彼方から、勇気を貰った。でも、まだほんの少しだけ怖い。でも、前に進まないと。
レッスン場の扉の前に立つ。中から話し声が聞こえる。まだ、中にいる。彼女が扉を開ける。視線が此方に向けられる。さっきまで話していたのに、一気に空気が重くなった。
「……ねぇ、ちょっとだけいい?」
一瞬の沈黙。
「……なに?」
返ってきた声は、少しだけ冷たかった。胸が、ぎゅっと締まる。それでも……。
「……あのね、ちょっと話したくて」
視線を逸らさないように、踏みとどまる。
「……正直さ、私もどうすればいいかわかんなくて」
言葉にすると、少しだけ震えた。無理もない。彼女にとって、この場に立っていることさえ怖いのだから。
「でも……このままは、やだなって思ってる」
「…………」
沈黙が生まれる。向こうからしたら、アイは不気味に見える。露骨に態度を変えたり、彼女の私物を隠したり捨てたりして虐めていた。そんな相手が、いきなり「話がしたい。」と歩み寄ってきたのだから。
「信じてって言っても難しいかもしれないけど、皆と仲良くしたい。出会ったあの時みたいに」
本音を溢した。嘘つきなアイが漏らした本音。今ここにいるのは、アイドルとしての「アイ」ではなく、皆と仲良くしたいと願っている「星野アイ」だ。
「……は?」
「何それ、今さらいい子ぶってるの?」
しかし、そう簡単に分かり合えるほど甘くはない。本音を言っても、全員が納得することはあり得ないのだから。
「今までのこと、全部なかったことにしたいの?無理だよね。普通に」
「こっちは、ずっと我慢してたんだけど?」
メンバーの1人がニノが答える。まるで、他のメンバーの代表みたいに。他のメンバーは何も言わない。彼女たちの様子をじっと見ている。
「……うん、そうだよね。今さらって思うの、当然だと思う」
あぁ……やっぱり怖いなぁ。
「……私、ちゃんと向き合ってこなかったし逃げてた。ごめん」
でも、向き合わないと……あんなに勇気もらったんだし。
「でも……それでも、なかったことにはしたくない」
自分の言葉で正面からぶつかる。
「ちゃんと、今までのことも含めて……ここからやり直したい」
今にも逃げ出したい。そんな気持ちを押し殺していた。嘘ではない、本当に自分を曝け出す。それは、とても勇気がいる。傷つくし、否定されたら悲しくなる。そんなリスクを背負ってでも向き合いたい。
そんな純粋な気持ちが、彼女を突き動かしていた。
「……はぁ?」
「やり直したいって、そんな簡単に言えるのすごいよね」
人は、そう簡単に分かり合えない。でも、彼女の本音が何かを少しずつ変え始めていた。
「こっちはさ、ずっと我慢してたんだけど。センター取られてさ、何もかもアイが中心になって」
さっきよりも怒りが静かなものに変わった。
「……正直、面白くなかったよ」
嫉妬、妬み、僻み、それらが積み重なり今の状態を生み出した。特に、中学生という思春期の中で、感情が不安定な今の時期。少しの綻びで関係が大きく変わる。彼女たちも例外ではない。
「なんであんたなのって、ずっと思ってた……なのに今さら“仲良くしたい”?都合よすぎでしょ」
「……でも。さっきの、それ……嘘じゃなさそうなのが、余計にムカつく」
彼女たちも最初からアイを嫌っていたわけではない。来た時は、喜び、ステージで一緒に立つことに楽しさを感じていた。舞台の上での嘘つきなアイを、彼女たちは知っている。だから、今の言葉が本音だということはわかる。
「……意味わかんないんだけど……どうするの、これから」
向こうからしたら本音だからタチが悪い。これが嘘やいい子ぶっていたなら嫌いになれていた。しかし、現実は違った。本音だからこそ、本心を曝け出したからこそ嫌いになりきれなかった。こうして、アイの言葉に耳をまだ傾けているのがいい証拠だ。
一瞬、言葉に詰まる。
逃げたい。正直、どうすればいいかなんてわからない。それでも……
「……わかんない」
小さく、でもはっきりと言った。
「正解とか、どうすればいいとか……正直、全然わかんない」
視線は逸らさない。逃げずに視線を向け続ける。
「でも……逃げない。ちゃんと向き合う」
一歩、前に出る。
「嫌なことあったら、ちゃんと言ってほしい……私も、ちゃんと聞くから」
「それで。」
