ファラの聖戦 ~椿油和え~   作:AKI久

63 / 65
原作で印象に残るキャラの最後です。
納得しがたい方もいらっしゃるでしょう。
世界観に準じた結末になったと思います。

アリオーン
https://guide.fire-emblem-heroes.com/03091002001002-2/

アルテナ
https://guide.fire-emblem-heroes.com/03091003000474/


契約しようか。紋章に誓う ―グラン歴778年

遠くに無傷のシアルフィ城が見える。

 

ここまで酷いものだった。

転移で到着したダーナ城には、トラキアとしては大きな問題はなかった。

多少修復しきれていない部分はあったが、その程度だ。

比較的早期に解放軍に落とされたからだろう。

 

そこの領民から前城主イシュトーの敵討ちを請願された。

人を焼くことを何とも思わないロートリッターの制止を振り切ってまで子供が懇願してきた。

世話になったのかもしれない。だが、それ以上に今の暮らしが前よりも悪くなったのだろう。

交易で栄えていたはずの城が、未だに外面を取り繕うことすら出来ていなかった。

 

城を飛び立ち、目的地までの途中エッダ城を横切った。

つい先日戦闘があったばかりで、城壁は存在していなかった。

わざわざ大理石を貼り付けた白亜の威容は失われていた。

エッダ教の総本山であったとは誰も思わないだろう。

 

あれでは占領しても拠点として活用できるかも怪しい。

部下達へはダーナから空輸による私への補給線を絶やさないための輸送を任せた。

戦力は私一人で十分だ。

 

シアルフィ城へと続く街道どころか、そこら中が不自然な形になっていた。

大穴や無意味に盛り上がった大地。これが自国であったらと思ってしまう。

私が立ち回りを誤れば、こうなる。

 

トラキアはどうなっただろうか。

竜騎兵を用いた作戦だったため街道にはそこまで損傷はないとは思うが、確認は出来ていない。

このようになってしまっていたら、復旧にどれ程かかるだろうか。

費用の工面だけでも数年は必要だ。

人足やそれに伴う生産力の低下と食糧不足。考えたくもない。

 

民はどうなっただろうか。

王が不在でも回るようにはしている。

だから、何代も前から傭兵に出向いても耐えられるよう整えてきた。

 

だが、解放軍側に占領されてしまった。

私の元に集った兵は変わらぬ顔を見せていた。

だが、戦士でもない者はどうだろうか。

影響が全くないなどとは考えられない。

 

城から赤鎧に身を包んだ一騎の飛行兵がこちらに向かってくる。

天槍グングニルを包みから取り出す。

 

―――――

 

こちらへとアルテナが飛竜に乗って近づいてくる。

地槍ゲイボルグを構えることすらしていない。

両手で手綱を握っている。

 

片方の手のひらを地面に向けて、何度も上下させはじめた。

要望に応え、飛竜に指示を送り、私も大地へと降りる。

 

そこにはシャナン王子も居た。

直ぐに飛び立てるよう鐙を意識する。

 

あちらは腰から鞘ごと神剣バルムンクを抜き取って、地面へと横たえた。

 

「私は見届け人のような者だ。

兄妹の間に水を差すつもりは無い。

……すまないが、こんな時世だ。理解してもらいたい」

 

継承者が自ら神器を手放す。

それ以上の誠意は存在しないだろう。

踏みにじる外道にはなれない。

 

飛竜から降り、大地に足を下ろす。

 

「配慮に感謝する。

同じく聖血の濃く継いだ者として、オードの末裔の心意気を無下にするつもりはない。

だが、私と交渉でもするつもりか。敵同士だぞ」

 

何をするつもりなのかは分かっている。

第三者の直系がいるとは、決闘を執り行うということなのだろう。

イザークの王子であれば、トラキア半島の覇者を決める審判として不足はない。

だが、問わずにはいられない。

 

