ドズル家、エッダ家、そしてヴェルトマー家。
祐筆に任せていたお悔みの手紙を仕上げていく。
ブリアンは最後まで頑固な男だった。
皇帝の敗北により生じた混乱を収める時間を稼ぐべく、帝国の盾となった。
わざわざ御自慢の機動力が殺される山間部で逆賊の神器群へと挑んでいった。
固く、強い。
それしか取り得が無いと嘯き、豪快に笑い死地へと向かった。
今のグランベルに思う所があるだろうに、聖斧を捧げた誓いに殉じた。
文面を確認し、一筆添える。
次の手紙へと手を伸ばす。
エッダは、あの家にしか為せない仕事を済ませた後、斧を追った。
世俗に関わろうとしなかった癖に、最後は武器を取った。
スリープやサイレスといった高度な杖でドズルを援護したそうだ。
聖痕持ちすら居らず、信仰を司るのだから、戦後も生き残れただろうに。
……あたしなんかより、よっぽど聖戦士の末裔らしい。
おかげで、司祭達の手引きで帝国貴族の非戦闘員を集めて疎開させられた。
あたしもこれまでの処理とこれからの下準備が出来た。
筆を止め、窓の外を眺める。
春の気配が感じられる陽気になってきた。
署名をし、封筒にしまう。
最後の手紙へと目を移す。やけに余白が多い。
無駄な気遣いだ。送りたい奴が居なくなったから書いている。
アルヴィスは、ようやく止まれた。
騎士達は遺体の代わりにディアドラとの誓いの指輪を持って帰ってきたそうだ。
恐らく、ユリスが焼却したんだろう。首を晒されなかっただけマシだと思うしかない。
……喪に服してやることも、出来やしない。
それどころか、巷ではこれで世界が救われるだなんて持て囃されている。
全く、ファラの系譜らしい最後だ。
筆にインクを付け直し、試し書きをする。
清書をし、押し花を同封する。
あたしには無理だ。
世界なんぞよりも優先すべきことがある。
息子すら遠ざけ、その先に何があったって言うんだい。
髪をかきあげる。
業務は、まだ残っている。
―――――
内務の書類へと目を通す。
賊軍が帝国領内に侵入したせいで出費が増えた。
戦死した遺族への弔問金、軍を立て直すための費用、街道の賊の増加。
直接利益を生まない部分ばかりが金を要求してくる。
取り分け、レンスターの北トラキア王国を失ったのが痛い。
あそこは肥沃な土地を持ち、自由都市のミレトスと帝国の中継地にもなっていた。
帝国東部から商品を持ち込み、帝都を挟み、ここを通ってアグストリアへ。
あの属州と流通経路を牛耳って得ていた資金でフリージを帝国筆頭の家に出来た。
義父様の望みであった三代先まで崩れぬ盤石な地盤。それが結実したというのに。
その余裕のせいで、あいつが育成に熱を上げ、自身は軟弱になっちまったがね。
指輪を撫でる。
不幸中の幸いだが、この戦いは長引きそうにはない。
御伽噺の聖戦と同じく、全ての神器と邪書が投入されているからだ。
数など意味をなさない。舞台には、聖痕持ちか精鋭中の上澄みしか上がれない。
そこに立てたとしても、精々は端役。継承者以外は脚光を浴びることは無い。
あたしはクロノスで賊軍と一度かち合った。
それぞれは一流以上の力量を備えている。それは認めよう。
奴らは戦士が多く魔法を苦手とするようだ。
あたし達のように魔道兵の育成と教育が出来ていない証拠だ。
所詮、寄せ集め。如何にも賊らしい。
加えて、リデールの一撃離脱で消耗させられるのにも慣れていなかった。
騎兵と歩兵の足並みが揃っていない。
これならいくらでもやりようがある。
間に合わせは、王道には勝てない。
それを覆しちまうのが、神器ってやつだ。
全く、この世は血に支配されちまってる。アルヴィスの言う通りだよ。
だが、それ以外は地獄へ突き落す。
引き出しを開け、布に包まれた魔導書を机上に置く。
長年の付き合いで手触りが変わり、刺繍が少しだけほつれちまってる。
