一番星は消えない   作:ディバル

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101 届いた演技

 

 

 

撮影は無事に終了しそして、最終回が公開された。視聴者の多くは既にリタイアしコアな原作ファンや役者のファンのみが視聴を続けていたコンテンツ。

 

『今日あま』の最終回は大きくバズる事も話題になる事もなく狭い界隈でひっそりと熱烈な称賛を受けた。

 

そして、今俺と有馬はドラマの打ち上げパーティーに来ていた。

 

「こうやって見ると………改めて多くの人が関わっているんだって思うな」

 

「そうよ………私達の演技には多くの仕事が乗っかっている。結果を出さなきゃいけないしスキャンダルなんてもっての他」

 

会場を見渡す。照明、料理、スタッフの動き、役者達の会話。一見すれば、ただの華やかな打ち上げだ。でも、その一つ一つの裏には膨大な時間と人間が関わっている。

 

改めて考えると、役者の演技なんてその一部に過ぎない。脚本を書く人間がいて、撮影する人間がいて、映像を整える人間がいる。宣伝する人間がいて、金を出す人間がいる。誰か一人が欠ければ、作品は完成しない。

 

「ちなみにあんた彼女とかいるの?」

 

「居ないからスキャンダルもクソもない」

 

「そ………ふーん」

 

妙に間のある返事だった。

 

別に変なことを聞かれたわけじゃない。役者として活動している以上、恋愛関係やスキャンダルの話題は避けて通れない。ただ、有馬の言い方が少し引っかかった。

 

有馬かなという人間は、分かりやすいようでいて、意外と分からない。自信満々に振る舞うくせに、誰より周囲を見ている。

 

自分が傷ついても、作品のためなら前に出る。そんな奴だから、ここまで残ってきたのかもしれない。

 

「ねぇ、それよりあんたさ……あの時の演技、何なのよ?」

 

あの演技?

 

一瞬、何のことか分からなかった。俺の演技に何か問題があったのか。いや……むしろ、あれは今までで一番本気でやったつもりだった。

 

周囲に合わせるために抑えていたものを全部捨てて、使えるものを全部使った。ただそれだけだ。

 

(……何か変だったか?)

 

自分では、あれが正解だったのかも分からない。だからこそ、有馬がどんな意味でその言葉を口にしたのか。それが少し気になった。

 

「……私ね、あんたのあの演技……どこかで見たことがあったの」

 

どこかで見たことがある。その表現が妙に気になった。

 

「最初は分からなかった。でも、あの空気感……あの背筋がゾッとするような気味の悪さ……思い出した」

 

背筋がゾッとする。気味の悪さ。その言葉を聞いた瞬間、嫌でも思い当たる人物がいた。

 

(……父さん)

 

天城彼方。追いつけないと思っていた役者。

 

あの人の演技には、人を惹きつける華やかさとは別に、見る側の心に残る異質さがあった。

 

「……あれは、天城彼方の演技だった」

 

一瞬、言葉が出なかった。自分の演技が父さんに似ている。

 

そんなことを言われるとは思っていなかった。いや……似ているはずがない。俺と父さんでは、積み重ねてきた時間も、才能も、経験も違う。

 

(本家と比べれば、当然……)

 

「まぁ……当然だけど、本家とは比べ物にならないわよ?天と地ほどの差がある。技術も、表現力も、役への入り込み方も……全部ね」

 

その言葉に、反論する気はなかった。むしろ、その通りだと思う。

 

俺は父さんじゃない。母さんみたいな輝きもない。父さんみたいに、ただ立っているだけで空気を変えるような役者でもない。

 

「でも……それでも、同じものを感じたのよ。そこだけは……認めざるを得なかった」

 

同じもの。それが何なのか、自分では分からない。ただ、本気で演じた瞬間だけ、少しだけ近づけた気がした。

 

……いや。そんな風に考えるのは、まだ早い。

 

父さんの背中は、そんな簡単に届く場所にはない。それでも。初めてだった。演技で誰かに「似ている」と言われたのは。

 

「……でも、勘違いしないでよね」

 

有馬かながこういう前置きをする時は、大抵その後に何か言いにくいことを言う時だ。

 

「別に、あんたが天城彼方と同じだとか、そういう話をしてるわけじゃないから」

 

当然だと思った。

 

