ユリウスは帝都バーハラにて守りを固めています。
アリオーン
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アルテナ
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壁には地図が張られ、本棚には数多くの書籍が収められている。
手慰みに一人で図上演習を行う。
ナーガとファラフレイム、それに先の戦いで敗北したスワンチカを取り除く。
神器の数では7対3。こちらが数の上では圧倒的に不利だ。
だが、負けるとは思えない。我らの力量であれば覆せる。
何より、ユリウスの守りは突破出来ない。
傷一つすらつかない王将であれば、勝敗は決まっている。
ならば、思考を割くべきはその後だ。
出来るだけ余力を残し、戦後のトラキア復興を円滑にすべきだ。
戦功を積み、グランベルからの恩賞を出来るだけ多く確保して見せよう。
これまではフリージ家と敵対していたが、イシュタルとも協力して行くべきだ。
不幸ながら、お互いの家は代替わりした。
これからは今までとは別の関係を結ぶことも不可能ではない。
飢死する民の数も減らせるはずだ。
部屋の外から入室の許可を求める声がする。
「入れ」
宝石箱と書筒を抱えたユリスが入ってきた。
机上に置いた後、控えている者達へと退室するよう申しつけている。
「グングニルの調子はどう?」
二人だけになった頃、話しかけてきた。
座ったまま軽く回して見せる。風圧で地図が煽られる。
「問題ない。ここの職人も良い仕事をしてくれた。
何より、費用を払わずに済んで助かった」
「それなら良かった。教団も神器には関与できなかったみたいだね」
邪教はユリウスの配下なのだから、天槍に細工をするはずがない。
些か慎重になり過ぎているのではないだろうか。
ユリスもイシュタルとの対峙で気が立っているのだろう。
「それじゃあ、今後の流れを話そうか。
アリオーン様なら分かっているとは思うけど、確認はさせてね」
―――――
先程の茶会を振り返る。
「イシュタルはフリージ、ユリウスはアグストリアで良かったな」
「そうだよ。そこは変えるつもりはない」
その作戦には一つ問題がある。
「私が奴等の後方を攻めるのは構わない。
同じような作戦をトラキアでもやった。グランベルも崖が多く飛行兵が活躍しやすい。
反面、解放軍には飛行兵が少なく、疲弊していて対応もされ辛いだろう」
ユリウスの懸念を解決できていない点だ。
「だが、イシュタルの安全はどうなる。
奴等は警戒網を維持できないからこそ、奇襲が機能する。
だからこそ、奴らは私に神器を割り振れないのではないか」
「その指摘を待っていたんだ。
何故か皇子が言ってくれてなかったんだけどね。
私が今のイシュタル様に言ったところで聞く耳なんて貸してくれないだろうし」
イシュタルの家族は全て解放軍に殺されてしまった。
フリージ城に居た母親の死は、すぐさま帝都にまで伝わってきた。
末裔の末席にも置けない悪虐女王から解放された。
斥候よりも早く、民草からそのように伝わってきたそうだ。
あの時のイシュタルには、誰も近づけなかった。
殺すつもりなら出来たかもしれないが、無力化など望むべくもない。
ユリスがマジックリングを用いたスリープの杖で強制的に眠らせるしかなかった。
杖を使った彼女も魔力の過剰消費で疲弊していた。
ユリウスが来る前に対処できたが、だからこそあいつが気遣ってやるべきだった。
報告程度は受けているのだろうから、心情に寄り添うべきだ。
私達は皆、親を解放軍に殺されている。
兵の常とは言え、堪える。それはあいつも同じだった。
父親の死に涙を流し、静かに邪書を抱いていた。
ユリウスにもイシュタルの気持ちが分かっただろうに。
「つまり、対策はあるということか」
「解放軍にあなたがシアルフィ城へ攻め入ると伝えるつもり」
意図は理解できる。
そうなれば奴らは私に対する継承者を寄越すだろう。
距離は離れているが、ワープの杖程度確保しているはず。
「であれば、フォルセティとイチイバルの相手をすればよいのだな」
剣の継承者達は以前に打倒している。それらが来るはずがない。
天を征く竜騎士相手では、遠距離に対応出来なくては戦いにすらならない。
不利になれば、手の届かない場所まで退却されてしまうからだ。
だからこそ、どの様な相手が待ち構えているか予想しやすい。
だが、別の問題が発生する。
「欺瞞情報と見なされてしまいかねない」
これが最大の障害だ。
敵方からもたらされた情報など、信じるに値しない。精査が欠かせない。
そのような時間を使われてしまえば、前線から神器を引き抜くことができず、イシュタルを危険にさらしてしまう。
「その通りだね。
だったら、心情を揺さぶってあげればいい。
頭では分かっていても、動くのを抑えられないような重い奴。
ちょうど今のイシュタル様みたいに」
……奴等の身内でも処刑するつもりか。
シアルフィ城であればセリスの血縁者が居てもおかしくないだろう。
有効だとは理解しているが、気分の良いものではない。
「なんで関係ないみたいな顔をしているの?
