ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

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ここからが本番 ―グラン歴778年

解放軍の四人がこちらに集まるまで、ズィーベンさんはリザーブの杖を使い続けていた。

私の傷も塞がり、大地に傷口を擦りつけずに済んだ。

 

足音が私達の側で止まった。

私の上からズィーベンさんの声がする。

 

「あなたたちの心情は無視する話。

時間も無いから代表者のセリス様以外の発言は止めて」

 

身体を踏まれて地面に顔を付けられ、存在をない物として扱われる。

なんて屈辱、今まで味わったことが無い。

 

だけど、事前の約束もあるわ。

それにこれには意味があると手信号で伝えてきた。

……どうしても我慢ならなかったから、怒りに任せて殴り掛かってしまったけど。

 

「……その、イシュタル王女は大丈夫?

トールハンマーを取り上げたのは分かっているけど、本当に無力化出来ているの?」

 

セリス皇子の問いかけに反応して、私の背中が靴で踏みにじられる。

今は魔力を高めてしまってはならない。

相手に警戒心を抱かせ、ズィーベンさんの作戦を邪魔してしまいかねない。

 

「声を出せなくするサイレスの杖を使った。だから時間制限がある。

もしかしたら、泣いているかもね。泣き声も出せないだろうけど。

万一にも自爆されないよう聖雷を取り上げた」

 

声も出来るだけ抑えなければならない。

今はサイレスで出せないだろうけど、いつ効果が切れるか分からない。

何としても耐えなければ。

 

「……ありがとう、ユリス。

自爆は本当に恐ろしかったよ。

フリージでは当主夫人以外の将兵は皆、死の間際に魔導書を暴発させてきた。

全員味方には被害が出ないようにしていたから、訓練していたんだろうね」

 

何を言っているのかしら。

そんな外道では済まされないことを母上が命じる訳がない。

臣下の子供の誕生日を暗記するほど目をかけていたのだから、弔うことすら出来なくするはずはない。

 

「……正直、彼女が本当は邪神の写し身なんじゃないかと思った。

これまで戦ってきたロプト教団の魔導士ですらあんなことをしなかった。

夫人が冷酷とは聞いていたけど、あれ程とは……。

いくら戦いだからといっても配下に死体を残すことすら許さないなんて、どれ程非道な脅しをしていたんだろう」

 

魔力を高めては駄目よ。

口を大きく開き大地に向かって叫ぶことで感情を抑える。

まだサイレスの効果があるおかげで、口から音は一切出ない。

 

母上が暴発の方法を広めたのは確かだ。

父上へ必ず全ての魔道兵に教えるように言い渡していた。

 

だけど、捨て駒になるようなことは絶対に強要しない。

どんなことがあっても、大切な人を守るための最後の手段として広めていた。

あるいは、尊厳を汚されないためのお守り。

母上達の愛をそんな風に侮辱しないで‼

 

「ならば首を跳ねればいい」

 

ミストルティンの剣先が視界に映る。

切先は日を受けて輝いている。

 

それが正しいでしょうね。

私も倒そうとしたのだから、そうなるのが当然。

魔剣であれば、余計な痛みも無いでしょう。

 

「手綱は握っておいて」

 

戦前、ズィーベンさんは私と契約をした。

私が勝利すれば母上を蘇らせる道を整える。

恐らく、魔将にするということなのでしょう。

意思が無くても構わない。失ってから迷いは無くなった。

 

一方、私が敗北すればそれまでの遺恨や心残りを捨ててユリウス様の意思に全て従う。

そんなことは最初から行っているつもりだった。

だから、この約束は勝って来いという激励だと思っていた。

 

だけど、私の戦いに介入してきた。

あのままでは、敵は殲滅できても私は帰ることは出来なかった。

期せずしてアリオーン王子の予想通りになってしまったわね。

その時点で、敗北と見なされたのでしょうね。

 

「私はトードの血を確保しに来た。

今やファラと同じで希少な聖血。しかも、直系。

それを捨てるなんて世界の損失」

 

理論は一切間違えていないわね。

今では私とティニー、それに生きていれば彼女の兄しか居ない。

 

そこまで減らした元凶が目の前にいる。

 

……抑えなければならないわね。

私は負けた。彼らの方が聖戦士の末裔として正しい。

末裔としての責務だけでなく、戦の習いまで破ってしまえば、フリージの誇りすら完全に失ってしまう。

残っている家臣達の境遇まで悪くは出来ない。

あれ程力を見せつけたのだから、私の首で足りるでしょう。

 

