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『ふんふん、ふ~ん♪』
もたれかかった浴室の扉の向こうでは、アスナが風呂を満喫している。ザパーン! と湯船に浸かる音と共に、ご機嫌な鼻歌まで聞こえてきた。
正直、風呂の事であそこまで雷を落とされるとは思っていなかった。アスナはVRゲーム自体に慣れていない以上、私達に比べて現実世界への帰属意識が強いのだろうか。
明日はボス戦だし、リラックスしてくれるのは有難いけど――残される私の身にもなって欲しい。
「「……」」
空気が、重い……
私は腕を組み、扉の下で胡坐をかいていた。室内だというのにフル装備で、何者も通さないという意思表示をさせられている。これもアスナの命令だった。
それに対し、目の前で座っている少年――キリトは何故か正座をしていた。目線を此方へ向けないよう必死に努めながら、今日の攻略会議で配布された《アルゴの攻略本~第1層フロアボス編~》へと注視し続けている。
「何も、あなたがそこまで気を張る必要は無いわよ。押しかけたのは私達なんだから」
「い、いや……気にしなくていい、ぞ? ここを我が家だと思って貰えれば、うん」
キリトは必要以上に肩身を狭そうにしている。言うまでもなく彼は完全に被害者の筈なのだが。
まあ、自分が泊っている部屋の浴室を同世代、しかもアスナのような美少女に使われてるとあっては、男性としてはどうしても意識してしまうのだろう。女の私ですらアスナに見惚れそうになった事があるのだから。彼には同情せざるを得ない。
しかし、額に汗を滲ませる彼の苦悩の表情を見ると、少し可愛いなと思ってしまう自分がいた。弟がいたらこんな感じなのだろうか。
少し悪戯をしたくなる。
「アスナ、凄い気持ちよさそう。私も後で代わって貰おうかな」
私がそういった途端、キリトはビクッと肩を震わせ背中をピンと張り上げた。
その様子があまりにもおかしくて、思わず笑い出しそうに――いや違うな。何をしているんだ、私は。
自分もこの状況に混乱しているのか、普段絶対しないであろう言動をしてしまっている。
そうじゃないだろう。捉えようによっては、私にとってこの状況はチャンスなのだから。
私情が占めていたとはいえ、アスナが私達を2人だけにする機会を作ってくれたのはファインプレーだ。
今ならキリトと直接話す事ができる。あの強さの本質へと、触れられるかもしれない。
紡ぐ言葉を探す度に、心臓の高鳴りが早まっていく。
「えっと……キリトは――」
勇気を振り絞って、一声かけようとした時だった。
コン、コココン。
と、外廊下に繋がる扉を叩く音が鳴った。こんな時間に来客だろうか。
訝しんだ私がキリトの方を見ると……目に見えて動揺していた。心当たりがあるのか、焦った様子で私を――より正確には浴室の扉と、たった今ノックされた方の扉を交互に見る。そして、この世の終わりと言わんばかりに絶望した表情で顔に手をやった。
一体何事か、と思ったのもつかの間。
「……すまん、隠れて貰うのは可能か」
と、キリトが縋る思いを滲ませ頼んできた。
正直押しかけたのは私達であるし、家主への来客とあれば、本来は言う通りにするのが筋なのだろう。
しかし――
「ごめん。アスナから頼まれてる以上は、この扉から離れるワケにはいかない」
「……そう言うと思ったよ。けど、このタイミングで来た
そう言ってキリトは重い腰を上げ、外廊下の扉へ歩いていった。
口ぶりからすると、来訪者に心当たりがあったらしい。わざわざ今のタイミングで来るという事は、ほぼ攻略関係者と見ていいか。
確かに、ボス戦前夜に異性を部屋へ連れ込んでいるのを見られるのは嫌だろう。殆どが誤解で被害を被っている側だとはいえ。
(……あれ? という事は、今の状況。私も見られたらマズいんじゃ)
そこまで考えた所で、既に手遅れだったらしい。
キリトは震えながらも取っ手を握り、扉を開ける。中から現れたのは――見覚えのある、髭面だった。
「よっス、キー坊。ずいぶん開けるのが遅かったじゃねーか……ヨ?」
あ、終わった。
よりもによって最悪のタイミングで、最悪の相性を持つ人物が現れてしまった……
来訪者の正体は、金褐色の巻き毛と、頬に描かれた白いおヒゲがトレードマークの情報屋。すなわち《鼠のアルゴ》張本人だったのだ。恐らくキリトと何か話があったのであろう彼女は、部屋に居座る私の姿に目を見開いていた。
かくいう私は何も言葉が出てこない。というか、アスナの事を考えると浴室の扉の前から動くのさえ叶わなかった。SAOの仕様的に、浴室で入浴している水音が此方へ漏れ出てこないのは幸いか。しかし、現時点ではアスナ以上に私自身がピンチであるのは疑いようがない。
キリトは全てを諦め、天を見上げている。この状況を想定できた唯一の男は達観した表情で、ただ時が過ぎるのを待っていた。
――全員が膠着したままの状態になった所で。
ここで一旦、これまでの経緯について振り返ってみよう。
まず
次に、恐らくアルゴがキリトへ私の情報を売った。
その後キリトは私の元を訪れ。
そして、アルゴの目の前にはキリトの部屋に私が居座っている。
さて問題です。
この状況下でアルゴの視点からは、どんなストーリーが生まれるでしょうか?
