初見の私はボコボコにされました。
地味に待ち伏せが良い仕事をしてきやがりました。
イシュタル
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ティニー
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セリス
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アレス
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リーフ
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赤色旗を掲げた馬車が僕達の元へとやって来た。
制圧したばかりのフリージ城に、ヴェルトマーの使者。
油断をするべきではない。
だけど、彼らをただの敵として扱うべきではないとも思う。
現に、帝都までの街道を遮る城が無くなった今でも炎騎士団は姿を見せていない。
負傷者が増えた今攻め込まれたら、城を放棄して撤退しなければならなくなる。
それは斥候やフリージ戦を偵察していたなら分かる筈。
それに、皇帝の側近と名乗ったフェリペ卿もフリージに潜伏して僕達にナーガとユリアの居場所を教えてくれた。
僕に当主を討たれて悔しいに違いないのに、その息子を打倒する鍵である娘を託そうとしている。
使者が口を開く。
明朗で良く通る声だ。
「ヴェルトマーより参りました。
御方様より、セリス皇子へとお伝えしたいことがございます」
使者を解放軍の実力者で取り囲み、一挙手一投足を見逃さない。
フェリペ卿が仲立ちし、書筒を受け取る。
彼は厚手の手袋を着用し、更に布越しにその筒を振り、隅々まで検分している。
開けることもせず、オイフェへと耳打ちをしている。
「私が処刑される前に、お言葉をお伝えさせて頂きたい。
この聖戦は儀式。それは不変の真理。その前に愁嘆場は済ませておくべき。
その様に仰っておりました」
使者が何を言っているのか分からない。
いきなり処刑だなんて、おかしいじゃないか。
ヴェルトマーの使者はこんな人ばかりなのか。
それにこの戦争が全て仕組まれてたみたいじゃないか。
そもそも御方様って誰なんだ。
「以上でございます。
ご負担を強いるつもりはございません。
御返答は必要無いとのことです。行動でお示しください」
使者は目を伏せて、無表情のまま待機している。
そんな訳の分からないことを一気に言われても困る。
自分の命を差し出すような発言なのに、平然としているのもおかしい。
僕はどう反応すればいいのかも分からない。
考えているうちに使者が口を開いた。
「それでは、失礼いたします」
流麗な礼をこちらに送り、馬車へと戻る。
そのまま出発し、僕達から離れていった。
……一体、何だったんだ。
―――――
書状はフェリペ卿とオイフェによって丹念に検分された。
その結果、ヴェルトマー式の暗号が少しだけ含まれているが、それ以外は今後についての連絡だったようだ。
「……何処まで信頼したものか、悩みますね」
その言葉に誰一人として続けようとはしなかった。
机の中央に書状が置かれたまま、誰も触ろうとしない。
オイフェが目頭を抑えている。
書状の末尾にはJ.と故意に開けられた空白が添えられていた。
恐らく送り主はユリスだそうだ。
意味が分からないけど、敵方から重要な言葉を伝えてくれるのは彼女くらいだろう。
以前の会談での約束を守っているのかもしれない。
「真実であれば、厄介な事この上ない」
レヴィンが指で机を何度も叩いている。
書簡には、帝国側の三人の継承者がどの様に布陣するかが記されていた。
イシュタル王女はフリージ城と帝都バーハラの間で僕達を待ち受ける。
彼女とはこれまで二度も戦った。