アルテナ様を呼び出してあげる」
……我らの情を用いるか。
アルテナは優しい娘だが、未だに私を兄と思っているのだろうか。
父上はアルテナの親を騙り、育て上げ、ゲイボルグをトラキアのために利用し続けた。
実の親の仇の息子にして、一度は空から堕とした男。
この天槍で撃墜した。穂先へと視線が向いてしまう。
再び私の前に立とうと思うのだろうか。
復讐心を抱くには、アルテナは穏やか過ぎる。
どこか別の戦場で、それこそ天馬三姉妹とでも鎬を削っていて欲しい。
「アルテナはトールハンマーに対して無力だ。無論、私にも勝てない」
戦力を考えるのであれば、どちらにも出すべきではない。
どちらを選ぶかで言えば、私になるだろう。
だが、仮にも兄妹であった者同士を理想主義のセリスが戦わせるだろうか。
「だからだよ。
アルテナ様と聖風が来るんじゃないかな。
イチイバルは分からないけど、あなたならどうにでも出来るでしょう?」
トラキアでは聖弓を父上が完封して見せたそうだ。
ならば、それはこちらに来ない可能性もある。
竜騎士は魔法に対しての抵抗力が低い。フォルセティが割り当てられる可能性は高い。
イシュタルに対して有利な神器は他にもあるが、私にはない。
それは確実にこちらに引き付けられる。
「……妹を殺し、忠義を示せということか」
「そう焦らないで。歴史の再現をしてもいいし、そうでなくてもいい」
アルテナを、地槍と天槍が相まみえるとはそういうことだろう。
「妹を大切に想うのは何処も変わらない。
トラキア王国と戦い続けたフリージだって、イシュタル様を大切にしていた」
触れられたくない部分を穿って何がしたい。
「戦の前に無駄な時間を使うな‼」
私をかき乱して何の得がある。
「ユリア様を殺そうとした兄が居る」
―――――
「ユリウスがそんなことをする筈がない。
何より、ナーガの継承者が発見されたなど耳にしていない」
生き別れになった妹をあれ程気にかけていた。
第一、行方不明の公女が見つかったとなれば騒ぎになる。隠せない程の慶事だ。
帝都に滞在していたが、そんな情報は一切無かった。
「ミレトスで解放軍が戦っていたでしょう。
その時に暗黒教団が解放軍から保護した。あちらはそんな貴人だと知らなかったみたい。
だからこそ、簡単に連れてくることが出来た」
邪教が行ったのであれば、ユリウスが知らないはずがない。
私やイシュタルに喜びながら伝えてくるはずだ。
そして、私達の前に連れてユリスの指導を受けさせるに決まっている。
「あいつが妹を殺そうとするはずがない‼」
まだ見つかりもしない頃から、妹を想っていた。
自身が敗北した際まで考えて、その場合は私に妹を託す算段まで立てていた。
勝利した暁には、ユリスに任せて心穏やかに生きられるよう取り計らっていた。
ナーガにもロプトにも翻弄されない場を用意しようとしていた。
「私はね、アリオーン様に感謝しているんだ」
ユリスは指輪を布に包んで光を覆った。
赤い瞳は揺れている。
「初めて友達が出来て、本当にユリウス様は嬉しそうだったんだ」
「私が帝都に戻って来る度に、あなたとの研究成果を見せびらかし、作り出した卓上遊戯の定石を教えようとしてきたよ。
私は各地を飛び回り、あなたたちへの指導をしていたのに、無邪気にすり寄ってきた。
もう少し、私の忙しさを汲んでくれてもいいのにね」
共に茶の講評を行い、書き留めていった。
いくつもの紙束が重なり、何処に記録したかも分からなくなり、整理法そのものから考える羽目になった。
私も好きなだけ茶を嗜み、紙を使えることにはしゃいでしまった。
卓上遊戯では、お互いの知る巧者の打ち筋を披露しあった。
