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シャナン
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レヴィン
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キャラを痛めつけたい訳ではないのです。
ただ、事情を知らない者からすれば、どうしてこの場に居るのかが全く分からないのです。
この過程にも意味があり、裏があり、情があるのです。
補足ですが、原作でも彼は軍師的立場にいます。
前線に出て戦うようなFE的軍師ではなく、非戦闘員で裏方からセリス達の補佐をしています。
天幕の中を風が通り抜ける。
外から微かに鎧が擦れる音が聞こえる。
普段のような笑い声は届いてこない。
「……このままでは、我らだけで皇帝に挑むしかないな」
ここまでの戦闘で、多大な損害を被った。
普段なら天幕には多くの聖戦士の末裔や忠義に篤い騎士達、大陸最高の名将がいる。
それなのに、今では僕達4人しかここにはいない。
空席すら用意せず、机の木目が丸出しになっている部分が目立つ。
重くなった身体を背もたれへ預ける。
剣の柄を握り、この数週間へと想いを馳せる。
ユリウス皇子の宣言通りの陣容がミレトス地方で待ち構えていた。
フリージ夫人とヴェルトマーの将軍の立ち回りによって、戦力を大きく削られた。
スリープの杖による足止めと少数騎兵による一撃離脱。
決して命を取らず、だけど救助しなくては亡くなってしまう程度の損傷ばかり。
聖血を引いていない者の大半が脱落した。
クロノス城を攻め落とす際にも、夫人を打ち取ることは叶わなかった。
邪教の最大のパトロンを除けなかったのは、痛い。
なにより、時間稼ぎとこちらを損耗させることに注力した立ち回りで、子供狩りで集められた者達の移送には間に合わなかった。
それさえなければ、陣の立て直しだって出来た。
その城と関門を守っていたラドス城を落とし、ミレトス城への関門を開けた。
その先には、宣言通り皇子とイシュタル皇女が、神器を携えて待ち構えていた。
幸いなことに、連携を一切せず、二人はお互いに距離を取ろうとしていた。
皇子が遊びといっていたが、それが真実であるような配置。
損耗を抑えるべく、それを信じて継承者達だけをぶつけることにした。
神器の数では、2対5。
二倍以上の差があっても、以前の交戦経験から安心はできなかった。
倒しきろうとするのではなく、生存を優先し、彼ら相手の時間稼ぎを任せた。
その隙に神器を持たない精鋭と僕でミレトス城へと突貫した。
背後からの軍馬が怯える程の爆音と大地の震動を受けながら、待ち構えていた黒魔導士達と戦った。
練度の高いダークマージの中には、どんな者でも一撃で瀕死にする魔法を使う者までいた。
後退することも、その場で立て直すことも出来ない。
足を早め敵陣に切り込み続ける選択肢しかなかった。
城を落とす頃には、聖戦士の末裔以外は残っていなかった。
城壁に解放軍の旗を掲げると、黒龍と轟雷が収まった。
僕と少数の騎兵でその場へ急行すると、事前の宣告通り、二人は大人しく引いてくれた。
だけど、こちらの継承者は皆、半死半生といった状態だった。集中的な治療のためミレトス城で休んでいる。
だけど、シャナンだけは応急処置を受けてここにいる。
きっと、アルヴィス皇帝への怒りで立ち続けているんだ。
今も首元から包帯が覗いている。
「セリス様に聖剣ティルフィングが戻りました。
魔法の神器に対しても、加護で魔法に対する強固な防御が与えられます。
皇帝相手でも有利に立ち回れるでしょう」
そこからは、まだ戦える聖戦士の末裔だけで進んだ。
皇帝自らが指揮するロートリッターは、軍としてこれまでで最も厄介な敵だった。
空から無数のメティオが降り注ぎ、しかも超長距離魔法なのに命中精度が恐ろしく高かった。
避けるべく散開するも、重装兵によってこちらの機動力を削ぎ落とされる。
頑強な鎧によって、突破も容易ではなかった。
皇帝以外に直系どころか傍系すら居ないのに僕達と互角に戦ってみせた。
だが戦中、突如城からダークマージが出陣し、戦場とは関係ない岬へと向かい始めた。
何かの罠かと思い天馬兵のフィーに斥候を頼むと、その先に子供達と司祭が居ることを伝えてくれた。
戦の最中でも、これ以上子供狩りをさせる訳には行かない。
その場をオイフェ達に任せ、僕だけがそちらに向かった。
僕が戦場から離れることで、こちらにメティオを引き付けつつ、電撃的に子供達の救出を済ませるつもりだった。
だけど、一切の魔法どころか、ヴェルトマーの敵兵すら近づいてこなかった。
それどころか、無言のまま一騎分の道を開けてくれた。
おかげで闇魔導士達からも攻撃されず、相手より先にたどり着けた。
岬に居た子供達を助け出すと、司祭が僕へと聖剣を差し出してきた。
彼は、それを託した人との約束により詳しくは語れないと言っていた。
……ティルフィングを奪っていた者なんて、一人しかいない。
「私もいる。アルヴィスに挑むのであれば足りるだろう」
「付いて行けないのが、口惜しいですな。
シャナン、セリス様を頼んだぞ」
言葉は軽いけど、不調和な声音。
オイフェはバルドの血を引いている。だけど、傍系。
継承者同士の争いに参加すれば命の保証はない。
父上の仇を前に、歯がゆいだろう。
僕も聖剣を手にするまでは同じ思いを抱いていたから分かる。
「言われるまでもない。
ディアドラ様からも任されているからな」
シャナンが腰から神剣の鞘を外し、掲げる。
「おいおい、私は用済みか。
聖風の継承者もここにいるぞ」
茶化すような声でレヴィンが突っかかって来る。
ようやくあの首に手が届くんだ、今はふざけている場合じゃない。
「レヴィンはもうフォルセティを使えないでしょ。
それに神器だってここにはない」
「やろうと思えば出来る。ほら、フォルセティ」
手元の紙束でこちらを扇いでくる。
頬を微風が撫でる。
「……」
微笑みながら僕を見つめている。
気が付かないうちに、聖剣の柄を握ってしまっていた。
なんだか気恥ずかしくて緑の瞳から目を逸らす。
「頭は冷えたようだな」
レヴィンは笑みを消して言葉を続ける。
「私も戦友達を卑劣な手段で殺された。
だが、恨みに支配されてしまえば本領を発揮できなくなる。
シグルドだってそんなことでお前達が足を掬われては、報われない」
「……固くなっちゃってたね」
レヴィンだって、苦しいだろうに。
僕達はいつの間にか感情に囚われてしまっていたみたいだ。
僕達が気が付かないうちに縛られてしまった時は、風のように自由な心が大切なことを思い出させてくれる。解放軍にはレヴィンが欠かせない。
ティルフィングから手を放す。強く握っていたようで、感覚が残っている。
外から大きな足音が近づいてくる。
みんなと顔を合わせ素早く立ち上がり、天幕内で決まった配置を取る。
僕はレヴィンの前に立ち、僕と入口の間にオイフェが陣取る。
シャナンは侵入者の視線が向かない位置で息をひそめる。
幕が勢いよく開かれた。
鎧からして僕達の仲間だ。聖剣の柄から手を離す。
「セリス様‼ 敵っぽい使者が来てます‼」
ぽい?
