この一週間、薄味しか食べられなかった。
それに量まで少ない。今朝だって、枇杷1つで終わり。
コルセットなんて滅びろ。
昨夜だって、楽しい楽しい”未婚の夜”も、持参品の確認で潰されちまった。
挙句、夜明け前からたたき起こされて風呂に沈められる。
乙女は式に夢を見るが、現実はこんなもの。
今だって、薄暗がりの中、
髪を拭かせ、爪を整えさせながら、式の流れを再確認している。
華やかさの欠片もない。
「ユリス様がいらっしゃいました」
あいつの夢も覚まさせてやる。
先達からの貴重なアドバイスってやつだ。
「あんたにも花嫁の手伝いをさせてやる。
髪、やんな」
「……こんなのお嫁さんじゃない。
介護されてるみたい。家でお世話されるべき」
眠気眼のユリスに角櫛を差し出し、黙らせる。
危なっかしくて仕方なかった手つきも、今では任せられるようになった。
湯冷ましを持ってこさせた女中に命じる。
「これから招待客の一覧を読み上げさせる。あんたも覚えな。
これが世界の縮図だ。
しばらくの間はこいつらが世の中を動かす。
案外、あんたの旦那がその中にいるかもな」
茶化してやるが、これは本気だ。
音読を妨げない声量でユリスがつぶやく。
「こんなに大変なら、結婚式スキップしたい」
あたしもそう思うよ。今、実感してる。
―――――
ヴェルトマー家での準備を終え、先に侍女と荷物を馬車で出発させた。
ユリスにはあたしの手荷物をもたせて、同乗する馬車へ向かわせてある。
朝焼けを背に、外へ出るためガウンを羽織って立ち上がる。
ノックと共に開かれる扉。
「ヒルダ、出発か」
「ああ、そうだよ。
花嫁の部屋に押し入るなんて、随分だね」
嫌味に何の反応も返しやがらない。
「今なら邪魔なく仕事の話が出来る」
この子にはもう少し、情緒ってものがないのかね。
結婚は女の大一番。
相応の扱いってもんがあるだろ。
アルヴィスは廊下を一瞥して室内へ入り、扉を閉めた。
あたしも耳を澄ませ、他に誰もいないか確かめる。
ここまでの警戒が必要な要件は一つ。
万が一にも聞かれてはならない。
息をのみ、声を潜めて口を開く。
「……ロプト教団*1のことか。
答えは決まってるよ」
「あたしの周りに影響が無きゃ何もしない。
考えを変える必要性を感じないからだ」
切り捨てさせようと、語気を強く言い放つ。
「あたしに何かさせたいなら、利を示しな」
アルヴィスは視線を足元へ向けている。
「そうか」
寂し気に、だが安心したような色の混じった声。
そんな絵空事、とっとと諦めちまいな。
「……今までありがとう。
貴女がいなければ、私たちは生き残れなかった」
窓から馬車の列が見える。
やめてくれ。
あたしは何もしてやれなかったじゃないか。
アルヴィスへ顔を向ける。
まだに足元ばかり見ている。
「相手と話すときは顔を見ろ。
だから、肝心なことを見逃す」
ユリスがそう言ってたと付け加える。
驚愕し、疑問が解けないような表情をし、苦虫を噛み潰した顔になる。
この子を揺さぶるならユリス一択だね。
アルヴィスの傍に感情をこじ開けられる子がいる。
心配事がまた一つ減った。
今だけは、いいだろう。
「弟の面倒を見るのは当たり前。
あんただって、アゼルのこと世話してるだろ。
それと一緒さ」
取り残されたような顔で、こちらを見る弟。
迷いがよぎるが、手で寝台を促した。
横並びに座る。
視線は正面のまま。
弟を見ず、前を見たまま語る。
「……あたしが今のあんたより3歳上の頃。父様が狂った。
それから、あたしが本領と家政を管理するようになった。
学校出たてのお嬢ちゃんがだ」
……また俯かせちまった。
「あんたなら何の心配もいらない。
もう7年も立派な当主を務めてるじゃないか。
ヴァルターやアイーダが側にいる。
将来アゼルとユリスだってあんたを支えてくれる」
暁に照らされて、赤髪がより濃さをましている。
「……でも、姉様の結婚を7年も遅らせた」
まだ14歳。
大人とは言えない弟をほぐしてやる。
「違う。ブルームに時間をやったんだ。
色事は駆け引き。
待たせることで、手放したくないように仕向けたのさ。
神器の担い手を手玉に取るのは悪女冥利に尽きるね。
あんたも女には気をつけな。
変なのに引っかかるんじゃないよ」
生娘が恋愛を語ってるのには、気づけないみたいだね。
そっちもヴァルターに仕込ませるか。
「……」
足元を眺める角度が深くなっている。
踏み込みすぎた。
父様のことがあったんだ。
色恋にはまだ抵抗があって当然。
「それでも気が晴れないなら、
一つ、嫁に行く姉の願いを聞いてくれ。
ユリスのこと、頼んだよ。
あんたもなんだかんだ言って、気に入ってるんだろ」
隣の肩を抱く。
いつの間にか、こんなに背が伸びていたんだね。
「……好きじゃありません。
この間も僕をキャンプファイヤー、アゼルを竈火呼ばわりしました」
またあいつがやらかしてる……。
しっかり仕込めたと思ったんだけど、
まだまだ目が離せないらしい。
「あたしの時は、笑いながら利益を掠め取ろうとする奴らしか寄ってこなかった。
あんたには、よくわからないが笑える奴がいる。
少なくとも敵じゃない」
「……」
あたしの肩に体重を預けてきた。
この子も、優しい子だ。
言いたいことがあるだろうに、目蓋を伏せ飲み込んだ。
