一番星は消えない   作:ディバル

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029 届いた声と届かない未来

 

 

 

 

宮城の遠征から三ヶ月。ドラマの撮影は無事に終わり、もうすぐ放送する予定まで来ていた。そして、さりなちゃんとは……。

 

『やっぱり初ライブは欠かせないよねぇ』

 

「ああ……最初から客の視線を釘付けにしていたな」

 

電話やメールで話す仲になっていた。もちろん話題はアイである。彼女の熱量はすごく、アイのことになるとその熱はさらに増し、気付けば時間が溶けていることもザラにある。今も電話で会話をしていた。

 

『そう言えば、お兄さんが出るドラマ、そろそろ始まるんだよね?』

 

「そうだね……初めてのメイン級の役だから、少し張り切ったよ」

 

ちなみに、俺が芸能人であることはバレた。アイの色紙をあげたこともそうだが、偶々テレビで俺が出たドラマを見て、なし崩し的に発覚。アイと同じ事務所だと明かしたら、とても羨ましがられた。

 

『お兄さんの演技、気持ち悪くて好きだよ』

 

「それ、褒めてるの?」

 

グサッ……と心に刺さる。自分で見返したとき、「なんだこいつ?」と思うこともあるが、真正面から言われるとやっぱり刺さる。

 

『褒めてる……褒めてる。なんていうか、引き込まれる感じがして』

 

「……それならいいんだけど?」

 

『絶対見るね……お兄さんも私の推しだから』

 

「……ありがとう、さりなちゃん」

 

『うん……じゃあまたね』

 

電話が切れる。通話は三日に一回のペースで来ている。俺も仕事の関係で時間が取れない日や、疲れて寝てしまう時もあるのでこのペースだ。にしても多い気がする。自分で言うのもアレなのだが、多分、かなり気に入られている。良き友達としての距離感を保ちながら、アイの話で盛り上がる。

 

彼女の話を聞くのも、こっちが話すのも楽しい。だからこそなのだろうか……どうしても通話が終わったときに、彼女の死と自分の罪が頭をよぎってしまう。

 

「……後悔はしてないけど、やっぱりな……」

 

自身の声が部屋に響く。ほんの少しだけ時間が伸びているとはいえ、死ぬことには変わりない。もしかしたら生存ルートもあるかもしれないが、極めて低いだろう。

 

「……俺のやってることは、間違っているのか?」

 

彼女と出会ったことで考えてしまう。なぜなら、ルビーとしての新たな人生を奪う可能性が高いから。ルビーが確実に生まれる方法は、神木とアイがくっつくこと。……あれ?

 

「……それが最適解なのでは?」

 

元々、実行するプランはある。そもそも神木に関しては責任は取ろうとしていた。なら、アイさえどうにかすればいいのでは?これならルビーは確実に生まれてくる。アクアに関しては、雨宮五郎が死ぬことがなくなるので、普通の男が生まれてくるだろう。なら、アイを救った後かその道中で有馬かなと黒川あかねを救えばいい。

 

どうせ神木煇とは確実に関わることになるんだ。なら、それを最大限利用する。と言っても、アイが神木に好意を抱いたらの話だ。そうなったら、そっちの方向で舵を切る。

 

「その時になったら考えるか」

 

新たなルートは考えついたが、不確定要素が大きい。サブプランとして考えることにしよう。

 

しかしそのプランは既に崩壊している。それを彼は知らない。

 

……さりなちゃんが助かる可能性はまだ0ではない。もしかしたら……病気が完治するかもしれない。

 

この時の俺は、そんなことを考えていた。縋っていた……その僅かな可能性に。しかし、現実はそう甘くないことを知ることになる。

 

 

 

 

 

「そう言えば、アイと話したいってお願いしてこないんだね?」

 

とある日、ふと気になったことを電話越しで彼女に聞いてみる。

 

『……だってさ、今はお兄さんと話してる方が楽しいもん 』

 

『アイも大好きだけど……なんかね、別物って感じ』

 

『……遠くでキラキラしてるのを見るのが、一番好きなの」

 

彼女は、アイの貴重な時間を奪うことへの申し訳なさや、「自分なんかが接触していい存在じゃない」という強い敬畏の念も持っている。強い「憧れ」と「おこがましさ」を抱いていた。

 

『でも……もし話せるなら、そのときは……』

 

『……お兄さんと一緒がいいな』

 

一緒になら……。

 

『一緒ならいいんだね……話してみない?アイと』

 