父上やハンニバル翁、それにディスラー。
こういう物ならトラキアであっても太刀打ちできる。
国ごとに好まれる戦法が分かれており、そんな部分にも特色があるという発見があった。
「そんな他愛もない楽しみですら、ユリウス様の手には届かなかった。
自分だけの力で手に入れた、初めてにして唯一の関係性があなたとの間にはあった」
……私にとってもこれまで無かった。
ユリウスやイシュタルのような魔力は私にはない。
だが、継承者として周りとの壁はあった。
アルテナや父上が居たが、それでも私との差はあった。
それが私だけではないと、同じ想いを抱える者がいるとグランベルに来るまで思いもしなかった。
「……何が言いたい」
「私はこれでも忠義に篤いつもりなんだ」
あの日、友人と呼び合い、互いに誓った約定を思い出す。
「二人だけの約束を知っているのは、ユリウス様が教えてくれたからだよ。
アルテナ様の助命の手伝いをしなきゃいけないからね」
互いの妹を守る。
そして、もしもユリウスがロプトウスに飲み込まれてしまったら、私はユリウスを友と呼べなくなる。
まだあいつはユリウスだ。イシュタルのことを気にかけていた。
「お前の力は必要ない。
ユリウスは約定を違えるような奴ではない」
「私はアルテナ様の御両親とは学友でね。
主からの命でもあるし出来ることはするつもり」
どうしてアルテナの親の話になる。
ユリスは口を止めて、宝石箱を開き始めた。
「その証拠にヴェルトマーの宝物を貸し出してあげる」
宝石箱から一つの指輪が取り出される。
ヴェルトマーらしい赤い宝石があしらわれている。
自ら光を放ち、輝きを広げている。
「これはファラの系譜が側にいると輝きだす。
距離が近づくほどに明るくなっていくんだ。眩しいでしょ」
「それがどうした」
「ユリア様は今ヴェルトマー城に囚われている。
マンフロイさんによって洗脳をされているとの情報が入っている。
闇魔法の類であれば、彼が倒れれば解放される」
何故、ユリウスの妹が囚われている。
……ナーガの継承者だからか。
ならばどうして、生かしたままにしている。
「見つけ出すには便利でしょう」
「私ではなくユリウスに伝えろ。直ぐにでも助けに行くだろう」
ユリウスなら我先に飛び出していくだろう。
それこそワープで故郷に帰ることなど造作もない。
「殺しに行くの間違い。処刑を命じたのは皇子だから。
むしろ、暗黒教団が匿っている。
ロプトの血を広めるには、一人でも多くアルヴィス様に連なる者が居ないとね」
無意識に肘掛けを握り潰す。
それではユリウスが吞まれていることになる。
邪教の傀儡ですらなく、あいつの意思で殺害を試みていることになってしまう。
「あり得ない。
ユリウスのことはお前が一番知っているだろう‼」
「何か思い違いをしているようだけど、私はあなたの先生でもあるつもり。
それほど大したことは教えられなかったけど、そうであろうとはしている」
目の前で赤々と宝石が輝いている。
「ユリウス様の条件が無くなるということは、あなたへの約束も守る必要が無くなるということ」
ユリウスが私との誓いを破るなど……。
常識を塗り替えつつも秩序を保とうとしていたユリウスが、規律を壊すはずはない。
それに、アルテナの助命はあり得ないとでも。
「ロートリッターに命じて、ヴェルトマー方面からダーナとマンスターは奪回させている。
あなたはダーナにワープで向かって、集めておいたトラキア騎兵を率いればいい。
皇子の代わりに私が下準備をしておいた」
先程のユリウスは、イシュタル以外のことに興味が無いようにも見えた。
