「やぁやぁ………最終回、評判だったよ」
打ち上げ会場で過ごしていると、そう声をかけてきた人物がいた。視線を向ける。……鏑木勝也だった。今回のドラマを担当したプロデューサーだ。
「作品の収益的にはキビかったけど………君みたいな才能に機会を与えるのが目的だから……それは達成できたのかな?」
最終回の評判は悪くなかった。ただ、それで作品全体の評価が覆ったわけじゃない。原作ファンにも、新規の視聴者にも、受けは今ひとつだった。
一番の原因は役者だろう。基礎ができていない芝居が目立ち、有馬だけが浮いて見える場面も少なくなかった。
もちろん、それだけが理由じゃない。実写化というコンテンツ自体、最初から難易度が高い。
尺の都合で原作のシーンは削られる。キャストには原作のイメージが求められる。少しでも解釈が違えば批判されるし、原作改変やオリジナル要素が強くなれば、それだけで作品を切る人間もいる。
原作が愛されているほど、期待値も高くなる。その期待を超えるより、裏切らない方がずっと難しい。
……そう考えれば、赤字で終わらなかっただけでも十分だったのだろう。
「君、苺プロの子だっけ………どことなくアイくんと似た顔つきしてるよね。そして、あの演技は天城くんを思い出したよ」
「そうですか?」
そう言えば、父さんが言ってな……鏑木Pにはお世話になっているって……母さんも彼から仕事をもらったこともあるって……。
「……子供の頃から世話になってます。演技も、あの人に教わりました」
「そうか………彼は凄いよ。僕が見た中でも異質な演技をする。最初の頃は躓いていたみたいだけどね」
躓いていた……父さんが?少し意外だった。俺は父さんのことを知っているようで、肝心な部分は何も知らない。
家では何でも答えてくれる。でも、一つだけ、昔から決まって話を逸らすことがあった。
『どうして父さんは芸能界にいるのか』
現実的で、無駄を嫌う人だ。頭も切れる。そんな父さんが、高校へ進まず、この世界に残ることを選んだ理由だけは、一度も聞き出せなかった。
少し間を置いて、鏑木さんを見る。
「……鏑木さん。天城彼方が芸能界にいる理由を知ってますか?」
気づけば、口が動いていた。いつものように考えてから言葉を選んだわけじゃない。ただ……知りたかった。
役者としての天城彼方ではなく、一人の人間としての父さんのことを。俺は父さんのことを知っているつもりだった。けれど、本当は何も知らなかったのかもしれない。
だから、その答えを聞けるかもしれないと思った瞬間、自然と言葉が出ていた。
「…………僕もそれはよく知らないんだよね。でも………長い付き合いだから、僕にしか知らないこともあるよ」
その時………鏑木の目の色が変わった。さっきまでの軽い雰囲気が消える。
「そうだねぇ……教えてあげても良いけど、ここは交換条件といこう」
軽い口調だった。でも、その目は笑っていなかった。何かを見定めるような視線。芸能界で長く生きてきた人間の目だった。
「君の顔はアイに似ていて美しい。上手く活用すれば人気が出るかもしれない」
鏑木さんは、まるで商品価値を測るように俺を見る。
「恋愛リアリティショーに興味はある?」
アクアの演技を何度も見返す。アクアの演技を久しぶりに見られて嬉しかった。
ある時からピタリと演技を止めた彼が、もう一度舞台に立った。それが何よりも嬉しかった。
「ふふっ、また見返してるの?」
集中していると、聞き慣れた声が響く。
覗き込むように肩に顔を乗せて、スマホに映るアクアの演技を見ていた。そして、そのまま俺の隣に座った。
「うん………大事な息子の姿を目に焼き付けたくてね」
「親バカ全開だね?」
それは、そうだ。もう高校生になる息子に対しての反応じゃない気がする。でも、可愛いのだから仕方ない。本人に言ったら拗ねるだろうけど。
「否定はしないよ………嬉しかったんだ。また、アクアの演技が見れて」
欲を言えば、もっと活躍しているところを見たい。でも、それはエゴという奴だ。
原作のアクアが芸能界にいた理由は復讐のため。でも、この世界ではアイが生きていて、彼が芸能界にいる理由がない。
今回も自分のためというより、有馬かなのためだろう。この後の展開としては恋愛リアリティショーだが、そうはならないと思う。
父親として、一緒の番組かドラマに共演したいという思いはある。しかし、それは俺が思っているだけだ。
もう一度アクアの演技を見られただけでも良しとしよう。芸能活動を続けるのも良し。そのまま別の道に進むのも良し。親として立派に育ち、なりたいものになれたら、それでいい。
「でも、その気持ち分かるなぁ。私も、もう一回見たくなっちゃった」
「じゃあ、一緒に見返す?」
「もちろん♪」
