「へぇ……お兄さんは、アイの初ライブ見に行ったんだ」
木陰で2人の少年、少女が話をしていた。近くには大人が立っており、少女の付き添い人。
「あぁ……初ライブなのに圧倒的な輝きは凄かったね」
2人はアイの話で盛り上がっていた。会話が弾み、彼女も楽しそうだ。しかし、彼のその心の内は、とても穏やかと言えなかった。
何故、彼女が生きている?天童寺さりなは12歳で死んだはずだ。病気の完治?いや……それはない。何故なら、今の彼女は車椅子。それに、髪の毛も生えていない。この事から病気は完治していない。有力な説は2つだ。時系列のズレかバタフライエフェクト。
【推しの子】という作品は、途中から時系列がごっちゃになっていた。個人的に思っていたのが、さりなが推していた期間について。星野アイと天童寺さりな。この2人は同年代。壱護さんが中学生のアイドルグループを作ろうとしていた事から、アイがスカウトされたのは12歳と言うのは、間違いないと思う。
そう言えば、原作でも一度彼女はライブ会場に訪れていた。「一番星のスピカ」小説の中にあった確か、6月の終わり頃。……今の時期と一致する。そして、彼女は東京に行った事がなかったはず。さらに言えば、病気が発覚して少し経ってから宮崎の地方の病院に押しやられた。その事を考えるとその時のライブの開催地は宮崎の可能性が高い。
そして、本来なら12歳。つまり去年の冬頃に彼女は亡くなっていた。彼女が、以前からB小町を推してたと言う描写はないが、多分だけどアイが入ってから知ったと思っている。アイがデビューして数ヶ月で彼女を知り、短い期間だが推して死んでいった。B小町は、元々活動はしていたが、そこまで売れてなかった。アイの加入後、爆発的に伸びた。でも、たったの数ヶ月で他県に行ける程、知名度も金もない。だから、本筋通りなら時系列に無理がある。それが修正された?
もちろん、これは、個人的な勝手な解釈であり合っているとは限らない。そして、もう一つがバタフライエフェクト。一般的に「ごく小さな初期の誤差や出来事が、時間の経過とともに予測不可能な大きな影響を及ぼす現象のこと」とされている。
俺というイレギュラーの影響で彼女の命が伸びた?ダメだ。分からない。考えても仕方がない。だけど、一つだけ言える事がある……彼女は、今年の冬に死ぬ可能性が高い。
単なる予想でしかないが、今の時系列なら何の違和感もない。……彼女が死ぬのは、ほぼ確実だ。もしかしたら、未来が変わる可能性があるが、その可能性は低いだろう。原作知識を持っている俺でも、彼女を救うのは不可能だ。
「そういえば、まだ自己紹介してなかった……えっと、天童寺さりなっていいます」
「俺は、天城彼方……13歳です」
軽く互いに自己紹介をする。まさか、生前の彼女に会えるとは思いもしなかった。
「13?私と同じだ。え……もっと上だと思ってた」
「じゃあ同い年だね……さりなちゃん」
いきなりの出来事だったので、仮面を被る余裕がなかった。今更、一人称を変えるのは変なのでこのまま話す。
「でも、お兄さんって感じだからそのまま呼ぶね?」
……なんでだよ。とツッコミたかったが抑えた。確かに、精神年齢的にはお兄さんというかおじさんなのだが。
「いいよ。さりなちゃんの好きな様に呼んで」
施設の子達にも呼ばれていたのでもう慣れている。なので、彼女の好きな様にさせる。
「えへへ……ありがと、お兄さん」
「じゃあね……お兄さん、って呼ぶね?」
何故だか、お兄さんと呼ばれる事になりました。はい……もう、こっちとしてはいろいろと頭がパンクしそうだけど。
「さりなちゃんは、ライブは初参加?」
ライブ開始までまだ時間があるので話を続ける。
「うん。初めて……生のアイ楽しみだなぁ」
……自分で聞いておいて酷い質問だと思う。何故なら、彼女は生でアイを見れない。この後に、恐らく体調が急変する。原作を知っている俺からしたら不憫でしかない。
「……何かの縁だ。これあげるよ」
バックから取り出したのはアイのぬいぐるみだ。これは限定品で現地に行かないと買えない物だ。普通の物とは違い特別仕様の物だ。
