セリスは父の故郷シアルフィ城でアルヴィス皇帝を撃破し、そのままグランベルを北上。
数々の公爵家を倒し、帝都バーハラへ迫ろうとしています。
ユリウス
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イシュタル
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アリオーン
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午前の日差しが部屋へ優しく差し込む。
ズィーベンが淹れた紅茶が湯気を立てる三つのカップが机に置かれる。
その香りがほんの少しだけ肌寒い春の陽気を和らげてくれる。
口に含めばイシュタルの顔色も良くなるだろう。
「ユリウス様、私がヴァイスリッターを率いて解放軍と対峙します。
しばらくお傍を離れることをお許しください」
失笑してしまう。
「どうしたイシュタル、何を慌てている」
この場に揃った三人の継承者が居れば、奴等は問題にならない。
最強の魔法戦士に、天を制する竜騎士。
改めて明言するまでも無く、神である私だけでも十分だ。
「どれほどの数で来ようとも私を倒すことなど不可能なのだ。
わざわざお前が出ることも無い」
アリオーンも眉をひそめている。
私の考えと同じようだ。
「はい……それはよく分かっています」
カップへと視線を落とすイシュタル。
理解しているのであれば、沈痛な顔をする道理はない。
そして、私の顔色を窺う必要もない。
一度目を瞑り、こちらに向き直った。
「ですが、私にもフリージ家の誇りがあるのです」
聖戦士の末裔は無駄な矜持を持つ。
弄ぶには良いが、配下がそれにこだわるのは問題だ。
貴ばれるのは我が血だけで良い。
「両親や兄を殺されておめおめとは生きていられません」
……親か。
父上はバルドの末裔に討たれたと聞いている。
死体すら残らなかったと報告を受けた。
神器同士が対峙したのだから当然だ。
ユリスは何一つ持ち帰ることが出来なかったと言っていた。
私を遠ざけ、無駄に形式にこだわった愚か者。
決闘などという馬鹿げた真似をせず、援軍を呼べばよかったのだ。
ファラフレイムを託すこともしてくれなかった。
使うことは出来なくても、任せて欲しかった。
そのせいで在り処も分からない。大方、解放軍に奪われたのだろう。
私に何も残してはくれなかった。
ヒルダはイシュタルに魔法の指輪と嫁入りのハンカチを送ったというのに。
「どうか戦う機会をお与えください」
頭が下げられ、イシュタルの顔が見えなくなる。
「お前は死に急いでいるようだな」
王家の騎士は精強だが、継承者には及ばない。
筆頭の天馬三姉妹であっても精々一つの神器の足止めをするくらいだろう。
機動力を生かし奴等の頭を超えて征服された城を取り戻す程度にしか使えまい。
事実上、イシュタル一人で解放軍を相手取ることになる。
ミレトスでの戦闘では、フォルセティとミストルティンを相手取って片方も殺すことが出来ていなかった。
我が洗脳の影響があったとはいえ、その程度の成果も上げられないのであれば解放軍全軍相手は危険だ。
出向く必要性など無い。なぜわざわざ出征しようとする。
イシュタルすら私から離れようとしているのか。
「何故だ。私から逃げたくなったか」
イシュタルが目を伏せ、指先でこちらに触れてくる。
冷たく震えていて、私の熱を奪っていくようだ。
「いえ……そんなことは……。
私はユリウス様を愛しております」
「ふっ、まあいいさ」
イシュタルまでも私の元から行ってしまう。
懐にしまった書を包む布を外す。
表紙に触れた途端、人間の視座から離れ、全てを見下ろす感覚が強くなる。
今一度洗脳し、我が命に従わせるか。
……それでは有象無象と同じ扱いだ。
イシュタルとアリオーンだけには出来ない。
「戦いたければ、好きにしろ。止めはしない」
「はい……申し訳ありません。
メング、ブレグ、メイベルをお借りします」
イシュタルが椅子から立ち上がろうとする。
「主催からの終わりの合図はまだ。ヒルダ様から何を教わっていたの」
私の背後からズィーベンの声がした。
―――――
イシュタルは軽く唇を噛みながら席に着く。
「ユリウス様、退席してもよろしいでしょうか」
「そうじゃないでしょう。あなたはフリージ。自分で言ったばかり」
随分と今日は口うるさい。
最近は飛び回ってばかりでお小言を聞く機会も減っていた。
改めて考えてみれば、邪魔だな。
「自殺なら一人でやって」
「……‼
ユリスさんにも分かるでしょう‼」
私の全力にも匹敵しうる魔力圧が場を押しつぶす。
アリオーンだけが腰を上げ、机の紅茶が揺れる。
書が無ければ冷や汗をかいていたかもしれない。
「全然。
真意を誤魔化して伝える方法でも教わったの?
