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「ミ、ミト……」
心配するアスナの顔も見れずに、私は何かを我慢するようにただ俯いていた。指先の震えが止まらず、声を出そうとする度、喉に岩が詰まったように何も言葉が出ない。
こうなってしまったのは攻略会議が原因だった。
会議は終始、ディアベルというプレイヤーの進行によって行われた。
ゲーマーにあるまじき爽やかなフェイスに、大げさに動くたびに揺れる鮮やかな青い長髪が特徴的な男だ。第1層時点だと髪染めアイテムの入手はかなり困難な筈だったので、彼は指揮を取るに相応しい実力を持ったプレイヤーなのだろうと認識する。ちなみに、何故か
彼の口からは、まず迷宮区――上層への侵入を阻む巨塔のボスが待ち構える部屋を発見した事が告げられた。私達はあまり迷宮区には出入りしてないとはいえ、既にそこまでマッピングが進んでいた事実には驚かされた。
そして声を張り上げ、今日ここへ集まったプレイヤーに訴えたのは迷宮区の打破。《始まりの街》で待っている皆へ、希望を届けるのが自分達の役目だと宣言した。
観衆がその勇気を讃え一致団結へムードが向かう直前、一人の男の声が広場へと響く。
「ちょお待ってんか、ナイトはん」
その流れに異議を唱えた毬栗頭が特徴的な男は、自らをキバオウと名乗った。
彼が主張したのは、団結する前に必要な儀式。即ち――ベータテスターへ謝罪と賠償を求めるものだった。
彼いわく、この二ヶ月あまりで二千人あまりのプレイヤーが死亡。しかも、その中の大半は既存のMMORPGにおいて上位を維持してきたベテラン勢だったらしい。
そんな貴重な戦力を無駄死にさせた責任は、デスゲームが始まると同時、ウマい情報や知見を持ち逃げしたまま自分達だけスタートダッシュを決めた、ベータテスター達にあると荒々しく主張した。
キバオウが発言を終えても、中々声を上げようとする者は現れなかった。ところが、声を上げずとも頷きを送る者が少なくない数いた事に、私は衝撃を受けた。
これがどういう事かというと、
私の想像以上に、事態は深刻なものへと至っていた。これが更に広まっていけば、プレイヤー達は攻略どころではなくなってしまう。ベータテスター達が魔女狩りのごとく弾圧されていけば、今度は関係のない一般プレイヤーにまで疑いの輪は広がる。そんな疑心暗鬼の空気の中で、互いに協力し合う事なんて不可能だろう。
会議の際は進行役のディアベル、また比較的落ち着いた雰囲気をもった大柄な男性――エギルが宥めてくれていた。だが、賛同する者が今後も増えてしまったら……もはや誰にも止められなくなってしまう。
しかし。何よりも私の心を蝕んでいるのは――
私自身が、彼らの主張する《卑怯者のベータテスター》そのものである、という事実だ。
親友だけを連れて《始まりの街》を離れ、挙句にそのアスナでさえ見捨てようとした私には……何も言う資格が無い。
「あのキバオウって人の話……たぶん、ミトも含まれてるよね。なんであんなに悪く言うのかな!」
そんなアスナの励まし、あるいは怒りのこもった言葉も慰めにならなかった。
全てを投げ出しそうになった時に似た、形容しがたいモノが私の腹底へと溜まっていく。
攻略会議はとっくに終わり、気が付けば周りに殆ど人はいない。あれだけ騒々しかった広場からは、風が木の葉を運ぶ音のみが聞こえてくる。
結局、私は攻略会議の中で一言も発する事ができずに時間だけが過ぎていった。というより、ずっと独りの世界で籠っていたような気がする。後半の内容はあまり覚えていなかった。
覚えている事といえば、ディアベルが集まったプレイヤーをレイドとして分けていた事ぐらいだ。SAOでは1つのパーティーは6人。集まったプレイヤーは計44人だったったので、7つ分のフルパーティーを組む事ができるが……最終的に2人が余る事になる。
そう、私とアスナは完全にアブレてしまったのだ。まあ、女性プレイヤーのコンビというだけで話しかけにくいのだろう。最終的に2人ペアが余る事に気づいた時点で、こうなる予感はしていた。
