火神ファラ(原作4章)、サラマンド(原作終章)、サラマンドラ(Pixivにファイアーエムブレム大全にありと記載)とかなりの表記ゆれが確認されています。
便宜上、上記の名称を統一して扱います。
セリス
https://guide.fire-emblem-heroes.com/03051001000840-2/
レヴィン
https://guide.fire-emblem-heroes.com/03010001000287-2/
一区切りついたところにシャナンが切り出してくれた。
「……我らには衝撃的すぎる。時間を置かせてはくれないか」
レヴィンが偽物の可能性、それに遺体が操られる。
そんな疑惑だけでなく僕にも問題があった。
聖剣ティルフィングに頼り過ぎて、聖戦士の末裔としての資格を失いかけていた。
何より、奴もただの悪人でないかもしれない。
信じられないが、否定材料もない。
耳に痛い話ばかりで、正直もう止めて欲しい。
「オイフェ様にとっても、受け入れられないだろうね。それは仕方がない」
そちらを見れば、茫洋としたまま立ち尽くしている。
そういえば、さっきも発言が少なかった。
オイフェはこの場で一番立場が低いけど、実務を担っている。
だからこそ、交渉を進める役を任せていた。
「だけどあなたが皇子を名乗るなら、過去にとらわれ続けては駄目。
私への恨みでいいから、前を向いて。偽物の言葉を借りれば、仇の一人だよ。
そのこと自体は私も否定しない」
そんなことを言われても、そんな感情を抱けない。
それに、少しだけ関係していたかもしれない人に当たり散らすなんて、人として駄目だ。
「今理解しきれなくても、シャナン様がセリス様にもう一度伝えてくれればいい。
あなただけは神器を握っているから、話を聞くくらい簡単でしょ?」
僕も目の間に突き立てたティルフィングを掴みたい。
濃い紅色の竜石が、視線を吸い込んでくる。
ひとたび触れば、心地よい暖かさが身体を包み、思考は澄み、不快感だけが押し流されていく。
だけど、神器の加護に頼りきりになるわけにはいかない。
「……大丈夫。
僕には、ここまで来た責任がある。
まだ皇子と呼ばれるのに慣れないけど、逃げたりはしない」
竜石から顔を上げれば、ユリスの優しい顔が見える。
「強い子だね。ディアドラ様の子は、みんな良い子だ」
……そういえば、ユリスはユリウス皇子の側に居たな。
半分だけだけど、僕の弟。
ロプトウスを操り、戦争を遊びとして捉えていた。
あれの何処が良い子なんだ。
それに会ったことはないけど、妹のユリア皇女。
同じ名前の仲間の顔が頭をよぎる。
真っすぐで絹のような銀髪。
記憶を失っていた所をレヴィンが保護していた。
解放軍が始動した時に、僕に託された。
それからイザークを脱し、砂漠を超え、トラキアの山を一緒に進んできた。
だけど、ミレトス地方に入ったタイミングでどこかに行ってしまった。
……敵の仕業だとレヴィンが言っていた。
ユリスが軽く手を叩く。
余計なことを考えてしまった。集中しないと。
「私はこの戦いがどうなろうが未来に繋げる。
だからわざわざ殺されても文句が言えない場所に自ら踏み込んだ」
「どういうことなの?」
「あなたたちは、アルヴィス様を倒すつもりでしょ」
ユリスにとっての主にして、縁戚にある人物。
その相手を仇として見ている僕ら。
止めるつもりで、自らの命を危険にさらしているのだろう。
だとしても、その願いだけは聞けない。
「……僕達も譲れない。
ユリスは嫌だろうけど、皇帝だけは討たないと」
くすっと小さく笑っている。
何処もおかしなことはないのに。
「心配してくれてありがとう。
それに、アルヴィス様もあなたたちには期待しているからね」
理解が出来ない。
ユリスの態度を見れば、僕達を教え導こうとしていることは分かる。
だけど、奴だけは有り得ない。
「僕達は敵だ」
「だったら、どうしてその剣を手にしているの?」
ユリスが僕のティルフィングを指さす。
父上が討たれた後は、在り処すら分からなくなっていた。
オイフェやレヴィンが各地を周り、手を尽くしたけれど一切情報が入ってこなかった。
「……シアルフィで忍従した者が送ってきたのでしょう。
宿敵に神器を渡す意味があるとでも」
オイフェの言うとおりだ。
奴が敵対者に塩を送るなんて、筋が通らない。
それに、聖剣を渡してくれたパルマーク司祭は元々父上の側近だった。
そんな人が仇に力を貸すはずがない。
「アルヴィス様には覚悟がある。
あなたたちが世界を背負えるなら、それで良し。
乗り越えられないのであれば、解放軍の首をもって権力を取り戻す。
あなたたちがここまで大きな勢力になってくれたおかげだね」
