ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

6 / 39
原作開始まで、あと10年。


今日から君は椿瓶 ―グラン歴747年

この一週間、薄味しか食べられなかった。

それに量まで少ない。今朝だって、枇杷1つで終わり。

コルセットなんて滅びろ。

 

昨夜だって、楽しい楽しい”未婚の夜”も、持参品の確認で潰されちまった。

挙句、夜明け前からたたき起こされて風呂に沈められる。

 

乙女は式に夢を見るが、現実はこんなもの。

今だって、薄暗がりの中、

髪を拭かせ、爪を整えさせながら、式の流れを再確認している。

華やかさの欠片もない。

 

「ユリス様がいらっしゃいました」

 

あいつの夢も覚まさせてやる。

先達からの貴重なアドバイスってやつだ。

 

「あんたにも花嫁の手伝いをさせてやる。

髪、やんな」

 

「……こんなのお嫁さんじゃない。

介護されてるみたい。家でお世話されるべき」

 

眠気眼のユリスに角櫛を差し出し、黙らせる。

危なっかしくて仕方なかった手つきも、今では任せられるようになった。

 

湯冷ましを持ってこさせた女中に命じる。

 

「これから招待客の一覧を読み上げさせる。あんたも覚えな。

これが世界の縮図だ。

しばらくの間はこいつらが世の中を動かす。

案外、あんたの旦那がその中にいるかもな」

 

茶化してやるが、これは本気だ。

 

音読を妨げない声量でユリスがつぶやく。

 

「こんなに大変なら、結婚式スキップしたい」

 

あたしもそう思うよ。今、実感してる。

 

―――――

 

ヴェルトマー家での準備を終え、先に侍女と荷物を馬車で出発させた。

ユリスにはあたしの手荷物をもたせて、同乗する馬車へ向かわせてある。

 

朝焼けを背に、外へ出るためガウンを羽織って立ち上がる。

ノックと共に開かれる扉。

 

「ヒルダ、出発か」

 

「ああ、そうだよ。

花嫁の部屋に押し入るなんて、随分だね」

 

嫌味に何の反応も返しやがらない。

 

「今なら邪魔なく仕事の話が出来る」

 

この子にはもう少し、情緒ってものがないのかね。

結婚は女の大一番。

相応の扱いってもんがあるだろ。

 

アルヴィスは廊下を一瞥して室内へ入り、扉を閉めた。

あたしも耳を澄ませ、他に誰もいないか確かめる。

ここまでの警戒が必要な要件は一つ。

 

万が一にも聞かれてはならない。

息をのみ、声を潜めて口を開く。

 

「……ロプト教団*1のことか。

答えは決まってるよ」

 

「あたしの周りに影響が無きゃ何もしない。

考えを変える必要性を感じないからだ」

 

切り捨てさせようと、語気を強く言い放つ。

 

「あたしに何かさせたいなら、利を示しな」

 

アルヴィスは視線を足元へ向けている。

 

「そうか」

 

寂し気に、だが安心したような色の混じった声。

そんな絵空事、とっとと諦めちまいな。

 

「……今までありがとう。

貴女がいなければ、私たちは生き残れなかった」

 

窓から馬車の列が見える。

 

やめてくれ。

あたしは何もしてやれなかったじゃないか。

 

アルヴィスへ顔を向ける。

まだに足元ばかり見ている。

 

「相手と話すときは顔を見ろ。

だから、肝心なことを見逃す」

 

ユリスがそう言ってたと付け加える。

驚愕し、疑問が解けないような表情をし、苦虫を噛み潰した顔になる。

 

この子を揺さぶるならユリス一択だね。

アルヴィスの傍に感情をこじ開けられる子がいる。

心配事がまた一つ減った。

 

今だけは、いいだろう。

 

「弟の面倒を見るのは当たり前。

あんただって、アゼルのこと世話してるだろ。

それと一緒さ」

 

取り残されたような顔で、こちらを見る弟。

 

