一番星は消えない   作:ディバル

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016 持たざる者

 

 

 

 

レッスン場で昨日の演技を繰り返す。セリフ、表情、どれも完璧に近いが、やはり何かが足りない。鏡で自分の演技を振り返る。自分の演技を見て思う。空っぽだ。表面上ではよく出来ているように見える。しかし、それはあくまで表面上だけであり、演技が詳しい者にとってはハリボテだとわかる。

 

「……つまらない演技してるな」

 

我ながらそう思ってしまう。事実、俺は今、演技に楽しさを見出せていない。まるで流れ作業のように淡々と自分の役を分析し、出力する。機械のように淡々としている。俺が出来ていないから楽しさを見出せていないのか、それとも演技自体に向いていないのか。

 

「どっちなんだろう」

 

自分でもよくわかっていない。今の自分を見て無様だなぁ……と他人事のように思ってしまう。壱護さんにあんな大口を叩いた結果が、今これなのだ。彼からしたら詐欺師もいいところだろう。

 

 

『君、上手いよ。でも“誰でもできる上手さ”だ』

 

 

監督の言葉が脳内に響く。誰にでも出来る。それ故に俺を必要としない。だって誰でも出来る程度の上手さなのだから。繰り返す。ただひたすらに。しかし、突破口が見えない。

 

ここまで苦戦するのは、彼の人生で初めてだろう。それは前世も含む。幾度となく壁にぶつかってきた彼だが、それでも今回が一番難易度が高い。前世では普通に生きていた。大きな夢はなく、金を稼ぎ生活をしていた。しかし、今世では芸能界という普通が通用しない世界で戦っている。

 

生半可な刃では届かない。彼のナイフは鋭さがなく、ただの玩具だ。その事実が深く心に刺さっていた。それから、繰り返しても納得のいく演技は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「……ダメだ」

 

床に寝転がり休憩を取る。体力の限界が訪れてしまった。何十、いや何百と昨日の演技を繰り返す。しかし、そのどれもが作り物で本物には見えない。作られた感じがどうにも抜けない。考えるのは得意かつ好きなんだが、今回はどうも上手くいかない。

 

そう悩んでいると扉が開く。視線を向けるとそこには……。

 

「あ、やっぱここにいた〜。なんかそんな気したんだよね」

 

私服姿のアイがいた。……正直今、一番会いたくない相手だった。 

 

いつもなら喜んでいたが、今はそんな綺麗な気持ちではいられない。何故なら、彼女に嫉妬しているからだ。大前提だが、アイも努力はしており、その様子は俺も知っているし理解している。だけど、生まれ持ったものが違う。それにどうしようもなく羨んでいた。

 

「………何か用?」

 

寝転がりながら彼女に視線を向けてそう聞く。

 

「連絡したんだよ〜。遊びに行こって。でもさ、彼方ぜーんぜん反応くれないんだもん」

 

ガラケーを見せてくるアイ。そこには、『今日遊ばない?』という文字が書いてあった。練習に夢中で気が付かなかった。時計を見る。もう12時を過ぎていた。練習を開始したのが10時だったので、軽く2時間近く経過していたということだろう。

 

「ごめん……アイ。今日は練習したいから、また今度でいいかな?」

 

起き上がり台本を見る。その台本には大量の付箋がつけられている。役の解釈を広げているのだろう。

 

「……最近さ、彼方そればっかだよね。つまんないなぁ」

 

アイが何気なく言ったその言葉は、彼の心にヒビを入れた。今の彼の精神状態は良くない。彼女を救う為に芸能界で成り上がる必要があるのに、才能のなさに嘆いている。その中で、アイという才能の塊が、彼の自尊心を低くしている。

 

「……才能がないからな。だから足掻いているんだよ」

 

「……そっか。頑張ってるんだね」

 

彼女は、どこか寂しそうな声色でそう言い、言葉を続ける。

 

「でもさ、見ててあんまり楽しそうじゃないよ?」

 

「…………」

 

彼が振り返る。一瞬、ほんの一瞬だけ目を見開く。アイは彼の今、悩んでいる心情の一つを読み当てたのだ。それが彼の心をさらに揺さぶる。珍しく、今世の年齢相応の反応を見せていた。

 

「……あれ?図星だった?」

 

「ねぇ彼方さ、なんでそんなに必死なの?」

 

