私には、友達がいる。たった一人の友達。天城彼方。私の友達で、恩人でもあるのかな?彼方は、いつも私の隣にいた。別に嫌とかじゃなかった。彼が隣にいることに、心地よさを感じていた。
いつも冷静で、先をよく見て大人っぽい。たまに、同じ年齢なのかと疑問を浮かべるくらいに。ついでに、めちゃくちゃ頭がよかった。そんな彼方のこんな顔は、初めて見た。怒りと悔しさが滲み出ている、そんな顔。多分、私が悪いんだろうけど、そんな時にすら……「彼方ってそんな顔もするんだ」と、呑気にそんなことを思っていた。
「アイ……その、悪かった」
彼方は、どこか困ったような顔をしていた。さっきまでは怒っているような顔をしていたのに。
「んーん。謝らなくていいよ。だってさ、それ“本音”でしょ?」
ここまで感情を私に見せてきたのは、初めてかな。私は、それを不快には感じなかった。
「彼方がちゃんと怒って、ちゃんと悔しがってるの……ちょっと嬉しかったし」
「いつもみたいに、なんでも分かってる顔してる彼方よりさ……今の方が、ちゃんと“人間”って感じする」
だって……いつも何でも知っているような顔をして、いつも私の先を歩いていた。でも、彼方は彼方なりに悩んでいた。それが、どうしようもなく嬉しかった。
「ねぇ、彼方。その顔のままでいいんじゃない?」
私には彼方の気持ちはわからない。
「無理に綺麗にしなくていいよ。ぐちゃぐちゃのままの方がさ……きっと、誰かには届くから」
アイの言葉は、今の彼を肯定するものだった。しかし、彼はその言葉に納得がいっていなかった。
「それじゃあダメなんだ……証明しないといけない!!」
彼女の返答に対して、彼は大声を上げてそう言葉を返す。
彼自身もわかっている。これが八つ当たりだと。それほど、彼は今追い詰められている。アイが死ぬのは20歳だが、神木煇と関わるのは、アイが15歳の時。時間にして、あと三年程度しかない。三年なんてあっという間だ。その時間制限に嘆き、苦しみ、もがいている。
「……そっか。彼方にとっては、“生きること”よりも“証明すること”の方が大事なんだ」
彼女には、彼が何でそんなに必死なのかわからない。何も知らないアイでも、今の彼が悩み苦しんでいることくらいはわかる。しかし、彼女の言葉は届いていなかった。
「でもさ……証明って、誰にするの。事務所? 業界? それとも……彼方自身?私ね、よく分かんないんだよ。だって彼方、もうずっと前から……私にとっては、必要な人だし」
これは嘘じゃない。だって、私には彼方しかいないから。世界で唯一の大切な人だから、そんな彼に壊れてほしくない。
「価値とか、証明とか……そんなのなくても、ここにいてくれるだけでいいって思ってる。」
それは、彼女自身の本心であり、願いでもあった。
「それでも足りない?それでも……彼方は、自分が“何者か”にならないとダメなの?」
アイは期待した。自分の言葉なら彼に届くかもしれないと。しかし、その期待は打ち砕かれる。
「ダメなんだ……アイ……君を……!!」
全て言い終える前に、自身の口を手で押さえる。彼の顔は、動揺を隠しきれておらず、酷い顔をしていた。もし、全てを言っていたら、今後の影響は計り知れない。自分の目的を何とか言わずに済んだ彼。しかし、アイにはどう映って見えただろうか……そんなことを彼は思考していた。
「……悪い。忘れてくれ」
持ち前の切り返しの速さで、動揺した顔を消す。表面上は消したが、心の中ではまだ動揺している。
「……今の、“忘れろ”は無理。“君を”って言ったよね」
今のはダメだった。これは、彼の致命的なミスだ。そんな反応をされたら、誰だって聞き返してくる。
「ねぇ、それ……私のこと?……違うなら、ちゃんと言って」
彼女の視線が彼を捉える。その瞳からは、逃がしてはくれないみたいだ。
「言えないならさ少しでいいから、頼ってよ。一人で抱え込むの、やめなよ」
