そうして、日々は過ぎていった。気づけば、あの番組ももうすぐ最終回を迎えようとしていた。
最初は、アクアが恋愛リアリティーショーなんかに出ていること自体が面白くなくて、なんとなく見始めただけだった。
……なのに。いつの間にか、放送日になるとテレビをつけるのが当たり前になっていた。
ゆきとノブユキ、ケンゴの三角関係がどうなるのか。MEMちょがまた変なことを言っていないか。そして………アクアと黒川あかねが、今日はどんなやり取りをするのか。
「……って、私何考えてんのよ」
別に、気になってるわけじゃない。ただの暇つぶし。そう、暇つぶしなのだ。もうすぐ番組が終わるなら、こんなくだらないことを考える必要もなくなる。
「……あとちょっと、か」
そう呟きながら、私は通学路を歩く。最終回が終われば、この番組を見ることもなくなる。
そう思ったはずなのに。なぜか、そのことが少しだけ引っかかった。
前のシーズンでは、最終回でキスをして、そのままカップル成立………なんて展開もあったらしい。
ふと頭に浮かんだのは、テレビの中で並んでいたアクアと黒川あかねの姿だった。
別に、あの二人がそうなるって決まったわけじゃない。
そもそも、あの二人は恋愛っていうより、普通に友達みたいな感じだ。あかねが話しかけて、アクアが適当に返して、そこにMEMちょが茶々を入れて……お決まりの流れ。
「……なのに、なんでよ」
自分でも分からない。
ただ、もし最終回で何かあったら………そう考えただけで、胸の奥がまた妙にざわついた。
「……くだらない」
私は小さく首を振る。そんなの、私には関係ない。アクアが誰とどうなろうが、私には関係ないはずだ。
「……ほんと、何なのよ」
そう吐き捨てて、私は前を向く。けれど、頭の中から二人の姿だけは、なかなか消えてくれなかった。
「有馬………有馬かな」
頭の中がいろいろごちゃごちゃしている中、後ろから私を呼ぶ声がした。振り返ると、そこにいたのはアクアだった。
「なぁ………今から学校サボって遊ばね?」
……何よ、それ。
さっきまで頭の中であれこれ考えて、勝手にモヤモヤしていたのが馬鹿らしくなってくる。
アクアの顔を見ていると、なんだかどうでもよくなった。そうだ。今は、そんなこと考えなくてもいい。
最終回がどうとか、あかねがどうとか。そんな先のこと、今から気にしたって仕方ないじゃない。
「いく」
こうして、私達は学校をサボって遊びに行くことになった。
「マジあり得なくない!?学校サボって遊び行くとかマジ不良じゃん」
私としては、別に学校をサボるつもりなんてなかった。……なかったんだけど。
まあ、後輩の頼みだし? それに、なんだか思い詰めたような顔をしてるじゃない。そんな顔されたら、先輩として放っておくわけにもいかないでしょ。
「あり得ない!マジさいあく!マジさいあく!」
「そんなに言うならやっぱやめとくか?」
「そうは言ってない」
そう、これは先輩としての務め。決して私が遊びたかったとか、そういうんじゃない。……ほんとに、仕方なくなんだから。
「で……どこ行く?ディズニー?東京タワー?」
「学校サボってそんな張り切った遊び提案する度胸がヤベぇな」
「だって制服でサボったら周りの視線気になるでしょ?着替えに帰るのも時間のロスだし!あの辺制服の人多いし丁度いいかなって思って………!」
……我ながら、よく喋る。でも、こうしてくだらないことを言い合っていると、さっきまで胸の中でぐちゃぐちゃになっていたものが、少しずつほどけていく気がした。
「別にそう言うんじゃあなくてさ………」
「……………」
アクアの提案した場所に来たはずなんだけど………。どうして今、私の手にはグローブとボールが握られているのよ。
「やっぱあんた変わってる」
「そうか?」
「そうよ!」
学校をサボるっていう流れから、どうして公園でキャッチボールになるのよ。
私がさっき言ったディズニーや東京タワーだって、ちょっとやり過ぎかなとは思ってたけど……。それにしたって、いきなりハードル下がりすぎでしょ。
「うら若き男女が学校という牢獄から逃げ出して何をするかと思えば、公園で呑気にキャッチボールだもん!わざわざグローブとボールまで買ってさ……変なの」
ここに来る途中、わざわざ店に寄って、私と自分の分のグローブとボールまで買ってるし……。
「私、野球なんてやった事………あっ」
喋りながら投げると、ボールはあらぬ方向へと飛んでいった。そもそも、野球なんてやったことないんだから、思ったとおりの結果になった。
「私みたいな下手っぴじゃなくてもっと上手な人誘えば良かったんじゃない…………ルビーとか」
「妹に学校サボらせる兄が居るか」
「シスコンきも………」
再開してルビーが言ってたわね、シスコンだと。冗談かと思ったけどマジだったのねこれ。
