ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

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作戦変更 ―グラン歴777年

熱を持った手をさすられる。

温かいし、柔らかい。

 

「私が言いすぎた。事情も分からないのにね。

ユリウス様、許してくれる?」

 

上目遣いで謝ってきた。

 

考えてみれば、フリージの大人はユリスが子供の頃から関わっていた人たちなんだ。

ユリスにとっては苦しいことなんだ。

怒っても、仕方がない。

 

「……うん、気にしない」

 

「じゃあ、最初から話してくれる?

何も知らないままじゃ、選べない」

 

―――――

 

一度、大きく呼吸をする。

 

「……気が付いたら、僕の周りからみんな居なくなったんだ。

母さまもユリアも……。

マンフロイが神書を持ってきた、7年前のあの日から」

 

箱を撫でる。

昔、この中にナーガが入っていたらしい。

母さまの扱いが雑だからって、ユリスが用意した箱。

今はユリスだけが、家族の名残を教えてくれる。

 

「父上は僕を遠ざけて、今ではシアルフィ城で政務をしている。

僕を置いて、王宮から出て行っちゃった……」

 

装飾に指をはわせる。

それでも、あの感覚はやってこない。

 

「神書を持っていると、寂しさも忘れられるんだ。

それどころか、何でも出来る気がしてくる」

 

こんな話には、ちょうどいいのに。

 

「僕がもっと強くなって世界を支配すれば、どんなことでも出来るようになる。

もう一度、みんなをここに集められる。

父上も、僕と一緒に正しい世界を作ってくれる」

 

僕とユリア。

光と闇を宿した僕達だからこそ、真の正義を成せる。

どれだけ苦しくても、耐えられる熱もファラ様から受け継いでいる。

そう、火継ぎで教わった。

 

「……想像以上」

 

このことを話したのはユリスが初めてかもしれない。

……誰も、聞こうとすらしてくれなかった。

 

「分かったことは、私のことをあんまり信じてもらえてなかったんだね」

 

少し俯きがちなユリス。

僕は、傷つけたいんじゃない。

 

「違う‼

その、聞かれなかったから……。

今度からはちゃんと相談するよ」

 

「私は古びたお人形。お好きにどうぞ」

 

また自分のことを物扱いする……。

生きていて、思い通りになんてならないくせに。

 

「ごめん……」

 

ユリスは一度ため息をつき、指を鳴らす。

 

「適切な相手に相談すること。信頼も維持できる。

アルヴィス様はそれが出来てなかった」

 

時々、父上を馬鹿にする。

こういう所は好きになれない。

 

「父上は皇帝だよ。そんなことない」

 

「シグルド様を討つ相談をされなかった。

おかげで、文字通り腕だけで挑む羽目になった」

 

左の長手袋を外し、素肌の左腕を見せつけてくる。

 

肘から縦に一筋切られたせいで、全体に縫い目がついている。

普段は見た目を気にして、長い手袋を着用している。

あまり見ていたくない。

 

顔を逸らしてしまう。

共有は大事。大切な人が死んでしまうかもしれない。

 

頬を挟まれ、正面を向かされる。

手の熱と、縫い目が顔に当たる。

 

「ユリウス様には、父親も教師もいる。

アルヴィス様には、居なかった」

 

「分かったよ。必ず相談する」

 

ユリスには、ずっと僕の側に居続けてほしい。

 

「じゃあ、正しい世界ってなに?」

 

片手で装飾箱が取り上げられた。

溝の感触が、肌に残る。

 

―――――

 

話す前に、相手のことを考える。

その方が早く確実に伝わる。

ユリスから教わった。

 

きっと、起きるまでのことは知らないはず。

 

「ロプト教団は不当な差別をされ続けてたんだって。

父上がそれを禁止して、今では大手振って歩けるようになった。

きっと、父上にもロプトの血が入っているから何とかしたかったんだね」

 

正義のために戦う、なんて誰にでも簡単に言える。

汚職官僚ですら、平然と口にする。

それを実現したからこそ、父上は皇帝なんだ。

 

背中が、くすぐったい。

ユリスは嚙みしめるように、目を瞑ってしまった。

 

「……そう」

 

「ユリスも、ロプトは嫌い?」

 

嫌われたくないな。

……こんな思いに父上は耐えてきたんだ。

 

「教団の所業を見て、忌避感はある」

 