「ユリス様の協力が無ければ、私達は確実に負けていた。

ですが、イシュタル王女が再び解放軍に刃を向けてくる危険性があります。

ここで禍根を絶たなければなりません」

 

リーフ王子の言う通りね。

次があるのであれば、貴方を真っ先に落とす。

そんな機会は無いでしょうけど。

 

私の助命は確実に不可能でしょう。

それなのに、ズィーベンさんも無理をするわね。

私から返せるものなんて、それほどないというのに。

 

「はぁ……。

疑念はもっともだけど、こちらの意向は一切聞いてくれないんだね」

 

そういえば、解放軍は誰もズィーベンさんのお願いを聞いていない。

加えて、一度訂正があったのにユリスと呼び続けている。

 

加えて、ズィーベンさんは代表のセリス皇子とだけ話すと宣言したのに、好き勝手に口を開いている。

顔を上げることは出来ないけれど、皇子が制御する様子は無いように思える。

組織として大丈夫なのかしら。

 

「ファラ様の名にかけて、イシュタル様はこの戦いではあなたたちとは敵対させない。

これでいい?」

 

仇を取ることが禁じられてしまった。

悔しいけれど、受け入れるしかないわね。

自然と頬が濡れていく。

 

「跡継ぎが必要なんだから戦地になんて行かせたくない。

さっきだって、もう少し下を深く切り裂かれてたら見捨ててた」

 

当然ね。

子孫を残せない女は戦うしかない。

それすら出来ない貴族子女には何も求められない。

私は彼らと敵対したのだから、二度と魔導書を手にすることはできないでしょう。

少なくとも、解放軍が殲滅されるまでは。

 

母上が言っていた生産機にされるのかしら。

少し前までは治世が安定し、戦も小規模になっていたから末裔の数も足りていた。

だけど、これから先は違う。解放軍の蜂起で傍系含めて減り過ぎた。

十人も産めるかしら。

 

どうなるにせよ、ユリウス様のお側には帰れない。

帝国が勝つまでは解放軍で飼われるのかしら。

その筋なら助命も通りそうね。

 

「……そんな政治の道具みたいな言い方は止めて欲しい。

僕達は人間なんだから、心を蔑ろにしちゃいけない」

 

……セリス皇子は優しいのね。

以前のユリウス様と似ている。

やはり母親がディアドラ様だからかしら。

 

「言い争いをするつもりはない。

だけど、ディアドラ様に頼まれていたから簡単に指導する」

 

ズィーベンさんにとって、ディアドラ様の名前は重い。

これまでの交流からもそう思う。母上も保証していた。

 

母上は、ディアドラ様のことをどんな時もユリスをただの人間として接した唯一の人物だと言っていた。

だから、どこまでも尽くすし、彼女だけは裏切らない。

その気持ちは私にも少しだけ分かる気がする。

 

あたし達だと、どうしてもユリスを駒として見なきゃならない場面があった。

そんな思いをさせる前に旦那を宛がってやるべきだった、何なら誰でもいいから自分でどこかで捕まえてきたら良かったとも。

ディアドラ様の名前が出たら嘘は無いとまで断言していた。

 

そこまで言い切る理由を聞いてみたけど、母親になれば分かるとしか答えてくれなかった。

母上の娘は私だけだと思っていた。

 

「私含め上に立つ者は、心に従っては駄目。

大抵の場合しっぺ返しに多くの人が巻き込まれる」

 

当然ね。

だけど、それが何より難しい。

私も私怨に走って、今は無様を晒している。

そしてズィーベンさんに庇われている。

相変わらず手厳しいわね。

 

「それでは無情な世界になってしまう」

 

リーフ王子は意外と夢想家なのかしら。

個人としては理解も出来るわ。

 

彼は幼いころから潜伏生活だと思っていたけど、強力な支援者がいたのね。

私にはよく分からないけれど、隠れ住むのは苦しいのでしょう。

そんな空想に浸る余裕はなかったはず。

 

旧レンスター王家復興のために、私はこの人との間に何人か作ることになりそうね。

既存勢力との繋がりを示すには丁度良いでしょう。

期せずしてアリオーン王子と縁戚になるのね。

他には何処との間に設けるのかしら。

 

「心が有るから無情な判断が思いつく。

苦しんで、苦しんで、最後まで苦しんで、苦しみ抜く。

それでも壊れてはいけない。それを体現するのが上位者。

空想位はいいんじゃない? 実行しなければご自由に

そうでないとどうなるか、今の世界が教えてくれているでしょう?」

 

