まさか、アイのスカウトに立ち会うことになるとは。いつか来ると思ってきたが、今日だとは思いもしなかった。
「ねぇ……彼方どうする?」
アイが振り返りそう聞いてくる。原作のアイなら餌に釣られてそのまま行っていただろう。今回は俺がいるから聞いている。
「すいません。アイに何の用ですか?」
俺はアイの前に出て斉藤壱護にそう声をかける。警戒されたらめんどうなので笑顔で対応することにする。
「えっと……君は?」
彼から当然の反応が返ってくる。概ね予想通りだ。だけど、この男はチャンスを逃さない。俺がいても関係なくアイをスカウトするだろう。
「自己紹介が遅れました。俺は天城彼方。ただの中学生です」
「スカウトって言うから何かと思えば」
「アイドル?私が?笑っちゃう話だね」
スターバックスに入り、そこで話すことになった。アイは抹茶ラテを飲みながら彼が差し出した名刺を見ていた。どこ吹く風で、興味なさそうにしている。ちゃっかり俺もアイと同じものを頼ませてもらった。もちろん、会計は壱護さんにぶん投げることにした。
「今うちの事務所で、中学生モデルたちでユニットを組もうとしているところでな。君ならセンターを狙えると思う」
斉藤壱護。アイをスカウトし、B小町をドームまで引き連れた陰の立役者だ。性格面や彼がしてきたことはともかく、彼が優秀であることは変わらない。きっと、他の事務所だったらアイをあんなに早くドームに連れて行くことは無理だっただろう。
「興味ないです」
「いや絶対向いている。保証するよ」
一度、アイが突っぱねるが、彼はめげない。それもそうだろう。アイは確かにアイドルとしては優秀だ。まだ開花していないが、言ってしまえば「才能の原石」だ。彼の目からすれば可能性の塊と言ってもいい。それを逃しはしないだろう。
「やめといた方がいいと思うよ。私、施設の子だし」
その時、アイの瞳の星が黒く染まった。
「私……片親なんだけど。小さい頃にお母さん、窃盗で捕まっちゃって、その間に施設に預けられて」
「でも、お母さん釈放されても迎えに来てくれなかったんだぁ」
原作通りの言葉だ。アイの真意としては、ちょっと脅かせば向こうが引き下がる。そう思っているのだろう。
「人を愛した記憶も、愛された記憶もないんだ。そんな人にアイドルなんてできないでしょ」
話は変わるが、確実に星野アイを救う方法が一つある。それは、彼女を芸能界に関わらせなければいい。そうすれば、神木煇と出会う事もない。一番確実で現実的なプランだ。ここで俺が、無理やり話を切り上げてアイと逃げれば恐らくだが運命が変わるだろう。でも……それは原作での星野アイという人間の人生を否定することになる。
彼女がアイドルになった理由は、愛を知らない自分が、嘘でも「愛している。」と言い続けることで、その嘘を本物の愛に変えたいと願ったから。ここで俺が彼女がアイドルになるのを拒んだら、その願いを踏み躙る結果となる。それは俺も望まない。それに、俺の目的は、アイの生存と彼女に「幸せな人生を歩ませる。」これが、目標だ。だから、ここで俺がすべき選択は……。
「そうかな?……アイは可愛いから画面映えすると思うよ」
後押ししてやることだ。俺がそう言うと、アイは此方を見てくる。目を丸くしており、まるで「本気?」と目で訴えているように見える。ついでに壱護さんも此方を見ていた。
「………で、でも。アイドルって皆、“愛してるぞー”とか言うじゃん。私が言ったら嘘に……」
「嘘でもいいんだよ」
そうだ。嘘でもいいんだ。この世に真実であることの方が少ない。世の中は嘘で満ちている。互いの腹の内を探り合い、疑い続ける。それは芸能界だけじゃない。
「客は綺麗な嘘を求めているんだよ。きっと皆、心の内ではわかっているんだ……本物じゃなく、自分にとっての理想を求めているって」
「「…………」」
俺の言葉を二人は黙って聞いている。その時だった。アイの星が黒から白に戻った。あぁ……やっぱり彼女は、その選択をするんだな。なら、俺はその選択を尊重して、その上で彼女を守ればいい。ただ、それだけだ。
「いいの?嘘でも……“愛してる”なんて言っていいの?」
「いいんだ。嘘でも、たとえ偽物でも、そこに本物になろうとする意思があるなら、偽物の方が本物よりも本物だ」
まだ、悩んでいるな。だから俺は、この言葉を彼女に送る事にする。
「それにこんな言葉がある。
『嘘はとびっきりの愛なんだよ』
………ってね」
この言葉、アイ自身が言った言葉だ。未来で自分が言い、それを信じ続けた。彼女はアイドルとしての幸せも感じていた。何故なら、「アイドルとしての幸せ」と「母親としての幸せ」、両方を手に取っていたのだから。彼女にとってアイドルは嘘であり本物でもある。矛盾しているが事実なのだ。嘘から始まり、やがてそれが本物になるようにと思い続けていたのだから。
「……俺が言いたかったこと、全部言いやがって」
彼がため息を吐く。しかし、その表情は笑っていた。そして、彼の視線は天城彼方の方に向いていた。斉藤壱護が天城彼方という一人の人間に興味を抱いた瞬間であった。
「……ずるいなぁ、彼方。私が欲しかった答え、全部先に言うんだもん」
「……じゃあさ、信じていい?」
「嘘でもいいなら……私、言ってみたい」
「“愛してる”って。」
俺はそれに頷く。アイが決心を固めたみたいだ。俺がいなくても彼女がアイドルになるという選択肢は変わらなかったのかもしれない。でも、俺は立ち会えて良かったと思う。さて……ここからは俺の時間だ。
「壱護さん。提案があるんだけど。俺をモデルとして迎えてみない?」
「は?」
彼の言葉に壱護は驚き、そんな間抜けな声を出していた。彼にとってこれは予想外だった。
「俺、一応、顔はいい方ですよ。賭けてみませんか?」
俺は自分で営業をかける。アイとの繋がりを強めるために芸能界に入ることは必須条件だ。同じ事務所というアドバンテージはとても大きい。壱護さん。アイを大きな獲物だと思っていただろう。しかし、俺から見たら貴方が獲物だ。さぁ……どう出る?