「ロプトの血は分からない。

ファラ様の先祖は正義のためマイラ様も助けたと聞いている。

十三人目の聖戦士を助けることに異議はない」

 

父上もロプトの血を、聖騎士マイラの血と言ってた。

きっと、ヴェルトマーでは嫌われてなかったんだ。

 

それにしては、ユリスの顔が歪んでいる。

 

「なんで、そんなに複雑そうなの?」

 

「……子供に聞かせる話か迷っている」

 

また子供扱い。

嫌だけど、嫌いじゃない。

 

「父上のこと?」

 

ようやく目を開けてくれた。

 

「そう。それに私の後悔。

年下には、出来る女に見られたい」

 

軽い言葉のはずなのに、瞳が揺れている。

 

「僕に教えられない?」

 

一拍置いて、話し始めた。

 

「……私の力不足のせい。

アルヴィス様は、少なくとも私が死ぬまで隠し通していた。

ユリウス様の想定より、その事実は重い」

 

ロプトの血を持つ者の親族も火刑。

昔はそうだったらしい。

 

「教団とロプトの血は今でも嫌われているみたい。

差別を禁止しても、嫌がらせをされ続けているって聞いた」

 

父上が制度を敷いた。

そして、それが守られるように世界のほとんどを帝国の影響下に置いた。

 

それでも足りない。

だったら、それを上回る力が必要だ。

 

「私たちは何回も暗黒教団を炙った。

当時はそれが社会を安定させる手段の一つだった。

気分は良くない。だけど、必要なことだった」

 

肩が跳ねる。

 

「ユリスもしたの?」

 

ユリスは闇魔法だって、マンフロイから習っていたんだ。

そんなこと、するはずがない。

 

「私の初陣もそう。

その直後から、ヴェルトマーに暗黒教団上がりの人員が増えた。

入り込むために、マンフロイさんが生贄にしたんだろうね」

 

まるで、マンフロイが悪役みたいじゃないか。

あいつは教団員のために必死に働いているのに。

僕にも闇魔法や教団の秘儀を教えてくれている。

 

「……何も悪いことをしていないのに、随分残酷だね。

ユリスだって、子供狩りのことは言えないじゃないか‼」

 

「否定はしない。

だからこそ、アルヴィス様は立ち向かったんだと思う」

 

父上は、やっぱりすごい。

 

「今では、王宮でだって教団員が働いてるよ。

元々能力はあったのに、偏見だけで虐げられていただけなんだ。

僕は二度とそんなことが起きない世界にしたい」

 

「あなたに聞いている。他人の動機を持ちださないで」

 

言葉が、詰まる。

 

……嘘じゃない。

だけど、見透かされているみたいだ。

 

―――――

 

「僕は……これは正しいと思う」

 

ユリスの手が、装飾箱を机に押さえつけている。

僕の手が牽制された。

 

「統治するだけなら、従来の方法でもよかった。

あなたは、それなのに暗黒教団の方法を選んだ。

少数が多数に合わせる。それが道理」

 

「それにイシュタル様に親子を引き裂かせようとしている。あのフリージ家に。

先々代の当主は、自分を殺した娘に愛してると残した。

私が代理で伝えたから覚えている」

 

ユリスの瞳が恐ろしい。

いつもとは違い細く光っている。

猛禽のように、絶対に僕を逃がさないつもりだ。

 

「……絶対的な君主が上に立つ。父上もそうやってた」

 

民から反乱の芽を摘み取れる。

子供を手元で養育すれば、未来の危険も排除できる。

諸侯の力を削いで、貴族も逆らえなくなる。

 

父上は逆賊シグルド軍を倒して誰よりも権力を手にした。

僕も同じことをすればいい。

少し手順が違うだけだ。

 

「あなたにはロプトウスと暗黒の力がある。アルヴィス様は神器だけ」

 

「何が言いたいんだ‼」

 

ユリスだって、父上に付き従っていた。

 

「当たり前の話だよ。劣った者は置いて行かれる」

 

……僕のことを言っていたのか。

 

「馬鹿にするな‼」

 

「神器を道具として使う者と、依存する者。

どっちも老人の掌で踊らされている」

 

「そんなことない‼

マンフロイは僕の配下だ‼」

 

「数年前までロプト教団の儀式無しでも、グランベル帝国が成り立っていたと聞いている。

どうしてそちらを選んだの?」

 