全てが上手く行ったら、送り主に直させてやる。
ついでに、正しいイニシャルのものも追加で繕わせるか。
……らしくない。今日は気が逸れてばかりだ。歳のせいだね。
刺繍布だけを懐にしまう。
ユングヴィ家のスコピオには既に連携を取り付けてある。
あたし達が賊軍の前に立ちはだかる壁となり、背後から射かける。
典型的な鎚と鉄床。同じ兵種混合軍でも、奴らには真似すらできない。
弓家の騎兵による射撃。
歩兵の足では追いつけず、奴らは騎兵の一部を割いて反転せざを得なくなる。
普通なら、壁となる重装兵は騎兵を見送ることしか出来ない。
だが、あいつが鍛え上げた騎士団は一味違う。
神器の一撃相手ですら戦線を維持できる兵。
あいつやイシュタルの雷槌を用いた鍛錬で磨き上げた。
加えて、如何なる武器をも使いこなす練度。
その二つを両立した、正しく世界最強の騎士団を作り上げた。
転身した敵の背を上級雷魔法で消し炭にしてやれる。
それにしても、本当にあいつは継承者らしくない。
トールハンマーを活かすなら、自分以外は騎兵で固めるべきだった。
側にいれば神器の余波で吹き飛ぶのだから、そこから逃げた敵の掃討に努めさせるべきだ。
現にイザークとエッダ家以外はそうしている。
いざという時は切り捨てるべき配下達にも自衛できる力を、なんて甘い理想を実現しやがった。
それで兵種をバロンにするだなんて、水準が自分基準だ。その上、過保護が過ぎる。
どれ程家計を圧迫したのか、分からなかったんだろうね。
包んでいた布を外し魔導書を撫でる。
そういえば、これもあいつから貰った物だ。
その時はボルガノンがあったから、あたしには必要なかった。
その時点ですらいい年だって言うのに、お揃いがいいだなんて押し付けてきた。
あんたにも聖雷があるんだから、そんなことにはなるはずないのにね。
巡り巡って、使う羽目になるとはね。
ため息が漏れる。
残してくれたものは、減らしたくない。
―――――
ほとんどの執務を片付け、最後の仕事に手を付ける。
イシュタルは子供狩りで集めた者をエッダの教会に匿っている。
護衛を付けて、あたしや暗黒教団に手出しをさせないようにしている。
だが、あれでは押し込むといった方が正しい。隠れられていない。
言ってしまえば、暗黒教団からの批判材料をわざわざ作っているだけだ。
あれ程の人数が帝都にたどり着けないのであれば、何があったか明白だ。
手配も甘い。
流れた資金を見れば、籠城した場合の子供と護衛の食料や日用品には足りるだろう。
だが、その後の心付けが勘案されていない。
無一文の餓鬼など、どこも面倒を見る訳ない。せめて身元の明らかな者が必要だ。
予算を当主の名前で組んでやらなくちゃならない。
配下を靡かせる工作も全く足りていない。
当主代行の意向に背くなら継承者と言えども実働部隊が必要だ。
いくらユリウスが肩を持つとはいえ、家中のことには口を出せない。
この忙しい時期に、信頼の置ける者を聖堂付近へ送りやがって。
それで自分の脇が甘くなってどうする。もっと味方作りをするべきだ。
実の娘には、仕込み切れなかった。
あの子はあいつに似て慈悲の心が強すぎる。
それのおかげで征服された側であるマンスターでも受け入れられたんだろうね。
イシュトーもだが、あたしの腹から産まれたとは思えない程、フリージらしい娘になっちまった。
……手を緩めてしまったあたしに非がある。
この数か月では補い切れなかった。
ユリスに手を回すよう言ってあるから、あの子だけになっても問題は無い。
思えば、イシュトーはあたしに、イシュタルはあいつに似た。
後ろ暗いことも理解し、飲み込めたイシュトー。
家の中ではあたしの考えを一番理解を示していた。
……第一子なのに継承者として産んでやれなかった。
あの子に実績を積ませるために、各国の中間地点で難しいメルゲンを任せちまった。