―――――
立ったままオイフェが穏やかに問いかける。
「どういうことだ?
落ち着いて私達に分かるように説明してくれ。
大丈夫だ、特徴を客観的に言ってくれればいい」
「えぇっと……。
白と赤の旗を掲げた馬車が来てます。
セリス様との会談を望んでいると御者が言っています」
「白はバーハラ王家だね。赤は……ヴェルトマーだ」
聖剣の次は、なんのつもりだ。
「この場合は違います。その組み合わせは王家の使者です。
私は意図について思い当たりません。
まさか皇帝が停戦を求める訳でもないでしょう」
そうなんだ。
そういうことも学んで行かなければならないんだろうな。
だけど僕には何を勉強すればいいのかも分からない。
「御者の爺さんも変なんですよ。
やれ自分を武器で脅すのはいいけどお嬢様には向けるなとか、お嬢様の服を汚すなとか」
「確かに奇妙だな。王家の使者とは直接会ったことがある。
敵陣に武器を持たないくせに、一切の動揺をせず立ち入って来る奴だった。
勿論、付き従う者もそれ相応だ。
その時の御者は一人だけで、兵に囲まれながらも汗一つかかず会談が終わるのを待っていたと聞いている」
レヴィンの言う通り、何かがおかしいんだろう。
とても大事にされている人。扱いからして子供かな。
……自分の子供だけは逃がそうとしているのか。
だけど、アルヴィスに後妻や幼子が居るとは聞いたことが無い。
伝令の顔に影が落ちる。
「……オイフェ様、もしかして偉い使者ってそういう……。
止めた方がいいですよ。俺達らしくないですよ……」
一人を捧げた程度で戦が止まるなんて思う程、奴は愚かじゃない。
これも、ズィーベンの言っていた盤外の一手なのか。
壁際からシャナンがこちらに近づいてくる。
それでも、神剣に手をかけたままだ。
「そのようなことはしない。私が許さない。
いくら蛮地と侮られようと、イザーク剣士は外道には落ちない。
神剣バルムンクに誓う」
僕の生まれや両親の出身はイザークじゃない。だけど、あの国の人に僕は守られた。
口にすると問題になるけど、僕だってイザーク剣士だ。
僕もそんなことをするつもりはない。
奴は父上の仇であり、母上を攫った悪だ。
だけど、他の者へも同じように対応しては、八つ当たりになってしまう。
「お嬢様と言ったな。つまり、その人物は女性。
加えて王家の使者ということは、ヴェルトマーに連なる者である可能性が高いでしょう。
だが、その任に同行する御者の練度が低すぎる。役職を騙っている可能性も考えられます」
オイフェはこんな報告からも人物像を読み解いている。
もしかしたら、騙し討ちのつもりだろうか。
それでも疑ってばかりでは始まらない。
手を広げて、みんなを促す。
「兎に角、会ってみよう。
どんな人かは分からないけど、ここには二つの神器がある。
もし暴れたとしても、すぐに取り押さえられるさ」
僕には、信頼できる仲間と絶対的な力がある。
もし、その人が助けを求めているなら応えてあげないと。
仇の娘だとしても、その子には罪は無い。
―――――
僕達は横並びになって、使者を待つ。
戦えないレヴィンだけは僕達の少し後ろに控える。
机や椅子を退けて、相手の立つ位置との間の障害物を無くした。
何か不審な動きを見せた時、直ぐに取り押さえられる。
絶対的な速度の加護をもたらすバルムンクのおかげで、必ず先手を取れる。
もし、魔法で襲ってくるのなら、僕の聖剣の加護で防げる。
伝令が外から声をかけてきた。
返事をすると、彼が天幕の入口を開けて来客のために押さえる。
僕は聖剣の柄を固く握る。
そこから一人の女性が入ってきた。
軍陣では見たことが無い、煌びやかな装い。
赤いドレスの裾は地面には届かない程度。
多分、園遊会で着るようなものなんだろうな。
腕には魔導書が入るくらいの箱を抱えている。
多分、贈り物か何かだと思う。ティニーが陣中見舞いだとそんなことがあると前に言ってた。
女性はゆっくりと、揺れの無いカーテシーをこちらに送ってきた。
「突然の来訪にご対応いただき、心より感謝申し上げます。
ユリスと申します。家名はお許し下さい。故あって名乗ることが出来ません。
いずれヴェルトマーを継承することになるかもしれません」
凛とした穏やかな声。
予想通りヴェルトマーの関係者。
でも、どうして家名を名乗れないんだろう。
「どういった御用件でしょうか」
唇を噛んで、声を押しとどめる。
トップは簡単に口を開いてはいけない。
レヴィンから教えられているけど、まだ慣れない。
間を置かずオイフェが切り込んでくれなければ、危ない所だった。
「……あなたはオイフェ様でしょうか。
スサール卿のご令孫様だったと記憶しています」
「ええ、その通りです。
それよりも、先に説明して頂きたい」
ユリスが何回か咳払いをしている。
こんな格好で来るんだから、戦場には慣れていないんだろう。
それなのに僕達の前に出て声が上手く出せないのかな。
「……失礼だけど、もう少し礼儀作法を磨いた方がいいね。
慣れてなさそうだから砕けて話そうか。
セリス様久しぶり。とても強くなったみたいだね」
突然、僕に向かって軽く手を振ってフランクに語り掛けてきた。
僕にこんな知り合いは居ない。
イザークの山奥にこんな服が流れてくるわけはない。
ティルナノグを出るまでは、エーディンが繕ってくれたものしか着たことが無かった。
オイフェが、一度深呼吸をする。
「……どこかでセリス様と面識が?」
顔を凝視しても、心当たりがない。
……僕達が、ヴェルトマーの者なんて忘れる訳ない。
レヴィンから、その家が両親とその仲間を陥れたと聞いている。
それが無ければ、レスターやディルムッドだって貴族として暮らせていた。
僕と一緒にイザークで隠れて育つ必要は無かった。
ユリスは僕達を見回している。
手、胸、頭を注視しているようだ。
「これでも2回も命を救ったんだよ。
まあ、直系は命の恩人なんて軽く見る人ばかりだから仕方ないのかもね。
五系統で確認済み。中々頑張ってるでしょ」
赤髪で、戦場であった人。二度、救助してくれた人。
思い当たるのは一人しかいない。
「……もしかして、ズィーベン?