ヒルダ様の大得意だったもんね。
相手に歩み寄りを強制する傲慢さも身に付けられたみたい」
イシュタルは魔力を弱め、片手を前に出して規則正しく動かし始めた。
以前ズィーベンが語っていた対人戦での技法か。
相手の意識をそちらに割かせつつ挑発する手法。
そういえば、ヒルダは学生時代に決闘で士官学校を制圧したとも言っていたな。
ミレトスでの戦いの後、フリージ城で戦闘技術を学んでいたのか。
折角だから、間近で観察してやろう。
イシュタルは横目でアリオーンを窺っている。
そちらに顔を向ければ、完全に机から離れて中腰になっていた。
だから魔力を弱めてやったのか。相変わらずの気遣い上手だ。
アリオーンはこの場で唯一の戦士だから許してやろう。
我々のような魔力に対する抵抗が弱い。
だが、空の王者とも言うべき男が無様だ。
女二人の口論如きで臨戦態勢に入っている。
武器が無いせいで様子をうかがうことしか出来ない。
正しく翼を捥がれた竜、それではもはや蜥蜴だな。
「傍系でしかない貴方が私の力量を侮るのですか」
顔を戻せば、イシュタルの手は別の動きをしていた。
一種類ではなく、様々なものを織り交ぜるのだな。
型のような決まりがあるんだろうか。
アリオーンが披露してくれた槍術にも多種多様なものがあった。
法則性があれば、何か意図があるのではないかと感じさせられるのだろう。
小手先の技だが、目の当たりにすると確かに気にはなる。
案外馬鹿には出来ないのかもしれないな。拮抗した力関係では使えるかもしれない。
だが、私にはそんな小細工、必要は無い。
イシュタルは言葉と動きでズィーベンを封じるつもりだ。
この場でズィーベンだけは直系ではない。
それに対して、奴は反論のしようがない。
生まれつきこちらの領域には立ち入れないと決められている。
だから魔力をさらに弱め、相手に思考する余白を戻してやったのだろう。
こういうものも悪くはない。
いつも私達に講釈を垂れるズィーベンには良い薬だ。
「継承者でしかないあなたは力量を把握できてないんだね。
授けられた武器を自分の力だと勘違いしちゃったの?