その度に跳ね返され、相手の温情とでも言うべき退却によって僕達の命脈は繋がった。
激戦を潜り抜け、神器が揃った今であっても油断のならない相手だ。
全勢力をつぎ込めば倒すことも不可能ではないだろう。彼女だけだったら、何とか出来る。
思わずため息が零れてしまった。
だけど、並行してアリオーン王子がシアルフィ城へと攻め込んでくる。
実行されてしまえば背後の補給線が切られ、負傷兵の治療が妨げられてしまう。
それどころか、挟撃されてしまう。
今の僕達では、大した抵抗も出来ずに終わってしまう。
無視なんて出来ない。
王子は強敵だった。
トラキアでは、神器三つと僕とリーフ王子を一方的に打ち据えた。
ティニーの不意打ちで一撃を与えることは出来たが、それでも軽傷に留まっていた。
トードの末裔が放つ上級雷魔法でも空から下ろすことしかできなかった。
こちらも全勢力で当たれば倒すことは出来るだろう。
そもそも空を駆ける竜騎兵に対して、僕達は不利だ。
同じ飛行兵のフィーでは彼には勝てない。戦うにしても継承者だけだ。
近接武器では相手が天から降りて来るのを待たなければならない。
本来飛行兵の苦手とする弓兵も、トラキア王家には効果が無い。
それに、今回も戦力の分配が問題になる。
あの時も同じようなことで彼に困らされた。
ユリウス皇子は各地の反乱分子を狩りに行っているそうだ。
解放軍がこれまでの行軍で通らなかったアグストリアで邪神の力を振るう。
それだけであの地方は壊滅的な被害を受けてしまう。
……今の僕達には見捨てることしかできない。
このタイミングで向かうのは、聖戦に、そしてその直後に横やりが入らないようにするためとのことだ。
だとしても、今それを行う必要性が分からない。また彼の遊びなんだろうか。
書簡によれば、以前と同じように世界へ示す儀式だからこそ、あちらからこちらに攻め入るつもりはないそうだ。
不気味だが、それを考えても仕方ない。兎も角、戦力を割かなくて済むのは助かる。
「それに暗号で伝えられた内容も気になります。
アリオーン様は傭兵。一体何が伝えたいのでしょうか」
腕を組んだオイフェが目を閉じる。
この言葉については、彼の妹として育ったアルテナ王女も分からないそうだ。
確かに、彼は王子でありながらも傭兵をしていたこともある。
その父も同じことをしていた。
だけど、今この状況とはあまり関係が無いように思う。
帝国に雇われているということなんだろうけど、だからどうしたというんだろう。
一度深く深呼吸をしてみるけれど、なにも思いつかない。
暗号の中身が更に暗号だなんて訳が分からない。
「アルテナ様はそちらに向かいたいと要請をされています。
最後に説得を試みたいとのことです。ですが……」
オイフェが言い淀んでいる。
兵科を見れば、同じ竜騎兵で相性も悪くない。
同じく槍の神器を持っており、戦うことも不可能ではない。
だけど、力量に差があり過ぎる。トラキアでは短い時間で墜落させられていた。
レヴィンが大きく伸びをした。
「絶対にこの場から漏らしてはならないぞ。
……はっきり言って、アリオーン王子に対しては力不足だ」
兄と妹として育ったのだから、あの二人を戦わせたくはない。
アリオーン王子はトラキアでも慕われていた。
トラキアの人々は、王子の無事と王位を廃するようなことをしないと伝えるまで武器を下ろすことはしなかった。
訓練すら積んでいないであろう老婆ですら、包丁を手に僕達を睨みつけていた。
アルテナ王女からも彼のことを聞いている。
常に自らの鍛錬を欠かさず、民を思い続ける人らしい。
父トラバント王の厳しい教育からも庇い、時には異を唱えたそうだ。
口にはしないけど王女に気を配り、行動で愛情を示してくれたと言っていた。
そんな高潔な王子が傭兵。
父王と同じくハイエナと呼ばれる道を選んだ。