……そんなの、決まっている。

 

「子供狩りのことか。

お互いを憎み合い殺し合い、優れた者のみを新たな帝国の臣民とする。

残った家族の嘆きが僕の力になる。

これ以上の統治と実益に叶う方法はない」

 

ユリスは左手の指を二本立てた。

 

「損失が大きすぎる」

 

一つを折る。

 

「将来の労働人口が減る。国庫は民がいてこそ潤うもの。

負の感情を集めたいなら、戦争でもすればいい」

 

腕の縫い跡に、目が吸い寄せられる。

 

「拷問と公開処刑でも可。

これならヴェルトマーにノウハウがある。

子供より老人の方が多く知り合いがいて、未来に影を落とさない。

その方が手っ取り早い。悪趣味だけどね」

 

残った指を突きつけてきた。

指先から視線を逸らせない。

 

「私は闇魔法を知っていても、教団の儀式は知らない。

多少は内政のことは分かっても、マンフロイさんの企みは知らない。

ユリウス様は、切り分けられている?」

 

ユリスが光を模した装飾箱を持ち上げる。

こちらに表面を見せつけている。

 

「あなたが使いこなす。使われるんじゃない」

 

「当たり前だ‼」

 

ユリスが愉快気に語り始めた。

 

「神器は精神に影響を与える。高揚感や安心感と聞いている。

シグルド軍の継承者は、突けば面白いほど頼りきりになっていた。

アルヴィス様はその感覚を恐ろしく思っていたけどね」

 

僕と同じように逆賊を弄んだのか。

それに、父上まで。

 

「ロプトウスは神器じゃない。

神が宿った魔導書だ。格が違う」

 

「そっちの方が影響が大きそうだね。心当たりは?」

 

箱に手を伸ばす。

指先が、空を掴む。

 

ユリスは箱を机の下に隠してしまった。

 

「いつだって僕の味方をしてくれる‼

身体だって、自然に動いてくれる‼」

 

神書だけは、僕に寄り添い続けてくれる。

どこにも、いかない。

 

「おかげで、あなたの周りには私とマンフロイさんしかいない。

家族を奪い去り、侍女たちも近寄らない。

これのどこがあなたの味方なの?」

 

「イシュタルだっている‼」

 

ロプトウスのせいじゃない。

僕が、魔力を制御しきれないせいだ。

そのせいで、みんな離れていったんだ。

 

僕と同じイシュタルは側に居れる。

 

「その人をこれから孤独にさせ、傷つける。

依存させ、操り人形にする妙手。そういう手腕は学んでいたんだね」

 

「そんなんじゃない‼」

 

「そうだね。

イシュタル様は継承者。支えてくれる神書はないもんね」

 

「……僕が、いる……」

 

「それを命じるのはあなた。自作自演」

 

喉が、締め付けられる。

指先まで冷たくなって、頭が回らない。

 

「そんな風に……言わないでよ……」

 

神書がほしい。

 

「私は、ユリウス様を責めているわけじゃない。

気が付いてほしかった。あなたの選択と、その責任について」

 

「……」

 

「君臨する者は、選ぶ責務を持つ。

そして、その先の未来を背負わなければならない。

どれだけ非道と罵られようが、決めなければならない時もある」

 

「分からなくても、考えを止めることは許されない。

あなたがユリウス皇帝として在りたいのであれば」

 

ユリスが箱を持ち上げて、軽く振る。

軽い音が、中から聞こえる。

 

「神書の代理人なら、忘れていい。

マンフロイさんとロプトウスの人形として過ごせばいい。

私とおんなじだね」

 

手を伸ばしたい。

 

「あなたは、どうして皇帝になりたいの?」

 

でも、向き合ってくれる人からは逃げちゃだめだ。

僕は人形じゃない。

 

―――――

 

一度、深呼吸をする。

 

「……僕は、前みたいにみんなで過ごしたい。

母さまも父上も、ユリアも一緒に暮らしたい。

それには絶対的な力が必要なんだ。マンフロイが言っていた」

 

ユリスが箱を机に置く。

僕からも簡単に手が届く。

 

誰の手も乗っていない。

 

「探すだけなら今でも出来る。

それに皇帝にだって不可能はある。

帝国継承の引換券なんて、どこに匿われていてもおかしくない」

 

そんなの、分かってる。

 