神器を手放すのも一苦労なんでしょ」
私達の肩が跳ね、イシュタルの手が止まる。
……中々悪くない挑発だ。
神器を使うことすら出来ない者にしか出来ない煽り文句だ。
だが、最弱の駒が吐けば滑稽でしかない。
魔力圧をほとんど消し、イシュタルの手が別の軌道を描き始めた。
「足りない力で何が達成できるというのですか」
「ヒルダ様のことが本当に嫌いなんだね。
皇子とトラキアの王子の前で死んだ母親の批判なんて、冷血。血は争えないね」
明るく軽い調子での返答。
イシュタルの瞳が見開かれ、発されていた圧力が完全に霧散する。
整った顔から表情が抜け落ちていく。
「笑いなよ。
最高の一手を打てたんだから、喜びを目一杯表出しても許される。
敵でもないんだから、誰もはしたないとは思わないよ」
イシュタルの口が開いたまま固まる。
「邪魔な女が居なくなり、実権があなたの元に転がり込んだ。
フリージの汚名を全て押し付け、あなたは綺麗なまま当主の座に着く。
城を取り戻せば領民の支持も最高潮。美しいマッチポンプ」
息が詰まる。身体が椅子に縫い付けられる。
急いで懐の書を握りしめ、黒龍の守りを展開する。
瘴気ですら緩和しか出来ていない。
想像以上だ。
認めよう、イシュタルは魔力だけなら私を超えている。
遂にイシュタルは席から立ち上がり、後ろ歩きで距離を取り始めた。
目だけは私の背後にいるズィーベンを睨みつけ、一挙手一投足を観察している。
そのまま魔導書へと手を伸ばす。
「そこまでだ。それ以上の侮辱は許さない」
アリオーンがイシュタルの前へと躍り出て、二人の間に割って入る。
それでもイシュタルから発される圧は増すばかり。
凄まじい胆力だ。
徒手で今のイシュタルに背中を晒している。
私でも苦しい。こちらも瘴気を濃くしよう。
アリオーンは私とその背後を睨みつけている。
「侮辱なんてしたつもりはないよ。賞賛と教育」
嘲笑と皮肉に満ちた発言でしか無い。
事ここに至ってもまだ続けるか。面白い。
アリオーンの表情が憤怒に染められる。
その背後のイシュタルはどの様になっているんだろう。
直接見られないのはつまらない。特等席で普段は見られない顔を眺められたというのに。
後ろからユリスのわざとらしいため息が聞こえる。
「これは私の手抜かりだね。
私もあなたたちを過剰評価していた。謝罪します。申し訳ありません」
まだ煽るつもりか。
だが、それでこそ我が眷属に相応しい。マンフロイよりも好ましい。
奴には遊びが少なすぎる。私に捧げる喜劇が足りない。
「でも、弁解の余地もある。
同年代の教育なんてそう経験するものでもない。
まあ、いきなり殴り掛からない程度には躾けられただけでも良しとして。
片手間の割には、まともになれたでしょう?」
最上の戦士の顔が面白いように変わっていく。
磨き上げた肉体でさえも、言の葉で翻弄されていく。
それを最前列で味わえる機会など、滅多にあるものではない。
「どうやら私の誠意は伝わっていないみたいだね。
説明と今後についての講義をしてあげる。
皇子のお時間を割いているんだから、手早く終わらせよう」
背後から手を叩く音が一度する。
「紅茶を淹れ直してあげる。三人でテーブルの片づけをしておいて」
目を動かせば、机上には倒れたカップと茶色の染みが出来ていた。
ズィーベンが立ったままの継承者達の横を通り、扉の外へと出て行った。
―――――
再び紅茶がそれぞれの前に置かれていく。
結局さっきは一口も飲まずに終わった。
「先に明言しておくけど、イシュタル様の出撃を止める訳じゃない。
やるんだったら、リターンを大きくするべき。
私の口から講評してもいいけど、角が立ちすぎるね。
比較的冷静なアリオーン様に任せよう。先程のままならどうなるか予想して」
客観的な視点から冷や水を浴びせ、イシュタルを宥めるつもりか。
ここに留めるには丁度良い。
「あくまで、戦闘だけに限った評価だ。悪く思うなよ」
「……ええ、分かっています。
どの様な発言でも甘んじて受け入れます。
