一番星は消えない   作:ディバル

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107 追跡者

 

 

 

 

『今ガチ』の初回の放送を見た。俺がアドバイスをしたので、少し変化するのは予想していた。でも、まさかいきなり『アイ』にコピーしてくるとは……。確かに、演じてみるといいとは言ったが、その辿り着いた先がアイだったとは。

 

本筋では、彼女はアクアの好きな女性像にキャラ付けをして、辿り着いたのがアイだった。しかし、この世界線ではそのイベントは起こってない。アドバイスをした時に、納得したような顔をしていた。

 

そして、彼女はアイをコピーした。長年、一緒に過ごしてきた俺でさえ、見た時に……「アイ?」と感じてしまった。彼女が出ている作品は何度も見てきた。しかし、見れば見るほどに思う。この子は才能の原石である………と。

 

「…………凄いな」

 

口からそんな感想が漏れる。この業界は、様々な才を持つ者たちが集まる。俺も長年、この業界にいる。何度も、天才と呼べる役者や、その他の才能を目にしてきた。

 

その中で、黒川あかねは頭一つ抜けている。このまま、経験を積み、さらに技術が磨かれたら………。

 

「ふふ………怖い、怖い」

 

思わず笑みを浮かべながら、そんな言葉が漏れる。

 

「……怖いって言ってる割に、嬉しそうだね?」

 

隣で一緒に画面を見ていたアイが、少し呆れたように俺を見る。

 

「そりゃあ、こんな才能を見せられたらね。役者として、これからどうなるのか気になるよ」

 

再び画面へ視線を戻す。黒川あかねが笑う。……やっぱり、アイだ。でも、俺から言わせたら80点ぐらいかな? こちとら、何十年も推しているんだ。年季が違うんだよ………黒川さん。

 

「それにしても、本当に私みたいだね」

 

アイも画面を見ながら、少し複雑そうに、それでもどこか嬉しそうに笑った。

 

「そうだね………でも」

 

確かに、画面に映っている黒川さんは、アイを彷彿とさせる。でも、言ってしまえば所詮はコピーだ。本物には敵わない。

 

隣に座っていた彼女を抱きしめる。もう何十年も経ったけど、今だにこの気持ちは風化しない。

 

「本物が一番………当たり前だけどね」

 

アイは一瞬だけ画面の黒川さんを見つめ、それから抱きしめられたまま、少しだけ俺の胸元に顔を預けてきた。

 

長い時間を一緒に過ごしてきたから、俺が何を言いたいのかわかっているのだろう。

 

「……もう、そういうことさらっと言うんだから」

 

少しだけ頬を赤くしながら、抱きしめられたまま胸元に顔を埋めてくる。

 

「でも……嬉しいよ」

 

小さく笑ってから、再びテレビの画面へ視線を向ける。

 

「私の真似をしてくれる子がいるって、なんだか不思議な気分だけど……」

 

彼女の笑顔を見ながら、アイは少しだけ考えるように目を細めた。自分が誰かの目標になったことなんて、昔なら想像もしていなかった。ましてや、自分の姿をここまで再現しようとする人が現れるなんて。

 

けれど、今はそれよりも隣にいる彼方の言葉の方が胸に残っていた。アイは少しだけ顔を上げ、悪戯っぽく笑う。

 

「やっぱり、本物の私には敵わないでしょ?……なんてね♪」

 

そして、照れ隠しのように小さく笑った。

 

「…………嫁がダントツで一等賞」

 

そう口にした瞬間、隣にいたアイがぴたりと動きを止めた。

 

「…………」

 

数秒の沈黙。どうやら予想以上に効いたらしい。

 

アイはゆっくりとこちらを振り向くと、頬を少し赤くしながら、困ったように笑った。

 

「………急にそういうこと言うの、ずるいよ」

 

視線を逸らしながらも、その表情は明らかに嬉しそうだった。こういう時のアイが、本気で嫌がっているわけじゃないことくらい分かる。

 

むしろ、照れを隠そうとしている。

 