トラキアの窮状を見れば、誰よりも気高い人物だったんだと思う。
どれだけ恥辱と汚名にまみれようとも、汚せない領域を保ち続けていたんだ。
だから、他所でどれ程疎まれようが気にしない。
軽んじられることすら交渉材料にして、効率的に金銭を稼いでいた。
……思えば、皇帝とも似ている。
僕はそんな風になれるのだろうか。
風評を気にして正しいと思える行動を躊躇してしまわないだろうか。
……そうか‼
「きっと、アルテナ王女だけで大丈夫だ。
出来るだけの金額を用意して説得に向かってもらおう」
「……傭兵は金次第で裏切るのが常です。
ですが、トラキアでのアリオーン王子の評判ではそのような振る舞いをするとは思えません」
「かもしれない。
だけど、彼は情もある人だ。
トラキアでアルテナ王女を草地に向けて墜落させていた。
岩肌ばかりの土地なのに無事だったのはそのおかげもあったんだと思う」
彼が傭兵だというのであれば、実利を追い求めるはずだ。
彼の父や皇帝と同じように汚名を被ることも躊躇わないに違いない。
「それに、先のことを考えて戦う人だと思う。
僕達と戦った時は、真っ先にリーフ王子狙って攻撃をしてきた。
南北トラキア統一の障害となるレンスター王家を狙っていた。
解放軍を倒すなら、本来なら僕を狙うべきなのにだ」
利益だけでなく、彼の妹も解放軍にはいる。
それにわざわざ暗号を分かりづらくしているんだから、最重要の情報のはずだ。
可能性はあると思う。
―――――
書状の通り、帝都への街道に女性達が佇んでいる。
周囲には三人の天馬騎士が侍っている。彼女たちは見届け人なんだろう。
一度聖剣の柄を強く握り、手を放す。
安心感は感触だけでいい。神器に頼りきりになっちゃいけない。
仲間達には足を止めてもらい、馬を降りて僕だけは彼女へと近づいていく。
「イシュタル王女、久しぶりだね」
顔は青白く、以前相対した時よりも生気が無いように見える。
……僕達は彼女の母を倒した。それに彼女の故郷も占領した。
恨み言なら受ける覚悟がある。
「……セリス皇子、自らの神器を取り戻したのね。
思う所が無いわけではないけれど、そのことはおめでとうございます。
晴れて名実ともに継承者となれたのね」
苦しそうな声だ。
想いが滲んでいるからこそ、嫌味で言っているとは感じない。
彼女にとっては全く喜ばしいことでもないのに、わざわざお祝いの言葉を述べてくれた。
「僕はこの戦いが儀式だと聞いている。
そのことは理解したし、必要ではあるんだと思う。
だけど、それ以前に僕達は人間だ。話をして欲しい」
手を軽く上げて仲間の一人へ前へ出るように促す。僕は数歩下がって場所を譲る。
被っていたフードが外され、豊かな銀髪がこぼれ出る。
「……姉様」
その人物の顔が見えた途端、王女の顔に様々な色が混ざる。
喜び、安堵、そして悲しみ。
こんな顔をレンスターでも見た。
「ティニー……」
二人がお互いへと歩み寄ろうとして、足を止める。
少しだけ伸ばして動かなくなった手が見ていて痛々しい。
先へ進むことがないまま震えている。
どちらも口を開かず、時間だけが過ぎていく。
この場にいる誰も急かすことは出来ない。
ただ、これが今生の別れでないことを祈るばかりだ。
―――――
ティニーが強引に両手で王女の片手を掴む。
「イシュタル姉様、もう止めましょう。
姉様はこんな戦いを望まれていないはずです‼」
王女が視線を逸らす。
「イシュトー兄様やブルーム叔父様みたいに意地を張らないで‼
もう嫌なんです……家族が減って欲しくない……」
聖剣を握り魔法への防護を全開にする。
王女の顔は朱に染まっていた。
だけど、こちらを害そうとしていた訳ではなさそうだ。
下唇を噛みしめ、爪が白くなるほどティニーの手を握り返していた。
僕は中腰から姿勢を正す。
「……そうね。
私も家族が大事だわ」
