星なき夜のアリア √ミト   作:朝霧 ココ

8 / 9
現実の荒波に呑まれかけていた所、公式から《シュガーリィ・デイズ》とかいう爆弾がぶち込まれました。
純度100%のキリアスに、筆者の脳は爆発四散……
これはミトも負けてられないと燃え、気合で仕上げたので久々の投稿です。


第8話 『ビーター』

 コボルドの王が去り、主を失った玉座の間は沈黙に包まれていた。

 けれど、訪れた静寂を破ろうとする者は中々現れなかった。

 殆どのプレイヤーが実感を持てずにいたのだ。本当にフロアボスは倒されたのか、あのコボルドの王がまた蘇ってくるのではないか……そんな疑念が、戦士達には漂っている。

 

「勝鬨を上げろ、勇者達よ!」

 

 そんな中、最初に声を上げたのは、やはりと言うべきか――最後まで戦場を牽引し続けた青髪の騎士だった。

 ディアベルの言葉を待っていたのかのように、大量のメッセージが視界へと流れる。表示されていたのは、獲得経験値に配分されたコル、そしてドロップアイテムの数々。

 それを全員が確認したのを見計らって、彼は剣を天井へと掲げて宣言した。

 

「この戦い――俺達の勝ちだッ!!」

 

 途端、フロア全体が熱狂によって揺れるのを感じた。

 ある者は隣人同士で抱き合い、ある者は武器を放り上げて即興のダンスを披露する。恐怖に打ち勝ち栄光を手にしたプレイヤー達は、その喜びを互いに享受し合っていた。

 ふと、コボルドロードが消えた方へ目線を移す。そこには、未だに剣を握りしめているキリトの姿があった。

 ……悔しいけど、今回のフロアボス戦は彼無しでは勝てなかっただろう。最後1対1で怪物を仕留めたのも凄まじいものだったが、そもそもディアベルを庇ってくれなければ戦線は崩壊していた筈。その場合に犠牲者がどれ程出ていたのか、正直考えたくない。

 彼は今、何を思っているのだろう。己の剣でフロアボスを仕留めた達成感に浸っているのか、犠牲ゼロで攻略戦を終えた事に対して安堵しているのか。それとも、別の――

 こうやって見つめている間も、答えは出ない。分からないからこそ、私にはまだ届かない境地なのだ。

 

「彼には済まない事をしてしまった。君にも随分と迷惑をかけたね」

 

 気が付くと、傍にディアベルとキバオウが来ていた。

 私と同じようにキリトの方を見ているが、その視線は色々と複雑そうに感じる。

 

「ホンマ気に入らんわ。いくらLAボーナス欲しぃ言うたって、あんなん出来ひんやろ普通。これだからテスターは……」

 

 キバオウはキリトが元ベータテスターと知ってか、悪態のように言葉を吐く。けど、この前の攻略会議で見せたような敵意は薄れており、むしろ呆れている風に――接し方を迷ってる風に思えたのは、気のせいだろうか。

 ラストアタックの為に無茶を通したとは、本心では思っていないのだろう。むしろ自己犠牲のような雄姿で魅せられたからこそ、『自分本位なベータテスター』という像を信じる彼にとっては、簡単に割り切れないのだ。

 

「勇者失格、だな」

「……え?」

 

 ディアベルが急にそんな事を言うものだから、私はつい素っ頓狂な声を上げてしまう。

 気持ちはキバオウも同じだったらしく、血相を変えて騎士へと真意を問う。

 

「ディアベルはん、今回の一件はアンタのせいちゃうやろ! 急に何を言うて――」

「違うんだよキバオウさん。僕は、君達を……」

 

 そこでようやく、彼はすべてを『告白』する気なのだと理解した。

 LAボーナスを獲る為に攻略パーティーを私物化したこと。キリトに対して妨害工作を仕掛けたこと。そして、自身もベータテスターだった過去を隠して、キバオウを利用したこと。

 どれもキバオウにとっては目をむくような真実だろう。しかし、不思議と今の彼ならば無碍にはしないと、そんな予感もある。

 今はまだ、難しいのかもしれない。しかし遠くない未来の内に、ベータテスターとそれ以外の人達が分かり合えるような。

 そんな甘い期待をした時だった。

 

「おかしいだろッ!!」

 

