルド様が叫んでいる。

 

杖を強く握る。

 

殿下はそれ程早く動けない。

相手は騎兵。まずは足を潰す。

杖を差し込み落馬させるしかない。

 

右利きだったはず。

左側から攻めるべきだ。

 

アルヴィス様がわずかに右手を上げる。

 

シグルド様の前に殿下を出すということは、

危険はないのか。

だが、警戒をするに越したことはない。

 

―――――

 

殿下を先導しながら周囲を観察する。

 

アルヴィス様とシグルド様以外は、離れた位置にいる。

魔導士にとっては短く、戦士にとっては長い距離。

 

アルヴィス様は外套だけは儀礼用だが、内側は戦闘にも使える装いだ。

漏れ出ている魔力から、神器を所持しているようだ。

 

シグルド様は完全に戦闘服だ。

凱旋パレードだからというのもあるが、

礼服が手に入らなかった可能性もある。

祭礼用の馬服だけは着せている。

武装は聖剣だけのようだ。

鞍にも荷物はない。

 

先ほどは口論でもあったかと思ったが、そうではなさそうだ。

シグルド様は目を見開いて王女殿下を見つめている。

 

杖尻を小さく振り、殿下へ合図を送る。

殿下の歩みを止めていただく。

 

一礼し、口上を述べる。

 

 

「グランベル王国王女殿下、

ディアドラ様の御成になります。

一同、お控えください」

 

―――――

 

「ディア……ドラ……?」

 

シグルド様が呆けている。

無意識だろうが、ティルフィングの柄に手をかけた。

継承者はいつもこうだ。

 

一度咳払いをする。

 

まだ気が付かない。

 

「アルヴィス様、式の続行をお願いします」

 

目を伏せ、背を向けずに殿下の後ろに控える。

規定より殿下の側に控えるべきだ。

 

「わが妻、ディアドラだ。

この男が君の父上を殺したバイロン卿の息子、シグルドだ。

うらみ言の一つでも言ってやれ」

 

シグルド様は賊軍扱い。

だとしても、なぜこんな手間のかかることを。

武力は驚異的だが、政治に疎い。

悪手が過ぎる。

 

「ディアドラ⁉

そうだね‼君なんだね‼」

 

異様なほど馴れ馴れしい口ぶり。

この方は立場を弁えることも出来たはず。

 

「……なぜそのように……わたしを……。

わたしを……ご存知なのですか……」

 

殿下の失われた記憶と関係があるのか。

だとしても、この場では不味い。

どうなるにしても、仕切り直すべきだ。

 

目線でアルヴィス様に合図を送る。

 

反応が無い。

呆けている。

 

この状況は、誰にとっても想定外らしい。

はしたないが杖を振って、もう一度合図を送る。

アルヴィス様がようやく気が付いた。

 

「もういい。

ディアドラ、下がっていなさい。

この男は危険だ。反逆者として処罰しなければ」

 

凱旋式で処罰を言い渡すか。

公衆の面前で反省を示させる心積もりか。

それに恩赦を与えるのが、落し所だな。

 

殿下がシグルド様に歩み寄る。

夢でも見ているかのような足取り。

 

「でも……この方は……。

おねがい、もう少しお話を……」

 

殿下がアルヴィス様に振り向き、懇願している。

よほど心に残る関係だったのか。

 

「駄目だ、姫を安全な場所へ‼」

 

やっとアルヴィス様も正気に戻った。

いち早くこの場を去るべきだ。

 

「殿下、失礼します」

 

手を取り、先ほど待機していた場所まで戻る。

王城まで行くと、そのまま攻めて来かねない。

抵抗はあるが、強引に連れて行く。

 

「待って‼ディアドラ‼

アルヴィス、頼む‼

ユリス‼

その人は私の……」

 

記憶の手掛かりが見つかるのは喜ばしい。

だが、今ではない。

 

―――――

 

「ユーちゃん、もう一度会わせて‼」

 

殿下は私の外套を掴まれている。

まだ錯乱されているご様子。

 

「まずは凱旋式を終わらせましょう。

その後であれば、いくらでもお会いになれます」

 

王都を指さし、申し上げる。

城壁の上には兵が並び、式典の旗がたなびいている。

 

「率直に申し上げます。

どうやら場は混乱しているご様子。

上に立つ者が乱れれば、民も困惑してしまいます」

 

多少落ち着きを取り戻された。

 

「今じゃなきゃ、二度と会えなくなってしまう気がするの……

ユーちゃん、おねがい」

 

私の腰に抱き着いてきた。

この場面が見られては不味い。

 

