星なき夜のアリア √ミト   作:朝霧 ココ

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短めですが、早めに書けたので投稿。
前話からお気に入り登録してくれた方もいらっしゃったようで、励みになっております。


第2話 『鼠のアルゴ』

「はあ、今日も疲れたぁ。ミトもお疲れ様」

「……うん」

 

 拠点としている下宿の私室にて、アスナが溜息をつきながら寝転んだ。私は続く気にはなれず、窓の外をぼんやりと眺めたまま適当に相槌を打つ。

 あの日から早くも数日が経過していた。

 命からがら街まで辿り着いた後、アスナには事の顛末を簡単に伝えてある。崖下でネペント達に囲まれた事、死の寸前で片手剣使いの少年が救援に来た事、そのお陰でアスナを助ける事が出来た事などをだ。

 それを聞いたアスナは、ただ私を労ってくれた。自分を死の淵へ立たせたというのに、その事を一切責めなかった。

 

『ありがとう、私を助けてくれて。やっぱりミトは私のヒーローだね』

 

 そう言って抱きしめられた時、私は何も言葉を発せなかった。

 私がアスナを助けたというのは確かに事実だ。しかしそれは、あの少年に充てられた結果であって私自身の力とは言い難い。

 何より、一人で勝手に親友(アスナ)を見捨てようとした事実を、私は未だに伝えられていない。

 彼女の信頼を裏切り、幻想を壊してしまう事が何よりも怖かった。

 

「――ト、ミトっ。もう、またぼーっとしてる!」

「あ、ああ……ごめん。ちょっと考え事してた」

 

 アスナの声で思考の渦から漸く現実へ帰って来れたらしい。

 今はベッドの上で、アスナが私の髪を下ろしてくれている。彼女がヘアメイクを率先して行うのは、もはや私達の日課となっていた。

 

「ここの所ずーっと上の空だよ。もしかしてまた、私達を助けてくれたっていう人を考えてたの?」

「まあ、そんな感じかな」

「うーん。別に疑ってるわけじゃないけど、やっぱり信じがたいなぁ。ミトより強いプレイヤーがいるって、まだまだ初心者の私には想像しにくいかも」

 

 アスナの言葉に、私も内心では頷きたかった。己惚れてる訳じゃないけど、上位をキープする格闘ゲーマーであり元ベータテスターも兼ねている私が、競うどころか追いかける事さえ躊躇われる程のプレイヤー。それが、SAOの正式サービスが始まってから一か月余りで誕生しているとは。

 あの少年――キリトは数値や技量だけではなく、この世界を現実(ゲーム)だと正しく理解している。それが強さの根幹を担っているように、私には感じられた。

 その上で彼は、自らの命を躊躇いなく危険に晒して私を助けた。

 同じ事ができるプレイヤーが他にいるのだろうか。少なくとも……私には無理だという事は、既に証明してしまったのだし。

 

「……やっぱり、会いたいな」

 

 それはゲーマーとしての興味本位とか、律儀にお礼を申し上げたいとか、そういうものでもなくて。もっと本質的な何かを求めての呟きだった。

 今まで踏破したダンジョンやレアモンスターの情報。(恐らくは)ソロプレイを可能にしているスキル練度。迷宮区に挑む気があるのか、など。

 ――そんな事はどうでもいい。こう思えてしまったのは、何故なんだろう。

 何を話すかなんて纏まるわけがない。けど言葉は交わしてみたい、そうしなきゃいけない……気がする。

 まだ名前の無い大きな感情が、私の心をグチャグチャに掻き乱す。

 

「会いたいっていうなら、深く考える必要もないと思うけどなぁ」

「……えっ、そうなの!?」

 

 渡りに船な言葉に対し、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。そんな私にアスナは、気づいてないの? と言わんばかりに困った顔を見せた。

 この広大な鉄城の中で、特定の個人を探すというのは結構骨が折れる事だろう。プレイヤーネームは覚えているけど、情報源にアテがあるわけでもないし。

 正直手詰まりだと思っていた所で、アスナから思いがけず、これからの方針を決定付ける一言が出てきた。

 

「そんなに凄いゲーマーならさ、攻略会議……だっけ? それには絶対に参加するんじゃないかな」

 

 

 


 

 

 