アスナもコンビの連携しか練習して無いので、コッチの方がやりやすい筈。そう考えれば決して悪くはない。
――違う。また本質を見失うとこだった
形式的な情報に囚われては意味がない。それがあの時、助けてくれた少年から学んだことだ。
結局は
気づけば私は両手で顔を覆っていた。悩んでいる表情をアスナに見せたくなかった。そんな仕草をしたら余計に心配されるのに、意味のない逃避にすがってしまう。
「はあぁぁぁ……」
そんな風に頭を抱えていた私に、アスナは何を言っていいか分からない様子だった。
客観的に見ても、今の私へ声をかけるのは躊躇うだろうと容易に想像できる。話かけられるとしたら余程空気を読めない者か――
「あー、ごめん。ちょっといいか」
彼のような、変わり者だけだろう。
「……? えっと、すみません。今はちょっと取り込み中で」
私の代わりにアスナが応対する。男性プレイヤーに突然話しかけられ、2人揃って怪訝な表情を向ける。
顔を上げた私の目に写ったのは――見溺れのある顔付き。黒い髪に線が細い女顔の少年だった。
というか凄い見覚えがある。
具体的には、数日前に《リトル・ネペント》の大群から私を救い出しアスナの元へ送り届けた上で自分は孤軍奮闘でモンスター達を全滅させた後名前も名乗らずにさっと消え去ってしまうような、そんな少年だった。
「キッ!? キリ、ト……」
あまりの衝撃に声が思わず裏返る。
そうだ、すっかり忘れていた。ベータテスターの話題に頭を持ってかれてしまったが、当初は私は彼に会う為に攻略会議に参加したのだ。
「えっ、この人がキリトさん!」
「やっぱりそうか。アンタらがアルゴの言ってた……俺のパーソナル情報をお求めのプレイヤー」
あ、という間抜けな声を我慢する事は果たして出来たのだろうか。
もしかしなくても、アルゴがキリトに対し『《ミト》という女性プレイヤーが情報を買いたがっている』という情報を売りやがったらしい。彼女の目ざとさを甘く見ていた。せめて口止め料を払っとくべきだったか……
そんな情報を得た彼視点からは、私は立派な不審者である。よく見れば視線も怪しい者を見るソレだ。
まずいどうしよう、会話が何も思いつかない。というか実際に会って何を話すつもりだったんだ私は。行き当たりばったりが過ぎるだろ!
観念して向き合うと、アスナも困った目で私を見つめていた。流石に状況へと気づいたようだ。
過去の自分へ怒鳴っても仕方ない。今はこの状況を打開せねば。
やり方が最悪だったとはいえ、話せる好機が来た事に変わりはない。なんとか主導権を握る必要がある。
何かしらを捻り出せ……場の空気を一変させる一言を!
しかし。
異性どころか、アスナ以外の同世代との交流さえ久しく無かった私にとって。
なんとか思いついた逆転のフレーズが――
「あ、あの。そこの喫茶店で、お茶でもどうでぜぅ……か?」
その一言に、まずキリトが吹き出し。
アスナの目が急激に冷えたものになった。
「ミトは
「だから誤解なんだってば……」
机に突っ伏し顔も上げられない。誰か私を昇竜拳で殴り飛ばしてくれ……
私の親愛なるアスナは先ほどからご機嫌ナナメである。自分を助けてくれた白馬の王子様に惚れてしまった親友、とかいうストーリーが脳内で完成してしまったようだ。何度弁明しても信じて貰えず、ずっと頬を膨らませ顔も合わせて貰えない。
そんな地獄の空気の中で、目的だった人物――キリトはずっと居心地悪そうにしている。目線を必死に手に持ったカップへと向け、「この苦みは中々……」とかうわ言を呟いていた。ちなみに注文したのはカフェオレらしきナニカである。苦み関係ないやろ! と何故か心の中でキバオウが突っ込んでいた。
私達が今座っているのは、《トールバーナー》で営んでいる喫茶店の席――ではなく。
禿頭の店主1人で切り盛りしている、小さなアイテムショップの前に置かれたテラス席に座っていた。そもそも第1層に喫茶店は無い。始まりの階層という事もあり、酒場やレストランが主でより趣向的な店は非常に少ないのだ。