グランベル外を含めた大戦略に、あの場で唯一考えが及んでいなかった。
広い視野から次善策を用意するあいつらしくは無かった。
どころか、あれだけイシュタルの母が、ファラの系譜が貶されても笑顔のままだった。
……あれは尊敬する父を失い、敵が迫っているからだ。
まだ少年という年頃には衝撃が強すぎただけだ。
「それではユリア皇女はどうなる」
ユリスは宝石箱を閉じ、鍵をかけている。
「帝国の協力者でしかない人には関係ない。内政干渉だよ」
天槍を握りしめる。
そこから伝わる暖かさが、受け継いだ時の記憶を思い起こさせる。
父上はトラキアの民を苦しめるなと私に残した。
ユリウスに協力し、トラキアの復興を目指すべきだ。
であれば、ナーガの継承者がどうなろうと気にするべきではない。
皇女とは血縁も条約も、ましてや救ったところで報酬すらない。
私は皇女のことをユリウスからの伝聞以外で何も知らない。
8年前の少女の嗜好が何の役に立つ。味や音楽の好みでは民は救えない。
「アルテナ様は墜落させて無力化した後、好きにすればいい。
あの時と同じでしょう?」
何があろうとアルテナの確保を為さなければならない。
こいつの言葉を軽視して、アルテナを失うわけにはいかない。
私の管轄にあれば、助命もどうにかする。
却下されたのであれば、死んだことにして匿えばいい。
トラキア傭兵の中に紛れさせれば、追跡も難しい。
だが、聖風もついているだろうから私はその戦いにかかりきりになってしまうだろう。
実戦を通してアルテナも精強になっているだろう。
油断をしては、こちらが手傷を負いかねない。
……あいつの妹を、見捨てなければならない。
「ヴェルトマーの宝物庫には聖書がある。ユリア様のサークレットが鍵」
ナーガさえあれば、ロプトウスは打倒できる。
演習でこの私でさえも破ることが出来なかった邪書を容易く屠れるとされている。
邪神の手から世界を救うことこそ、聖騎士の末裔が為すべき義務だ。
だが、ユリウスが殺されてしまう。
「私にユリウスを裏切れと言うのか‼」
二人だけの部屋に、私の声だけが響く。
輝く紅色が目前に突きつけられる。
痛い程の光が刺さるが、目を逸らせない。
「好きにすればいい。
皇子か、ユリウス様か、どちらの裏切り者になるかはあなたが決めればいい」
世界のため、聖戦士の責務のために抗えとでもいうのか。
そんなものは父上を、トラキアを顧みることは無かった。
ユリウスだって、望んでロプトウスの継承者になった訳じゃない。
それでも、世界のために進もうとしていた。
光と闇の共存を目指し、邪神の汚名を浴び続ける覚悟をしていた。
踏み外してしまった時の備えまでしている。
……だが、あいつはまだ道に立っているのだろうか。
以前のような純粋さや思いやりはなくなってしまった。
……堕ちてしまってはいない。
友である私がそう思うのだ。
イシュタルも何も言っていなかった。
お前もユリウスの頭を叩いて矯正していなかった。
書筒が目の前に置かれ、手のひらに指輪が握らされる。
握りしめても、ユリウスの瞳に似た光が隙間から漏れてくる。
ユリスが退出し、足音が離れていく。
それにつれて指輪の輝きも弱まっていく。
足音が消え、しばらくした頃、明かりは消え去った。
目蓋の裏にはあの赤が残っている。
私に向き合う、赤が確かにあったんだ。
継承者達のやり取りをどう感じられたでしょうか。
個人的にはこの三人の間柄には、余白をかなり取ったつもりです。
嫉妬、愛情、羨望、尊敬、あるいはそれ以外。
聞かせていただけると嬉しいです。
皆さまの解釈こそが正しいのです。だから、私はくくく……と笑いたいのです。