MEMちょの加入によって私達のチャンネルは凄くソレっぽい動画を作れるようになった。その甲斐もあり………登録者が一万人を突破した!!
「なんか………公式って感じ!」
「公式以外の何だって言うの」
MEMちょが加わってから、動画の雰囲気は明らかに変わった。
編集も、企画の見せ方も、それまでの私達だけでは思いつかなかったようなものばかり。なんというか……ちゃんとしたアイドルチャンネルっぽくなったのだ。
「また自己紹介動画とかしかアップしてないし………出来れば早めにPVとか上げたいけど…………楽曲周りってどうなってるの?」
「社長が知り合いのアーティストにお願いしているみたい」
楽曲さえあれば、私達はもっとアイドルらしい活動ができる。歌って、踊って、PVを撮って。そういうものをアップすれば、きっと今まで以上にB小町を知ってもらえるはずだ。
「楽曲出来るまで何も出来ないでしょ?まだまだ先の話。のんびり構えましょ」
「そうはいかないよ?」
MEMちょが、先輩がさっきから読んでいる本をひょいっと取り上げた。
「私達は『B小町』なの忘れた?『B小町』には『B小町』の曲があるでしょ?」
「あ!そっか……昔の曲を使っても何の問題も無いんだ!」
「そう!」
私達はB小町なんだから、わざわざ新しい曲ができるまで待つ必要なんてない。元からあるB小町の曲を使えばいいんだ。
「MEMちょ天才!」
……なんで今まで気づかなかったんだろう。そんな当たり前のこと、完全に盲点だった。
「ちっ………気付いたか」
露骨に舌打ちをする先輩。先輩、最初から分かってたんだ。
ただ、新しい曲ができるまでは……ってことにしていたかったのかもしれない。その先を考えなくても済むから。
……まあ、今さらそんなこと言っても仕方ないんだけど。
「今からでもやれる事はある!チンタラやってたらあっという間にアラサーだから!」
「自虐ぅ〜」
思わず口から出た。……いや、だって今のはどう聞いても自虐でしょ。
「さて……アイドルの華であり、もっともシンドいダンスのフリの入れ始めるよ!」
「よーし!やるぞ!!」
気合いが入る。歌ももちろん大事。でも、ステージに立つアイドルならダンスだってできなきゃいけない。
「……いきなり一番大変なところ来たわね」
先輩は少しだけ顔をしかめながらも、ちゃんと立ち上がる。
「ほら先輩!頑張ろ!」
「分かってるわよ」
練習が始まった。B小町の曲は、映像として残っているものだけでもかなりある。その中でも振り付けまで確認できる曲は、全部で三十曲くらい。
私は、ママと一緒に踊っていたこともあるから、大体の振りは覚えている。完璧じゃない曲もあるけど、一人で踊る分にはそこまで困らなかった。
でも……今までは一人だった。振りを覚えて、歌って、踊る。それだけなら、自分のタイミングでどうにでもできる。
三人で踊るんだから、ただ同じ振りができればいいわけじゃない。動くタイミングも、立ち位置も、互いとの距離も合わせなきゃいけない。
ソロとは全然違う。……でも、その違いが嫌なわけじゃなかった。
むしろ、こうして先輩とMEMちょと並んで踊っていると、ようやく私達はちゃんとグループになったんだって思える。
新生B小町。その名前が、少しずつ形になっていく気がした。
夜。俺は鏑木さんと回らない寿司屋に来ていた。理由は一つ。父さんの話を聞くためだ。
父さんに対して、不満があるわけじゃない。むしろ、よくしてもらっていると思う。
家にいる時の父さんは、俺やルビー、そして母さんに底なしなくらい優しい。俺達のことを本当に大切にしているのも、長い間一緒に暮らしてきて分かっている。
……だからこそ、余計に分からない。俺が知っている父さんと、芸能界にいる父さん。
家族の前で見せる顔と、仕事をしている時の父さん。
父さんは、まるで別の人間みたいに振る舞っている。外にいる時の父さんは、常に何かしらの仮面を被っているように見えた。
……それ自体は珍しいことじゃない。
この業界にいる人間なら、誰だって多少は本音を隠している。仕事用の顔くらい持っていて当然だ。
だけど、父さんの場合は少し違う。あまりにも自然すぎる。外では一切ボロを出さない。家族の前で見せる姿を、外に持ち出すこともない。