「シグルドに汚名を着せた挙句、またも我らを利用するか‼」
シャナンが神剣を大地から抜き、構えを取る。
そのおかげで、僕の頭が冷えた。
これまでドズル家やフリージ家、トラキア王国ですら僕達を止められなかった。
それ程拡大した反乱軍を皇帝自ら打ち取る。
達成出来れば、その権威と発言力は高まるに違いない。
だとしても、父上の次は僕達か。
拳を握りしめる。
ユリスが腕を振る。
その不細工な縫い目がやけに目立つ。
「全く、無責任だよね。
私も押し付けられた側だから分かるよ。
そんなことするくらいなら、暗黒教団の手綱くらい握っておけば良かったのにね」
動きを止め、脱いでいた長手袋をゆっくりと着用していく。
肌と絹が擦れる小さな音をたて、所々縫い痕に引っかかりながら肌を覆う。
それを見届けたシャナンが剣を下ろす。
ユリスはその先を続ける。
「私が戦場に案内する。
城じゃ無くて平原で戦ってもらう予定。
オイフェ様の故郷、それに将来の本拠地を傷つけたくないでしょ?」
シアルフィ城を傷つけたくはない。
あの城の先にグランベル五家に守られた帝都がある。
万全な状態で挑むには、城を神器で破壊してしまうわけにはいかない。
間を置かず、レヴィンが指摘する。
「昔と手口が変わらないな。
やはり私がここにいて正解だった。貴様等は背中から刺すつもりだ」
……そういえば、バーハラの悲劇の直前にもユリスが来たと言っていた。
だとしても、神器の数ではこちらが上。
仮に不意打ちだとしても、城攻めでないなら逃げればいい。
平野なら包囲もされないし、その予兆があった時点で対応できる。
だけど、こちらには受ける義理もない。
奴だけは確実に葬らないといけない。
眼前のティルフィングも、父上の無念を晴らしたいと望んでいるはず。
……だからといって、そればかりに固執するのが良いことなんだろうか。
聖戦士の末裔として、感情にばかり流されてはいけない気もする。
「これは世界の担い手を決める戦い。
グランベル皇帝と光の皇子だけの決闘であるべき」
「保証が無い。レヴィンの懸念を否定出来ない時点で、論外だ」
シャナンは譲歩を引き出すつもりみたいだ。
今すぐ万全に戦えるのは僕だけ。無理をすればシャナンもいる。
他の継承者達はミレトスで治療を受けている。
数日あれば、他の継承者達と挑んで確実に奴を倒せる。
だけど、この戦いは帝都バーハラを解放し、ロプトウスを倒してこそ終わりに出来る。
子供達だって帝都へと輸送されてしまっている。
先を思えば時間も、戦力も割けない。
この提案を受けるべきだとシャナンだって分かっているはず。
「公平性を保つため、使者として私は立つ。
余計な者は誰であろうと、如何なる手を使ってでも私が排除する。
この言葉で不足はないでしょ」
言っては悪いけど、ユリスにそんな力があるんだろうか。
魔導士としては強いのかもしれないけど、神器を持った直系を止められるとは思えない。
オイフェの様子を伺うと、眉間にしわを寄せている。
レヴィンも渋面だが、口を開かない。
やっぱり、力量不足と感じているみたいだ。だけど、なんで指摘しないんだろう。
シャナンだけが口を開いた。
「第一、こちらの方が神器の数が多い。
数的有利を捨てるとでも思っているのか。
直系が傲慢と言ったが、王の使者も負けていないな」
気道が締まる。
すぐさま目の前の聖剣へ手を伸ばす。
指が届く前に、圧迫感が消える。
指先が空ぶってしまった。
呼吸を整えながら、姿勢を低くして周りを見渡す。
シャナンはユリスの首筋にバルムンクを添えている。
さっきのはユリスの魔力だったんだ。
剣を向ける相手にユリスが吐き捨てた。
「舐めるな、蛮族」
刃を前にしてもぶれない声音。
思わず僕も姿勢を正す。
「王の使者は正道のみを往く。
化外が。神器に縋るだけの愚か者。
意義すら介さぬ無知蒙昧が、嘴を挟むな」
お互いに無言のまま睨み合っている。
シャナンは剣をおろさない。
対して、ユリスは箱から魔導書を取り出すこともしない。
沈黙が続く中、突然ユリスが小さな笑みを作り、シャナンにウインクをする。
「私を買いかぶりすぎだよ。
本気なら魔法をわざと失敗して自爆している。
首を落とされても暴発ならさせられるからね。わざと詠唱を間違えるのがコツ」
ユリスがバルムンクの刃を握る。
拳の中から血液が刀身を伝う。
鍔まで赤くなった頃、言葉が紡がれる。
「オイフェ様と偽物は確実に消せる。それで解放軍は終わり。
聖剣に触れられていないセリス様もただでは済まない。
バルムンクは魔力の暴発よりから逃げ切れるかな?」
背を丸め、視線を走らせる。
出口はユリスの背後。
