「私………もう『今ガチ』辞めたい」
収録が始まるなりゆきがいきなりそんな事を言い始めた。これには殆どが驚いた。
「こんな途中で!?」
「なんでそんな事言うんだよ!」
ノブユキとケンゴが真っ先にそう言葉を返した。ゆきは目に涙を浮かべている。
「最近ね……学校の男子とかがからかってくるんだ。お前こう言う男が好きなんだーとか」
番組の中で見せている姿を、学校の連中まで面白半分に扱っているらしい。
まあ、恋愛リアリティーショーなんて、そういう部分も含めて注目されるものだ。テレビの中で起きていることと、現実の生活を切り分けられない人間がいるのも珍しくない。
「自分の「好き」って気持ちを皆に見せるってこんなに怖い事ないよ。始まるまで全然、わかってなかった。大勢の人に注目されるっていい事ざかりじゃない………」
芸能界にいるなら、ある程度は避けられないことだ。……とはいえ、慣れているから平気というわけでもない。
「私も自分のチャンネルでバカやってるから……分かる……皆、私の事バカだと思って………まぁ……実際バカなんだけどね」
「俺が、いつでも話、聞くからさ!ゆきが辞めるなら俺も辞めるからな!」
「ノブくん………」
「そんな事、言わないで続けようぜ!」
上手いな。ゆきの言葉を受けて、自分の気持ちまでさらけ出した。本人にそのつもりはないんだろうけど、結果的にこれで二人に一気に注目が集まる。……こういうのが、恋愛リアリティーショーの強さか。
「……ノブくん、優しいね」
あかねがふっと笑った。
「ゆきちゃんも、そんなに一人で抱え込まなくていいんじゃないかな?」
その声は柔らかい。さっきまでゆきとノブユキの二人だけで作っていた空気に、自然と入り込んでくる。
「だって、せっかくここで出会えたんだもん。辞めちゃったら、もったいないよ?」
「……あかねちゃん」
ゆきが顔を上げる。あかねはそんなゆきを見つめながら、少しだけ首を傾げた。
「それに、ノブくんがそこまで言ってくれてるんだから……ちゃんと頼ってあげてもいいと思うよ」
「……うん」
ゆきが小さく頷く。
……上手い。
俺は思わずあかねを見る。さっきまで完全にゆきとノブユキの二人が中心だった。それを壊すわけでもなく、否定するわけでもない。
二人の気持ちを肯定して、そのまま自分まで輪の中へ入っている。しかも、あの笑顔。人の懐へ入る時の、あの自然な距離感。
「でも、私も二人のこと応援したいな。だって、こういうのって……ちょっと素敵じゃない?」
「……うん!」
ゆきの表情が少し明るくなる。気がつけば、さっきまで泣きそうだったゆきが笑っている。そしてカメラの向きも、自然とあかねへ寄っていく。
……完全に持っていった。
二人の感情を利用したわけじゃない。むしろ、二人を立てながら、その場の視線まで自分へ集めている。これが、黒川あかね……。
最初の時のよりも人の視線を奪う力が増している気がする。
……やっぱり、こいつは凄い。同時に敵にしたくないとも思った。
そして、この回が放送された。ゆきの涙とノブユキの言葉。それだけでも十分に話題性はあった。
そこに、あかねの立ち回りと、次回予告で流れた「降板か?」を匂わせる引きまで重なった。
案の定、放送後にはネット記事まで出ていた。
……ゆきの狙い通り、というわけか。こうして話題になればなるほど、出演者への注目も大きくなる。
「見て見て!記事になってる!私、ちょっとは視聴者獲得に貢献できたかな?」
「…………そうだな」
そもそも、番組を辞める事はできない。そもそも、まだ契約が残っている。自分の気持ちを膨らませて話したのだろう。
あかねはスマホに表示された記事を眺めながら、少しだけ考え込んでいた。
「……ゆきちゃん、上手くやったね」
「そうだな」
俺も記事の見出しを眺める。
『今ガチ・ゆき、まさかの降板!?』
『涙の告白……番組を辞めたい理由とは』
どれも、あの収録で話した内容を大げさに膨らませたものだ。……実際には、ゆきが本当に番組を辞めるわけじゃない。
契約だって残っている。あの場で「辞めたい」と口にすることで、自分に注目を集める。ノブユキが反応すれば、二人の関係にも視線が集まる。そこから番組全体への注目も増える。
結果だけを見れば、かなり効果的な立ち回りだった。