……私は守られていた。

それを今更になって強く感じる。

母上も、叔父上も悪名すら活用して最後まで戦った。

 

その二人だけじゃない、父上だってきっとそうだった。

能力は足りなかったけど、母上の気持ちは分かっていたんだ。

いつも五月蠅いくらいに周りへ母上の良い所を触れ回っていた。

 

それに、足りていないということは自分が一番分かっていた筈。

だから、後進の育成ばかりに力を入れていたんだ。

 

……これまでごめんなさい。

今は一つでも多くの情報を取らなきゃいけないのに、涙が止まらない。

 

断続的に背中にかかる力の強さが変わる。

足で慰めているつもりなのかしら。

まだ私は放り投げてはいけない。最後まで気を抜いては駄目よ。

 

「要は、聖血に惑わされないで。

人格や能力を保証するものでなく、統治に用いる道具に過ぎない。

筆や紙と変わらない。後から手に入れられないから高級なだけ。

だから奴隷市場がにぎわう」

 

真実ではあるけれど、過激すぎるわ。

聖血がただの道具みたいに聞こえるわ。

 

……それを濃く継いでいる私の価値を強調するつもりかしら。

あるいは、彼らにはこれ程率直に伝えないとならないのかもしれない。

 

「横槍を入れた挙句、説教か。

お前はいつも戦いを邪魔する。それしか出来ないのか」

 

「はぁ……」

 

わざとらしすぎないかしら。

お互いに相手を挑発し合う必要はないというのに。

 

それにしても、想像以上に解放軍は寄せ集めなのね。

継承者ですら作法を守れない。

ズィーベンさんは彼らに味方をしているのに軽んじられすぎているわ。

 

百歩譲って、戦場で生きてきた直系はそうなってしまうのかもしれない。

武で身を立ててきたのだからアレス公子は仕方ないとしましょう。

だけど、最低でも傍系を舐めるなと私に宣言したリーフ王子は止めるべきだわ。

聖血以前の礼儀よ。

ヴェルトマー一門の名家に対するこんな仕打ち、無礼打ちをされても文句は言えない。

 

こんな扱いをズィーベンさんに耐えさせている。

これ程自分が無力であることを感じたことはない。

土を握って魔力が高まらないように抑える。

 

「そうだよ。

あなたたちがそれぞれの父親みたいに愚かな選択をしないようにね。

彼らほど強くも無いし、老婆心が出すぎちゃったかな?

事実、彼らなら神器三つで先々代の聖雷を討ち倒したよ?」

 

わざとらしく音を立てて私の背中が踏みつけられる。

 

流石に攻めすぎね。

いくら恩人であることを示すにしても、親は持ち出してはいけないわ。

いつものズィーベンさんなら挑発されても、ユリウス様やアリオーン王子相手にはこれ程はっきりと刺したりしない。

 

……でも、それも仕方ないわよね。

相手の名前すら正しく呼ばず、一切の要望を無視している。

私はこんな相手と会ったことがないわ。

 

「余計なお世話だったね。

傍系の私程度ではサイレスも長く持たない。

継承者様方ならもう一戦すれば結果は変わるかもね。

お望みなら、それでも構わないよ?

今度は私も邪魔をしない。」

 

反論が返ってこない。

解放軍は先祖を引き合いに出されても気にしないのかしら。

 

……私達とは文化が違うところがあるのね。

考えてみれば、宮廷とそれ以外で同じなはずが無かったわね。

私は彼らも同じだと勘違いしてしまっていたみたい。

 

「それでどうするの?

イシュタル様を家畜にするか、屠殺するか。決定権は皇子にある」

 

更に強く踏みつけられる。

息が漏れないように耐える。

 

「何度も言うけど、僕達は聖血を継いでいても人間なんだ。

王女をそんな風に言わないでほしい。

それに、とても恐ろしい敵だったけど、それだけじゃない」

 

セリス皇子は人間的には善良なのでしょう。

でも、そのままでは君臨する者としては相応しくない。

ズィーベンさんの言葉を借りれば、心があるからこそ外道になれる。

それを裁くのが上位者。慈悲だけでは立ち行かない。

双方を兼ね備えて使い分けられなくてはならない。

 

「フリージ城では子供達や邪神に抵抗する人達が匿われていた。

王女の指示だったと聞いているよ」

 

子供は私が手配した。

城の大聖堂へと子供狩りで送られてきた少年少女を留めた。

あのままでは、帝都で生贄に捧げられてしまう。

 