迷いがよぎるが、手で寝台を促した。

横並びに座る。

視線は正面のまま。

弟を見ず、前を見たまま語る。

 

「……あたしが今のあんたより3歳上の頃。父様が狂った。

それから、あたしが本領と家政を管理するようになった。

学校出たてのお嬢ちゃんがだ」

 

……また俯かせちまった。

 

「あんたなら何の心配もいらない。

もう7年も立派な当主を務めてるじゃないか。

ヴァルターやアイーダが側にいる。

将来アゼルとユリスだってあんたを支えてくれる」

 

暁に照らされて、赤髪がより濃さをましている。

 

「……でも、姉様の結婚を7年も遅らせた」

 

まだ14歳。

大人とは言えない弟をほぐしてやる。

 

「違う。ブルームに時間をやったんだ。

色事は駆け引き。

待たせることで、手放したくないように仕向けたのさ。

神器の担い手を手玉に取るのは悪女冥利に尽きるね。

あんたも女には気をつけな。

変なのに引っかかるんじゃないよ」

 

生娘が恋愛を語ってるのには、気づけないみたいだね。

そっちもヴァルターに仕込ませるか。

 

「……」

 

足元を眺める角度が深くなっている。

踏み込みすぎた。

 

父様のことがあったんだ。

色恋にはまだ抵抗があって当然。

 

「それでも気が晴れないなら、

一つ、嫁に行く姉の願いを聞いてくれ。

ユリスのこと、頼んだよ。

あんたもなんだかんだ言って、気に入ってるんだろ」

 

隣の肩を抱く。

いつの間にか、こんなに背が伸びていたんだね。

 

「……好きじゃありません。

この間も僕をキャンプファイヤー、アゼルを竈火呼ばわりしました」

 

またあいつがやらかしてる……。

 

しっかり仕込めたと思ったんだけど、

まだまだ目が離せないらしい。

 

「あたしの時は、笑いながら利益を掠め取ろうとする奴らしか寄ってこなかった。

あんたには、よくわからないが笑える奴がいる。

少なくとも敵じゃない」

 

「……」

 

あたしの肩に体重を預けてきた。

 

この子も、優しい子だ。

言いたいことがあるだろうに、目蓋を伏せ飲み込んだ。

 

アゼルは傍にいて安心させてくれる灯。

アルヴィスは恐怖と安心を与える大火。

現に、あの地獄ですら消えてない。

だから、いろんな奴がこの子に群がる。

 

弟へ降り注ぐ朝日が優しいものになってきた。

話し込みすぎた。

 

「あんたも式の準備があるだろ。

これまで姉らしいことはしてやれなかったけど、餞別をおくれ。

あたしに弟の晴れ舞台を見せて」

 

弟の手を取り、立ち上がる。

姉弟として話せるのは、これが最後かもしれない。

なのに、励ましてやることもできない。

 

あたしが神器を扱えれば、

弟たちを楽させてやれただろうに。*2

持てないから、この子達を置いていかなきゃならない。

 

「それじゃあ、私は行くよ。

あいつを待たせてたら何するか分からない」

 

手を離して、扉を開く。

 

―――――

 

外套を抑え、馬車の中にいたユリスに手を借りる。

小さな手に体重を預け、車内へ滑り込む。

御者へ合図し、発車させる。

 

車輪が石畳を蹴り、座席へ押し付けられる。

朝日に照らされ揺られているうちに、だんだん眠気が呼び起こされる。

 

街路へ出て、車輪と蹄鉄の音が変わった。

いつも車の中では騒がしい子が、やけにおとなしい。

 

そちらを見れば、胸の前で何かが入った布を強く抱きしめている。

 

「もう、会えないの?」

 

驚いた。

火の粉みたいな娘でもナーバスになるんだね。

 

「フリージで会えるさ。

まだあんたに教えなきゃならないからね。

残念だったね」

 

「……本当に?」

 

車輪の音がうるさい。

 

「嘘なんてつかないよ。

……もう、あの家に帰れないだけさ。

行こうと思えば、いつでも行ける」

 

「そっか」

 

