昼下がりの日差しが、机上の紙束を照らす。
備蓄管理等冬支度で忙しいのは、分かる。
だが、会談中も働かなければならないほどなのか。
「よくいらっしゃった。
早速、要件を済ませるぞ」
手元の書類を眺めたまま、こちらに一瞥もくれることなく告げられる。
業務効率を重んじる王国宰相らしい性急さだ。
ヴァルターよりも好ましい。
「来年は次期教主たるクロード神父*1がブラギの塔*2へ巡礼なされる。
その前に婚礼は済ませてしまうつもりでいる。
されば手配に不足はあるまい」
現エッダ当主*3に頼まないのは、
……あたし達を新世代として印象づけるためか。
「これまで大変ご配慮を頂きました……。
持参だけでも誠意をお見せしたい」
うちから出せるのは、金と炎の魔導書程度しかない。
人材も身の回りの最低限しか連れてこれない。
「最低限でいい。お前が当家にくれば、天秤が釣り合う。」
思わず胸が熱くなる。
だが、まだヴェルトマーの女。
「……ありがたいお申し出です。
ですが、それではこちらの立つ瀬がありません」
一瞬の沈黙。
顔を上げ、あたしの目を見つめてくる。
「お前がほしい。それほどな……」
熱が膨らむ。
これは、まずい。冷や水を浴びせなくては。
「……嫁に来る者を口説くものではありません」
「であれば、お前たちの恋路を広めさせよう」
頬まで上がってきた。
あいつとのことは誰かと分かち合いたくない。
「……御戯れはそこまでに」
「いや、本気だ。
フリージが下手に出たのではなく、ブルームの愛が深かったことになる。
そう受け取る者も出る。
ヴェルトマーには傷が行かぬ。
悪くない提案では?」
確かにこちらに損はない。あたしが羞恥に耐えれば済む話だ。
家を出る者だけに好奇の視線が集まれば、家名に汚されない。
所領でもあたしを受け入れられやすくなる。
フリージ当主が大きな息を吐く。
「ヒルダ、お前がフリージの女王となれ」
突拍子の無いことをおっしゃる。
真意を測ろうと、瞳をのぞき込む。
だが、当主は私の背後にある暖炉へと視線を移した。
「我が子達に政は向かぬ。
お前が我が子らを導き、家を差配し、次代を育め。
貴様であれば貫目が足りる」
少しの悲しみを含む声色。
当主に比べれば、あいつは凡愚だ。
「過分な評価です。
私は公職にも付かず年ばかり重ねた女です」
微笑を浮かべ、こちらをもてあそぶような御当主。
「ならば、言い換えよう。
ファラの女は炉心。
人を温め、家を動かす原動力。
それがあったからこそ、そちらは今までもっていたのではないか?
我が家にも欲しいと思うのは道理であろう」
薪が乾いた音を立てて爆ぜる。
我が家を甘く見すぎだ。
顔に出す代わりに、拳を握る。
「私はそれほど殊勝では有りません。
炎に寄り添う一族だからこそ、炉を御せたのです。
雷にそれが出来るとは思えません」
嫌味な顔を携え、得意げに、
そして試すようにのたまう。
「出来なくて良い。
貴様は炎の紋章を胸に抱いたまま稲妻となるのだから」
「暫くは私が火の番を務めよう。
神の雷すら燃やし尽くせるかな?」
何も返せない。
神器*4は、反則だ。
「第一、雷撃は炎との相性で勝っている*5。分が悪かったな」
笑みをさらに深める。
「娘をやり込めるというのは、存外楽しいものだ」
「嫌われはしないか恐ろしくて、ティルテュやエスニャ、それにブルームにもやれない」
「私はお前に、お前はあの子達に。
美味しいところだけを独り占めできる。
これだけでも私は満足だ」
家族馬鹿一族め。
こんなところにあたしは嫁ぐのかい。
「あの禿鷹も似たようなことをアルヴィスや私にしかけてきます。
全く、父親というものは度し難い」
ヴァルターと同じとされるのは心外なようだ。
こんな所でもあいつは役に立つ。
うちの先代は、あたしにそんなことをしてこなかった。
あの頃のあたしは潔癖すぎた。
ただ女遊びが激しいというだけで、近づかないようにしてた。
シギュン様への仕打ちに口を出したせいで、向こうもあたしを遠ざけた。
もっと歩み寄っていれば、父様のこんな一面を見れたのかもね。
気が緩みすぎた。
まだ会談は終わっていない。
ともかく、負けたままでは嫁入り後の立ち位置が決まっちまう。
「フリージは代々子に甘いと言いますが、真のようですね」
「訂正させろ。
家族を愛おしんでいるのだ。