それでも征服地のメルゲン城で慕われていたのは、あの子の努力の賜物だろう。
賊共が来るまでは十分以上に役目を果たしてくれていた。
目が離せない子なら、今もここに居られた。
そうでなくとも、あいつの手元に置かせ続けられた。
……良い奴程苦しみを背負う世の中だ。
懐にある雷があしらわれた香油瓶を撫でる。
底に刻まれた拙い字を指先でなぞる。溝が滑らかになり、微かにしか感じられない。
ティルテュの扱いのせいで、子供達はあたしから遠ざかったんだろうね。
家族愛の強い家には、酷だろう。だが、必要だった。
あの子達にはヴェルトマーの血も入っているんだから、割り切れると思っていた。
先代当主へ反逆した娘なんぞ、外交の弾にもなりゃしない。
元エッダ家当主のクロードと出奔したのも不味かった。
おまけに子供をこさえて、その娘は聖痕を授かっていやがった。
あれでは降嫁させることも、処分することも出来ない。
ヴェルトマーなら裏で生産機にしただろうが、ここでは無理だ。
ティルテュは一族の側仕えとして家においてやった。
だが、それでも冷酷だとまだ幼いあの二人に罵られた。
同じ血族なのだから、同じような生活をさせるべきだと訴えてきた。
却下すると魔力を高め食ってかかってきたから、それ以上の力でねじ伏せてしまった。
母親なら受け止めてやるべきだった。
あたしはそれ以上に、魔導士ってことだろうね。
垂れ下がった髪を撫でる。
昔よりハリも艶も減ってしまった。
だけど、魔力が強すぎるイシュタルの孤独を和らげてくれたことには感謝している。
身分や扱いが変わったのにもかかわらず、持ち前の五月蠅さであの子に構ってくれた。
娘のティニーは大人しいが、イシュタルの側に居続けてくれた。
滲み出る魔力圧は恐ろしいだろうに、あの子が寂しがらないように耐えていた。
……ティルテュが病にさえ罹らなければ、ユリスとも再会できただろうに。
秋の終わりに、高熱を出しながら仕事をしていた。
感染の危険性を避けるため、ティニーと引き離し自室に一人で療養させた。
聖痕があるのだから、平民よりも丈夫だ。それで十分だと思っていた。
寒さが深まる直前、ここより温暖なメルゲンへと一族が避寒する頃だった。
先に皆を送り出し、あたしだけがフリージの残務を処理していた。
あの娘が死んだ。
状況を調査した所、あの娘を恨んだ同僚達の仕業だった。
食料や医薬品の量を絞っていたそうだ。
そのことを笑顔で報告され、浮いた費用を返金してきた。
あたしの浅慮が招いたことだ。
ここはフリージ、ヴェルトマーとは違う。それが理解できていなかった。
先代当主に付き従った者の妻や娘、ティルテュを恨んで当然だ。
あたしがここの基準であの娘を冷遇したせいで、許可だと思わせちまった。
彼女達へは厳重注意と緘口令を出した。事前報告をせず独断で動いたことだけは罰した。
後処理のため、あたしだけはフリージで越冬することになった。
冬が明け一族が戻り、ティルテュの死は広まった。
いつの間にか、あたしが一族がいない間に殺したことになっていた。そう見えるだろうね。
葬儀もせず、埋葬地を秘匿したことには、ブルームも怒っていた。
あいつだけには必要な部分だけを説明したが、他には一切伝えない。
あいつはそのことに涙を流していた。
おかげで、あたしの命令には皆が黙って従うようになった。
幼馴染に遺体を焼かれる世の中だ。
墓に入っても静かに眠るなんて出来やしない。
あの馬鹿娘には、今の世界は殺伐とし過ぎている。
あれで良かった。
……どうあれ、あたしが燃やすべきだった。
どれ程年月が経とうがあたしは中途半端なまま。
現世の後始末を押し付けちまってる。
扉が叩かれる。
筆先は乾き、紙の上に染みを作っていた。
―――――
部屋の中に老人が入って来る。
以前より頬がこけ、フェリペの身だしなみは乱れている。