天幕だから力ずくで破ってもいい。
ユリスは握ったまま腕を動かす。
剣は揺るがず、手のひらに深く刃が食い込み、出血量が増える。
シャナンが力を抜いたのか、剣が下へと向く。
剣先から地面へと血が流れ落ちていった。
床だけでなく、ドレスの裾にも血の赤が広がってゆく。
天幕をはためかす風が、耳に残る。
「この役職が軽んじられる訳にはいかないんだ。
一度舐められてしまえば、お届けする言葉に重さが無くなる。
本当なら、私もこんな迂遠なことはしたくない。だけど、殿下の御子息がいるからね」
ユリスは微笑んだままだ。声は柔らかくなっている。
背後に忍び寄っていたオイフェへ、魔導書が入った箱を差し出している。
ユリスは顔を動かしていなかったのに、気が付かれてしまっていた。
オイフェは片手で恐る恐る受け取り、中腰のまま元の位置に戻る。
額の汗をそのままに、呼吸を悟られないようにしている。
「考えてみれば、今だと帝国だから伝わりづらかったかもね。
私としたことが、時代の変化に対応しきれてないみたい。
だけど、こんなことはしちゃ駄目だよ。
次は警告してあげないからね」
ユリスが刃から手を放す。指を伝って床に赤が広がる。
長手袋にも血が滲み、手首のあたりまで色が変わってしまった。
シャナンが向き合ったまま、すり足で後ろに下がる。
そしてユリスを視線にとらえたまま、血を払うこともせずバルムンクを再び地面に刺す。
さっきより地面への刺さりが甘い。
「勿論、断ってもらって構わないよ。
使者なんていつでも片道切符。
首を晒されても文句は言わない。言えないが正しいけどね」
ユリスが首筋の、バルムンクを当てられていた部分を叩く。
手から滴る血が肩口まで付着して、本当に刃が立てられたみたいになっている。
「交渉決裂と見なされ、次の戦いが始まるだけ。
ユリウス様とイシュタル様が来る。アリオーン王子もだね。
これでも私は彼らの先生もやってるんだ。
世界ひろしといえど、私以上に直系へ教鞭を振るった人はいないだろうね」
本当に彼らと関係があるのか分からない。
だけど、敵討ちに来る可能性がある。それが起こり得るだけでも恐ろしい。
「中々見どころがある子たちなんだ。
力ばかりに重心を置きがちな所には、手を焼いているんだけどね。
物騒な世の中だからかな」
ついこの間も、その二人に僕達の継承者達が追い詰められてしまった。
アリオーン王子には、トラキアで二つの剣の神器を用いても押されっぱなしだった。
そこに奴の聖炎が加わる。
無理だ……。
「神器の数はそっちより少ないけど、決戦としての体裁は保てるね。
セリス様たちにとっても悪くない話だと思うけど」
「……これが貴方の交渉ですか。条件を聞かせて頂きたい」
ユリスのため息が聞こえる。
「オイフェ様、故意じゃないだろうから許してあげる。
でも、元々シアルフィに居たんだから王の使者については知っているでしょう」
「公私混同なんてしないよ。
どちらが損耗しても、喜ぶのは暗黒教団だけ。
最悪、戦後に両者とも潰されてしまう。それだけは避けたい。
どちらの陣営であっても、聖戦士の末裔であることに変わりはない」
奴は教団の主。
ロプトウスを使うユリウス皇子の父親なんだから、奴に邪神の血が入っているに違いない。
でも、子供達をシアルフィ城から逃がしていた。
奴の騎士団は、僕が救出に向かうのを一切邪魔しなかった。
……ティルフィングは、奴が送ってきたのかもしれない。
だったら、どうして邪教に味方をするんだ。訳が分からない。
聖剣を触る代わりに、竜石を見つめる。
この赤色は、ほんの少しだけ心を落ち着けてくれるような気がする。
「……皇帝も教団と対立しているの?」
「邪教は許容しているだけ。母屋を取られたけど。
また昔話をしてあげよう」
白い布が視界に入る。
いつの間にかハンカチを取り出して、こちらに振っている。
―――――
ユリスが一本指を立てる。
止血に使ったハンカチが真っ赤に染まり、刺繍されたJ.C.の文字が際立っている。
「一番邪教を狩っていたのと、守っていたのは誰だと思う?」
「……ヴェルトマーですな。双方共にです」
「オイフェ様は内政にはあまり関わって無かったんだね。
シグルド軍に帯同していたんだから、仕方がないね。
あるいは、セリス様には早いと思ったのかな」
オイフェの顔には既に生気が戻っている。
呆けが取りさらわれ、地元有力者と交渉する時のものになっている。
姿勢正しく、相手の挙動に目を光らせている。
……だったら、なおさらどういうことだ。
これまで暗黒教団と戦い続けてきた。
いくつもの城を邪教から解放し、教団のことも少しは理解できたと思う。
