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シャナン
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アルヴィス
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世界各地の地図や家系図が机上には広がっている。
レヴィンが持ち出した十二種類の聖痕の図柄や紋章一覧が各所を彩っている。
それぞれが故郷や地縁の情報を持ち寄り、起こりそうな問題を書き込んでいく。
お互いに指摘し合い、知恵を持ち寄り、空白が減っていく。
皆慣れない作業に苦しみながらも、目には光が灯っている。
僕も頭が熱っぽいけれど、確かな充足感がある。
これまでは、勝つことしか考えられなかった。
アルヴィスに、グランベル帝国の継承者達、そしてロプトウス。
乗り越えるべき壁は高く、楽観視は出来ない。
だけど、このまま場当たり的に動くのは駄目だ。
三日間だけだったけど、腰を据える機会を得られた。
戦後のことは、ほとんど決められなかった。
しかし、どんな問題があるのか、それだけは分かった。
そして、みんな顔を逸らさず向き合ってくれることが確認できた。
だったら、大丈夫。これまでより先に進めた。
伝令が天幕の中に入り、使者の到着を伝えてきた。
愛馬のいななきが入口から聞こえる。
天幕から声が消え、視線が僕へと集まった。
遂に、時が来た。
立ち上がり、聖剣を腰に佩く。
「みんながこのことに否定的なことは分かっている。
全く戦略的じゃない。囲んで皇帝を倒した方が確実だ。
それでも、僕はこの決闘が世界にとって必要なことだと思っている。
ただの戦士じゃない、世界を担う一人として雌雄を決さなきゃいけないんだ」
天幕の出口へと向かう。
心配の籠った視線へ、笑顔で返す。
上手く出来たか分からない。それでも、口角だけが上がった顔を返してくれた。
オイフェとシャナンが脇を固めてくれる。
伝令が入口を開き、光が目に入る。
―――――
陣の外には、四頭立ての馬車が待っていた。
ユリスとその背後に年老いた御者、それに二人の紳士が並んでいる。
この間はユリスを心配してばかりだった老人も、老練な紳士然としている。
唾を飲み込んで、馬の足を止める。
「細かい話は馬車の中で話そう。
セリス様とシャナン様の馬は同行する二人が曳いていく。
無駄に体力を消耗するなんて、馬鹿らしいでしょ」
ユリスがいきなり話しかけてきた。
まだカッチリしなくてもよさそうだ。
この前とは違い、動きやすそうな格好。
だけど、魔導兵というには装飾が多く、戦闘には向いていなさそうだ。
布や刺繍が光を受けて輝いていて、高そうだな。
……僕もそういうのを用意すべきだったのかな。
オイフェがユリスとその御付をまじまじと観察する。
「護衛が見当たらないようですが」
「私一人居れば十分だよ。
あなたたちは帝国のことを信じ切れていないよね。
配慮のつもりだったんだけど、余計な気遣いだったかな」
両手を上げて、手のひらをこちらに見せつけてくる。
「私がいる。
何があっても対処できる。今から気負うこともない」
シャナンはバルムンクの柄に手をかけている。
二人とも、僕以上に警戒してくれている。
おかげで僕は踏み出せる。
「グランベルの決闘の作法なんてよく知らないや。
馬車の中で教えてよ。そんなに難しくないといいけど」
僕が率先して馬から降りる。
下馬し、手綱を握ったことを見届けて、オイフェも渋々従ってくれた。
ユリスが下げたままの左手を小さく動かす。
控えていた者達が前に出てきた。無言のまま片足を後ろに引き、深いお辞儀を送って来る。
どう返せばいいか、戸惑っていると助け船が出された。
「この者たちは代々バーハラ王家に仕えている。
聖ヘイムの末裔でもあるセリス様相手に無体を働けるはずがない。
むしろ、こんな言葉遣いの私が誅殺されかねないね」
発言に一切反応せず、彼らが僕とオイフェに近づいて、手綱を受け取る。
ユリスが馬車の扉を開ける。
「さあ、そろそろ行こうか。
一応、摘まめる物は用意しておいたよ。
短い距離だけど、快適に過ごしてほしいからね。急だったから品質は許して。
どうせこの後は楽しくない行事。少しでも気を楽にした方がいいよ」
―――――
