「「ジャパンアイドルフェス!?」」
「うん………『今ガチ』でお世話になったプロデューサーがコネあって………興味があるならねじ込んでくれるって」
ジャパンアイドルフェス。
その名前を聞いた瞬間、頭の中が一瞬止まった。
……え?あの?
アイドルがたくさん集まる、あの大きなイベント?私達、まだ新生B小町として活動を始めたばかりだよね?
動画を上げて、登録者が増えて。これから曲を覚えて、ダンスを練習して……ようやくスタート地点に立ったところ。
「JIFって来月でしょ?無理無理!全然準備出来てない……」
確かに、来月となると時間はほとんどない。曲も、ダンスも。まだまだやることは山ほどある。でも……だからって、最初から無理って決めちゃうの?
「私達みたいな新参者がいきなりそんな大きなステージ「やろやろ!!」」
せっかく目の前に、大きなチャンスが転がってきたんだ。できるかどうかは、その後で考えればいい。
「JIFだよJIF!新生『B小町』の初ライブがそんな大きなステージで出来るなんてすごくない!?」
「だけど、確実に周りの心証良くないわよ?絶対、コネって言われる」
先輩の言うことも分かる。実力も実績もまだ足りない私達が、コネで大きなステージに立つ。そう思われたって仕方ない。
でも、それを気にしてチャンスを逃すのは、もっともったいないと思う。
だって、私達はまだ始まったばかりなんだ。最初からみんなに認めてもらえるなんて思っていない。
それに、ステージに立つ機会をもらえるなら、そこで実力を示せばいい。コネだなんだと言われたって、私達のパフォーマンスを見て、少しでも「いいな」って思ってもらえたら、それで十分だ。
……ううん。十分なんかじゃない。
せっかく立てるかもしれないステージなんだ。どうせなら、見てくれた人達の記憶に残るライブにしたい。
「でも、実際やらない手はないと思うよぉ………普通のグループが何年も必死にやっと立てる舞台……ここでやらなきゃ何の為に活動するのって話になるよ?」
MEMちょの言葉に、先輩はすぐには答えなかった。
少し困ったように眉を寄せて、考え込んでいる。ジャパンアイドルフェス。たくさんのアイドルが立つ、大きなステージ。
そんな場所で、新生B小町として初のライブができるかもしれないんだ。
もちろん、不安がないわけじゃない。まだ曲もダンスも十分に仕上がっていないし、今から準備を始めたって間に合うかどうか分からない。
それでも、やってみたい。だって、私達はアイドルになるために活動を始めたんだから。
「……分かったわよ。出るなら、せめてコネだなんだって言われないくらいのものを見せるしかないでしょ」
先輩は小さく息を吐いて、そう口にした。その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぱっと明るくなった。
「じゃあ、決まりだね!」
「まだ決まっただけで、何もできてないからね。そもそも、練習時間が全然足りないわよ?」
「それなら、今から練習すればいいんだよ!」
私達には時間がない。覚えなきゃいけないことも、合わせなきゃいけないことも、きっと山ほどある。
でも、だからって諦める理由にはならない。せっかく掴めるかもしれないチャンスなんだ。絶対に、無駄になんてしたくない。
「よーし!みんな、さっそく練習しよう!」
今日は偶々、仕事が休みだった。
「……あ、これ懐かしいなぁ」
ソファに座り、テレビの画面を眺める。
映っているのは、彼方が出演していたドラマ。以前放送されたものを、なんとなく見返していた。
普段はお互いに仕事があるし、家では子供達の相手もある。こうして一人でゆっくりテレビを見る時間は、意外と貴重だったりする。
「うん……やっぱり気持ち悪い!!」
もちろんいい意味でだ。
画面の中の彼方は、役柄に合わせた表情で台詞を口にしている。いつも家で見る彼とは、やっぱり少し違う。
……なんて言うと、ちょっと変かな?
だって、私が知っている彼方は、家で一緒にご飯を食べたり、子供達と遊んだり、何気ない話をしたりする、いつもの彼方だ。
でも、こうしてドラマを見ていると、私の知らない彼方が画面の中にいるみたいで、ついつい見入っちゃう。
本人にこれを言うと複雑そうな顔をする。
「ふふっ。彼方、かっこいいねぇ」
誰もいないリビングで、思わず呟く。
私は小さく笑いながら、リモコンで少しだけ巻き戻した。せっかくのお休みなんだし、もうちょっとだけ。いつも一緒にいる夫の、いつもとは違う姿を楽しむくらい、いいよね?
ドラマを見返していると、玄関の方から鍵の開く音が聞こえてきた。
「あれ?誰か帰ってきた?」
今日はお休みだし、せっかくだからと彼方の出演していたドラマを見返していたところだった。普段なら仕事や家のことで慌ただしく過ぎていく時間も、こうしてのんびり過ごせると、なんだか得した気分になる。
「ただいま」
聞き慣れた声がして、リビングの扉が開く。
「あっ、アクア!おかえりー!」
帰ってきたのはアクアだった。
「おかえり。今日は早かったね?」
「予定が思ったより早く終わったからな」
そう言いながら、アクアはリビングに入ってくる。その姿を見て、ふと不思議な気持ちになった。
ついこの間まで、アクアもルビーも、まだまだ小さな子供だったのに。今ではこうして、自分の予定を終えて、一人で帰ってくるようになった。
もちろん、成長してくれるのは嬉しい。でも、子供の成長って本当にあっという間だ。嬉しいのに、ほんの少しだけ寂しい。親って、きっとこういう気持ちを何度も味わうんだろうな。
……なんて、ちょっと感傷的になっちゃった。私は小さく笑って、アクアの方へ視線を戻した。すると、彼の目がテレビの画面に向いていることに気づく。
「……それ、父さんが出てたドラマか?」
「あ、そうそう!久しぶりに見返してたんだー」
画面の中では、彼方が真剣な表情で台詞を口にしている。アクアはしばらく黙って画面を眺めていた。その横顔を見ていると、なんだかちょっと面白い。
普段、家にいる彼方は、アクアにとっては当たり前のお父さんだ。私にとっても、夫として一緒に暮らしている、いつもの彼。
だけど、テレビの中にいる彼方は違う。
役になりきって、普段とは違う表情を見せている。私だって、何度見ても新鮮に感じることがあるくらいだ。
アクアはどう思っているんだろう?