アゼルは傍にいて安心させてくれる灯。
アルヴィスは恐怖と安心を与える大火。
現に、あの地獄ですら消えてない。
だから、いろんな奴がこの子に群がる。
弟へ降り注ぐ朝日が優しいものになってきた。
話し込みすぎた。
「あんたも式の準備があるだろ。
これまで姉らしいことはしてやれなかったけど、餞別をおくれ。
あたしに弟の晴れ舞台を見せて」
弟の手を取り、立ち上がる。
姉弟として話せるのは、これが最後かもしれない。
なのに、励ましてやることもできない。
あたしが神器を扱えれば、
弟たちを楽させてやれただろうに。*2
持てないから、この子達を置いていかなきゃならない。
「それじゃあ、私は行くよ。
あいつを待たせてたら何するか分からない」
手を離して、扉を開く。
―――――
外套を抑え、馬車の中にいたユリスに手を借りる。
小さな手に体重を預け、車内へ滑り込む。
御者へ合図し、発車させる。
車輪が石畳を蹴り、座席へ押し付けられる。
朝日に照らされ揺られているうちに、だんだん眠気が呼び起こされる。
街路へ出て、車輪と蹄鉄の音が変わった。
いつも車の中では騒がしい子が、やけにおとなしい。
そちらを見れば、胸の前で何かが入った布を強く抱きしめている。
「もう、会えないの?」
驚いた。
火の粉みたいな娘でもナーバスになるんだね。
「フリージで会えるさ。
まだあんたに教えなきゃならないからね。
残念だったね」
「……本当に?」
車輪の音がうるさい。
「嘘なんてつかないよ。
……もう、あの家に帰れないだけさ。
行こうと思えば、いつでも行ける」
「そっか」
角を曲がり、コーチが揺れる。
大聖堂に近づいて、巡礼者向けの建物が増えてくる。
馬車からの眺めは悪くない。
「これ、アゼルからのプレゼント。
アルヴィス様に頼んでもらってた」
ユリスの温もりがこもった包装を開き、中を確認する。
「ボルガノン*3か、
随分奮発したね」
「包みも大事にして」
刺繍されたイニシャルが間違っている。
これからヴェルトマーじゃなくなるんだよ。
「なんで今渡すのかね。
これから式に行くんだ。討ち入りじゃないんだよ」
「……だって、いなくなっちゃうって思ったから」
そんなんじゃ、アイーダの時も苦しいだろう。
「代わりにこれをやる」
ユリスに運ばせていた持ち回り袋から小さな巾着を取り出す。
口を開け、取り出して中身を見せる。
「これはあたしが母親からもらったものだ」
赤髪ではないことに不貞腐れてたあたしに、
黒髪が好きになれるよう母様がくれた香油瓶。
「それより御屋敷に帰ろう。
ボルガノンで大聖堂燃やして」
「見な。
彫刻は掠れてるけど、竜胆さ」
あたしが生まれた秋の花。
群れず、真っすぐ正義へと進める強さをあたしにって。
……重いんだよ。
あの時も、赤い花じゃないことに腹を立てた。
「古臭くてやだ。キラキラしてない」
「大事にしてきたっていうんだよ。
下品な金ぴかから上品に育んだのさ。
真鍮だからね」
今のあたしには眩しすぎる。
「そんなの関係ない」
「底には炎の紋章も彫ってある。
あんたも胸に携えな」
ユリスにはずっと弟たちの側にいてほしい。
あんたが居れば、あの地獄に戻ることはない。
あんただって、嫁入りの辛さを味わうこともなくて済む。
「……もう、椿油くれないの?」
即物的な奴だ。
ユリスの手を掴み、瓶を握らせる。
「ああ、やれない」
「カメリアを敵に投げて燃やす。
それには投げやすい入れ物が必要だ。
ほら、持ちやすい形だろ」
ぽかんとした顔。
「そんなことしない」
憎たらしい。
あきれた。
あんたがそう言ったんだよ。
「そいつはあんたが育てな」
「これから嫁いで子供を産むんだ。
それに、引き続きあんた達の面倒も見なきゃならない。
あたしじゃこれ以上は抱えきれない」
「……ブルーム様は優しいけど不安」
「嫁さんの前で旦那を悪く言うな。
強さだけはあるんだよ」
女心は分かってないけどね。
馬車が止まる。
御者が声をかけて来る。
外へ出る前、指を鳴らしてユリスを切り替えさせる。
「これは試験だ。
立派に花嫁の付き添いを務めてみせな。
あたしに恥かかせるんじゃないよ」
良い顔だ。
うちの子達は未熟だが、確かに育った。
「扉が空いたら戦場だ。
最後にもう一度、教えたことを言ってみな」
「見た目は女の武器。手入れと扱いを間違えない。
笑顔は基本にして最終兵器」
「御者、開けろ」
光があたし達へ降り注ぐ。
原作についてご存じですか?
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聖戦の系譜をプレイして覚えている
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触ったことはある
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FEシリーズはやったことがある
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FEシリーズに触れたことはない
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全く知らない