シャナン王子は答えを返すことも無く、神剣を置いたまま下がっていった。

 

「……兄上」

 

飛竜から降りたアルテナが呼びかけてくる。

地槍は愛竜に預けたまま、こちらへと歩み寄って来る。

 

―――――

 

アルテナの姿を見る。

 

「決戦を前に、ダインとノヴァの再演のつもりか。

解放軍は中々残酷なようだな」

 

前よりも精悍な顔つきになった。

顔には一切傷がついていない。

身体も少し大きくなったように見える。

成長期は終わったというのに、厚みが増したように思う。

解放軍の方がトラキアよりも食料が豊富だったのだろう。

 

「ゲイボルグの悲劇など起こさせません。それが解放軍の総意です」

 

……兄が妹を殺す等、想像もしたくない。

私もするつもりはない。お前を気絶させて、帝国に連れて行く。

 

アルテナは、私を殺す覚悟を決めたか。

妹が兄を殺すのであれば過去の焼き直しにはなるまい。

 

「兄上も解放軍に来てもらいます」

 

茶色の瞳が私を見つめている。

トラキアで向き合った時とは違い、強い光を宿している。

 

これは時間がかかることも覚悟しなければな。

両腕を折れば、諦めるだろう。

 

―――――

 

相手を戦闘不能にし、ここでの戦いを有耶無耶にする。

私と同じ心積もりか。

 

だが、私との力の差は解放軍の中で誰よりも理解しているだろう。

シャナン王子が加勢しても覆りようが無いことは明白だ。

それにユリウスとの訓練で私の腕も以前より磨かれている。

 

「このままでは世界は暗黒教団の物になってしまいます。

それではトラキアの民もどうなるか分かりません」

 

「だから帝国で私が功績を上げる」

 

「その褒賞を誰が保証するというのですか‼

厳しいけれど、法を重んじたアルヴィス皇帝も居なくなったのですよ‼

奴等が横紙破りをしないとでも思っているのですか‼」

 

「ユリウスが居る。

奴であれば、皇帝の後を継いで正しい統治をする。

今一時は邪教がのさばっているが、戦後は変わる」

 

「ロプトウスが信じられますか‼」

 

「違う‼」

 

アルテナの肩が跳ねる。

反射的に否定してしまった。

 

「……声を荒らげてすまなかった」

 

「……兄上はどうしてユリウス皇子をそれ程買っているのですか?

噂では、邪教は不思議な術を用いて人を操ると聞いています。

何かされていませんか?」

 

ユリスからも聞いている。

ユリア皇女もその様な物の影響下にあるそうだ。

邪書も使用者を蝕もうとする。

邪教の底はしれない。

 

だが、奴はそれを看破し、飲み込もうとしている。

 

「……ユリウスは、私にとって初めての友人なのだ。

奴は私と渡りあい、立場は別でも同じ孤独を分かち合った」

 

口から余計なことがこぼれ出た。

自分が思っていた以上に、私は寂寥に弱いのかもしれない。

天槍を握りこむ。

 

「私はお前のように人から好かれる質ではないからな」

 

「……兄上、おめでとうございます。

それと、これまで気が付かなくて申し訳ありません……」

 

お前は妹だ。

血が繋がっていない事実があっても、それは変わらない。

妹にそのようなことは求めない。

 

「次期皇帝と私人としての交流がある。それで担保には十分だろう」

 

「……私も、解放軍に参加して様々な人と関わりました。

実の弟だけでなく、各地から来た者達ともです」

 

「兄上は知っていますか?