馬車の中は、これまで乗ったことがあるものとは全く異なっていた。
いつまでも触っていたい膝掛に、沈み込む座席。
隙間風も一切入ってこない。それどころか、薄っすら爽やかな香りがする。
街中じゃなく外なのに揺れも少なかった。なにより音が五月蠅くない。
解放した城の有力者達が乗せてくれたものでは、叫び合うような声量で会話しなければならなかった。この馬車では普通に喋れた。
こんな馬車なら乗馬するよりいい。
ユリスが毒見をして見せた後、飲み物や色々なお菓子を差し出してきた。
その中でも、蜂蜜で覆われたナッツが一番気に入った。
そればかり食べていると、後で包んでくれると申し出てくれた。
少し恥ずかしかったけど、嬉しい。
シャナンとオイフェは一切手を付けなかった。
それが正しいと思う。だけど、僕は信じると決めた。
ユリスもアルヴィスも、そんなつまらない手を打って来るわけない。
追加で、シナモンクッキーと干し葡萄を包むようお願いしたら、ミートパイやチーズも加えてくれることになった。
ユリスには、オイフェ達の好みがばれていたみたい。
それにしても、そんなものまで馬車にあるんだ。うちの食堂より種類が多い。
僕だけが甘味を食べながら、今後の流れを聞く。
とはいっても、非常に簡単なものだった。
ユリスが中央で待機し、進行する。
僕達とアルヴィスの軍が向き合い、代表者だけが中央に向かう。
その後、内容を確認し、僕とアルヴィスが残る。
最後に、指定の位置に行き、ユリスの杖の合図で戦う。
ただそれだけ。僕達が何か特別なことをする必要は無いみたい。
―――――
馬車の速度が落ちて車輪の音が変わる。
シャナンが抜刀しながらユリスと先に降りる。
シャナンが安全を確認したら、僕達が降りる。ユリスからそういう提案があった。
「何故この一帯だけ草が無い」
「延焼したら大変でしょ。この数日で片づけたんだ。
完全に平坦には出来なかったけど、公平にしようとした努力は汲んでくれると嬉しい」
窓から確認すると、かなりの範囲が土色になっている。
よく見ると、二か所だけ緑が残った部分がある。
だけど、遠く離れた部分は草に覆われたまま。
遠くには赤い旗が数多くたなびいている。
重装兵が立ち並び、騎馬はここからでは一騎も見当たらない。
ロートリッターと言えば、魔法騎兵。クロノス城で苦戦させられた。
それがいない。
僕達が手探りで未来を話し合っていた間、アルヴィスは細部にまで手を入れていた。
これが、皇帝と僕達との差。
聖剣を撫でる。
馬車内を見渡せば、尖っているものは一つも置かれていない。
必死に緊張をほぐそうとしすぎてしまっていた。
……こんな事にも、気が付けていなかった。
―――――
ユリスが先導し、僕達は進み出る。
ぬかるんでいるわけでも、砂ばかりというわけでもない。
踏み込むには丁度いい足場だ。
今日の風なら、目に入ることもない。
ユリスが軽く杖を鳴らし、足を止める。
正面から、赤い男が歩いてくる。
魔導士らしい軽装に不釣り合いな半身を覆うほどの大盾を片手で持っている。
赤い長髪を束ねることもせず、一人でこちらへと近づいてくる。
無意識に聖剣へと伸びかけた腕を止め、背筋を伸ばす。
―――――
「これより、グランベル帝国皇帝アルヴィス陛下と解放軍頭目セリス様の決闘を執り行います」
「御二人だけで雌雄を決していただきます。
神器の余波を考慮し、私含め御二方以外は距離を取ります」
「致命傷が確認されるまで、何人たりとも介入は許されません。
決着が確認でき次第、私が合図を出し終結とします」
「その後は双方軍を引き、一両日停戦するものとします」
「異論はございますか」
―――――
オイフェとシャナンが離れていく。
足音が妙に細かい。
「あの二人は後ろ歩きしてるよ。
心配なのはわかるけど、あれだと時間がかかりすぎるね」
「聞きたいこと、言いたいことがあるなら今の内。
どっちからも何をしているか分からないだろうね」
それなら、一つしかない。
「教えてくれ。母上は、悲しい思いをしなかったか」
アルヴィスは無言のまま目を閉じる。
答える気はないようだ。
「私も気になる。
数年しか関われなかったとはいえ、親しかったんだ。
アルヴィス様が失敗していないか聞かせて」
「……分からない」
「だったら、不自由はしなかったか。
王族なんだから、好きな事をして過ごせたんだろう」
「衣食住は不自由はなかった。