「そういうの……嫌いじゃないけどね♪」

 

そう言って笑うアイを見て、俺も自然と口元が緩んだ。

 

本筋とは違う道を辿っている。このまま、上手いこと番組が終わってくれることを願うばかりだ。

 

 

 

 

『今ガチ』の初回放送を見終えた夜。私は自分の部屋の机に向かい、テレビを消した。静かになった部屋の中で、ノートを開く。

 

今日の放送で演じた自分。明るく振る舞って、よく笑って、相手の懐へ自然に入り込む。それなりに上手くできたと思う。でも…………。

 

「……まだ違う」

 

私はノートに書いた。元・B小町センター伝説のアイドル………アイ。

 

今回、私が参考にした人物。テレビや映像で見てきた彼女の姿を思い浮かべる。

 

笑顔。声。仕草。言葉の選び方。どれも真似しているつもりだった。けれど、画面越しに見るアイは、もっと自然だった。

 

「どうして……?」

 

私は映像を再生する。アイが笑っている。

 

もう一度。

 

再生。

 

そして停止。

 

「……笑顔だけじゃない」

 

ノートに書き込む。笑うタイミング。

 

相手を見る時間。

 

距離の詰め方。

 

声の高さ。

 

視線の動かし方。

 

一つずつ、細かく分解していく。アイはただ明るいわけじゃない。相手が何を求めているのかを無意識に感じ取って、その場に一番合う表情を作っている。だから、同じ笑顔でも相手によって微妙に違う。

 

「……そういうことか」

 

私は映像を巻き戻す。アイがファンに向けて笑う場面。次に、共演者へ向けて笑う場面。さらに、インタビューで笑う場面。全部違う。でも、全部「アイ」だった。

 

「……すごい」

 

思わず呟く。そして、ふと天城さんの言葉を思い出した。

 

『スター性があり、周りの視線を奪ってしまうような役』

 

私はその言葉を思い返しながら、ノートに新しく書き加える。

 

「視線を奪う」=目立つことではない。

 

むしろ逆。本人が意識させることなく、自然と目が向いてしまう。

 

「……なら」

 

私は鏡を見る。自分の表情を確認する。笑ってみる。首を傾ける。少しだけ声を高くする。

 

「……違う」

 

また消す。そして、もう一度考える。アイはどうして、あんなにも人を惹きつけられるのか。

 

演技が上手いから?…………違う。それだけじゃない。

 

「……この人自身が、そういう人だから」

 

だからこそ、ただ仕草を真似するだけでは届かない。もっと知る必要がある。もっと観察する。もっと理解する。そして………もっと近づく。

 

ノートの最後に、私は一つだけ書いた。

 

「アイを、もっと理解する」

 

ペンを置く。

 

「……もう少しだけ、近づける」

 

そう呟いて、私は再び映像を再生した。ノートにいくつか書き込みながら、私はふと手を止めた。アイ本人を分析するだけでは、まだ何か足りない。

 

彼女がどういう人間なのかを知るなら………周囲との関係も見るべきだ。そう思い、今度はアイが活動していた頃のライブ映像を年代順に並べていく。

 

最初の頃は、やっぱりアイに目が行く。センターだからというだけではない。歌っている時も、踊っている時も、ただ立っている時でさえ視線を奪っている。

 

「……やっぱり、凄い」

 

けれど、何本かの映像を見比べているうちに、私は小さな違和感に気づいた。

 

「……あれ?」

 

ある時期を境に、ライブの印象が変わっている。アイの輝きが弱くなったわけではない。むしろ、以前と変わらず圧倒的だ。なのに………他のメンバーにも目が行く。

 

以前ならアイの存在感に隠れてしまっていたメンバーが、それぞれ自分の魅力を出している。

 

「……アイ一人のステージじゃなくなってる」

 

映像を止める。アイが目立つ。でも、他のメンバーもちゃんと目立っている。しかも、それが不自然じゃない。

 

まるでアイ自身が、周囲の魅力まで引き出しているように見える。

 

「……いつから?」

 