北のシレジアでは、山の上は常に雪が残り続けるそうですよ。

どれだけ暑い夏でもだそうです」

 

知っている。

昔に傭兵として赴いた。

それどころか、ヴァイスリッターの三姉妹とシレジアの空の辛さを話した。

それに応じた防寒対策も教わった。

 

「怒らないでほしいのですが、私達は一度トラキアを出て良かったと思います」

 

天槍を強く握る。

……その言葉は否定できない。

 

私も友を得た。

 

怪物だと思っていた家が、家族思いの普通の者達だと知った。

我らの障害でしかなかったフリージ家は、お互いを愛していた。

 

血も涙もないヴェルトマー家は、涙を隠しているだけだった。

富んでいるから余裕があるのではなく、その様に見せているだけだった。

 

家と不可分なはずの聖血を継いでも、他に家に仕える者達が存在すると驚いた。

事情は異なるが、アルテナのような者が他にも居ると知れた。

 

アルテナも見地を広げられたようだ。

心身ともに大きくなった。

確かに、離れてこそ分かることもあるのだな。

 

「だけど、それでもトラキアが忘れられません。

岩肌ばかりで何もなく、空を飛んでいても楽しくないような場所なのに。

ミレトスのような豊かさもないのに、今は帰りたく仕方ありません」

 

帝都はトラキアとは別世界だった。

我らが故郷では逸品として飾られるべき物が、バーハラには溢れている。

人が滅多に通らない通路ですら、透き通るような白磁に繊細な絵付けの陶器が飾られていた。

 

食事も当然のように金縁の皿で純白のパンが供される。

製粉に使う臼が良いのか、砂利のような物が混ざっていたことは一度も無かった。

 

「私は故郷の人々が好きなんだと思います。

格好はみすぼらしいし、教養なんてものはない。

だけど、お互いのことを想い、支え合う優しい逞しさが好きなんです」

 

……私も帝都を飛び出して帰りたくなることがあった。

いちいち礼儀は面倒で、感情をそのままぶつけることも中々許されない。

お互いを想い合っていても、伝えることすらままならない窮屈さがあった。

 

「だから、そんなみんなが苦しむ世界にはしたくないんです。

トラキアのみんなが暗黒教団に反発し続けていたことは覚えているでしょう?」

 

当然だ。

 

私はアルテナの想いを聞けて良かった。

昔と変わらず我らの心はトラキアの空にある。

 

だからこそ、解放軍側に賭ける訳にはいかない。

貧しいトラキアの大地は、今のグランベルのような荒廃には耐えられない。

貴様等は邪神への切り札を持っていない。ナーガの在り処を知らないのだろう。

 

―――――

 

「であれば、トラキアは帝国に付くべきだ。

解放軍の軍門に下っても、レンスターに首輪を付けられるようなものだ。

お前の弟を悪く言うようだが、それが現実だ。

他の選択は国益を損なうだけだ」

 

「……兄上は利益が無いからこちらに来てくれないんですね」

 

アルテナが腕を上げた。

その背後にいるシャナン王子が袋をこちらに見せつけている。

 

「ここに五万Gあります。

セリス様達が頭金として私に託してくれました。

トラキアの傭兵なら、この金額で父上も呼べましたよね」

 

……いじらしいとでも思うべきか。

それだけあれば、父上でも直接出向く。

だが、この戦いはただの出稼ぎではない。

 

「お金だけじゃありません。

戦後は争いを減らせるように話し合いたいんです。

だから、みんな兄上の席を用意して待っているんです」

 

 

少しは政にも目を向けられるようになったようだな。

解放軍に寝返ってから苦労をしたのだろう。

その経験がアルテナの視野を広げたのだろう。

……父上は私を甘いと言っていたが、その通りだったようだな。

 

アルテナの話を信じるのであれば、解放軍側に下っても発言権はあるようだ。

だが、それがどの程度のものかは、推して知るべきだろうな。

 

「同じ聖戦士として、ロプトウスを倒しましょう‼」

 

無意識に天槍を地面に突き刺す。

土が弾け飛ぶ。

 

……解放軍が道義的にも正しいのだろう。

利益も無いわけではない。

 

「お前もユリウスを裏切れと言うのか‼」

 

だが、どうしても許せない。

 

―――――

 