なんでそんな名前を使っているの?
それに、その格好はどうしたの?」
いつもユリウス皇子と一緒に現れていた。
でも、こんな風にドレスだったり、宝石だったりを身に着けていなかったから分からなかった。なんだか前に会った時よりも大人びたように見える。
彼女は僕の剣を防いだし、戦のことは分かっているはず。
それなのに、戦場では役に立たない、それどころか邪魔になる格好をしている。
それに、ミレトス戦で皇子の側には確認できなかったと聞いている。
だから初めて会った時のように、冷遇されているのかもしれないと思っていた。
「こっちが本当の名前。
色々な都合で家名は隠さなきゃいけなくなっちゃった。
家名は嫁入りで名乗れなくなると思ってたんだけどね。
公的な場ではユリス、戦場ではズィーベンって呼んでね」
理由はよくわからないけど、なんだか大変そうだ。
間違えないように気をつけなきゃ。
「分かったよ。
今はユリスって呼べばいいんだね。
色々聞きたいんだけど、いいかな?」
「待て‼
皆武器を構えろ‼」
レヴィンが突然叫び出した。
振り向くと、額に汗をかき普段の余裕がなくなっている。
横のオイフェとシャナンへと目線を送る。
困惑しているのは、僕だけじゃない。
「答えられることならいいよ。
こっちも一つだけ聞きたいことがあるんだ」
ユリスは全く気にせず、僕だけを見ている。
きっと、見なかったことにしてくれているんだ。
詳しくないけど公的な会談でのマナー違反は戦争の理由にもなりうるらしい。
だから、本当に気を付けなければならないとレヴィンが教えてくれた。
「何をボサっとしている‼
そいつがシグルドを殺した‼」
……流石に、駄目だと思う。
オイフェが後ろに振り向いた。
「レヴィン様。
落ち着いてください。使者の前ですよ」
オイフェがユリスに向かって頭を下げて謝罪する。
「申し訳ございません。
我らにとって大事な方の仇との戦いが控えています。
どうして武人の心は荒ぶってしまうのです」
オイフェが僕の代わりに言ってくれた。
直接伝えたいけど、こういったことも上に立つ者には必要らしい。
トップの叱責は、すなわち最後通告。伝家の宝刀でなくてはならない。
……僕には慣れられそうにはない。
「使者なんて嫌われるもの。気にしてない。
それよりセリス様、前にお願いしたことは覚えてる?
悲しいことだけど、末裔でお眠りになってしまった方はいる?」
最初にあった時、遺体の管理を忠告された。
幸いなことに、解放軍で聖血を継いでいる者は、いままで誰も誰も欠けていない。
今回の戦いで暗黒教団の勢力を削いだから、理由を打ち明けてくれるのかもしれない。
「黙れ‼
お前のせいでアゼルが死んだんだぞ‼
何も思わないのか‼」
後ろから背中が叩かれる。
どうやら本当にユリスが危険だと思っているみたいだ。
「レヴィン‼ いい加減にしろ‼ 王の使者だぞ‼」
シャナンはバルムンクを握っているし、冷静に場を見た行動なんだろう。
彼はレヴィンみたいにはなっていない。
もし無礼を働いてしまったら、オイフェの次はシャナンが叱責。
反対に、シャナンが失態を犯したときはレヴィン。
そう決めている。
「時世的に出直すことは出来ない。
少し場を整えてから仕切り直そうか。
それまでどこで待機すればいい? 馬車に戻ろうか?」
ユリスが優しい声で、何もなかったかのように提案してくれた。
こういったことは、外交ではかなりの失点だとレヴィンから教わった。
これでも止まらないなら、来客の面前で僕が叱りつけなければならない。
そんなことはしたくない。お願いだから、正気に戻って。
「貴様は腹を抉られ死んだ筈。
邪教の手先になってまで生にしがみつくか‼」
レヴィンの声が震えている。
怒りだけでなく、恐怖も含まれているように聞こえる。
これ以上は駄目だ。
訳もなく一方的に罵るなんて、公的な場以前に人として駄目だ。
一度休憩を入れてレヴィンを落ち着かせないと。
それでも落ち着かないなら、僕達三人だけで会談に臨もう。
ユリスの視線が、初めて僕から外れる。
「おしゃぶりは卒業出来たみたいだけど、次は魔の二歳。
何時まで経っても、大人になれないんだね。構ってあげるから、冷静に」
まるで、レヴィンと知り合いだったような口ぶり。
しかも面と向かって挑発している。
……これは、どうなんだろう。
相手に軽んじられても、同じ次元に落ちてはいけないと習った。
だけど、ユリスはあれ程言われたんだし、マナーとしては問題ないのかな。
こういう時にフリージ家で育ったティニーが居れば助かったのに。
僕達はこういう貴族らしいことに慣れてない。
「セリス様たちは神器を抜いて。
好きな時に私を刺していいから。
その方が、安心するでしょ?」
そんな⁉
神器の圧を受け入れるつもりなのか⁉
僕達へと小さな笑みを向けてくる。
……こんなにも譲歩させてしまった。
こんな時でも損得勘定をしなきゃならないなんて、僕には政治は向いていないと思う。
神器二つに丸腰で相対するなんて、誰であっても怖くて仕方ないはずだ。
ここからは僕も頑張らないと。
―――――
シャナンと目だけで合図をし、神器を抜き放つ。
感覚が研ぎ澄まされる。
だけど、心はもっと凪いでゆく。
「それで、あなたは何がしたいの?
