劇団ララライ。この場所は、【推しの子】において度々名前が出てきた場所である。未来の話だが天才役者・黒川あかねも所属しており、結構な実力派劇団として業界ではなかなか有名である。と言っても、今のララライは規模が小さい。それもそのはずで、この話は少なくとも10年後の先の話なのだから。
ワークショップは、劇団員以外の役者が劇団の稽古に参加し、その実力を評価される場。今回の場合、俺とアイが稽古に参加させられる形だ。そして、今回は即興演技を課せられた。お題は「愛」。俺は狂愛を演じた。ぶっちゃけると、歪みや狂気などの負の感情を表す方が得意だ。結果的には、上手くいっていたと思う。
そして、アイの方は、あんまり演技ができていなかった。まぁ……初めてだから仕方がない。素人に即興で演技をしろって方が無理な話である。そして、ワークショップ後。
「……やっぱり難しいね、演技って。……彼方、よくそんなにできるよね?」
「そうだね……俺も最初は行き詰まっていたよ。それに、最初からできる人なんてそうそういないから、これから伸ばしていけばいいさ」
あの時は大変だった。才能がないなりに模索して、ようやく辿り着いた核心。あれも3年くらい前だったっけ?俺の演技は、相手と沼にハマらせるような演技。本物の天才と比べたら……どうなんだろうな?
「……うん、ありがと。……でもさ、彼方みたいに“ちゃんと届く演技”って、どうやったらできるの?」
「ちゃんと届く演技」か……アイにはそう映って見えているのか。何を意識しているか……。
「俺は、『本物』を見せようとしている。だから、毎回、時間をかけてその役の解釈を広げ、自分の記憶から感情を引っ張ってきている」
「でも、結局は人が作った紛い物で『偽物』だ。その偽物の中で、いかに本物を見せるかを意識している……これが俺なりの演技の考え方。参考になった?」
自分の考えを言語化するのは難しい。というか、俺は説明が下手なんだよなぁ。これでも前世も含めたらもう45年以上は生きているけど。
「……うん、すごく参考になった。……“偽物の中で本物を見せる”、か……なんか、アイドルとちょっと似てるかも」
どうやら、少しだけ役に立ったみたいだ。演技に関してはこれから伸ばしていけばいい。それに、並の演技でもアイの場合は、他者を惹きつける魅力がある。それだけでも十分強いと思うけどな。
「あ……いたいた。今日、初めての子たちだよね?」
彼らが演技のことで話をしていると、背後から声をかけてくる者がいた。振り返るとそこにいたのは、「上原清十郎」。劇団ララライの役者だ。と言っても売れない役者なのだが。
「難しくて全然分かりませんでした!」
「……アイは初めてだったしな」
笑顔で答えるアイ。彼、困っているなら……。にしても、やっぱりこうなるんだよな。上原清十郎、彼がいるということは、恐らく……彼女も……。
「そっか、そっか。どの辺が難しかったとかある?」
「えと……」
アイが答えようとしたその時だった。こちらに近づくもう1人の女性。
「ちょっと清十郎。妻子の前でナンパなんて肝が据わってるのね」
「人聞き悪っ!!」
「姫川愛梨」……。神木煇を歪めた原因の1人。というか、こいつがほとんど悪い気がするのは俺だけだろうか?そして、彼女が抱えているのは……「姫川大輝」。未来の劇団ララライのエースであり、神木の子供だ。
「そんなんじゃないから!講師としての役割を果たしているだけだからね!」
必死になって挽回している彼。そんな彼を不憫に思ってしまう。だって……目の前にいる女、不倫して托卵までしているから。
「あっ、この人見たことある。朝ドラの人だ!」
アイの言葉でクスッと笑う彼女。その後、視線が俺の方を向いた。
「君は、少し前にドラマの主演をしてた子よね?若いのにすごいわね」
「いえいえ……私なんてまだまだですよ」