年代を確認する。そして、私は一つの名前を思い浮かべた。

 

天城彼方。

 

今の私にとっては、単なる有名な役者ではない。少し前に直接会って、私にキャラクター作りについてアドバイスをしてくれた人。

 

「……天城さん」

 

彼もアイと同じ苺プロに所属している。そして、アイと同い年。もちろん、そのことは知っている。二人が同じ事務所で活動していることは、業界では有名な話だ。

 

でも…………。私は映像をもう一度再生する。アイが笑う。隣のメンバーが笑う。アイが視線を向ける。

 

それに応えるように、メンバーが前へ出る。以前よりも、全員が生き生きしている。

 

「……もしかして」

 

私は一度、映像を止めた。天城さんは、私に言った。

 

『スター性があり、周りの視線を奪ってしまうような役を作るといい』

 

あの人は、人がどう見えるのかを考えることに長けている。役者としてだけじゃない。他人の魅力を見つけて、それを引き出すことにも長けているんじゃないだろうか?

 

「……アイにも、何かしていたのかな」

 

もちろん、これは推測に過ぎない。二人の間に何があったのかなんて、私には分からない。ただ、同じ事務所で、同い年。

 

そして、ある時期を境にアイの周囲の見え方が変わっている。私は画面の中のアイを見る。

 

「……天城さんとアイって、どんな関係なんだろう」

 

その疑問を、ノートの隅に小さく書き込んだ。その時、私はふと別のことを思い出した。

 

天城彼方が、芸能界から一時期姿を消した事件。

 

私は検索画面を開く。B小町の初のドーム公演。その公演を終えた夜。当時のメンバーだった新野冬子………ニノによって、天城さんは刺された。

 

その後、彼はしばらく芸能活動を休止している。

 

「……」

 

当時の報道映像を探す。そして、会見の映像を再生した。画面の中の天城さんは、まだ完全には回復していない。その証拠に、車椅子で会見に出てきた。

 

被害者なのに。自分にも非があったと話している。そして………B小町への取材や追及をやめてほしいと、頭を下げている。私は映像を止めた。

 

「……どうして?」

 

普通なら、自分の事で手一杯な筈なのに。

 

ましてや、自分が被害者なのに。なのに、天城さんは自分よりも先にB小町のことを気にしていた。まるで…………。

 

「……何かを守ろうとしてる?」

 

その言葉が自然に口から出た。

 

誰を?何を?そこまでは分からない。ただ、あの人の行動には、自分のためだけでは説明できないものがある。

 

私は再びライブ映像へ戻る。画面の中でアイが笑っている。そして、さっき見ていた天城さんの会見が頭の中で重なった。

 

アイ。

 

天城彼方。

 

同じ苺プロ。

 

同い年。

 

そして、アイの活動に変化が見え始めた時期と、天城さんが近くにいた時期。

 

「……まさか」

 

私はペンを持ったまま固まった。天城さんが守ろうとしたもの。アイの周囲で変わっていったもの。それらが、もし同じものだったとしたら。

 

「……アイを、守ろうとしていた?」

 

もちろん、まだ推測。でも、そう考えると妙に辻褄が合う。私はノートに、二人の名前を書いた。

 

アイ

 

天城彼方

 

その間に、小さく線を引く。

 

「……二人の間には、何があったんだろう」

 

世間に知られているのは、同じ事務所の同い年の芸能人。それだけ。

 

けれど…………。人間関係を読み解く時、表に出ている情報だけが全てとは限らない。私はそう考えながら、またライブ映像を再生した。

 

今度は、アイの表情だけではなく、彼女が誰を見るのか。そして、その視線を受けた人間がどう反応するのか。そこまで注意深く観察し始めた。

 

そして私は、画面の中で笑うアイを見つめながら、もう一度ノートに視線を落とした。

 

まだ、答えは出ていない。けれど………アイと天城さんの間には、私が知らない何かがある。

 

「……もっと、知りたい」

 

そう呟いて、私は再び映像を再生した。今度は、二人の関係を探るように。

 

 

 

 








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