「お前も狭く一本しかない道を歩むしかない苦しさが分かるだろう‼」

 

戦士は傭兵、女も労苦を背負う。

トラキアにはそれ以外ない。

 

「ユリウスもだ‼

邪神の書を受け継ぐと運命付けられていた‼

それでも、より良い未来のため戦っていた‼」

 

ユリスまでも裏切りを示唆し、イシュタルも離れていった。

それに、あいつは半身である邪書すら信用できない。

我らは神器だけは信頼できるのにだ。

それなのに前へと進もうとしていた。

 

「兄上⁉ 何を⁉」

 

「トラキアを忘れたか‼

我らに選択肢などない‼ 奴にもだ‼」

 

「だが、奴は自ら新しい道を見出した‼

善後策すら用意している‼」

 

「お前達はただ言われたままにしているだけだ‼

民が、貴族が、世界が、そうあれかしと宣った言葉を真に受けているだけだ‼

負けた後のことなど考えていないだろう‼

敗北すら有り得ぬことと切り捨てているのだろう‼」

 

私相手に力不足の二人しか派遣していないのがその証拠だ。

私を止められなければ、シアルフィ城は落ちる。

そうなれば、解放軍は終わりだ。

そんなことにすら考えが及ばないのだろう‼

 

「ロプトウスによる支配がその未来なのですか‼

兄上のご友人ともあろう人が、その程度ですか‼」

 

背筋に冷や汗が伝う。

 

―――――

 

「……違う。

光も闇も共存して、これまでの歴史を繰り返させない」

 

片方が迫害し、その反動で社会を逆転させる。

歴史はその反復をしている。

 

その再演をここで断ち切る。

両者が共にあれるよう世界を変える。

どちらとも敵対し得る聖戦にあいつは立った。

 

「今の何処に共存があるというの‼

邪教の支配ばかり‼ これが兄上達の望みですか‼」

 

「ユリウスは抗っている‼」

 

現に邪教の勢力をヴェルトマー城に集結させ、戦場から離している。

戦後に発言権を持たせないためだ。

 

「だったら、こんな所に来ないで‼

側にいて支えてあげなさい‼

なんで友人を兄上は助けてあげないの‼」

 

アルテナの茶色の瞳から目を逸らす。

片手に嵌めた指輪へ目線が落ちる。

光を放たず、くすんだ赤色が目に入る。

 

アルテナがこちらに近づき、飛竜に乗ったままの私の腕を掴んで引き寄せる。

そのまま大地に背中から落とされてしまう。

強引に首元を掴まれ、背中だけが浮かされる。

 

「こっちを見て‼

兄上は何がしたいの‼」

 

……ユリウスは私に妹を託した。

あいつは私に保険として動くよう願ってきた。

だが、それではユリウスは一人になってしまう。

 

私に……あいつを殺せというのか。

 

ユリウスとユリスは私にその決定権を押し付けてきた。

邪神への切り札など、ユリア皇女など私は要らない。

 

首元からアルテナの手が離れ、音を立てて大地に背中がぶつかる。

代わりに天槍を握る手がアルテナに掴まれる。

 

「兄上……わたしはもう戦えない。

どうしても分かってくれないのなら、わたしを倒してから行って」

 

アルテナが数歩離れて膝立ちになる。

 

「わたしは……兄上の手にかかるなら、悔いはありません」

 

アルテナが目を瞑る。

小さく震えて、身体の前で手を合わせている。

 

彼女の赤鎧が、日に照らされて輝いている。

紅色が友の姿を呼び起す。

 

ユリウスはあれ程妹を気にかけていた。

七年も前に生き分かれたユリア皇女の好みの茶と淹れ方を研究していた。

それなのに、殺すよう命じた。

 

今、私の眼前で妹が命を差し出している。

 

あいつは、優しい男だ。

私へ魔法を放ってでも止めるだろう。

魔導書が無くとも、敵わないと知りながら私へ殴り掛かって来るに違いない。

私が背いてどうする。

 

