JIFへの出演が決まった数日後。私たちB小町も本格的に練習を始めることになった。
いろいろあってセンターは先輩に決まった。
最初は断られていたんだけど、私とMEMちょの歌があまりにも絶望的だったせいで、最後には泣く泣く折れてくれたのだ。
……私たち、そんなに酷かったんだね。
前世の記憶があったって、何でもできるわけじゃない。アイドルへの憧れなら誰にも負けない自信があるけど、憧れていることと、実際に上手くできることは別らしい。
これでもマシになった方だと思う。
ダンスの練習だけじゃなくて、歌の練習もママと一緒にやっていたんだけど……そういえば、ママ、いつもなんとも言えない顔してたっけ?
「ホント、アンタ達は私が居ないと駄目ね!せいぜい私が引き立つ様に頑張りなさいよね!」
……悔しいけど、否定できない。でも、ママと練習してた頃から考えれば、これでも少しはマシになったんだよ?
……たぶん。うん、きっとそう!今度、ママにもう一回聞いてもらおうかな?
「話は纏ったみたいね」
ミヤコさんが入ってきたことに気づき、私はそちらへと振り返った。どうやら、私たちの話がひと段落するのを待っていたみたい。
「ステージまでもう日数もないし、これから追い込みを掛ける所だろうし、サポートしてくれる助っ人を捕まえてきたわ」
そう言って、ミヤコさんが私たちに手招きした。……助っ人?えっ、誰だろう?
「はーい、みんな注目ー!」
ミヤコさんの隣に現れた人物を見て、私は思わず目を見開いた。
「今日からみんなのお手伝いをすることになりました、アイでーす!」
「……は?」
先輩が、間の抜けた声を漏らした。
「ちょ、ちょっと待って。なんでアイがここにいるのよ!?」
「えー?呼ばれたから?」
ママはそんな先輩の反応を面白がるように、くすくすと笑った。
「ふふっ、元気だねー!久しぶりだね。子役の頃に一度だけ共演したこと、あったよね?」
「ええ、まあ……よく覚えてましたね。あの頃とはだいぶ変わりましたけど」
先輩は一瞬だけ言葉に詰まったものの、すぐにいつもの顔を取り戻した。
「でも、まさかアイ本人が来るなんてね……。ミヤコさん、いったいどういうつもりですか?」
「えっ、待って待って!?アイって、あのアイ!?」
今度はMEMちょが声を上げた。
「えっ、ちょっと待って!? アイって、あのアイ!?うわぁ、本物だ……!」
興奮のあまり、ひとりで勝手に話を進めている。
「MEMちょ、落ち着きなさい」
「落ち着いていられる!? だって、あのアイだよ!?」
……うん。MEMちょの気持ちも分かる。
ママは、初代B小町の絶対的なセンター。今は、アイドルとしての活動は終えているけど、その影響力は今でも現在だ。そんな人が、まさか私たちの練習を手伝いに来てくれるなんて。
普通なら、こんな機会が巡ってくるなんて思わないよね。
目の前にいるのは、誰もが憧れるトップアイドルであり、私がずっと追いかけてきた人。そして……私の、大好きなママだ。
まさか、こんな形でみんなと一緒にママの指導を受けられるなんて!
嬉しいのは嬉しいけど、今ここでそんな顔をしたら不自然だ。ほかの二人と同じように、普通の反応をしないと。
「えへへ、そんなに喜んでもらえると、来た甲斐があるなー!」
アイは嬉しそうに笑いながら、私たちを見渡した。
「というわけで、今日はよろしくね!せっかくだし、みんなのこといっぱい教えてほしいな!」
……ああ、もう。その笑顔、反則だよ。
昔から何度も見てきたはずなのに、こうしてアイドルとしてのママを目の前にすると、また違った輝きがある。
私もいつか、こんなふうに誰かを笑顔にできるアイドルになりたい。ただママの娘だからじゃなくて、私自身の力で。
「よろしくお願いします、マ…………アイさん!」
私は込み上げてくる気持ちを胸の奥にしまい、二人と同じように笑顔を浮かべた。
……よし。今のところ、ちゃんと普通にできてるはず!心の中では、今すぐママに飛びつきたいくらいなんだけどね。
みんなの反応を見て、私は思わず笑みを浮かべた。
うんうん、みんな素直でいい反応! まさかここまで驚いてくれるとは思わなかったけど、サプライズとしては大成功かな?