「……決戦の前夜に逢引とはやるじゃねーカ。恐れいったゼ」
「「ご、誤解だぁぁぁ!!」」
絶対零度にまで冷え切った視線で、そう吐き捨てたアルゴに対し。
私とキリトは息を揃えて釈明を繰り返すしかなかった。
「頼む、後生だ。一万コル出すから今日の事は忘れてくれ!」
「私は倍額払うわ。お願いします、誰にも売らないで……!」
最近、私は立ち回りを間違え続けている気がする。
キリトと共に正座をして懇願しつつ、ここ数日の出来事を思い出してもロクなものが無かった。
私達による必死の形相に、アルゴはすっかり毒気を抜かれてしまったらしい。頬をかいて困った様子を見せる。
「いや、流石に売れねーヨ。キー坊との仲が拗れたらデメリットの方が大きいしサ。というか嬢ちゃんがここまで愉快なヤツだとハ、知らなかったゼ」
「ぐっ……何も反論できない……!」
ここに至るまでの経緯は私の口から説明させて貰った。その上でこう言われてしまうのだから、本当にしょうがなかった。
部屋には私達3人のみ。アルゴだけが席につき、私とキリトがその正面で正座をしている形だ。
……実は、アスナは既に入浴を終えていたりする。しかし、これ以上状況を拗らせると誤解が致命的なレベルにまで達してしまう為、浴室の中で待機をしてもらっているのだ。浴室の扉を数回ノックしただけの合図だが、それだけで察してくれる辺りアスナは本当に賢い子だと思う。
「というか、あんたがわざわざ部屋にまで来るなんて珍しいな。こっちも聞きたい事があるんだよ、この冊子とか」
「『なんで無料で配布されてんだ』って話ダロ? その話もしてやりてーんだケド、その……」
そこでアルゴは言葉を詰まらせ、ちらりと私の方へ視線をやった。
私の前でキリトと話、というより
さて困った。アスナの事を考えれば部屋からの撤退は許されない。しかし、このまま私が部屋にいては話は一向に進まない……と。
出費は痛いけど、今はこれしかないか。仕方なく私は話を進める。
「アルゴ、二千コル支払うからキリトとの会話を聴かせて頂戴。これはキリト自身の情報を売買する行為だけど、あなたは上乗せする?」
「……なるほどな。俺は積み返しを行わない、よって君がこのまま部屋にいる事を許可する。構わないな、アルゴ」
「毎度! これで取引成立ダ。イヤー、《情報屋》の扱いを分かってる奴がいるト、オレっちも楽に商売が進むナ!」
本当に
コルの支払いを追えると、思わぬ臨時収入にアルゴは頬を緩ませてるようだった。しかし、表情を改めるとすぐさま本題へと切り出す。
「そんジャ、重要な要件を先に済ませるゼ。キー坊は察しがついてるとは思うけどナ。例の、キー坊が持っている《アニールブレード》を買い取りたいって話……今日中なら、三万九千八百コル出すそーダ」
「「…………さ…………」」
サンキュッパ!? と絶叫したくなる衝動をどうにか抑えた。
それはキリトも同じだったようで、大きく一度深呼吸をしてから口を開く。
「……あんたを侮辱するつもりはないけど。それ、何かの詐欺じゃないのか? どう考えても四万コルは間尺に合わないよ」
「確か、いまの《アニールブレード》の相場って一万五千ぐらいよね。私は片手剣を使わないから、断言はできないけど……素体の値段を合わせても、それだけのコルが有れば同じ剣を作れるんじゃないかしら」