名乗りすら聞いていない」
「貴様は知っているだろう‼」
レヴィンは未だに落ち着いてくれない。
神剣と聖剣の圧力が悪影響を与えている可能性もある。
抜刀は悪手だったかもしれない。
「オイフェ様、一度礼法を上層部に仕込み直した方がいい。
皮肉でも当てつけでもない。そこの神剣を持ってる人にも同じようなことをされた」
言われてみれば、僕達は挨拶を返していない。
普段のオイフェとレヴィンならそんな初歩的なミスに気が付くはず。
みんな、奴の首が見えて浮足立ってしまっていたんだろう。
やっぱり、神器はすごいや。
冷静になれるから会談の時はいつでも触っていたいな。
でも、頼りきるなってズィーベン……ユリスに言われたっけ。
「……あの時は、お前にも非があった。
知っているだろうが、イザーク王子のシャナンだ」
軽くお辞儀をしながら名乗っている。
「よく出来ました。
流石義理人情を重んじる国だけはあるね。
良かったら私のことをあなたの口から説明してあげて。
どうやら、私は20年近く前のことに関与していることになっているらしいから」
どう考えても、有り得ない。
高く見積もっても、二十代前半。
僕とはそう離れた年齢は見えない。18年も前に戦う訳は無い。
そんな人がレヴィンの言うように聖剣を持った父上を魔導士の少女が倒すなんて不可能だ。
レヴィンにだって、この程度のことは分かるはず。
もしかしたら、ユリスの母や姉といった親族と見間違えているのかもしれない。
……いや、これは邪推のしすぎかな。
だとしたら、猶更レヴィンの考えが分からない。
「私やセリスがレンスターでイシュタル王女、トラキアでアリオーン王子との交戦中、ユリウス皇子と共に割り込んできた。
オイフェ、レンスターで通行許可を求めたのを覚えていないか」
オイフェは目を白黒させ、口を開いては閉じてを繰り返している。
「……悔しいが、介入がなければ私かセリスの命は無くなっていた。歯がゆいが、認めよう。
年齢からしても、バーハラの悲劇とは関係が無いはずだ」
隣のオイフェから、息を吐く音がする。
こんな着飾った女性が二度も救ってくれたとは思えないんだろう。
あの場に居なければ、そう思うのが普通だ。
ユリスが笑顔で次々と指を立てていく。
三本立てて、口を開いた。
「無防備な私の首にバルムンクを当て続けたことは?
その場の皆を治療したことは?
アルテナ王女の一命を取り留めたことは?」
次々と指を折って、冗談めかして付け加えてくる。
「大丈夫、直系が恩知らずなのは知っている。あなただけが恥じる必要はない」
オイフェがたたらを踏んだ。
腰から下げた鞘の先が地面にぶつかり音が立った。
アルテナ王女は、父上の妹エスリン様の娘。
主筋の命の恩人に盟友が刃を向けたなんて、驚いただろう。
振り返ってみれば、ズィーベンは帝国にとって利敵行為ばかりしてくれていた。
無条件に信じる訳にはいかないが、ある程度の信頼は置いてもいいと思う。
「その恩着せがましい口ぶりは変わらないな。
今度はどうやって我らを騙し討ちするつもりだ‼」
レヴィンはまだ落ち着いてくれないか。
レヴィンは親友の父上達を殺され、故郷をグランベルに占領された。
それを思えば、ヴェルトマーへの怒りが収まらないのは当たり前だ。
だとしても、ユリスは違う。
今でもレヴィンがフォルセティを使えたなら良かった。
長年の戦いで蓄積した疲労や傷から神器の負荷に耐えられなくなったと言っていた。
持っているだけでも、僕達みたいに冷静になれるだろうに。
息を大きく取り込み、後ろへ向く。
「レヴィン‼」
驚きと悲しみをないまぜにしたような顔になってしまった。
……そんな顔はして欲しくないけど、それでもやらなきゃいけない。
僕はユリスへと向き直り、頭を下げる。
「……この人は、シレジア王だったんだ。
だからどうしても帝国には冷たくなってしまう。
普段は優しく僕達を導いてくれる賢人なんだ。
今は取り乱しているけど、根は良い人なんだ」
「緑の人。それは本当?」
これほど罵倒されれば、仕方ない。
むしろ、怒りを表出していないことに感謝しなきゃ。
二人とも感情的になっていたら、どうしようもなくなっていた。
「貴様は知っているだろう。
それとも、陥れた者の名など忘れたか」
「嘘つき」
初めてユリスの声から色が失われた。
さっきまでの、どこか遊びを含んだような優しさが無くなってしまった。
「あなたはレヴィン様では無い。
解放軍にも埋伏の毒があるとは、思っていなかったよ。
ここに来て、本当に良かった」
遂に、あちらの堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。
だけど、それは一線を超えている。
直系を偽る者なんて、この世に居るはずがない。
僕が止めて仕切り直すべきだ。
「ユリス、君も何を言い出すんだ‼」
「突然で驚かしてしまったね。
私には、少なくとも二つの確信がある。
名前を明かせないなら、そう言えばいい。こっちも家名を伏せてるしね」
声に明るさが戻った。
携えた箱が軽い音を立てて開かれる。魔導書が取り出された。
シャナンが腰を僅かに落とす。距離を詰めるつもりだ。
「訂正するなら、ここが最後だよ。
聖血を偽る、その意味と罰は、いつ、どこだろうが同じ。
セリス様たちが出来ないなら、私がやる」
オーラの魔導書をこちらに見せつけてくる。
鷹のような瞳で、レヴィンをねめつけている。
―――――
今度はレヴィンが咳払いをした。
やっと、我に返ってくれたようだ。
だけど、ユリスは魔導書を突きつけたまま。
構えていないし魔力が高まっていないから、まだ魔法を使わないつもりだ。
「私は本物のレヴィンだ。
母上には会ったことがあると貴様は言っていたな」
「だったら、なんで生きているの?
暗黒教団の教主の手によって葬られた。
彼によって死んだことが確認されている」
さっきとは反対になってしまった。
この二人の間に、一体何があったんだろう。
それにレヴィンもだ。
歳からしてレヴィンの母ラーナ王妃と会ったことがあるはずない。
どちらもおかしいけど、ここまでを考えればユリスの方に分があるように思える。
なによりレヴィンだけは、神器を持っていないせいで自身の証明が出来ていない。
オイフェは元々グランベル王国内のシアルフィに居たのだから、それが無くても身の証を立てられる。
駄目だとしても、僕がいる。
その家臣なのだから、わざわざ身分を証明しなくても問題ない。
「……死を装って切り抜けた」
「神器で蘇ったんでしょ」
支離滅裂だ。
ユリスも相当頭に来ていたらしい。
民草の思うような夢物語を話し始めている。
神器は神聖視される。
だけど、何でもできるなんて、そんな勘違いは聖血から縁遠い者が陥るもの。
次はユリスが正気を失ってしまったのか。
オイフェが一歩前に出て、レヴィンへの視線を遮る。
それでも意に介さず視線を注ぎ続けている。
「ユリス様、ご存じでしょうがレヴィン様の神器は聖風フォルセティです。
第一、そのような事は如何なる神器であっても不可能です」
「知らないの? それとも隠しているの?
あなたたちの手元には、それを可能に出来る手段がある。
それがあるから、個人的な交渉にも来たんだけど」
神器は万能ではない。
そうだったら僕達はこんな戦いをすでに終わらせている。
むしろ、解放軍を創設すら出来なかっただろう。
「私のバルムンクやセリスのティルフィングで人が蘇るとでも?
