一番星は消えない   作:ディバル

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017 優しさと後悔

 

 

 

 

私には、友達がいる。たった一人の友達。天城彼方。私の友達で、恩人でもあるのかな?彼方は、いつも私の隣にいた。別に嫌とかじゃなかった。彼が隣にいることに、心地よさを感じていた。

 

いつも冷静で、先をよく見て大人っぽい。たまに、同じ年齢なのかと疑問を浮かべるくらいに。ついでに、めちゃくちゃ頭がよかった。そんな彼方のこんな顔は、初めて見た。怒りと悔しさが滲み出ている、そんな顔。多分、私が悪いんだろうけど、そんな時にすら……「彼方ってそんな顔もするんだ」と、呑気にそんなことを思っていた。

 

「アイ……その、悪かった」

 

彼方は、どこか困ったような顔をしていた。さっきまでは怒っているような顔をしていたのに。

 

「んーん。謝らなくていいよ。だってさ、それ“本音”でしょ?」

 

ここまで感情を私に見せてきたのは、初めてかな。私は、それを不快には感じなかった。

 

「彼方がちゃんと怒って、ちゃんと悔しがってるの……ちょっと嬉しかったし」

 

「いつもみたいに、なんでも分かってる顔してる彼方よりさ……今の方が、ちゃんと“人間”って感じする」

 

だって……いつも何でも知っているような顔をして、いつも私の先を歩いていた。でも、彼方は彼方なりに悩んでいた。それが、どうしようもなく嬉しかった。

 

「ねぇ、彼方。その顔のままでいいんじゃない?」

 

私には彼方の気持ちはわからない。

 

「無理に綺麗にしなくていいよ。ぐちゃぐちゃのままの方がさ……きっと、誰かには届くから」

 

アイの言葉は、今の彼を肯定するものだった。しかし、彼はその言葉に納得がいっていなかった。

 

 「それじゃあダメなんだ……証明しないといけない!!」

 

彼女の返答に対して、彼は大声を上げてそう言葉を返す。

 

彼自身もわかっている。これが八つ当たりだと。それほど、彼は今追い詰められている。アイが死ぬのは20歳だが、神木煇と関わるのは、アイが15歳の時。時間にして、あと三年程度しかない。三年なんてあっという間だ。その時間制限に嘆き、苦しみ、もがいている。 

 

「……そっか。彼方にとっては、“生きること”よりも“証明すること”の方が大事なんだ」

 

彼女には、彼が何でそんなに必死なのかわからない。何も知らないアイでも、今の彼が悩み苦しんでいることくらいはわかる。しかし、彼女の言葉は届いていなかった。

 

「でもさ……証明って、誰にするの。事務所? 業界? それとも……彼方自身?私ね、よく分かんないんだよ。だって彼方、もうずっと前から……私にとっては、必要な人だし」

 

これは嘘じゃない。だって、私には彼方しかいないから。世界で唯一の大切な人だから、そんな彼に壊れてほしくない。

 

「価値とか、証明とか……そんなのなくても、ここにいてくれるだけでいいって思ってる。」

 

それは、彼女自身の本心であり、願いでもあった。

 

「それでも足りない?それでも……彼方は、自分が“何者か”にならないとダメなの?」

 

アイは期待した。自分の言葉なら彼に届くかもしれないと。しかし、その期待は打ち砕かれる。

 

「ダメなんだ……アイ……君を……!!」

 

全て言い終える前に、自身の口を手で押さえる。彼の顔は、動揺を隠しきれておらず、酷い顔をしていた。もし、全てを言っていたら、今後の影響は計り知れない。自分の目的を何とか言わずに済んだ彼。しかし、アイにはどう映って見えただろうか……そんなことを彼は思考していた。

 

「……悪い。忘れてくれ」

 

持ち前の切り返しの速さで、動揺した顔を消す。表面上は消したが、心の中ではまだ動揺している。

 

「……今の、“忘れろ”は無理。“君を”って言ったよね」

 

今のはダメだった。これは、彼の致命的なミスだ。そんな反応をされたら、誰だって聞き返してくる。

 

「ねぇ、それ……私のこと?……違うなら、ちゃんと言って」

 

彼女の視線が彼を捉える。その瞳からは、逃がしてはくれないみたいだ。

 