大地に刺した天槍を頼りに立ち上がる。

抜き取って一振りし、土汚れを払う。

 

―――――

 

「アルテナ」

 

伸ばした手に嵌めた赤い指輪が目に入る。

 

ユリスはこれを想定していたのか。

戦いであれば、私以上に信頼の置ける者はないだろう。

この絵図面には、今まで気が付けなかった。

口うるさく、威厳も足りなかったが、我らの師としては及第点だ。

 

私にも為すべきことが見えた。

妹を悲しませるべきではない。

兄であれば、どんな時でもそんなものを望まない。

自ら道を切り開こうとする者であれば、特にそうだろう。

 

「はい……」

 

震える肩に手を置く。

 

「あいつの想いを守りたい」

 

間髪入れず、腹から声を出す。

 

「シャナン王子‼」

 

弾かれたようにアルテナが目を見開く。

 

「ユリア皇女の救出を依頼するつもりはないか。聖書ナーガも付けてやる」

 

ナーガの継承者さえ居れば、邪神も敵ではない。

ユリウスの想いを汚した報いを受けさせてみせる。

気に食わないが、その道筋は師によって既に整えられている。

 

「……‼

何故ユリアのことを知っている⁉」

 

シャナン王子が神剣へ駆け寄る。

顔から余裕が無くなっている。

 

「前金五万Gなら安上りだろう‼ 受けるか‼」

 

ユリウスが居なければ、解放軍には雇われなかった。

随分と皮肉なことだ。

 

「兄上⁉」

 

「我ら兄妹でヴェルトマー城を落とす。アルテナ、支度をしろ‼」

 

私の意気に呼応するかのように、飛竜が咆哮する。

跳び乗って、天槍を頭上で一回しする。

 

シャナン王子から金貨袋が投げつけられる。

 

「商売上手だな‼

ユリアを……ディアドラ様の娘を頼んだぞ‼」

 

飛竜の脇腹を蹴る。

 

―――――

 

ヴェルトマー城へ向け、アルテナと共にグランベルの空を縦断する。

眼下に戦禍の跡が流れてゆく。

万一にでも巻き込まれると面倒だ、山や崖を超えて進む。

 

我らとは別の風切り音がする。

帝都の方角から三騎の天馬がやって来た。

 

「アリオーン王子‼ 何か力になれますか‼」

 

三騎はそのままこちらの前方で我らの風よけになる。

背中を向けているあたり、敵意は無いようだ。

 

「メング、ブレグ、メイベル、イシュタルはどうした?

お前達はそちらについていた筈だろう」

 

「イシュタル様は敗北しました。

事前に下された命に従い、王女の御友人であるアリオーン王子の指揮下に入ります」

 

イシュタルが、あの雷神が、負けた。

 

いや、それよりも優先すべきことがある。

彼女の意思を踏みにじる訳に行かない。

むしろ、それを引き継がなければならない。

 

「ユリア皇女を救いにヴェルトマーを攻める。どうする」

 

「我らは聖セティの血を継ぎ、フリージで育ったとはいえヴァイスリッター。

聖ヘイムの末裔をお助けするのが責務です」

 

「邪教の奴等なんて蹴散らしちゃいますよ~」

 

「私達に継承者二人が合わされば過剰戦力ね」

 

相変わらず、姦しい奴等だ。

だが、こいつらとであれば連携も取りやすい。

私にも付いてこれる。

 

「ふっ、了解した」

 

あいつらは、本当に良い家臣を持った。

帝都の者は上面に誤魔化されず、奥底を読み取ることができるだろう。

 

三騎が私とアルテナに近寄って来る。

 

「みんな、王子達にレッグリングを」

 

それぞれから同じ指輪が差し出される。

 

「それは⁉」

 

「先に行ってください。

それがあれば、機動力が上がります」

 