ここで素直に「言えない」と言えたら、どれだけよかったのだろう。彼は、そこまで素直な人間ではなかった。だから………。
「......ごめん」
これしか言えなかった。自分の気持ちや思いには素直になれず、表面上は取り繕う。今のこの場面でのその言葉は、悪手にも程があった。その言葉は、アイにとって「頼られる存在ではない」と認識させてしまったのだから。
「……そっか。やっぱり、そうなんだ」
彼の返事で、空気が重くなった。彼は彼女のことを見れず、ずっと視線を逸らしていた。
何て言えばいいのか……どんな顔をして今の彼女を見ればいいのかわからない。自分が間違っているとはわかっていた。
だけど、それでも言えなかった。言ったら、それは脚色が入る。どんな願いも、言ってしまったら叶わなくなる。本当にただそうありたいのなら、決してその願いを口には出してはいけない。彼は、そう考えていた。
「彼方ってさ……優しいよね。優しいくせに……全然、優しくない」
その言葉は矛盾している。優しいのに優しくない。今の彼には、ぴったりな言葉だろう。自分は他人の領域に入り込む癖に、自分の領域には入り込ませない。一歩たりとも。自分がどれだけ傷ついても、痛みを受けたとしても、彼は笑って誤魔化すだろう。
「一人で全部やろうとして、誰にも触らせないで。それで勝手に苦しんで……“ごめん”で終わらせるの」
「……ずるいよ」
言葉が、部屋中に響き渡る。
「頼ってって言ったのにさ。断るなら断るでいいのに、“ごめん”って……逃げてるだけじゃん」
いつも彼女とは違い感情的になっていた。
「……私、そんなに頼りない? 彼方にとって、私は……そこまでの存在?……ねぇ、彼方。一人でやるって決めるのはいいよ」
アイの言葉が続く彼は静かに聞いていた。
「でもさ……それで壊れそうになっても、私には何も言わないんでしょ?」
言葉を返さずにいた。それは、肯定とも捉えられる。何も言わずにずっと黙っている。人にはいろいろ言っていたのに、いざ自分が言われると黙り殻に閉じこもる。
とても卑怯で自分勝手だ。
「……それって、友達って言えるのかな」
今までいろいろと言われてきたが、その言葉が一番彼に効いた。
何で、あんなことを言ったんだろう。もっと素直になればよかった。あぁ……俺は、自分がされて嫌なことを彼女にしてしまった。
「アイ……誤解……なん……」
ようやく、彼の視線はアイに向いた。しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。その理由は………。
「……アイ」
彼女が泣いていたからだ。表情は無表情に近く、その瞳からは溢れんばかりの涙が頬を伝っていた。
「……もういい!!」
それは、少女の咆哮だった。彼女がここまでの感情を露わにしたのは、彼も初めて見た。
「彼方、私のこと見てないよね………彼方がそうしたいなら、好きにすればいいじゃん」
彼女は、彼に背を向けながら続ける。
「一人で頑張って、一人で壊れれば?私、もう知らない……勝手にすれば」
そう言って、アイは出て行った。俺は、追いかけられなかった。彼女は手を差し伸べてくれたのに、それを振り払ったから。どんな顔をして追いかけ、言葉をかけたらいいのかわからない。
「本当に馬鹿だなぁ……」
地面に座り込む。心の底から湧き上がるのは、『後悔』一色だった。俺の心は、一気に空っぽになった。自分がない……救うために、彼女の幸せのためにと、それを言い訳にして自分から逃げてきた。そのツケが来たのかもしれない。
結局、俺は目の前の彼女ではなく「物語」にいたアイの姿を見ていたのかもしれない。目の前にいる彼女ではなく。【推しの子】の作品である星野アイの死に囚われ過ぎていた。
乾いた笑いだけが部屋中に響く。今日はもう、演技をする気にもなれなかった。ひたすら後悔を抱えながら、自分の馬鹿さ加減を笑った。
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