ニコッと笑いながらスマホを覗き込むアイ。
「今度は演技じゃなくて、アクアの表情をじっくり見よっと」
そのまま、何度かアクアの演技を見続けた。アイは演技よりもアクアの顔を見ていたけど。あの子達の成長が楽しみだ。これから先、どんな風に花開くのか。
陽東学校入学式………
俺とルビーは無事に合格し、今日、入学式を迎えた。母さんと父さんは、いつも通り変装して式に来ている。写真は何枚も撮らされた。……帰宅後には、変装を解いた状態でも撮影会が始まる。恒例行事となりつつある。
「なんかさ、本当に高校生になったんだって感じ」
「……そうだな。あっという間だった」
ルビーにとっては初めての高校生活だ。前世の記憶があっても、さりなちゃんとして過ごした時間は短い。普通の学生生活なんて、ほとんど経験していない。
今は健康な体で学校へ通い、自分の夢を追いかけられる。それだけでも、あいつにとっては十分すぎるほどの奇跡だ。
「ねぇ、お兄ちゃん。高校生活、思いっきり楽しもうね」
「急にどうした」
「だって、一回しかないんだよ? ……今度こそ、ちゃんと満喫したいもん」
ルビーの表情を見ると、こいつがどれだけ普通の日常を欲しがっていたのかが分かる。
学校に通うこと。友達と話すこと。将来の夢を考えること。他の人間にとっては当たり前のことでも、ルビーにとっては一度失ったものだ。
「友達もいっぱい作るし、青春もする。アイドル活動だって頑張る」
その横顔は、本当に楽しそうだった。
「欲張りだな」
「いいじゃん。それくらい」
その言葉を聞いて、少しだけ安心した。昔のルビーは、前世の記憶に引っ張られていた。失った時間や叶わなかった願いを抱えたまま、生きていた。
でも今は違う。過去を覚えていても、ちゃんと今を見ている。
「前はできなかったこと、今なら全部できるんだから」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
「……そうだな」
笑いながら言うルビーを見て、思う。きっと、これでいい。
俺やルビーが過去に何を背負っていたとしても、今ここにいる時間まで否定する必要はない。彼女が笑って、高校生活を楽しんで、自分の夢を追えるなら。
「入学おめでとう、アクア。あと、ルビー」
ルビーと話していると、背後から声が飛んできた。聞き覚えのある声。最近、妙によく耳にする声だった。振り返ると、予想通りの人物……有馬かなだった。
「ここ陽東高校は、授業日程の融通が利くくらいのもので、普通の高校と大した違いはない」
芸能活動への配慮があるだけで、学生として求められることは普通の高校と変わらない。
「ふつーに赤点取ったり、出席日数が足りなかったりしたら留年するし、カリキュラムもそんな違いはない」
「でも、もちろん一つ大きな違いがあるわけね」
そう言い、有馬は近くにいた生徒を指差す。
「あそこ歩いているのは俳優。そこにいる二人は最大手アイドルグループの子」
有馬の言葉に合わせて視線を向ける。確かに、言われてみれば分かる。普通の高校なら、同じ年齢の学生が集まっているだけだ。
でも、ここにいる人間は違う。見た目や雰囲気だけじゃない。歩き方、周囲への意識、自然に向けられる視線への慣れ。本人達が意識していなくても、一般人とは少し違う空気をまとっている。
「あそこの胸が大きい子はグラビアモデル。あれは声優と配信者。ファッションモデルに歌手。ベンチに座っているのは歌舞伎役者と女優」
次々と名前ではなく、肩書きを挙げていく有馬。普通なら違和感を覚える光景だろう。同じ教室に通うはずの同年代が、それぞれ別の世界で仕事をしている。
でも、俺にとってはそこまで新鮮な光景ではなかった。芸能界という場所は、昔からそういう人間達が集まる場所だったから。
ただ……学校という日常の象徴みたいな場所に、それがそのまま持ち込まれていることには少し違和感がある。
ここでは学生でありながら、同時に商品でもある。才能を磨く場所。夢を追う場所。そして、評価され続ける場所。
「皆、芸能人。ここは日本で一番、観られる側の人間が多い高校」
「え、すご……同級生に芸能人いっぱいじゃん!」
「……なるほどな」
思わず呟く。陽東高校は普通の高校と変わらない。でも、そこにいる人間だけが普通じゃない。それが、この学校の一番大きな違いなのだろう。
「歓迎するわよ、後輩…………芸能界へようこそ」
第6章『掴んだ未来』はここまでとなります。次からは7章『次世代の星々』が始まります。今ガチやルビーの初舞台ですね。今ガチの結末をまだ悩んでいますね。
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