有馬かなちゃんとは、子役の頃に一度だけ共演したことがある。あの頃はまだ小さかったのに、今ではすっかり立派になっちゃって。私のこともちゃんと覚えていてくれたみたいだし、なんだか感慨深いなぁ。
MEMちょちゃんも、すっごく驚いてくれたね。あんなに喜んでもらえると、こっちまで嬉しくなっちゃう。
……さて、これからどうやってみんなをサポートしようかな?
そんなことを考えていた、そのとき。
「よろしくお願いします、マ…………アイさん!」
……ん?今、ルビー、ママって言いかけなかった?
私は笑顔を保ったまま、ちらりとルビーに目を向けた。本人は何事もなかったように笑っているけど……
危なかったよね、今!?
ここにはかなちゃんもMEMちょちゃんもいるんだよ? もしそのまま「ママ」って呼んでいたら、どうして私のことをそう呼ぶのか、絶対に不思議がられたはずだ。
もー、ルビーったら!家ではいつもそう呼んでくれるから、つい癖で出ちゃったのかな?
……ふふっ。まあ、気持ちは分からなくもないけどね。私だって、本当は今すぐルビーをぎゅーってしてあげたいくらいなんだから。
でも、今は我慢。
ここでは私は、みんなをサポートする先輩アイドルのアイ。そしてルビーは、私の娘ではなく、新しいB小町のメンバー。
ちょっぴり寂しいけど、今はこの距離感を守らなくちゃね。
私はルビーにだけ分かるような視線を送るのは避けて、みんなに向かって改めて笑顔を見せた。
「それじゃあ、さっそく始めよっか!みんながステージでキラキラ輝けるように、私も精いっぱいお手伝いしちゃうからね!」
……うん。
せっかくこうして一緒に頑張れるんだもん。ルビーがどんなアイドルになっていくのか、母親としても、アイドルの先輩としても、楽しみだな。
「それじゃあ、さっそく始めよっか!みんながステージでキラキラ輝けるように、私も精いっぱいお手伝いしちゃうからね!」
せっかくこうして一緒に頑張れるんだもん。ルビーがどんなアイドルになっていくのか、母親としても、アイドルの先輩としても、楽しみだな。
「……あ、そうそう。もう一人、助っ人がいるのよ」
ミヤコさんが、思い出したように口を開いた。
「えっ、まだいるの?」
思わず聞き返すと、ミヤコさんは廊下の方へと顔を向けた。
「入ってきていいわよ」
その声に応えるように、一人の男の子が姿を現した。
「あれ?お兄ちゃん?」
ルビーが、少し驚いたように声を上げる。そう。そこにいたのは、私の息子のアクアだった。
「どうも」
アクアはいつも通り、どこか淡々とした様子で軽く挨拶した。
……あれ? アクアも手伝ってくれるの?思わずミヤコさんに視線を向けると、彼女は小さく頷いた。
「アイだけじゃ、歌やパフォーマンスの指導に偏るでしょ?基礎体力作りも必要だし、そこはアクアに手伝ってもらうことにしたの」
「なるほどねー!」
確かに、ステージに立つには歌やダンスだけじゃなくて、体力も必要だ。限られた時間の中で仕上げるなら、基礎からしっかり鍛えておくに越したことはない。
「それで、アクア。準備してきたものは?」
「ああ、これ」
アクアは手に持っていた紙をミヤコさんに渡した。
「ぴえヨンから基礎トレーニングのメニューをもらっておいた。ステージまでの日数を考えて、無理なく続けられる内容に調整してある」
……ぴえヨン?
