スタジオには、既に何人かの出演者が集まっていた。
今回の『今ガチ』に出演するメンバーだ。
それぞれが既にカメラの前に立つことには慣れているらしく、スタッフと話しながらも時折カメラの位置を確認している。
俺も適当に周囲を眺めながら、自分の出番を待っていた。
「じゃあ、まずは簡単に自己紹介からお願いしまーす!」
スタッフの声に合わせて、最初の出演者が立ち上がる。
「ゆきです! 高校一年生で、モデルをやってます!」
明るく笑って、カメラに向かって小さく手を振る。
「恋愛リアリティーショーは初めてなので緊張してますけど……素敵な出会いがあったらいいなって思ってます!」
その後も順番に自己紹介が続いていく。
熊野ノブユキはダンサー
森本ケンゴはバンドマン。
MEMちょは動画投稿や配信を中心に活動しているらしい。それぞれが自分のキャラクターを意識しながら、カメラの前で言葉を選んでいる。
まあ、当然だ。ここにいるのは全員芸能人。こういう場で何を言えば自分がどう映るのかくらい、多少は考える。そして、最後の一人。
「黒川あかねさん、お願いします!」
「はいっ!」
明るい声が返ってくる。俺はそちらへ視線を向けた。入ってきたのは、一人の少女だった。
「黒川あかねです。高校二年生です!」
ぺこりと頭を下げる。
「普段は女優をしています。こういう番組に出るのは初めてなので……ちょっとドキドキしてます」
そう言って、照れたように笑う。
「でも、せっかく参加させてもらうんだから、いっぱい楽しみたいです!」
そして、少しだけ首を傾ける。
「みんなと仲良くなれたら嬉しいな♪」
その笑顔に、周囲の空気が少しだけ変わった。
「可愛い……」
ゆきが思わず呟く。
「なんか、雰囲気あるな」
ノブユキもそう漏らす。
「これはモテそうだなぁ」
ケンゴが笑う。MEMちょも楽しそうにあかねを見ていた。
「最後にすごい子来たねー」
あかねはそんな反応を見て、嬉しそうに笑っている。
「えへへ……ありがとうございます♪」
その仕草を見て、俺は少しだけ目を細めた。……なんだろう。初対面だから当然、こいつのことは何も知らない。ただ、どこか引っかかる。笑い方、仕草。
「それじゃあ、黒川さん。最後にカメラに向かって一言お願いします!」
「はい!」
あかねはカメラを見る。そして、満面の笑顔を浮かべた。
「素敵な恋、見つけられたらいいなって思ってます♪」
その瞬間、また周囲から小さな声が上がった。
「おお……」
「これは強い」
「可愛いなぁ」
あかねは照れたように笑って、席へ戻っていく。………その笑顔は、どこか『アイ』に似ていた。
けれど俺は、そのことを深く考えることはなかった。初対面の女優が、たまたま似たような笑い方をした。その程度にしか思わなかった。
アクアの仕事、『今ガチ』の初回放送を先輩と一緒に見ていた。お兄ちゃんは………
「……作り過ぎ!」
開幕から先輩の呆れた声が飛んだ。画面の中のお兄ちゃんは、普段の姿からは想像もつかないようなキャラを演じている。
「何よあれ。あんなキャラじゃないでしょ、アイツ」
「まぁ……そうだね」
私も苦笑する。でも、それ以上に気になったのが………
「……黒川あかね」
先輩が画面を見ながら呟いた。黒川さんは、柔らかい笑顔を浮かべながら周囲と話している。
『よろしくお願いします♪』
「……」
先輩はしばらく黙っていた。
「……あの子、相当作ってるわね」
「え?」
「笑い方も、仕草も、喋り方も。全部計算してる感じがする」
先輩は画面から目を離さない。
「でも……嫌な感じがしないのよね」
少しだけ悔しそうに眉を寄せる。
「ちゃんと可愛く見えるように作ってる。こういうキャラを一から作れるって、役者としては結構すごいわよ」
「先輩、なんか悔しそう」
「うるさい」