王女はティニーの目ではなく、様々な箇所を確かめるように見ている。
解放軍で苦しい思いをしていないか観察しているようだ。
「だったら、一緒に来てください‼
トードの雷は過ちを正すものだと姉様だって習ったじゃないですか」
王女は空いた片手でティニーの両手を撫でる。
ゆっくり、感触を確かめるように。
「……私は間違っていたのかもしれない」
ティニーの指に込められた力を解きほぐすように指をなぞっている。
「そうだとしても、やり直せばいいんです。一緒に歩いていきましょう」
「……私は一人きりになりたくない」
「姉様‼」
明るいティニーの歓声が響く。
それでも、王女の顔は困ったように眉が下がっていた。
「だけど、それ以上に大切な人にはあの寂しさを感じてほしくないの。
家族以外で初めてユリウス様は私の側に来てくれた。
置いて行くことなんて、したくないの」
「姉様⁉」
「さあ、貴女は離れていなさい。
ここからは継承者同士の争いよ」
離れていた位置で待機してた天馬騎士達がティニーへと静かに近づいてきている。
「それに、雷神なんて呼ばれる姿をあまり見せたくないの」
「姉、様……」
彼女達は立ち尽くすティニーへと忍び寄る。
「許してね、ティニー」
王女の言葉を合図に、三人はティニーを拘束し始めた。
一人は魔導書を奪い取り、一人は両足を掴んで掬い上げ、一人は胴を持ち上げている。
「ねえさま‼」
銀髪を振り乱して抵抗しているが、三人がかりで抱えられて王女から離されていく。
この王女が無体なことをする筈がない。僕もティニーに姉の最期を見て欲しくはない。
黙って見送る。
王女が僕へと向き直る。
「私は上に立つ者としては失格なのかもしれない。
だとしても、母を、父を、兄を、家族全てを奪った相手に無抵抗で恭順するのも誤りよ。
貴方こそ、人間だというのであれば分かるでしょう」
穏やかな口調で諭すように話しかけてきた。
「……ごめんなさい。
僕もその気持ちが分かるのに蔑ろにしてしまっていた」
頭を出来るだけ深く下げる。
この場を用意すること自体が侮辱だった。
彼女の大切な者を奪い取った僕がするべきじゃなかった。
一方的に、話せば分かってくれると思い上がっていた。
都合のいい未来を見て、目の前の女性に向き合っていなかった。
だとしても、これだけは伝えたい。
「だけど、ティニーと話してくれてありがとう。
悲しい結果だけど、何も伝えられないよりは良かったと思うんだ。
……僕は、皇帝と話せて彼が怪物じゃないと分かったんだ。
恨み続けることは出来なくなっちゃったけど、それが悪いことだとは思えないんだ」
両親を奪い、オイフェの人生を変えた仇。
世界に暗黒神を解き放とうとする魔人。
そう思っていた。
だけど、最後の時、僕へと何かを伝えようとしていた。
最善手ではなく、教え導く師範のように僕を受け止めてくれた。
「……こちらからもお礼を言うわ。
叔父上も貴方と話せて浮かばれたでしょう。
ティニーはこの戦いが終わったら返すように命じてあるわ」
お互いに背を向けて決闘に相応しい距離へと離れる。
僕は仲間の元へ、彼女は一人になる位置へ。
帝国の継承者達は皆、聖戦士の末裔に相応しいと思う。
世間で認められないのかもしれないけど、戦ってきた僕はそう思う。
―――――
周りの仲間達を見渡し、一息吐く。
ティルフィングを撫でて心を離す。
ここには僕を含めて四つの神器、そして聖血を引いた猛者がいる。
作戦だって入念に練った。彼女に勝つにはそれぞれの長所を最大限引き出すしかない。
聖雷の加護を受けた彼女の攻撃を避けることは難しい。
ミレトスではバルムンクを握ったシャナンでも捉えられてしまっていた。
ならば、受けるしかない。アレスと僕が盾になる。
リーフ王子のリザーブの杖が持つ限りは耐え抜く。
これが壊れるまでの間に決着を付けたい。