肩を軽く押し、視線を合わせる。

 

「先ずは心を落ち着けましょう。

殿下が取り乱しては、臣下も」

 

背後から魔力の高まり。

とっさに殿下を抱きすくめ、地面へ伏せる。

顔だけを上げ、状況把握に努める。

 

空にはメティオの群れ。

青空に黒点が無数に散らばる。

 

魔法音と怒号が響く。

 

―――――

 

尋常ではないほどの圧力が、先ほど居た場所から発せられている。

双方、神器を抜いたか。

 

どう立ち回るべきか。

殿下の安全が第一だ。

だが、あの様子ではどこまでも追いかけ来る。

この場で処分するしかない。

 

戦力はアルヴィス様とロートリッター。

ナーガはここにはない。

あったとしても、動揺した殿下には使えそうにない。

 

相手は歴戦。

神器を4つ所有。

聖杖は効果不明。考慮外。

 

伝令時から、シグルド様が柱。

彼をどうにかすれば終わる。

 

あの間合いではアルヴィス様が不利。

加えて、聖剣の守護が魔導士殺し*1

二撃は必須。

 

頭目の心理状態は正常ではない。

隙を生じさせれば、聖炎で仕留められる。

だが、手元には杖しかない。

それに、殿下を放り出せない。

 

「ユーちゃん、苦しい」

 

殿下を離す。

懐から椿瓶が零れ落ちた。

 

―――――

 

正面から戦闘音が響く。

いくつもの隕石が一条の矢に砕かれている。

 

「今は二人きりだよユーちゃん。

いつもみたいに話して。

わたしには何が起きているのか分かんないよ。

あの方は一体……」

 

殿下に覆いかぶさったまま、拝聴する。

論議している暇はない。

 

「私も分からない。

推測だけど、シグルド様が過剰反応したんだと思う。

アルヴィス様の騙し討ちの可能性もある」

 

口が滑った。

余計に不安にさせてしまう。

私も冷静にならないと。

 

「ユーちゃんは、どうすればいいと思う」

 

「今は何もわからない」

 

頬を両手で抑えられる。

冷えた手が頭の熱を払ってくれる。

 

「ユーちゃんは、どうしたい?

わたしにとって二人とも大切。

ユーちゃんの考えを教えて」

 

薄紫の瞳が揺れている。

それでも、私を見ている。

 

一呼吸。

微かに肉が焦げる臭いがする。

 

分からない時は、考え直せ。

ヒルダ様のように振舞え。

 

現状を捉えなおす。

 

大量のメティオなんて、相当練った計画。

あの伝令もアゼル達の生存確率を上げるためか。

……アルヴィス様の策略だ。

権力の一本化が目的か。

 

戦火に照らされて、地面の椿瓶が煌めく。

その輝きが、正義を為せと迫る。

 

私は……ヒルダ様から炎の紋章を授けられた。

 

「ユーちゃん、悲しいの?」

 

頬が撫でられる。

 

ドラちゃんだけは、いつも私のことを気にかけてくれる。

こんな時でも。

 

「……うん。

すべきことと、やりたいことが真反対」

 

正しいのは、シグルド様。

正義を守り育てるのが、炎の紋章。

アゼル達と一緒に戦うこともできる。

でも、アルヴィス様を殺す必要がある。

 

殺人的な量の執務をこなし、恐れている神器を使い続けてきた。

憎むべき仇を兄と慕い、王族を支え続けていた。

 

私には見当違いの贈り物を誕生日の度に渡してくる。

アゼルにすら素直になり切れない馬鹿兄。

ドラちゃんを口説くのも私が居なければ絶対失敗してた。

 

仕事しかできない駄目人間。

 

爆発する魔力。

昼なのに、世界が朱色に染まる。

余波で空の黒点が吹き飛ぶ。

 

ファラフレイムだ。

 

椿瓶を拾い上げる。

ヒルダ様、ごめんなさい。

 

私には、アルヴィス様とドラちゃんの方が大切。

 

「ヒルダ様考案の秘策を使う。

ドラちゃん、アルヴィス様を任せていい?」

 

外套と走りづらい靴を脱ぎ、機動力を確保する。

 

ドラちゃんへ、リカバーの杖を差し出す。

 

「任せて‼

一緒なら、なんでもできるよ」

 

私ごと抱きしめてくれた。

 

ドラちゃんも私を真似て靴を蹴り飛ばす。

私はドラちゃんの前紐を外し、ガウンをはぎ取る。

簡単に髪を結ぶ。

 