ああ、あの覆面筋トレ系YouTuberの!以前、B小町の動画にも協力してくれたことがあったっけ。基礎トレーニングに関しては、かなり頼りになる人だ。
「へえ、ちゃんと考えてくれたのね。ありがとう、アクア」
「別に。必要だと思っただけだ」
相変わらず素っ気ない返事。でも、こういうところは昔から変わらない。
口ではあまり多くを語らないけれど、必要なことはきちんと準備してくれる。頼もしい息子だな、なんて思ってしまう。
……ふふっ。親バカかな?
「えっ、アクアたん、も手伝ってくれるの?」
MEMちょが、紙を覗き込みながら声を弾ませた。
「ぴえヨンのトレーニングメニューって、結構本格的なやつじゃない? これ、ちゃんとやったら体力つきそう!」
「ただし、最初から全部こなそうとするなよ。今の体力に合わせて調整する。無理して本番前に動けなくなったら意味がないからな」
「……まあ、そこは当然ね」
有馬かなもメニューに目を通し、納得したように頷いていた。
「ステージに立つ前にバテてたら、話にならないもの」
「先輩、言い方!」
ルビーが頬を膨らませている。あはは。もう、みんな仲がいいんだから。
……でも、こうして見ていると、少し不思議な気持ちになる。
私がアイドルとしてステージに立っていた頃は、まさか自分の子どもたちが、こうしてアイドルを目指す仲間たちを支える側になるなんて思いもしなかった。
アクアは最近、自分から仕事をもらいに行っている。ルビーは自分自身がアイドルになるために頑張っている。
二人とも、それぞれの場所で一生懸命だ。……なんだか、嬉しいな。
もちろん、今は二人が私の子どもだということを、みんなに知られるわけにはいかない。
だから、いつも通りの顔で。私は改めて、B小町の三人に向き直った。
「よーし! じゃあ、歌とダンスは私が見てあげるね。体力作りはアクアにお任せ!」
「いや、俺はメニューを渡すだけじゃなくて、実際にトレーニングも見るつもりだけど」
「あっ、そうなの? ふふっ、頼もしいね!」
そんなやり取りをしていると、不意に有馬かなちゃんが私とアクア、ルビーを順番に見比べた。
「……ねえ、ちょっと気になったんだけど」
「ん? なになに?」
いつもの調子で聞き返すと、かなちゃんは少し考えるように腕を組んだ。
「アイさんって、アクアとルビーに妙に馴染んでない?」
「……え?」
危うく、笑顔が固まりそうになった。
「いや、別に悪い意味じゃないですけど………ただ、初対面にしては距離が近いっていうか……。アクアもアクアで、アイさんが来ても特に驚いてないし」
「そうそう! 言われてみれば確かに!」
MEMちょちゃんまで、納得したように頷いた。
「ルビーちゃんも、さっきからアイさんと話すとき、なんか自然だよね?」
「えっ、そ、そうかな!?」
ルビーがわずかに声を上ずらせた。
……あちゃー。まさか、そこに気づかれるとは。いや、確かに二人との距離が近いのは当然なんだけど。アクア、ルビーも、私の大切な子どもたちなんだもん。
小さい頃からずっと一緒にいて、毎日顔を合わせて、何気ない話をして。二人がどんな表情をするのか、何を考えているのか、私は誰よりも知っているつもりだ。
だからこそ、二人を前にすると、どうしても普段通りに接してしまう。
……でも、それじゃ駄目なんだよね。
今の私は、二人のお母さんじゃない。B小町の練習を手伝いに来た、元アイドルのアイ。
ここにいるみんなにとって、アクアとルビーは同じ事務所の後輩で、私はその二人を昔から知っている先輩。それ以上の関係だと、気づかれるわけにはいかない。
「えーっと……」
どう説明しようかと頭の中で言葉を探していると、アクアが何でもないことのように口を開いた。
「同じ事務所だからな。小さい頃、仕事で顔を合わせることもあったし」
……あっ。なるほど、その手があったか。私は内心でアクアに感謝しながら、すかさず話に乗っかった。