しばらくの間、無言が続いた。電話越しだから、彼女が今どんな表情をしているのか分からない。

 

『……え……ほんとに?』

 

『……いいの?そんなの……私、緊張して何も話せないよ……?』

 

『……でも……お兄さんが一緒なら……ちょっとだけ、頑張れるかも』

 

『……ねえ、本当に……いいの?』

 

さっき言っていた言葉はきっと本音だ。でも、全ては話していないとなんとなく感じた。母親からほぼ見捨てられている状態でも、自分から「会いに来て」とは言わなかった。勝手な解釈だが、彼女は「絶望的に空気を読む子」だと俺は考えている。

 

「一旦切る。後でかけ直すから、少し待っていて」

 

 

 

 

 

電話が切れたあと、しばらくスマホを握ったまま動けなかった。

 

……アイと話せる。

 

その事実だけで、胸がぎゅっと締めつけられる。嬉しくて、苦しくて、どうしていいか分からない。

 

「……ほんとに、いいのかな……」

 

ぽつりと零れた声は、誰に届くわけでもない。会いたかった。ずっと、ずっと。画面の向こうでしか見られない“推し”と、直接言葉を交わせるなんて、夢みたいで。でも同時に怖かった。自分なんかが、その時間をもらっていいのか。

 

アイは忙しい。たくさんの人に愛されていて、その一分一秒だって、きっと誰かにとって大事なものだ。

 

「……私なんかが……」

 

言いかけて、飲み込む。それでも……少しだけ、話してみたい。

 

「……お兄さんが、一緒なら……」

 

小さく呟いて、胸に手を当てる。どきどきと、うるさいくらいに鳴っている。怖いのに、やっぱり嬉しくて。その矛盾を抱えたまま、彼女はただ、次の着信を待っていた。

 

さりなは、電話で直接つながってしまうことで、幻想が崩れてしまうことや、自分の醜い部分がアイに伝わって彼女を困らせてしまうことを恐れていた。でも、それ以上に、自分の人生に光をくれたアイと話したいという気持ちが勝った。

 

 

やがて五分が経過し、彼女の携帯から着信音が鳴り響く。恐る恐る電話に出る。

 

『お待たせ……アイからOKをもらったよ。心の準備はできた?』

電話越しから彼の声が耳に届く。どうやら無事にOKをもらえた様子。彼女の一言で、アイとの会話が始まる。

 

「……うん……だいじょうぶ……たぶん……」

 

「……ちょっとだけ、こわいけど……」

 

「……でも……話したい……お願い……つないで……」

 

心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。そして、その時は訪れた。

 

『もしもし?……聞こえてる?』

 

アイの声が彼女に届いた。何度も何度もテレビでライブ映像を繰り返し見続けた。ずっと画面越しでしか見られなかったが、今は電話を通して繋がっている。その事実が、さりなの心に染み込む。

 

「…………」

 

いざ声を聞くと、頭の中が真っ白になった。話す内容を考えていたはずなのに、その考えが全て吹き飛ぶ。

 

ダメ……なに話せばいいのか、全然わかんない……。ていうか……ほんとにアイだ……やばい……。

 

『大丈夫、ゆっくりでいいからね』

 

その言葉で、ようやく彼女は言葉を絞り出す。

 

「……あの……っ……生まれてきてくれて、ありがとう……」

 

感謝を伝えた。自分の人生を照らしてくれた彼女に対して、今言える精一杯の感謝を……。

 

『……え?』

 

『……ふふ、いきなりすぎて、びっくりしちゃった』

 

『……でも、そっか。そうやって思ってくれてるんだ』

 

『……ありがとう。そんなふうに言ってもらえるなら……私も、生まれてきてよかったって思えるよ。』

 

突然の感謝に、アイは素で驚いていた。でも、彼女の気持ちはしっかりと伝わった。

 

「……うん……こちらこそ、ありがとう……」

 

「……もう、じゅうぶん……いっぱいもらったから……」

 

……言えた……ちゃんと、言えた……でも、もう無理……これ以上は……心臓、もたないよ……。

 

「……ごめんね、急に……でも……ほんとに、だいすき……」

 

「……また、どこかで……おやすみなさい……アイ……」

 

最後にそう言い、電話を切った。時間にして僅か数分。しかし、それでもさりなは幸福感に包まれていた。

 

「……しあわせ……」

 

満面の笑みを浮かべながら彼女はそう呟いた。そして、この時の思い出は彼女の中に深く刻まれる事になる。

 

 

 

 

 







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