だけど、オイフェが僕が知らない方がいいと思うようなことがあるんだろうか。
「後者は正解。前者は民草だよ」
「そんな⁉」
矛盾している。
奴がロプトウスの庇護者だから、守護していることは理解できる。
だけど、民が邪教の魔導士に勝てるわけがない。
奴らは闇魔法を使い、僕達でも簡単には倒せない。
そんな相手をどうやって訓練を受けていない者が狩るって言うんだ。
「その系譜に生まれてしまった者は、迫害される。
血を引いていなくても、その集団への所属を疑われた時点で同類。
当然のように死ぬより辛い目に会う」
「セリス様以外は心当たりがあるでしょ?
分からないなら、ラドス城を見に行ってみるといい。
あそこは酷い統治者だったからね。今頃凄いことになっているに違いない」
邪教の司祭が支配していた廃墟のような城が頭をよぎる。
ラドス城主を倒し制圧をした途端、民が暗黒教団の残りを探し始めた。
僕達解放軍に触発されてそのような行動に出たのだと思っていた。
隠れているダークマージを見つけ出せるのなら助かると感じていた。
「ヴェルトマーが、適切な分をあえて惨たらしく見せしめに処刑してたんだ。
そうしないと民衆の歯止めが利かなくなる」
……僕達は戦闘の直後で、その先へと直ぐに進まなければならなかった。
急がなければ子供達が移送されてしまうから、そのままにした。
だけど、彼らに捕らえられた者全てが黒魔導士だったんだろうか。
教徒の中には、様々な人が居たはず。女性や子供だって居てもおかしくない。
……僕は、目を背けていただけなのかもしれない。
手をこすり合わせて、寒気に抵抗する。
少し裏返ったオイフェの声がする。
「何が、仰りたいのでしょうか」
「こんなことが必要なままでいいと思う?」
僕に向かって、ユリスの血にぬれた指が突きつけられた。
「絶対に違う」
これだけは確かだ。
邪教に所属した人の中には、環境や必要に迫られた人だって居るに違いない。
イードの砂漠で、迫害から逃れた地で、教義に縋るしか希望が無かった者まで悪とは扱えない。
イザークで僕達もグランベルから隠れて育った。
何をするにしても、敵対者の動向を確認しなければならなかった。
あの窮屈さに狂わせられたのならば、僕は責めたくない。
それに、教団に所属することでその日の糧を得る人も居たはず。
帝国内だけでなく、各地にも暗黒司祭がいた。
ドズルが支配していたイザーク地方やフリージのレンスター地方ではほとんどいなかった。
だけど、そんな強い後ろ盾のないトラキア地方やミレトスでは暗黒教団が城を支配していた。
そんな相手に、誰もが歯向かえるわけじゃない。
邪教の行いは許せない。
だけど、その全てを否定するなんて心が無い。
「優しい子だね。
邪教徒なんて、人の形をしたおもちゃとして扱うのが普通。
壊しても、叱られるどころか褒められる」
言葉とは裏腹に、つまらなそうな口調。
ユリスにも思うところがあるんだろうか。
「その優しさはきっと育ちだけじゃない、シグルド様から受け継いだんだろうね。
あの方は生意気な後輩の挑戦にも快く乗って下さった」
やっぱり、父上も僕と同じなんだ。
幼い頃に別れてしまったから、よく覚えていない。
だけど、オイフェ達だけじゃなくエーディンも他人の痛みを理解できる人だって言っていた。
僕も、そうなりたい。
「昔はね、ヴェルトマーは正義の家と呼ばれていたんだ。
きっと、アルヴィス様の最初の動機は家是に基づいたものだったんだろうね」
「今では公的に差別は禁止されている。
まあ、それで乗っ取られたんだから笑い話にもならない。
理想を現実にできない夢想家。世界に害を及ぼしたから、一層質が悪い」
……僕は、奴と似ているんじゃないか。
神器と志はあっても、手の届かない場所がある。
ラドス城だって、今どうなっているか分からない。
このままでは、いけない。
奴と同じになってしまう。
「でもセリス様、オイフェ様を責めないで。
父親の仇が最大の保護者だなんて、教えられないよね」
―――――
オイフェを見る。
横目で僕等の様子を窺っている。思い当たる所が無いようだ。
奴が僕を守るなんて、全く筋が通らない。
ティルフィングの件は百歩譲って理解はできる。
だけど、それは僕達の勢力が大きくなったからだ。
ユリスはどこ吹く風で止血のために巻き付けたハンカチを整えている。
「どういうことだ。レヴィン、説明しろ」
シャナンの言葉でレヴィンを見る。
「……」
顔に影が落ち、口は固く結ばれている。
レヴィンには、言葉の意味が分かっているみたいだ。
もしも的外れなら、さっきみたいに指摘してくれるはず。
なのに、何も言ってはくれない。
「当たり前でしょ?