無理だったら、強引に接近戦に持ち込むしかない。
そうなれば、犠牲が出てしまう。
神器を持たないリーフ王子はほぼ確実に失われてしまうだろう。
その次は、盾になるアレスか僕だ。
覚悟はしたつもりだ。
攻撃は距離があっても戦える聖弓イチイバルと聖風フォルセティに任せる。
特に聖風は雷魔法に相性が良い。
だが、ミレトスの戦いではそれだけでは届かなかったそうだ。
今回はこれだけの神器が揃っているのだから、以前のようには行かせない。
本当ならシャナンやアルテナ王女にも居て欲しかった。
速度と空、どちらもイシュタル王女の間隙を付けるかもしれなかった。
だが、二人はアリオーン王子の説得にシアルフィ城へと転移させた。
無いものねだりをしても仕方ない。
聖剣を抜き放ち、天へと高く掲げる。
隣のアレスも僕に続いてくれた。
背後で装備が擦れる音がする。
こちらの合図を見て取ったようで、王女の声が響く。
「イシュタル=フリージがお相手仕ります。
もはや言うべき言葉はありません。
これで最後の戦いにしてみせる‼」
僕達との間に、晴れ空から稲妻が落ちる。
―――――
決戦の合図に応じて、後方から聖風が放たれる。
旋風が地を凪ぎ、石造りの街道が礫と化し、王女へ襲い掛かる。
王女から一層高まった魔力圧が発される。
距離と加護があっても、喉が締め付けられる錯覚がする。
「打ち砕きなさい‼ トールハンマー‼」
虚空から閃光が打ち下ろされる。
烈風と衝突し、大気が揺れる。
衝撃で大地が巻き上がり王女が見えなくなる。
「これなら避けられねえよな‼」
ファバルの聖弓から矢が放たれる。
一条の軌跡から視界が晴れる。
尾を引く流星のように土煙を吹き飛ばして進んでいく。
「逸らされた‼ 来るぞ‼」
声に反応しアレスと共に仲間達の前で加護を展開する。
正面から迫りくる光で視界が奪われ、爆音で方向が分からなくなる。
壁に叩きつけられたような衝撃が僕を襲う。
後から身体を突き抜ける痛みが走る。
癒しの光が降り注いでいるはずなのに、痛みが引いていかない。
戻った視界で周囲を見れば、僕の足元には二筋の轍が出来ていた。
僕は皆の後ろまで押し込まれてしまっていた。
敵へと視線を戻すと、次弾を放とうとしているのが見える。
「槌は何度も叩きつけるものよ」
嘘だ。
魔法の発動には集中が必要だ。
既に2発も打っている。発射には時間が必要なはずだ。
「こちらの次弾は‼ 早くしろ‼」
アレスが地面に魔剣を突き刺し、魔防の加護を引き出している。
彼が抜かれたら終わりだ。戻ろうとするが、痺れて思うように走れない。
「舐められたものね。雷は枝分かれすると知らないのかしら」
三発目が放たれる。
正面で一つの光線となっていた物が、アレスの目前で分岐しそれぞれへと降り注ぐ。
僕はかろうじてリーフ王子への枝雷を切り払う。
目の前で更に分岐し、肩に細くなった電撃が走る。
先の一撃程は痛くない。
「ぐぅ……肩が‼」
ファバルへの電流は防ぎきれなかった。
痛みだけでなく、痺れのせいで聖弓を取り落としてしまっている。
不味い。
このままだと、攻め手が足りない。
「杖が‼」
王子の手にあったリザーブの杖の魔石だけが砕かれていた。
今まで王女はこんな戦いはしてこなかったじゃないか。
全ての下準備が砕かれてしまった。
どうすればいいんだ……。
―――――
王女が構えを解いた。
「数的優位があるというのに待ちの構えを取るとは想定していなかったわ。
各々の神器に向き合った上策ね。私には思いもよらなかった。
普通、力押しで解決してしまえるでしょう?」
魔力圧が減り、魔導書を下げているあたり騙し討ちはないだろう。
「一つだけ聞きたいことがあるのを忘れてしまっていたわ」
返答しようとするが、痺れて口が上手く動かせない。
意味のない音となってしまった。
「アルテナ王女はどうしたのかしら?