「そういえば、自己紹介してなかったわね。姫川愛梨よ。それとこの子が息子の大輝」
「俺の自慢の妻と息子だ」
一見すれば仲がいい夫婦に見えるだろう。でも、それは表向きでの話だ。俺は知っている。この夫婦の歪みを。そして、この後は……。
「演劇一家だ」
「えっと……君たちは中学3年生か……だったら……」
彼が1人の少年の首根っこを掴み、こちらに引き寄せてくる。
「お前が教えてやれ」
「ぼ……僕がですか?」
ついにご対面か。神木輝……原作ではアクアとルビーの実の父親であり、星野アイが愛した男だ。そして、間接的にアイを殺した張本人であり、物語の黒幕。
彼を見た時、心の内から黒い感情が湧いてきた。だが、それを必死で押さえ込む。落ち着け……この時点での神木はまだ「価値ある命を奪う」というクソみたいな思考をしていない。まだ歪む前である。なら、そこまで警戒する必要はない。問題は、目の前にいる彼らなのだから。
「よろしく……私は、天城彼方。君は?」
軽く自己紹介をしながら手を差し出し、握手を求めた。
「僕は……神木輝です」
恐る恐る、彼の差し出した手を握る神木。彼は、笑みを浮かべながら……。
「よろしく……神木君」
と言った。思うところはあるのだろうが、それを出しはしない。今の彼には何の罪もないのだから。そして、彼は神木と仲良くする気でいた。仲良くして友達になったら何か変わる可能性がある。そんな打算的な考えも少しはあるが、彼自身が目の前にいる神木煇という存在に興味があったから。
「……ねぇ、2人とも……私のこと、忘れてない?」
しばらく握手をしていると、横からひょこっとアイが顔を覗かせてくる。
「ごめんね。忘れてたわけじゃあないよ。とりあえずアイも自己紹介しないと」
「……ん、そうだね。えっと……アイです。よろしくね、神木くん」
「うん……2人ともよろしく」
そう言って笑う神木。こうして見ると普通の少年だ。そして何より、アイと同じ星の瞳。
「自己紹介終わったみたいだな。歳も近いし丁度いいだろ」
「でも僕なんかが……天城さんに関しては僕よりすごいし」
「教えることで気づくこともある。これも経験。なぁ、愛梨?」
「…………。」
その時、ほんの一瞬だが彼女の顔が少しだけ歪んだ気がした。愛する男が他の女、それも自分よりも若く年の近い女に近づけさせるのは嫌なのだろう。
「まぁ……そうね……いいんじゃないかしら?」
「愛梨さんまで……」
どこか他人事のような反応を見せる愛梨。
「よろしくね?」
「神木君……世話になるよ」
ファーストコンタクトはこんな感じだろう。とりあえず、今後の目標は神木輝との関係性を継続しながら姫川愛梨への接近か。そして、もとより考えていた計画を実行しないと。
「天城さんは、僕より愛梨さんの方がいいのでは?」
もっともな疑問。確かに3人の中では彼が一番演技に慣れているし、一番できるだろう。姫川愛梨への接触も大事だが、今は神木輝という人間を知るために彼の方を選んだ。原作を読んでも神木煇という人間はあまりわからなかった。だから、彼のことを理解して、その上で良き関係、それこそ友達になろうと考えていた。
「神木君の演技も気になるし。俺は、アイの付き添いだからね」
「……そっか。じゃあ……僕でよければ、一緒にやろうか。まだ全然だけど……できることは、教えるよ」
「頼むよ……神木君」
とりあえず、ここに来た目的を先に果たそうか。アイの演技の向上からだ。ようやくスタートラインに立てた。これからだ全ては、アイ。君を救うために。その第一歩を踏み出す。邪魔する者は、たとえ神でも俺の進む道は邪魔させない。
そうして、舞台の幕が上がる。
この頃の神木輝を書くのをかなり手こずってます。原作でのこの頃の神木視点が少ないので想像でなんとか書いております。
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