ディアドラ様はロプトの血を引いているんだから」
……は?
「聞き捨てなりませんぞ‼」
オイフェが叫び、シャナンが構える。
レヴィンは更に俯いて、口元もよく見えない。
指を鳴らす音がする。
そちらを向くと、ユリスが手で聖剣を握るよう促してくる。
ティルフィングの柄に触っても、胸の重さが消えない。
両手で強く握りこんでも、余計に思考が冴えてしまうだけ。
それどころか、返って嫌な考えばかりが頭にチラつく。
僕はユリウス皇子と異父兄弟。
奴にだけ邪血があっただけだ。
僕には関係ない。ユリスの勘違いだ。
僕が強く握ったのを確認し、ユリスが話を続ける。
「セリス様、ユリウス様、ユリア様はディアドラ様の遺児。
ヘイムの血が有ろうが、邪血を引くことは否定できない。
聖痕、いや聖騎士マイラに不敬だけど、邪痕とでも言おうか。
今はあなたにそれが無くても、子孫に発現するかも。
先祖返りってやつだね。ファラだけど、私がそうだったよ」
「偽物、訂正は?」
レヴィンは何も答えない。
「双子は禁忌によって生まれた。アルヴィス様とディアドラ様は父違いだよ」
力を込めすぎて、手元が鳴ってしまった。
「空から降ってきた女なんて怪しく仕方ない。
私が最初に見つけた時点で身体検査をさせてもらった。それに、文字通り全てのお世話をしたんだから、聖痕も邪痕も見ているに決まっているでしょう」
母上は聖ヘイムと邪神の血を継いでいたとでも言いたいのか。
だとしても、おかしな点が多すぎる。
僕達に揺さぶりをかけるための嘘と考えた方が合理的だ。
衝撃的な言葉で騙そうとしているんだ。
踊らされないよう、聖剣に体重をかける。
「有り得ない。
ディアドラ様の母がそんな汚らわしいものを引くわけがない。
それにグランベル六家、その筆頭がそんな得体のしれない者を娶ることなど不可能だ。
第一、あの法治を重んじる皇帝が近親相姦などするはずがない」
シャナンの言うとおりだ。
奴の上の代が邪血を家に取り込むなんておかしい。
加えて、禁忌までするとは思えない。
だったら奴だけじゃなく、ヴェルトマー自体が邪教に汚染されていることになるじゃないか。
……そういえば、フリージ婦人もヴェルトマーの出身だった。その娘であるイシュタル王女の強さも邪神の血によるものなのか。
深呼吸し、心を落ち着ける。
手汗を拭い、剣を固く握り直す。
「あの時のアルヴィス様たちは知らなかっただろうね。私も蘇ってから知ったよ。
禁忌を犯せば、直系を作れる。邪教の交配理論。
ユリウス様がロプトウスを使えることがその証左」
トラキアでの、あの黒竜。
……それを出されると何も返せない。
「信じられないよね。
セリス様のお爺様、クルト王子の醜聞だから控えるよ。
時間もないし、詳しくは偽物に任せる。
なぜか、このことも知っているみたいだし」
そちらを見るが、肩が震えて俯いたまま。
相変わらず、レヴィンは口を開いてくれない。
レヴィンへと手を伸ばす。
地面に向いて、僕を見ることすらしてくれない。
僕が……邪神の末裔……。
伸ばした手が横から支えられる。
いつの間にかユリスが側にいた。
そのまま手を聖剣へと戻され、上から包み込まれる。
「所詮、血は道具」
重ねられた手で優しく握られる。
手袋越しに、神器のもたらす暖かさとは別の熱が伝わってくる。
「お前だってファラの末裔だろうに。それをほざくか」
「お返しするね、それをシャナン様が言うんだ。
だったら、解放軍の平民は無価値?