「だから、暗黒の力が必要なんだ。

きっと、母さま達はどこかに攫われている。

それが強まれば、人間には出来ないことも実現できる。

ナーガの直系を見つけ出すことだって、訳ないって言ってた‼」

 

「ユリウス様、寂しいんだ」

 

手をこすり合わせる。

神書ほど落ち着かない。

 

「……うん」

 

「覚えておいて。

探し出せても、過去には戻れない。

そこまでの屍への責任を果たさなければならない。

あなたの覚悟を問う前に、昔話をしてもいい?」

 

「聞かせて。必要なことなんでしょ」

 

きっと、知らない方が幸せなことだ。

 

―――――

 

ユリスが咳ばらいをし、喉の調子を確かめている。

 

「あくまで、私の知る範囲。

3歳からの付き合いでも、信じて貰えなかった者の視点。

子供に聞かせるべきではない、禁忌の話」

 

声を段々と低く、ひそめるユリス。

いつもふざけている時の調子だ。

瞳も恐ろしくはない。

 

「前置きはいいよ。どうせ父上のことでしょ」

 

「雰囲気づくり。出来る女感を出したかった」

 

僕のことを気遣ってくれている。

いい加減、分かってきた。これがヴェルトマー流なんだ。

 

「そんなことしなくても、ちゃんと聞くよ」

 

指を鳴らし、そのまま突きつけてくる。

 

赤い瞳が、鋭くなった。

もう少し優しいままでいて欲しい。

 

「お遊びはここまで。

兄を見捨て、最愛の弟を殺し、息子に追いやられた男の話」

 

信じがたいことを言ってきた。

 

「本当に父上の話?」

 

「私から見た事実と、伝聞に基づいた話。

クルト王子、あなたのお爺様のことはどれくらい聞いたことがある?」

 

「優しくて責任感の強い人。

父上が盤上遊戯を教わったって言っていた」

 

その人の話になると、父上はいつも寂しそうだ。

それでも、僕達に伝えたがっていた。

顎を撫でる癖みたいな、余計なことまで教えてくる。

 

「そのお方は、ディアドラ様の父親でありアルヴィス様一家を崩壊させた張本人。

弟のような子供を大人に仕立て上げ、自分の尻拭いをさせた」

 

……意味が分からない。

そんな人を父上が慕うわけがない。

きっと、まだおふざけの時間なんだ。

 

「作り話は止めてよ。真面目な話なんでしょ?」

 

少し声が震えてしまった。

 

それでも、正面の赤目は揺らがない。

 

「アルヴィス様の母、シギュン様と密通しディアドラ様を授かった。

アルヴィス様の父、ヴィクトル様は関係を知って狂死した。

その直後にシギュン様は姿をくらました」

 

「それでもクルト様は、アルヴィス様と関わり続けた。

事実を伏せたまま、ディアドラ様の捜索をさせた」

 

「私たちも隠していたから、アルヴィス様だけは知らなかった」

 

「そんな……」

 

喉の奥が、乾く。

続く言葉が出ない。

 

ただの外道じゃないか‼

そんな人を父上が許す訳ない‼

聖ヘイムの末裔が、そんなことしない‼

 

ユリスが軽く手を振っている。

 

「まあ、その一件で隠していたことが知られてしまった。

私たちは、本気で暗殺を考えてたよ。

誘拐して何人か子供を作らせた後、処分するつもりだった。

アルヴィス様にばれて、抑えるよう言われてしまったけどね」

 

……ユリスは、王すら道具のように見なしている。

こんなのだから、神書に対してもあんな扱いなのか。

 

「ここ、笑う所だよ」

 

なんて、笑顔で付け加えてくる。

どこに愉快な要素があるんだ。

 

血が通っていない冷徹な判断だ。

でも、父上への愛情からの計画でもある。

なんだか、ちぐはぐな感じがする。

 

「彼はイザーク遠征の折、当主の誰かに殺された。ここの真実は知らない。

でも、アルヴィス様が把握していなかったとは思えない。

推測だけど、その時点でディアドラ様の存在を知っていたんだろうね。

でないと、政治的空白が生まれてしまう」

 

「父上は……見殺しにしたの?」

 

箱に手を伸ばしたくなる。

両手を握りしめ、我慢する。

 

「恐らくね。私には断言出来ない。

だけど、アルヴィス様とディアドラ様の間に産まれたのがあなた。

推測だけど、教団の手引きがあったんだろうね」

 