邪教に気づかれないようシアルフィから潜伏してきた可能性がある。
事前の通達は無かった。礼すら省き、急いで密談を希望してくる。
アルヴィスの片腕だったとはいえ、無礼が過ぎる。
昔の騎士団では、明るくひょうきんな役回りを務めていた。
マントに施された花の刺繍を見せびらかしていたのを覚えている。
だが、ファラの系譜への礼節は弁え、一線を超えることは無かった。
それほど急を要する事態か。
指を鳴らす。
部屋に控えていた者達は早足で退出していった。
「ご無沙汰をしております、ヒルダ様。
お時間も無いでしょうし、単刀直入に終わらせましょう。
ユリア様が発見されました。保護をお願いします」
生きていたのか‼
……いや、そんな場合じゃない。
ナーガであれば邪竜を確実に倒せる。
このタイミングということは、フェリペはユリウスを排する心積もりか。
だが、何故今になって動き出す。それに保護とはどういうことだ。
指で続きを促す。
「現在ヴェルトマー城に囚われていらっしゃいます。
邪教の術で意識が薄弱にされているとの情報が入っています。
聖書に触れることを恐れているからだと考えられます」
ナーガはバーハラにあるディアドラの霊廟に祀られている筈。
そこへ辿りつかせないためか。
だが、何故処分しない。奴らの神の敵対者にして天敵だろうに。
「ズィーベン様は禁忌で邪血を持続させるためと仰っておりました。
ユリア様の持つ聖ヘイムの血が広まらぬよう、ユリウス様との間にだけ子供を作らせるつもりとのことです。
そうなれば、聖ヘイム、聖ファラ、ロプトのどれかの直系が産まれます。
不必要な聖痕は間引かれるのでしょう」
ユリスは既にヴェルトマーと接触しているな。
ここでもそちらの名で呼ぶということは、邪教から疑われているに違いない。
ユリスが動けないからあたしを頼ったという訳か。
「不遜にもディアドラ様の息子を名乗る不埒者が迫っている。
そちらを優先すべきだ。頃合いを見てユリアは保護してもいい」
弟の娘なのだから、出来ることはしてやりたい。
だが、アルヴィスが倒れ、今やイシュタルしか帝国所属の継承者は居ない。
あの子は帝都にユリウスと控えている。
教団の力が高まっている中、藪をつつく訳にはいかない。
「……そうで、ございますか」
「あんたはこの後どうするつもりだい?」
「どうにかして救出いたします。
アルヴィス様のご息女にして、聖マイラの末裔を守ることこそ我らの使命です。
ヴェルトマーが無くなろうが、変わりません」
こいつの一派には打つ手が残っていない。
あるいは、あたしを見限って答える気が無い。
どちらであろうが構わない。
「だったら、一つ仕事を任せたい。
代わりに解放軍との繋ぎを付けてやる。
奴らもナーガを喉が出るほど欲しいだろう」
「ナーガの真実の在り処であれば、アルヴィス様より授かっております。
ですが、私共はおろか、ヒルダ様も解放軍との伝手は無いのではないのですか」
バーハラには無いのか。
それとも、あたしに処分されないための虚勢か。
「この城に居な。戦わず、聖堂で待っているだけでいい」
引き出しの奥から、小箱を引き出す。
その中から二枚のハンカチを取り出す。
それぞれに縫い付けた、I.とJ.の刺繍を見せつける。
「……なっ‼ まさか‼」
箱を中へと戻し、ハンカチをフェリペに差し出す。
震える腕で受け取られた。
―――――
城の中庭には鎖帷子を身に着けた騎士団が待機していた。
昇りたての日を受けて鈍く輝いている。
石段の上に立ち、咳払いをする。
「あんたらには死んでもらう」
鎧が擦れ、金属音がする。
口は開かず、直ぐに静寂が戻った。
「六つの神器が襲い来る。有り体に言って、捨て駒だ。
万が一、勝ったとしてもあんた達に大した実益は出せない」
改めて口にすると、馬鹿らしい。