王家の使者を名乗るのであれば、お前も相応しい振る舞いを心掛けろ」
シャナンも困惑しながらユリスを窘めている。
「バルキリーの杖」
ユリスは一言だけを返してきた。
「聖杖なら僕達の元にあるよ。
……もしかして‼」
そんなことがあり得るのか。
確かにあの杖だけは効果が分からない。
死者蘇生だなんて、正しく神の御業。
神の如き力を振るう神器とは、一線を画する。
「あれなら命の灯を再点火出来る。
色々条件はあるみたいだけどね。
エッダ家から聞き出すのには、本当に苦労したよ」
「それならシグルド様も‼」
オイフェがユリスへと歩み出す。
それには目を伏せて、小さく首を横に振ってきた。
「希望を持たせてしまって申し訳ない。心から謝罪する」
「何故ですか‼」
いよいよ掴みかかる程の距離まで近づいて叫んでいる。
僕も聖剣を握っていなければ、あんな風になってしまっていたのだろうか。
手に伝わる心地の良い熱を心強く思う。
「亡くなってから時間が経ちすぎると不可能。
加えて、エーギルとかいうのが尽きていないことが条件らしい。
ここについては宗教家じゃないから詳しくない。
更に、病死や老衰とかそういうのは無理みたい」
「そう……ですか……」
オイフェの背中が、やけに小さく見える。
その身体を支えることも、政治の場では許されない。
代わりに聖剣へと力を籠める。
「ごめんなさい。
余計な希望を見せて甚振るような真似をしてしまった。
残酷だよね。聞いた時は私も同じ気持ちになったよ」
オイフェの握りこぶしをユリスが包み込む。
「聖杖の効果は、人の世には毒。
誰だってもう一度会いたい、それが叶わなくても生きていて欲しい人がいる。
私には何人もいるよ。こんな時代だもの、セリス様たちにも居るでしょう」
父上に、母上。
二人の声はもう思い出せない。
母上の顔は、輪郭がぼやけてしまっている。
ただ銀髪が綺麗だったという記憶とシャナン達から聞いた話だけが残っている。
「エッダ家が隠してきたことも理解してあげて。
むしろ、それを為し続けたことに私は尊敬すら抱く」
胸の奥底から引き出された本音のように聞こえる。
だけど、僕には言っていることが理解できない。
「末裔が神から授けられた力を伏せ続ける。
尋常の覚悟じゃない。特に継承者には、分かりやすいんじゃないかな」
聖血を持つ者は普通の人よりも丈夫で、逞しく育ちやすいらしい。
だけど、それが僕に何の関係があるんだろう。
それを隠すことも、その必要性にも思い当たりが無い。
「神器を手に入れた時、使ってみたくて仕方が無かったんじゃない?」
鞘の音を立ててしまった。
ユリスの言うとおりだ。
初めて聖剣を持った途端、万能感に身体が包まれた。
押っ取り刀で子供達を追ってきたダークマージ達を斬り伏せた。
あれ程手こずらされた闇魔法に、正面から挑みかかってしまった。
迂闊な行動だ。聖剣の加護が無ければ、死んでいたかもしれない。
シャナンもイード神殿からバルムンクを取り返したとき、そこの黒魔導士達のほとんどを倒していた。
「聞き出すのには、本当に苦労したよ。
そういうのは得意じゃないからね。他の人にも力を借りた」
話術には慣れを感じるけど、家同士の交渉はユリスですら苦労するようだ。
僕が身に着けるのも重要だけど、それが得意な人材探しも始めないとな。
「だけどね、彼らなりの信念が見えて嬉しかったよ。
私もこれまでは気が付いてあげられなかった。
ヴェルトマーとは違うけど、聖戦士の子孫足らんとする誇りを持っていた」
「末裔の責務には家も国境もない。
敵である我らに伝えるとは、お前もそのつもりか」
シャナンもユリスを認めている。
僕達の弱点である政治に強い仲間が増えれば、心強い。
それにユリウス皇子の横にいた。今だって最上級の光魔法だって携えている。
戦力としても申し分ない。
「裏切り者は別。
知っていながら、軍のトップにすら伝えないのは背信行為。
命の恩人の子孫にすら伝えない。本物であるなら、そんなことをする筈がない」
「エッダ家から切り離された直系の子孫が、その効果を知る手段は無い。
帝国側の私を含め、あなたたちですら知らなかったんだよ。
道理が通らない。あなたたちのから、私に隠すための嘘でもないんでしょ」
赤い瞳を光らせてレヴィンを射抜く。
「それで、偽物さん。反論は?」
「……敵の貴様には話せない」
「知ってはいるんだね」
確かにレヴィンが僕達に伝えていないのは不思議だ。
制約があるとしても、命の保険があればもっと早く各地を解放できた。
論理的に考えれば、怪しいとしか言いようがない。
だけど、レヴィンは僕達にとって師であり父親代わりでもあった。20年近くも支え続けてくれた。
裏切りなんて、想像もできない。何か事情があったに違いない。
「本物のレヴィン様を上手く真似るね。
味方を際限なく痛めつけ、後先を考えていないところが評価ポイント」
……そこまで言わなくても。
気持ちを伝えるのにも順番があるなんて、政は本当に面倒くさい。
「お前の気分を害したことは、理解している。
だが、我らの仲間に対し謂れのない誹謗中傷は止めろ」
シャナンが代弁してくれた。
その声でオイフェが元の位置へと後ろ歩きで戻る。
「事実に基づいた評価だよ。
レヴィン様は、目先の争いを避けるために国から逃げた。
そのせいで初恋の天馬騎士は死んだし、シレジアは亡びた。
その証拠に聖セティの血を引く者たちは、進んで帝国軍に参加している」
……僕は聞いたことがないことばかりだ。
「ユリス様、お止めください」
オイフェも否定はしない。
シャナンの顔を横目で伺えば、苦虫を噛み潰した顔になっている。
真実なんだろうな。でも、そこまで言わなくてもいいじゃないか。
「勘違いしないで。
これは、客観的な事実。これでも最低限の敬意は持っている。
あなたたちの評価を著しく下げることは、伝えていない。
折角だから、教えてあげる」
まだあるんだ。
「直接会ったときは、いきなり服を脱げと言われたよ。
でも、彼は私の大切な人たちを匿ってくれたの。
その名を騙り、血を偽る。まだ燃やしていないだけ有情」
……ユリスとは、複雑な経緯がありそうだ。
レヴィンが一切言葉を返さない以上、僕からは何も言えない。
「それで、まだ名乗らないの?」
だとしても、僕達と一緒に歩み続けたことは変わらない。
後ろに振り向いて、レヴィンへと思いを伝える。
「……レヴィンが僕達に隠していることがあるのかもしれない。
嘘をついているのかもしれない。
それでも、僕達のためになるからしてくれていると思うんだ。
子供の時から、長年にわたって僕達を見守ってくれていた」
「セリス……。
この戦いが終わったら、必ず説明しよう。約束する」
俯いていたレヴィンが、僕を見てくれた。
いつもの飄々とした顔でも、叱るときの表情でもない。
その顔には、悲しみと喜びが混ざっているように感じる。
「本物である証明が出来ない以上、この場には相応しくない。
使者を罵って、話を遮る不審者がこの場に居る資格がない。
闖入者が会談に居るべきではない。セリス様たちも、分かるでしょう?」
背後から諭すような声が聞こえてきた。
その通りだ。
正論で僕達に否定する余地を許してくれない。