 アインクラッド第1層。

 広大なフィールドの大部分を占める草原を抜けた先には、先日私達が修羅場を潜った深い森に、魚や蛙の姿を模したモンスターが住処としている湖沼地帯などの地形が広がっている。

 それらを更に掻い潜った先の、山と谷の間にぽっかり空いた緩衝地帯。そこに設けられたのが、今回の攻略会議が開かれる街《トールバーナー》である。

 

「うわぁ、大きな風車! こんな素敵な所で会議が開かれるんだ」

「《始まりの街》を除けば、第1層だとここが最大規模の拠点だからね。まぁ残念だけど、風車は多分あんまり関係ないよ」

 

 ええー、と何故か必要以上に残念がるアスナの姿を横目に、私達は街の中へ足を踏み入れた。

 カラカラという風車が回る後と共に、暖かい風に私の頬がくすぐられる。周りの山岳地帯には第1層の中でも強力なモンスターが生息しているというのに、この街にそんな重苦しい雰囲気は無い。いたって平和で和やかなものだ。

 ……それにしても、私の親友は少々はしゃぎすぎではないだろうか。

 つい先日あんな目にあったのだから、普通なら塞ぎ込んでもおかしくない。にも関わらず、アスナはあの日以来今まで以上に屈託のない笑顔を見せるようになった。

 安心すると同時に、どこか危うくも感じてしまう。無理をしている風には見えないけど……

 

「ヨッ、お嬢ちゃん達! こんな所に2人きりで来るなんて危ないゼ?」

「うわ!」「きゃっ!」

 

 そんな風に私が思案して、アスナは周りの風景に見惚れていると。

 突然、ぬっと正面に何かが現れて行く手を阻む。私が最初に見たのは、猫のような白いおヒゲ。そして金髪に綺麗な童顔と、相手は自分達と同じ女性プレイヤーらしかった。

 

「……誰、あなた?」

「なるほど、今日この街に来たのにオレっちの事は知らないト。珍しい奴らも居たもんダ。んじゃ、オレっちから言うのもなんだけど、鼠のアルゴって名に聞き覚えはあるカ?」

 

 どこか芝居がかった奇妙な口調から出てきた名前に、私は思わず顔をしかめてしまう。

 しかし微妙な反応をしたのは私だけで、アスナの方は貴重な同性プレイヤーとの遭遇に悪くはなさそうな表情だ。彼女のおヒゲに興味津々らしい。

 

「知らないけど、私達以外で女性の人は久々に見たかも。そのお髭とか素敵!」

「ほう、こいつの良さが分かるとは嬢ちゃん見る目があるナー。けどその情報は他のより高く値が付くゼ?」

 

 『情報』に『値が付く』と来たという事は……彼女は私の()()()()で間違いないらしい。何よりも聞き馴染みのある二つ名に、βテスター時代の記憶が掘り起こされた。

 《鼠のアルゴ》はβテスト時代の有名人であり、当時唯一の情報屋だった。最初はヒゲも無かったそうだが、いつの間にかそれがトレードマークとなっていたらしい。本実装された現在のアインクラッド内で、また情報屋を営んでいるのは知らなかったけど。

 そのアルゴが此処にいるという事は、この人も攻略会議に参加するつもりなのだろうか? βテスト時代とステ振りが変わってないのなら、俊敏性(DEX)特化で戦闘力は今の段階だと皆無だった筈だけど。

 

「オレっちは参加しねーヨ。階層主(フロアボス)の攻略情報を提供してるから、その義理で顔を出すだけダ……それに、他に会いたい奴もいたしナ」

「会いたい人……あっ」

 

 そうだ。

 せっかく情報屋であるアルゴに会えたのだから、この人に聞いてみるのはどうだろう。私が探している、あの剣士の少年――キリトについて。

 もちろんこの後の攻略会議にも参加はするが、よく考えれば私は彼の事を何も知らない。それも、恐らく歳の近い異性に話しかけるというのは、ちょっと怖い気もしてきた。

 いやなんだったら情報だけ貰って終わりにした方がいいのか? けどそれだと会話は出来ない。しかし、やっぱり不安で仕方がなくて――などと。

 私がうだうだしている間に。

 

「会いたい人? 実は私達も探し人がいて、それで攻略会議に参加しようと思ってるんですよ。良かったら一緒にどうですか!」

「ばっ……!?」

 

 いくらなんでも猪突猛進すぎないか。

 アスナは素直に提案したつもりなのだろうが、アルゴにとっては微妙なものだろう。ほら、困ったように苦笑いだし。

 