「オレっちも、依頼人に3回そう言ったんだけどナ!」
自分もワケが解らないと言わんばかりに、アルゴは困った表情で両手を広げた。これはどういう事なのだろうか。
この取引……見た目通りのモノで考えてはいけないと直感が叫んでいる。何しろ相手は、わざわざ攻略戦の前夜に値段を釣り上げてまで売買を進めようとしているのだ。どうしても思惑を疑ってしまう。
私が顔も見えない取引相手の事を考えていると、キリトは意を決したように目の前の情報屋に告げる。
「……アルゴ、あんたのクライアントの名前に千五百コル出す。それ以上積み返すか、先方に確認してくれ」
「私も。同額だけ支払うわ」
「……わかっタ」
私とキリトの要求に対し、アルゴは頷く。ウインドウを開くと慣れた手付きでメッセージを飛ばした。
すると、1分も経たずに返事が来たらしい。メッセージを確認し、片眉をぴくっと動かすと、アルゴは大きく肩をすくめる。
「教えて構わないそーダ」
「……自分から大金を吹っ掛けたクセに、そこは積み返さないでオリるのね」
もはや何がなにやらである。
複雑な面持ちで、2人揃って支払い分のコルをアルゴへと渡す。
彼女はコインを受け取ると「確かに」と頷き――取引相手の正体を言った。
「2人はもう、ソイツの顔と名前を知ってるヨ。昨日の会議で大暴れしたからナ」
「……まさか…………キバオウ、か?」
キリトの囁きに対して、アルゴはハッキリとした動作で頷いた。
キバオウ。そのプレイヤーの名前を、私は嫌でも知っている。元ベータテスターに対して強烈な敵意を燃やす男。彼が、このタイミングでキリトの剣を欲しがった? その狙いは一体……
アルゴの情報は、私達へ更なる混乱をもたらした。キリトもソファの上で胡坐をかき、すっかり考え込む姿勢となっている。
「今回も、剣の取引は不成立ってことでいいんだナ? そんじゃ、オレっちはこれで失礼――」
アルゴの確認にもキリトは「ああ…………」と生返事だった。思考の殆どをキバオウへと向けているようだ。
私も同じようにアルゴを帰そうとしたのだが――直後。強烈な悪寒が私を襲った。
何かを、見逃している?
このまま放置すれば、
「ま、待って!!」
気付けば私は、衝動に突き動かされるままにアルゴを呼び止めていた。
突然の行動にアルゴはおろか、思案に
私だってほぼ何も考えずに叫んだのだ。この後があろう筈が無く。
結果、部屋の中には静けさだけがしばし残った。
と、とにかく何か話さなければ。
「あ……えーっと。その、何かがおかしいと思う! けど、具体的な内容は思いついてなくて。呼び止めてごめんなさ――」
「違和感なら、俺もある」
たどたどしく話す私へと、助け船を出したのはキリトだった。
そのまま彼へバトンが渡ったように、話が進んでいく。
「俺があいつと会ったのは、昨日の会議が初めての筈だ。けど、アルゴが今回の買い取り話を最初に持ちかけてきたのは
キリトのその言葉に、私は違和感の正体を掴めた気がした。
彼は見た通りに、ソロのプレイヤーである。そんな彼に対して《アニールブレード》の買い取りを申し込むには、その前提として『キリトが片手剣使い』で、かつ『《森の秘薬》クエをクリアしている』という情報が必須なのだ。
つまり……キバオウは、それをどこで知った?