だが、公務で思いのまま過ごせたとは言えないだろう。
帝都で監禁されたと言われれば、否定はすまい」
「母上は政治の道具としてどうだった」
アルヴィスが目を剥く。
「違う。
ディアドラは、彼女なりに聖ヘイムの末裔の義務を果たそうとしていた。
心にも無いことだとしても、その様に申すな」
「……言いたいことはあるけど、ありがとう。
母上に向き合っていたことには感謝する。
きっと、寂しくは無かったんだと思う」
アルヴィスが振り返り、定位置へと向かう。
僕も背中を向けて、反対へと歩み出す。
―――――
離れた位置からユリスが杖を掲げる。
淡い光が場を包み、身体が少しだけ軽くなったように感じる。
公平かつ万全な状態であることを示すため、対戦前にリザーブの杖を使うとは聞いていた。
準備なんて出来ていて当然だけど、こういった体裁が必要なんだろう。
段々と優しい輝きが治まっていく。
「死力を尽くし、その血に恥じぬ戦いを期待します」
遠くから薄っすらと声が聞こえてきた。
聖剣を抜き放つ。
―――――
剣を高く掲げる。
我が身に宿る聖血に神器が反応し、光を放つ。
アルヴィスも魔導書を掲げ、同じように輝いている。
深く息を吸い込み、剣を正面に構える。
みんなと練った策を反芻する。
ファラフレイムの威力には、聖光ナーガですら並ぶことが出来ない。
その代償に聖風フォルセティのような速射、聖雷トールハンマーの精密動作は出来ない。
僕には魔防を高めるバリアリングに、ティルフィングの守護、それにユリアが命の危険を押してまでかけてくれたマジックシールドがある。
聖剣の守りを集中させるため、今日は騎馬を降りた。
これならレヴィンの推測では2回は耐えられるとなっている。
さらに厄介なことに、聖炎は担い手へと堅牢な守りも授ける。
聖斧スワンチカのように神器以外を通さない頑丈さや、聖剣や魔剣ミストルティンの魔法に対する防護には及ばない。だが、神器であろうが何発も受けることができる。
これが王族の近衛たる所以。
どんな継承者相手であろうが有利を取らせない。
たとえ敗北しても、聖ヘイムの末裔を守り切る使命を全うするための魔導書。
一太刀入れられても、足を止めたら終わりだ。
こちらはスピードと手数で立ち回るしかない。
風が僕達の間を吹き抜ける。
アルヴィスは魔力を高めることもしない。それどころか、魔導書を開きもしない。
一撃を打たせ、避けつつ切り込むつもりだった。
あちらも同じ策を取る可能性は考えていた。だけど、応撃の用意すらしないのは計算外。
……僕から攻め込むしかない。
片手で聖剣を握り、加護を受けた足で大地を蹴りだす。
―――――
走り出した途端、呼吸が苦しくなる。
奴の魔力圧が動きの邪魔をする。
バランスを保ちながら駆ける。
アルヴィスに近づくにつれ、喉が焼かれるような感覚が強まる。
速度を乗せた突きを放つ。
アルヴィスの盾に弾かれ、体勢が崩される。
思考の空白に、腹部を蹴り抜かれた。
距離が空く。
「ファラフレイム」
詠唱が終わる前に横へ転がりながら、聖剣を両手で握りこみ全開で守りを正面に展開する。
「重要な部位だけに集中しろ。シグルドはそうして防いで見せた」
背後から焼き尽くす爆風が身体を吹き飛ばそうと押してくる。
身をかがめ、背中を守る。
避けるだけでは足りない。
直撃しなくても、焼却されてしまう。
何度も打たせるわけにはいかない。
背中を押す風に乗って、距離を詰める。
―――――
避ける、捌かれる、受けられる。
傷は増やせても、決め切ることが出来ない。
相変わらず、僕を見定めるような瞳に焦りは一切ない。
僕も直撃は食らっていないが、聖炎の余波と熱で体力の消耗が激しい。
余熱というのもおこがましい熱さ。息をするたび、気道が焼かれる。
長期戦には勝ち目は無い。
今すぐ泉に飛び込みたい。
……そうだ。
この戦いは、儀式だ。いつもの戦闘とは違う。
覚悟を世界に、何より目の前の相手に示すための戦い。
背筋を伸ばし、刃を地面に立てる。
「これ以上の消耗はロプトウスに利益を与えるだけだ」
「命乞いはこの場には相応しくない」
「分かっている。そんなつもりじゃない。
貴方も聖騎士マイラの末裔なら、暗黒教団を喜ばせるようなことはしたくないはず。
次の一撃で最後にしよう」
僅かに眉が動く。
「全力で来い‼
僕にはファラフレイムを受ける義務がある‼
貴方の覚悟も連れて行く‼」