「アー……嬉しい提案だけどヨ。さっきも言ったけど今回、オレっちは会議には参加しない――」

「あの、私達が探している人! 恐らく同い年ぐらいで、それから。えーっと……すごく強い! それから片手剣なのに盾を持ってなくて、名前が確か……キリト! そう、キリト君って人を探してるんです!」

 

 相手の様子などお構いなしに、アスナはマシンガントークをかましている。

 もしかしなくても、ここ一か月近くの間、私としかロクに接していないせいで距離感が狂っているのだろう。元々ネトゲの経験が0だったのだから猶更だ。私自身も交流は苦手なので強くは言えないけど。

 茅場明彦の声明からすぐに2人行動をとる判断をしたのは私自身とはいえ、もう少し他者と関わるべきだったか。

 

 

「盾無しの片手剣に……キリトだって? 本当にアイツを探してるのカ?」

 

 

 しかしそれが、結果的に彼女の琴線へ触れたらしい。

 

「え、知ってるの?」

 

 思わずそう聞き返したが、アルゴの反応は芳しくなかった。ギョッとして、何か信じられないモノを見るような目を私達へ向ける。

 何事かと思えば、彼女はくるっと背を向けてしまう。したかと思えば、何かブツブツと独り言を呟き始めた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……まさか本当に実在するとハ。キリ坊に知らせるカ? けどこのお嬢ちゃん達をアイツに合わせるのハ……情報屋のオキテ的に……でも約束……」

 

 最後の方は上手く聞き取れなかったが、私達の視線も気にせずにそんな事を呟いている。というより、私の知る《鼠のアルゴ》と随分雰囲気が変わったような……? 気のせいだろうか。

 もしかしなくても、アルゴはキリトと少なくとも顔見知り同士、下手するとそれ以上の関係があるかもしれない。考えられるのは、ベータ時代の情報を確かめるよう依頼をしている、とか?

 ただ、今回求めているのはあくまでもキリト個人の情報。2人について根掘り葉掘り聞くのは筋違いだし、聞いたら最後、えらい額をぼったくられるかもしれない。これ以上の詮索は辞める事にした。

 

「あー、そうだナ。オレっちはソイツの情報持ってるけど、売るのは一旦保留って事にしていいカ? この後はキー坊――じゃない。知り合いに会いに行く予定があるから、その後……攻略会議が終わったらまた訪ねろヨ。うん、それがイイ!」

 

 やがて呟くのを辞めるのと、アルゴはそう結論付けた。自分の中で何かの折り合いをつけたのか、先ほどまでと打って変わって朗らかな笑みだ。

 私としては、ポロっと漏れ出た《キー坊》という単語(恐らくは渾名)がやけに気になる。まさか会いに行くプレイヤーって……

 いや、辞めておこう。あの情報屋と懇意になっているプレイヤー、という情報をタダで引き出せただけで儲けモノだろう。深入りして、逆にコッチの情報を売り払われたら困る。主にアスナがこの調子だと心配だ。

 

「わかった、それでいいよ。行こうアスナ」

「えーもう? まあしょうがないかぁ。また会おうね、アルゴさん!」

 

 またナー、という気の抜けた声と共に私達はその場を去る。

 思いがけなく訪れた出会いに面食らったが、お陰で情報は僅かながら手に入った。これであの剣士が攻略会議に参加するのは確実といっていいだろう。取り越し苦労をしなかった事に胸をなでおろす。

 

 あとは……アスナが攻略会議に馴染めるかどうか、かな。

 少し抜けている所があるとはいえ、アスナの剣筋は初心者離れしている。レベルも順調に上げたので、戦力外として弾かれる事は恐らくないだろう。

 さっきの事を考えると他プレイヤーとの交流に少し不安があるけど……そこは私がフォローすればいい。普通のコミュニケーションならともかく、ゲーム攻略の為の話し合い、という事なら力になれる筈。

 そんな事を思いつつ。攻略会議が開催される街の中央広場へと、アスナと歩調を合わせていく。

 

 

 しかし――事態は既に、私の想像を超える盤面へと進んでいた。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 ベータテスターが作り出した()()を、私達は知る事になる。




1度投稿してそれっきり、とならなかった事に安心しています。
次回も遠くない内に投稿したいですね。
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