それに子を思えばこそ雷を落とすのだ」
皮肉すら誇らし気だ。
それに上手いことを言ってやったと顔が主張している。
「雷親父というには、遠雷が聞こえた試しが有りません」
筆を取り、書類へと顔を向ける義父様。
「ならば、この後私が子供たちへ落としましょう。
直截に申しまして、うちの子供たちが無礼を働きかねません」
「……今日はエスニャをまだ出さぬ。
ティルテュも6歳で幼すぎる。静電気程度で頼む」
宰相のこの顔に免じて、留飲を下げてやる。
―――――
紙束とインクの山から抜け出し、馬車寄せへ向かう。
外でひとつ深呼吸、すると肺へ冷気が流れ込む。
先ほどまでの張り詰めた空気を押し出してくれるようだ。
冬が近づいて来たせいで肌寒い。今年は早めに雪が降りそうだ。
ドレスの準備にかける時間だけは取れそうだね。
馬車からは甲高い声が漏れ、普段より大きく揺れてやって来た。
アゼルは初めて外で降りるんだ。そのくらいは許してやろう。
石畳を叩く音が止まり、
御者が子供らが降りやすいよう準備を始める。
扉に手をかけた従者を呼び止め、
窓越しに呼びかける。
「ここはあんたらの家じゃない。
一歩でも外に出れば、あんたらはガキのままじゃいられない。
兄姉を馬鹿にされたきゃそのままでいい」
すかさず椿油を取り出し、アゼルの髪を整えるユリス。
アゼルも気が付いたみたいだね。
外していたボタンを閉じ、靴を履き直す。
最後にユリスが上着を着せなおさせ、アゼルの襟を直す。
今度はユリスの番だ。
めくり上げられた裾やズレ落ちた肩を元に戻し、アゼルに点検を頼んでいる。
自分では見えない位置にある髪飾りまでは、意識がいかないみたいだね。
2人合わせて教えたせいか、お互いを使い慣れている。
「そのくらいでいい。支度室で確認をしてやる。
ユリス、くれぐれも飛び出すんじゃないよ」
本来、客の軒先で指導することは許されない。
互いの家が、子供たちを初めて外部の人間と引き合わせる。
それでも、あり得ない。
あたしとの婚姻が決まっており、
ある種家族とみなされているからこそだ。
子は鎹と言うが、この場合は何というんだろうね。
「この3年、リーネとあたしが仕込んだんだ。
ヘマをするんじゃないよ」
御者を促して扉を開けさせる。
寒気が車内へ流れ込み、体が跳ねる二人。
ユリスが先んじてステップへ足をのせ、
ためらうアゼルの手を取り降りる。
フリージの従者の後をついて控室へ向かう。
姿勢正しく歩けている。
ほとんど指摘することはない。
目が遊んでいることを注意するくらいだ。
リーネでも及第点を付けざるを得ないだろう。
あたしがやれるのはそこまでだ。
―――――
控室を出て、フリージのメイドに先導され大広間へ向かう。
子供たちの顔には、緊張の色は見えない。
これまでの訓練で何度もやったからだろう。
むしろ、あたしの方が固くなっている気すらする。
廊下を抜けると巨大な家紋を中心に、雷槌を模した旗が並ぶ。
相変わらず、ここは足音が良く響く。
質実剛健のヴェルトマーとは大きく異なっており、子供たちは見入っている。
正面のホストには気づいていない。
一つ咳払いをし、正気に戻す。
一歩前に進み、相手に聞こえやすい音量で切り出すアゼル。
「この度は、お招きいただきありがとうございます。
僕はヴェルトマー家のアゼル、
こっちは我が家に仕えるコーエン家のユリスです。
どうぞよろしくお願いいたします。」
言葉に合わせ、カーテシーをするユリス。
少し前までふらついていたが、今では上半身が前傾せずに出来ている。
アゼルも淀みなく、相手の顔を見て発言できている。
おとなしめのこの子も、大の大人に向かって臆していない。
――それでいい。
この挨拶ならどこでも通用する。来年までに他にも連れて行ってやりたいね。
たしか、ドズル*6とユングヴィ*7にも同じ年頃の子供がいたはずだ。
鷹揚に返すブルーム*8。
「これはご丁寧にどうも。
さあ、ティルテュ*9。ご挨拶をみせてあげなさい」
妹の背を軽く押し、前に出させる。
「フリージ家のティルテュです。
どうぞよろしくお願いします」
スカートを持ち上げるだけに終わっている。声量も小さい。
あたしの顔が怖いのかアゼルたちだけを見ている。
別に虐めるようなことはしないよ。
――うちの子達が勝った。
会談でも感じていたが、レプトール様*10は子供に甘い。