トラキアではお互い争うこともありましたが、だからこそアリオーン王子の腕前を信じられます。
何といっても、数少ない私が落とし切れなかった方の言葉なんですもの」
落ち着いたようで、イシュタルは微笑を浮かべている。
アリオーンが帝都に来る前にも親交があったのか。
これからは距離を取らせるべきだ。
「解放軍の神器群に対し、トールハンマーは相性がはっきりと分かれる。
効果不明のバルキリーの杖は保留とするぞ」
アリオーンは三本指を立てた。
「性質上、風魔法のフォルセティには苦戦を免れないだろう。
ティルフィングやミストルティンは加護で魔法への耐性が高い。
これらに対しては不利であると言わざるを得ない。
この三種を同時に相手取ることは難しい。相打ちは見込めるだろう」
相打ちでは不味い。
「……その通りかもしれませんね」
アリオーンの分析で頭も冷えたことだろう。
私と帝都で待ち構えていればいい。それどころか、王宮の奥で休んでいればいい。
ヒルダを失った悲しみに暮れていてもいい。
そうすれば、それらとぶつかることは無い。
周りに目を向けられるようになる頃には私が全て終わらせておく。
「反対に、それ以外には有利に立ち回れるだろう。
イチイバルは遠距離から狙撃出来るが、聖雷であれば矢を逸らすなど造作もない。
以前の訓練でグングニルの投槍の軌道を変えたのだ。自信を持っていい」
「バルムンクの速度にもお前なら対応できるはず。
我が天槍よりも速さの加護が厚いが、お前の技量とトールハンマーなら捉えられる。
トラキアで私はシャナン王子に対応できた。恐れることは無い。
相手の思考を読み、移動先を誘導してやって詰めればいい」
「ゲイボルグに関しては言うことは無い。
魔法に対する耐性も無く、聖雷を避けることも出来まい」
それで妹を庇ったつもりか。
我らにとって破壊力以外地槍に見るべき部分は無い。
だが、あからさま過ぎる。アリオーンが命乞いをするのであれば、助命は考えてやろう。
「お前達には悪いが、天馬三姉妹は継承者に対する戦力として不十分だ。
連携や技量には舌を巻くものがある。
トラキアにはあれ程の飛行兵は父上と私以外にいなかった。
王家の騎士団であるヴァイスリッターは伊達ではないと驚かされた。
だが、相手が悪すぎる。直系相手以外であれば戦功をあげられるだろう」
何を詫びることがある。傍系でしかない雑魚なのだから当然だ。
「あの子達の故郷シレジアはシグルド軍のせいで戦禍に巻き込まれました。
そのせいでセティの系譜なのに、酷い境遇に追いやられていたそうです。
ただでさえ、解放軍に対して胸中穏やかではなかったのです……」
「……分かっている。聖痕を持っていると聞かされた」
「あの子達はフリージで育ちました。
父上から戦士として、母上から貴族としての教育を受けました。
彼女達も私と同じ気持ちです」
「……そうか」
「……あっ、ごめんなさい。王子も……」
「生き死には戦士の常だ。父上は王として立派に勤め上げられた」
気に食わない。
何故、二人は通じ合っているかのように振舞うのだ。
「皇子はいつまで黙っているの。あなたへの授業でもあるんだよ。
二人の積極性を見習って」
ズィーベンは私の意図を汲んでいたのか。
父上からロートリッターを巻き上げた手腕といい、悪くない。
このまま行けば、イシュタルと離れなくて済む。
「イシュタルも分かっただろう。バーハラで私と共に待てばいいのだ」
「……それ以上私の無能さを晒さないで」
「何を言う。私は何も間違えていない」
「戦力の一極集中の話はしていない。
それがどれだけ有用であっても趣旨が違う。
今は如何にしてイシュタル様の戦いを生かすか。
勝つだけなら、あなた一人でも出来るのでしょう?」
こいつは先のことを考えていたのか。
確かに私の妃となる者には、相応の格があってしかるべきだ。
つまり、イシュタルの生存を主眼においた策が求められている。
だが、如何にして危険を減らして戦果を増やさせるか。
ズィーベンの報告では、既に解放軍の大半は脱落している。