病的なまでに徹底している。……だから、気になる。
父さんが何を隠しているのかじゃない。そもそも、父さんはどうして芸能界にいるのか。俺はただ、それが知りたかった。
俺は目の前に置かれた湯呑みに手を伸ばしながら、鏑木さんが口を開くのを待った。
「それにしても、君はどうしてそんなに天城くんの話を知りたいんだ?」
鏑木さんから当然の疑問が投げかけられた。
「小さい頃から面倒を見てもらっていたんですよ」
そう答える。嘘ではない。ただ、鏑木さんに本当の関係まで話すつもりはない。
「俺にとっては……家族みたいな人です」
家族。その言葉を口にすると、少しだけ違和感があった。本当はもっと単純な言葉で表せる関係だ。けれど、それを口にするわけにはいかない。
「でも、本心が見えないというか……」
俺は一度、言葉を切った。
どう説明すればいいのか、自分でも分からない。父さんは優しい。少なくとも、俺やルビー、母さんといる時はそうだ。
「掴もうとしても、するりと離れていく感じがして」
どれだけ近くにいても、父さんの全部を知っている気がしない。一緒に暮らして、同じ食卓を囲んでいる。
それなのに、父さんが何を考えているのか、どんな過去を持っているのか。俺は何も知らない。
「自分のことはあまり話さない」
……それが少し、不思議だった。隠したい過去があること自体は、この業界なら珍しくない。俺だって、他人に全部を話しているわけじゃない。
「ただ、知りたいだけなんですよ」
鏑木さんを見る。ただ、知りたい。
「どんな人なのか。どうして芸能界にいるのか」
それを知ったところで、何かが変わるのかは分からない。それでも、ずっと気になっていた。
「なるほど………小さい時から面倒をねぇ………確かに、僕も彼との付き合いはそれなりにあるけど………見えないんだよ」
……鏑木さんでも、か。
父さんとそれなりに付き合いがある人間。その鏑木さんですら、父さんのことを「見えない」と言う。
「でも、彼も最初からそうだった訳じゃない。ある日、突然『成った』………偶々、現場に顔を出したら彼の演技を初めて見てね………よく言えば異質、悪く言えば気持ち悪い演技だったよ」
……ある日、突然「成った」。その言葉が、妙に頭に残った。
今の父さんしか知らない俺にとって、それは少し意外な話だった。父さんの演技は、俺にとっては最初からああいうものだった。どんな役でも別人になり、その人物としてそこにいる。
演技をしている、というより……役そのものになる。けれど、それが最初からできたわけじゃない。
それまでの父さんと、今の父さん。その間に何があれば、鏑木さんにそんな言い方をさせるほど変わるんだろう。
異質。悪く言えば、気持ち悪い。……その評価にも、少しだけ納得してしまう。父さんの演技を見ていると、時々分からなくなることがある。
あれは本当に演技なのか。それとも、父さん自身が本当にどこか別の人間になっているのか。
鏑木さんの話は、俺が知らない父さんの姿を少しずつ浮かび上がらせていく。
「気になって、彼の前に出ていた作品を見てみたんだ。でも………以前の演技とはまるで違っていた。セリフもちゃんと言えているし、感情もこもっている。でも『記憶に残らない』演技だったよ。換えがきく演技」
……記憶に残らない演技。
その言葉に、少しだけ引っかかった。セリフは言える。感情だって込められる。
演技として間違っているわけじゃない。少なくとも、素人が見れば普通に上手いと思う程度にはできていたんだろう。
けれど、それだけ。換えがきく演技。
……今の父さんからは、とても想像できなかった。
父さんの演技は違う。一度見れば忘れられないとか、そういう単純な話でもない。演じている人間が目の前から消えて、その役だけが残る。
だからこそ、異質だと思われる。……そんな父さんにも、以前は「換えがきく」演技をしていた時期があった。
「成った」というのは、やっぱりただ演技が上達したという意味じゃないんじゃないか。
技術を身につけた。経験を積んだ。そんな段階を踏んだ変化じゃなくて………何かをきっかけに、まるで別のものになった。