 祝勝ムードの攻略メンバーを引き裂くように、突如として1人のプレイヤーが大きく声を響かせた。

 彼は確か、キバオウの隊に所属するシュミッド使いのプレイヤーだ。自分に注目が集まったのを確認すると、人差し指をキリトへと突き出し、糾弾するように言葉を荒げる。

 

「アイツのお陰でフロアボスを攻略したみたいになってるけどよぉ……なんで初見のスキルにあそこまで対応できたんだ!? 普通ありえねぇだろうが!!」

 

 最初、彼が何を言っているのか理解できなかった。

 しかし周りを見渡すと、それまで和気藹々としていたプレイヤー達の目が変わっていた。全員がキリトへ疑念を持った瞳を向けて、口々に好き勝手な事を話し出す。

 

「確かに……妙ではあるけど」「コボルドロードのあのスキルは何だったんだ」「初めてみたよな」「攻略本にも書いて無かったぜ」

「みな落ち着いてくれ。話があるなら後でだ、今は――」

 

 収拾がつかなくなる事を察してか、ディアベルがシミター使いへ諫めるよう語気を強める。

 しかし、彼はそれを気に留める事もなく決定的な部分にまで踏み込んだ。

 

「――アイツはベータテスターなんだよ。自分がLAボーナスを獲る為に、フロアボスの情報をわざと隠していやがったんだ。それなら初見のソードスキルに対応できた事にも、説明がつく。お前ら騙されんな! 奴は勇者なんかじゃねぇ……私利私欲の為にオレ達を騙した、ペテン師だ!!」

 

 そんなワケないでしょ! と叫ぶ寸前で、私はどうにか自分を抑えていた。

 いま自分が声を上げたところで事態は収まらない。むしろ、自分がベータテスターであると明かせば共に餌食となるだけだ。

 ……本当に嫌になる。未だ自らの保身へ走る自分に。

 

「でもさ。昨日配布された攻略本には、『フロアボスの攻略パターンはベータテスト時代の情報です』って書いたあっただろ? アイツが本当に元テスターでも知識に差は無いんじゃ」

「あの攻略本が嘘だったんだ。アルゴの野郎、オレ達にガセネタを売りやがった! あいつだって結局は元テスターなんだから、タダで情報をくれた段階でおかしいと思うべきだったんだ!!」

 

 沈黙を選んだ私を余所に、事態はドンドンと悪化していく。シミター使いは増々勢いにのって、プレイヤー達へ憎悪の種をまき散らしていく。

 せっかく全員で生き残ったのに。今まで同じ、下手したらそれ以上に自分を隠さないといけないのか……?

 キリトはそれに対し、何も言おうとしない。この場で誰よりも反論する権利を持っているのに、静かに黙って糾弾を受け入れていた。

 違う! こんな未来を掴む為に貴方を助けたんじゃない。

 けど、どうすればいいのか。どうすれば彼を含めたベータテスター達を守れる?

 ディアベルは堪えるように剣を強く握りしめていた。しかし決して振り回そうとはしない。彼はベータテスターだった過去を隠したどころか、その憎悪を利用して今回の攻略戦へ望んでいた。口を出す権利は無いと考えているのか。

 

「オレ達はこれからも、薄汚いベータテスター共には負けない。いや……今まで以上に奴らへ制裁を下していくんだ! そうだろう、キバオウさん!?」

「ワ、ワイは……」

 

 フロア全体へ、異様な熱気が蔓延していく。その瘴気にやられたように、キバオウの顔は真っ青になっていた。

 ここでキバオウが頷いたら、両間の隔たりは更に強固なモノとなってしまう。しかし彼はすぐに声を出そうとはしなかった。先程のキリトの雄志を見た事による逡巡。それが一時の迷いを生み出している。

 ――何かを起こすなら今しかない。

 そう直感できた。けど何をすれば……

 

 

「元ベータテスター、だって? 俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

 

 

 気づけば、キリトがシミター使いの前に立っていた。

 ついさっきとは打って変わったふてぶてしい表情で、相手を冷ややかに見つめている。その無機質な声色は、とても彼が出したのとは思えないものだった。

 

「な、なんだと……?」

「いいか、一度しか言わないぞ。SAOのベータテストは過去類を見ない超高倍率だったんだぜ。受かった千人のうち、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う? 殆どがレベリングすら覚束ない初心者(ニュービー)だったよ……今のアンタらの方がまだマシなレベルさ」