ブルームがこうなのは知ってる。
あたしの視線に気づいたのか、次へ誘導するブルーム。
「よくできたね、ティルテュ。
三人ともここではつまらないだろう。皆でサロンへいこう。
スイートポテトを用意してある。この秋にとれた芋で作らせた。
はちみつ漬けの林檎タルトもあるぞ」
打って変わり、うん‼と元気よく返事をする公女。
魔法騎士トード*11由来の紫がかった銀髪を大きく揺らしながら、先を走る。
同じ色の髪をたなびかせ、大股で早歩きのブルーム。
アゼルたちがあたしを見ている。
よく言葉を抑えた。それでいい。
まさか、ここまでだとは思っておらず、あたしも呆気にとられちまった。
「ついていきましょう」
仕方がないから、あたしが二人を先導しサロンへ向かう。
ここに何度も来ていなけりゃ、置いてきぼりになるところだよ。
―――――
陽の光が降り注ぐ応接間では、フリージの二人が立って待っていた。
歩いたことで、ブルームも頭が冷えたんだろう。
公女はおやつが待ち遠しい様子でそわそわしている。
待てくらいは出来るみたいだね。
こちらをみとめたブルームが、優し気に子供たちへ話しかける。
「先へ行ってしまい申し訳ない。
さっきは大広間でしっかりしなきゃいけない場所だったんだ。
でも、今はサロンにいる。
ここなら肩肘張らなくていいんだよ」
……外向けの練習はどこへ行ったんだか。
義父様のおっしゃったことがよく分かった。
嫁に行くつもりが、教師に赴任するみたいだね。
「ありがとうございます、ブルーム様。
僕たちは緊張してしまいました」
微笑を浮かべて素直な気持ちを伝えるアゼル。
「へー、男な~の~に~なっさけな~い
わたしは大丈夫だったわ‼」
胸を張って堂々と言い切った公女。
その声量が挨拶で出てればマシだったけどね。
こいつの教育もあたしが担当か……。
許可を求めるようにユリスがあたしを見る。
わざとらしいため息をついてやる。
「なら、アゼルのかち〜。
ドキドキしてるのにちゃんとできてた」
相変わらず、神経を逆なでする声が上手い。
いくら許しを得たからといって、変わり身が早すぎる。
さっきまで完璧で瀟洒な淑女だっただろ。
現当主の娘にして、眼前の強面の奴の妹だぞ。
もっと、こう……あるだろ‼
このままだと小娘同士の言い合いが始まっちまう。
その前に割って入る。
「今回は外交の練習としてお招きいただきました。
仲を深めるのに気安さは重要。
ですが、安すぎては軽いものとして扱われます」
うちの子たちは姿勢を正す。
教えこんだ成果が見えるのは気分がいい。
あの父親たちのように弄るよりも、育った姿を見る方が性に合っている。
「まあまあ、
子供たちにとっては初めての経験なんだ。そう厳しくしなくても。
挨拶もよくできたんだから、ご褒美をあげようじゃないか」
こいつ。
「……ブルーム様がそうおっしゃるのであれば。
アゼル、ユリス、次期当主様からお許しを頂いたんだ。楽にしな」
わざと口調を崩し、アゼルも楽にさせてやる。
「さあ、みんな。
大人は大人の、子供は子供の席を用意してある。
それぞれに分かれて楽しもうじゃないか」
―――――
背の低い子供用の席から少し離れた椅子に腰を預ける。
念願のご褒美が、黄色い声を増幅している。
一方、あたしは正面の大男へ冷たい視線を送る。
こちらには会話がない。
子供たちの声に耳だけを傾け、弁明を待つ。
反省した様子で、ようやく口を開いた。
「ごめん、ヒルダ。
あんまりにもティルテュが緊張していたから……。
あんな姿を見たことがなかったんだよ……」
子供たちへ聞こえないように謝るブルーム。
「済んでしまったことは仕方ありません。
ブルーム様もお気になさらず」
「なら普段通りの言葉遣いにもどっておくれ。
もういいじゃないか」
横目で子供たちを見る。
サンダー*12最強‼
ファイアー*13最強‼
魔法を放つように両腕を前に突き出す女児二体。
……あたしだけが気負ってるみたいじゃないか。毒気が抜ける。
「次はこうはいかないよ……」
なんだか今日はやり込められてばかりだ。
あたしはもう少し出来るつもりなんだけどね。
「おにいさま、訓練場行ってくるわ‼
雷魔法が最強って見せてやるの‼」
公女は、言うや否や駆け出す。それを追うユリス。
アゼルも駆け出そうとしたが、足を止めこちらを窺う。