あなたたちは、オードの血を利用し、糧を得て、ここまで大きくなったんでしょう」
シャナンが剣神オードの血を引く王子だから、僕はイザークで大事にしてもらえた。
それも父上がシャナンをグランベルから隠していた恩があったから。
……僕に邪神の血があると知られていれば、捨てられていた。
「恥じることは無い。聖痕だって、婚姻の道具。
それより大事な者を隠し通すのにも役に立った」
ユリスの手が離れていく。
汚れの無いハンカチを出し、頬を拭ってくれた。
「一つ教えてあげる。
ファラ様の先祖は聖騎士マイラを支えていたと伝わっている。
当時ロプトが唯一の神の血だったとか、皇帝の弟だからじゃない。正しい行いだったから」
「私はロプトの血自体が間違いだとは思わない。
力と権威を与える液体。隠すなり、活用するなりすればいい。
むしろ、悪評すら利用できる上位者を私は評価する」
「だが、その血のせいで過去にロプト帝国が建国され、今の世界は乱れた。
貴様はそんな常識すら忘れたか。
使者はヘイムの血統に忠誠を誓っているのでは無かったのか」
レヴィンは知っていたのに、その血を持つ僕をリーダーに据えた。
それに、暗黒教団にも事情があったって、イード神殿で言っていたじゃないか。
「主君の意向を汲むことも出来ない道化は呼んでいない」
「この事実を公開する必要は無い。
だけど、これが知られれば消極的な教団員の取り込みは容易になる。
戦後あなたたちに受け入れてもらえると思える材料が、彼らには一切無かったからね。
余計な抵抗は減らせるだろうね」
聖剣を握る手にハンカチが巻き付けられる。
ユリスが足音を立てず後ろへ下がって行ってしまう。
元の位置に戻り、オイフェへと飲み物を出すよう指示を始めた。
―――――
ほんの少しの時間、僕達は水分補給をした。
ユリスだけは何も取らず、目を伏せて立ち続けていた。
水が喉を通り、少しは落ち着くことが出来た気がする。
それでも、喉の乾きが取り切れない。
「まとめると、アルヴィス様は失敗したってこと。
だけど、ファラ様と、聖騎士マイラの末裔。転んだままでいることは自身が許さない」
さっきからユリスは邪血をマイラとの繋がりと呼んでいる。
確かにロプト帝国の皇帝の弟だったのだから、彼にもロプトの血が含まれているだろう。
だけど、そんな風に言われているのを聞いたことはない。
……奴も正義だとでも言うつもりか。
人々が邪教に苦しめられる世界にした奴を。
「私個人としては、逃げてユリア様と静かに暮らしてくれた方が嬉しんだけどね。
ファラの系譜は消されるか、燃え尽きることでしか終われない」
奴は足を止めることも、役目を捨てることも出来ないのか。
……考えてみれば、僕もそうだ。
トラキアでの不毛な戦、そこで不満を口にしてレヴィンに叱られた。
嫌になったからって投げだすことなんて出来ない。それが許されなくなってしまっている。
「……だから、僕との決闘」
「同情しろとか、許しを乞う訳じゃない。
同胞ながら、全く度し難い。いくら非難しても私はあなたを肯定する。
一念に全てを注ぐ、他所から見れば暗黒教団と炎の紋章に何も差は無い」
優しくも悲しい顔だ。だけど、どこか誇らし気にも見える。
僕にはユリスの心は分からない。
奴を憐れんで欲しくないのでなければ、何が伝えたいんだ。
「あなたも頂点に立つのであれば、相応の覚悟を持って。
共に邪神の血をその身に宿しながら、神器を担い、世界を制する。
聖騎士マイラの末裔、あるいは邪神の化身と見なされるかはあなた次第」
そうか……僕も奴のようになるかもしれないのか。
ロプトの血だけじゃない、立場も、方針も。
嫌だけど、奴と僕には共通点が多すぎる。
だから、世界に示す儀式が必要なんだ。
力を示し、自らの考えを貫き通す。
その象徴が、決闘。
神器は力。
だけど、加護に身を任せちゃいけない。