角を曲がり、コーチが揺れる。

大聖堂に近づいて、巡礼者向けの建物が増えてくる。

馬車からの眺めは悪くない。

 

「これ、アゼルからのプレゼント。

アルヴィス様に頼んでもらってた」

 

ユリスの温もりがこもった包装を開き、中を確認する。

 

「ボルガノン*3か、

随分奮発したね」

 

「包みも大事にして」

 

刺繍されたイニシャルが間違っている。

これからヴェルトマーじゃなくなるんだよ。

 

「なんで今渡すのかね。

これから式に行くんだ。討ち入りじゃないんだよ」

 

「……だって、いなくなっちゃうって思ったから」

 

そんなんじゃ、アイーダの時も苦しいだろう。

 

「代わりにこれをやる」

 

ユリスに運ばせていた持ち回り袋から小さな巾着を取り出す。

口を開け、取り出して中身を見せる。

 

「これはあたしが母親からもらったものだ」

 

赤髪ではないことに不貞腐れてたあたしに、

黒髪が好きになれるよう母様がくれた香油瓶。

 

「それより御屋敷に帰ろう。

ボルガノンで大聖堂燃やして」

 

「見な。

彫刻は掠れてるけど、竜胆さ」

 

あたしが生まれた秋の花。

群れず、真っすぐ正義へと進める強さをあたしにって。

 

……重いんだよ。

 

あの時も、赤い花じゃないことに腹を立てた。

 

「古臭くてやだ。キラキラしてない」

 

「大事にしてきたっていうんだよ。

下品な金ぴかから上品に育んだのさ。

真鍮だからね」

 

今のあたしには眩しすぎる。

 

「そんなの関係ない」

 

「底には炎の紋章も彫ってある。

あんたも胸に携えな」

 

ユリスにはずっと弟たちの側にいてほしい。

あんたが居れば、あの地獄に戻ることはない。

あんただって、嫁入りの辛さを味わうこともなくて済む。

 

「……もう、椿油くれないの?」

 

即物的な奴だ。

ユリスの手を掴み、瓶を握らせる。

 

「ああ、やれない」

 

「カメリアを敵に投げて燃やす。

それには投げやすい入れ物が必要だ。

ほら、持ちやすい形だろ」

 

ぽかんとした顔。

 

「そんなことしない」

 

憎たらしい。

あきれた。

あんたがそう言ったんだよ。

 

「そいつはあんたが育てな」

 

「これから嫁いで子供を産むんだ。

それに、引き続きあんた達の面倒も見なきゃならない。

あたしじゃこれ以上は抱えきれない」

 

「……ブルーム様は優しいけど不安」

 

「嫁さんの前で旦那を悪く言うな。

強さだけはあるんだよ」

 

女心は分かってないけどね。

 

馬車が止まる。

御者が声をかけて来る。

 

外へ出る前、指を鳴らしてユリスを切り替えさせる。

 

「これは試験だ。

立派に花嫁の付き添いを務めてみせな。

あたしに恥かかせるんじゃないよ」

 

良い顔だ。

うちの子達は未熟だが、確かに育った。

 

「扉が空いたら戦場だ。

最後にもう一度、教えたことを言ってみな」

 

「見た目は女の武器。手入れと扱いを間違えない。

笑顔は基本にして最終兵器」

 

「御者、開けろ」

 

光があたし達へ降り注ぐ。

*1
子供を生贄に捧げ、主に闇魔法を使う邪教。

約100年前、聖戦士たちによって滅ぼされたロプト帝国の残党。

*2
聖戦士の血を引く者の中でも限られた者(直系)しか使えない。

世代に各一名程度しか居ない。

*3
威力20、射程1〜2、重さ12、炎A。

神器を除けば炎魔法最強武器。

原作十章でヒルダからもらえる。

原作についてご存じですか?

  • 聖戦の系譜をプレイして覚えている
  • 触ったことはある
  • FEシリーズはやったことがある
  • FEシリーズに触れたことはない
  • 全く知らない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。