少しだけ、息を吸って……
「それでもダメなら……その時は、ちゃんと嫌ってくれていい」
言い切った。思いの丈すべてを、この場にいる全員に向けて。
「そこまで言う?……普通さ、そこまで言われたら、こっちが悪者みたい」
「……ズルいよ、そういうの」
素直なアイの反応に対して、彼女は言い淀んでいた。さっきまでは、すぐに反論が出ていたが、今は言葉に詰まっている。これだけの変化だが、今はそれでいい。
「……ほんと、意味わかんない。なんで、そんな顔で言えるの」
「……じゃあさ。ほんとにやるんだよね?口だけじゃないんだよね?」
こうして、しっかりと会話をしてくれている。露骨に無視したりしていない。対話の席に着けた。
「……逃げたら、もう終わりだから。……それでもいいなら……やってみたら?」
人は、そう簡単に分かり合えない。それは歴史が証明している。そう簡単に分かり合えたら、世界はもっと平和で争いがないだろう。
「……うん。逃げない。口だけにしない。ちゃんとやる……見てて」
でも、本音を曝け出し、互いに本気でぶつかり合ったら、少しは素直になれるかもしれない。そうした積み重ねが大事だ。まだ、完全にはお互いを理解し合えていない。でも、本筋では絶対に見られなかった光景。まだ、互いに生傷を抱えているが、時間が経てば本当の「仲間」になれるかもしれない。
最初とは違い、アイの言葉でほんの少しだけ空気が緩んでいた。
「………どうやら、出る幕はないみたいだな」
レッスン場の前で、念の為に待機しておいた。会話はしっかりとこっちも聞こえた。自分の本音をちゃんと言えたみたいだ。これで、少しはわだかまりもマシになる。まだ、アイが絶対的なセンターで完璧で究極なアイドルになる前に話せたのがよかった。
彼女の輝きは、仲間ですら脳を焼かれる。でも、星野アイという人間を、これで彼女たちも知ることができた。知っていると知らないのでは、その差は大きい。結局、どの視線から見ても同じ人間、同じ性格の奴はいない。
原作では、アイという人間がアイドルとしての姿しか見えなかったから……B小町は不仲だったと思う。でも、今回の世界線は、彼女が完璧で究極のアイドルになる前に、アイの本音が聞けた。だから、これからは様々な角度、視点からこれからアイを見ることになるだろう。
とりあえず、これ以上、不仲になる心配はないだろう。少しは、彼女の「幸せ」に近づけたかな?
あれから、アイは積極的に他のメンバーたちに話しかけたりしている。まだ、少しぎこちないが、アイに歩み寄っている姿がちらほら見える。露骨な無視も、私物を隠したり壊したりもなくなったみたいだ。
それだけではなく、アイに負けないようにとやる気が出て、前よりもパフォーマンスの質が上がりつつある。最終的だが、B小町にとってプラスの結果が得られた。今まではアイの独壇場だったが、それが変わりそうだ。
「ねぇねぇ彼方、私頑張ったよ?だからさ、ご褒美ちょうだい?」
事務所で過ごしていると、どこからか現れたアイが顔を近づけて強請ってきた。アイさんや……近いんですけど?
「………ご褒美ねぇ」
目の前にいる彼女の頭に手を乗せて撫でる。優しく。そしてそっと丁寧に撫でる。
「……なにそれ、子ども扱いじゃん」
少し不服そうだが、嫌がってはいない。彼は気づかなかったが、ほんの少しだけ顔が赤くなっていた。
「……彼方に褒められるの、好きかも。だからさ、もうちょっとだけ、ご褒美ほしいな?」
……………可愛い。推しの可愛い姿を見て馬鹿になった。ほんの一瞬だが、気が緩み切ってしまった。
「よく頑張ったな……アイ」
シンプルにアイの頑張りを労った。その時、アイの鼓動が早くなる。そして、視線が彼に釘付けになる。
(……なにこれ、ちょっと変な感じ。)
自分にだけ向けられる言葉、視線。それに特別な感情を抱き始めていたアイ。この思いが後々、大きな変化に繋がるとは、この場にいる誰も思いもしなかっただろう。
「ご飯食べに行こうか……奢るよ」
アイとの距離を少しだけ離して立ち上がる。そのまま、外に続く出口に向かう。
「……ねぇ、ちょっと待ってよ」
アイは、そんな彼の後ろを追いかけるのであった。
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