「ドラちゃん、アルヴィス様に杖を使って。

アルヴィス様に伝わるよう、大声で呼びかけて。

私は相手に忍び寄る」

 

「囮ね、分かった‼

怪我しないようにね‼」

 

二人して駆け出した。

 

―――――

 

元の場所に向かうと、継承者たちはお互い傷を負っていた。

周囲は神器で吹き飛び、二人だけが向かい合っている。

所々、残火が残っている。

 

聖剣のせいで馬はまだ健在。

私はシグルド様の左手側で機を待つ。

 

身体をかがめ、外套を胴に巻き付け、ガウンを腕に抱える。

神器の余波で抉れた地面に身を隠す。

背の低さに久しぶりに感謝。

 

アグストリアの不意打ちを思い出せ。

馬車を襲撃され、その動揺に付け込まれ槍を投げ込まれた。

逃げ出した先に伏兵が待ち構えていた。

 

三段構えであれば、対応されづらい。

私が二段になればいい。

私はリーネ様の直弟子。

 

まだ焼けていない芝生を踏みしめ、アルヴィス様に駆け寄るドラちゃん。

叫ぶような声に二人はドラちゃんの存在に気が付いた。

 

私の出番だ。

穴から飛び出し、

蓋を開けた椿瓶を顔めがけて投げつける。

椿油が弧を描く。

 

同時にシグルド様へ走りだす。

 

「シグルド先輩‼

間男になるつもりですか‼」

 

こちらを向いた。

上段から椿瓶は切り払われた。

だが、手綱を握る左手は緩んだ。

 

「油まみれでデート‼

エスリン様に怒られるよ‼」

 

「なっ‼ユリス‼」

 

シグルド様に飛びつく。

ガウンごと肘から先の左腕が切り飛ばされる。

熱い血が散る。

 

切断面を振り、血で目潰しを狙う。

右手で青髪を掴み、二人して落馬する。

 

空中で殴られ離れた位置に打ち付けられる。

痛みを感じない。辛いときはいつも何も感じなくなる。

だから、大丈夫。

 

シグルド様は落下の衝撃でふらついている。

ドラちゃんがアルヴィス様を治療しているのが見える。

王都側は綺麗だね。

 

ファラフレイムの発動まで時間を稼がなきゃ。

 

分からない時は、考え直せ。

 

武器はない。

片腕しかない。目の前に落ちてる。

二人までの距離はシグルド様と変わらない。

周りはメティオと聖炎のおかげで燃えてる。

 

もう一度、ドラちゃんを見る。

杖の光が収まってきた。

私はあの二人に幸せになってほしい。

 

外套を外し、切り落とされた腕に巻き付ける。

炎へ差し込み、たいまつにする。

 

椿油のおかげだね。

ありがと、母さま。

 

アゼル、ごめんね。

あのお酒は好きにして。

他人にあげてもいい。

元気でね。

 

アルヴィス様、重荷を増やしちゃうね。

自業自得。

悲しんじゃ駄目。

 

投げやすいよう、切れた腕と手をつなぐ。

重心がずれて走りづらい。

 

シグルド様へ駆けながら、投げつける。

 

「先輩‼馬に蹴られますよ‼」

 

こちらを振り返り、切り払われる。

燃えたガウンが広がった。

 

シグルド様は引火を消すために、仰向けで転げまわっている。

まだ聖剣を手放さない。

 

迷えば、みんな死ぬ。

故郷へ向けて全力で声を振り絞る。

 

「ア゛ル゛ヴィス゛フ゛ァイ゛ヤ゛ー‼」

 

剣を握る腕を踏みつけ、逃がさない。

上から全体重をかけ、

押しつぶすように自分の臍へティルフィングを突き刺す。

鍔がお腹に届くよう、残った右手と両足を燃える身体に絡みつける。

 

焼けているシグルド様の顔と目が合う。

 

「先輩、一緒に死ぬから私を恨んで。性騎士なんて嫌でしょ」

 

笑顔は女の武器。

何もなくても使える最終兵器。

 

何度も地面に叩きつけられる。

いろんなものが出る。

 

刺されるのはイザークへの使者以来かな。

あの時と違って魔導書はないけど。

私達には聖炎がある。

 

お腹の穴も広げられちゃった。

 

痛みもほんとになくなってきた。

 

赤い暖かさに包まれる。

*1
装備時、技・速に+10 魔防に+20。




ユリスの物語にお付き合いいただき、ありがとうございました。

Nintendo Classicsで原作「ファイアーエムブレム聖戦の系譜」配信中。
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