『今ガチ』の初回の放送を見た。俺がアドバイスをしたので、少し変化するのは予想していた。でも、まさかいきなり『アイ』にコピーしてくるとは……。確かに、演じてみるといいとは言ったが、その辿り着いた先がアイだったとは。
本筋では、彼女はアクアの好きな女性像にキャラ付けをして、辿り着いたのがアイだった。しかし、この世界線ではそのイベントは起こってない。アドバイスをした時に、納得したような顔をしていた。
そして、彼女はアイをコピーした。長年、一緒に過ごしてきた俺でさえ、見た時に……「アイ?」と感じてしまった。彼女が出ている作品は何度も見てきた。しかし、見れば見るほどに思う。この子は才能の原石である………と。
「…………凄いな」
口からそんな感想が漏れる。この業界は、様々な才を持つ者たちが集まる。俺も長年、この業界にいる。何度も、天才と呼べる役者や、その他の才能を目にしてきた。
その中で、黒川あかねは頭一つ抜けている。このまま、経験を積み、さらに技術が磨かれたら………。
「ふふ………怖い、怖い」
思わず笑みを浮かべながら、そんな言葉が漏れる。
「……怖いって言ってる割に、嬉しそうだね?」
隣で一緒に画面を見ていたアイが、少し呆れたように俺を見る。
「そりゃあ、こんな才能を見せられたらね。役者として、これからどうなるのか気になるよ」
再び画面へ視線を戻す。黒川あかねが笑う。……やっぱり、アイだ。でも、俺から言わせたら80点ぐらいかな? こちとら、何十年も推しているんだ。年季が違うんだよ………黒川さん。
「それにしても、本当に私みたいだね」
アイも画面を見ながら、少し複雑そうに、それでもどこか嬉しそうに笑った。
「そうだね………でも」
確かに、画面に映っている黒川さんは、アイを彷彿とさせる。でも、言ってしまえば所詮はコピーだ。本物には敵わない。
隣に座っていた彼女を抱きしめる。もう何十年も経ったけど、今だにこの気持ちは風化しない。
「本物が一番………当たり前だけどね」
アイは一瞬だけ画面の黒川さんを見つめ、それから抱きしめられたまま、少しだけ俺の胸元に顔を預けてきた。
長い時間を一緒に過ごしてきたから、俺が何を言いたいのかわかっているのだろう。
「……もう、そういうことさらっと言うんだから」
少しだけ頬を赤くしながら、抱きしめられたまま胸元に顔を埋めてくる。
「でも……嬉しいよ」
小さく笑ってから、再びテレビの画面へ視線を向ける。
「私の真似をしてくれる子がいるって、なんだか不思議な気分だけど……」
彼女の笑顔を見ながら、アイは少しだけ考えるように目を細めた。自分が誰かの目標になったことなんて、昔なら想像もしていなかった。ましてや、自分の姿をここまで再現しようとする人が現れるなんて。
けれど、今はそれよりも隣にいる彼方の言葉の方が胸に残っていた。アイは少しだけ顔を上げ、悪戯っぽく笑う。
「やっぱり、本物の私には敵わないでしょ?……なんてね♪」
そして、照れ隠しのように小さく笑った。
「…………嫁がダントツで一等賞」
そう口にした瞬間、隣にいたアイがぴたりと動きを止めた。
「…………」
数秒の沈黙。どうやら予想以上に効いたらしい。
アイはゆっくりとこちらを振り向くと、頬を少し赤くしながら、困ったように笑った。
「………急にそういうこと言うの、ずるいよ」
視線を逸らしながらも、その表情は明らかに嬉しそうだった。こういう時のアイが、本気で嫌がっているわけじゃないことくらい分かる。
むしろ、照れを隠そうとしている。
「そういうの……嫌いじゃないけどね♪」
そう言って笑うアイを見て、俺も自然と口元が緩んだ。
本筋とは違う道を辿っている。このまま、上手いこと番組が終わってくれることを願うばかりだ。
『今ガチ』の初回放送を見終えた夜。私は自分の部屋の机に向かい、テレビを消した。静かになった部屋の中で、ノートを開く。
今日の放送で演じた自分。明るく振る舞って、よく笑って、相手の懐へ自然に入り込む。それなりに上手くできたと思う。でも…………。
「……まだ違う」
私はノートに書いた。元・B小町センター伝説のアイドル………アイ。
今回、私が参考にした人物。テレビや映像で見てきた彼女の姿を思い浮かべる。
笑顔。声。仕草。言葉の選び方。どれも真似しているつもりだった。けれど、画面越しに見るアイは、もっと自然だった。
「どうして……?」
私は映像を再生する。アイが笑っている。
もう一度。
再生。
そして停止。
「……笑顔だけじゃない」
ノートに書き込む。笑うタイミング。
相手を見る時間。
距離の詰め方。
声の高さ。
視線の動かし方。
一つずつ、細かく分解していく。アイはただ明るいわけじゃない。相手が何を求めているのかを無意識に感じ取って、その場に一番合う表情を作っている。だから、同じ笑顔でも相手によって微妙に違う。
「……そういうことか」
私は映像を巻き戻す。アイがファンに向けて笑う場面。次に、共演者へ向けて笑う場面。さらに、インタビューで笑う場面。全部違う。でも、全部「アイ」だった。
「……すごい」
思わず呟く。そして、ふと天城さんの言葉を思い出した。
『スター性があり、周りの視線を奪ってしまうような役』
私はその言葉を思い返しながら、ノートに新しく書き加える。
「視線を奪う」=目立つことではない。
むしろ逆。本人が意識させることなく、自然と目が向いてしまう。
「……なら」
私は鏡を見る。自分の表情を確認する。笑ってみる。首を傾ける。少しだけ声を高くする。
「……違う」
また消す。そして、もう一度考える。アイはどうして、あんなにも人を惹きつけられるのか。