最初はただの礼儀正しい子供だと思っていた。しかし、彼女が悩んでいたこと、疑問を奴は解決した。しかも、その言葉はどこか核心をついており、芯があった。そして今、そんな奴が俺に営業をかけてきやがった。
「……ははっ、面白ぇな君」
「普通はな、“一緒に連れてってください”って頼む側なんだよ。営業かけてくる奴は初めて見た。」
最初は彼女だけだったが面白い。こんなに自信がある奴は中々いねぇ。それに、こいつには何かがある。彼女とは違う何かが。それに賭けてみるのも悪くない。
「しかも、自分で“賭けてみませんか?”か……大した度胸だ」
「いいだろう。顔だけで入れるほど甘い世界じゃねぇが……その目は嫌いじゃない」
壱護は、彼の言葉に耳を傾けた。普通なら突き返すだろうが、アイと言う大きな獲物を釣り上げた壱護は気分が良かった。ある意味でタイミングが良かった。
「条件付きだ。簡単なテストを受けろ。そこで使えると判断したら……拾ってやる」
「ただし、ダメなら切る。文句は言うなよ?」
「……で、どうする?それでも来るか、天城彼方」
使えるならそれでよし。使えなかったら切ればいいだけの話だ。それに、もう目的は達成している。奴は結局オマケだ。使えるなら引き込み、無理なら突っぱねればいいだけだ。
「……わかりました。そのテストは何ですか?」
顔色一つ変えないでこれ。面の皮が厚いのかどうなんだか。
「さっきの俺の話で、何を考えてた?」
俺はそう奴に問いを投げかける。さぁ……なんて返してくる?だが、俺の予想外の答えが返ってくる。
「面白い人だなぁって思いました。貴方の目的は、アイをこちらに引き込むこと。俺なんて眼中になかった。それなのにこうして俺の話をちゃんと聞いている。普通ならガキの戯言と突っぱねるのに」
まるで心を読まれたかのような感覚に陥った。こいつ、俺が思っていたことを……エスパーかよ。心の中で毒を吐く。
「……エスパーですから」
「は?」
壱護、二度目の困惑。完全に呆気に取られる。毒を吐いた言葉でさえ彼は言い当てたのだから。
「あ……もしかして当たりましたか?……冗談ですよ。でも、何となくそう思いました」
彼は、そのまま言葉を紡ぐ。
「壱護さん。貴方は野心家だ。そして、明確に自分の中で将来のビジョンがある。俺はその手助けをできるかもしれませんよ」
彼の目が壱護を見ていた。まるで全てを見透かされているかのよう。こちらの内は読まれているのに、彼の内情は全く読めない。まるで「鵺」である。得体が知れず、掴みどころのない存在。壱護は魅せられていた。天城彼方という人間に。しかし、これでも一端でしかない。アイとは違い、異質さが際立っている。彼はニッコリと笑っている。その笑みすら何か意図があるかと思わせる。
「……ははっ、マジでなんなんだお前」
「いいぜ、乗ってやるよ。その“かもしれない”に」
「ただし勘違いすんな。ここは夢を見る場所じゃねぇ、価値を証明する場所だ」
「口だけじゃねぇってとこ、見せてみろ」
俺は、こいつが気に入っちまった。こいつなら何かを成し遂げられるかもしれない。魅せられてしまったからな。全く……とんだ拾い物をしたもんだなぁ。
「えぇ……もちろん」
壱護が出したテストに見事に合格した。星野アイと天城彼方は、芸能界へ足を踏み入れた。その両方が芸能界に嵐を呼び、台風の目となる。