残った者は聖血を継ぐ者がほとんどだそうだ。
だが、それらも負傷者ばかりでフリージ城で回復してから行動を起こすと予想されている。
聖痕持ちを狩らせるか。それでは私に見劣りするな。
加えて、二度もイシュタルは解放軍と戦っている。
奴等もイシュタルの脅威は身に染みているだろう。
対策としてトールハンマーに有利な神器を割り当てるに決まっている。
私やアリオーンも出ればどうにでも出来る。
しかし、それではイシュタルの功績が埋もれてしまう。
「それだけ言うのだからズィーベンには案があるのだろうな」
「皇子とアリオーン様に出てもらう」
こいつはマンフロイ程には頭が回らない。使えないな。
―――――
イシュタルが私やアリオーンに視線を送っている。
誰が指摘するのかを確認しているのだろう。
相変わらず優しい奴だ。愚弄してきた者にも慈愛を見せる。
イシュタルに免じて私が論破するのは止めてやろう。
アリオーンがこちらを見た後、軽く頷いて口を開いた。
「どこを攻めればいい。三姉妹は私に付けた方がいいだろう。
飛竜と天馬の差はあるが同じ飛行兵だ。足並みも揃えやすい」
一旦話に乗って自論の穴に気づかせるつもりだな。
なんだかんだいって、アリオーンも甘い奴だ。
「言わなくても分かるでしょう」
イシュタルが代わりに掘り下げる。
「アリオーン王子なら問題ありませんが、ユリウス様が動かれては不味いのではないでしょうか?」
当然、私が帝都を離れる訳にはいかない。
仮に私が不在時に奴等が攻め込んで奪われてしまえば、神であり次期皇帝としての威厳に傷が着く。
万が一にでも、ナーガが奪われるような事態になってはならない。
下策どころではない。自ら敗北しに行くようなものだ。
「ズィーベンは戦闘には向かないな。
女らしく内向きの仕事をしていればよい。戦に口を出すな‼」
「これをただの戦と捉えている時点で論外。
二人の皇子のどちらかが倒れることで終戦する儀式のようなもの。謂わば、聖戦」
聖戦か。悪くない。
再び我が世を取り戻し、十二神の残滓を消し去る。
私こそが唯一の神として再臨するための儀式には、その様に語られるべきだ。
「別にバーハラを失おうが、皇子の死が確認されるまで解放軍は止まらない。
反対に、セリス皇子の首が落ちるまでこちらも終戦発表が出来ない」
「だとしても、ユリウス様を危険にさらす訳には参りません。
それに何処を攻めるというのですか」
イシュタルは過保護な面がある。
バーハラにナーガが封印され、ユリアが亡き者となった今、私を止められるものは無い。
「決まっているでしょう。聖戦が終わっても世界は続く」
イシュタルが黙り、頬に手を当てる。
アリオーンが訳知り顔で眺めている。
そんな言葉で煙に巻けたつもりか。
「……アグストリアで合っていますか?」
どう考えてそこに辿り着いたのだ。
奴等とは無関係の地を攻めて何の意味がある。
何にでも向き合ってしまう愚直さが裏目に出たな。
「回答だけでは丸はあげられない」
まさか答えが返って来るとは思っていなかったんだろう。
相手に説明させ、それを追認しあたかも想定したかのように振舞う。
挑発といい、対人技能だけは高い奴だ。
イシュタルはゆっくりと紅茶で口を湿らせる。
「ユリウス様の特別なワープを土台に考えました。
それさえあれば、お一人で何処にでも急襲出来ます。
事実、私やアリオーンはそのお力で解放軍との戦闘から帰還しました」
「先程ユリスさんが儀式と仰ったので、解放軍相手への奇襲は無いでしょう。
そのような終わり方では示しがつきません。
であれば、他の反抗勢力の多い場所が候補にあがります。
加えて、遠隔地へのワープであれば、解放軍との決着が着くまでそちらに情報は伝わらないでしょう。戦力分散もさせません」
流石イシュタルだ。
私の強さを存分に理解している。
「そして儀礼でもあるので、攻めるのは現在解放軍の影響下にない土地である必要があります。
これらに該当するのはアグストリアしかありません」
「落ち着けばイシュタル様は出来る子。
ほぼ満点。アリオーン様が補足して」