まさか、最初の一撃でどこかに墜落したなんてことはないでしょう。
隠れているのであれば、早く出てきてほしいわ。
アリオーン王子に妹殺しなんてさせたくないの。
私は元々敵対していたのだから、ユリウス様には怒りの矛先は向かないでしょう」
小声でリーフ王子が囁いてくる。
「突撃するしかありません。
先程と同じく最初とその直後はフォルセティとイチイバル。
その後は、私、アレスの順で引き受けます。
セリス様、任せました」
……そんな‼
いや、そんな場合じゃない。
僕には対案が思いつかない。
「みんな、それで行こう」
顔を上げ、王女へと向き直る。
手を握っては開いてみる。麻痺はましになっていた。
姿勢を正して返答をする。
「アルテナ王女はここにいない。
それに兄殺しなんてさせない。アリオーン王子にもだ。
ダインとノヴァの悲劇を繰り返させたりしない‼」
腹の底から力を絞り出す。
「僕の名前はセリス=シアルフィ。
貴方達の想いも連れて、邪神から世界を解放する‼
次で終わらせてもらう‼」
―――――
再び暴風と轟雷が世界を押し合う。
大気に揺れが広がり、大地が吹き上げられる。
その余波を矢が切り開いていく。
その道をアレスとリーフ王子と共に駆け抜ける。
雷光が矢とぶつかり、軌道が逸らされる。
だが、相手の魔法は相殺できた。
「私だって槍騎士ノヴァの末裔だ‼
神器が無くたって聖戦士なんだ‼」
左を走るリーフ王子の叫び声と共に手槍が跳んでいく。
速度の加わった投槍は王女の胸元へと吸い込まれていく。
「傍系だからって侮ったりしていないわ」
魔力を高めながら身体を翻し、避けられてしまった。
皇帝と同じだ。
その場からあまり動こうとはしないようだ。
だったら、距離を縮めやすい。
王女がこちらへ向き直り、打ち下ろすように電光が放たれる。
「がぁああ‼」
王子が身を挺して受け、大地へと崩れていく。
「っ‼」
「行くぞセリス‼」
「分かってる‼」
リーフ王子の挑発を無駄にはできない。
アレスと共に距離を詰める。
「厄介ね。
魔防に加護のある二人に分雷したら倒しきれないわ」
接近するにつれて呼吸が苦しくなる。
レンスターで王女と戦った時と同じだ。
あの時は隠れ潜んで隙を伺っていた。
今も破れかぶれな事には変わらないけど、正面から挑めている。
喜ばしいことではないけど、なんだか誇らしい。
「一人ずつ落としましょう。どちらが肉壁になるのかしら」
今度は王女に届かせて見せる。
―――――
後少しで刃が届く。
走りながらアレスが手で合図を送って来る。
彼の速度が一層増す。僕は半歩後ろに回る。
「だったら俺だ。面倒な駆け引きは要らない‼」
アレスに向かって電光が走る。
彼の足は地面に踏ん張っている。
僕はその背中を抑え、雷に負けないように耐え忍ぶ。
目をつぶっても貫く光と肉が焦げる臭いの中、それでもアレスは大地を踏みしめてゆっくりと前進していく。
その背を僕も必死になって押し続ける。
不意に、背中を押す力が空回る。
「行け……」
掠れて僕にしか聞こえない声に促され、背を飛び出す。
正面の王女は目を見開き、魔導書を強く握っている。
この距離なら聖剣と相打ちだ。
「駄目よ」
魔導書が魔法を放つ直前の発光をしている。
聖剣の加護を引き出す。
「受け継がれるのは神器だけじゃない‼」
背後からくぐもったリーフ王子の声が響き、別の閃光が僕達の間を走る。
母上から王子の母へ送られたひかりの剣だ。
「うっ‼」
視界が奪われ、聖雷が見当違いの方向に放たれる。
何も見えない光の中、王女が居た場所を袈裟懸けに斬りかかる。
確かに肉を切り裂いた感触があった。
頬に温かいものも飛んできた。
届いたんだ‼
まだ安心できない。
返す刀で追撃する。
ここで終わらせる‼
「甘い‼」
盲目の中、身体に何かがぶつかる感触と浮遊感に包まれる。
―――――
地面に激突し、意識が戻る。
急いで立ち上がり周りを見回す。
