一番星は消えない   作:ディバル

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011 スタートライン

 

 

 

 

無事に壱護さんのテストを合格した俺。そのまま……契約、なんて事はしない。もしもの事があるので、彼の名刺と連絡先をもらった。一旦解散となった。にしても……緊張した。俺が言ったのはほとんどがハッタリである。彼の腹の内は大体わかっていたが、それでも自分を大きく見せる必要があった。

 

最終決定は彼にあるのだから。終わった頃にはもう14時を過ぎていた。それから少し回って時間が過ぎ、夕方を迎えていた。

 

「にしても、今日の彼方すごかったね」

 

離れない様にまた手を繋ぎながら歩く。歩きながらアイがそう言ってきた。

 

「そうか?……ほとんどノリで話していたけど?」

 

本当にただのハッタリで口から出まかせである。何故、あんなに喋れたのか虚像を作れたのかは、俺にもわからない。自信が付いたわけでもない。むしろ、俺は自己評価が低く、どちらかと言えばネガティブな人間だ。

 

「……うん、それがすごいんだよ」

 

「普通さ、あんな大人相手にあんなこと言えないって」

 

アイの言葉が響く。自分よりも圧倒的に年下に褒められている。

 

「なのに彼方、全然怖がってなかった」

 

「……ちょっとだけ、かっこよかった」

 

「……ほんと、ちょっとだけね?」

 

アイがニコッと微笑んだ。自分が駄目な人間とはわかっている。でも、こうして褒められ認められている。少しだけ自信を持っていいのかもしれないと思わせてくれる。それと……今日も俺の推しは尊いです。……さて、とりあえず壱護さんの反応は良かったと思う。これなら、同じ事務所に入れる。アイを救う手立ては、もう頭の中に出来上がりつつある。後は、小さな問題点を解決していけばいい。

 

俺は、施設の子供達用と大人達用にお土産を分けて買う。そして、電車に乗った。これからまた2時間近く乗る事になるのか。今日は、いろいろあり過ぎた。帰ったらもうすぐに寝てしまいそうだ。

 

 

 

 

 

2人は電車に乗り、隣同士に座っていた。

 

(すごかったなぁ。)

 

私は、隣に座る彼方を見ていた。疲れていたのか、今は夢の中だ。関わり始めてそれなりに時間は経ったと思う。でも、私は彼の事をよくわかっていない。何というか謎めいているというか、正体不明?って言葉がよく似合うと思う。

 

彼女の脳内に浮かんでいた事は、今日の出来事だった。彼女の提案で東京に訪れた。東京タワーで景色を見て、お土産も買った。そのお揃いのストラップはアイの手に握られていた。

 

そして、その後にアイドルとしてスカウトされた。一度は自分には無理だと思っていたが、「愛している」と嘘でもいいから言いたいと気づかせてくれた。そして、一番の決め手になったのは彼が言った言葉。

 

『嘘はとびきりの愛なんだよ』

 

これだった。この言葉は、アイの中で驚く程、自然に馴染んだ。それもその筈、この言葉は未来のアイ本人が言った言葉だ。彼女を後押しする為に言った言葉だ。それが未来の自分が言う言葉とは思いもしないだろう。

 

「愛しているか」

 

その言葉は、誰の耳にも届かない。電車の音でかき消えていた。

 

私って、彼方の事をどう思っているんだろう?……友達ではあるけど、何だかそれだけじゃない様な気がする。でも、わからない。彼方は私の事をどう思っているんだろう?

 

まぁ……今はいいよね。彼方と過ごす時間が楽しいから。それに、アイドルになっても一緒にいられる時間はありそうだし、不安はないかな。

 

アイは笑っていた。今、彼と過ごす時間がとても楽しく充実しているのだから。まだ、彼女は本当の気持ちに気づいていない。その気持ちを理解するのはまだ先の話なのだから。

 

 

 

 

 

壱護さんと出会って2週間が経った。アイは、今は自分の部屋の中でダンスと歌の練習をしていた。そして、俺はその壱護さんと同席している。その理由は、施設の方針で未成年の労働がNGになっており、身元保証人という面倒くさい話を片付ける必要があった。身元保証人は俺にも関係がある話だ。

 

「身元保証人ね……お断りだよ」

 

喫茶店で話しており、目の前にいる施設の責任者の言葉で空気が重くなる。何故、俺がここにいるのか。それは簡単な話だ。俺が壱護さんにお願いしたからだ。これは俺にも関係ある話だ。

 

「あの子の母親は本当に駄目な人間。関わりたくもない」

 

「その娘もアイドル。そんなはしたない仕事してねぇ」

 

……彼女の言葉は、とても不快だ。だが、耐えろ。俺が余計な事を言ったら話が拗れる。

 

「あの子の母親も男に媚を売って生きている様な汚い女だった」

 

「やだやだ……蛙の子は蛙だよ。よく天城くんも彼女と関われるわね」

 

耐えろ。我慢しろ。俺は、外見は子供だが中身はもう40を過ぎたおっさんだ。受け流せ……こういう場面は前世にもいくらでもあっただろう?

