ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

48 / 48
老いた。見た目だけ同じ ―グラン歴777年

暑さが過ぎ去り、このローブでも快適な陽気が増えてきた。

来年の今頃にはロプト帝国が作り上げられている。

回廊だというのに、口角がつり上がっていく。

 

皇子からの呼び出しを受け、奥まった客間に向かう。

 

最近は、皇子が神の書を携える時間が短くなったとの報告を受けている。

来年の夏に控えたロプトウス神の再降臨。

その器に純化され切らない意思が残りかねない。

供物は、無疵であるべきだ。

 

奴がこちらの意図を察知し、その様に仕向けた可能性も捨てきれない。

 

奴は、変数だ。

思考もしないはずの魔将が、当然のように自律している。

それどころか、皇子に余計な事ばかりを吹き込む。

 

他の素体は、あの時に破壊され切ってしまった。

解放軍の聖痕持ちの死体もあまり回収できていない。

決戦、その先に向けた兵力としては、替えが効かない。

 

奴がどれだけ足掻こうが、結果は変えようがない。

だが、座視して神事を汚させるわけにはいかない。

 

皇子への影響の深さ。

それを見極め、裁決を下す。

 

ファラの血は惜しい。

まだ最大の功労者にも披露していない。

だが、神がどれほど寛大であろうと、怠慢は許されない。

 

―――――

 

部屋の中には皇子とズィーベンがいた。

椅子に並んで座り、一冊の本をのぞき込んでいる。

 

神書の気配は箱の中。

皇子の純化が進まないわけだ。

 

孤独な小僧を癒す唯一の存在。

その代替となり、信頼を勝ち取ったか。

肉でも使ったな。

 

「お忙しい中、一体何事でしょうか」

 

皇子は一度ズィーベンの顔を見た。

肩を竦めて、返事とした。

 

それを受け、皇子は少し不満げにわしへと向き直る。

手で正面の席を促される。

 

「ユリスが魔将について聞きたいんだって。

どうにも、左腕が勝手に動いたりしちゃうんだって」

 

ズィーベンは、楽器を弾くように左手を動かしている。

 

そのような前例は、この百年で聞いたことが無い。

人形共は想定通りに動かなければ、操る意味がない。

 

だが、意思有る魔将も初だ。

事実だとしても、症例を収集する価値はある。

 

どちらにせよ、教団員を介しての伝言ではない。

直接の呼び出しだ。口実に違いない。

 

「他にもある。でも、ユリウス様の前では……ちょっとね」

 

「なんだよ。私に隠し事か」

 

「誰にだって聞かれたくない話はある。

私にとってマンフロイさんは闇魔法の師匠。

それに今では専門の医者みたいなもの。

主にして教え子のユリウス様とは、扱いが違って当然」

 

やはり、密談か。

いや、暗殺も有りうる。

こやつは、そうだった。

 

距離さえ取れば、対処できる。

わしの実力をこいつは知らない。

フォルセティすら下したのだ。こやつは恐るるに足らん。

 

「随分な口を叩く。

わしは教団の取りまとめで暇がない。戯れなら他所でやれ」

 

「魔将にしたのは、マンフロイさんでしょ?」

 

皇子が漏らしていたか。

だが、ここまでは推理でも辿り着ける。

 

「分かったよ。

マンフロイ、貴様も多忙だろうがやってやれ。

私は書斎で教本でも読んで待ってるよ」

 

ズィーベンに向き直り、本を取り上げた。

音を立てず扉を閉め、靴音が遠ざかる。

 

良く躾けたな。

操縦だけは一流だ。

 

頃合いを見て、停止すべきだな。

 

―――――

 

自らの命すら掛け金とする敬虔さは、敵であれば警戒に値する。

以前のことを思い、机を挟み立ち上がったままで対応する。

 

ズィーベンは座ったまま、左手を振り始めた。

昔と変わらぬ、揺れの無い視線。

 

「手以外でも、考えにゆがみがある。

それに衝動的な感情が表に出やすくなった。

マンフロイさんはこういうのないの?」

 

自我が残るとその様になる可能性があるか。

だが、偽りの線もある。

 

「わしは魔将ではない」

 

何処から判断した。

この娘、何かを掴んでいるやもしれぬ。

皇子はおろか、教団幹部にも伝えていない。

有り得るとすれば、ヘイムの末裔達の書庫か。

わしですら侵入できない。

 

「なんていうの? 似たような物でしょ」

 

そのような矮小な存在と同一視するな。

 

偉大なる神の力で、命の理を超越した。

継続のためにも、皇子への浸食が必要だというのに。

 

