なんと1日に2回も投稿できました。
12月4日、日曜日。
SAOがデスゲームと化してから4週間が経ったこの日、《アインクラッド》初のフロアボス攻略作戦が決行される。
集まったのは44人のプレイヤー。その心中の思惑はどうであれ、現時点で望める最高戦力が揃ったと言っていいだろう。
仮に、この部隊がボス討伐に失敗、よもや全滅などという事態にまで陥れば……その失意は全プレイヤーへと広がる。SAOクリアの兆しが二度と現れなくなっても、おかしくはない。
だからこそ、攻略メンバー達にかかる重圧は相当なものだった。
先日に攻略会議が行われた《トールバーナー》の町にて、私達は再び集まった。
44人全員が欠けなかった事へ、リーダーのディアベルは最大限の感謝を述べる。彼のリーダーシップには目を見張るものがあり、緊張を顔に滲ませる者も多い中、軽いジョークも交えた演説で一気に士気を高めた。
熱狂の中、ふとキリトの様子が気になる。横顔をチラ見すると、厳しい表情でディアベルを見つめていた。過度な盛り上がりで緊張感が薄れる事を警戒しているのか……それとも別の何かを感じ取ったか。真意は分からない。
「みんな……もう、オレから言うことはたった一つだ! 勝とうぜ!!」
ディアベルは銀色に輝く長剣を抜き、天へと掲げる。
その瞬間、観衆の盛り上がりは最高潮となった。湧き立った鬨の声は大地を唸らせる程であり、それはSAOに囚われた1万人のプレイヤー達の怒りを代弁しているかのように感じられた。
「……あれ」
ふと、小さな呟きが私の耳を揺らす。
横を見れば、アスナが何処か不思議そうにディアベルを――より正確には突きあげられた長剣を見つめているようだった。
「どうしたの、アスナ」
「ねぇミト、私の気のせいかもしれないんだけど……あの剣、昨日と少し違うかも?」
ハッとして、アスナに続いて長剣を観察する。
記憶が正しければ、剣の種類は変わっていない筈。ただ攻略会議の時に比べて、僅かに輝きが増しているような……よく見れば、ディアベルが纏う盾や鎧も新品同様に光り輝いていた。
このタイミングで武器や防具の新調、あるいは強化を済ませたのか。
ボス戦前に装備を整えるのは決して珍しい事ではない。けど、何かが引っ掛かる――?
僅かな違和感は解消されないまま、ボス戦直前の決起集会は終わりを迎えた。
勇者達は《トールバーナー》の町を離れ、迷宮区へと行軍する。
道中は極めて退屈なものだった。
何せ、集まっているのはSAOでも有数の腕自慢達だ。モンスターが出てきた所でタコ殴りにされていった。
そういったワケなので、プレイヤー達もすっかり緊張感を失ってしまっている。尽きぬお喋りに、ドッと湧き立つ笑い声。これから死線へと赴く事になるのに、気分はまるで修学旅行だった。
「ねぇ……」
そういった雰囲気を感じ取ったのは、アスナも同じだったらしい。
ただ、ディアベルへの違和感のせいで顔を硬くしていた私に対し、アスナは浮かれ立つ他の者達とも違う、安らいだ表情を見せた。
「ミトは、SAO以外のゲームでも……エ、MMOゲーム? っていうのをやった事があるんだよね。いつもこんな雰囲気だったの?」
「流石にこうは行かなかったわ。ここまで和やかになってるのは、顔を合わせて会話するSAOならではだと思うよ」
なるほどなー、と満足げにアスナは顔を綻ばせた。
常に警戒しろとまでは言わないけど。アスナの緩さというか、安心したような雰囲気に私は眉をひそめる。
「……楽しそうね、アスナ。何か良い事でもあった?」
「ふふ、昨日のお風呂が久々で凄い気持ちよかったから。ミトはあまり期待するなーって言ってたけど、私はまた入りたいなって思ったよ。アレの為ならまだまだ死ねない! って思っちゃった」
嬉しいそうに話すアスナに、私は内心で頭を抱えそうになる。
リラックスして欲しいとは思っていたが、まさかここまで抜けてしまうとは。私への信頼が、良くも悪くも彼女のブレーキなっているのかもしれない。
無邪気な笑顔で振る舞うアスナへ、私は昨日の事を思い出していた。
私はアスナに昨日の出来事を殆ど何も話していない。アルゴが訪ねて来た事について、キリトに用事があったとだけ説明している。
アスナだけは、ベータテスターが生んだ渦中に巻き込みたくなかったのだ。
これにはキリトとアルゴも同じ意見だった。ベータテスターが引き起こした事件は、同じ元テスターが対処すべきという責任感が、私達には芽生えている。こういった悪意に弱いアスナは引き入れても心を傷つけるだけだ、と判断した。