 

「そんな奴の娘だ。どうせ男に体を……「黙れ」

 

「「!?」」

 

あぁ……駄目だ。俺は自分を大人だと思っていた。でも、どうやら俺は自分で思っていたよりも子供だった。精神が肉体に引っ張られているのか?……そんな事、今はどうでもいいか。

 

「お前にアイの何がわかる?彼女の何を知っている?」

 

2人の視線が俺に集まる。自分でもこんな低い声が出せるんだと思いながら続ける。

 

「蛙の子は蛙?誰が決めた?……アイドルがはしたない仕事?それは、お前の価値観だろ。アイドルは夢を与え、他者を笑顔にする」

 

彼の目は凍っていた。その視線は彼女に向いている。どこまでも冷たく無慈悲な視線。彼女は、その視線を受け少しだけだが体が震えていた。

 

「媚を売る仕事じゃない。それに、お前が思っている程そんな甘い世界じゃない。だが、アイはそれでも選んだ。自らの意思で。彼女を馬鹿にするな。アイは蛙なんかじゃない」

 

言葉がスラスラと出ている。自然と緊張はなかった。言い終わったら少しはスッキリした。

 

「すいません。友達の事を馬鹿にされたので、つい感情が昂ってしまいました」

 

彼は、頭を下げて彼女に謝罪する。さっきまでとは違い声色もいつもの感じに戻っていた。怒りを露わにして反論していた彼だが、今は笑顔を浮かべていた。それは彼女の目からしたら酷く不気味に映っていた事だろう。

 

「いえ……私も言い過ぎたわ」

 

彼女は軽く謝罪をした。軽く恐怖を感じている彼女に対して彼は……。

 

(俺の推しを馬鹿にしやがって。今度、言ったら泣くまで徹底的に議論してやる。)

 

完全に攻撃体制であり、さっきまで自分を大人だと言っていた人間とは思えない変わり様であった。そして、彼は壱護の方に視線を向けて合図を送る。元々は身元保証をどうするかの話だ。俺が合図を送ると、壱護さんは懐から封筒を取り出し、その中身を出し机に置く。

 

「100万円あります」

 

「名義だけ貸してください」

 

ここからは、大人の時間だ。俺は今度こそ完全に黙る。こういうやり取りを生で見るのは初めてである。

 

「名義上だけ貴女の保護下にある事にして貰って、時々観察官の相手だけして貰えたら、後は迷惑かけません。」

 

苺プロはそんなに規模が大きくない会社なのに、無理をするよなこの人。でも、このチャンスを逃さない姿勢と、この思い切りの良さ。これが彼が優秀だと言える所以なのかもしれない。

 

「こちらでアイと彼方の住居の手配も生活の保証もします」

 

「時が来たら正式に私がアイと彼方を引き取ります……ですので……」

 

「足りないわねぇ」

 

金を見た時、彼女の目の中が黒く濁った。金が絡むと人は簡単に目の色を変える時がある。彼女もそのタイプだったみたいだ。

 

「この倍、払うなら考えるよ」

 

 

 

 

 

 

 

交渉が終わり、壱護さんは200万という大金を犠牲にして、身元保証人という面倒な問題を無事にクリアした。

 

「ありがとうございます。俺達の為に大金を支払ってくれて」

 

俺は、改めて壱護さんにお礼を言い、頭を下げる。

 

「頭上げろ。そういうのはまだ早ぇよ」

 

「……これは“投資”だ。礼を言われる筋合いじゃねぇ」

 

壱護さんが言葉を続ける。

 

「その200万、安かったって思わせてみろ」

 

「出来なきゃただの損だ。容赦なく切る」

 

勿論そのつもりだ。切られるわけにはいかない。アイを救う為に。だから、仕事は本気でやる。こちとら一度死んでいるんだ。ゾンビの様に何度でも何度でも這い上がってやる。

 

「……けどな。さっきの、お前の顔。ありゃあ嫌いじゃねぇ。むしろ“使える顔”だ」

 

「天城彼方………お前、本気でやれ」

 

「中途半端なら、俺が一番先に捨てる」

 

俺は決意を固めた。それに、いろいろやる為には金がいる。中学生で稼げる仕事なんてこれくらいしかない。この業界に骨を埋める覚悟を。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ契約書にサインと判子を押してくれ」

 

あれから荷物をまとめて再び東京に訪れた。俺達は今、苺プロの事務所にいる。目の前に出されているのは契約書だ。俺はそれを隅々まで読む。こういう契約書は全て読まないと駄目だ。こちらに不利になる要素がないか確かめる為だ。

 

「よし……問題はなさそうだな」

 

彼は、自分と彼女の契約書を読み終えて机に置く。

 

「私、全然読んでなかった」

 

アイは欠伸をしていた。これからアイドルになるってのに、随分と呑気だ。

 

「緊張感がないなぁ」

 

思わず口に出してしまう。俺なんてめちゃくちゃ緊張しているのに。特にこういう契約書にサインするのは何十年ぶりだ?

 

「そうかな?……でも、もう決めたし」

 

「“愛してる”って、言ってみたいから」

 

アイは契約書にサインと判子を押す。俺も同じ様にする。こうして、2人の中学生が芸能界に第一歩を踏み出した。それと同時に、刻一刻とアイに訪れるであろう運命も近づいてきていた。星野アイが死ぬ日から逆算し、残りの月日は8年と少しだ。

 

(ようやくスタートラインに立てた。ここからだ……絶対にアイを救って幸せにする。)

 

彼の物語は、新たなステージへ。

 

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