ユリスがマンフロイのことを好いていないのは何となく分かる。

マンフロイへの言葉は、他の者よりも丁寧だ。

だけど、師匠と呼ぶくせに、暖かさが無い気がしている。

 

それでも、こじつけが過ぎる。

 

「二人は関係ないよね。そんなのに騙されないよ。

ユリスが、二人が初めて手をつないだ所までも教えてくれたでしょ。

他にも初めての逢引だってそうだ。それなのに、教団が関われるはずが無い」

 

「ディアドラ様は記憶を失い、空から降ってきた。

魔将になって知ったけど、解放軍頭目セリスの母であるんだってね。

バーハラでシグルド様と再会した時も、何かを思い出しそうだった。

アルヴィス様にとっても、誤算だったのかもね」

 

母さまと逆賊シグルドの間に生まれたセリス。

聖ヘイムの血を継いでいるだけで、担ぎだされた兄上。

会ったことすらないけれど、少しかわいそうとも思う。

 

「……それは……たまたまだよ。

記憶を失う前の夫と会ったから、動揺したに違いないよ」

 

「ユリウス様がロプトウスの直系になったのも?

私には、シギュン様がロプトの血を引いていたとしか思えない。

同じ聖痕を持つ二人の間の子は継承者になる。だから、禁忌と呼ばれる。

作為が無い方がおかしい」

 

背筋を冷や汗が伝う。

 

僕が、仕組まれて作られた。

 

まるで、家畜みたいに。

そんな……はずはない。

マンフロイは僕のことを気にかけてくれている。

 

「これならシグルド軍を葬ったことにも、理屈付けできる。

アルヴィス様に権力を集中し、母屋を乗っ取る。

マンフロイさんの賞賛されるべき手腕。

それも、露見することなくやり遂げて見せた。

私より調略の腕は上なのに、ユリウス様には教えていないんだね」

 

……変数を減らす。それが管理の肝でございます。

マンフロイの言葉が頭をよぎる。

 

「……あいつは忙しいんだよ」

 

「ディアドラ様とユリア様の失踪にも噛んでいそうだよね。

本当に行方不明になったのか、二人のナーガ継承者を消したのか」

 

「……違うよ」

 

あいつは……色々なことを教えてくれた。

ユリスだって、僕にくれた。

 

「そうだね。

ロプトの血を広め、濃くしたいなら消すべきじゃない。

産む機械にすべき」

 

僕の頬に手が添えられる。

 

「でも、同時期にロプトウスを手に入れたのも偶然かな?」

 

赤目から逃げられない。僕は目をつぶる。

それでも目蓋の裏に残る赤が消えない。

 

あの日、二人はどこかに行ってしまったらしい。

僕はよく覚えていないけど、父上がそう言っていた。

 

頬にあった感触が離れていく。

 

「まあ、今は重要じゃない。

グランベル帝国初代皇帝は、こんなもの。

17年も会ってないから、今が幸せかは知らない」

 

「……父上は、今でも政務をされている」

 

僕とは滅多に会ってくれなくなった。

それでも、帝国を回し続けている。

僕の決定だって多少の抵抗をしても、通してくれている。

 

「アルヴィス様はそういう人。7歳から当主をやっていた。

村々を焼き、母替わりの女性が亡くなった時ですら仕事を出来る人。

クルト様が亡くなった時も、国葬の段取りをしていた」

 

「どれだけ辛かろうが、折れることが出来ない。

だから、皇帝なんてやっていられる」

 

「……ユリスは父上が嫌いなんだね」

 

片腕を切り落とされても、その命をかけて守ったくせに。

 

目を開く。

ユリスの顔は、優しいものだった。

 

「言いたいことは山ほどある。

駄目な所も嫌な所もいくらでも挙げられる。

流石に、息子に伝えるのは憚られる」

 

だったら、そんな風に言わないでよ。

 

「何が言いたいの」

 

「せかされちゃった。

じゃあ、アゼルの下りはカット」

 

「つまり、皇帝になるということはこういうこと。

思い通りになんていかない。義務だけが増える」

 

「ユリウス様は、それでも皇帝になりたい?」

 

―――――

 

口を開く前に、考えを整理する。

軽く答えてはいけない。そうしたら、二度と戻れない気がする。

 

もし、ユリスの言う通りだとしたら、皇帝になる方が損だ。

何も楽しそうなことはない。

 