即答だった。私はそんな先輩を横目に、もう一度画面を見る。黒川さんが笑った。その瞬間、胸の奥が小さく揺れる。
……やっぱり。この笑い方。この仕草。人の視線を自然に集めるところ、ママに、少し似ている。
「……なんでだろ?」
私は小さく呟いて、画面を見つめる。初めて会った時から感じていた、あの不思議な違和感。
もしかしたら私は、この人のことをもっと知りたいのかもしれない。そんなことを思いながら、私は画面の中で笑う黒川さんを見続けていた。
カメラが回っている。スタッフの指示で、俺たちはテーブルを囲み、出演者同士で自由に話すことになった。
「じゃあ、皆さん自由にお話ししてくださーい!」
「はーい♪」
黒川が明るく返事をする。その声を聞いた瞬間、ほんの少しだけ胸に引っかかった。……何だ?別に変な声じゃない。むしろ、よく通る綺麗な声だ。
「ねえ、アクアくん」
「何?」
「さっきから全然女の子と話してないよね?」
黒川がこちらへ身体を向ける。その笑顔を見た瞬間、また引っかかった。……笑い方。口元だけじゃない。目元まで柔らかく細める、その笑い方。
「そうかな」
「そうだよ♪」
少しだけ首を傾ける。………まただ。その仕草に、妙な既視感がある。どこかで見た。いや……知っている。でも、こんなところにいるはずがない。
「せっかくこういう番組に来たんだから、もっとお話ししようよ」
「黒川さんは積極的なんだな」
「だって、待ってるだけじゃ何も始まらないでしょ?」
そう言って笑う。その笑顔に、自然と周囲の視線が集まる。
ゆきも。
ノブユキも。
ケンゴも。
みんな、いつの間にか黒川を見ている。本人は、それを全く気にしていないように見える。いや……気にしていないというより。そう見せている?
そんなことを考えた瞬間、黒川がこちらを覗き込んだ。
「アクアくんは、好きなタイプとかあるの?」
「……いきなりだな」
「だって、気になるんだもん♪」
また、その笑顔。また、その声。また、その仕草。一つ一つは大したことじゃない。でも、積み重なる。笑った時の目。首の傾け方。相手との距離。言葉の選び方。その全部が、俺の記憶の中にある誰かと重なっていく。
「教えて?」
「……秘密」
「えー!」
少し頬を膨らませたあと、すぐに笑う。
「意地悪だなぁ」
その瞬間だった。胸の奥が、強くざわついた。……母さん。頭の中に、突然その姿が浮かんだ。ステージの上で笑っていた。テレビの前で笑っていた。俺やルビーに向かって笑っていた。
同じ笑顔。同じような声。同じような、人の懐へ自然に入り込む距離感。
「アクアくん?」
「……………」
「どうしたの?」
黒川が不思議そうに俺を見る。
「ぼーっとしてたよ?」
「……いや」
俺は首を振った。あり得ない。ただの偶然だ。母さんと黒川は別人だ。そもそも、黒川あかねとは今日初めて会った。
「じゃあ、また私から質問していい?」
「……どうぞ」
「アクアくんは、私のことどう思う?」
「……黒川さん?」
「うん」
カメラが回っている。これも番組のための会話だ。そう思っているのに。黒川は、まるでこちらの答えを楽しみに待つように笑っている。
「……可愛いと思う」
「ほんと?」
ぱっと表情が明るくなる。その瞬………まただ。その笑顔。その目。その輝き。
「嬉しい♪」
……母さんだ。そう思ってしまった。顔が似ているわけじゃない。声も違う。性格だって知らない………なのに、見れば見るほど。話せば話すほど。
黒川あかねという少女の中に、俺の知っている「アイ」が重なっていく。
「アクアくん?」
「……なんでもない」
カメラの赤いランプが点いている。黒川は変わらず笑っている。その笑顔を見ながら、俺は初めて思った。………こいつは、何なんだ?
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