「そんな戦に付き合いたくない者は、大聖堂に行け。
罪には問わない。あたしの命令として処理させる。
フリージ当主代行として保証してやる」
「子供狩りで集められた餓鬼共がいる。賊軍もそこには手を出さない。
兵力を温存し、イシュタルの治世でその腕を振るいな」
一人が短く声を上げる。
この間娘が生まれた奴か。疎開に反対していた。
視線を向けると発言を開始した。
「質問よろしいでしょうか」
「構わない。
この期に及んであたしは何も隠すつもりはない。どんなものでも答えてやる」
「じゃあ、何のために出陣するんですか?」
力ばかりで、礼節が欠けている。
蛙の子は蛙。最精鋭ですら、あいつみたいな有様だ。
取り繕うなら最後までやれ。
「帝国を守る、なんてお題目じゃなく正直に答えてやる。
イシュタルの生存率を上げるためだ。
あの娘の強さはあんたらも嫌というほど知っているだろう。
だが、余計な雑草は刈り取っておくに越したことはない。
継承者は無理でも、聖痕持ち程度は全て脱落させる」
別の奴が腕ごと振っている。
こいつは魔法が得意だったはず。
「聖堂に行った後の命令は無いんですか? その後は自由なんです?」
こいつらにとっては重要なことだろう。
先のことを考える頭があるなら、幼稚な振る舞いはするな。
「イシュタルに従え。
あの娘に万一のことがあれば、ティニーが賊軍にいる。
トードの血が絶えることはない。聖血を引く者こそがフリージ当主に相応しい」
跳び上がりながら、手を上げている奴までいる。
鎖が耳障りな騒音を立てている。
槍の腕が良かったはず。無駄に体力を使っていやがる。
「どうしてトローンを携えているんですか?
ヒルダ様にはボルガノンの方がいいでしょ?」
包んでいる布の厚みから感づいたな。
目敏い奴だ。
ふざけた態度の癖にあたしの装備を観察していやがった。
「仮にも雷門を率いるんだ。
それに相応しい装いってものがあるだろう。
中身は外様で気に食わないだろうが、我慢しな」
これ以上稚拙な質問会を続ける必要は無い。
あいつの手抜かりばかり目立って仕方ない。
手を一度叩く。
一瞬で姿勢を正し、微動だにすらしなくなった。
出来るんだったら最初からしておきな。
「無理に付き合わなくていい。
フリージは誤りを正す雷、その心意気に従えばいい。
どうせこの場に残った奴は死ぬ。恥じる必要はない。とっとと行きな」
ざわめきがまた広がった。
―――――
金属音が止まない。
兵がお互いに顔を見合わせ、様子を窺っている。
少しした後、前列の一人が歩み出る。
胸に手を当て、口を開いた。
「ヒルダ様、何故その様に仰るのでしょうか」
壮年といって過言ではない。
腰が痛いと常々言っていた奴か。
「あたしは賊軍の足を止める。
覚悟の足りない奴が土壇場で逃げれば、穴が開いちまう。
一度崩れれば神器相手に立て直せない。ユングヴィも巻き込んでお終いさ」
「それはよろしいのですが、何故我らを疑うのでしょうか。
我々は何十年もの付き合いでしょう」
あんたらの忠義はフリージ家に捧げられている。
あたしにじゃない。そこをはき違えるつもりはない。
「篩にかけているだけだ。
正当な次期当主はイシュタルだ。その繋ぎが食いつぶしてどうする」
「ヒルダ様の仰る通り、我らは誤りを正すべきだと考えます」
頭を下げ、不服そうに隊列へと戻って行った。
最年長がこれでは誰一人として付き従いそうにはないか。
それでも構わない。
あたしの悪名は世間に広まっている。
悪女に従わない清廉さを膾炙させるにはおあつらえ向きだ。
あの子に残してやれるものも多くなる。
馬にでも乗って賊の意識をあたしに集めればいい。
何なら、ティニーあたりと一騎打ちでもすればどう転んでも家名は汚れない。
後列にいた兵が前に踊り出てきた。
跳ねていた奴だ。
「先輩‼
大事なことはちゃんと言いましょうよ。