決意は自分だけで宣誓しなきゃ。
片手を手首に当てる。
指先に跳ねる血管が感じられる。
今の僕は、怖いんだ。
聖剣を大地から抜き、腰の鞘に納める。
身体に纏わりつく重力、胸を締め付ける苦しさが戻って来た。
その重さも切り捨ててはいけない。一緒に進まなきゃ駄目だ。
赤い瞳に向かって、宣言する。
「分かった。決着を着ける」
「セリス様⁉
……僭越ながら、罠の可能性は消えていません。
皇帝はシグルド様を討った力量を備えています。
堅実な策を選ぶべきです。我らでシアルフィ城を攻めましょう。
アルヴィスを討った後、こちらに有利な戦場で残りの直系と戦えばよいのです」
オイフェがまくし立ててきた方針の方が間違いない。
だけど、それではただの仇討ちで終わってしまう。
「駄目だよオイフェ。
僕は父上を、先人を超えなくちゃいけない。
ただ跳ね除けて進むだけじゃ、今と変わらない」
一歩、前に出る。
「きっと、悪人ではない暗黒教団もいた。
そんな人達も守るには、僕自身の力を示す必要がある。
皇帝が僕等を利用するなら、こっちもそうしてやる」
「ユリス、僕はアルヴィス皇帝との一騎打ちを受ける。案内を頼むよ」
「セリスの背中は私が守る。こいつを信頼する必要は無い。
我が剣、バルムンクで余計な介入はさせないさ」
シャナンは僕に倣って神剣を納刀した。
「3日後、もう一度私が迎えに来る。
傷ついた戦士達には丁度良い休暇でしょ。
戦いだけでなく、その先の準備もしておいて。
その後の身の振り方、身辺整理をしておくといい」
ユリスが息を吐き、指を鳴らす。
「じゃあ、これで公務はお終い。
個人的な話をしてもいい?」
―――――
オイフェから魔導書の入った箱を取り戻し、話を始めた。
「決着を着けた後、私はセリス様の味方になってもいい。
そちらに直接加勢はしない。帝国側に潜んである程度コントロールする。
ただし、引き換え条件」
解放軍では出来ない、相手にとっては背後からの攻撃。
僕達は強力な継承者達との戦いに専念できる。それだけでも大きな助けになる。
兵として参加してもらうよりも有用かもしれない。
「その条件を聞かせて欲しい」
「とあるファラの末裔の蘇生を試みて欲しい。
失敗したとしても、文句は言わない」
「皇帝だけは許可できません」
すかさずオイフェが否定する。
僕もそれだけは許すつもりはない。
そんなことをするくらいなら、殺さずに仲間になってもらう。
血が滲んだ手を遊ぶように振っている。
「私が灰にする。
これで少しはあなたたちの溜飲が下がればいいけど。
個人としてはアルヴィス様を死人になってまで働かせたくない。
私みたいになっちゃうからね」
寂し気に微笑んでいる。
暗黒教団に利用させないためとはいえ、悲しいんだろう。
「……ならば、誰なんだ。アゼルも無理なのだろう」
そんな顔には、シャナンも攻め込めない。
「ズィーベン。
蘇れたのであれば、そう名乗らせる」
「帝国側の人材を残せば、統治の移行も円滑に進む。
解放軍だけが政権を取ったら、間違いなく次の戦争が起きる」
……否定は出来ない。
僕達の中で政治に関わったことがある末裔は少ない。
今は顔を合わせて話し合うことが出来るけど、将来はそうはいかなくなる。
そうなった時、上手く折り合いをつけられるとは限らない。
元々世界を邪教の圧政から解放するのが目的で、帝国の官吏を刷新するつもりはない。
そもそも、それが出来るほどの人脈や政治手腕なんてない。
今では反乱が起きているけど、二十年近く大陸を支配した制度を超える物なんて簡単には生み出せない。
……悔しいけど、アルヴィスが採用した強固な法治主義と統治法は有効だった。
僕達が制圧した後も大きな問題が起こらず統治が行われているおかげで、1年でここまでこれた。
「悪名しかないヴェルトマーを継がせるには、丁度いいでしょ?