それに、私個人はアスナに余計な事を考えさせず、自分を腕を磨くのを優先して欲しい。
腕には自信のある私ですら、彼女が操る細剣のソードスキル《リニア―》が生む剣速には目を見張るものがある。アレを磨けば、アスナは恐らく私なんかより強くなるのではないか。ゲーマーとして、そして親友としても、アスナにはこれ以上無い期待を寄せてしまっていた。
「あ、キリトさん……キバオウさんと話しているみたい」
私が回想していると、アスナは行軍の前の方にいるキリトを見つけたらしい。
キバオウと何か話をしているみたいだけど……仲は良好とは言えそうにないな。まあ、取引の一件を考えれば当然の事だろう。
「キリトさん、大丈夫かなぁ。キバオウさんと同じパーティーに入っちゃって。ボス戦で仲間割れとかしちゃいそうだよ」
「……流石に無い、とも言い切れないか。まあキリトの腕なら平気だと信じよう」
キリトがキバオウのパーティーに入っているのは、攻略会議で決まっていた事だ。反ベータテスターを掲げる集団に入ってしまうのは、キリトとしては不本意だっただろう。
しかし、その背後に潜む黒幕の存在によって、それは全く別の意味を持つ。キリトがラストアタックを獲る事を最大限に警戒する相手としては、恐らく監視の意味を込めてキバオウにパーティーへ入れさせたのだろう、と推測できる。
キバオウ自身がどこまで黒幕から思惑を聞かされているのかは分からない。けど、監視相手であるキリトがベータテスターと知らされているのなら、喜んで監視役を引き受けたであろう事は容易に想像できた。
「それでも、別に良いのかもしれない」
キバオウの様子を注意深く見ていると、唐突にアスナがそんな事を話し始める。
「仲が悪かったり、喧嘩したり。きっと本物の人達もこんな感じなんでしょうね」
「ほ、本物って……何が?」
怪訝に尋ねる私に対し、アスナは脳裏に描かれたイメージをそのまま説明する。
どこか遠くを――この世界ではない場所を見つめながら。
「えっとね……こういうファンタジー世界が本当にあったとして。そこを冒険する剣士や魔法使いの一団が、必ずしも仲良くし合う必要は無いんじゃないかな……って話。だって、目標は一つ――怪物の住処や、魔王のお城へ退治に行くっていうのは同じなんだから」
アスナの言葉に、私は呆気に取られてしまった。
それは、攻略プレイヤーとベータテスターで溝が生まれつつも、フロアボス攻略に立ち上がった今の状況を端的に表す言葉だったからだ。
その上で、彼女は信じている。プレイヤー達の持つ善意と勇気を。
「だから、ボス戦になっても大丈夫だよ。ミトだけじゃなくて、今はキリトさんもいる。私の中で1番強い2人がタッグを組むんだから、どんな相手にだって負けないわ」
「……別にタッグを組むってワケじゃ、ないんだけどね」
アスナは私とキリトに絶大な信頼を寄せているようだ。それを嬉しいと思う反面、危うくも感じた。
私達がフロアボス戦で任されたのは、ボスの取り巻きであるモンスター《ルインコボルド・センチネル》を狩り続ける事だった。花型ではない雑用のような仕事だったけど、私達だけがペアで動くので文句は言えない。
勿論センチネルも強敵だが、フロアボスである《イルファング・ザ・コボルドロード》に比べれば、流石に数段見劣りはする。
要は、私達2人は他に比べて安全度が高いのだ。アスナが危機的な状況に陥る、というのは考えづらいのだが――
私が抱いた一抹の不安とは裏腹に、攻略隊は順調にフロアダンジョンを進んでいく。
途中何度か危ない場面はあったものの、その度にディアベルの指揮が光った。隊列とソードスキルの連携によって、手堅くモンスターの群れを倒していく。少しでも闘いに不備があれば行軍を止めて、意見をすり合わせながら修正を重ねた。
やはり、今朝に感じた違和感は気のせいだったのだろう。ディアベルはリーダーとして献身的に働き、ついにボス部屋の前へと辿り着く。
扉を開ける直前、ディアベルは手に持った長剣を掲げた。
残りの私を含めたプレイヤー達もそれに続くように、それぞれ自慢の武器を手に取り、リーダーの言葉を待つ。
「――行くぞ!」
ただ一言を短く叫ぶと、目の前の扉を押す。
《アインクラッド》第1層フロアボス攻略戦。
SAO全プレイヤーの命運をかけた戦い――その決戦の火蓋が切られた。
次回、いよいよフロアボス戦。
果たしてミト達は第1層を攻略できるのか。
《星なき夜のアリア》編、いよいよクライマックスです。