ライブは無事に終了した。何も問題なくライブは成功。だけど、俺の頭の中はさりなちゃんのことでいっぱいだった。まさか、このタイミングで会うとは思わなかった。確かにこの地は【推しの子】において所縁のある場所なのはわかっていた。だけど、まさか彼女に出くわすとは。
「……頭から離れないな」
明日は演技の仕事があるのに全然身が入らない。台本は見ているが、とても演技をする気分ではない。考えてもどのみち、彼女を救う手段はないのだから。
「天童寺さりな……か」
今回、演じる役は「愛されなかった子供」。彼女も最初から愛されていなかったわけではない。病気になり最初は母親も支えていたが、母親の方が先に折れてしまった。そこから逃げるようにこの地に彼女を追いやった。
でも、俺は知っている。放置状態でもまだ期待している。また会いに来てくれる、自分を愛してくれているとそう信じている。生まれた環境、親……改めて考えると子供にとって重要なことだ。
「……さりなちゃん……君は地獄にいるんだな」
一度愛されたことがあるから、期待してしまう。今回演じる俺の役もそれだ。台本の一文……。
「お母さんは、僕のことを愛している?……ねぇ」
またタイムリーな話である。……皮肉にも彼女のお陰で演技の解釈、理解力は深まった。喜べないけど……。
「少し、外の空気を吸おう」
部屋から出る。そして外へと向かう。俺も一端の芸能人。仕事に支障を出すわけにはいかない。それも個人的な感情でだ。切り替えろ。自分に言い聞かせていた。何度も、何度も、何度も……。
「…………」
外に出たはいいが、やはり気分は変わらない。どうしても考えがよぎってしまう。最近ずっとこの調子だ。というか……【推しの子】という作品自体、毒親が多すぎないか?
「……はぁ」
ため息が出る。知っているからこその辛さだ。
「……彼方、ここにいたんだ」
声が響いた。いつの間にかアイが隣に立っていた。
「……顔、暗いよ。ちゃんと休めてる?」
一人だったから顔に出ていたのだろう。心配そうにこちらの顔を覗いてくる。
「……ね、ひとりで抱え込まなくていいからさ」
「……少しだけでいいから、私にも分けてよ」
バレてるな。付き合いは長い。確か3年くらいだったかな?嘘はついても見抜かれる。それに、「一人で抱え込まない」って約束したからな。
「……友達ができたんだよ。でも、その子、病気で結局、今日のライブを見ることができなかった。アイ……君のことを推していたよ」
全ては言わない。だから言える情報を選んで口に出す。嘘は言っていないから大丈夫だろう。
「……そっか」
「……その子、ちゃんと届いてるよ。彼方が伝えてくれた分も、全部」
「……だから、そんな顔しないで?」
一人で抱え込んでいたが彼女に話したことで、少し心が軽くなった気がする。運命は変えられない。この先きっとまた俺は傷つくだろう。でも、それでも……。
「ありがとう……アイに話したことで少し楽になった」
「……よかった」
「……ね、ちゃんと頼ってよ?彼方」
俺は彼女に会えてよかった。だって、さりなちゃんは初めて同じ推しの話をした仲間。「推し仲間」。期間は短いかもしれないが、その短い期間でも彼女と過ごそう。離れていても俺にとって彼女はもう友達だから。
「……アイ。一つ頼み事をしていいかな?」
翌日
「天城さん入ります」
スタッフの声の後に現場に入る。撮影場所はとある古民家。今回撮影する場所。俺の他にも数人の役者がいる。
「天城彼方です。本日はよろしくお願いします」
当たり障りのない挨拶をして撮影場所を歩く。今回のドラマの作品名は「普遍の愛」。とある父子家庭の話。俺はその成長した子供の役だ。設定としては13歳。今の俺と同じ年齢だ。演じる役は周りとは違う環境。母親がいないと馬鹿にされていた子が、母親に会いに行き拒絶されるシーンだ。
前の殺人鬼の時もそうだったが、なぜこんなに負の感情が沸き立つ役が回ってくるのか謎である。最初は友人Aくらいだったのに。今、殺人鬼、詐欺師など小悪党ばかり。そして今回はこれだ。まあ……順調に売れてきているのだからいいけど。
「え、あそこじゃない?天城さんいるの!」
「ほんとだ……なんかもう空気違くない?」
「すご……現場モードって感じ」
「……ね、静かにしよ。邪魔したくないし」
「……うん。でも、ちゃんと見よ。彼方のこと」
演技を身近な人達に見られるのは初めてだな。これから撮影があるのに呑気に考えていた。この現場の空気感。慣れることはない。様々な人間がこの場にいていい作品を作ろうと躍起になっている。プレッシャーは半端ない。よく俺がこんな場所に立っていられているのか今でも不思議だ。
「天城さん……お願いします」
定位置に着く。少し遠くから、B小町、壱護さん、ミヤコさんが見ている。見られていても関係ない。いつもの通りの演技をするだけだ。瞳を閉じる。
「それでは、本番いきます……3……2……1……スタート。」
今の俺は、天城彼方ではない……愛されなかった……可哀想な子供だ。
「母さん……やっと見つけた」
走ってきた彼は息を整えながら家の扉を叩いた。しばらくすると扉が開き母親が現れる。