「じゃあ『今ガチ』の人とか……仲良いんでしょ?」
言ってから、ふと引っかかった。
『今ガチ』の人たち。最近のアクアの周りには、そういう名前がいくつも増えている。
特に黒川あかね。……別に、気にするようなことじゃない。あいつが誰と仲良くしようが、私には関係ないんだから。
そう思っているのに、なぜか頭の隅にあかねの顔が浮かんだ。さっきまで何とも思ってなかったはずなのに。
「……」
なんだろう、この感じ。また、胸の奥が少しだけモヤっとした。
「まぁ……悪くはないけど。一応仕事って言うか、そういう気安い関係でもないし」
「そうなんだ」
キャッチボールをしながら会話を続ける。少しずつだが慣れてきたような感じがする。
「嘘吐いたり打算で動く事ばっかで……なんか打算もなく無駄な会話できる人間ってのは俺の周りにはあまり居ない」
私も芸歴は長いし、それなりに繋がりのある人間もいる。仕事を通して知り合った相手だって少なくない。でも、そういう打算も何もなく、気軽にくだらない話ができる相手となると……あんまり思い浮かばない。
「その点、有馬相手なら気を使わなくて良いし」
「使えやコラ」
……何よ、それ。
気を使わなくていいって、褒めてるのか貶してるのか分からないんだけど。でも、不思議と嫌な感じはしなかった。こうして二人で学校をサボって、キャッチボールなんてしているのも、よく考えればかなり変な状況だ。
「でも……そういう相手に選んでくれたってのは悪い気はしないかな」
それでも、変に取り繕う必要がない。……こういう相手って、意外と貴重なのかもしれない。
「『今ガチ』そろそろ収録大詰め?」
「あぁ………」
お互い芸能人なんだから、こうして話していても、結局は自然と仕事の話になる。
「………実際の所、あんたは誰狙いなの?」
「あくまで仕事だからそういうのはない」
……まあ、そうよね。あいつが恋愛目的であの番組に出てるわけじゃないのは、なんとなく分かってる。最初からずっと、どこか一歩引いたところで参加している感じだったし。
なのに、こうして改めて聞くと、妙に気になる。
「でもタイプとかはあるでしょ?年下が好きとか……年上が好きとか!」
「難しい事を聞くな……」
……別に、深い意味なんてない。ただの興味。そう、芸能人同士の雑談よ。そう自分に言い聞かせながら、私はアクアの返事を待った。
「最近つくづく思う。どんどん………『僕』と『星野アクア』の境目が無くなっていく」
「…………前から思っていたけど怖くて聞けなかった」
今のセリフで確信した。
「あんたもしかしてさ……厨二病?そういうの早く卒業しなさいよ」
好きなタイプを聞いたはずなのに、なんで急にそんな自分語りが始まるのよ。年下が好きとか、年上が好きとか、そういう話をしてたんでしょうが。
「きゃあ!!」
アクアが投げたボールが飛んでくる。さっきよりも明らかに強い。グローブで受け止めたのに、手のひらがビリビリする。
「まぁ……要は俺も高校生って話だ。俺も自分と高い年齢の子を恋愛対象として認識する」
……ああ、そういう話ね。つまり、ちゃんと同年代の高校生として恋愛することもあるって話か。
さっきまで変なことを言い出したから、もっとややこしい話になるのかと思ったじゃない。
「まぁ………ある程度上の方が良いのは間違いないけどな……年下は無理」
「年上好きって事?」
口にしてから、かなは少しだけアクアの言葉を反芻した。
……そうなんだ。ふーん……。
別に、どうでもいい話だ。たかが好きなタイプ。そんなもの、人それぞれでしょうが。
……あれ?黒川って、アクアより年上よね。
そこまで考えたところで、なぜか胸の奥がまた少しだけモヤッとした。
……いや、だから何よ。別に黒川が年上だからって、それがどうしたっていうのよ。
その妙な引っかかりを振り払うように、グローブを構え直す。私はそのまま、さっきより少しだけ強くボールを投げ返した。
「お……良い球じゃん」
「そう?…………えへへ」
「本当に初心者か?」
さっきまでボールを変な方向に飛ばしていたのに、今度はちゃんと相手のところまで届いている。
それに、アクアに「良い球」なんて言われると、思っていたより嬉しい。……単純ね、私。
「そうよ………アクアとするのが初めて、一番最初」
そう言って、有馬かなは少しだけ笑った。その言葉が妙に可笑しくて、アクアも小さく笑う。
「……なんだよ、それ」
「何よ。事実でしょ?」
「まあ、そうだけど」
またボールが投げられる。今度は、さっきよりもずっと自然に。二人の間には、いつの間にか笑い声が混じっていた。
学校をサボって始めたキャッチボールは、思っていたよりずっとくだらなくて………だからこそ、二人は少しだけ楽しそうに笑っていた。
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