ユリスから見ればレヴィンが危険因子でしかないんだろう。
「必要ならある。
バーハラの悲劇の前、この女がシグルド軍へ伝令に来た。
二度と同じことを繰り返させないためにも、私はここに居続ける。
何と言われようが、ここから引くつもりはない」
……もしかしたら、僕達に何かを吹き込むのにレヴィンが邪魔なのかもしれない。
父上はバーハラへと向かう途中でオイフェとシャナンをイザークへと疎開させた。
その後の事をしているのは、レヴィンだけだ。
「傲慢だね。
直系は自分の言い分が全て通ると思っている。偽りだから一層質が悪い。
セリス様とシャナン様も、反面教師にしてね」
ユリスは全く神器に押された様子はない。
恐らく本当に継承者達と相対してきたんだろう。
レヴィンは使者に無礼を働き、それでも居座ろうとしている。
その権利があると宣うなんて図々しいにも程がある。
だけど、僕達にはレヴィンが欠かせない。
「……レヴィンを追い出さないで欲しい。ユリス、お願いだ」
僕には差し出せるものも、交渉材料もない。
ただ、頼み込むしかできない。
「ディアドラ様の御子息に頼まれたら、断れない。
ただし、私が嘘をついた時以外訂正しないこと。
それが守れるなら、留まることを許可する」
妥協点を提示してくれている。
それだけでも僕にはレヴィンが言うような人物には思えない。
「別に破ってもいいよ。
下種に期待する方がナンセンス」
再びオーラをレヴィンへ突き付けてきた。
―――――
ユリスが一度大きなため息をついた。
手元の箱へと魔導書をしまう。
開閉部を腕で抑え、直ぐには使えないようにしている。
「言っておくけど、セリス様たちの気分が害されることは間違いない。
この話をするのは未来のため。
私を殺すのは、話が全て終わってからにしてね」
また突拍子もないことを言い始めた。
表層には出していないけど、プレッシャーに耐えられなくなってしまったのかもしれない。
僕の気持ちが落ち着くからといって、神器を持ち出すのは良くない。
こういう所が、直系は傲慢だと言わせてしまった理由なんだろう。
「そんなことしないよ。
僕達も今剣をしまうからさ、そんな嫌そうな顔をしないで」
鞘に納めようと聖剣を動かし始めると、手で制される。
「神器は抜いたままでいい。頭を冷やしておいて」
「オイフェ様だけは納刀しておいて。
あなたのことは噂でしか知らない。
忠臣と呼ばれるからこそ、衝撃は大きいだろうから」
止められてしまった。
鎮静効果がないオイフェだけは促されている。
それだけの覚悟が必要な話を始めるつもりなんだろう。
隣のシャナンへと目配せをする。
理解してくれたようで、剣を持ち上げ剣先を下に向けてくれた。
そのまま、それぞれの剣先を地面へと突き立てる。
「継承者にも矜持が有る。
お前が疑わしい行為を行わない限り、剣が大地から離れることは無い」
シャナンの言葉に対し、小さな笑顔で返してくれた。
これなら鞘から抜刀するより時間がかかる。
切りかかるにしても、接近するのに余計な工程が必要だ。
ユリスも少しは気持ちが楽になってくれるといいな。
「分かりました。
ですが、剣を抜かないことをシグルド様に誓いましょう」
オイフェは壁に寄せた机に鞘ごと剣を置いた。
この場にいる傍系は、武器を直ぐには使えないようにした。
それなのに、直系の僕が剣に触り続けているのが恥ずかしくなってきた。
「昔話に少しだけ付き合って。
末裔の遺体の重要性の説明になるから、我慢してね」
だけど、場を乱してしまってはいけない。
一層強く聖剣の柄を握る。
―――――
レヴィンも僕達と横並びになる。
彼なりの誠意のつもりなんだろう。
足が止まったと同時に、話が始まった。
「あなたたちがバーハラの悲劇と呼ぶ事件。その日に私は殺された」
舌に空気が感じられる。
どうやら僕は口を開けてしまったらしい。
「何を⁉
レヴィンへの意趣返しか⁉」
シャナンも制御しきれなかったみたいだ。
少し前に進んだせいで剣が傾いている。
「偽物、どう」
「……事実だ」
レヴィンの拳が震えている。
「説明するつもりは無いんだね。
シグルド様に左腕を切り落とされ、腹部を抉られた。
背中もはがれちゃったみたい」
ゆっくりと長手袋を外し、縦に走る大きな縫い目を見せつけてくる。
無理やり縫い付けられたようで、肉の盛り上がりが目立っている。
肘と肩の間には、横一文字の歪な線もある。どちらか一つでも、片腕は使えなくなる。
無駄な追い打ちとしか思えない。
父上がそんなことをするはずない。
ここにいる三人、それに父上に帯同していたエーディンからも優しく騎士として誇りをもって行動していた人だったと聞いている。
「勿論、ティルフィングでね。今セリス様が握っている物だよ。
お陰様で、もう子供は産めなくなっちゃった。令嬢としての価値はゼロ」
永眠できたら気にする必要もなかったんだけどね。
なんて、下腹部を撫でながら付け加えてくる。
そこまで徹底的に痛めつける意味が分からない。
聖剣なら数回身体を斬りつければ、どんな頑丈な人物でも打ち倒せる。
片腕を切り落とした段階で無力化出来たはず。
倒すにしても、辱めるような真似をする意味もない。
嘘としか思えない。
僕達を揺さぶろうとしているんだ。
レヴィンへと視線を向ける。
下唇を噛んだまま、顔を背けられてしまった。
「そんな……」
自然と聖剣へと視線が落ちる。
鍔に据えられた赤い竜石が仄かに輝いている。
血のように見えて、思わず柄から手を放してしまった。
瞬間、身体が重くなる。
思考が乱れる。
息が苦しく、耳鳴りがうるさい。
恐る恐る柄を触ると、雑念が晴れていく。
みんなが僕へと心配そうな視線を向けていたことにも、知覚出来るようになった。
背筋を伸ばし、手で続きを促す。
「一年ほど前、暗黒教団によって蘇生された。
別に頼んでない。アルヴィス様への嫌がらせと邪教の戦力増強のためだね。
そのおかげで、名を捨てさせられ、二人分の仕事をさせられている」
現実味の無い発言で、どう受け取っていいのかも分からない。
嘘ならまだいい。
だけど、レヴィンを射抜く視線に偽りがあるようには思えない。
「……お前はファラの末裔なのだろうな。
シグルドと敵対していたのであれば、後から異議を申し立てるべきではない。
仮にお前の言うことが真実だとしたならば、言いたくなる気持ちは分からないでもない。
だが、戦場に赴いた戦士として、それだけは許されない」
シャナンは傷跡から仮定して話を進めるつもりみたいだ。
「私は筆頭近侍だったよ。
セリス様以外には、私のことをアゼルの乳兄弟で伝わるといいな。
他にも、解放軍に行った人たちとは学園で深い交流があったんだ。
シグルド様やラケシス様とは先輩後輩の仲でね。一緒に色々やったよ」
オイフェとシャナンを見る。
どちらも何か覚えがあるようだ。
「……道理で何処か聞き覚えのある名前だと思いました。
シグルド様やエスリン様からお話を聞いたことがあります。愉快な方だと」
オイフェには心当たりがあるみたいだ。
本当に父上と親しかったのかもしれない。
「言葉を選んでくれてありがとう。
ともかく、遺体を管理するよう伝えた意味が伝わったかな?