こんな物で彼女の未来がどうこうなる訳ではないが、せめて最後の時まで幸せな気持ちでいさせてあげたい。そんな彼の思いと、彼女の今後の未来を奪ってしまう可能性がある。彼なりの贖罪だった。
バタフライエフェクトの影響でもしかしたら、彼女が転生できない可能性がある。二次創作とかで父親が違っても生まれてくる作品も見た事があるが、それがこの世界でも適応されるかは分からない。……自己満足であるとは分かっている。でも、これくらいしか俺には出来ない。
「え?これ限定品じゃん。いいの?こんないい物貰って」
ぬいぐるみを手渡す。この限定品の存在と価値を知っていた彼女は大喜び。ぬいぐるみを抱きしめて幸せそうに笑う。その笑みを見た彼の心にヒビが入る。自らこれから犯す罪。それが重くのしかかっていた。
「いいんだよ。同じ推し仲間ができて俺も嬉しかったし」
「推し仲間……うん。ありがとう、お兄さん」
暗い事ばかり考えたって未来は変わらない。だから、今は彼女との会話を楽しもう。推し仲間っていう事実は、変わらないのだから。
「私さ……ずっと入院していたから、お兄さんみたいな同年代と話した事なかったけど……今、とっても楽しい」
笑う彼女の姿。彼が、この子に入れ込んだ理由が少し分かったかも知れない。その笑顔は何処かアイを彷彿とさせる物を感じた。
「お母さんは来てくれないし、ずっと1人だったから」
……その言葉が重く感じた。近くにいた医者も目を逸らしていた。そんな彼女の姿を見ていたら、俺の手が勝手に動き始めていた。
「お兄さん?」
メモを取り出し、そのまま何かを書く彼。書き終わった後にそのメモを渡す。
「明日には帰る事になっているんだ。だから、よかったらこれ、俺の電話番号とメアド」
気づいたら電話番号を渡していた。何故こんな事をしたのか俺にも分からない。でも、不思議と後悔はなかった。
「え……いいの?ほんとに……?」
「……うれしい。なんか、すごくうれしい」
「……お兄さん、またお話してくれる?」
渡したメモを大事そうに握りしめていた。
「あぁ……時間がある時になら」
自然と笑みが漏れていた。時刻はそろそろ13時を迎える。そろそろライブが始まる時間だ。
「はぁ……はぁ…....。」
彼が立ち上がった時に、彼女に異変が起きた。息苦しそうにしており、呼吸が困難になっていた。
「さりなちゃん?」
そばに駆け寄る。汗が滲んでいる。これは不味い。近くにいた医者を連れてきて診てもらう。素人の俺は何もできない。だから、救急車を呼ぶ。彼女の体調がどんどん悪化していった。
「さりなちゃん……頑張って。直ぐに救急車が来るから」
「……お兄さん……だいじょうぶ……ちょっと、くるしいだけ……」
苦しそうにしながら言葉を紡いでいた。
「……ねぇ、あのね…………アイ……見たかったな……」
それは彼女の願い。しかし、こんな状態では無理だ。ライブどころではない。
「……今回はダメかもだけど次がある。だから、今は自分の事だけを考えろ。」
言葉をひたすらかけ続ける。そろそろ救急車が来るはずだ。まだ?そんな事を考えていると、少し遠くからサイレンの音が鳴り響いた。辺りにいた人も異変に気づき始めたのか、視線がこちらに向く。
「……うん……つぎ、ね……」
「……そのときは……お兄さんと、いっしょに……約束」
その言葉を最後に、彼女は意識を手放した。それから救急車が来てタンカに運ばれ、そのまま連れて行かれた。「次は一緒に」それは叶わない。その頃には恐らく……もう。
「……本当に、残酷だな」
ライブ会場に向けて歩く。正直、ライブって気分じゃない。でも、見に行かないと……そのうち多分、電話が来る。その時に感想を伝える為に。あぁ……無力だ。知っているのにどうしようもないのだから。でも、進み続けなくちゃいけない。これが未来を変える者の代償なのだろうか?だとしたら、………本当に最悪の気分だ。
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