「幸太郎……なんで?」
母親の顔が歪んだ。まるで会いたくなかったと顔に出しているみたいに。しかし彼はそれに気づいていない。そのまま近づいていく。
「ずっと……会いたかった」
息を整え終えた少年は満面の笑みを浮かべていた。母親との記憶が思い浮かぶ。幼く、なおかつ少しだけの記憶だから彼は覚えていた。母が作ったパンケーキを一緒に食べた。本を読んでくれた。過ごした期間は短かったが、それは彼の記憶の中に残っていた。
「来ないで!!」
しかし、その記憶にヒビが入る。近づく彼を静止した。
「……貴方の顔なんて見たくなかった。どうして今さら現れたの?ずっと……私は貴方を産んだことを後悔していた!!」
「お母さんは、僕のことを愛しているよね?」
それは彼女がずっと心の内に仕舞い込んでいた本音。その言葉が彼の心に突き刺さる。彼の質問に対して返ってきた答えは、
「……もう二度と来ないで」
これだった。家の扉を閉められる。
「なんで……なんで……。やっと会えたのに?」
少年の心は一気に絶望に染まった。愛された記憶が粉々に砕けた瞬間だった。目から涙が溢れる。明確に母親から拒絶された。
「あぁ……俺は、母さんにとって邪魔だったんだな」
静かに涙する。その事実が心を抉り、深い傷をつけた。
「はい、カット」
その言葉が彼を現実に引き戻す。流した涙を拭う。そして自分の演技を振り返る。彼女達もこんな気持ちだったのだろうか?迎えに来てくれなかったアイ。会いに来てくれないさりなちゃん。今回のシチュエーションは違うが、母親から拒絶された点は同じだ。彼女達はこの何百倍も辛かったのだろう。
「……やば……今の、ほんとに天城さん……?」
「え、ちょっと待って……普通に泣いたんだけど……」
「……あんな顔、初めて見た……」
実際に彼の演技を目にするのは初めてだ。彼は演じている。その役の「人生」を。独自の世界と解釈で土台を組み立て、落とし込む。
「……すごい……すごいけど……つらい……」
「ねぇ……これ、演技だよね……?」
「……うん……でも、なんか……違うよね……」
魅力的な演技ではなく、こちらを引き込み泥沼にハマらせるような演技。独自の世界観に引き摺り込み、相手を沈ませる。それが彼の演技としての形となった。
「……あんなふうに泣けるんだ……彼方」
壱護やミヤコも何ともいえない顔をしていた。
「……あいつ、ここまでやれるようになってたのか」
「……役に入り込みすぎてるな……良くも悪くも」
独自の核心に辿り着いた彼の演技は、芸能界に長くいる2人でさえこの反応。
「……でも、それが“武器”になってる。危ういけど……放っておけないタイプですね」
「……売れるぞ、あれは」
「……ええ。ただし、壊さなければの話ですけど」
一つのシーンを撮り終えた。そしてそのまま順調に撮影は進んだ。
撮影は数時間続き、時間がかかりすぎるので結局、B小町全員に強請られ、壱護さん達は少し宮崎を回ってきたみたいだ。確かに暇だっただろう。
撮影も無事に終わり、今は飛行機の席に着いていた。いろいろあった宮崎。それともお別れだ。
「そろそろ……届いているといいけど」
実は撮影が終わった後に少しだけ寄り道をした。俺なりの置き土産を渡してきた。届いているといいのだが。
「生のアイ……見たかったなぁ」
病室のベッドの上で彼女はアイのライブ映像を見ながら言葉を漏らす。せっかく体調が良くなり医者との同伴で外出の許可が出たのに、途中で急変し結局アイを見ることができなかった。
「……お兄さん」
ぐちゃぐちゃになったメモを見ながら考えていたのは会場で会った彼のこと。彼女にとって同じ好きなものの話ができる同年代の友達。
「……楽しかったなぁ……お兄さんとの話」
そんなことを考えていると病室の扉がノックされ、入ってきたのは看護師だった。
「さりなちゃん、ちょっといいかな?」
「天城さんっていう方からね、さりなちゃんに渡してほしいって預かってるの」
「え?……お兄さんから?」
看護師が渡したのは一枚の色紙と手紙だった。
「これ……アイのサイン」
色紙にはアイのサインに、その横に「さりなちゃんへ」と彼女の名前が書いてある。
「手紙の方は?」
手紙を開く。手紙の内容は……。
『さりなちゃんへ……ライブは残念だったね。俺は今日この地を離れます。気軽に会うことはできないけど、電話やメールでまたアイの話をしよう。それと、その色紙はアイに書いてもらったものだ。証拠として写真を付けておきます。さりなちゃん、貴女が元気になることを願ってます。……推し仲間、天城彼方より。』
手紙の中に一枚の写真。それは太陽のような笑顔で色紙を持つアイの姿だった。
「……うそ……ほんとに、アイのサイン……?」
「……すごい……すごいよ……」
感動のあまり手が震えていた。
「……私……まだ頑張れるかも」
「……お兄さん……ありがとう……ほんとに……」
あまりの嬉しさに涙が溢れていた。ライブには行けずアイを見ることは叶わなかった。でも、彼女にとって一生の宝物と友達ができた。
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