それが残っていれば、教団が利用してくる。こんな風にね。
本来なら意思が残らず、操られてしまうらしい」
……真実なら、大変なことだ。
仲間に刃を向けるだなんて考えたくもない
「待て。何故お前は操られていない」
あからさまな矛盾をシャナンが突いてくれた。
ユリスの瞳には、確かな意思が宿っている。
それに、これまでの会話から理性が感じられる。
操られているなんて思えない。もしそうだとしても、僕達に助力する必要は無い。
「正確な理由は分からない。教団も知らないみたい。
再現性があるなら今頃あなたたちが倒した末裔を戦力にしている。
私の推測に過ぎないけど、ずっとナーガと触れあっていたせいかもね」
これも僕には判別が付かない。
神器の王、聖書ナーガであれば不可能ではないのかもしれない。
バルキリーの杖が超常の力を持つんだから、有り得そうな気もする。
だけど、ナーガも魔導書。そこまでの効力があるか断定できない。
「突然現れたディアドラ様の面倒を全て見ていたんだ。
殿下が空から降ってきて記憶を失った状態から、私が死ぬまでね。
シグルド様の件で人が足りなかったから王女教育から戦闘訓練までやってたよ。本当に大変だった」
「……ありがとうございます。
複雑ですが、ディアドラ様のお世話をしていただいたことに感謝を」
深々と頭を下げるオイフェとシャナン。僕もそれに倣う。
母上は、行方不明になった先でも大切にされていたみたいだ。
記憶が無くなっていたとは思っていなかったけど、不当な扱いを受けていなさそうで良かった。
てっきり、お飾りでアルヴィスが実権を握るための道具みたいに扱われているかと思っていた。
きっと、その縁から僕達に力を貸そうとしてくれているんだ。
父上だけでなく、母上も僕に残してくれたものがある。
それが胸を温めてくれる。
僕達は自分の力だけではなく、父上の残したものに支えられている。
レヴィンがイザークで教えてくれた。
解放直後に伝えられた時は、曖昧にしか捉えられなかった。
だけど、父上のおかげで多くの仲間や協力者が加わってくれたここまでの道のりで、今では理解が出来るようになった。
「だからこそ、偽物は危険。
私のような動く死体でなくとも、なり替わった邪教の手先である可能性が高い。
処刑すべき。出来ないなら、気を抜かないで」
仲間、特に聖戦士の末裔は他よりも精強だ。
それが内応のせいで殺され、敵の意のままに動かされてしまう。
軍事的にも、倫理的にも許せない。
だとしても、それがレヴィンが偽物の証拠にはならない。
ユリスが箱を優しい手つきで撫でる。
その箱の表面には炎を模した彫刻がなされている。
「私の炎で、アゼルの遺体を焼いてきた。
その足でここに来た。あなたたちがアルヴィス様を倒したら、それも私が焼却する」
……真実だとは、思いたくない。
「……アゼルはお前を妹のようなものだと言っていた。
シグルドやレックスからも思い出話を聞かされた。
冗談でも、そのようなことを口にすべきではない」
シャナンも同じ気持ちみたいだ。
ユリスが指を鳴らす。
「聖血を授けられた者には、それに伴う義務がある。
炎は涙程度で消える程温くない。
エッダ家だって、秘密を守り続けたでしょう?」
沈黙が降りた。
バルドとヘイムの末裔として、覚悟をしていたつもりだった。
どれだけ辛い道のりでも、進み続けてきた。
だけど、家族の墓を暴いて貶める。
そんなことは想像もしなかった。
ティルナノグで共に育ったみんなに対し、そんなことはできない。
戦い続けた兄弟を罪人扱いするなんて不可能だ。
自然と顔が下を向き、真っ赤な竜石が視界に入る。
正面で、もう一度指が鳴らされる。
顔を上げると、鷹のような瞳が射竦めている。
竜石より濃い赤色。
聖剣の柄を掴み直す。
「万が一仲間が倒れてしまったら、警戒するよ。その体制も今の内から練ろうと思う」
眼力が弱まったように感じる。
「オイフェ様だって、私と形は違うけど同じ。
使命のために耐え忍び続けられるのが末裔。
私は血と志が伴ってこそ、聖血を継いだと名乗れると考えている」
ユリスの視線がオイフェへと動く。
少しだけ口角があがっている。
「ヴェルトマーの人間には言われたくないだろうけど、心服する。
マイラ様やシグルド様と同じ聖騎士と称されるに足ると個人的に思う。
王家の使者、そしてディアドラ様唯一の直臣だった私でもそう目にすることのない忠義」
オイフェが認められている。
僕達にとっては縁遠くなってしまったグランベル王国から。
誇らしさで自然と胸が跳ねる。
「……恐縮です。
私など、シグルド様には及びません」
オイフェの肩が小さく震えている。
神器も無いのに、感情の波をその程度に制御している。
その姿が、僕に問いを投げかける。
覚悟があってこそ、末裔。
僕は、力に縋っているだけではないのか。
これまでだって僕は、ティルフィングが無いまま進んできた。
聖剣は何も語らず、安心だけを僕に与えてくれている。
「そんなあなただからこそ分かるでしょう。
為すべきことが微塵でも残っているなら、止まってはならない。
終わるにしても、何かは託さなければならない」
……オイフェなら、苦悩の果てに仲間を焼くことを選べそうだ。
父上の命でイザークに幼い僕達を連れて落ち延びた。
共にバーハラへ行きたかっただろうに。
僕と同じバルドの末裔。だけど、オイフェは傍系。
父上も、ティルフィングも無い中、末裔として帝国側の人間にも認められた。
だったら、オイフェに育てられた僕が聖剣に依存しては駄目だ。
意思によって力を振るう。その逆では聖戦士どころか賊と変わらない。
僕は未熟でも、そうあるべきだ。
剣を下へ押し込み、地面に深く突き刺す。
手を放すと暖かさが離れていく。惜しくても、それには縋れない。