「さてな。

信心深い者は色眼鏡で見られる。

話はそれだけではないのだろう」

 

「私の処遇と期待されている振る舞い。

三人の上司がいて、誰の意向に従うべきか困ってる。

せめて、戦略目標は共有して」

 

……気づきおったか。

皇子と共に行動させたことが裏目に出た。

やはり神書を使わせないのは、故意であったか。

 

利用できるのであれば、良し。

さもなくば、早めに処分すべきだ。

 

皇子の世話に煩わされたくはない。

より崇高な使命のために、わしの時間は捧げるべきだ。

 

だが、こやつは従わないだろう。

 

「何のことだ。皇子とわしだけが貴様の主だ」

 

左手を持ち上げ、無意味に指だけを動かし始めた。

 

「神様を軽んじるんだね。宗旨替え?」

 

口角を吊り上げ、粘つく声音。

 

あからさまな挑発だ。

神の意志の存在を、確信している。

 

「闇魔道の師であり、命令権を持つわしに対して不遜だな。

その様な者が、皇子の指南役気取りか。

グランベルの格も堕ちたものだな」

 

このような駆け引きは久しぶりだ。

互いの急所を探り、突き刺す頃合いを見計らう。

止まった心の臓が熱を生み出し、それを信心で制御する。

 

幸い、こちらに失うものはない。

神へと捧げる喜劇として、演者も楽しませて頂こう。

 

「礼儀は使い分けてこそ。

マンフロイさんなら、この程度流せるでしょう。

昔と同じだけの忍耐力があるかのテスト」

 

左人差し指を突きつけてきた。

蜻蛉取りでもするように、その先を回し始める。

 

「生意気さは変わらないな」

 

瞳は微動だにしない。

呼吸も一定だ。

 

厄介ではあるが、能力は証明されている。

 

これ以上純化を妨げられては、面倒だ。

一方的に処分するのでは、皇子に疑念を抱かれる。

立場へ潜り込む手腕は褒めてやろう。

我らが潜伏していた時期に居れば役に立っただろう。

 

「皇子は神書と合一なされようとしている。

所持することで進行する。邪魔立てするな」

 

これで消す口実が出来た。

遠ざけるようであれば、叛意有りとして処せる。

神の書への皇子の依存も加速する。

 

「回答になってない」

 

誤魔化されないか。

 

左手を机に置いた。

これ以上、道化を気取るつもりはないか。

 

「あなたは、皇子と神書、そのどちらとも別の思惑で動いているように見える。

そして、それは私の願いにも一致するはず。

何か間違っている、師匠?」

 

……ほう。

死者が何を願う。

 

―――――

 

「わしはロプト教団の最高司祭。

神の御心のままに振舞うのが道理」

 

「分からないのは、よほどの愚か者。

上手く皇子を育てたね。自分の変化にも気づいてないよ。

一人称すら変わっているのにね」

 

器は順調か。

神書に忌避感が無いのであれば、どうとでもする。

 

「だとしたら、どのようなものだと考える」

 

「ロプト帝国の長期的な安定。あるいは、それに付随する利益」

 

目線で先を促す。

 

「反乱分子、特にヘイムの末裔は最優先で狩るべき。

ロプト神の天敵にして、怨敵。

それをあえて泳がせ、延期して、バーハラで処分する。つまり、神への背信行為」

 

軍略と政治でしか捉えられていない。

教団内部の情報は制限できているようだな。

 

「ワンパターン。

まるで、アルヴィス様の二番煎じ。

あるいは、同じ手しか思いつかなかったの?」

 

一面では正しい。だが、表層だ。

異教徒らしい、愚かさ。

 

「わしは、貴様を買い被っていた。

まともな判断力を昔は持っていただろうに」

 

ズィーベンは何でもないことのように、笑みを作った。

 

「家畜、あるいは軍馬の管理で思いついたのかな?

それとも、貴族の家に入り込んでいたの?」

 

……まさか‼

 

「私は学園での経験。

小遣い稼ぎと、隠し子探しにお役立ち。

聖なる血は先祖が分からなきゃ、恋愛も出来ない。

聖戦の頃まで遡るから、5世代分の情報を探すのは大変だったよ」

 

禁忌にまで考えが及んだか。それでこそだ。

一方的な蹂躙劇には神も食傷気味であろう。

 

「貴様の思い出話なぞ、興味がない」

 

「私を信じられないのは分かる。

だから、取引。ヘイムの直系、いいやロプトの末裔と言った方がいいね。

その居場所を教える」

 

ユリアの所在地まで、掴んだのか。

この7年、教団ですら得られなかった情報を。

 

思わぬ拾い物だ。

真偽はともかく、捨て置く訳にはいかない。

 

だが、如何にして。

こやつは帝都に縛り付けていたはず。

これだからヴェルトマーには、気が抜けぬ。

 

だからこそ、興味深い。

神もお喜びになるだろう。

 

―――――

 

指が一つ立てられる。

 

「解放軍が倒れるまでは、1つでいい」

 

「単独行動と必要な裁量権が欲しい。

マンフロイさんにとって、ユリウス様の教育はどうでもいいんでしょ?