「後で始末書だ~。

またズィーベンさんに怒られる~。

少しは戦果を残しといて~」

 

「救助した後は王都へお急ぎください。

一刻も早く、皇女殿下の元へ聖書をお届けしなくてはなりません」

 

彼女達は恐らく真のナーガの在り処を知らない。

それでも、ユリウスの想いを守ろうとしている。

 

私へ差し出された二つの指輪のうち、片方を身に着ける。

もう一つは、ユリア皇女に取っておく。

 

「直ぐに終わらせる。遅れすぎるな‼」

 

魔法の指輪の力が騎竜まで行き渡る。

私とアルテナの飛竜が、天馬達を置き去りにする。

 

―――――

 

ヴェルトマー城の城壁には、まるで予見したかのように紫のローブに身を包んだ老人が立っていた。

空に滞空したまま応対する。

 

「アリオーン王子、どうかされましたかな?」

 

白々しい。

ローブの下で魔導書を使おうとしているのが隠しきれていない。

ユリスから暗黒魔導士への戦い方を聞いている。

不意を打って初撃を奪おうとするのが特徴だそうだ。

 

騎竜の脇腹を二回、背中を二回手で叩く。

尾が二回振られる。

 

「忘れ物を取りに来ただけだ。

マンフロイ、貴様の手は煩わせない」

 

アルテナから大きな咳払いが聞こえた。

了解したようだな。

 

「裏切り者め‼ 貴様等はいつも神を裏切る‼」

 

背後で羽音が離れていくのが聞こえる。

 

視界を埋める巨大な闇魔法がこちらに飛んでくる。

中々の威力がありそうだ。ユリスのものより強力なことは間違いない。

 

だが、それだけだ。

奴の師だと言うのだから、多少は警戒していたのだがな。

力押しなら、ユリウスの方が恐ろしい。

加えて奴のような工夫も、嫌らしい口での揺さぶりも無い。

 

時間も無い。

天槍を構え、飛竜の横腹を蹴る。

汚らわしい黒へ向け、突貫する。

 

視界が黒に染まる。

鎧が魔法によって傷つき、痛みが身体を包む。

飛竜の鱗が邪法に焦がされていく。

 

それでも進み、闇を抜ける。

そのまま老人を突き刺し、天へと連れ去る。

 

―――――

 

「ぐっ……‼」

 

老魔導士の癖に、存外丈夫なようだ。

刺したまま空へ案内してやってもまだ意識がある。

見た目程脆くはないらしい。

 

「どうした? 二撃目はまだか?」

 

マンフロイは刺された槍にしがみつきながらも、魔法を発動しようとしている。

槍を軽く揺さぶって妨害をしてやる。

 

「何故だ‼」

 

直系を迎え撃つというのに、随分と慢心しているな。

何か道具でも仕込んでいるかと思っていたが、そうでもないらしい。

香油瓶でも飛んでくるかと想定していたのだがな。

あれには驚かされた。急に視界が奪われ、燃やされた。

そんな末裔らしくない策を教えたのはお前だろうに。

 

「天はダインの領域だ。

発言と行動には許可を求めろ。高貴な者の常識だぞ?」

 

急制動による慣性を利用し、強引に天槍を引き抜く。

支えの無くなった老人は堕ちて行く。

 

老人の傷口から血の代わりに黒い靄のような物が噴き出している。

気色が悪く、理解も出来ない。

邪法の何かだろう。

 

それでも老人は落下しながら魔法を唱えようとしている。

 

こちらは宙返りし、重力を乗せて堕ち往く老人へ迫る。

低空から昇ってきたアルテナとタイミングを合わせ、天と地で引き裂く。

地槍の突き上げに負けぬよう、天槍を振り抜く。

 

穢れた存在の付着物を払うべく槍を一振りし、騎竜をアルテナへと近づける。

 

これでユリア皇女への面妖な術も解けただろう。

ユリスは解除法について、術者の撃破が必要と言っていた。

 