「……だったら、なんで皇帝は邪教に与するんだ。
邪神の化身って言われているじゃないか」
「死後のことは分からないから、私の所感。
ロプトの血がその身に流れている、その事実が重すぎたんだろうね。
私も生き返ってから知ったよ。絶対アゼルにも隠していたと思う。
邪血がどう扱われるなんて、口にしなくても分かるでしょう」
イード神殿の光景が頭をよぎる。
壁には子供の字で暗黒神の復活を祈る落書きがあった。
彼らは地上に出てしまえば火あぶりにされる、そうレヴィンが教えてくれた。
……奴にも、事情があったのかもしれない。
恨みは捨てられそうにはない。
だからといって、ただ仇として殺してしまっていいんだろうか。
「そんなことは重要じゃない。
ここからが、偽物だと確信する理由」
赤瞳が、僕へと戻ってきた。
―――――
「私の死に方、あれには足りない部分がある」
まだ何かがあるのか。
レヴィンへと顔を向けても、訂正の声をあげてくれない。
「……その、これに貫かれたんだよね」
聖剣を触らずに、指さす。
長い間使い手が居なかったのに汚れ一つない。
「その後にファラフレイムで焼かれた。世界一豪華なバーベキュー」
「血族では無かったのか⁉」
シャナンが吠えている。
奴は邪悪だ。
例えロプトウスが使えなくても、邪神の生まれ変わりに相応しい。
「だからだよ。
ディアドラ様とアルヴィス様を守るための時間稼ぎには、この身を捧げるしかなかった。
学園での付き合いがあった私から見てもシグルド様は異常な様子だった。
それこそ、聖炎でも止められないくらいにね」
ゆっくりと元の位置へとシャナンが戻った。
その顔には困惑と悲しみが浮かんでいる。
「少なくとも、元夫婦だなんてディアドラ様も私も知らなかった。
グランベルの継承者たちをなぎ倒した担い手が、式典中に王女殿下へと迫った。
もし過去に戻ろうとも、殿下を守るために立ち向かうよ」
ユリスは僕達の前で言い切った。
それ程までに父上は理性を失ってしまっていたのか……。
目の前にある、過剰なまでに痛めつけられた腕からも、否定できない。
「あの時は凱旋式で、私はリカバーの杖しか持っていなかった。
言い訳にはならないけど、私はシグルド様に対して徒手で時間稼ぎをしただけ。
事前に知っていれば、武器やリターンの杖を持って行ったよ」
「だよね、偽物」
一瞬、レヴィンが口を開くものの、声は聞こえてこない。
「……ああ、嘘は無い」
苦々し気な顔で、レヴィンに肯定されてしまった。
聖剣へと手を伸ばしかけ、止める。
ユリスは身体ごと、ゆっくりとレヴィンへと向き直る。
「なんで知っているの。答えて」
瞳とは対照的に温度の無い声。
レヴィンの反応の一切を見逃そうとはしない。
「……言いたいことは、数知れない。
だが、それが何故レヴィンを疑う理由になる」
シャナンの言うとおりだ。
ユリスは話術で僕達を誘導しようとしている。
その場で足の裏に力を入れる。
「アルヴィス様以外は知れないから。
神器同士のぶつかり合いに、突然の乱戦。
なにより、風は炎とは相性が悪い。
私の顛末を確認する術はない」
「きっとレヴィンは後から知ったんだよ。それなら辻褄が合う」
ユリスはレヴィンと指を突き付けた。
「私は庭の肥料。文字通りにね。
殿下の御子たちにすら、私の存在は語り継いではいただけなかった。
私を蘇らせた教団の頂点もその場で何があったかについては知らない。
本物のレヴィン様を殺した、あの人にすら耳が届かない情報。
私の墓を暴いたのにね」
「……今は答えられない」
レヴィンの喉が動く。
誰からも顔を背け、呟くように答えた。
改めて考えてみれば、不可思議な部分がある。
解放軍にあるフォルセティを握ろうとしない点。
戦場で使いすぎたせいで、神器の負荷に身体が耐えられなくなったと言っていた。
だとしても、握っているだけで加護と鎮静作用がある。
継承して間もない僕だって、依存しかけてしまったんだ。
長年愛用していたなら、そう簡単には手放せないだろう。
裏方に居るとしても、地元有力者との会談には彼の息子から借りてもいいはずだ。
それに、自分の子供達との接触を拒んでいる。
聖風を使える彼に、セティの聖痕を持つ彼女。
それがなによりの血のつながりの証拠だって言うのに。
本人が触れてほしくなさそうだったから、これまで何も言えなかった。
僕達の面倒を見に来ていてもらった手前、こちらから強引に引き合わせるのも違う気がしていた。
……だけど、時に厳しく、時に優しく僕達を導いてくれた。
風のような気まぐれさでも、それは思いやりから吹いていると感じられた。
「本物ではない証明が出来たね。
背中には本当に気を付けて。親兄弟、あるいは友人と思っていた相手に刺されるよ。
人間は身体以外も引き裂かれる部分がある、そんな体験をセリス様たちにはしてほしくない」
ユリスだってそうだ。
関わった機会は少ないけれど、僕へと教えと気づきを与えてくれている。
どちらも、切り捨ててしまいたくはない。
「ここまでは前座。
これ以上言っても口うるさいだけだからね。
ここからが本題。その後に私との個人的な交渉もさせてね」
そろそろかなり鼻につく頃ではないかと予想しています。
大丈夫です。因果は巡ります。
死んで清算、生きて償う、あるいは別の手段、どれも方法の違いです。
補足:
原作にもシャナム(シャナンを偽る人)がいます。
彼はとがめられずに、騙り行為で利益を得ています。
王様を騙るって不敬罪どころか外交上の問題にもなり得ますよね。
帝国が揺れている中でそんな僭主になり得る存在は許されないと考えました。
ですが、帝国にばれていないため許されていると考えます。
また、露見したとしてもバルムンクを盾と発言しているので、モノマネかなにかの旅芸人として判断されていると考えました。