「一度だけ聞いたことがあるんだよ。芸能界に飛び込んできた理由をね。その時、なんて返してきたと思う?」
芸能界に入った理由。それは、俺が今まさに知りたかったことだ。
「秘密です………と。でも、僕にはわかった。目の奥に底なしの何かが垣間見えた。大きな何かを抱えているような感じが」
……秘密です。
父さんらしい答えだと思った。聞かれても、何も答えないわけじゃない。ただ、本当に知りたいところだけは上手くかわす。
「目の奥に、底なしの何かが……」
鏑木さんの言葉を、頭の中で繰り返す。俺が知っている父さんは、そんなものを感じさせない。
よく笑うし、家ではくだらないことも言う。俺達のことを心配して、母さんには呆れるくらい甘い。
……少なくとも、俺の前では。けれど、鏑木さんが見た父さんは違った。
大きな何かを抱えていた。それが何なのかは分からない。ただ一つだけ、確かになったことがある。父さんが芸能界にいる理由は、単純な憧れや夢なんかじゃない。
「それと昔の彼は、どんな仕事も受けたよ。脇役から主演、まぁ………特に悪役が多かったけど」
父さんが演じると、その人物がそこにいるようにしか見えなくなる。善人だろうが悪人だろうが関係ない。
……むしろ、底の見えない人間や、何を考えているのか分からない役の方が似合う。
それにしても、どんな仕事でも受けていた。脇役から主演まで。今の父さんしか知らない俺には、それも少し意外だった。
あの人にも、今の立場に至るまで何でもやっていた時期があった。……その頃の父さんは、一体どんな人間だったんだろう。
知れば知るほど、俺の知らない父さんが出てくる。それでも………もう少し知りたいと思った。
「彼と関わりのある人物は多くいる。興味があるならララライの主宰を紹介する。彼も彼との付き合いはそこそこあるからね」
渡りに船みたいな話だ。
「どうしてそこまでしてくれるんですか?僕は実績も何もない役者くずれですよ?」
こっちにとっては都合がいい話だ。父さんのことを知る手掛かりが増えるなら、断る理由はない。
……ただ、そこまでしてくれる理由が分からなかった。
俺は鏑木さんにとって、仕事上の付き合いが少しある程度の役者だ。それなのに、自分の人脈まで使って父さんを知る手助けをしてくれる。
都合がいいからこそ、少しだけ気になった。
「この業界は貸し借りの世界だ。知っての通り、日本の芸能界は事務所と制作側の貸し借りがキャスティングに大きく関わる」
事務所と制作側の関係。誰を使うか、どの仕事を回すか。その裏には、表からは見えない繋がりや貸し借りがいくつもある。
純粋に実力だけで決まる世界じゃない。
「そして、キャスティングによって収益は何億と変わってくる」
誰を使うかで、その作品の結果は変わってくる。動く金の大きさも、企画そのものの規模も変わる。……だんだん話が見えてきた。
「ここで貸しを作っておく事で、君が売れっ子になり、まさに今が旬という時、キャスティング戦争で大きなアドバンテージを得られるわけだ」
鏑木さんが俺に人を紹介してくれるのも、ただの親切ってわけじゃない。
「Pの仕事ってそういう事だよ。勿論、君にだけしてる訳じゃない」
鏑木さんは、使える人間を見つけて、繋がりを作る。そして、その人間が成長した時にまた仕事へ繋げていく。
今の俺に何かを貸しておけば、いつか別の形で返ってくるかもしれない。……それが、プロデューサーの仕事。
「有馬かなくんやMEMちょくんにも可能性を感じてる」
……そこまで見ていたのか。
「面白い事を始めたみたいだね。あの『B小町』を復活させたそうじゃないか…………なかなか有望な投資対象だと思っているよ」
鏑木さんは、人の可能性を見ている。その人間がこれからどれだけ成長するのか。どれだけの価値を生み出すのか。
そして、その先にどれだけの金が動くのか。
有望な役者、有望なアイドル。将来、大きくなる可能性があるものには今のうちから手を伸ばす。
……その目は、どこまでも計算高かった。人の才能や未来を見ているようで、その先にある利益までしっかり見据えている。
なるほど………拝金主義者、というわけか。
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