そんな簡単に並べられるはずがない。父さんは、俺が何年追いかけても届かない場所にいる人間だ。

 

演技の技術だけじゃない。立っているだけで周囲の空気を変える力。相手の感情を引き出す力。全てが違う。

 

「そんな簡単に並べるほど、あの人の演技は甘くない」

 

少し強めの口調。でも、その言葉には嫌味よりも、役者としての純粋な評価が混ざっていた。

 

「ただ……」

 

有馬はグラスを見ながら、小さく息を吐く。

 

「初めて見た時、正直ムカついた」

 

「……ムカついた?」

 

「そうよ」

 

即答だった。

 

「だって、あんた普段はあんなに冷めてるくせに……あの瞬間だけ、別人みたいだったから」

 

別人。

 

たしかに、あの時の俺は普段の自分とは違ったのかもしれない。普段なら計算する。

 

相手の反応を見て、状況を分析して、最適な行動を選ぶ。でも、あの瞬間だけは違った。

 

ただ、役のために必要なものを全部使った。それが外から見ると、別人に見えたのだろうか。

 

「演技って、上手い下手だけじゃないの。見てる側に何かを残せるかどうかも大事なの」

 

 

その評価は、少し意外だった。怖い。気持ち悪い。普通なら褒め言葉には聞こえない。

 

でも、有馬の言葉には嫌悪感だけじゃない何かがあった。役者として、その感情を引き出せたことへの評価。

 

(……これが、演技なのか)

 

ただ上手くセリフを言うだけじゃない。誰かの中に何かを残す。父さんがやっていたことも、もしかしたらこれなのかもしれない。

 

「怖かった。気持ち悪かった。なのに……目が離せなかった」

 

少し悔しそうに笑う。

 

「それって役者として、一番難しいことなのよ。だから……認めたくなかったけど」

 

一瞬、間を置く。

 

「ちゃんと役者だった」

 

その言葉に、少しだけ驚いた。有馬かなが俺に向ける評価としては、珍しく真っ直ぐだった。

 

「……まあ、まだまだだけどね」

 

すぐにいつもの調子へ戻る。

 

「表情の作り方も甘いし、感情の出し方も不器用。細かいところを見れば穴だらけ」

 

「相変わらず厳しいな」

 

「当たり前でしょ。私、一応プロなんだから」

 

そう言って、有馬は笑う。

 

「でも……」

 

少しだけ声のトーンが落ちる。

 

「この先も続けるなら、たぶんあんたは変わると思う。今回みたいに、本気で演技したならね」

 

(……変わる、か)

 

本当にそうなるのかは分からない。俺が父さんみたいな役者になれるとも思っていない。

 

「だから……もう少しだけ、役者を続けてみたら?」

 

その言葉は、いつもの挑発でも皮肉でもなかった。ただ、一人の役者からの純粋な言葉だった。

 

「撮影お疲れ様でした」

 

有馬と話していると声をかけれる。

 

「あっ先生………」

 

『今日は甘口で』原作者……… 吉祥寺 頼子。

 

「この作品は有馬さんの演技に支えられたと思ってます。ありがとうございました」

 

そう言いながら頭を下げた彼女。原作改変、役者の下手っぷり。実写化の中でも失敗よりの作品になってしまった。それでも、彼女は実写化を受けていいと思えた。それは、有馬かなの演技による物だった。

 

「……やめてくださいよ、先生」

 

有馬は少し照れたように笑う。

 

「私だけの力じゃないですから。みんなで作った作品です」

 

少し間を置いて、

 

「でも……そう言ってもらえるなら、頑張った意味はありました」

 

そう言って、有馬は小さく笑った。

 

原作者にとって、この実写化がどういう作品だったのかは分からない。原作改変もあった。役者の演技だって、決して褒められたものじゃない。

 

それでも………最後に、原作者が有馬に頭を下げた。それだけで十分だったのかもしれない。

 

作品そのものは、きっと満足のいくものじゃなかった。それでも、有馬かなの演技だけは届いた。原作者が作った物語を、彼女なりの形で繋いでみせた。

 

(……少なくとも、あの演技は無駄じゃなかったんだな)

 

そう思えた。

 

『今日あま』という作品が残したものは、世間が思っているほど大きくはない。

 

けれど………その作品を作った人間の一人に、確かに何かを残した。それなら、役者としては十分なのかもしれない。

 

 

 







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