何なら後始末だけさせて、セリス様が据えたい人材の中継として使えばいい」
元帝国所属の統治に詳しい者がいるなら、差配も上手く行く。
何より、皇帝の家は戦後非難にさらされる。
解放軍の仲間には、戦いの後にまで悲しい思いをしてほしくない。
それにしても、そんな番号みたいな偽名を名乗らせる必要はないだろうに。
……むしろ、分かりやすい罰があった方がヴェルトマーには楽なのかもしれない。
「答える気はないのか」
シャナンがわざとらしく音を立てて腰の柄を掴む。
「事情があるんだ。時が来れば分かるよ。
ちなみに、帝国には生きているファラの末裔は5人しかいない。
子供を残せない者も含んでる。
神から授けて頂いた聖炎を無駄にしないためにも、一人でも多く血縁者が必要なんだ」
……戦後、そしてその先の未来のため。
帝国の誰を残し、誰を裁くか決めなきゃいけないってことか。
僕は、誰かに苦しみを押し付けるような世界にしたくない。
昔は暗黒教団がその他の人間に、次は教団に苦しみを押し付けた。今は昔と同じ。
こんなことを繰り返し続けるのが、本当に正しいことのはずはない。
解放軍のみんななら、そんなことはしないだろう。
だけど、政務に少しでも関わったことがあるのはティニーや歴戦の猛者くらいだ。
その人達だって、本格的に関わっていたわけじゃない。
経験が足りない。元々統治を行っていた者の力が必要だ。
誰を罰し、誰を認めるか。
その基準は帝国を解放するまでに決めるべきだ。
僕には正解が分からない。絶対的な基準なんて思いつかない。
そんな他人を裁くなんて、したこともない。
だから、みんなと話し合って土台を考えよう。
アルヴィスとは違う、僕達だから出来る方法で進めたい。
他のみんなだって、立場が変わることに不安があるはずだ。
これまでみたいに、お互いの得意と考えを合わせれば良い方向に進める。
「意外かもしれないけど、うちの一門は神器をどこよりも大切に思っているんだ。
授かった神器に唯一、聖戦士の名前”ファラ”が付けられているからね。
他の家に誇示するみたいだから、内緒だよ」
ユリスは腰に手を当て、若干後ろに反りながら胸を張っている。
子供が自慢をするみたいで、なんだかこれまでの印象と違う。
「私のフォルセティにも風の勇者”セティ”が含まれている。
グランベルではと付け加えず、事実を誤認させようとしている。
貴様は傲慢だ。全く成長しないな」
「うちの家はそれ程厚顔にはなれない。
偶然十二神と被った聖風とは違う。
風神フォルセティ様が、聖風を聖戦士セティ様に授けた。
だけど、火神サラマンド様が、ファラ様の炎と名付けた聖炎と並べると思っているの?
つまらないいちゃもんのために、御名を唱えさせないで。不愉快」
オイフェが咳払いをして、言い争いを遮る。
「……これ以上誰を蘇生するか聞いても無駄なのでしょう。
空手形を信用する訳にはまいりません。その担保に何を差し出すおつもりですか」
レヴィンは顔を赤らめ、僕達の視線から目を逸らす。
ユリスは微笑んで、僕を見つめている。
「何も。
代わりにそちらにも求めない。
だからバルキリーの杖を使い惜しまなくていい。
神器を制限されたくないでしょう?」
ユリスは僕達を信じてくれているんだろうか。
だったら、僕はその信頼に答えなきゃいけない。
「口約束でしかない。お前を信じられる道理が無い」
「時に言葉はどんな約定よりも重くなる。
上位者の発言は、簡単には翻せない。最高権力者であろうとね」
「私はアズムール陛下から、ディアドラ殿下の教育係を拝命した。
在りし日に、ディアドラ王女殿下からも御子を頼まれた。
勅命に背く選択肢は存在しない。
だから、これまであなたを教導し、守り、育ててきた」
……王の言葉は、一人の人間をここまで縛ってしまう。
上位者は気軽な発言が許されない。その実例を見せつけられている。
その事実に喉が詰まり、姿勢が正される。
「お答えをどうぞ。セリス皇子」
赤瞳が、僕を射抜く。
「後日回答する。軽々しく答えるものではないだろう」
シャナンの方が合理的なんだろう。
オイフェもそのつもりのようだ。
僕は唾を飲み込み、赤を見つめ返す。
「約束するよ。
軽挙だとしても、ユリスの心意気を汲みたい。
この戦いの先にお世話になる相手は尊重しなきゃ」
赤瞳が僅かに開かれる。
僕は、グランベルの王になる。
だったら使者を勤め上げた者への義理を果たす義務がある。
なによりも、僕はこの人に仲間になって欲しい。
「ありがとう。
今度こそ話は終わり。悔いの無いよう、頑張ってね」
一歩下がり、カーテシー。
静かに天幕から去って行った。
僕の手には、汚れの無いハンカチが残っている。
それぞれの立場や事情をどう受け取るかは、読んでくださった皆さまに委ねています。
ただ、この物語は現代ではなく、力の証や神の証明が明確に存在する世界です。
そして、現代とは違って個人の証明が難しい社会でもあります。(直系除く)
その前提も踏まえていただければ幸いです。