正面には身体中が土にまみれ、赤く染まった片手で胸元を抑えるイシュタル王女がいた。
王女は前かがみになり、さっきまでの余裕は一切なさそうだ。
足元へ聖雷を放ち、自分ごと僕を吹き飛ばしたのか。
側にいた筈のアレスは僕の側にいない。
穿たれた巨大な地面の穴の側面にめり込んでいた。
振り返っても、背後にいたはずのファバル達の姿が見つからない。
首を振って見回しても見つけられない。
戦えるのは僕だけか。
そこに場違いな音が響く。
「見応えのある試合だった。
個人的にはリーフ王子に花丸をあげたい。
出来ることを探し続ける姿勢は素晴らしい。
多分、為政者として一番大成する」
拍手が聞こえてきた方を向くと、黒いローブに身を纏い、複数の杖を携えた女性が居た。
王女の喜色に満ちた声が響く。
「ユ……ズィーベンさん‼
貴方も母上の敵討ちに来てくれたんですね‼」
ここに来ての増援は不味い。
既にユリスの家族も僕達が倒していたのか。
だったら、こっちには来てくれない。
あの書状も僕達を嵌めるためのものだったのか。
「まあまあ、先ずは杖を使ってあげる。
随分深く斬られちゃったね。痛いだろうけど少し我慢してね」
僕一人で……回復した王女に届くのか。
「イシュタル様も頑張っていた。神器の数を覆すなんて快挙。
だけど、もっと色々な活用が出来るはずだから減点。
細かいので視界を奪い続けたり、音と光の時間差で誤認させたり。
ブルーム様はもっと色々した上で力を押し付けていたけど、聞いていなかったの?」
ユリスは足を止めずに杖を掲げ始めた。
杖の光が王女へと降り注ぐ。
王女の出血は、まだ止まっていない。
―――――
ユリスに向けて刃を向ける。
彼女の片手は不思議な動きをしている。
意識を割かせようとしているのだろうか。
「私は敵じゃないよ。証拠に回復してあげる。
先に名乗り出るべきだったんだろうけど、審判だなんて信じてもらえなかったでしょう?」
別の杖を取り出し、魔力を込めて頭上に掲げ始めた。
広範囲に癒しの光が降り注ぐ。よく見てみれば、リーフ王子が使っていたリザーブの杖と同じ形状だ。
身体の痛みが引いていく。
乱入で驚いたが、敵ではないのかもしれない。
ユリスがゆっくりこちらに近づいてくる。
王女は立ち尽くしたまま口を開け閉めしている。
何をしたのか分からないけど、窮地を救ってもらえた。
「……ありがとう。ユリスのおかげで助かったよ」
光らせたままの杖で僕の背後を指し示してきた。
「だったら遠くの御味方にも伝えてあげて。
イチイバルとフォルセティに狙われるのは好きじゃない。
殿下のお父さんの軍でも同じような目に遭った。
それと今の私はズィーベン」
振り返れば、仲間達は神器を構えている。
ふらふらと身体の軸が定まっていないけど、みんないる。
癒しの光は彼らにも降り注いでいる。
みんな、生きていた。
僕が聖剣を仕舞う姿を見せ、飛び跳ねながら大きく両手を振る。
みんなは武器を出したままだけど、構えを解いてくれた。
一方、駆け寄ってきたイシュタル王女がユリスへと殴り掛かる。
慣れていないのか、腰の入っていない勢い任せだ。
ユリスはそれをいなし、足を掬い王女を腹ばいに地面に倒す。
その背中を踏みつけ、聖雷の魔導書を奪い取った。
ほんの一瞬だった。
王女は当然のように僕達の四つの神器相手に押し込んでいた。
威力だけでなく、思うがままに雷の形状を作り替えていった。
雷神という二つ名を軽く見てはいけなかった。
それなのに、彼女よりも小柄な少女に転がされてしまっている。
「傷が開いちゃうでしょ。
話せないんだから、大人しくして」
王女に見せつけるように片手を規則的に動かしている。
「手短に話を済ませよう。
イシュタル様を踏み続けるのは心苦しいんだ。
お仲間も側にいた方が早く済みそう」
分かっています。気に食わないでしょう。
そろそろです。
あと5話で終わります。