「……あの子、自分がどう映るか分かってるのかな」
「たぶん、全部を計算してるわけじゃないと思う」
「だよね」
あかねは少し笑った。俺も同意する。ゆきがそこまで考えていたとは思えない。少なくとも、収録中の表情を見る限り、あれは計算された演技というより、その場で出てきた感情だった。
本人に明確な意図がなくても、カメラの前で感情を見せれば、それだけで物語になる。
「でも、自分の感情を使って注目を集めるっていう意味では……かなり効果的だった」
「本人も、放送後の反響を見て気づいたかもしれないな」
「うん。『辞めたい』って言ったこと自体より、その言葉で周りがどう動いたか……そこを理解したら、次からはもっと変わってくるかも」
俺はその言葉を聞きながら、改めてあかねを見る。……こいつは、やっぱり目の付け所が違う。
普通なら「ゆきが辞めたいと言った」「ノブユキが引き止めた」で終わる。
でも、あかねはその先を見る。誰が注目されたのか。どんな言葉が拾われたのか。その結果、番組の空気がどう変わったのか。
そういう細かな部分まで、無意識に拾っている。演技だけじゃない。こういう、人間を観察する力そのものが彼女の武器なのかもな。
「黒川さんは、どうする?」
「私?」
あかねは少し考えてから、スマホを伏せた。
「……私も、ちゃんと考えてみる」
その表情には、撮影中の明るい笑顔とは違う、役者としての真剣さがあった。
この後、鷲見ゆきと熊野ノブユキのカップリングが番組の中心になっていった。そこに嫉妬心を見せるケンゴ。ゆきを巡る三角関係が成立。
ゆきというゲームメーカーが機能しその小悪魔っぷりが番組を盛り上げら中高生を中心に人気を獲得。
俺は、元々………鏑木さんの口車に乗せられてここにいる。番組が終わるまで安全圏でやり過ごす………はずだったのだが………
「アクアくん、どうしたの?」
声をかけられて顔を上げる。そこにいたのは、黒川あかねだった。
「いや、別に」
「そう?」
あかねは俺の顔を覗き込むようにして、ふっと笑う。
「なんだか、ちょっと寂しそうに見えたから」
「……そんな顔してた?」
「うん。ほんのちょっとだけ♪」
まただ。その笑顔。柔らかい声。相手の懐へ自然に入り込む距離感。以前よりも、ずっと完成度が上がっている。
黒川あかねは、今も「アイ」演じている。それも、ただ似せているだけじゃない、「アイ」ならここでどう笑うか。
どういう声を出すか。相手との距離をどれくらい縮めるか。それを考えた上で、あかね自身の演技として成立させている。
「……黒川さんは、楽しそうだね」
「うん。楽しいよ」
あかねは迷いなく答えた。
「こういう場所って、いろんな人の本当の部分が見えるから」
「本当の部分?」
少しだけ首を傾げる。
「誰かを好きになった時とか、嫉妬した時とか……普段なら隠している感情が、ふっと出てくるでしょう?そういう瞬間を見るの、私好きなんだ」
「……変わってるな」
「ふふっ、そうかな?」
また笑う。俺はその顔を見ながら、ふと思う。……こいつさ、どこまで計算しているんだろう。
ただのキャラ作りなら、ここまで自然にはならない。あかねは人を観察して、その人間がどう動くのかを理解している。そして、それを自分の演技に落とし込む。
「ねえ、アクアくん。アクアくんは……誰か気になる人、いないの?」
「……俺?」
「うん♪」
カメラが少し離れたところで回っている。あかねはそれを意識しているはずなのに、まるで意識していないような自然さだった。
「………さぁ?」
「ふふっ。秘密なんだ?そういうことにしておく」
あかねは笑った。けれど、その目だけは笑っていない。俺の返答を観察している。……やはり、この子は怖い。
アイドルとしての「アイ」の笑顔を浮かべながら、その裏では相手の反応を一つ一つ拾っている。
「じゃあ、いつか教えてね♪」
「気が向いたらな」
「うん。待ってる」
そう言って、あかねは離れていく。俺はその背中を見ながら、少しだけ考えた。
……安全圏でやり過ごすつもりだったのに。どうやら、この番組は思ったより簡単には終わらせてくれないらしい。
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