大切な人だって、父上のように見捨てなきゃいけなくなる。

命を賭けてくれる程の忠臣からもこき下ろされる。

 

「それでも、僕は皇帝になりたい」

 

口から零れて、初めて気が付いた。

自分でも止められない。

 

「ユリア達に会いたいだけじゃない、父上に憧れたんだ」

 

聞いてきた声が一つ一つ、記憶が思い起こされていく。

 

「教団員が言っていた。

背筋を伸ばして歩けるようになったって」

 

擦り切れたローブ以外の服も着れるようになったと伝えてきた。

僕には、よく分からない。それでも、本当に嬉しかったことが伝わってきた。

 

「官僚が言っていた。

窮屈な世の中になったって誰もが不平を漏らしている。

でも、それすらできなかったのが王国だったって」

 

それも民衆の息抜きの一つだそうだ。

あまりにも当たり前で、よく分からない。

完璧ではないけど、世界は良くなったんだと思う。

 

「騎士が言っていた。

血筋じゃなく、個人の能力で判断されるようになったって」

 

そのせいで、教団員が多くなったって文句ばかり。

だけど、騎士達の奮起する一因だと知っている。

 

「……きっと、僕には父上みたいに帝国を作り上げることはできない。分かってるよ」

 

胸をかきむしりたくなる。

自分の口から出たせいで、聞かないふりもできない。

 

小さい頃から当主なんて勤めてない。

実務だって、ほとんどやったこともない。

側近なんてユリスしかいない。

 

こんな僕じゃ、おこがましいのかもしれない。

 

「でも、ロプトウスの力も合わせれば不可能じゃない。

闇だって、世界のために存在している。それだけは、僕が証明する」

 

僕は帝国を安定させることが役目。

そして、父上の理想、誰も差別されない世界を実現する。

神書を携える僕にしかできない。

 

「玉座は人を摩耗させる。あなたの曾祖父はそうなった」

 

「僕は聖ヘイムの末裔にして、聖騎士マイラの子孫。ファラの系譜でもある。

世界を変えた父上の息子なんだ。やり切って見せる」

 

僕の中にも、こんな想いがあったんだ。

確かに父上から火継ぎはされていた。

そんな実感が勇気をくれる。

 

「私は自分だけの紋章を投げ捨てた。あなたの両親を守るためにね」

 

温かさを奪い去る声。

金縛りにあったように、身体が動かせない。魔力でもない。

 

ただ、視線が僕を縫いつけている。

 

「その前で、口に出す意味は理解できているの」

 

赤いのに、冷たい。

 

―――――

 

「支柱が無ければ、崩れ去る。

私は最後まで朧げにしか見つけられなかった。

だから、いつの間にか目を背け、捨ててしまえた」

 

後悔が滲む声。

だけど、縛り付ける眼光は鋭さを増す。

 

「作り上げられた人は今でも生き残っている。

アルヴィス様にヒルダ様、それにお父様。

私は誰にも会えていないけどね」

 

ここで、言わなきゃ。

ユリスは僕と向き合ってくれている。

逃げたくない。

 

「僕は、大切な人達が幸せになれる未来を作りたい」

 

これが目指す場所。

ようやく、言葉になった。

 

ユリスは温度の無い声で問いただしてくる。

 

「ユリウス様、殉じられる?

その先にあなたが居ないことだってあり得る。

イシュタル様が笑って他の誰かと結ばれ子孫に囲まれる、そんな未来のために」

 

ラインハルトの顔がよぎる。

 

嘘は付きたくない。拳を固く握る。

 

「……嫌だ」

 

腹心にしては、イシュタルとの距離が近すぎる気がする。

あの二人が、似た顔の子供たちに囲まれている光景を想像してしまう。

 

「本当に嫌だ。

だけど、どうしても必要なら、する。

ユリスにだってできたんだ。僕にもできる」

 

僕はイシュタルに、世界の人々に苦しい選択を強いる。

それなのに、自分だけ逃げるなんて出来ない。

そんな臆病者は皇帝に相応しくない。

 

ユリスは一切揺れずに続ける。

 

「ユリウス様、誰の意思で動くの?