ユリウス様は、邪教の干渉と大事な方を失ってしまったから、今は前と変わられた。

だけど、ズィーベンさんとの関わりで昔のように戻ってくれる時もあった。

この戦いが終わり、落ち着けば邪教に傾倒することは無くなる。

その猶予を稼ぐために子供達を匿わせた。

 

だけど、それ以外については知らない。

精々、暗黒教団からの武力介入が無いように信頼できる手練れを配置したくらいだ。

 

「故事ではないけれど、聖騎士マイラのようじゃないか。

彼のように暗黒神に支配された帝国の中でも正しいことを行っていた。

きっと、僕達みたいに外から変えるよりも大変だったと思う」

 

……まさか‼

命令書を改竄出来るのは母上しかいない。

帝国がどうなろうが、功績を私に残そうとしていたというの‼

 

帝国への反乱分子を守った功績で解放軍へ取り入れと‼

城が奪われなければ、解放軍に伝わらなかったでしょうに。

 

……。

母上が最初から生き残るつもりが無かったなんて有り得ない‼

 

「王女は間違えたと言っていた。

だけど、誤りだけだったとは思えない」

 

そんなはずはない。

隣でもう一度針仕事を教えてくれた。

嫁入りの前準備として刺繍入りのハンカチを縫っていた。

私とユリスさんのを繕いながら再教育してくれた。

 

解放軍が来るまでに間に合わないからって、それぞれへ魔法の指輪を貸し出してくれた。

私にバリアリング、ユリスさんにはマジックリング。どちらも魔導士には垂涎の品。

今も右手に付けている。

必ず戦後に返すように言いつけられた。

 

それに、母上も婚礼を上げた帝都の大聖堂の話をしてくれた。

式の前がどれだけ大変かをしみじみ語って、あんなに家族席は楽だって言っていたのに。

 

背中が押しつぶされる。

抗おうと身体に力を籠める。

 

「ユリスの言ったように情に流されているのかもしれない。

だとしても、この判断が過ちだなんて思わない」

 

ふっと圧力が軽くなる。

のしかかっていた靴裏の感覚がなくなる。

掌で地面を押し出そうとする。

 

鈍い音を立てて靴底が背中に叩きつけられた。

肺は潰され、頬が大地にぶつかる。

 

「刃を向けあったけれど、僕達は邪神へと抵抗している聖戦士なんだ。

仲間を殺すようなことは出来ない」

 

「申し訳ないけど、今は王女に聖雷を使わせられない。

だから、この戦いが終わるまで僕達の前に出さないで欲しい」

 

「もし、僕達がここで戦っていなければ、仲間として扱えた。

だけど、決闘をしてしまったから、どうしてもけじめをつけなきゃならないんだ。

継承者から神器を取り上げるようなことをして、ごめんなさい」

 

私が……母上の想いを踏みにじっていたとでも言うの。

母上は誰にも理解されないまま旅立ってしまったとでも‼

 

口が裂ける程開く。

それでも声が出てくれない。

 

さらに深く大地へと押し込まれる。

 

「この聖戦が終わった後、出来ればもう一度だけでもいいからティニーと話してほしい。

恨むなら僕をいくらでも恨んでほしい。

それでも、ティニーにとっては姉と再会できる方が嬉しいだろうから」

 

大地へと爪を立てる。

土が爪の隙間へと入り込む。

 

血が混じり始めた。

それでも止められない。

 

あらん限りの力で、大地へと突き立てる。

 

首の下が蹴りつけられる。

 

……本当に、私の敵討ちが終わってしまった。

土しか掴めないまま、終わってしまった。

 

―――――

 

「そう。

なら転移させるから下がってもらえる?」

 

複数の足音が離れていく。

 

背中にかかっていた力が無くなった。

ゆっくりと顔だけを起こす。

 

正面には解放軍が立っていた。

セリス皇子と目が合う。ユリウス様とは対極の青い瞳。

 

大地が眩しい程輝き始める。

ワープの杖の魔法陣が浮かび上がる。

 

「別に生かしたからって幸せになるとは思わない方がいいよ。

死んでいた方が幸せだって思うこともある。体験談」

 

……全く、その通りね。




読後感を損ねてしまっていたら申し訳ありません。補足です。

セリス達解放軍と帝国側は全く異なる環境で育っています。
彼は辺境イザークの更に片田舎に隠れ住んでいました。
だから、セリスは家畜と言われても動物だけを思い浮かべてしまうのでしょう。

例えですが、3×4と言われて何を思い浮かべますか?
12でしょうか。
あるいはマス目を想像するか、18.75%を思うかはその人の背景次第で変わりますよね。
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