「あの、アルゴは」
「売ってねぇヨ。キバオウに限らズ、キー坊の情報は誰も買おうとすらしてねーナ。これは《鼠のアルゴ》として断言してヤル」
私の言葉を遮って、アルゴは先回りしてソレを否定した。
その有無を言わせない振る舞いにも少々驚かされたが、それ以上に――
「いいの? そんな情報をタダでくれて」
「嬢ちゃんは払いが良イ。今日だけで随分稼がせて貰ったシ、お得意様にする為のサービスってやつダ。それニ……どうやら、オレっちも無関係じゃないようダ。続きを頼んだゼ」
アルゴに促されるまま、私は推理を続けた。開かれたカードを辿り、伏せられた最後の1枚へと手を伸ばす。
問題となっているのはキバオウの情報源である。彼は本来、取引をもちかけるのに必要なキリトの情報を入手できない筈だった。しかし、現実にそれとは真反対の盤面へとなっている。
キリトの勘違い、あるいはアルゴが嘘をついている……可能性としてはかなり低い。この2人を疑うよりも、別の可能性はないだろうか。
なら、ここに私達やキバオウ以外。つまり
そこまで考えた所で、私は1つの可能性を思いつく。
キリトが持つ埒外の強さ。そんな彼へピンポイントで取引を持ちかけたキバオウ。そして、必要な情報を与えた第三者。
この仮説が正しければ、すべてに納得がいく。
しかし、それをこの場で話す為には……私は
そこまで考えた所で――私の脳裏でよぎったのは、攻略会議が終わった直後に見せた、アスナの顔だった。
憔悴した私へ、彼女は何も言えずとも心配する表情を見せてくれた。今でこそ心身共に休ませているけれど、あんな表情を何度もさせてしまうのは心苦しかった。
ならば、早い段階で決着をつけよう。
アスナを守る為に私は戦っているのだから。
「……キリトと、キバオウへ情報を与えた第三者。この2人が
言葉にした途端、キリトとアルゴが揃って息を呑むのが伝わった。
この《アインクラッド》において、ベータテストの話題はほぼ禁句だ。ベータテスター達は自身が元テスターである事を隠している。私もアスナ以外に話した事は無い。
それでも言わなければいけない。プレイヤー間の協力を阻害する、見えない壁を壊す為にも。
「…………根拠は、あるのか?」
極めて冷静に努めようと、最初に言葉を返したのはキリトだった。
掠れた声で私へ続きを求める。アルゴもそれに黙って頷く。
本来、この時点で私は2人から殴り飛ばされても文句は言えない。にも関わらず、2人は怒りよりも私の話を聞く事を優先した。
それに応えるべく、私は次の言葉を紡ぐ。
「デスゲームが始まってから、キバオウにキリトの情報を得る機会は無かった。ならその前……つまりベータテスト時代の情報から、キリトの強さを知ったんじゃないかな。『片手剣使いの元テスター』という情報さえあれば、《森の秘薬》クエをクリアしている事は想像しやすい。だから序盤から《アニールブレード》を入手していて、かつ強化が進んでいる事も知っていたんだ」
「……そこは分かるゼ。けどヨ、それならキバオウ自身が元テスターってのもあり得るんじゃないカ? オレっちが
『チェック漏れ』と来たか。
私の爆弾発言に対して、アルゴは自身がベータテスターであると隠すのをやめたらしい。推察するに、死亡した元テスターの人数でも数えていたのだろうか。
それは彼女の覚悟を表す姿勢に思えた。私もそれに応えるべきだ。
「仮に、キバオウがベータテスターだったとする。
「ベータテスターは誰が知り合い同士か分からナイ。なにせ、アバターどころか名前すら変わってる可能性があるからナー。そんな状況で反テスターを掲げテ、もし自分の正体に気づく奴がいれバ……間違いなく反感は持たれるだろーナ。下手をすれバ、元テスター達から袋叩きにされるだろーゼ」
正直な話、証拠が乏しい憶測だった。それでもアルゴは一定の納得をしたらしく、私の推理へ補足を入れる。
キリトは何も話さず、信じられないモノを見る目で私達を見つめていた。彼にとっては私達以上に、自身をベータテスターと明かす行為には抵抗があるようだ。この状況では無理もない。
「嬢ちゃんの仮説が正しいなラ、確かに情報源に説明はつくナ。けど問題はソイツの目的ダロ。なんでキリトだけを狙ったんダ?」
そう、唯一分からないのはそこだ。
確かにこれで、取引をもちかけた事への違和感は無くなった。キバオウを取引の間に挟んだのは、自分がベータテスターだとバレないようにする為だろう。万が一疑いを持たれても、矢面に立つのは自身ではなくキバオウになる。
しかし、そこまでして欲しがったのは、結局はキリトが持つ《アニールブレード》1本だけなのだ。しかも取引をボス戦直前に行えば、攻略メンバーの戦力を悪戯に減らすだけ。ハッキリ言って、ここだけは意味がわからなかった。