それどころか、余計な知識を持たれたくない」

 

わしの掌で転がせるのであれば、どうとでもできる。

だから、貴様の教育にも口を出していない。

 

「不敬な物言いだな。

だとしても、貴様に自由を与える必要はない」

 

どのようにして、わしからもぎ取る。

 

「期せずして与えられた外出で、ユリア皇女の居場所を見つけた」

 

……イシュタルの救援か。

皇子の仕業で外へ赴いていたのか。

僥倖だな。正しく、禍を転じて福と為す。

 

灯台下暗し。盲点だったな。

バーハラまでの道のりで発見したか。

 

今のこやつは、顔も知られておらぬただの小娘。

匿う者の懐にも潜りやすい。

 

それ程時間をかけずに帰還したあたり、どこぞの有力者に取り入ったな。

そこでユリアを見つけたか。

 

「ズィーベンとして正面から解放軍に取り入った。

これが使い分け。あなたたちには不可能な手法。

昔の師匠でもコソコソしか出来なかった」

 

ユリアは奴らの内部に潜んでいたのか。

皇子が壊滅させる前に、回収せねば。

神の側面が顕在化した後では、貴重なロプトの血を持つ女が消されてしまう。

 

解放軍はトラキアとの戦闘中だったはず。

彼の地の司祭に確認させるとしよう。

 

「これからグランベル帝国は、あなたの計画通りに落陽を迎える。

団員の官僚教育、いや統治者としての育成にはまだまだ時間が必要でしょ?

実践法の蓄積すらない。それ以前の段階」

 

宮廷情勢から見破ったか。

帝国再誕後の立場を確保しようと必死だな。

 

だが、時を要することは認めよう。

ロプト帝国は教徒によって運用されてこそ。

既存の者は改宗するか、奴隷にならねば管理には携わらせない。

 

「成果だけは褒めてやる。

だが、貴様を泳がせる理由にはならない」

 

指が付きつけられる。

 

「統治を一元化しようとするから間違える。分割すればいい」

 

「気に食わないだろうけど、率直に言う。

あなたたちは、エッダ教と同じ轍を踏む。

聖俗を併せて管理するなんて不可能。片方が形骸化する」

 

逆徒どもの迷信と混同するとは、業腹だ。

 

しかし、痛い所を突く。

前のロプト帝国は、それが原因で滅びた。

政の歪みからマイラなぞが現れたせいで、聖戦士の土壌が出来てしまった。

 

「我らは闇と恐怖で支配する。

教徒以外を奴隷に貶め、反乱の芽生えすら許さない」

 

どう返す。

神によって統治されれば、分離もない。

 

「おかげで聖戦士が誕生した。

次は、何個の神器が貰えるかな?

私も一度は使ってみたい」

 

未来を見据えている。

既に、戦後のその向こうに取り組んでいるつもりか。

わしが排除しようとしていることなぞ、理解できているだろうに。

 

教団員のように、希望からの楽観視ではない。

その先、歴史の再演を警戒している。

 

わしに二度目の奇跡を想起させ、何処へ誘導するつもりだ。

 

「迂遠な物言いだな」

 

「血と神器も教団で管理すればいい。

今ならロプト帝国の繋ぎとして、統治機構までついてくる。

十二神の介入すら跳ねのける戦力も保持できる」

 

ズィーベンの胸の上下は、一定だ。乱れはない。

計算あっての発言か。

 

一度起きたこと。

二度目がないとは言い切れない。

蛇共への対策は必須だろう。

 

認めよう。

わしすら考慮していなかった。

教徒の中に、この次の聖戦まで視野に入れている者は居ない。

 

だからこそ、貴様の手足は捥がれたままでなければならない。

別の絵図面は世界に必要ない。

下女として生きる以外に、貴様の道はない。

 

「バーハラで終わりにすると知っているのだろう。

それまでに、そ奴らは解放軍の手で粛清される」

 

ロプトの血以外は不確定要素だ。

蓋然性よりも、確実性を取るべきだ。

 