「そうそう!アクアとルビーが小さい頃、ちょっと面倒を見てあげたことがあるんだよね!」
「……へえ。アイさんが?」
かなちゃんは、まだ少し不思議そうな顔をしている。
「うん! だから、二人とは昔から知り合いなんだ。久しぶりに会った感じがしないのかもね!」
できるだけ自然に、いつも通りの笑顔で。こういうとき、笑顔は便利だ。相手に余計な心配をさせずに済むし、少しくらい答えに困っていても、それらしく振る舞える。
……もっとも、今の笑顔が本当に自然に見えているかどうかは、ちょっと自信がないけど。
実際、小さい頃から二人の面倒を見てきたのは本当だ。仕事の合間に遊んだり、泣いているルビーをあやしたり、アクアの様子を気にかけたり。
ただ、「ちょっと面倒を見た」なんて言葉では、とても足りない。
二人が初めてできるようになったことも、嬉しそうに笑った顔も、時には困らせてくれたことだって、私は覚えている。
……ふふっ。なんだか、こうして思い返すだけで顔が緩みそうになっちゃう。駄目駄目。今はそういう顔をするところじゃない。
「なるほどね。まぁ、そういうことなら納得できるわ」
かなちゃんはひとまず納得したらしく、それ以上は追及してこなかった。
「そっかぁ。アイさんって、面倒見もいいんですね!」
MEMちょちゃんも、すっかり話を飲み込んだ様子で笑っている。
「えへへ、そうかな? 可愛い子たちのお世話は好きだよ!」
そう答えながら、私は二人の様子をそっと窺った。ルビーは、ようやく安心したように肩の力を抜いている。一方のアクアは、いつもと変わらない涼しい顔。さっきの説明も、最初からこうなると分かっていたみたいに落ち着いていた。
アクアは、必要なときに必要なことだけを言う。余計なことは話さないし、表情にも出さない。だけど、さっき私が答えに詰まったとき、すぐに助け舟を出してくれた。
そのことが、なんだか嬉しかった。
もう私が守ってあげるだけの小さな子どもじゃないんだよね。もちろん、私にとっては今でも可愛い息子に変わりない。でも、こうして自分で考えて、周りを見て、さりげなく助けてくれる姿を見ると、成長したんだなぁって実感する。
……ちょっぴり寂しいような、誇らしいような。親って、きっとこういう気持ちになるんだろうな。
なんて、今はそんなことを考えている場合じゃないんだけど。私は気持ちを切り替えるように、ぱんっと軽く手を叩いた。
「はいっ! 昔話はこのくらいにして、そろそろ練習を始めよっか!」
「そうね。時間もないし、早く始めましょう」
かなちゃんが頷き、MEMちょちゃんも「おー!」と元気よく声を上げる。
ルビーも笑顔で続いた。
「私、頑張るね!」
「まずはメニューの確認からだな」
アクアも手元の紙に目を落とす。そんな二人を見て、私は自然と笑みを浮かべた。
本当は、頑張るルビーを思いっきり褒めてあげたい。アクアにも、手伝ってくれてありがとうって伝えたい。
でも、今はそれを表に出せない。二人にとっても、ここは大切な場所だから。私が母親として接することで、余計な疑いを招いたり、二人の努力に水を差したりしたくない。
だから、今は我慢。
ここでは、みんなと同じように二人を見守ろう。母親としてではなく、アイドルの先輩として。……それに、隠れて応援するのだって、案外悪くないかもしれない。
ステージに立つルビーが、どんな顔で笑うのか。アクアがこれからどうするか………今までとは少し違う距離から、二人の成長を見届けられるんだから。
「それじゃあ、みんな! JIFに向けて、気合い入れていこうね!」
私はいつも通り、明るい声でそう告げた。胸の内にある気持ちは、そっとしまったまま。
……二人とも、頑張ってね。
誰にも聞こえない心の中で、私はそう呟いた。
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