 

 己以外の全てのプレイヤーを侮蔑したような発言に、場はシンと静まり返る。

 完全に空気を掌握したキリトは、冷たい笑みを浮かべ更に先を口にした。

 

「俺をあんな素人共と一緒にしないでくれ。ベータテスト中に、俺は他全員が到達できなかった層にまで登った。コボルドロードの(カタナ)スキルなんて見飽きたぐらいだ。他にも色々知ってるよ……《鼠のアルゴ》よりもずっとな」

 

 私を二度も助けた雄姿は既に見えなかった。そこにいるのは、ただ己の利益のみを追求するエゴイスト。

 これが彼の本心? いいや、そんなワケが無い。

 明らかにわざと、自分にのみヘイトが向くよう言動を作っている。単独でフロアボスを倒した挙句、ベータテスターの功罪すらも一人で背負う気だ。

 

「なんだよ、それ……そんなのベータテスターどころじゃないだろ。チートだ、チーターじゃねぇか!!」

 

 E隊の男が叫んだの皮切りに、キリトを非難する声が一斉に上がった。

 イカサマだ、チート使いだ、ベータのチートだ、等々……

 正直な話、彼らとは違う意味で私も叫びたかった。また彼に貸しを作るなんて、そんなの……酷く惨めじゃないか。

 しかし、キリトの表情を見た瞬間にそんな気は起きなくなった。

 

「……《ビーター》、いい響きだなそれ。これから俺は《ビーター》と名乗るとしよう。ベータテスター如きとは一緒にしないでくれ」

 

 罵倒が混じり合った仲に生まれたその響きを、彼は気に入ったらしい。にやりと笑うと、私達全員をぐるりと見渡してそう宣言した。

 その笑顔は挑発的でありながら――どこか満足気でもあった。

 

(こんなの認めちゃダメだ! 間違ってる!!)

 

 キリトの過去を詳しく知っているワケじゃないが、少なくとも今の言動が嘘なのは分かる。

 今回のフロアボス戦にしたって、彼がいなければどうなっていた事やら。なのに何故彼が何故責められなければいけないんだ!?

 しかも、それを本人が望んでいるなんて。

 理解できない。

 

 何も出来ずに考えるだけの私を余所に、キリトはメニューウィンドウを開くとカーソルの指を走らせる。

 すると、彼が今まで身につけていたダークグレーの皮装備が消失し、代わりに黒い革のロングコードが現れる。背丈も伸びて、生意気な笑顔と合わせて流浪の剣士といった佇まい。様になっているのが今は少し腹立たしかった。

 そして歩き出そうとした所で――

 

「ちょ、ちょっと待てよ! まだ話は終わってねぇぞビーター!!」

 

 焦りを滲ませた叫びが響いた。最初にキリトを糾弾したシミター使いだ。

 彼は震える指をキリト……ではなく。

 何故か私へと向けた。

 

「え、何っ?」

「とぼけるんじゃねえ! てめぇもアイツの仲間なんじゃないのか。俺は見てたぞ、フロアボスが最初にスキルを発動させる直前、回避を叫んだのは誰だったのかを! てめぇも知ってた上で黙ってたんだろ!! 違うか!?」

 

 男の追及に対して、私は自分がとんでもない失態をやらかしたのだと気づいた。

 あれ自体は咄嗟の行動だった。キリトと違って即座に動いたのではなく、ただ絶望を叫んだだけ。それがキリトの足枷になっている。

 マズイ。

 このまま疑われたら、アスナにまで危険が――

 

 

「そんな初心者(ニュービ―)と一緒にしないでくれ」

 

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 …………………………………………は?

 

 

「お、お前。この期に及んで何を――!!」

「あのなぁ。さっきのボス戦で大げさな評価を貰ってるみたいだが、俺が情報をうっかり漏らしたから動けただけだ。その子に大した実力は無い」

 

 キリトは尚も冷徹な声色で言葉を発するが、何も頭に入ってこない。

 一体何を言っているのだ、コイツは?