お父さんの演技を見て、何か感じることがあるのかな。それとも、いつもの父親が画面に映っているだけで、特に何とも思わないのかな。
「アクアも見る?」
「……別に、見てもいいけど」
そう言って、アクアは私の隣に腰を下ろした。ふふっ。なんだかんだ、気になるみたい。
「彼方、やっぱり演技上手だよねぇ」
私がそう言うと、アクアは少しだけ画面を見つめてから答えた。
「……そうだな」
その短い返事に、思わず頬が緩む。
アクアが彼方をどう見ているのか、私には全部は分からない。親子だからこそ思うこともあるだろうし、私の知らない一面だってきっとある。
でも、こうして同じ画面を見ながら、何気ない会話を交わせる。
そんな時間が、私は好きだった。特別なことなんて何もない。ドラマを見て、帰ってきた子供と少し話して。
ただ、それだけ。
でも、こういう何でもない日常が、私にとっては大切なものなんだと思う。
「ねぇねぇ………ここからがいいところなんだよ!」
「分かったから、そんなに急かすなよ」
アクアの小さな呆れ顔に、私はまた笑った。さて、この後はどんな顔を見せてくれるんだろう。
画面の中の彼方にも、隣にいるアクアにも。今日は、いつもより少しだけゆっくり向き合えそうな気がした。
「……母さんは、父さんが芸能界にいる理由、知ってるのか?」
テレビを見ていたら、隣のアクアから思いがけない質問が飛んできた。アクアの質問に、私はテレビの画面を見つめたまま、少しだけ考え込んだ。
どうして、彼方が芸能界にいるのか。そんなの、私だって知りたい。いや……正確には、知る機会はあったんだ。
ただ、まだ教えてもらえていないだけ。
「……昔ね、似たような事は聞いてみたよ」
「昔?」
「うん。彼方が、今みたいに有名になる前」
ふと、思い出す。あの頃の彼方は、いつも必死だった。
少しでも演技が上手くなろうと、何度も台本を読み返して、上手くいかなければ自分の何が足りないのか考え続ける。納得できないことがあれば、答えが見つかるまで立ち止まろうとしなかった。
そんな彼を見ていると、時々、不安になった。そこまで頑張って、いったい何を目指しているんだろう。何が彼を、そこまで駆り立てているんだろう。
一度だけ彼方と、喧嘩をしたことがあった。あの時のことを思い出すと、胸の奥が少しだけ痛くなる。
彼方が何を抱えているのか知りたかった。どうして一人で抱え込むのか。どうして私を頼ってくれないのか。
私は、彼の隣にいたかったのに。だからこそ、あの時は譲れなかった。
『……なんでそんなに必死なのか、教えてよ』
そう尋ねた私に、彼方は答えた。
『今は言えない。でも、目的を果たしたらちゃんと言う……俺の口から。だから、待っていてくれないか?』
ちゃんと私の目を見ていた。不器用な言葉だったけれど、彼方が私と向き合おうとしてくれていることは伝わってきた。
……あの時の顔、今でも覚えてる。曖昧に誤魔化しているようには見えなかった。
何かを抱えているのに、それを私に話すことはできない。だけど、いつか必ず自分の口から話す。
彼方は、そう約束してくれた。
それから、彼方は役者として経験を積んで、私はアイドルとして活動を続けた。やがて私達は夫婦になって、ルビーとアクアが生まれた。
幸せなことは、たくさんあった。でも、彼方が必死に追いかけていたものについては、今もまだ知らない。
「……母さんも知らないんだな」
アクアの声で、私は我に返った。
「うん。まだ教えてもらってないんだ」
そう答えて、テレビに目を向ける。画面の中では、彼方が真剣な表情で役を演じていた。
昔から、彼は何かを目指す時、周りが見えなくなるくらい必死になる人だった。
今もそうなのかもしれない。けれど、もう昔とは違う。彼方には私がいる。ルビーも、アクアもいる。
一人で全部を背負わなくたっていいんだ。……それだけは、ちゃんと伝えられたと思う。
「でもさ、アクア。彼方が何を目指してるのかは分からないけど……きっと、簡単には諦められない理由があるんじゃないかな」
私は小さく笑った。
「だから、私は待つことにしたんだ。いつか、ちゃんと話してくれるって約束したから」
あれから、もう十年以上。長いよねぇ、ほんと。……そろそろ教えてくれたっていいんじゃないかな?
それでも、私は信じている。いつか彼方が、自分の口から話してくれることを。その時は、今まで一人で抱えてきたものも、これからのことも。
今度こそ、二人でちゃんと話せたらいいな。
画面の中で演じている彼方は、あの頃と変わらず、何かを追いかけるような目をしていた。
……ほんと、何を考えてるんだか。でも、いいよ。
約束したんだから、待っててあげる。その代わり、いつか全部話してもらうからね。
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