「直接見てきた。

彼らには武力しかない。シグルド軍みたいだね。

役人たちのほとんどはそのままだった。

現実問題として、行政を回せるわけがない」

 

我らは中央を基盤に、各地へ監督員程度しか教団員を配置出来ていない。

敵地をくぐり抜けてきた、それは事実のようだ。

 

「地方など捨ておけばよい。

神が再臨されれば、どうとでもなる」

 

「面倒事を神様に押し付ける。信心が足りないね。

運命論ばかりのエッダ教でも、努力はするよ」

 

異教徒が説法か。

 

「知ったような口を利く」

 

「教えてくれなかったのは、あなたでしょう?」

 

この図太さ。

この手で、叩き折りたくなる。

 

「アルヴィス様に取り入って今がある。

血なんて、そうやって利用すればいい。

何が気に入らないの?」

 

我らのみが頂点に立つ。

その側に末裔どもが寄るはずがない。

神器とその血に宿る力は有用だ。

 

奴らはその実がどれだけ醜くかろうが、自らを聖者と疑わぬ。

 

「貴様は異常者のはず。

わしと心中する覚悟を持っていた。翻意など、考えられぬ」

 

疑念を抱いただけで、排除にかかってきた貴様。

あの姿を見れば、我らに摺り寄るなど信じがたい。

 

情を踏み潰し、主の御心にのみ従う。

形は違えど、信仰心のようなものまで感じた。

こちらに来れば、良き司祭にもなることも不可能ではなかった。

 

「死んで初めて分かることもある。

私は、どうも裏切りが許せない質だったらしい。

消し炭にしてやりたくなる」

 

鷹の目だ。

あの男と同じ、焼却する得物を定める視線。

 

ようやく、感情を見せたな。

 

―――――

 

瞳だけが熱を持っている。

一切微動だにせず、言い放った。

 

「私の最後は知っているんでしょ。

王女の身代わりで串刺し。使い捨ての盾として消費された。

裏切り者として紹介されたせいで、真っ先に斬られたよ」

 

掘り起こした土と死者の匂いを思い出す。

 

左腕は切り落とされ、腹部には掻き回された痕があった。

全身に殴打も見られ、怨恨が刻み込まれた死体だった。

加えて、背中だけは炭化して回収できなかった。

 

ヴェルトマーに宮廷司祭を送り込もうとした姉を殺し、それで補った。

厄介だったその父も、トラキア半島へ都落ちさせた。

 

「事前に何も伝えられてなかった。

文字通り生涯尽くしたのに、裏切られた」

 

何故だ。

アルヴィスは何故こいつに伝えなかったのか。

 

……弟には大層甘かった。それと同じ扱いか。

アルヴィスはこやつにかなり心を許していた。

大方、黒い部分を隠したかったのだろう。

それで失ったとは、何とも愉快だ。

 

「反乱軍もそう。

わざわざ直前に出向いて助言をしてやったのに、素手の私を殺した。

嬲られて、腹を何度も何度も抉られたよ。修復した師匠のほうが詳しいでしょう。

主犯でもない、そこにいただけの女にあそこまでする?」

 

記憶では、こやつは伝令に出たていた。

アルヴィスの密通を警戒し、奴等の天幕に潜ませていた団員から報告を受けた。

 

「貴様の恨みは理解した。

だが、何のために教団に与する」

 

理屈だけは通っている。

しかし、貴様の忠誠はわしが体感した。

言葉なぞ、いくらでも弄ぶのが貴様だ。

 

「自らの手で復讐はさせてもらえないんでしょ。

ならば、その未来を塗りつぶすのみ。

奴らの子孫を、治世の歯車に落とし込む。

管理された家畜として、系譜を配合表にする」

 

沈黙が、降りる。

 

血統だけは残す腹積もりか。

愛憎の果てに、そのような結論に至ったか。

 

恨みを叫ぼうが、そこから抜け出せていない。

正気と狂気が折り重なり、歪なまだらを描いたか。

わし好みの作品だ。神にもお気に召していただけることだろう。

 

「私のこと、異常者と言ったね。末裔たちの方だよ」

 

瞳を閉じ、こぶしを握っている。

 

「わざわざ紛らわしい名前を双子に付けるくせに、何も伝えない恥知らず夫婦。

美談として利用するなら、まともな扱いをすべき。

解放軍からの逃亡でだって、何の役にも立たなかった。

ただの感傷、慰めに、私の名前を使いやがった」

 

魔力が高められ、喉が締まる。

胸が圧迫される。

 