ロプト教の傀儡のままでも達成できる。想い人だって用意してくれる」

 

そんなの決まっている。

誰かの掌中だとしても、関係ない。

 

「僕だ」

 

他の誰にも、渡さない。

 

「光と闇の両方を継ぐ僕だから、決められる。

邪神ロプトウスを持つ僕だって、聖戦士なんだ」

 

なんて欺瞞なんだろう。

成敗する対象が、聖戦士を名乗るだなんて。

 

だからこそ、僕が証明する。闇は悪じゃない。

 

「ユリウス様、願いが叶わなかったらどうするの?

家族が見つかっても、愛想をつかされているかもしれない。

あなたがするのはそういう行為」

 

必要とはいえ、人々の家族を引き裂き続けてきた。

今になってその重さが胸を締め付ける。

母さまやユリアは、絶対に許してくれない。

 

神書が無いと、こんなにも辛いんだ。

この痛みから守ってくれてたんだ。

 

「……分からない。

だけど、一緒に居られないとしても、生きていてほしい。

ユリスの言うような機械じゃなく、笑っていてほしい」

 

「これで最後。あなたは誓える?」

 

装飾箱が、僕の目の前に置かれる。

 

「約束する。

僕は自分の意思で世界と戦う」

 

一度、息を吸う。

 

箱を手に取る。

手の中で箱が震え、小さな音が止まらない。

 

それでも、ユリスにつき返す。

 

「その先が暗くたって、ロプトウスは暗黒だ。僕よりは周りの方が明るい」

 

ユリスが箱を開け、神書を突きつけてくる。

 

「何に誓う」

 

手を伸ばしたら、終わりだ。

分かっているのに、視線が離せない。

ユリスに答えなきゃいけないのに、口が動かない。

 

机の下で、手を組む。

思いっきりつねる。

この熱が、僕を戻してくれた。

 

「この名前に。

僕が選んだんだ、これ以外にない」

 

妹と、目の前の女性と似た響きの名前。

父上と母さまからの贈り物。

 

誰にも譲れない。

一生離れない僕だけのもの。

だから、裏切れない。

 

「言葉を一つでも違えたら、私が終わらせる。

途中で捨てることは許さない」

 

耳の奥へ、やけに重く響く。

魔導書からユリスへ視線を引き戻せた。

 

そこには、燃え盛る炎を集めたような瞳があった。

 

ユリスは、やる。

絶対に、どんな手だって使う。

聖剣相手にだってやったんだ。

 

……そんな決意をさせてしまった。

 

「ごめんね。付き合わせちゃって」

 

ユリスも僕と一緒に歩んでくれる。

苦痛を共にする相手がいる。

こんなにも心苦しいのに、安心もできる。

 

「あなたが供給を止めれば、私は死ぬ。何も変わりがない。

二回とも夫でもない男との心中は勘弁してほしい。

今度こそ、優しくて可愛い旦那様と寝台で眠りたい」

 

やっとユリスの声に温度が戻った。

 

「……うん、そうだね。僕もイシュタルに見送られたい」

 

これから洗脳し、家族を切り捨てさせるのに。

不可能だとしても、空想くらいは許してくれるよね。

 

「ユリウス様、私は例え何があってもあなたの想いを守り続けると誓う。

それが今の、私だけの紋章」

 

軽い言葉が、何よりも重い。

僕はこれから想いを背負って進まなきゃならない。

 

「口うるさいし、虐めるけどあなたのためになることしかしない」

 

「優しくしてよ。さっきも怖かった」

 

物品を品定めするような目。

あるいは、どうするか観察し、判決を考えているようだった。

 

僕には、向けたことの無い視線だった。

まるで、本当に人形扱いされているみたいだった。

 

「これがヴェルトマー。

ぬるい教え方なんて習わなかった。

燃やしてこそ、炎は大きくなる。灰になるまで燃焼し、その後にも何かを残す」

 

厳しくなりそうだ。

それでも、僕も認められた気がして嬉しい。

 

「ユリスは死んでズィーベンになったもんね。有言実行だ」

 

「他人にいじられるのは複雑……」

 

ちょっと言い過ぎだったかも。

顔がしょぼしょぼになっちゃった。

歳とこれだけは止めておこう。

 




今回はかなり情報量が多くなりましたが、大丈夫でしょうか?
原作を遊んだ方でも忘れがちな部分もあるので心配です。
本作でも士官学校~原作開始で説明しましたが、話が空いたので少し不安です。
必要そうであれば、整理や補足をこのあとがきに加えようと思います。
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