演技が上手いから?…………違う。それだけじゃない。
「……この人自身が、そういう人だから」
だからこそ、ただ仕草を真似するだけでは届かない。もっと知る必要がある。もっと観察する。もっと理解する。そして………もっと近づく。
ノートの最後に、私は一つだけ書いた。
「アイを、もっと理解する」
ペンを置く。
「……もう少しだけ、近づける」
そう呟いて、私は再び映像を再生した。ノートにいくつか書き込みながら、私はふと手を止めた。アイ本人を分析するだけでは、まだ何か足りない。
彼女がどういう人間なのかを知るなら………周囲との関係も見るべきだ。そう思い、今度はアイが活動していた頃のライブ映像を年代順に並べていく。
最初の頃は、やっぱりアイに目が行く。センターだからというだけではない。歌っている時も、踊っている時も、ただ立っている時でさえ視線を奪っている。
「……やっぱり、凄い」
けれど、何本かの映像を見比べているうちに、私は小さな違和感に気づいた。
「……あれ?」
ある時期を境に、ライブの印象が変わっている。アイの輝きが弱くなったわけではない。むしろ、以前と変わらず圧倒的だ。なのに………他のメンバーにも目が行く。
以前ならアイの存在感に隠れてしまっていたメンバーが、それぞれ自分の魅力を出している。
「……アイ一人のステージじゃなくなってる」
映像を止める。アイが目立つ。でも、他のメンバーもちゃんと目立っている。しかも、それが不自然じゃない。
まるでアイ自身が、周囲の魅力まで引き出しているように見える。
「……いつから?」
年代を確認する。そして、私は一つの名前を思い浮かべた。
天城彼方。
今の私にとっては、単なる有名な役者ではない。少し前に直接会って、私にキャラクター作りについてアドバイスをしてくれた人。
「……天城さん」
彼もアイと同じ苺プロに所属している。そして、アイと同い年。もちろん、そのことは知っている。二人が同じ事務所で活動していることは、業界では有名な話だ。
でも…………。私は映像をもう一度再生する。アイが笑う。隣のメンバーが笑う。アイが視線を向ける。
それに応えるように、メンバーが前へ出る。以前よりも、全員が生き生きしている。
「……もしかして」
私は一度、映像を止めた。天城さんは、私に言った。
『スター性があり、周りの視線を奪ってしまうような役を作るといい』
あの人は、人がどう見えるのかを考えることに長けている。役者としてだけじゃない。他人の魅力を見つけて、それを引き出すことにも長けているんじゃないだろうか?
「……アイにも、何かしていたのかな」
もちろん、これは推測に過ぎない。二人の間に何があったのかなんて、私には分からない。ただ、同じ事務所で、同い年。
そして、ある時期を境にアイの周囲の見え方が変わっている。私は画面の中のアイを見る。
「……天城さんとアイって、どんな関係なんだろう」
その疑問を、ノートの隅に小さく書き込んだ。その時、私はふと別のことを思い出した。
天城彼方が、芸能界から一時期姿を消した事件。
私は検索画面を開く。B小町の初のドーム公演。その公演を終えた夜。当時のメンバーだった新野冬子………ニノによって、天城さんは刺された。
その後、彼はしばらく芸能活動を休止している。
「……」
当時の報道映像を探す。そして、会見の映像を再生した。画面の中の天城さんは、まだ完全には回復していない。その証拠に、車椅子で会見に出てきた。
被害者なのに。自分にも非があったと話している。そして………B小町への取材や追及をやめてほしいと、頭を下げている。私は映像を止めた。
「……どうして?」
普通なら、自分の事で手一杯な筈なのに。
ましてや、自分が被害者なのに。なのに、天城さんは自分よりも先にB小町のことを気にしていた。まるで…………。
「……何かを守ろうとしてる?」
その言葉が自然に口から出た。
誰を?何を?そこまでは分からない。ただ、あの人の行動には、自分のためだけでは説明できないものがある。
私は再びライブ映像へ戻る。画面の中でアイが笑っている。そして、さっき見ていた天城さんの会見が頭の中で重なった。
アイ。
天城彼方。
同じ苺プロ。
同い年。
そして、アイの活動に変化が見え始めた時期と、天城さんが近くにいた時期。
「……まさか」
私はペンを持ったまま固まった。天城さんが守ろうとしたもの。アイの周囲で変わっていったもの。それらが、もし同じものだったとしたら。
「……アイを、守ろうとしていた?」
もちろん、まだ推測。でも、そう考えると妙に辻褄が合う。私はノートに、二人の名前を書いた。
アイ
天城彼方
その間に、小さく線を引く。
「……二人の間には、何があったんだろう」
世間に知られているのは、同じ事務所の同い年の芸能人。それだけ。
けれど…………。人間関係を読み解く時、表に出ている情報だけが全てとは限らない。私はそう考えながら、またライブ映像を再生した。
今度は、アイの表情だけではなく、彼女が誰を見るのか。そして、その視線を受けた人間がどう反応するのか。そこまで注意深く観察し始めた。
そして私は、画面の中で笑うアイを見つめながら、もう一度ノートに視線を落とした。
まだ、答えは出ていない。けれど………アイと天城さんの間には、私が知らない何かがある。
「……もっと、知りたい」
そう呟いて、私は再び映像を再生した。今度は、二人の関係を探るように。
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