 

「《ホルンカの森》ってあるだろ? そこの彼女、(トラップ)に引っ掛かって崖下に落ちた挙句、ネペントの大群に囲まれて泣きそうになってたんだぜ。本当に呆れるよ、ビーターどころか普通のゲーマーですらあり得ないミスだ。まあ、ある意味笑えはしたから気まぐれで助けてやったら、今度は攻略戦に参加したいなんて言い出した。もう吹き出しそうになったよ、愉快だったからフロアボスの情報を渡してやったってわけ。それで多少マシな立ち回りは出来たみたいだけどな」

 

 ああ、なるほど。

 よくもそんな舌先三寸で言葉がドンドン出てくるもんだ。お陰で他のプレイヤー、どころかシミター使いですら少し引いている。

 フツフツと、私の中で()()()()()が湧きだす。

 感謝? 罪悪感? そんなのあるワケがない。

 

「んじゃ、そこの嬢ちゃんの子守りは任せたぜ。俺はこの先にある二層の転移門を有効化(アクティベート)しといてやる。ついてくるなら、この先のmobに初見殺しされないよう覚悟はしとくんだな」

 

 そう言って、軽く振り返ろうとする直前で――私へ微笑を洩らし。

 もうコボルドの王が座る事のない玉座の横に設けられた、第二層へ続く扉の先へ、キリトは消えていった。

 

 そして――ボスフロアに再び沈黙が下りる。

 常に先陣斬ってパーティーを率いて来たディアベルも、ベータテスターへの憎悪を滾らせていたキバオウも、一歩引いて状況を俯瞰してきたエギルも、祝勝ムードをぶち壊して事態をややこしくしたシミター使いも。

 誰も、何も話そうとはしない。

 

「あの…………ミト?」

 

 否、一人だけいた。

 内に蔓延るとある感情の処理に夢中となっていた私の視界で、艶やかな栗色のロングヘアが揺れる。

 言うまでもなく、私の相棒兼親友であるアスナだ。

 そういえば、怒涛の展開で彼女の事をすっかり忘れてしまっていた。確か、最初に飛び出した時から別行動になっていた筈。その間、どうやってボス攻略戦を立ち回っていたのかは把握出来ないでいたっけ。

 

「その、大丈夫なのかな……って」

 

 それは、純粋な気遣いの言葉だった。

 私とは持っている情報や経験に差のあるアスナは、恐らく今の状況を正確には把握していない。それでも、キリトの異様な雰囲気には気がつく。だからこそ私を心配して、いち早く声をかえた。

 ああ、やっぱり私の親友は素敵だ。普段ならその美しい友情に泣いて喜んでいたのだろう。

 

 

「大丈夫か……ですって?」

 

 

 しかし。

 その時の私は、普段より少しだけ沸点が低かった。

 

「ミ、ミトっ?」

「フロアボス戦で尻拭いをさせられた挙句、その当人からあんな事言われて……大丈夫だと思う? ええ大丈夫私は心底冷静よありがとうアスナ。お陰でハッキリと自覚出来たわ――アイツは! この私を! 煽ったのだってねぇ!!」

 

 アスナの眼が驚いたものに――具体的には、初めてゲームセンターでの姿を見られた時と同じものに変わった。他のプレイヤーもまた、私へ驚愕と困惑が混じった視線を私へと向ける。

 唯一、シミター使いだけは違う反応を見せる。それまで苦虫を潰した表情だった彼は、私の豹変に対しさぞかし嬉しそうなものへと変わった。

 

「そ、そうだよなぁ! やっぱりお前もアイツと同類――」

 

 意気揚々と、キリトへ向けたものと同じ悪意を振りまこうとするが。はっきり言ってどうでも良かった。

 今重要なのは、私を煽ったクソ野郎の事だけでいい。

 ああ、ゲーセン通いを始めた頃を思い出す。コアゲーマーが犇めく魔境へと足を踏み入れた当時の私は、その洗礼を痛い程浴びたものだ。格ゲーで負ける度に煽られ、とにかく腹立って練習しまくり、逆に煽り返す側まで登りつめた。

 ゲーマーとしての《ミト》を作り上げた、忘れられない思い出だ。

 

 そのゲーマーとしての直感が告げてくる。

 『奴ヲ決シテ許スナ』と。

 

「――ちょっとアイツぶん殴ってくる」




アリア編最終話になるといったな――アレは嘘だ。
文字数の関係で分けての投稿となります。
もうちょっとだけ続くんじゃ……ぜひ最後までお付き合いください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。