「アゼル、絶対に魔導書にあの娘たちを触れさせるな。」
こう言えばこの子が行きやすくなる。
すぐに走って飛び出した。
子供、特にユリスの行動は読めない。
あの子ならファイアーの中へだって、飛び込みかねない。
だけど、いくら訓練所にだって魔導書が放置されているわけはない。
それに、分別がある者なら魔法を使って見せたりしない。
どうせ何もできず、ただの追いかけっこで終わる。
足音が消えた頃、鬱屈を目の前へと放り投げる。
「全く、何をしに来たのかわからないよ」
「でも、あの子たちは友人になれただろ?」
「はぁ……。
あんたは甘いんだよ」
神器が無くても、戦では鬼神の如き活躍をする癖、
それ以外はてんでダメ。
戦いしか能がないお人よし。
放っておいたら、どんな目に合うか分からない。
「嫌いにならないでくれよ~」
あたしの手を掴み、本気で懇願するブルーム。
そういうところだよ。
「目は離せないね。
あんたは許嫁に5年も待たされた馬鹿。
だから6年目に突入する」
ヴェルトマーが落ち着くまで待つから、結婚してくれ。
先代とシギュン様が居なくなった頃、
あの地獄に、駆け込んでそう叫びやがった。
すわ乗っ取りと身構えさせられた。何もなかったが。
だったら、あんなときに紛らわしいことをするな。
だが、それでヴェルトマーの信頼が担保された側面もある。
女よけかと思ったが、あいつに婚約の噂が出た時も同じことをしやがった。
神器継承者の襲来は、誰だって驚くんだよ。脈が上がって困った。
悪人面がニタニタしやがる。
「でも、君は待たせてくれた」
一拍置き、銀髪をこれ見よがしに掻き上げる。
「君の黒髪が白髪になっても一緒にいる。
俺は最初からそうだったからね。そうなればお揃いだ」
キメ顔で言いやがった。全く決まってない。
女には年に関することは言うなって教えられなかったのかい。あたしが教えなきゃいけないのか。
あんたのお嫁さんになりに来たんだ、乳母として家に入るんじゃない。
だいたい、女を靡かせるなら褒め言葉くらい入れな。
あんたに気の利いた言葉なんて望んじゃいないが、かわいいとか綺麗とかないのかい。
あんたのは髪色にコンプレックスを抱えてる奴にしか響かないよ。
そもそも、お揃いってどういうことなんだ。
あんたのは生まれつきで一生もんだ。あたしのはただの劣化、艶は消えて面倒だけが増える。髪なんて側使えにまかせっきりなんだろ。しっかりした手の入れ方を覚えるまであたしの髪は触らせないよ。
……6年待つんだからそれくらいすぐだろ。
白髪になった先のことは何もないのかい。白く染めたらそれまでって腹積もりか。結婚するなら死んでも分かれるわけない。
口説き文句に一切、全く、絶対なってない。
―――――
後日、婚姻の細かな話を詰めにいった際、
ご機嫌なフリージ家当主から、申し付けられた。
「あの日は訓練場でティルテュたちに格好良い所を見せられた。
今度もそのように仕向けろ」
今度はブルームも連れてこい。あいつからの尊敬のまなざしも欲しい。
とも付け加えやがる。
あたしを口説く時以外書類から目を離さなかった癖に、そんな暇がどこにあった。
銀髪で悪だくみをしていそうな人。
死亡時台詞が「もう、やんなっちゃう!」
グランベル王国宰相にして、フリージ家現当主。
銀髪で片眼鏡をした悪だくみをしてそうな人。
ウインドが手に入り次第、大抵のプレイヤーは乗り換える。
サンダーが手に入り次第、大抵のプレイヤーは乗り換える。
原作主人公も既婚なのに同じようなことするってマジ⁉
原作についてご存じですか?
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聖戦の系譜をプレイして覚えている
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触ったことはある
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FEシリーズはやったことがある
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FEシリーズに触れたことはない
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全く知らない