「奴らは、反乱軍に加入して私に迷惑しかかけなかった。

挙句、その子孫が持て囃されて、のさばっている。

真っ当に働いた私だけが、蔑ろにされてばかり」

 

「これの何処が異常だ‼」

 

いつの間にか、懐へ指を伸ばしていた。

 

ズィーベンが一呼吸し、唸るように言い放つ。

 

「狂っているのは、奴らと世界」

 

床に押し付けられるように感じられる。

背中を焼かれた痛みが、呼び起される。

 

「私はようやく背中の聖痕から解放された。

だったら、やることは決まってる‼」

 

馴染み深い心地よさがある。

暗黒が混ざったというのも、強ち嘘ではなさそうだ。

 

ここまで、魔力が育っていたか。

あの時のように魔導書を暴発させたわけでもない。

自力だけで、これほどまでに。

 

「……少し、はしたなかった。

魔将の欠点だよ、何とかして。外交がしづらくなる」

 

圧が消え去り、誤魔化すようにこちらを責めてくる。

ズィーベンがこの部屋に来て、初めて目線を逸らした。

 

悪くない。

しばらくは、楽しめそうだ。

 

物事を恣意的に捉える割に、実務は担える。

教団はその手の仕事に向かぬ。

 

戦力としても、想定以上だ。

ただ炎上級魔法を使える程度だと見積もっていた。

これなら、皇子の盾以上に働ける。

 

どちらにせよ、命は皇子が握っている。

いつでも壊せる。

 

「それで良い。

負の感情こそが、我らを強くする。

わしらは世を満たす暗黒の力で動くのだ」

 

不意に、伝えるつもりのなかった真実が口から零れた。

 

こやつに指導するなぞ、いつ以来か。

 

わしも脇が甘くなったな。

これも、張り合いが無くなったせいだ。

 

「……なんだか、懐かしい。

闇魔法もこうやって教えてくれた。

気に入らないことを叫びながら暴れるのは、爽快だった」

 

泳がせるには、多少の不安が残る。

内部に取り込み、下の者の刺激とすべきだ。

何なら、手ずから育成してやっても良い。

さすれば、負の感情が醸成される。

 

「貴様も教団として働くか。

闇魔法も上級を使えたはずだ。

ビショップに成れたのだから、そのままダークビショップになれ」

 

「私の価値を潰す気?

アルヴィス様が討たれた後、隠し子ユリスとして名乗りをあげる。

ヴェルトマーの残党をまとめ、反教団派として立つ。

癒着が疑われる者を御旗になんてしない」

 

悪くない手だ。

不老を逆手に取るか。

皇子の姉と申し出ようが、外見と傍系の力で否定はされまい。

 

守護した主家を簒奪し、教団に阿らぬ者どもを糾合するか。

正義の紋章などというおためごかしを使いつぶすつもりだな。

 

外道よりも、悍ましい策を練りおる。

アルヴィスへの当て擦りには、どれ程の影響があることか。

 

「神書が武、師匠が聖。私は俗を制する。

お互い苦手な所を補い合えばいい」

 

支配欲の増加。

昔よりも、分かりやすくなった。

 

いづれ、牙をむく。

だが、計算の出来る獣だ。

それ以上に帝国が盤石であれば良き歯車となる。

 

座興の玩具にしては、利便性もある。

いざとなれば、いつでも捨てられて不便もない。

 

「何処から手を付ける」

 

「ヴェルトマー。使える手駒を知りたい。

私が頂くんだもの、性能と数は把握しておくべき」

 

「良いだろう。元より奴への当てつけだ」

 

「ユリア様も見せびらかしたい。解放軍から攫ってきて。

人質にして、アルヴィス様を処分する。

正義のためなら、裏切る位はしそう。その抑止」

 

あからさまな発言だ。

 

全く、こいつの試したがる性質だけは変わらない。

むしろ、この性格だからこそ闇に適したのだろう。

 

「ナーガ直系を用いた騙し討ちか。

舌の根も乾かぬうちに、裏切りとはな」

 

「信頼は相手によって使い分ける。ユリウス様にはこんなこと言えない。

だから、私を前と同じように呼んで。

既に解放軍相手にズィーベンを名乗っている」

 

どちらからともなく、視線を合わせ、笑みがこぼれる。

 

多少の波が無くては、つまらん。

 

盤面は既に終局。

多少の変数では揺るがない。

直系であれば、干渉できたであろうに。

 

「ユリスよ、奴らがトラキアを超えて自由都市群にたどり着いてからだ」

 

貴様を使ってやる。不要になるまでは。

価値をどこまで示し続けられるか、試してみろ。

神とわしを最後まで飽きさせるな。

 

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