そこの近くにあったパン屋で色々買って、こうして3人で顔を合わせている。
さて、何から話せばいいのやら……と私が考えようとした矢先。キリトが動く。
カップを置いてから指先でカーソルをなぞる。アイテムウィンドウを操作しているようだ。間もなく、手には1つの小さなツボが収まった。
それを机の上に置かれたカップへ
彼はそれをスプーンで少し溶かしてから、カップを口へと運んだ。
これに光明を見出した私は、すぐさまキリトへと話を振ってみる事にした。
「それ、《逆襲の雌牛》クエの報酬よね。飲み物にも使えたんだ」
「試しにやっただけだよ、普段は黒パンに使ってる。イケると踏んだけど、ちょっと甘すぎるな……これなら下宿先のミルクの方がいい」
私の尋ねに答えると、キリトはカフェオレ擬きを一気に飲み干す。よほど甘かったのか、飲み切った途端に舌を出していた。
「下宿先にミルク……? そんな宿屋があるのね」
ここでようやく、アスナはキリトへと興味が湧いたらしい。私へ向けていた『怒ってますよ』と言わんばかりの雰囲気を解き、話に加わってきた。
そんな彼女に対して、キリトはどこか得意げに話しだす。
「俺が借りてるのは宿屋の部屋じゃないぞ。この町の農家の家で、2階をまるごと使えるんだ。値段は80コルと少し高いけど、さっきも言った通り美味いミルクが飲み放題。しかも2部屋使えるからスペースが広く、何より窓から見る景色がいい。風呂に入りながら眺めるだけで戦いの疲れを癒せるってもんだ――」
調子づいて語りを止める気配に対して、私はどこか親近感を覚えていた。
恐らく、好きなゲームの事だけ饒舌に話せる人種だ。その上でコミュニケーションそのものに慣れていない様子。私と同じく友人が少ないタイプだろう。
似た者同士なら意外と口が乗るかもしれない。
しかし、私が口を開ける暇も無く――アスナが動いた。
立ち上がってキリトの傍まで移動し、灰色のコートを襟元を掴み上げる。この一連の動作を私は視認する事ができなかった。彼女の武器である《リニア―》の剣速をも上回る、まさに閃光と呼ぶべき変わり身の早さだ。
これには流石のキリトも反応できず、呆気に取られたようにアスナを見つめていた。
「お風呂、ですって?」
掠れたような声色で、アスナの口から漏れ出た言葉はソレだった。
……そういえば今まで泊ってきた宿屋は、全部浴槽がついてないものだった気がする。私は特に気に留めて無かったけど。
「ね、ねぇ……そのお部屋って」
「言っておくが、空き部屋は無いからな。2階丸々でしか借りれないんだ。俺も数日分の宿賃払っちゃってるし」
私もそこまで聞いた所で、キリトが何処の部屋を借りたか見当がつく。
あの部屋は確か、ベータテスト時代に1度だけ借りた。風呂にも入ったけど、《ナーヴギア》が水質表現に難があったせいで、そこまで良いものでは無かった気がする。
「アスナ、そこまで期待しちゃダメだよ。そもそも仮想世界なんだから、SAOで入浴しても現実の身体には1ミリも――」
そこまで言いかけた所で、アスナは今度は私へと掴みかかる。
やはり閃光のような速度で、血走った眼を向けられては私も息を呑むしかない。キリトも肩に身を寄せてガタガタと震えるポーズをとっていた。
「いい、ミト? 世の中には言ってはいけない事があるの。女の子の自覚を持たなきゃダメ。というか、この部屋の存在……貴女が知らない筈が無いわよね? どうして隠していたのかなぁ」
別に隠していたつもりはない。ただ少し高かったから優先しなかっただけで。
そう反論する事すら許さない怒気が、私を襲う。そういえば旅先でも都度、自分の身体を嗅ぐような仕草をしていた事があったけど……もしや、ずっと気にしていたのか。
「キリトさん、貴方のお部屋を借ります。私はそこでお風呂に入るから、その間に2人で話の続きをするように。オーケイ?」
「「イ……イエス、マム…………」」
もはやアスナに逆らえる者はこの場におらず。
私とキリトは、ただ頷く事しか出来なかった……
この3人で書いてみたい会話はまだまだあります。
次回は近日中に投稿できる見込みなので、乞うご期待。