渋面を作り、小さくうなるアリオーン。
これ以上に何があるというのだ。
「……帝国の余力を見せつけるためか?」
「それもある。あと一歩。
アグストリアはフリージと隣接している。
そこの反乱分子を皇子自ら短時間で潰せば、フリージの領民から帝国は見捨てようとはしていないと思われる」
背後から指が鳴る。
「姫の王子様はかっこいい方がいいでしょう?」
そうだったのか。
これまで私は待たされてばかりで退屈だった。悲鳴を聞いて無聊を慰めよう。
なにより、イシュタルは祝福されるべきだ。
「あくまでこれは戦闘に向いていない女の戯言。決定権は皇子にある」
「悪くはないな。許可してやる」
「じゃあ早速イシュタル様は準備を始めて。
あの子たちへの伝達と装備もお願い。準備ができたら私と細かい所を話そう」
イシュタルが短く返事をし、こちらを見つめてくる。
アリオーンが机を爪先で叩く。
後ろから咳ばらいが聞こえ始めた。
……ああ、合図を待っていたのか。
「イシュタルも無理はするなよ」
「はい。失礼いたします」
席を立ち上がり、カーテシーを披露する。
いつの間にか扉の横にいたズィーベンが戸を開く。
その横を通りイシュタルが去ってしまった。
―――――
ズィーベンが机の側へと近寄って来る。
「アリオーン様には不快な思いをさせてしまった。申し訳ない」
頭を下げているなら、最初から無駄なことをしなければ良かった。
「どうしてイシュタルの神経を逆撫でするような真似をした」
「先生だからね」
こいつはいつも答えをはぐらかす。
今、我らを挑発する意味は無いだろう。
「……私はここに来るまでブルーム王を敵の武人としてしか見たことが無かった。
ヒルダ女王も冷酷な統治者でしかないと評価していた。
イシュタルも厄介な将で、我らトラキアの邪魔をするだけの存在だと思っていた。
だが、蒙が開かれた気分だ。彼女達は血が通っていて、末裔らしい者だった。
それが知れただけでも、グランベルに来て良かった」
アリオーンも何を言っているのだ。
「本来ユリウスがすべきことをユリスが代理したんだ。言うべきことがあるだろう」
何故、そのような顔を私に向ける。
眷属にとって私に尽くすことこそが至上の幸福だ。
「気恥ずかしいかもしれないが、重要なことだ。
……遅くなってからでは、心に澱が残ってしまう」
ズィーベンは私の横を通り扉へと向かう。
私達に背中を向けたまま発言した。
「別にいい。
ヴェルトマーはそういう所。
ヒルダ様の行いを見たのなら分かるでしょう?」
私はロプトの末裔だ。そんな下等なものを優越している。
アリオーンは眉を顰め、眉間へと手を当てる。
目を見開き、天井を仰ぐ。
そのまま大きく息を吸って、吐き出した。
「……難儀なものだな。
では、私もシアルフィ城へ攻め入る支度を始めよう。
ユリウス、今度はお前が茶を淹れろ。色水以外なら味は何でも構わない」
アリオーンが紅茶を一息に飲み干して立ち上がる。
扉を開く前にズィーベンが声を出す。
「先にアリオーン様と打ち合わせをしようか。
グングニルの修理も終わっていたから、受け取ったら訓練場の会議室に向かって」
「了解した」
アリオーンは廊下へと消えていった。
―――――
ズィーベンが机上のカップを片付けていく。
盆にカップとソーサー、砂糖や牛乳を入れた陶器を載せていく。
「ひどいね。
それぞれに二杯も淹れたのに、アリオーン様以外にはほとんど飲まれなかった」
結局私は口を付けなかった。
冷めていて飲む気にはならない。
「どうするの?」
「いらない」
目の前のカップもトレーへと移される。
扉の前へと運び、ズィーベンがこちらへと振り返る。
「それでは皇子、失礼いたします」
そのまま静かにカーテシーを捧げ、ズィーベンまで去って行った。
今更ですが、表記ブレのように見えてはいないでしょうか。
何度も見直しているので、一人称や各人物が持つ情報に齟齬はないはずです。
とはいえ、人間は記憶違いをするものです。
大切な思い出すら、浮かばないことがあります。