「アクたんはいいの?ゆき争奪戦に参加しなくて」
ロケバスに乗って休憩しているとMEMちょがそう聞いてくる。
「俺はいい。番組終わるまで安全圏でやり過ごす」
「野心がないなぁ」
「そっちはどうなんだ?」
ロケバスの中には、俺たち出演者全員が乗っている。撮影の合間ということもあって、あちこちで小さな会話が続いていた。
俺は何気なく車内を見渡す。少し離れたところでは、ゆきがノブユキやケンゴと話している。最近はあの三人が一緒にいることも増えた。
……まあ、俺には関係ない。俺がこの番組にいる理由は、恋愛でも人気でもない。父さんの事が知りたかった。それだけだ。鏑木さんから何か聞き出せるかもしれないその程度の認識だ。
「私は、このままおバカ系癒し枠キープ出来ればそれでいいかなぁ……自分のチャンネルにお客の導線引くのが目的だし」
彼女らしい割り切った答えだった。この番組で人気を取ること自体が目的じゃない。自分のチャンネルへ人を流すための場所として、ここを利用している。
……そういう考え方もあるのか。出演者の中には、恋愛をしたい奴もいる。番組で目立ちたい奴もいる。そして、MEMちょみたいに、その先にあるものを見ている奴もいる。
「それに、アクたんにはあかねがいるしねぇ」
「……は?」
思わず聞き返した。MEMちょは悪戯っぽく笑っている。
「だって、最近あかねとよく話してるじゃん」
「別に、普通に話してるだけだ」
そう返しながら、頭の中に黒川の顔が浮かぶ。あの笑顔。柔らかな声。相手の反応を見ながら、自然に距離を詰めてくる仕草。
……アイを演じている黒川あかね。俺が気にしているのは、恋愛的な意味じゃない。
「そういうのじゃない。黒川さんとは仕事で話してるだけだ」
「ふーん?」
MEMちょは納得していない顔をする。
「本当にそれだけだ」
俺はそう言い切る。これは、恋愛的な感情ではない。それだけは確実に言える。黒川あかねが気になるのは、彼女の演技力だ。
その演技がどこまで本物に近づくのか。アイという人間を、どこまで理解しているのか。俺が気にしているのは、ただそれだけだ。
「それにしてもさー、番組中のあかねって、なんかB小町のアイに似てるよねー」
「………そう見えるか?」
思わず、少しだけ声が低くなった。MEMちょは特に気にする様子もなく頷く。
「うん。笑い方とか、雰囲気とか。B小町の映像見てたから、余計そう思うのかも」
「……まあ、言われてみれば」
そう返しながら、俺は黒川の方へ視線を向けた。車内では、黒川が他の出演者と話している。笑って、相手の話を聞いて、少しだけ首を傾ける。
本人が意識しているのかどうかは分からない。けれど、俺には分かる。
「……黒川あかねは、役者として頭一つ抜けている」
「お?」
「アイを真似てるっていうより……理解しようとしてる」
口にしてから、自分でも少し意外だった。自分がここまで他人の演技について話すなんて
「へー。アクたん、あかねのこと結構見てるんだねぇ」
「……仕事だからな」
そう答える。MEMちょがニヤニヤしているのが分かった。
「何だよ」
「いやぁ?」
「変な勘違いするなよ」
俺は視線を窓の外へ逃がした。このまま、何も起こらない事を願いながら。
……けれど、そう簡単にはいかなかった。
撮影を重ねるたびに、ゆきを巡る三角関係だけじゃなく、俺と黒川のやり取りにもカメラが向くようになった。
黒川が俺に話しかける。俺がそれに答える。そこへMEMちょが面白がって入ってくる。ただ、それだけのことだった。
俺自身は、特別なことをしているつもりはない。けれど、カメラはそういう些細なやり取りすら拾っていく。……こうして、俺と黒川あかねにも少しずつスポットが当たっていった。
俺が望んでいた「安全圏」は、もうなくなってしまったようだ。
そして、放送を重ねるにつれて、番組の注目される場所も少しずつ変わっていった。ゆきを巡るノブユキとケンゴの三角関係は相変わらず人気だった。
その一方で、俺と黒川の何気ないやり取りも、少しずつ視聴者に拾われ始めていた。
【ID:rM52Yp9】
「ゆきノブケンの三角関係、普通におもろい」
【ID:K8vQ2Ls】
「でも最近アクアとあかねの絡みも増えてない?」
【ID:xP7nT4a】
「アクアって基本誰にも興味なさそうなのに、あかねが話しかけるとちゃんと返すの何なん」
【ID:V3mN8qR】
「あかねがアクアに絡む→アクアが普通に返す→MEMちょが茶化す、この流れ好き」
【ID:hL9sW2c】
「この2人って恋愛っていうより友達感ない?」
【ID:Q6tRb1M】
「分かる。付き合ってる感じじゃなくて、気の合う男女の友達って感じ」
【ID:pN4xK7v】
「アクアとあかね、距離感が妙に自然なんだよな。変に恋愛っぽくない」
【ID:zY8cM3q】
「むしろ今は恋愛より『仲良い友達』って感じで見てる」
【ID:W2kLs9E】
「あかねが一方的に話しかけてるように見えて、アクアもなんだかんだちゃんと返すのが良い」
【ID:tR5mQ8a】
「アクアがあかねにだけ心開いてる!とかじゃなくて、単純に相性良さそう」