アルヴィスが盾を投げ捨て、こちらへと魔導書が構えられる。
僕は聖剣を抜き、半身を向け駆け抜ける体制を取る。
―――――
次第に喉の先、身体の奥まで圧迫感が生じる。
口から大きく息を吸い込む。
これが最後の呼吸になるかもしれない。
圧力が肩や背中を大地へと押し付けようとする。
火傷の痛みすら分からなくなってきた。
足裏へ意識を集中する。
「ファラフレイム」
詠唱と同時に正面に加護を小さく展開する。
白炎へと跳び込む。
聖剣の加護を貫く熱に身体が焼かれる。
感覚なんて残ってない。
それでも、足を踏み出す。
白を超えた先にある、赤。
そこへ突き立てる。
「ここまで……よく辿り着いた。その勇気は賞賛に値する」
「な、で……」
声が焼かれて上手く出せない。
どうして、動こうとしなかったんだ。
戦闘中に貴方も僕みたいに動き回れば、結果は違った。
魔導士は位置取りを考え続けるものだ。貴方が出来ないはずが無い。
開始地点から、ほとんど動いてないじゃないか。
頭の上から声がする。
「貴様は周りに目を配れ」
背後から別の声がする。
「皇帝陛下、お言葉はございますか」
胸の中で後ろへ顔を動かす。
無表情の裁定者が立っていた。
「無い。よしなに」
魔力が霧散し、呼吸がしやすくなった。
審判が杖を高く掲げ、癒しの光が降り注ぐ。
ヒリヒリとした痛みが生じ、身体の熱が引いていく。
突き立てたままの聖剣から、腕に伝わってくる血が増える。
一糸乱れぬ軍靴の地鳴りが遠ざかって行く。
―――――
アルヴィスが握っていた魔導書を僕の背後へと差し出す。
神器を手放そうというのに、震えもせずに腕を伸ばしている。
「確かに、承りました」
ユリスは跪き、純白の布越しに恭しく両手で受け取る。
布に包み、炎を象った彫り物が施されている箱に収める。
カタっと小さな音がこの場に響く。
聖炎がアルヴィスの手から離れた途端、刃が更に深く食い込む。
僕に覆いかぶさるように体重がかかって来る。
ユリスが立ち上がり、声をかけてくる。
「お疲れ様。これで終わりだよ」
ユリスがアルヴィスの肩を支え、僕にかかる体重が軽くなっていく。
視線だけで聖剣を身体から抜くよう促してくる。
抵抗が無く、引き抜くと立っていられず尻もちをついてしまう。
完全に重さが消えたのに、立ち上がれない。
ユリスはゆっくりと膝を折らせ、背中を地面へと静かに下ろす。
頭を膝に乗せて、彼女と同じ赤髪を撫でている。
刺繍の施されたハンカチで顔についた血が拭われていく。
あれ程大きく思えた男が一人の少女に思うようにされている。
「心残りはある? 聞くだけ聞いてあげる」
「ディアドラ……ユリア……」
「お休みなさい」
優しい手つきで目蓋を閉じる。
「セリス様は満足出来た?」
「……分からない」
「すっきりさせてあげられなくて、ごめんね」
大地へ別の白い布を敷き、頭をそっと横たえる。
眉間の間を指でほぐし、前髪を整える。
衣服を軽く整え、目立つ汚れを拭っていく。
最後に手を胸の上に組ませ、その中に真紅の椿を捧げる。
立ち上がり、こちらに癒しの杖を向けてくる。
穏やかな光が僕へと降り注ぎ、ユリスの顔が見えない。
「これから灰にする。危ないから下がっておいて」
「……そんなこと、しなくてもいいんじゃないかな」
「ほら、暗黒教団の手にさえ渡らなければ良いんだから、しっかりと遺体を管理すればいい。
皇帝だったんだし、それに相応しい扱いをしてもおかしくないよね」
「あなたはこれからグランベルの末裔を何人も殺す。
師匠、学友の息子、私の愛弟子、私の母親を殺す。
武勇に優れる高貴な敵全てを同じように扱えるの?」
「それは……」
「灰になっても、残せるものはある」
「……アルヴィスは何を残してくれたんだ」
「自分で考えて。あなたの出した答えでいい」
癒しの光が消え、ユリスが離れていく。
―――――
赤い炎がアルヴィスの周りを囲むように地面を走る。
大地に刻まれた輪を保ったまま一部が踊るように立ち上がる。
次第に熱量が増し、壁のように周囲を覆う。中央への視線は遮られ、内部は見えない。
囲んでいた炎が一点になだれ込む。
大きな花を咲かせ、散る。
熱風が吹き付け、目を瞑ってしまう。
目蓋の残光が消えると、跡には焼け焦げた地面と微かに残る白だけになった。
「それではセリス皇子殿下、失礼させていただきます」
僕へと一度カーテシーを送り、転移の指輪で去って行った。