その質問は彼の根底に触れるものだ。彼の目標は、星野アイという人間の生存とその幸せだ。しかし、それを誰にも打ち明けることができない。彼は一人で全てを解決しようとしている。誰にも頼らず、目的の為なら自らを捧げる覚悟も決めている。理解者が誰一人この世に存在しない。彼は孤独なのだ。

 

「……言えない」

 

素直にそう告げる。嘘をつくことも出来たが、アイはそれに気づく。下手に突かれるくらいなら、彼は素直に言えないと言った。

 

「……そっか。言えないんだ」

 

一瞬だけ間を置いて、アイはそう言った。無理に聞き出そうとはしない。だけど、引く気もないみたいだ。

 

「じゃあさ……」

 

彼女は近づき、彼の隣に立つ。

 

「ひとつだけ、いい?」

 

横顔のまま、少しだけ覗き込むようにして続ける。

 

「それってさ、“彼方がやりたいこと”なの?」

 

「それとも、“やらなきゃいけないこと”?」

 

彼は答えない。いや……答えられないのだ。答えたらこの先にどう影響を与えるかわからないし、そもそも話しても内容が馬鹿げている。言っても中学生特有の厨二病として扱われるのがオチだ。

 

「…………」

 

答えられない彼を見て、アイはそれでも笑った。いつも通りに。

 

「なんかね、彼方のそれ……」

 

少しだけ言葉を探してから、

 

「義務って感じするんだよね」

 

「頑張ってるのはわかるよ?すごいと思うし」

 

「でもさ……その顔でやってる限り、多分ずっと“つまんない演技”のままだよ」

 

軽い調子で言っているのに、妙に核心を突く声。

 

「だってさ、彼方……今、“楽しいフリ”すらしてないじゃん」

 

ほんの少しだけ間が空いた。

 

「嘘でもいいからさ」

 

アイはそう言って、にこっと笑う。彼は何も言わず聞いている。

 

「楽しそうにしてみなよ」

 

「得意でしょ?そういうの」

 

その彼女らしい答えに、彼は苛立ちを覚えた。自分には出来ないと悟っている。嘘でも楽しく。それが出来たらどれだけ気持ちが軽くなったのだろうか。彼は今、自分にある責任や使命に押し潰されつつある。そして、自分にしか出来ないと同時に「自分なんかに出来るだろうか?」という境目に立たされている。いくら推しの言葉とはいえ、その言葉は無視できなかった。

 

「……俺は、アイみたいに嘘をつけない。つまらないものはつまらないとしか思えない。アイは、いいよね。才能があるから」

 

その声には、少し怒りが滲み出ている。視線は向いているが、今まで彼女に見せたことのない表情だった。

 

「……そっか」

 

アイの声のトーンが低くなる。しかし、顔はいつも通りの表情をしていた。

 

「彼方は、そう思ってるんだ」

 

「でもさ……それ、ちょっと違うよ?」

 

「私ね、“つけるから嘘ついてる”んじゃないの」 

 

「“つかないと、立ってられないから”ついてるの」

 

なんで……。 

 

「楽しいって思えなくても、笑うの」

 

「好きって思えなくても、“好き”って言うの」

 

「そうしないとさ……ここにいられないから」

 

アイが視線を逸らす。

 

「それが、私のやり方」 

 

「……だからね。彼方が“嘘つけない”って言うの……ちょっと、ずるいなって思う」

 

「だってそれ、本音でやってるってことでしょ?」

 

「つまらないってちゃんと感じてるってことでしょ?」

 

「それってさ……ちゃんと“生きてる”ってことじゃん」

 

逸らされた視線が再び此方を捉える。

 

「私より、よっぽどいいよ」

 

……そんな顔をする。言い返すつもりだった……でも、できなかった。一見、何も変わらないいつもの表情に見えた。でも、僅かに違う。まるでこちらを羨むような視線。

 

その視線を見て、言葉が出なかった。……ああ、そういうことか。自分を偽り、ステージで観客の求める自分を演じている。苦しんでいたのは、俺だけじゃなかった。

 

天城彼方は、才能のなさに悩んでいた。彼には大きな目標がある。今、ぶち当たっている壁は通過点でしかない。だから、焦っていた。それ故に気づかなかった。才能がある者には、星野アイのように“そこにいるからこそ”の悩みがあることを。

 

 

 

 






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