【ID:bN7sL4x】
「ゆきノブケンは明確に恋愛って感じだけど、アクアあかねはまだ友達枠じゃない?」
【ID:M3qV8Yk】
「この2人が恋愛になるかどうかより、このまま友達みたいな関係で続いてほしい」
【ID:cR6pT2n】
「分かる。男女なのに妙にさっぱりしてるのが逆に好き」
【ID:F9xK2Lm】
「ただ、こういう『友達っぽい男女』が後々一番危ないんだよな……」
【ID:qT4mN8z】
「↑それは恋愛リアリティーショー見すぎw」
【ID:H2vR7Kp】
「今のところはゆきノブケンが恋愛パート、アクアあかねは友達パートって感じ」
【ID:nL8sQ3w】
「でもアクアあかね、派手なことしてないのに毎回ちょっと気になるんだよな」
MEMちょがスマホを覗き込みながら、突然吹き出した。
「アクたん、これ見て!」
「何だよ」
「ほらほら!」
そう言って、MEMちょが俺の前にスマホを差し出してくる。画面には、今ガチについてのコメントが並んでいた。
ざっと目を通す。ゆき、ノブユキ、ケンゴ。やっぱり、この三人へのコメントが多い。けれど、その下には見慣れた名前が並んでいた。
俺と黒川。
「『アクアとあかね、距離感が妙に自然』……だって」
MEMちょが読み上げる。
「……そうか」
「『気の合う男女の友達って感じ』だってさ」
「……」
俺はもう一度画面を見る。友達。まあ、実際そんなものだ。黒川とは仕事で何度か話すようになった。それだけだ。
彼女が俺に話しかけて、俺が答える。MEMちょがそこに入ってきて、三人で話す。別に変わったことなんてしていない。
「ほら、これなんて『このまま友達みたいな関係で続いてほしい』だって!」
「……好き勝手言ってるな」
「でも、結構分かってるんじゃない?アクたんとあかねの関係」
「……ただの共演者だろ」
MEMちょがニヤニヤとしている。
少なくとも俺にとっては、それ以上でもそれ以下でもない。黒川とは仕事で話す機会が増えただけだ。
「ほんとに?」
「本当だ」
「でもさー、あかねってアクたんと話す時、結構楽しそうじゃん?」
その言葉に、俺は少しだけ黙った。画面に映った俺たちのやり取りを見ていると、妙な気分になる。自分では何も意識していない。黒川も、どこまでが演技なのか分からない。それでも、視聴者には「友達」に見えている。
「……まあ、このままこの関係を続けるだけだ」
「えー?『友達じゃなくて恋愛に発展してほしい』ってコメントもあるけど?」
「それは無視しろ」
MEMちょは楽しそうに笑いながらスマホを引っ込めた。俺は小さく息を吐く。恋愛だなんだと騒がれるよりは、友達として見られている方がまだ楽だ。
黒川とこうして話すこと自体を、以前ほど面倒だと思わなくなっている。この番組も終盤が近づいている。どんな結末を迎えるのか………。
スマホ画面から『今ガチ』の放送が映っていた。
「……」
有馬かなは、ソファに座ったまま画面を見つめていた。
番組の中では、ゆきとノブユキ、それにケンゴの三人が映っている。最近すっかり定番になった三角関係だ。
「またやってる……」
思わず小さく呟く。ゆきがノブユキに話しかければ、ケンゴが割って入る。ノブユキがゆきに優しくすれば、ケンゴが面白くなさそうな顔をする。
分かりやすい。だからこそ、見ていて面白い。
「……まあ、こういうのが恋愛リアリティーショーなんでしょうけど」
そう言いながら、かなは画面から目を逸らさなかった。そして場面が切り替わる。アクアと黒川あかねが映った。
「……」
かなの表情が、ほんの少しだけ固まる。二人は別に、何か特別なことをしているわけじゃない。
あかねが話しかけて、アクアが答える。そこにMEMちょが入って、三人でくだらない話をする。
ただ、それだけ。なのに…………。
「……なんか、ムカつく」
ぽつりと口から出た。自分でも、何に対してなのか分からない。黒川あかねが楽しそうだから?アクアが普通に話しているから?
それとも、画面の中で二人の距離が妙に自然に見えるから?
「……別に、いいじゃん。仲良くしたって」
そう言いながら、かなは少しだけ眉を寄せた。アクアが他の出演者と話している時は、こんなことは思わない。
むしろ、あいつが番組に馴染んできたことを少し意外に思うくらいだ。なのに、彼女が相手になると、なぜか引っかかる。
「……なんなのよ、これ」
かなは自分でもよく分からないまま、クッションを抱え直した。画面の中で、あかねが笑う。アクアも、それにいつもの無愛想な顔で返している。
その光景を見ていると、胸の奥が妙にざわつく。黒川あかねは正直言って嫌いだ。
アクアだって……まあ、ムカつくところはあるけど、それだけだ。それなのに。
「……なんで私、こんなの気にしてんのよ」
答えは出てこなかった。ただ、テレビの中で二人が並んでいるのを見るたびに、胸の奥に小さな棘が刺さったみたいな感覚だけが残る。
かなはそれを恋だとは、まだ思わなかった。そもそも、自分がそんな理由でモヤモヤしているなんて、認める気もなかった。
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