答えの一歩前までは辿り着いた感覚はある。しかし、あと1ピースが足りない気がした。
あと、何が――
「……LAだ」
なおも推理を広げようとする私に対し、キリトがようやく言葉を返した。
何かを決意した表情のまま、ぽつぽつと話し始める。私に足りなかったピースが、彼によって補填されていく。
「ベータテスト時代、俺は多くのボス戦でラストアタックを取っていた。第三者の元テスターの狙いは、LAボーナス獲得を狙う競合相手である俺への妨害なら……繋がる、と思う」
「なるほどナー……わざわざボス戦に挑む戦力を減らす理由が不明だったガ、そういう事だったカ。利己的なベータテスターらしいじゃねえノ」
キリトの推理に対し、アルゴは自虐的な笑みを浮かべた。《鼠のアルゴ》からしても嫌悪する内容だったらしい。
けど、キリトのお陰でようやくすべてが繋がったようだ。
キバオウへキリトの情報を与えた、第三者のベータテスター。その目的は自身がLAボーナスを獲得する事にあった。
巨額のコルを払ってでもキリトの
……いや、ここまでが計算通りなのか。一週間も取引が動かないのをみて、敢えて攻略の前日に価格を釣り上げた。こうする事で自身の存在をアピールし、キリトが精神的に動きにくくなる状況を狙ったのかもしれない。
そうなると、私が推理を披露してしまったのは悪手だった。なにせ、ここまでしても
「…………ごめん」
私は謝罪し、キリトとアルゴへ頭を下げる。
自分の推理というエゴによって、2人がベータテスターという事実を暴いた。ここが音の通らない私室であるとはいえ、隠し事を晒すという意味をよく考えるべきだった。
結局、黒幕は分からず仕舞い。私はまた調子に乗って、判断を誤ってしまったのだ。
「謝るナ」
その言葉に顔を上げると、アルゴは怒りではなく、穏やかな笑みを顔に浮かべていた。
「嬢ちゃんに推理を促したのモ、自分がベータテスターだって晒したのモ……全部、オネーサンの判断ダ。だから謝るんじゃナイ」
アルゴは声色を和らげ、語りかけるように話した。そして表情を変えずに、右手を私の頭へと置き――そのまま撫でるような仕草を取る。
背が低く顔付きもかなりの童顔であるため、分かりにくかったけど。アルゴは私よりも年上だったのかもしれない。仮に自分に姉がいたらこんな感じだったのだろうかと、微睡の中で思う。
手の感触は少しだけひんやりとしてて、悪く無かった。
「……それに、君の推理は無駄だったワケじゃない。推理が正しければ、明日のボス戦でいの一番にLAを取りに行った奴が黒幕。それさえ解ってれば対策もできるさ」
キリトも私を責める事なく、むしろ良くやったと言わんばかりに親指の腹をグッと見せてくる。キザな仕草なのに、どこか様になっていた。
……優しい2人だ。アスナは純粋さ故のものだったけど、目の前の2人からは大人の余裕? みたいなモノが感じられる。
自分もこうなれたらなぁ、と。
ここ最近、ずっと自分の無力さを痛感してきたからこそ、2人は頼もしく感じた。
「……ねぇ。また3人で話せないかな」
それは無意識の呟きだった。
2人は少し驚きつつも、それに頷く。私は言ってから我に返って、顔が赤くなるのは感じながら言葉を続けた。
「いや、あの。皆で秘密を共有しちゃったワケだし……普段言えない事とか、色々話せればいいかなって――」
先ほどまでの、殺伐とした雰囲気とは打って変わって。
和気あいあいと、3人がそれぞれ歩み寄るような――そんな空気になった時だった。
「ねぇ、ミトー? もうそろそろ上がっていいよねー? もうのぼせちゃいそうだし、そろそろ……あ」
アスナは、浴室の扉を開けて顔だけを見せていた。
……そういえば、話が急展開になっていったせいですっかり忘れていた。思えば扉からも離れてしまっているし、アスナが心配して様子を確認するのも無理はない。
しかし、それだけで存在を認識するには十分であり。
そしてアスナが居る事を全く知らなかった人も此処にいた訳で。
「……すまん、流石に擁護できナイ。何してんだキリ坊」
「だから!! 誤解なんだぁぁぁぁぁぁ!!!」
覚えているのはキリトの絶叫と、それに遅れてやってきた悲鳴。
その後の記憶はない……ないったら、ない。
書きたかったシーン、その1を達成です。
ミトは精神面以外のスペックはキリトと同等、頭脳面では勝ると解釈しているのでこうなりました。
コロコロ表情を変えるミトも書いてて楽しいです。
次回も近日中に投稿予定。
第1層編は頑張って完結させたい、まだまだ書きたいシーンが沢山あるので。