「言えないならさ少しでいいから、頼ってよ。一人で抱え込むの、やめなよ」

 

ここで素直に「言えない」と言えたら、どれだけよかったのだろう。彼は、そこまで素直な人間ではなかった。だから………。

 

「......ごめん」

 

これしか言えなかった。自分の気持ちや思いには素直になれず、表面上は取り繕う。今のこの場面でのその言葉は、悪手にも程があった。その言葉は、アイにとって「頼られる存在ではない」と認識させてしまったのだから。

 

「……そっか。やっぱり、そうなんだ」

 

彼の返事で、空気が重くなった。彼は彼女のことを見れず、ずっと視線を逸らしていた。

 

何て言えばいいのか……どんな顔をして今の彼女を見ればいいのかわからない。自分が間違っているとはわかっていた。

 

だけど、それでも言えなかった。言ったら、それは脚色が入る。どんな願いも、言ってしまったら叶わなくなる。本当にただそうありたいのなら、決してその願いを口には出してはいけない。彼は、そう考えていた。

 

「彼方ってさ……優しいよね。優しいくせに……全然、優しくない」

 

その言葉は矛盾している。優しいのに優しくない。今の彼には、ぴったりな言葉だろう。自分は他人の領域に入り込む癖に、自分の領域には入り込ませない。一歩たりとも。自分がどれだけ傷ついても、痛みを受けたとしても、彼は笑って誤魔化すだろう。

 

「一人で全部やろうとして、誰にも触らせないで。それで勝手に苦しんで……“ごめん”で終わらせるの」

 

「……ずるいよ」

 

言葉が、部屋中に響き渡る。

 

「頼ってって言ったのにさ。断るなら断るでいいのに、“ごめん”って……逃げてるだけじゃん」

 

いつも彼女とは違い感情的になっていた。

 

「……私、そんなに頼りない? 彼方にとって、私は……そこまでの存在?……ねぇ、彼方。一人でやるって決めるのはいいよ」

 

アイの言葉が続く彼は静かに聞いていた。

 

「でもさ……それで壊れそうになっても、私には何も言わないんでしょ?」

 

言葉を返さずにいた。それは、肯定とも捉えられる。何も言わずにずっと黙っている。人にはいろいろ言っていたのに、いざ自分が言われると黙り殻に閉じこもる。

 

とても卑怯で自分勝手だ。

 

「……それって、友達って言えるのかな」

 

今までいろいろと言われてきたが、その言葉が一番彼に効いた。

 

 

 

 

 

 

何で、あんなことを言ったんだろう。もっと素直になればよかった。あぁ……俺は、自分がされて嫌なことを彼女にしてしまった。

 

「アイ……誤解……なん……」

 

ようやく、彼の視線はアイに向いた。しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。その理由は………。

 

「……アイ」

 

彼女が泣いていたからだ。表情は無表情に近く、その瞳からは溢れんばかりの涙が頬を伝っていた。

 

「……もういい!!」

 

それは、少女の咆哮だった。彼女がここまでの感情を露わにしたのは、彼も初めて見た。

 

「彼方、私のこと見てないよね………彼方がそうしたいなら、好きにすればいいじゃん」

 

彼女は、彼に背を向けながら続ける。

 

「一人で頑張って、一人で壊れれば?私、もう知らない……勝手にすれば」

 

そう言って、アイは出て行った。俺は、追いかけられなかった。彼女は手を差し伸べてくれたのに、それを振り払ったから。どんな顔をして追いかけ、言葉をかけたらいいのかわからない。

 

「本当に馬鹿だなぁ……」

 

地面に座り込む。心の底から湧き上がるのは、『後悔』一色だった。俺の心は、一気に空っぽになった。自分がない……救うために、彼女の幸せのためにと、それを言い訳にして自分から逃げてきた。そのツケが来たのかもしれない。

 

結局、俺は目の前の彼女ではなく「物語」にいたアイの姿を見ていたのかもしれない。目の前にいる彼女ではなく。【推しの子】の作品である星野アイの死に囚われ過ぎていた。

 

乾いた笑いだけが部屋中に響く。今日はもう、演技をする気にもなれなかった。ひたすら後悔を抱えながら、自分の馬鹿さ加減を笑った。

 

 

 

 






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