それにしても、アルテナは強くなった。

交差の瞬間、こちらが押されかけた。

私の膂力とぶつかり合ったのに、アルテナの腕には震えは見られない。

これからは正面から打ち合うのは避けるべきだな。

 

―――――

 

「兄上、今の老人は?」

 

「邪教の教主らしい。どうでもよい。まだやれるな?」

 

「ふふっ、当然です。

あの城の外にいる魔導士は任せてください。

指輪を貸してくれた天馬騎士が来るまでには終わらせられそうです。

兄上こそ、まだやれますか?」

 

城から無数の闇魔法が飛来する。

まだ邪教徒共は戦意が残っているらしい。

面倒な連中だ。

 

「愚問だな。

この程度の槍働きでは報酬は貰えそうにないからな」

 

並んで竜を繰る。

 

―――――

 

城外の邪教徒をアルテナに任せ、騎竜を蹴り城の塔へと跳び込む。

竜に合図し、呼ぶまでアルテナに追従させる。

 

要人として扱われているのではなく、外部から攫われないような場所に匿われている可能性が高いそうだ。

事前にユリスに渡されていた書簡と、ファラの末裔へと導く指輪の明かりの強弱を頼りに城の内部を走る。

 

所々で暗黒魔導士が立ちはだかってきた。

邪教徒は調度品を気にしないようで、こちらが冷や冷やさせられた。

こんなことなら、装飾品の値段と意味なんて学ばない方がよかった。

ユリウス達の故郷を荒らすような真似はしたくない。

何とか品々が傷付けられる前に、邪教徒達を処理できた。

 

下に向かうにつれて指輪の赤い輝きが増していく。

恐らく、地下牢獄にでも捉えられているのだろう。

各所にある隠し通路も使いつつ、階層を下る。

 

日の入らない地下でさえ、この指輪があれば松明がいらない。

鉄格子の並ぶ牢屋を抜け、更に下へ。

一層光が増して、先も見やすくなっていく。

 

そのうち、牢は無くなり鉄の扉ばかりが並んでいる。

一体、ヴェルトマーにはどれ程後ろ暗いことがあるというのだ。

トラキアは言うまでもないが、帝都バーハラの地下ですらこれ程広くなかった。

しかも、牢獄ばかりで訓練場や保管室といった普段使いすべき場所はほとんどなかった。

 

その一つの扉の前で、輝きが最高潮に達した。

 

「ユリア皇女‼ 居るか‼」

 

返事はない。

扉の取っ手は回らない。

鍵が必要なようだ。

 

「扉から離れていろ‼」

 

鍵穴へ抜き手を放つ。

指先が反対側へ抜け、空気が感じられる。

反対側に指をかけ、そのまま施錠部ごと引きずり出す。

残った扉部分をゆっくりと開く。

 

その先には、赤い光に照らされた少女が震えていた。

粗末な寝台の上で毛布に包まっている。

 

「ユリア皇女だな。約定に従い、助けに来た」

 

怯えた瞳がこちらを見上げる。

ユリウスとは違う薄紫色が揺れている。

 

「……あなたは……だれ?」

 

膝を折り、寝台の上の少女と視線を合わせる。

驚かさないよう、落ち着いた声を作り、ゆっくりと述べる。

 

「アリオーン。ユリウスの友人だ。

兄はお前を見捨てることなどしない」

 

懐をまさぐり、書筒に同封されていた焼き菓子を取り出す。

手の上に載せて差し出せば、おずおずとあちらからも手が伸ばされる。

どうやら、ユリウスとの研究は上手くいったようだ。




今回は特に賛否が分かれることも覚悟しています。
色々と思うところがあった方も多いのではないでしょうか。
皆さまがどのように受け取られたのか、聞かせていただけると嬉しいです。
どのような感想でも楽しく、くくく……と笑いながら拝見します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。