難しいこと言っても伝わんないですよ」
本当に戦いのことしか教えていなかったらしい。
制御の出来ない力なぞ、何よりも恐ろしいというのに。
「敵討ちには堂々と行きたいです‼
そんな聖堂に潜んでヤらなくても、俺達なら出来ます‼
俺達を置いて行かないでください‼」
「遊びじゃない」
「当たり前ですよ‼
仲間たちの、何よりブルーム様とイシュトー様の恨みを果してません‼」
「それに俺達が隠れてたらヒルダ様でも殺されます。そんなの嫌です‼
これ以上増えたら、何人分の落とし前を付けなきゃ分かんなくなっちゃいます‼」
その兵の背が別の者に蹴飛ばされる。
今度は腕を振っていた奴か。
「馬鹿ですが、こいつの言う通りです。
正しいことを私達にさせてください」
邪教に加担した者に正義などない。
子供にでも分かる理屈だ。
「大切な人達の仇を討てないなんて、間違っています。
奴らを不意打ちで殺すよりも、正面からぶっ飛ばす方が気持ちがいいに決まっています」
「聖堂には他の奴らを向かわせればいいでしょう。
私達のようなブルーム様の秘蔵っ子だけの特典として、連れて行ってください」
こいつはイシュタルへ武力を残す必要性は理解しているようだ。
あいつとイシュトーが好かれていたのも分かった。
その威光が今でもあたしの権力基盤を支えてくれている。
そのことに悪い気はしないが、合理的ではない。
所詮戦士でしかない立場だからこその発言だ。
そいつの肩が叩かれる。
最初の兵がそいつを後ろへと促す。
「報復だけではありません。
死地に赴く貴女様を一人で送り出すなんて出来るはずがありません」
片腕をゆっくりと持ち上げ、背後にいる兵達を示す。
その動作に合わせて姿勢を正し、手を胸に当てている。
その全てに見覚えがある。随分と減ってしまった。
賊が台頭する前は、中庭には収まらない人数が居た。
「ヒルダ様がフリージにいらっしゃってから産まれた者もここにはいます」
嫁いでから30年以上経っている。
そんなことは当たり前だ。何が言いたい。
「我らの太母に置いて行かれたくないのです。
どうか、貴方様の旗の下に集うことをお許しください」
真面目腐った顔が並んでいやがる。
中には瞳が濡れている者まで居る。
本気で言っているつもりらしい。
……アルヴィスが末裔としての責務を憂うのも無理はない。
こいつらは私情でしか動こうとしていない。世界のことなんざ、一切眼中に無い。
血は引いていなくても、トードの系譜を奉るなら相応の志を備えるべきだ。
それなのに、母離れすらしようとしない甘ったればかりだ。
これ以上止めても利は無い。
こいつらの勢いを削ぐだけだ。
聖炎と並び称される武器相手に士気低下は致命的だ。
多少頭が緩くなきゃ挑む前から挫けちまう。
それにこいつらがあたしの管理下から外れた時、どうなるかも計算できない。
イシュタルがこいつらに焚きつけられても困る。
余計な介入さえなければ、あの子はあたしが死んでも怒りは抱かない。
あたしの側にいた時は、あれ程懐いていた父や兄の死にも耐えられていた。
それに上手くいけば、あの子はティニーとまた一緒にいられる。
本当に、どうしようもない連中だ。
こういう所ばかりがあいつに似る。
「支度しな。
遺書は聖堂に預ける。さっさと用意して来い。
どうなろうがこの戦で恨みの応酬は終わりにする。下手なことは書くんじゃないよ」
中庭が駆け足で荒らされていく。
片づけをするのが誰か、分かっていない。後片付けが増えちまったね。
家によって独自の特色があるようにしたつもりです。
原作もグランベル各公爵家には○○(色)+リッター(騎士)があります。例:ロートリッター。
日本史でいう、三河武士とかそんな感じでしょうか。世界史なら、十字軍とかですかね。
忠義って、従うだけじゃないですよね。それがトップにどう思われるかも別です。